多分、両想いな二人のクリスマスイブ

 先日、冬至だと言って南瓜と柚子を抱えて来た友人には、クリスマスは平日だし特に何かをやる気はないと明言していた。つまりは来るなと言ってあった。
 正月休みに入る前に終えなければならない仕事が山積みで、その冬至の日だってろくに相手をせずに自宅でも仕事をしていたのに。そんな状況で定時で帰れるはずがないことなんか、わかりきっていると思っていたのに。
「なんでいるんだ」
 帰宅した自宅ドア前、身を縮めて丸く座り込んでいる男を前に、驚くよりも呆れて溜息がこぼれ落ちる。ただ、呆れてはいるが、想定通りでもあった。
「寒い」
「当たり前だ。というか遅くなるから帰れって送ったろ」
 まだ帰ってこれないの? というメッセージを受け取ったのは1時間ほど前だ。どれくらい待ったあとでそのメッセージを送ってきたのかはわからないが、既に相当待った後だろうことは想像がつく。
 相手が自宅に押しかけていることを知って、もちろん即座に帰れと返信していた。返したが、素直に帰らない可能性が高いともわかっていたから、これでも相当急いで帰宅している。
「だってクリスマスイブだし」
「だってじゃない」
「つかマジ寒いから。早く」
 家に入れろと急かされて、再度、盛大に溜息を吐いてから家の鍵を開けてやれば、勝手知ったるとばかりに家主である自分よりも先にさっさと中へ入っていく。だけでなく、暖房のスイッチを入れ、抱えていた荷物をキッチンに持ち込み、慌ただしくゴソゴソと動き回っている。
 またしても軽い溜息がこぼれ落ちたが好きにしろと諦めて、こちらも普段通り過ごす事にした。普段通りというか、スーツを脱いで風呂場へ向かった。

 シャワーを浴びてリビングへと戻れば、テーブルの上にはフライドチキンやらローストビーフやらピザやら、大変クリスマスらしいメニューが山盛り並んでいて、小ぶりながらも丸いケーキまである。
 彼が持ち込んだ大荷物は見えていたから、ある意味これも予想通りではあるのだけれど。
「重っ」
「え、なに?」
「いやお前、この時間からこれ食うとかマジか」
「この時間になったのはお前が帰ってこなかったからじゃん」
「だから元々、平日ど真ん中のクリスマスなんてやらないって言ってたっつーの」
「あーもー、別に半分くえとか言わねぇし。食える分だけ食ってくれればいいから。とにかく俺に付き合って。クリスマス一人とか寂しいから一緒にメシ食ってお祝いしてってだけだから!」
 口を尖らせて不満を示すものの、すぐに満面の笑みを作って開き直られてしまった。
 まぁ付き合う気がなければ、頑張って帰宅なんてしないし家にも入れないのだけど。でも文句も言わずに甘い顔をして受け入れていたら、どこまでも付け上がっていくんだろうから、取り合えず釘は刺しておこうというだけで。
 はい座って座ってと促されて席につき、平日には極力酒は飲まない主義なのに、注がれるままワインで乾杯して、用意されたご馳走に手を伸ばす。
 まぁ、睡眠時間やら明日の仕事やらを考えなければ、悪くない時間だった。ボリューム満載のご馳走も、結局、雰囲気と酒の力とで思ったより食べれてしまって胃が苦しい。
「んーさすがにこれ以上無理〜」
 カットせずに直接フォークを突き刺して食べていたケーキはまだ半分ほど残っているが、どうやら相手もここでギブアップらしい。
「無理して食うなよ」
「だって持って帰るの面倒だし、置いて帰ったらお前絶対また文句言うし」
「そりゃ言うだろ。っていうか」
 言いながら確認した時計は23時を超えている。帰宅が遅かった上に、大量の料理を前にダラダラと飲み食いしていたせいだ。
 言葉を止めて溜息を吐けば、相手が気まずそうな顔になって、そそくさとテーブルの上を片付け始める。ただその手つきはなんとも怪しい。手つきどころか足元もなんだかふわふわとおぼつかない。
「飲み過ぎだ、バカ」
「んーゴメン」
 素直に謝るくらいには自覚があるらしい。
「ああ、もう、片付けは俺がやるから、お前ちょっとシャワー浴びてこい」
「え? なんで?」
「泊まっていい。が、さすがにそのまま布団を使われるのは抵抗がある。部屋着は貸す」
「え、マジ? いいの?」
「寒い中何時間も外で待たせた上にこんな時間に追い出して、風邪でも引かれたら寝覚めが悪い」
「やった! じゃ行ってくる!」
 こちらの気が変わらないうちにとでも思ったのか、さっきのおぼつかない足取りはなんだったんだと言いたくなるくらい、しっかりとした早足でささっと風呂場へ行ってしまった。
 もしや、相手の酔っ払って帰れないという演技に、まんまと引っかかったんだろうか?
 そんな思考がチラリと掠めたものの、どちらにしろ後の祭りだった。

 
 
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親父のものだと思ってた(目次)

キャラ名ありません。全40話。
親の離婚後出入りするようになった親戚の男は父親の恋人なんだと思っていた視点の主が、そうではないと知って手に入れに行く話。
メイン部分は社会人なりたて視点の主×トラウマ持ち元ニート童貞。
明確な年齢は出してませんが年の差多め。
20代前半×30代半ばなイメージ。

父親と恋人関係ではなく、更に、視点の主の卒業後は家政夫を辞める話になっていると知って恋人に立候補した視点の主が、卒業を機に恋人となりルームシェアという名の同棲に持ち込むことに成功するものの、人間関係に失敗してニートだった過去を持つ相手と関係を深めるのに難儀します。
年齢差がそこそこあることと、子供の頃からお世話になっている関係上、相手の立場が強いです。人間関係トラウマ持ちな部分にもかなり気を遣って、視点の主がなかなか強気に出れません。
絶対に抱く側がいいと主張する視点の主に折れて、相手が抱かれる側になってくれますが、主導権は基本相手持ち。
セックス中、視点の主(攻め)が泣いてしまうシーンがあります。

下記タイトルは内容に合わせたものを適当に付けてあります。
性的描写が多目な話のタイトル横に(R-18)と記載してあります。

1話 父親と恋人じゃないなら
2話 両親離婚の詳細
3話 同棲許可取得済み
4話 同棲開始の特別メニュー
5話 不慣れすぎる初キス
6話 抱かれる側はどっち?
7話 頼れる年上彼氏に危機感
8話 直接触れたい
9話 初めて見る不安げな姿
10話 抱く側になりたい 
11話 出来そうなことから少しずつ
12話 一方的に気持ちいい(R-18)
13話 手ぇ貸して(R-18)
14話 脱いで再チャレンジ(R-18)
15話 研究熱心で好奇心旺盛
16話 相手のトラウマ
17話 トラウマが気になる
18話 長期戦は覚悟済み
19話 やっと触れた相手の性器(R-18)
20話 間近に見つつ(R-18)
21話 口を寄せる(R-18)
22話 どうせなら一緒にイこう(R-18)
23話 聞きたいことがいっぱい
24話 トラウマの原因
25話 リハビリ成功
26話 想像してた展開と違う
27話 違和感と相手の覚悟
28話 前立腺が見つからない(R-18)
29話 前立腺発見(R-18)
30話 このままイカせたいのに(R-18)
31話 主導権交代
32話 騎乗位で繋がる(R-18)
33話 嬉しそうで何より
34話 上から降りて欲しい
35話 張り切っちゃうらしい
36話 急展開
37話 2回目は正常位で(R-18)
38話 気持ちよさそうなのに(R-18)
39話 めちゃくちゃ可愛い(R-18)
40話 安心したら眠い

 
 
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大晦日の選択

* 恋人になれない、好きな気持ちを利用されてる、ハピエンとは言い難い微妙な関係の話です

 大晦日暇なら来てよ、という連絡がきたのはクリスマス当日の25日だった。タイミングからして、どう考えても恋人にふられたのだろう。
 予定は既に入っていたが、結局、大して迷うことなくそちらに断りの連絡を入れて、31日は夕方から相手の家にお邪魔した。
 着いてすぐから、こちらをもてなす気満々で用意されていた、茶菓子 → ディナー → 酒と軽いツマミ類という順に、延々と食べ続けている。まぁ、わかっていたので腹は空かせてきたし、もう慣れたといえる程度には繰り返しているので、食べるペースには気をつけている。
 さすがに、いくら食べてもあっという間に腹が減っていた10代とは違う。今でもかなりの大食いだと思うけれど、昔の食べっぷりを知っている相手はちょっと不満そうだ。
「もうお腹いっぱいだよ」
「じゃあ、最後にアイス。そのウイスキーにも合うはずだし、どう?」
「わかった。それで最後ね」
 言えばウキウキとキッチンに消えていく。
 グラスに残ったウイスキーをちびちびと舐めながら待つこと数分、器を片手に相手が戻ってっくる。
 差し出された器の中には、キレイな小ぶりの丸が3色詰まっていた。白とピンクと緑だ。
 相変わらず、いちいち手間がかかっている。
「ありがと。何味?」
「バニラと桃とマスカット」
 ふーんと相槌を打って、スプーンで掬ってまずは緑から口に入れる。甘酸っぱくてかなり濃厚にマスカットの味がする。どこの? なんて聞きはしないが、きっとお高いんだろう。そういう味だ。
「ん、美味しい」
「良かった」
 へへっと笑った相手が、テーブルの向かいから身を乗り出してきて口を開けるから、そこにも一匙すくって突っ込んでやった。
 何やってんだろなぁと思うが、普段食べれないような高級食品をあれこれと腹一杯食べさせて貰う代わり、と考えれば安いものだ。
「満足した?」
「まぁ、それなりに」
「まだ尽くしたりないの? それとも甘えたりない方?」
「んー、どっちも、かな」
 曖昧に笑った後、相手の視線がゆるっと下がっていく。テーブルがあるから腹から下は隠れているのに、その視線が何を思ってどこを見つめようとしているかは、問わなくてもわかっていた。
「ねぇ、」
「やだよ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「だって聞かなくてもわかってるもん」
 初めて抱かせて欲しいと言われたのは、酒を飲める年齢になったときだった。それから何回か誘われて、でも、その誘いに応じたことはない。
「めちゃくちゃ優しくするよ?」
「知ってる。だからやだ」
 男相手の性行為が初めてだろうと、尽くしたがりを目一杯発揮した相手にドロドロに甘やかされながら、きっと気持ちよく抱かれてしまうんだろう。
「なんで? 俺のこと、好きなんだよね?」
「じゃなきゃ来てないよ」
「なら、」
「俺が慰められるのは、ご飯一緒に食べるとこまでだって言ったじゃん」
 自分の中では、セックスは恋人とするものだ。だからどんなに好きな相手に誘われたからって、それが失恋を慰めて欲しいなんて理由では断るしか無かった。
「それとも、俺と恋人になってくれんの?」
「それは……」
 そこで言い淀んでしまう相手は、一度だって「恋人になって」の言葉を発したことがない。抱かせてとは言うくせにだ。
 彼が恋人に選ぶ相手と、自分と、何が違うのかはわからない。別れた時に呼ばれはするが、恋人を紹介されたことはないし、どんな相手だったかを相手が話すこともないからだ。
「ほらね。てわけで、俺はそろそろ帰るから」
 もう一匙すくったアイスを相手に突き出しながら、言外に、甘やかすのはこの器が空になるまでだと訴える。
 大人しくそれを口に入れて飲み込みはしたものの、相手はやはり不満そうな顔を隠さなかった。
「大晦日なのに帰っちゃうの?」
「帰るよ」
「一緒に年越しするつもりだったんだけど」
 一緒に初詣も行こうよと誘う顔はなんだか必死で、年越しを一人で過ごすのが嫌なんだというのだけは良くわかって、諦めの溜息を一つ吐く。
 こちらの好きって気持ちを良いように利用されているだけだ。とは思うのに、突き放して関係を断つことが出来ない。
「泊まりはやだ。けど、帰るついでに一緒に初詣くらいはしてもいいよ」
「外、かなり寒いよ!?」
 明日の昼ぐらいに出かけたいと主張されたけれど、さすがにそこまで譲れない。
「一緒に出かけるか、玄関で俺を見送るか、俺はどっちでもいいよ」
 譲る気がないとわかったらしい相手が、苦虫を噛み潰したような渋い顔をして、諦めの溜息を吐き出した。どっちを選んでそんな溜息を吐き出したのかは、まだわからない。

ギリギリですが大晦日更新できました!
でもめっちゃ微妙〜
なんで大晦日にこんな微妙なもん書いてるんだと思いながら書いたけど、書いちゃったからには出しておきます。

 
 
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復讐されるためのお付き合い

これを最後とするべきかどうかの未来。攻め視点。

 背後から名前を呼ばれて反射的に振り向けば、そこには捨てた男が立っていた。
「久しぶり」
 笑顔はないが、怒っている様子でもない。
「……ああ、うん」
 頭の中では、なぜ彼がここにと驚きも動揺もしているが、実際ははそんな間抜けな同意しか返せなかった。
「話、したいんだけど。家、行ってもいい?」
「そ、れは……」
 彼と関係があった頃とは違って、現在は古い安アパート暮らしだ。月に数度の彼との逢瀬のためだけに、そこそこの賃貸マンションの一室を借りていられた経済状況など、今はもうなかった。
 かといって、この近辺で個室を借りて話せるような場所に思い当たらないし、そのための出費を惜しいと思う程度には金銭的な余裕もない。けれど捨ててきた男との話なんて、人の目がある場所で語れる内容でないのは明白だ。
「ちなみに、今、どんなとこ住んでるかは知ってる」
 こちらの躊躇いの意図を察したらしい。というか、ここに来たことを含めて、現在の自分の状況はかなり把握されているんだろう。探偵でも雇って調べさせたのかも知れない。
「わかった。いいよ」
 告げて歩き出せば、相手は黙って付いてくる。アパートに着くまで、結局それ以上の会話はなく、二人無言のままだった。

 
 部屋に上げて適当に座ってと促したあと、とりあえず茶を淹れにたつ。
 この部屋に他者の気配があるということが、不思議で仕方がない。しかも相手は、二度と顔を合わせることもないだろうと思っていた男だ。
 自分の中では綺麗なまま残しておきたい記憶だったけれど、これもきっと自業自得な結果の一つなんだろう。
 もともと互いの私生活を明かしもしなければ踏み込むことも踏み込ませることもなく、つまりは割り切ったお付き合いに近いものではあったけれど、それなりの期間、関係を継続していた相手に対し、何も詳細を告げずに一方的な別れを突きつけて逃げ出したのはこちらだ。
 抱き潰して、彼の言い分を一切聞くことなく姿を消してしまったわけだから、文句の一つも言わずには居られない、という心境になっていてもおかしくはない。
「どこまで知ってる?」
 お茶を出して相手の対面に腰を下ろして、まずは相手がどこまでこちらの事情を知っているかを問いかける。
「多分、それなりに。ざっくり、ゲイバレして離婚。慰謝料・養育費その他諸々で、実親からも縁を切られて、現在は縁もゆかりもないここに辿り着いて、一応は正社員の仕事についての一人暮らし。恋人の影はなし」
「調べるの、結構金かかったんじゃないのか」
「まぁ、それなりに。でも、どうしても確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
「俺と恋人になりたい気持ちがあるかどうか」
「え……?」
「慰謝料も養育費も一括で払って、色んな人と縁切って、今、なんの柵もないフリーってことでしょ? その状態なら、俺と、恋人になっても問題ないんじゃないの、って」
「いや、それは……」
「俺のこと、嫌いになったから切ったわけじゃないよね?」
 もちろんそうだが、正直彼の言葉の意味が理解できない。どう考えたって、こちらが家庭で解消できないストレスやら性欲やらを解消するために会っていただけの関係だ。金銭のやり取りこそしていないが会えばそれなりのものを奢ったりプレゼントしたりしていたし、金の切れ目が縁の切れ目になって当然な相手だったはずだ。
「それともやっぱ、ちょっと贅沢させれば足開いて好き勝手させてくれる、都合がいい相手でしかなかった?」
「そんなはずないだろっ」
 思わず否定はしたけれど、だからといって、彼と恋人になりたいだとかを考えたことはない。というか彼に限らず、男の恋人を持つという人生を、今まで一度だって考えたことがなかった。
 ああ、でも、彼が言う通り、色々なものとの縁が切れて、何の柵もなくなった今は、男の恋人を作っても問題はないのかも知れない。
「いやでも、俺は、お前に執着してもらえるような男じゃ……」
 贅沢させれば足を開いて好き勝手させてくれる、などと思っていたつもりはないが、自分の欲望を開放して好き勝手するようなセックスばかりしていた自覚はある。
「あなたを本気で惚れさせて、あなたが俺なしじゃ居られなくなったら、今度は俺があなたを、捨ててやりたいんだよね」
「え、あ、ああ……なるほど」
「って、そこで納得しないで欲しいんだけど。てかそう言われたら納得して、俺の復讐のために恋人になってくれたりするの?」
「俺なんかに構ってる時間が無駄になるんじゃないのか、とは思うが、俺に復讐しないと次の相手に行けない、みたいな話なら、まぁ……」
 相手は呆れた顔になって、深々とため息を吐いている。
「じゃあそれでいいや」
「それでいい?」
「俺の復讐に付き合って」
「本気か?」
 本気だと言った相手は連絡先を交換したあと、また来るからと言ってあっさり帰っていったが、それから本当にちょくちょくと顔を見せるようになった。
 そこそこの距離があるのにものともせずやってきて、この安アパートに嬉々として泊まっていく。セックスも今まで通りでいいというが、ここに住みづらくさせてやろうという意図があるのかと思いきや、必死に声を出さないようにと気を遣っている。
 声を出すまいとする相手を追い詰めて、こらえきれずに声を上げさせる瞬間にたまらなく興奮することを、知られているからかも知れないが。
 とっくに本気で惚れている。というよりも自覚が追いついてきたという感じで、彼のことを手放しで愛しいと思うようになっている。もう、彼なしじゃ居られない状態になってそうだとも思うけれど、また来るねと満足気に笑う彼は、まだしばらく復讐を遂げる気がなさそうだった。

1ヶ月経過したので、今回の更新期間は終了します。
次回の更新は10/26(水)からの予定です。

 
 
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自棄になってても接触なんてするべきじゃなかった

 夜の相手が欲しい時に利用するその店には、あまり顔を合わせたくない人物も出入りしていて、普段ならその姿が見えた段階で回れ右して別の店を利用するか諦めるかするのだけれど、その日はどうにも自暴自棄になっていて、わざわざ相手の目に留まる様に行動し、そのまま相手を引っ掛けた。
 その段階では、わかってて自分の誘いに乗ったのか覚えていないのか判断がつかなかったけれど、多分、相手は覚えていない。まぁ彼とのいざこざがあったのはもう10年ほど前の話で、あの頃は互いに学生でもあったし、相手はともかく自分の方は減量に成功して見た目もそれなりに変わったから、気づかれなくても納得ではある。
 連れ込んだホテルの一室で、酷くして欲しいと頼んでみたら、相手は平然とした顔で、どういう方向でと問うてくる。罵って欲しいのか、肉体的に痛めつけて欲しいのか、オナホみたいに扱って欲しいのか、それとも快楽責めでもしてあげようか、と。
 この相手に優しくされたくなかっただけで、好きに扱ってくれという意味での酷くして、だったから、一番近いのはきっとオナホ扱いだった。なのにちょっとした好奇心で、快楽責めなんて出来るのかと聞いてしまった。
 興味あるんだ? と意地悪そうに笑う顔に、昔の記憶がチラついてイライラする。だから、そんな自信あるんだ? と煽り気味に返してやった。
 フフンと笑いながらその体で思い知ればと返されて、せいぜい楽しませてくれよと応じたときは、まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
 せっかくラブホだしと、室内に置かれたアダルトグッズの自販機から次々と玩具を取り出した相手に、結局そういったものに頼るのかと鼻で笑ってられたのは最初だけだ。結局の所、そんな無機物相手にどこまで感じられるかは、使い手の技量に掛かっている。
 自慰行為に玩具を利用することはあったが、自分の意志で動かすのと、他者の手で使われるのはあまりに違った。酷くしてと頼んで始めた快楽責め、というのも大きいのだろうけれど、弱い場所を的確に探られて、執拗に責め立てられるとどうしようもない。
 最初のうちは比較的緩やかな刺激で何度かイカされ、こんなもんかと思っていたのに。どうやら、こちらの体力がある程度削られるのを、そうして待っていただけらしい。
 強い刺激に逃げ出したくなったころには、相手にがっちりホールドされて、そこからが多分、本当の意味での快楽責めの始まりだった。
「ぁ、ぁ゛あ゛っ、や゛ぁ」
「いいよ、イキなよ」
「も゛、やだぁ、む゛り、ぁ゛、むりぃ」
「だいじょぶだいじょぶ」
 射精できなくなってからが本番だよと笑う相手の手には貫通型のオナホが握られていて、もちろん自身のペニスがそれを貫いている。お尻に突き刺さっているバイブも、相手の手によってしっかり固定され、ウネウネとした動きが前立腺を抉り続けていた。
「ぁ、ぁ゛、ああ゛っ」
 ブルブルと体が痙攣し、絶頂する。お尻の穴もギュウギュウとバイブを締め付けているのに、前立腺を抉る動きはそのままだから、イッても終わらない快感に、いい加減おかしくなりそうだった。

 いつ意識を手放してしまったのかわからない。気づいた時には部屋の中は明かりが落とされていて、相手が隣ですこやかな寝息を立てていた。
 体を起こすとあちこちが痛い。普段使わない筋肉を酷使したせいでの、いわゆる筋肉痛だ。
 どうにかベッドから抜け出してシャワーを浴びに行く。意識を手放した後放置されはしなかったのか、ある程度後始末は済んでそこまでベタついてはいなかったが、だからってそのまま服を着込むのは躊躇われた。
 そうしてバスルームから戻ると、部屋の明かりがついていて、相手がベッドの上にあぐらをかいて座っていた。
「満足できた?」
 こちらの姿を認めるなり掛けられた言葉がそれで、ムッとしながらもおかげさまでと返しておく。想像以上の行為で望み通りなんかではなかったが、相手の言葉通り、快楽責めというものをこの体で思い知ることは出来た。
「じゃあ、俺と付き合う?」
「意味がわからない」
 即答で返せば、だって俺昨日イッてないんだよねと返されて、どうやら昨夜は玩具以外突っ込まれなかったらしい。
「途中で意識飛ばしたのは悪かった。けど、抱かなかったのはそっちの意志だし、お前となんか二度とゴメンだ」
「酷っ。満足したって言ったのに。てか酷くしてっていったのそっちなのに」
 あんなに頑張ったのにと言われたって、もともと一夜限りの相手を探していたのだ。じゃなきゃ、こいつを誘ったりするわけがない。
「お前と恋人とかありえない」
「それってもしかして、昔のこと、まだ引きずってるから?」
「は?」
 認識されていないと思っていたから、突然昔のことと言われて焦った。
「避けられてるなとは思ってたけど、じゃあなんで、昨日は俺を誘ったの?」
「覚えて……ってか俺ってわかってたのか……」
「そりゃあ、好きな子、忘れたりしないだろ」
「は?」
「好きだったんだよ、お前のこと。でも素直にそれを認められなくて、お前にキツくあたってたのは認める」
「はぁ? 好きだったからいじめた、なんてのが通用するわけ無いだろ。俺はお前が大っ嫌いなんだけど」
「だよね! 知ってる!」
 だから今まで声掛けたりしなかったのに、でも昨日は誘ってくれたから期待しちゃったんだよと嘆く相手に、なんとも言えない気持ちになる。
 そして結局、チャンスを頂戴と食い下がる相手に絆された。といっても連絡先を交換しただけだけれど。
 ちょっと仕事で嫌なことが続いて自棄になってたからって、やっぱり誘うべきじゃなかったんだろう。今更知りたくなかった事実と、相手の押しの強さに辟易する。なのに、筋肉痛という副作用はあるものの、意識が落ちるほど強引にイカされまくった体と心は、随分とスッキリしているから困る。

有坂レイへの今夜のお題は『鳴かせる / 大人の玩具 / 唐突な告白』です。https://shindanmaker.com/464476

 
 
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離婚済みとか聞いてない

 相手の惚気話の合間に昔話やらこちらの近況やらをちょろちょろと挟みながら、かつて親友だった男と、楽しく酒を飲んでいたはずだった。
 この惚気っぷりからすると、相手は今でも自分を親友と思っているのかも知れないが、互いの住まいが遠く離れている上に嫁も娘も居る彼と未だ独身の自分とではもう、生きる世界が違ってしまって昔のような気安さも信頼もとっくに消え去っている。
 それでも確かに互いに親友と認めあっていた時期はあり、昔話には懐かしさを、惚気話には僅かな胸の痛みを伴いつつも安堵を得ていた。
 幸せそうで良かった。そう本気で思える程度には、彼に対して抱いていた想いは過去のものに成り果てている。
 だから少し気が緩んだのだろう。
 気持ちよく酒に酔って、お前が幸せそうで良かったと零したついでに、俺なんかと付き合わなくて正解だったろと言葉を重ねてしまった。
「俺をふったのはお前だろ」
「そうだな」
「お前も絶対、俺を好きだと思ってたのに」
「まぁ、たしかに好きではあった」
「恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味で」
 にやっと笑った顔が悪戯めいていたから、軽い気持ちで同意してしまったが、その言葉を聞いた途端に相手の顔から笑顔が消えた。
「昔の話だ」
 焦る気持ちを必死で飲み込んで極力そっけなく言い放てば、そうだなと返る声も酷くそっけない。
 どうやらかなり気分を概してしまったようで、こっそりとため息を吐き出した。
 これはもう、彼の中でも親友の自分は終わりを告げた可能性が高い。それどころか、友人ですらなくなっただろうか。
 こんなふうに彼と二人で酒を飲む機会は、今日が最後かも知れない。
 まぁでもいっか、と思う。なんせ既に何度も、これで最後だろう日を繰り返してきた。結婚した時に、娘が生まれた時に、遠方への転勤が決まった時に、彼と二人で酒を飲み交わす時間など今後持てないのだろうなと思ったものだった。
「そろそろ出るか」
 疑問符は付けずにほぼ一方的にお開きを告げても、引き止める声はない。


 店を出て、駅までの短な距離を黙って歩き出そうとしたところで、唐突に腕を掴まれた。だけでなく、相手はそのままこちらの腕を引いて、駅とは反対方向へと歩き始めるから驚く。
「おいっ、どこに行く気だ?」
「うるせぇ黙って付いてこい」
 随分と機嫌の悪そうな声で返され、諦めのため息を吐き出した。彼の手が触れている腕は痛みを覚える程度に掴まれていて、これを振り切って逃げ出せるとはとても思えないし、彼をなだめる言葉も持ち合わせていない。
 過去のことだと繰り返せば、余計に激昂させるだけだろう。
 やがて辿り着いたのはいわゆるラブホの入り口だった。
「いやちょっとお前さすがに……」
「騒ぐな。静かについて来い」
「痛っ、わかった。わかったからはなせって」
 更に強く握り込まれた腕の痛みに短な悲鳴をあげて開放を促したけれど、多少力が緩みはしたものの、手を放しては貰えなかった。
 隠すことをしない何度目かのため息はやはり今回も完全にスルーされて、一切の躊躇いがない相手に引きずられるまま、あっという間に空き部屋の一つにチェックインが済んでしまう。
 惚れ惚れする強引さと手際の良さではあるが、初っ端から苦い後悔しかない。既婚のパパが何をやっているんだ、という相手への怒りだってもちろんある。
 あんなに惚気けていたくせに。幸せそうで良かったと、本気で思っていたのに。
「お前にはガッカリなんだけど。てかお前と今更どうこうなる気なんてないからな」
「お前になくても俺にはある」
「最低だな」
 嫁も娘も居るくせにと詰れば、おもむろに左手薬指に嵌った指輪を抜き取ったかと思うと、無造作にその場に落としてしまう。
「おまっ……」
 こんなに酷い真似を平然とこなすような男だったろうか。
「離婚はとっくに成立してる」
 信じられない思いで床に落ちた指輪を見つめていれば、淡々とした声がそんな言葉を伝えてくるから、慌てて顔を上げた。
「は?」
「お前が、あの時お前も俺に恋愛感情持ってたなんて言わなきゃ、ずっと言わないつもりだった。本当は今でもお前に未練タラタラで、わずかな機会を狙って飲みに誘ってるなんて知られたら、お前、ぜったい俺を避けるだろ」
 頼むからチャンスをくれ、と言った相手の声も顔も真剣で、過去のものに成り果てたはずの想いが、胸の奥で疼きだすのがわかる。
 共通の友人知人がそれなりにいるのだから、こいつが言わないつもりだったって離婚話なんて自然と耳に入ってきそうなものなのに。そう思うと、離婚話が本当かどうかだって怪しい。
 でも、無造作に指輪を放ったあの仕草から、彼の言葉を信じてしまいたい気持ちは強かった。
 揺れるこちらの気持ちを見透かすように近づいてくる相手から、逃げ出すことが出来ない。窺うようにゆるりと近づいてくる顔に、観念して瞼を落とした。

 
 
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