雷が怖いので5

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 出入り口のドアノブに飛びついたものの、それはびくともしない。まさか鍵がかかっていて閉じ込められている?
 そんな想像に一気に血の気が引いていく中、背後からゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。
「っやー、お前、ほんっと、面白れぇー」
 振り返って精一杯睨みつけてやったが、それすら相手の笑いを刺激するだけのようだ。
 あまりにも激しく笑われて、緊張も焦りもいまいち本気になれず、なんだか気が抜けていく。若干途方にくれながら見つめる先、相手がゆっくりと立ち上がる。
「別に鍵かけてお前をこの部屋に閉じ込めてるってわけじゃないんだよねぇ」
 へらへらと笑う顔はどこかバカにされているようで、けれど、部屋の中に気を取られてドア閉じるの見てなかっただろという言葉には否定を返せなかった。
「迂闊で危機感なくて、ほーんとかっわいー」
 近づいてくる男にちょっとどいてと促されて数歩横へずれれば、二箇所ほど取り付けてある金具をいじった後、よいせの掛け声とともにあっさりドアが押し開かれる。
「はい、これで出ようと思えば出れるわけですが、さてどーする?」
「どーするって、言われても……」
「まぁ、俺がこうして入り口に突っ立ってたら、お前にゃ多分無理だよな」
 俺押しのけてここから脱出するの。などと楽しげに言われたが、わかってるならどいて欲しい。けれど同時に、どいてくれる意思がないこともまるわかりだった。
「わかってんならどいて下さいよ」
「どくわけないって、わかってる顔してるくせに」
「なら、どうすればいいんですか? どうしたらどいてくれるんですか?」
「わーそれ自分で言っちゃう? ほんっと可愛いなお前」
 聞いたらまたバカにされたらしい。ついムッとしてしまったら、とりあえず時給千五百でどうよと、へらへらしていた顔を急に真面目な顔に変えて告げられた。声音ももちろん、ふざけた様子は一切ない。
「えっ?」
「単純にお前の時間を買うのに一時間千五百。俺はバイでお前も性的対象になるって言ったけど、これでも結構紳士だから、というかお前に興味はあるけど別にそこまで飢えても居ないから、無理にお前をどうこうしようなんて気はさらさらない。けどもしお前が俺に何かさせてもいいってなら、それはまた別に料金上乗せしてやるよ」
「えっ?」
「バカ丸出しで俺に何されてもいいとか言えるなら、月一回、俺に抱かれるだけで八万入手も可能だぞ。って言ったら、バイトとしてはそこそこ魅力的じゃないか? もちろんこれは何されてもいいなんて軽々しく言うなよっていう警告でもあるけど、でもそう悪くない提案だと思うから、ちょっと本気で考えて」
 本気で考えろと、本気で言われている。そう感じるには十分すぎるほど、相手の持つ雰囲気が先ほどまでと違う。
 確かに時給千五百円は魅力的だ。こちらの希望を大幅に上回る好条件だとも思う。でもこれを受けたとして、「愛人」という職業は正直どうなんだと感じる程度には、人生それなりに真面目に生きてきた。まぁエロいことはしなくてもいい関係でも、愛人と呼ぶのかイマイチ疑問ではあるけれど。
 もし今ここで、はっきり嫌だ無理だと言ったら、引き止められることなくこの家から出ていけるのだろう。興味はあるけど飢えてないという言葉もまた、間違いなく本音だと思う。
 だからこの棚ボタとも言える好条件バイトを掴むなら、ここで頷く以外の道はない。チャンスはきっとこの一度だけなのだ。
 本気で考えてを本気で実行している自分に、相手は急かす様子もなくただただじっと待っていてくれる。
 愛人という単語に抵抗はあるが、気になるのはそこだけだったから、そこにさえ目をつぶる事ができればいい。エロいことを許可する気なんてないし、エロいことをしないのなら、それはもうただ一緒に時間を過ごすだけの少しオカシナ友人関係のようなものじゃないのかとも思う。
 その関係に時給で千五百円も払うというのがあまりに異質ではあるが、多分、下心込みの値段なのだろう。バイで性的興味があるとはっきり言われているのだから、きっと口説かれたり笑われたりバカにされたり面白いとか可愛いとか言われるための値段。
 そんなの絆されて頷かなければいいだけで、問題は、この男にうっかり絆されて、何かされてもいいと思うようになる可能性があるかどうかって気がする。そんな可能性絶対無いから大丈夫と、自信を持って言えないあたりちょっと不安といえば不安だ。
「あの、お試し期間とか、無理ですか?」
 聞いたらもちろんいいけどと返された。

続きました→

 
 
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