ここがオメガバースの世界なら10

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「あ、あぶ、あぶなっ」
「だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと見えてたし足も無事。だからほら、ここ座って」
「ちょ無理無理無理」
 足を開いてその間に座らせようとしたら、盛大に嫌がられて笑ってしまう。笑いながらも試しに、俺たち番だろと言ってみたら、こちらの怪我を気にしながらも嫌がって藻掻いていた体がピタリと止まった。
「なんて?」
 キョトンとした顔は、まさかそんな言葉がこちらから発されるとは全く考えていなかった、という顔だ。こちらが読んでいたのもオメガバースの話だって事は、相手もわかっていたはずなのに。
「俺たち番だろ、って」
「覚えてたんだ」
 否定が返らなかったことに驚いた。ここはオメガバースの世界じゃないだとか、あんなの真に受けるなとか言われると思っていた。
「姉貴が忘れさせてくんねぇよ」
 言いながら、姉は知っていたんだろうなと思う。自ら項を差し出し噛ませたこいつの中では、今もちゃんと、自分が番として認識され続けている。
「送られてきた本がほとんどオメガバースものなのだって、俺にオメガバース知っとけって意味だろうが」
「そ、っか」
「アルファとしての振る舞いを覚えろって言われたこともあるな」
「へぇ……」
「ってわけで、お前はここな」
「なんで!?」
 再度足の間に座らせようと相手の腕を引けば、驚かれた後で話の繋がりがわからないと困惑された。
「だって番を解消されたらオメガは困るんだろ」
「もしかして、そういう脅しをかけるαが出てくる話、読んでた?」
「そう」
 肯定すれば諦めたようなため息を吐き出した後、おずおずと片足を跨いでくる。
 自分から誘っておいてなんだが、オメガバースの世界で生きるオメガは大変そうだと、足の間に腰を下ろした小さな背中を見ながら思う。番のアルファに、番なんだから言うことを聞けと言われて従わなければならない世界なんて、そりゃあ自分に不利益を運んでくる可能性が低いアルファを見つけてさっさと番になりたいと思うのも仕方がない。
 とすると、嫌がる相手に番であることをチラつかせて言うことをきかせた自分は、不利益を運んでくるアルファってことになりそうなんだけど。姉が覚えろと言ったアルファの振る舞いとして、これで正しいのかイマイチ自信がない。てかダメなやつでは?
 姉が送ってきた本に出てきたアルファの振る舞いを真似てみたのに間違いはないが、でも最後まで読んだわけじゃないし、オメガ側の視点で進む話だったからアルファが何を思ってそんな態度を取っていたかわからないし、もしかしたらそんな脅しを掛けたことを謝られる展開が待っているのかも知れない。
 ああ、うん。ありえそう。やっぱダメなんじゃんこれ。
「なぁ」
「それで、どんな話、読んでたの?」
 番だけど番じゃないのに、こんなにあっさり脅しに屈していいのかと聞きたかったし、それはダメアルファの振る舞いだって言えばよかったのに。けれどそれを告げるより先に、相手が口を挟んでくる。背中しか見えないし声音は平坦だし、どんな顔をして言っているのかわからないのがなんだか怖い。
「あー……許嫁だかでよく知りもしない相手と番にさせられたオメガが、家のためにいやいや子作りさせられて、でも自分のことを欠片も好きと思ってない相手との子供を産みたくなくて、こっそり避妊薬飲んでたらそれがバレて、その後はまだわかんね」
「なるほどね。それで、番解消されたくなかったら言うこと聞けよって、俺をここに座らせてどう思った? 番って便利って思った?」
「思わねぇよ。オメガって大変だなってのと、多分やらかしたな、って思ってた」
「やらかした、って?」
「ダメなアルファの振る舞いだろ、これ。途中までしか読んでないし、反省したアルファとハッピーエンド展開なんじゃねぇの。多分」
「だろうね」
「で、なんでお前はあっさり従ってんの」
「番解消されたくなかったから」
 番を解消したって、この世界なら本当に困ったことになるわけじゃないのに。でもきっとそれは言わないほうがいい。
「だってせっかく俺のためにオメガバース知ろうとしてくれてるのに、あっさり番解消とか言われたくはないよね。αの振る舞いを試してるっていうなら従ってみてもいいかなって思ったし、すぐにダメαの振る舞いって気づくんだから、俺は、番がお前で良かったなって思ってるよ」
 なんと返していいか迷って口を閉じたままでいれば、更に返答に困るような言葉が告げられた。しかも縮こまるようにして前かがみだった背を伸ばし、体を預けるようにそろりと背を倒してくるから驚く。
 番のオメガに甘えられている、のかも知れない。そう思ってしまったのは、番のアルファの関心を得たくて、少しでも想ってもらいたくて、あれこれと必死だったオメガの描写を読んだばかりのせいもありそうだけれど。
「ちょ、おいっ」
 妙な鼓動の跳ね方に焦って声をあげれば、クスクスと小さな笑いが胸の辺りから聞こえてきた。
「で、俺をここに座らせて、一緒に俺が読んでた本を読む、ってのは本気で実行するの?」
 上向きに振り返った相手の顔を見たら、甘えられていると言うよりはからかわれているのだと察してしまいなんだか悔しい。気づけば「する」と即答していた。

続きました→

 
 
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