弟の親友がヤバイ3

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 こんな異様な状況の中、男の手なんかで興奮するわけがない。
 お前と違って誰の手でも感じちゃう淫乱じゃないからな。なんて事を思ったりもしたけれど、それを口に出したりはしなかった。そういった事に慣れてない中学生と、そこそこ経験のある現在の自分とでは比較することそのものがオカシイのもわかっているし、そんな言葉を口に出して相手を煽ったらもっと酷い目にあわされそうだ。
 しかし諦めて大人しくされるがままになっても、反応しないことに焦れた相手によって、行為はあっさりエスカレートしていく。
 何をされたかというと、目隠しされた上で咥えられた。しかし目隠しなんてなんの意味もない。相手の顔を見なければ興奮できる、というような状況をとっくに超えている。
 両手を括られ拘束されていることも、ムリヤリ感じさせようという動きも、弟と極力二人きりにさせたくなくてまだ風呂を済ませていないという事実も、はっきり言って萎える要素ばかりだった。
 正直ここまでくると、必死になってバカだなぁという気持ちが強い。復讐だの負けず嫌いだの根に持つタイプだの言いつつも、これじゃ結局、相手にも相当ダメージがありそうだ。
 はぁ、と溜息を吐いたら、相手の動きが止まった。それからそっと体を離す気配がして、相手もとうとう諦める気になったのかもしれないと思う。できればそうであって欲しい。
 その願いが届いたのか、やがて目隠しが外された。ようやく開けた視界の先、困惑を混ぜた泣きそうな顔の相手が、インポかよと怒っている。さっきの余裕は当然無くて、そんな顔で睨まれたって欠片も怖さはない。
 その顔を見ていたら思わず笑ってしまって、相手はますます泣きそうな顔になった。せっかくそこそこ男前に育ったのに台無しだ。そして、そんな顔をさせているのが自分なのかと思うと、さすがに悪いことをした気になって胸が少し痛んだ。
「あのさ、俺、Mじゃないんだよね」
「だったら何?」
「酷いことされたら萎える系なの。でもお前の泣きそうな顔見てたら、ちょっと勃ちそうかもって気になった。……かも?」
「変態」
「まぁ否定はしない」
「ドS」
「そこまでではない、と思う。てか、ちょっと聞いていい?」
 相手は諦めきった顔で一つ息を吐き出すした。
「どうぞ」
「復讐って俺に何したいわけ? 俺がお前の手でイッたらそれで満足して終わり?」
「まさか。取り敢えずやられたことはやり返すってだけで、貴方に気持ちよくなってもらった後は、俺が気持ちよくさせて貰う予定でしたよ。だって遊びに来たら、あいつの代わりに、またキモチイ事してくれるって言ってましたよね?」
 覚えてますかと問われたので、覚えてるけどと返す。
 けれど相手はもう高校三年生だ。きっと手コキ程度で満足なんてしないだろう。だとしたら彼がしたみたいにフェラをしろだとか、もしかしたらそれ以上を求めてくる気なのかもしれない。
「てことは何? お前、俺に抱いて欲しいとか思ってんの?」
 あの時さっさと逃げ出した中学生が、すっかり成長を終えてから戻ってくる意味を考えたら、そのあたりかなと思うがどうなんだろう?
「逆です」
「逆?」
「抱かれるのは貴方の方」
「あっ、あー……そっち、か」
 それならがっちり成長を終えた後じゃなきゃ、近づく気にもならなかっただろうと、思わず納得してしまった。
「だってあいつの代わりだって言うなら、そっちのが自然でしょう?」
「そうね。お前の言い分は間違ってないよ」
 納得はできると、苦笑を零すしかない。
 さて、相手の希望を吐かせてみたけれど、これはどうすればいいだろう?
 彼の泣きそうな顔に過去の所業を反省し、少しくらいなら相手をしてもと思ったりもしたけれど、最終目的が抱くこととか言われてしまうと、やはりそう簡単には、じゃあお互いちょっとキモチクなってみようかなんて持ちかけられない。
「うーん……どうすっかなぁ」
「俺に、抱かれてくれます?」
 迷ったせいで、多少は見込みがあるとでも思ったのだろうか?
「いいよ。なんて言うと思うか?」
「全く欠片も思いませんね」
 相手もさすがに落ち着いて来たようで、返す口調がふてぶてしい。しかし、はっきり否定されてホッとしたのも事実だった。

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弟の親友がヤバイ2

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 夕飯後もまだリビングで勉強を続ける彼らの邪魔になるわけにはいかないが、当然、自室に戻る気はない。リビングとはいえ極力二人きりにさせたくない。
 さすがにテーブルの向かいで見張り続けるのは悪いし、TVをつけることも出来ないので、少し離れた場所にあるソファーにだらしなく身を預け、取り敢えずスマホを弄り続ける。
 時折互いに何かを教え合っている会話のほかは、シャーペンがノートの上を走るかすかな音が聞こえるだけの、至って静かな空間だ。思っていた以上に二人は真面目に受験勉強をしていて驚いた。
 静かすぎて眠い。
 気付けば寝入っていたようで、体を揺すられ起こされた。
「んぁ……?」
「目、覚めましたか?」
 目の前、随分と近い距離にある顔は、弟のものではなく弟の親友である男のものだ。
「あー……なんで、お前?」
「さて、なんででしょう」
 寝起きでぼんやりした頭でもイラッときた。
「ヒント、復讐」
 こちらの苛つきをわかっている様子で、なのに柔らかに笑う。綺麗な笑顔だなんて思ってつい見惚れた事も、顔とセリフとのチグハグさにも、混乱が加速する。
「ふく、しゅう……?」
「俺、めちゃくちゃ負けず嫌いなんですよね。あと結構根に持つタイプです」
 軽やかに、まるで歌でも口ずさむように告げながら、彼の手がジーンズの股間をさらりと撫でていくから、ギョッとして立ち上がろうとする。しかしそれは叶わなかった。
 グッと腰を押さえられ、体のバランスが崩れる。慌てて座面に手を突こうとしたが、何故か両手が一纏めにタオルと紐とでぐるぐる巻きにされていて、焦って余計にバランスが崩れただけだった。
「えっ、えっ??」
 腰を横に強く引かれる感覚の後、ずるりと上体が傾いでいき、気づけば横長のソファに半ば押し倒された上、相手が自分の膝辺りにまたがっていて身動きが取れない。
「抵抗されると面倒なんで、手は括らせて貰いました」
「ふざっけんな。退けよ」
「嫌です」
「っつかお前ら勉強はどうした。あいつはどこ行った」
「眠そうだったんでお開きになりましたよ。寝るって言って自室戻りました」
 三十分くらい前にと言って、もう寝てるんじゃないかなと続ける。さすがにもう寝起きのぼんやり感は抜けたが、それでも相手の言葉がほとんど理解できない。
「意味わかんねぇ。で、なんでお前だけここに居んだよ」
 二人で勉強するスペースすら確保できない弟の部屋は、当たり前だが彼が寝るための布団を敷くスペースもなく、彼が寝るのはリビング隣接の和室の予定だ。母が出しておいた来客用の布団は、夕飯後、彼が風呂を使っている間に弟が和室に敷いていた。
「寝るならお前もさっさと隣行けって」
「何言ってんですか。ここに俺だけ残った理由なんて、そんなの、お兄さんと二人きりになりたかったからに決まってるじゃないですか」
 楽しげな顔に背筋を冷たいものが走る。これはかなりマズイ状況なんじゃないかと、ようやく気付いた。
「や、やめろっ!」
 スボンのフロントボタンに手がかかり、慌てて声を上げる。
「静かにしてください。騒ぐと大事な大事な弟に、醜態さらす事になりますよ。あいつだけ部屋に戻した俺の気遣い、むしろ感謝して欲しいとこですからね?」
 リビングで寝落ちしてたから、特別にここで済ませてあげるんですよと、随分な上から目線に頭の中がグラグラと揺れた。本当に意味がわからない。
「大丈夫ですか? まったくわからないって顔してますけど。可愛い弟の隣の部屋で、俺にアンアン言わされるの堪える方が良かったっていうなら、今から場所移しましょうか」
 優しく抱き上げて連れて行ってあげますよなんて、これまた柔らかで楽しげな顔で笑うけれど、その顔を見てももう恐怖しか湧かない。
「心配しなくても、こう見えて結構鍛えてるんで、派手に暴れたりしなきゃ落としませんよ。というわけで部屋、戻ります?」
「い、…やだ……」
 かろうじて絞り出した声は震えた上に掠れている。
「あー良い反応ですね。怯えてるの。俺もあの日、めちゃくちゃ貴方が怖かったですから、これでおあいこって事で」
 じゃ、まずは俺の手で気持ちよくなりましょうかと言われながら、とうとうジッパーが下された。

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弟の親友がヤバイ1

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 仕事休みな土曜の朝というか昼近く、のそのそと起きだしてリビングへ向かえば、そこでは見知らぬ男が大事な弟とイチャイチャしていた。リビングのテーブルに、横に並んで座っている二人の距離がやたら近い。
「誰だそいつ」
 ドアに背を向けて仲良く寄り添う頭が二つとも振り向いて、弟がおはようではなく「おそよう」と笑う。そして隣の男は軽く頭を下げた後で、お久しぶりですと言った。
 会ったことがある相手なのかと、しげしげ相手を見つめて思い出す。随分男くさくなったが、その顔には面影がある。
「あっ、お前、なんで……」
 弟の前だったことを思い出して慌てて口を閉ざした。
 彼は弟が小学校に上がった頃から頻繁に訪れるようになり、中学二年の夏休みを境にここ四年ほど会うことがなかった男だ。何故彼が家に来なくなったかはわかっている。
 弟の親友だというそいつは、明らかに弟に懸想していたから、弟と引き離したくてちょっとした意地悪というか悪戯を仕掛けた。だって大事な大事な弟を、男なんかにどうこうされたらたまらない。
 五つ違いの兄弟だから、弟が中学二年当時はこちらはもう大学生で、成長期などとっくに終わった大人の体だった。背が高いというほどではないが平均的な成長を遂げていた自分が、成長期入りかけの小さな体を後ろから抱き込んでしまえば、相手は抵抗を奪われたも同然だ。
 そして何をしたのかといえば、無遠慮に股間を弄り回して、勃たせて扱いて吐精させた。誰の手でも感じちゃう淫乱だと罵って、弟に手を出したら許さないと脅して、弟の代わりに気持ちよくしてやるからまた遊びにおいでと誘ってやった。
 その後ピタリと顔を見せなくなったことから、遊びに来たらまたやるよという宣言を、彼は正しく理解したようだった。
「今日さー、母さんたち居ないじゃん。泊まりで勉強しに来ないかって誘ったら、たまにはいいかもって言ってくれたから、呼んじゃった。すっげ久々で滾る」
「受験勉強だからな? 遊びに来てるわけじゃないからな?」
 にっこにこで報告してくれる弟に、やれやれといった様子で男が返しているが、その目は随分と優しげだ。
「お前らって、未だに親友やってんの……?」
「は? 当たり前じゃん」
 肯定は弟から即座に返ってきた。
 こんな危険な兄が居たんじゃ親友なんてやってられないと、弟から離れてくれたのだと安心していたが甘かったようだ。家に来なくなったというだけで、学校では変わらず仲良くしていたのかと思うと、騙されたような気持ちすら湧いてくる。
「母さん知ってんのか?」
「もっちろーん。オッケー貰って、布団も用意してもらったもん」
 男同士だからってさすがに一緒のベッドじゃ狭いしねーとあっけらかんと話す弟に、もっと危機感持てよなんてことは言えるわけがない。むしろそこが弟の魅力であり可愛いところであり、だから守ってやらねばと愛しく思うのだ。
「あ、兄さんのご飯ここあるよ。ここ片付けたほうが良い? でも別に目の前で俺らが勉強してたからって構わないよね?」
「ああ、いいよ。どうせお前の部屋、二人で勉強できるスペースなんてないんだろ?」
「えへへ。ゴメンね」
 あまり本気で悪いとは思っていないだろう事は明らかだったが、部屋を片付けておかないからだと小言を続ける気にはならない。むしろ散らかし放題グッジョブ! と言ってやりたいくらいだ。
 弟の部屋で二人きりになどさせてたまるか。こいつはまだ絶対、弟を諦めてなんかいない。むしろ久々に訪れたのは、宣戦布告かもしれないとすら思う。
 なぜなら弟達の正面の席へ腰を下ろして、用意された朝食を食べ始めた自分を見つめる瞳が、ふてぶてしく挑戦的だからだ。
「なに?」
「いえ、別に……ただ、綺麗な箸使いだなと見とれてただけです」
「は?」
「でっしょー。魚とかの骨もね、兄さんすっごく綺麗に取るからね」
 何を言い出してるんだこいつはと呆気にとられたその横で、弟が自慢気に告げた。
「それ前聞いた。だから気になったってのもある」
「あ、そっか。言った言った。で、どうよ。俺が言った通りっしょ?」
「うん。お前が言った通りだった」
 やはり弟に向ける瞳は優しげで、あーこれちょっとマズイんじゃないの? という気がして少し焦る。
 だってさっき、泊まりで誘ったと言っていた。相手は自分がいるのをわかって乗り込んできているのだから、明らかにこちらが不利だろう。
 取り敢えずはゆっくりと朝食を食べつつ目の前の二人を観察して、どうやって邪魔してやるかしっかり考えなければと思った。

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常連さんが風邪を引いたようなので3(終)

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 毎晩のように店に顔を出す男へ個人的な連絡先を渡してから随分と経つが、唐突に二度目の電話が掛かってきて、なぜか食事に誘われた。びっくりしつつも了承し、店の休日である翌日の日曜夜に指定された店へ行く。
 そこは個室のある居酒屋で、通された部屋には既に彼が待っていた。
 まず視線を向けてしまう彼の左手薬指には、一昨日までは光っていたはずの指輪がない。離婚が成立したのだろうことはわかったが、それでさっそく自分を食事に誘ってくる理由がわからない。というか、これは何かを期待して良いのかと混乱している。
 こちらが気付いたことに、彼も気付いていたのだろう。
「離婚、しました」
 いくつか注文を済ませて店員が下がった後で、口を開いた彼からまず出た言葉は、離婚の報告だった。
「みたい、ですね……」
「気持ちに踏ん切りがついたのは、貴方のおかげです。ずっと、きちんとお礼をしたいと思ってました。ありがとうございます」
「や、あの、まったく身に覚えが……」
「放っておいて、くれたでしょう?」
「いやまぁ、そういう方も、いらっしゃるので……」
「嫌な客だろう自覚はあったんですが、ちょっと甘えてしまいまして」
 他の客に絡んで暴言を吐いたり酔って暴れたりしたわけでもなく、いつもカウンターの隅で一人静かに飲んでいただけの彼を、嫌な客だなんて思ったことはない。それを伝えれば、ホッとしたように小さく笑う。
「一人で居るのが寂しかったんですよね。家の中、一人で食事をするのが苦痛で、そのくせ、若干人間不信で必要最低限しか人と話をしたくなかった」
 自宅のあるビルの1階にそこそこ遅くまで営業してる飲食店があったというだけで入ったら、思いのほか居心地が良くて毎晩通ってしまったと彼は言う。
 今日の彼は饒舌だ。
 やがて酒と料理とが運ばれてきて、いったん話は目の前の食事に移ったけれど、ある程度食べて一息ついた後は、また彼自身の話へと戻った。アルコールが入ったからか、それとも二人で食事などという異質な空間に慣れたのか、先程よりも流暢に彼の言葉はこぼれ落ちてくる。
「半年くらいまえに、風邪を拗らせて寝込んでしまった時、ありましたよね」
「ええ。あれがなければ、あなたの名前さえいまだに知らなかったと思いますよ」
 ですよねと言って彼は苦笑してみせる。
「あの時、本当に驚いたんです。毎日顔を出すとは言っても、陰気な客相手に随分と優しくて。しかも、普段はこちらに関わらずに居てくれてたのに、思いのほか強引で」
「あ、いや、なんか、あの時はそのまま帰しちゃいけないような、気がしてしまって……」
「随分と空気を読むのが上手い人だって、思いました」
「えっ?」
「体調が悪かったせいもあるんでしょうけど、人にかまって欲しかったんですよ。かまってと言うか、自分の存在を誰かに気にして欲しかった。具合が悪いならさっさと帰って寝るなりすればいいものを、ほとんど習慣になってたからって店に寄ってしまったのも、部屋に帰って一人になるのが嫌だったからなのに、そんな日に限って親身にあれこれしてくれるんですもん」
 凄く救われた気持ちになったんですと、照れているのかやや俯いて話す彼は、やはりまたありがとうございますと言った。
「あれがなければ、きっとずるずると別居生活を続けてた気がします」
 離婚関係の話に思わず身構えたら、彼は少し困った様子で、聞きたくなければ止めましょうかなどと言う。
「あ、いや、大丈夫です。聞きます」
 というよりは聞きたいのだ。
「別居の理由から話しても? それとも、結論だけにしましょうか」
「俺が聞いてもいいなら、別居の理由から、お願いします」
「聞いて、欲しいんですよ」
 覚悟と期待とを込めて先を促せば、ホッと安堵の息を吐いた後で彼は話しだす。
 別居と人間不信の理由はどうやら繋がっていて、彼の心情を思うとなんだかこちらが泣きそうだ。
「嫌な話聞かせてすみません。ただまぁ、そういうわけで、あの時期は結構気持ちがドロドロだったわけなんですけど、ただ店に通うだけの客に親身になってくれる人も居ると思うと、きっちり向き合って離婚に踏み切るべきだと思いました」
 まぁ当然揉めましたけどと苦笑しつつ、彼は左手を持ち上げる。
「指輪、本当は離婚を決意した段階で外しても良かったんですけど、ケジメを付けるまでの自制にもなりそうで付けてました」
「それ……って……」
 鼓動がいっきに跳ねる。これはもう気配でわかる。
「どうやら俺は、貴方が好きです」
「お、おれ、俺も、好き、です」
 慌てて言い募れば、目の前の男は随分と柔らかで嬉しげな笑みを見せながら、知ってますと言った。
「えっ?」
「気づいてなかったら、いくらなんでも離婚成立直後に告白なんて真似、出来ませんよ」
「えー……」
「今夜はこのまま帰らないで……って言ったらどうします?」
 展開早いなおい! と驚く気持ちと、オールで飲むにはお互いキツイ年齢ですよと誤魔化してしまおうとする気持ちと、ちょっとその誘いに乗ってみたい好奇心とがグルグルまわって口を開けずにいれば、冗談だったらしく彼が思い切り吹き出した。
 派手に笑う姿なんてもちろん初めてで、驚きと困惑と、なのに笑ってる姿にホッとして嬉しい気持ちになるから、なんかもうこちらもだいぶ重症だ。
「ちょっ、酷くないすか」
 それでもこれを笑われるのは理不尽だという気持ちはあって、少しばかり口をとがらせる。
「ご、ごめん。迷ってくれてありがとう」
「えっ、感謝?」
「貴方の好意は感じてましたが、本当は少し、自信がなくて、試すような真似をしました。すみません。迷ってくれたってことは、そういうのもありな感情ですよね?」
 もとから男性とお付き合いされる方ですかと確かめられて慌てて否定したら、驚かれてしまった。
「さすがにそれは予想外だったんですけど、俺と付き合って下さいと言ったら、もしかして迷惑になりますか?」
 一転オロオロとしだす相手に、今度はこちらが笑う。笑いながら、ぜひお付き合いを始めさせて下さいと、自分から申し出た。

有坂レイへの3つの恋のお題:引き出しにしまいこんだ言葉/晴れの日も雨の日も/今夜は帰らないで

 
 
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常連さんが風邪を引いたようなので2

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 体調を崩した彼を送っていった翌日土曜日は、店に電話が掛かってきて、昼と夜の二回出前を届けた。ついでに使いかけだった市販薬の残りもそのまま渡した。
 もちろん普段はそんな出前サービスは行っていないし、届けたものもメニューにない、彼が食べられそうなものを適当に作って運んだ。
 夜の出前を運んだ時、日曜は店の定休日だが、必要なら食べられるものを運んでもいいと言って、店ではなく個人的な連絡先を渡した。さっそく翌朝掛かってきた電話にウキウキで出れば、お礼と共にだいぶ回復したから後は自分でどうにか出来そうだと言われてしまい、少しがっかりだったのを覚えている。
 ただ、彼が風邪を引いたおかげで、その後は彼との距離がグッと縮んだようだった。
 平日夜の来店時間もオーダーも変わらないが、まず交わす挨拶が増えて、たまに会話が出来るようになった。そして、極たまに、土曜日も顔を出すようになった。
 土曜日はランチタイムだったり、夜もちょうど混みあう夕飯時に訪れるので、こちらも忙しくなかなか会話どころではないのだが、土曜の彼は普段に比べると比較的機嫌がよくて食事量も多い。
 半年くらいかけて分かった事がいくつかあるが、それもなかなか衝撃的だった。
 実は結構なグルメで仕事休みの週末に食べ歩くのが好きだということ。自炊も弁当類も嫌いで基本全て外食なため、家には電子レンジすらないこと。飲み物用に冷蔵庫と電気ポットはあるが、ヤカンも鍋もなく備え付けのガスコンロに火をつけたことがないこと。引越してきた時に隣と真下の家には挨拶をしていたこと。単身赴任ではなく別居中で、多分近いうちに離婚が成立するだろうこと。
 近いうちに離婚が成立すると聞いたのはついさっきの事で、相手は既に色々と気持ちの折り合いが付いているのか口調も態度も平然としていたが、何故かそれを聞いた自分が動揺した。その動揺を見抜いたのは彼ではなく、隣で作業しつつそれを聞いていた従業員だった。
 その従業員の彼もどちらかと言えば寡黙で、あまり無駄話はしない方なのだけれど、店を閉めた後に珍しく良かったですねと言った。
「何が?」
「さっきの話です。離婚、成立したら、言ってみたらどうですか?」
「な、何を……??」
「好き、なんですよね?」
 確かめるように聞かれて、グッと言葉に詰まってしまった。なんとなく自覚はあったが、そんなまさかと否定し続けてきたのに、自分と過ごす時間が一番長い彼からの指摘でとうとう逃げ場がない。
「好きそうに、見えた?」
「ええ。かなり」
「言わないよ」
 だって言えるわけがないだろう。離婚間近とはいえ相手は女性と結婚していた男で、自分だって今までの恋愛対象はずっと女性だった。
 これは胸の引き出しにしまっておかなければいけない、想いと言葉なのだと思う。
「常連さんと気まずくなりたくないし。てか通って貰えなくなったら困るし」
「脈ありそうに見えますけど」
「え、何の冗談? てか俺が男と付き合いだしても気にしないタイプ?」
 冗談で口にしたわけではないことはわかっていたが、笑って冗談にしてしまいたかった。そんな気持ちと、だから話を逸らしたことは多分伝わっている。
「気になりませんね。逆に、もし私が男と付き合ってたらどうですか? 一緒に働きたくないから店辞めろって言いますか?」
「それは困る。辞めないで!」
「誰と付き合ってるかなんて、その程度のことですよ」
 即答したらこれまた珍しく優しげな笑顔になって、彼はお疲れ様でしたと残して帰っていった。

続きました→

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常連さんが風邪を引いたようなので1

 平日夜のラストオーダー間際にやってくる疲れた顔のその男は、ほぼ毎日、一番出入り口に近いカウンター端の定位置に腰掛け、日替わりのオススメメニューから一品と、その日の気分で何かしらのアルコール飲料を一杯注文する。
 晴れの日はもちろん、雨の日も、雪の日も日課のようにやってきて、突き出しの小鉢とオススメ一品とを酒で流し込んで帰っていくのだ。
 愛想が良い感じではなく、放っておいて欲しいオーラーに満ちているので、こちらも黙って注文の品だけ出して、後はだいたい閉店準備にとりかかる。
 だから毎日通ってくれる大事な常連客ではあるが、男のことは殆ど何も知らない。
 選ぶ品から食の好みが多少わかる他、見た目からは、多分まだ三十代に入ったかどうかくらいの若さであることと、サラリーマンらしいこと、それと既婚者らしいことくらいしかわからない。
 そう、その男の左手薬指には、銀色のシンプルな指輪が光っている。
 既婚でありながら、毎晩ここで少量とはいえ食事と酒とを摂っていく理由が気になりつつも、この男に関しては、そんな立ち入ったことが聞ける日はきっと来ないだろう。
 そんな日々が一年ほど続いたある週末の夜、男はいつにも増して疲れた様子で来店した。そしてふと気付けば、カウンターに伏せてどうやら眠っているらしい。
 常連なので多少の融通は利かすが、毎日ほぼ定刻に現れ定刻に帰っていく男を、親切心でそのまま寝かせておくことが正解なのかわからない。
 仕方なく、軽く肩を揺すって、大丈夫ですかと声をかけた所で気付いた。随分と具合が悪そうだ。
 もし家がこの近くなら、家族に迎えに来てもらった方が良いのではと提案してみたが首を振られ、一人暮らしだからと力なく返され驚いた。既婚らしいのに一人暮らしなことはともかく、彼が自身のことを話すのが初めてだったからだ。
「すみません、今日は、これ以上食べれそうになくて……」
 カウンター上の料理と酒はほとんど減っていない。
「いえそんな、全然構いません。というか、あの、雑炊……とかなら食べれたりしませんか?」
「え?」
「帰ってから何か食べれる感じじゃないですよね?」
「あ、ああ、まぁ、基本家で食事しないから」
 ということはやはり、小鉢とオススメ一品とアルコール一杯が彼の夕飯ということなのだろうか。もしくは別の場所で夕飯を食べた後の二軒目で寄ってくれているのかもしれない。
「お酒、ほどんど飲んでないですよね? なら薬飲んでいいと思うというか、飲んだほうが良さそうですよ。ここ来る前に何か食べてますか? 薬飲む前に少し何か胃に入れておいた方が良くないですか?」
「あー……薬……なんてものは家にないな」
 どこか投げやりな返事に立ち入りすぎたかと思ったが、なんだか今日は余計なことを言ってすみませんと引く気にはなれなかった。
 なんだかんだ気になる常連の男と、珍しく会話が成立していることに、若干興奮しているのかもしれない。
「いつも通りの時間にここ出ないとまずいですか?」
「……いや」
「なら、食べれそうなもの作りますから言って下さい。でもって、貴方が食べてる間に、ちょっと薬取ってきますから」
「え?」
「ここの上に俺の部屋もあるんですよ」
 店は小さなビルの一階にあって、上は1DKの賃貸マンションになっている。三階建てで部屋数も全部で四つしかなく、本当に小さなビルだけれど、職場が徒歩一分なのは魅力的だ。
「ああ、そうか……」
「何なら食べれますか?」
 結局あっさり目の雑炊を作って出し、彼が食べている間に素早く自宅から幾つかの市販薬を取ってくる。その中にあった一般的な風邪薬として知られた一つを選んだ彼が、薬を飲むのを見届けてから、かなり迷いつつ家まで送ることを提案してみた。
 明らかに踏み込み過ぎだと思ったが、具合が悪いせいかぼんやりとして、いつもの人を寄せ付けないオーラがない目の前の男を、なんだか放って置けない気持ちが強い。
「ほんと、空気読む人だなぁ」
「え?」
 ぼそりとした呟きは聞き取りにくくて聞き返す。
「じゃあ、ここまで来たら、それもお願いしようかな」
 近いしと言ってふわっと笑った顔になんだかドキドキしてしまった。相手は同年代の男だというのに、なんだこれ?
「俺の家、多分、貴方の部屋の斜め上です」
 軽く指を上に向ける仕草に、本日何度目になるかわからない大きな衝撃を受けた。

続きました→

有坂レイへの3つの恋のお題:引き出しにしまいこんだ言葉/晴れの日も雨の日も/今夜は帰らないで

 
 
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