本編の主人公は祐希ですが、こちらは隆史視点。
一歩ほど前を歩く恋人の背中から緊張が滲んでいる。こんなにも意識していますと言わんばかりの姿を見せられると、いますぐ抱きしめたいくらいに可愛いなと思う。
けれどあまりの緊張に、なんだかこっちまで緊張してしまいそうだとも思った。緊張なんてしている場合ではないのに。
「どーぞ」
部屋のドアを大きく開いた祐希が、なぜか先に部屋に入るよう促してくるのに軽く首を傾げながらも、問い詰めることはせずに入室する。
「え、っと、じゃあ、お邪魔します?」
玄関をくぐる時にも告げたはずの言葉を、なぜか再度口に出してしまったが、もちろんツッコミもなければ笑い声もない。背後から聞こえてきたのは、パタンとドアが閉まる音と、それに続いて大きく吐き出される、祐希の溜め息の音だった。
振り返って、緊張しすぎと笑ってやるべきだと思うのに、隆史自身が伝染した緊張感に包まれていて身動きが取れない。振り返ることもせず立ち尽くしながら、こんなはずじゃなかったのにと焦る。
だって親友として何度も訪れている部屋だ。まさか恋人としてお邪魔した途端、ここまで緊張してしまうなんて想定外も甚だしい。
「隆史?」
様子のおかしさに気づかれた。不安そうな声で呼ばれて焦りが加速するものの、今振り返ったら祐希の不安を煽ってしまう気がして躊躇う。上手く笑ってやれる自信がない。
「もしかして、緊張してんの?」
「そりゃするだろ。てか祐希だってしてんだろ、緊張」
「うん、してる」
あっさり互いに緊張を認めあったものの、その先が続かず部屋の中に重い沈黙が落ちる。
こういう場面になったら、自分がリードしてやるつもりだった。祐希の緊張は想定内で、もっと言うなら、男同士でなんてと言って躊躇うのを宥めて安心させてやるのも、彼氏となった自分の務めと思っていた。なのに一緒になって緊張にのまれてしまうなんて、なんという体たらくだろう。
いっそ膝をついて項垂れたい。
「なぁ、俺、今、彼氏としてクソダサい?」
「んふっ」
割と本気で尋ねたのに、背後から聞こえてきたのは笑いを噛み殺すような声と、ふわりと緊張が緩む気配だった。緩んだ気配に釣られて、ようやく体ごと向きを変えて祐希と向かい合う。
その顔を見れば、バカにした笑いでないことはすぐにわかったが、だからといって喜ばれるような事を言ったつもりもない。
「祐希?」
「あー、その、ダサいとは思わないけど、らしくないなとは思ってる。でも、安心もしてる」
「安心って?」
「余裕な感じでスマートに押し倒されたら、それはそれで色々と複雑な気持ちになるだろ。男としても、その、恋人として、も」
「なぁそれ、ダサいとは思ってなくても、童貞臭いとは思ったってこと?」
「ん? んー……」
「思ったんだな!?」
「怒んなよ。俺も童貞だって知ってるだろ」
「祐希も童貞だなんて関係ないし。だってそれ、彼女とはしてないって言ったの、信じてなかったってことだろ」
「信じてなかったわけじゃないって。ただ、隆史は童貞でも自信満々に押し倒してくると思ってたし、俺が戸惑ったり躊躇ったりするのを大丈夫だからって蹴散らして、俺はそれにのまれて、なし崩し的にしちゃうんだろうなって思ってたから」
「いやちょっと待って。なし崩し的にしちゃうって何? 祐希だって俺とそうなりたい気持ち、あるよな? じゃなきゃ、親居ないからって家に誘ったりしないだろ?」
したい気持ちがあって、それでも躊躇ってしまう気持ちを汲んでやるのと、したいわけじゃないけど恋人の求めに応じなければ、なんて思っている相手の躊躇いを蹴散らすのでは大違いだ。
当然前者のつもりでいたが、恋人という関係になってから先、相手に触れたがるのは圧倒的に隆史の方だという自覚はある。悟史は二人の関係を認めてくれたけれど、それでも未だ、悟史に対して罪悪感めいたものを抱えているらしい事も、わざわざ指摘して蒸し返すような真似はしないけれど感じている。
「まさか、俺がしたがるからさせないと、みたいなこと思ってんの? 俺が焦れて場所わきまえずに手ぇ出してくる前に、自分で機会作ったってこと?」
「場所わきまえずに手ぇ出されるのは困る、みたいな気持ちはなくはないけど」
「やっぱり!」
「だけど!」
大仰に嘆いた隆史に釣られたのか、祐希の語気も強かった。キッと真っ直ぐに見つめてくる瞳の中に僅かな怒りが揺れている。
けれど、怒らせたと思った次の瞬間、短な距離を一歩で詰め寄ってきた祐希に抱きしめられていた。
「したくないわけ、ないだろぉ」
耳の横、照れ混じりのか細い声が響いて、思わずギュッと抱き返す。
「うん。疑って、ごめん」
「隆史が緊張してて、俺を、俺とこれからする事を、凄く意識してくれてるのわかって、嬉しかった」
「うん、俺も。祐希が俺とこれから何するか考えて緊張してるの、意識されまくってるって思って、嬉しかった。あと、可愛いなとも思った」
いますぐ抱きしめたいと、確かに思っていた。やっと、抱きしめられた。
「なぁ、キスしたい。から、顔」
言いながら腕の力を抜けば、抱きつく腕の力も緩んで、間近に祐希と見つめ合う。
照れくさそうに、けれど嬉しそうに。ゆるりと目蓋が降ろされるのを見ながら、そっと唇を押し当てた。
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