ただいまって言い続けたい

 玄関扉を開けた先は、廊下の明かりは点いていなくとも薄明るかった。短な廊下の突き当りにあるリビングへと続くドアに嵌った曇りガラスから、リビングの明かりが漏れているせいだ。
 そのドアが開いて、ますます廊下の明るさが増すと共に、お帰りなさいの弾んだ声が掛けられる。
「ただいま」
 帰宅時に家に誰かが待っててくれるってのはやっぱ幸せだなぁと思いながら、恋人までの短な距離を詰めていく。
「飯温めるので、手ぇ洗ってうがいしてきてください」
 差し出された手に仕事カバンを手渡せば、さっさとしろと急かされてしまう。なるほど。やたら弾んでいた声の理由がわかってしまった。今日は遅くなるから先に飯食っていいよって、遅くなるのが決定した瞬間に連絡は入れていたけれど、どうやら食べずに待っていてくれたらしい。
「そこはご飯にする? お風呂にする? ってヤツやってよ」
「やですよ。だって俺、腹減ってるし」
 知ってる、とは言わなかった。というよりも言う隙がなかった。先に食べずに待ってたんだから急いでと、かなり空腹らしい相手に再度急かされてしまったからだ。
「えー、じゃあ、せめてお帰りのちゅー」
 ねだれば一瞬うっと詰まったものの、すぐさま頬にちゅっと小さなリップ音が立った。口にしてくれないのはわかっていたけど、それでも不満ですと言いたげに口先を少しばかり尖らせれば、相手は困った人だなと言いたげに苦笑する。
「口はうがいしてからです」
 ほら行ってらっしゃいの言葉とともに、肩を掴まれ強引に回れ右させられたかと思うと、洗面所へ向けて背中押し出されてしまう。仕方がないので数歩分廊下を戻って、ハンドソープを使ってしっかり手を洗った後、うがいも念入りに数回繰り返す。
 部屋に戻って、本日の夕飯をテーブルへと運んでいる途中の相手から皿を奪うついでに唇を突き出せば、今度こそおかえりの言葉とともに唇にキスが落ちた。
 満足したので奪い取った皿をテーブルに運び、そのまま自分は席に着いて残りの準備は相手に丸投げしたけれど、相手は文句もなくキッチンとテーブルとを往復している。さすがに今日はかなり疲れているのを察してくれているんだろう。
 
 着々と腕を上げているのがはっきりわかる彼作の夕飯を食べて、既にシャワー済みだという相手に後片付けも押し付けて風呂を使い、疲れてるけどそれは別腹的に気持ちよくなって、というか正確には気持ちよくしてもらって、現在はベッドの中で甲斐甲斐しく後始末をされながらまどろみ中だ。
「最近、随分と甘ったれになりましたよね」
 ざっくりと後始末を終えたらしく、相手もベッドに潜り込んできたから、さっそくすり寄ってくっつけば、そんな苦笑交じりの言葉とともにふわりと抱きしめられる。
「それは誰かさんが目一杯甘やかすから〜」
「知ってます? 俺の夏休み、明後日には終わるんですよ」
 年下の恋人はまだ大学生で、夏休みがとても長い。けれどそれももう終わりが近づいていた。
「知ってるからこそ、この週末は甘え尽くすつもりなんだけど」
 というか彼の夏休み最後の週末を休日出勤なんかで無駄にしたくなかったからこそ、今夜の帰りがここまで遅くなったわけなんだけど。
「ならいいですけど。大丈夫なんですか?」
「大丈夫って何が?」
「甘やかすのはいいんですけど、元の生活に戻れないとかって泣きついて来ないで下さいよ、って意味ですかね」
「えーそれはちょっと保証できない」
 夏休みの大半を半同棲的にこの家で過ごしていたから、彼に行ってきますもただいまも言えない生活に戻ったら、絶対に寂しいに決まってる。もういっそこのまま、大学もここから通えばいいのに。
「それってプロポーズですか?」
「えっ?」
「いっそ大学ここから通えって、今、言いましたよね?」
 どうやら口から言葉にして出していたらしい。
「行ってきますとか、ただいまとか、お前に言える生活、続けたいよ。って言ったら、一緒に暮らしてくれんの?」
 プロポーズしていいならもちろんしたいよ、と言ったら、照れくさそうに、本気にしていいなら引っ越しも考えますと返された。

夏休みを終えて戻ってきました。ただいまです。というわけで、更新再開しますのでまた宜しくおねがいします。

 
 
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