今更嫌いになれないこと知ってるくせに3

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 義兄に抱かれる夢を見た。正確には、キスをされて頭を撫でられて可愛いと言われて愛撫を受ける程度の、抱かれるとまではいかない夢だったけれど、そんな夢を見てしまった衝撃と居たたまれなさは絶大で、泣きたいくらいに最悪の目覚めだった。
 夢を見た原因なんてわかりきっている。一昨日、とうとう滞在2週間目に突入した甥っ子のせいだ。ワンルームの小さな部屋で、在宅中はずっと甥っ子と一緒、なんて生活を続けているからだ。
 このままでは色々マズイと思いながらも、結局、追い出せずにずるずると居座られ続けている。その結果がこれだった。
 相手は自分が仕事に出かけている間は自由に過ごしているのに、自分の方は仕事にしろ家の中にしろ四六時中他人の気配がある。そんな中で日々溜まるのはストレスだけじゃなかった。もっと端的にいうと、自己処理ができていない。要するに抜いていない。
 さすがにこの年齢になって夢精とはならなかったが、夢のせいもあって、朝っぱらからベッドの中で悶々としてしまう。しかも、体の熱を持て余して吐き出す息が、なんだかそれだけでもイヤラシく響く気がして、隠すように枕に顔を埋めてみたら普段とは違う匂いを感じてしまい、余計に体の熱が上がってしまった。
 狭いシングルベッドに甥っ子と二人で寝るなんて真似は絶対にお断りだったが、夜間あまりしっかり眠れていないだろう甥っ子に、昼間ベッドを使うことを勧めたのは自分だ。普段と違う香りは、すなわち甥っ子の匂いだった。だからこれは自業自得なんだとわかっているが、ますます泣きたい気持ちになった。
 ああ、どうしよう……
 今日も仕事があるのだから、早いとこ収まって貰わないと困る。なのに焦れば焦るほど、今もベッドのすぐ隣の床に冬物の厚手の掛け布団を敷いて、その上で寝ている甥っ子の存在を意識してしまう。
 時計の確認もしていないが、甥っ子がぐっすり寝ているのなら、こっそりトイレで処理してくるというのもありだろうか?
 しかしこちらが動いたら、甥っ子はあっさり目を覚ます可能性が高い。これは実際、夜中トイレに起きた時の実体験からも明白だ。いくら厚手の掛け布団の上とはいえ、やはり眠りが浅いんだろう。
 昼間ベッドで足りない分の睡眠を補っているにしろ、夜間しっかり眠れない生活を続けさせるのも気にかかってはいた。しかもなんだかんだ朝と晩は二人分の食事を用意してくれてもいる。
 朝食は簡易なものだが、それでも自分が起きだす1時間前には携帯のアラームをセットして、朝食を作り始めることを知っている。あの小さなキッチンで、どれだけの時間を使って夕飯を作っているのかは知らないが、大学に行く気で居る受験生の夏休みの過ごし方として、これは明らかにオカシイだろう。
 こちらのやましい事情は別にしたって、ここに居続けるべきではない理由なんて次々と湧いて出てくるのに、当の本人は未だその気がまるでないようだ。そして、結局それを許しているのが自分なのだともわかっていた。
 そうだ。本気で追い返せないのは、なんだかんだ彼の居る生活を楽しんでいるからだ。彼の作ってくれる食事も、何気ないやりとりも、懐かしいとか子供の成長が嬉しいとかではなく、なんというかとにかく新鮮だった。
 その成長過程を共に過ごさなかったせいか、口調や態度には極力出さないよう注意しているものの、弟のように愛していたかつての甥っ子とは、やはりまったく別人として感じている。
 頭のなかではあの甥っ子が成長した姿なのだとわかっているつもりだが、それでもここ数年決まった恋人もいない身としては、初恋とも言える相手にそっくりな外見の男が、ほぼ無条件に好意全開で接してくれるこの生活が魅力的でないわけがなかった。
 年下の甥っ子相手に強く出れない理由に、やはり義兄そっくりに育ってきている甥っ子への下心も混ざっているのかと思うと、なんともやる瀬ない。
 はああと深い溜息を枕の中に吐き出せば、控えめな音で甥っ子の携帯が鳴り出した。
 その音はすぐに止まり、甥っ子が起きだす気配を背中に感じる。うつ伏せて枕に顔を埋めた状態のまま、思わず息を潜めてその気配を追いかけた。
 んんーと音になるかならないかの息を吐きながら伸びをして、それからどうやらベッドの端に手をかける。そのままぐっと近づく気配に体を固くしていたら、さらりと頭を撫でられた。
「にーちゃん、おはよ」
 そっと掛けられる挨拶の声は、寝起きのせいか少し掠れていて、なのに酷く甘ったるい。しかも彼が立ち上がる直前、近すぎる気配とともに頭の上で響いた小さな音は、まるでキスのリップ音のようだった。
「さて、朝飯作るか」
 やがて呟くような独り言を残して、部屋の中から彼の気配が消える。
 居室と狭いキッチンとを隔てるドアが閉められる音を聞くとともに、詰めていた息を大きく吐き出した。頭のなかは混乱でいっぱいだった。
 控えめとはいえ携帯のアラームが鳴るせいで、なんとなく意識が浮上してしまう朝は多いけれど、覚えがある中ではこんな真似をされるのは初めてだった。深く寝入っていると判断されたのか、それとも、体の熱を持て余して悶々としている現状を知られて揶揄われたのか。
 前者でも後者でも意味がわからないことには代わりがなく、今現在明確なのは、キスされた気になって昂ぶる自分自身の浅ましさだけだ。
 彼が作り終えた朝食をこちらの部屋に運び始めるまで、短く見積もっても30分以上はあるだろう。
 本当に最悪の朝だと内心毒づきながら、昂ぶる自身へそっと手をのばした。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに2

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 食事は外食や弁当類に頼りっきりだと話したら、甥っ子は張り切って自分が作ると言った。飲み物と調味料程度しか入ってない小さな冷蔵庫と、一口コンロの小さなキッチンで、高校生男子に何が出来るというのか。しかし、いいから何も買わずに帰って来いと言われて帰宅すれば、小さなテーブルの上に所狭しと料理の皿が並んでいる。
 調理器具すらたいしたものは揃っていなかったはずなので、結局スーパーで買った惣菜を皿に出しただけだろうと思った。しかし口に入れて違うことに気づく。
「あっ、これ……」
「わかった? ばーちゃんの味。っつーかにーちゃん的にはオフクロの味? みたいな」
 そこですんなりそんな言葉が出てくるあたり、間違いなくこれは実家の味付けなんだと確信した。しかし意味がわからない。
「え、何お前、母さんに料理教わってんの?」
「色々とあって、簡単に作れそうなものだけ幾つか習った」
「色々ってなんだよ。しかもなんで母さんに」
「だってばーちゃんの味とうちの母さんの味って違うんだもん。にーちゃんに振る舞うこと考えたらばーちゃんに習わないと意味無いじゃん」
 どうよ懐かしい? なんて言いながらのドヤ顔に、嬉しいとか懐かしいとかではなく不信感が湧いた。親と喧嘩した衝動で家出してきたはずではないのか。
 眉間に力が入ったらしく、対面に座る甥は若干不安そうな顔になった。
「美味しくない?」
「そうじゃない。あざとい真似しやがってとは思うけど、確かに懐かしいし美味いよ。ただお前さ、ここ来たのって、まさか計画的?」
「あー……」
 しまったという顔をするから図星なんだろう。
「親と喧嘩して飛び出して、行くとこなくてここ来た、ってわけじゃないんだな?」
「進路で揉めてるのは本当。でも衝動で飛び出てきたわけじゃない。最初っから、夏休み入ったらここ押しかける気で計画立てたよ。計画って言っても、主に金銭的なものだけど」
 往復の交通費とある程度の食費は用意したけど、フライパンと鍋から買わなきゃならなかったのはちょっと予定外だったと言って、甥っ子はすねたように唇を尖らせる。
「ああ、食費……とフライパンと鍋な。金は後で渡すよ」
「やった。そう言ってくれると思ってた」
 うひひと笑う顔は、図体ばっかり大きくなっても、まだまだ子供っぽいあどけなさが残っていると思う。大学受験を控えた高校生相手に感じていい感情なのかは微妙かなと思わないでもないけれど、かなりホッとしたのも事実だった。
 自分が知る甥っ子は小学生の頃までが大半で、後は逃げきれなくて仕方なく実家に戻った際に顔を合わせた記憶しかないのだ。成長して突然やってきた現在の甥っ子は、記憶の中の甥っ子よりも記憶の中の義兄に近い。
 なるべくかつての関係を思い出すようにして接しているし、甥っ子自身が離れていた時間を感じさせない慣れ親しんだ態度を見せるおかげで、なんとか普通っぽい態度がとれているだけでしかない。実際の所は、ふとした瞬間に甥っ子相手にドキドキしっぱなしで、慌てて実家を離れた自分の大学受験期以上にヤバイ気配が濃厚だった。
 正直さっさと帰って欲しくてたまらない。距離をおいて心の奥底に封じ込めた、義兄への想いを刺激しないで欲しかった。
「つかその計画では何日ここ泊まる予定なんだよ。昨日泊まってわかったと思うけど、長期滞在なんて絶対無理だからな?」
「それはにーちゃん次第かな。答えが出るまでは帰らない」
「なんで俺次第なんだ。お前が出すのは自分の進路の答えだろ」
「まぁそうなんだけどさ」
 フッと黙り込んでうつむく顔の大人びた様子に、ああやっぱりこれは早々に追い出さないとかなりマズイと思って、否応なく高鳴る心臓に内心で舌打ちした。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに1

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 10ほど年の離れた姉が二十歳に産んだ子供は、年の離れた弟のような気がしていた。だって自分と姉の年の差と同じだったから。
 家が近かったのもあって、精一杯アニキ風を吹かせながら、確かにその甥っ子をめちゃくちゃ愛してきた自覚はある。小さな頃は本当に見た目も仕草もなにもかもが可愛かった。
 これはまずいと気づいたのは自分が高校生の頃で、大学受験などを理由に彼との距離をいっきに離した上、そのまま遠方の大学に進学して逃げてしまったが、正直に言えば彼には一切落ち度はない。もっと正直に言うなら、逃げたのは彼からではなかった。彼の父親である義兄から逃げたのだ。
 義兄を恋愛的な意味で好きなのだと気づいてしまったら、甥っ子は甥であるより先に、好きな人の息子になってしまった。まだ小学生の無邪気な彼の中にまで、義兄の面影を見てしまうなんて重症すぎる。
 義兄には手が出せなくても、懐いてくれる甥っ子になら簡単に触れられる。それどころか向こうから抱きついてくる事だってある。そんな事でグラグラと理性が揺れる自分が心底怖かった。
 就職ももちろん、大学ほどではないが実家からそこそこ離れた場所に決めたし、在学中も卒業後もなるべく帰省はしていない。なのにある日いきなり、自宅に甥っ子が押しかけてきた。
 心臓が止まりかけるほど驚いたのは、成長した甥っ子の姿が、もう随分と昔、姉の恋人として初めて出会った頃の義兄にそっくりだったからだ。玄関扉を開けたまま硬直していたら、しばらく泊めてとぶっきらぼうに吐き捨てた後、いささか強引に自宅にあがり込まれてしまった。
 勝手に奥の部屋へと向かう背中を慌てて追いかける。
「えっ、ちょっ、待てよ。なんでいきなり? 学校は? いやそれより姉さんは知ってんの?」
 気まずそうに黙ったままなので、これはもしかしなくても家出だろうか?
「黙って出てきたのか?」
 やはり沈黙で返されて溜息を吐き出した。
「自分で言えないなら俺が電話するぞ」
「しばらく泊めるから心配しないで、って言ってくれる?」
「言うわけ無いだろ。明日追い返すって言うよ」
「学校なら昨日から夏休み入ったよ。だからしばらく泊めてよ」
「お前が夏休みでも俺は普通に仕事あるの。子供の面倒見てる余裕なんてねーの。ついでに言うなら、大人顔負けに育った子供の寝るスペースもねーよ」
「にーちゃん、お願い」
 にーちゃんと呼ばれてグッと言葉に詰まる。そう呼ばせて喜んでいたのは幼いころの自分だからだ。そしてやはりそう呼ばれると、心の奥が疼いてしまう。きっと自分の中のどこかに、彼の兄を本気でやっていた頃の思い出が染み付いている。
「俺はお前の叔父であって兄貴じゃない」
「わかってるよ。でも俺が本当に困ったときは、助けてくれるんじゃなかったの?」
 本当の兄じゃなくても兄代わりで、血だって繋がった叔父なのだから、困ったときは何でも言え。なんてことを言ったのもやはり随分と昔のことだけれど、何度も繰り返したせいで、もちろん自分も忘れてはいない。
「黙って家を出てくるような悪い子に、無条件で味方するわけ無いだろ」
 甥っ子は少しだけ考えた後、進路で喧嘩してるのだと口にした。どうやらそれが家出の原因、ということらしい。
「でも責任の一端はにーちゃんにもあるんだからな」
「なんで俺?」
「大学入ったら全然こっち帰ってこなくなったじゃん。大学はもう少し遠かったけど、今は片道2時間くらいでそこまで遠くもないのにさ。俺までそうなったら嫌だから自宅から通えるとこに進学しろってうるさい」
「それで俺んとこ逃げ込まれたら、俺がますます姉さんに恨まれるだろ。てかそれ言ってんのお前の母さんでいいんだよな? 父親はなんて言ってんだよ」
「父さんも出来れば自宅から通えるところにと思ってるっぽいけど、理由は仕送り関係がでかいっぽいから、奨学金借りてバイトしてやりくりするって覚悟見せたら多分そこまで反対しない」
「いやいやいや。奨学金って借金だからな? なくて済むならない方が絶対いいぞ」
「それでも譲れないことがあんの」
「それって何? どうしてもそこじゃなきゃ学べない大学とかあるなら、姉さんだって納得するんじゃないか? ちゃんと話しあったのか?」
「それも含めてちょっと考えたいことあるからしばらく泊めて。答えが出たら帰るから」
 夏だしその辺の床で寝るんで構わないからとまで言われてしまったら、もともと甘やかしまくってた愛しい甥っ子をムリヤリ追い返せはしない。
 結局、しばらく泊めるから心配いらないという電話を姉に入れる羽目になった。

続きました→

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あと少しこのままで

キスしたい、キスしたい、キスしたいの続きです。

 日付けが変わる30分程まえ、明日は祝日だしとだらだら雑誌を捲っていたら、控えめに部屋のドアがノックされた。少し前に玄関ドアが開閉された音は聞こえていたが、こんな時間に従兄弟が部屋を訪れるのは珍しい。
「なにー?」
 ベッドから起き上がりつつ、ドア越しにも聞こえるだろう声量でとりあえずそう返せば、やはりそっとドアが開いた。
「起きてて良かった」
 顔を覗かせた従兄弟の、軽やかな声とどこか浮かれた表情に、そう深刻な問題が起きたわけではないらしいと思う。
「何かあった?」
「うん。焼き鳥あるからちょっと晩酌付き合わない?」
「食べる!」
 即答してうきうきで部屋を出る。
 リビングへ行けば、ソファの前のローテーブルの上、ざっと15本程度の焼き鳥が無造作に皿に盛られていた。
「てかさ、どーしたのこれ」
 今までも出張土産とかいうお菓子類は何度か渡された事があるけれど、こんな土産は初めてだ。
「お前にって思って買ってきた」
「え?」
「今日飲んでた店、焼き鳥すんごく美味かったんだよ。で、途中、大学生の従兄弟が同居中で若いからか肉ばっか食ってるっつー話したら、土産に持ってってやれって言われてさぁ。この店の焼き鳥、お持ち帰りしても美味いんだって」
「なにそれ優しい。てか乗せられて買っちゃった系?」
「うっせ。お前はありがたく食っとけばいーの」
「食うよ。食うけど!」
「食うけど?」
「やっぱ最近、なんかちょっとオカシクない?」
 どこらへんがと問われて口ごもる。なぜなら、従兄弟の変化のきっかけは、やはりあの日のキスにある気がしているからだ。それとも自分が意識しすぎなだけだろうか?
「なんか、シタゴコロ的な……」
「まぁ、否定はしない。そりゃ多少はあるよな、下心」
「あんのかよっ」
「そう警戒すんなって。食ったらならキスさせろ、なんてことは言わんから」
「本当に?」
 ホントホントと軽いノリと、やはり目の前の美味しそうな焼き鳥の誘惑に負けて、いそいそとソファに腰掛けた。
 食ってていーぞと言って、いったん併設の小さなキッチンに引っ込んだ従兄弟は、冷蔵庫を開けてからお前なに飲むのと問いかけてくる。
「晩酌付き合えって俺にも飲めって事じゃないの?」
 二十歳になった時、お祝いで飲みに連れて行って貰って以降、たまーに誘われて一緒に飲んでいたから、今日もそれだと思っていたのに。
「と思ったけどやっぱなし。お前今日は酒禁止」
「なんで!?」
 何を飲むかの返事はしていないのに、戻ってきた従兄弟はビールの缶とペットボトルのお茶とグラスとを器用に抱えている。
「今日の俺は下心があるから。てかお前のせいで下心湧いちゃった~」
 お前が酔ったらイタズラしそう。なんてどこまで本気かわからない笑顔と共にお茶とグラスを差し出されたら、黙って受け取る事しか出来ない。
「でも乾杯はして?」
 隣に座った従兄弟はプルタブを上げてビールの缶を軽く掲げて見せる。
 お茶で? とは思いつつも、望まれるままグラスをカチンと合わせてやれば、酷く嬉しげだ。やたら幸せそうに崩れかけた頬と口元が目に入って、なるほど既に少し酔ってるのだとようやく気付いた。そういえば、この焼き鳥を買った店で飲んできたのだと言っていたのを思い出す。
「どーした?」
「今、どんくらい酔ってんの?」
「酔ってないよ?」
「嘘ばっか。けっこー飲んだろ」
「まぁ飲んだけど。でも帰ってからシャワー浴びてさっぱりしたし、もうあんま残ってないって」
 ジロジロと見つめる従兄弟は確かに風呂あがりで、しかも綺麗に髭も剃られている。
「明日、仕事は?」
「さすがにないよ。あったらこの時間に追加で飲まないって」
 前から休前日の夜にもこんなに小奇麗にしていただろうか?
 忙しい従兄弟は休日出勤も多い上に、こんな風に夜間一緒に過ごすことはめったにないので分からない。いや、たとえあったとしても、きっと覚えてなかっただろう。だらしなく小汚いおっさんだったあの朝が珍しかったのは確かだが、キスの上書きなんて話がなければ、従兄弟の普段の格好など気に留める事もなかったのだ。
 ああ、やっぱり自分が意識しすぎている。
「お前、本当にあれトラウマになってんのな」
 従兄弟を見つめたまま黙ってしまったら、苦笑とともにそう言われたけれど、唐突過ぎて意味がわからない。
「どういう事?」
「だってさっきから、何度も繰り返し思い出してんだろ。俺にキスされたこと」
 ごめんと謝る顔は一転して真剣だった。
「もう少しこのまま様子見ようかと思ってたけど、やめるわ」
 そんな前置きの後、従兄弟は続ける。
「キスなんてたいしたことないだろーって流しちまおうかと思ってたけど、なんかお前どんどん意識してるっぽいし逆効果だったよな。本当、ごめん。寝ぼけてやらかしたことだから、二度としない、とは言えないけど。でももう、あんな醜態晒さないようにはするつもりだし、キスしようなんてことも、もう言わない。それでもお前が不安になるってなら、一緒に飯食ったりするの一切やめてもいいけど、どうする?」
 生活費を持つんじゃなくて家事負担分はバイト代みたいな形で定額払うよ、なんてことまで言われて、かなり本気の提案なのだと思う。もしこれに頷いたら、どうなるんだろう? 頭のなかはいっきに真っ白だった。漠然とした不安だけが押し寄せる。
「ついさっき、シタゴコロあるって言ったくせに」
「うん。一緒に住んでんだから、お互い家に居るときくらい、お前と普通に楽しく過ごしたいって下心は、ある」
「なにそれ。本気で言ってんなら、俺が酔ったらイタズラするかもって言ったのなんなんだよ」
「お前酔っ払うとちょっと可愛いから、そんな状態で俺意識されんの嫌だな~って思っての牽制。まぁ、言葉が悪かったのは認める。お前あれで余計身構えたもんな」
 すぐに答えだせとは言わないから、俺との生活どうするのが理想か考えて。と言って従兄弟はビールの缶を片手に持ったまま立ち上がる。
「焼き鳥はせっかく買ってきたんだからお前が食べろよ。全部食べなくてもいいけど、明日の朝、もし手付かずで残ってたら俺は泣くからな!」
「なんだその脅迫。食うよ。てかちょっと待って」
 とっさに伸ばした手でシャツの裾を握った。
「俺をからかって遊んでるわけじゃなくて、本当にキスする気だったなら、……キスして、いいよ」
 従兄弟を見上げつつ、かなりの覚悟でそう告げたのに、従兄弟は困ったように笑う。
「今のお前にキスしたら、ほらたいしたことないだろ、なんて言えない感じになりそうだからダメ」
 まさか断られるとは思っていなくてショックだった。意識させてごめんともう一度謝ると、従兄弟は服の裾を握る手をそっと撫でてくる。力が抜けてしまった手の中から、服の布が逃げていく。
 お休みと言ってリビングを出て行ってしまった従兄弟の背を見送る頭のなかは、やはり酷いとかズルイとかの単語でいっぱいだった。

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
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お題は消化したけど、これこんな所で終わりにしていいのか……?

 
 
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キスしたい、キスしたい、キスしたい

寝ぼけてキスをしたの続きです。

 共同生活ルールの中には、従兄弟が在宅中に食事を作る場合は従兄弟の分も一緒に作る事。というのがある。
 比較的自由にさせて貰ってはいるが、こちらは学費と従兄弟へ払う家賃(激安)以外の生活費はバイトで賄う大学生だ。自分がここに放り込まれた主な理由はどう考えても親の経済力だが、従兄弟がそれを受け入れた理由ははっきり知らない。ただ、共用部分の掃除と洗濯と買い出しとたまの簡単な食事作りで、大半の生活費を向こうが負担する条件を提示してきたのは従兄弟なので、こんな自分が適当にこなす家事でも、一応役には立っているのかもしれない。
 自分で買い物をしている手前、それがどれだけ割の良い待遇かはわかっているつもりだ。自分のバイト代だけで食費も雑費も遊ぶための小遣いも全部賄う事を考えたら、多少家事が増える方が断然いい。二人分だからといって手間が二倍になるわけじゃないのだから尚更だ。
 そんなわけで、あんな事があった後ではあるけれど、今から少し遅めの朝食を作る以上、やはり彼の分も考えなければならないだろう。とすると、まずは食事がいるかどうかの確認が必要だ。家に居るからと勝手に作って無駄になった事が数回あって、残された分を捨てたのを怒られて以降は、確認も必須になった。
 リビングを出た所でかすかに水音が聞こえて来たので、どうやら従兄弟はシャワー中らしい。あの状態なら、自分だってまずはシャワーを浴びるだろうから、なんの不思議もないけれど。
 なのでそのまま洗面所に入り、バスルームの扉を軽く叩き、少しだけ扉を開いて声をかけた。
「ちょっといい?」
 従兄弟は髪を洗っている最中で、振り向くことはなかったが、それでも返事はしてくれる。
「どーした?」
「朝飯作るけどいる?」
「ご飯と味噌汁なら食べたい」
「冷凍のご飯でいいなら。もしくは炊飯器のセットだけする」
「チンでいーよ。よろしく」
「出たらすぐ食べる?」
「食べる」
「わかった」
 言って扉を閉めた。その後はリビングに戻って、二人分の朝食を用意する。
 自分一人が食べる弁当類は自腹だが、食材なら従兄弟が出してくれるおかげで、自炊率は高い方だ。しかしだからと言って料理が上手いかどうかは別だった。
 朝食の用意と言ったって、冷凍しておいた白米をレンジに突っ込み温めている間に、お湯を沸かしてインスタント味噌汁を作って、二個の卵を目玉焼きにして、一袋分のソーセージを焼き、後はご飯のお供系瓶詰め類をテーブルに並べるだけの簡単すぎるお仕事だ。なお卵二つとソーセージの大半は自分の胃袋に消える計算で焼いている。多分従兄弟はそれらにほとんど箸をつけないだろう。
 自分的には十分だけど、これ絶対また野菜が足りないとか言われるメニューだ。なんてことを、並べ終わったテーブルの上を見つつ思っていたら、風呂から上がった従兄弟がさっぱりとした様子でリビングに戻ってきた。
「野菜足りない?」
 言われる前に自分から言ってしまえと口にすれば、テーブルの上を確認した従兄弟はあっさり足りないと返してくる。
「自分で足す? 俺に作れって言うなら作る物も決めてよ」
「いや、足りないけどお前がいいなら今日はいーわ。でも卵残ってるなら出して。生卵。卵かけごはんしたい」
「わかった」
 冷蔵庫から出した生卵を小鉢に割り入れて、醤油と共にテーブルへ運ぶ。
「はい。これでいい?」
 席に着いた従兄弟の前にその二つを置き、さて自分も席に着こうと移動しかけたら、従兄弟に腕を掴まれた。
「なに?」
「どうよ」
「どうよって何が?」
「さっきの、小汚いおっさんてやつを訂正して欲しいなーって」
 にっこり笑って見せる顔は、じゃっかん作りモノめいている。笑顔がなんとも胡散くさかった。
「えー……」
 確かに今の格好を小汚いおっさんとは言わないどころか、こうしてラフな服装だとむしろ実年齢より若く見えるけれど、言われるまま訂正してやるのはなんだか納得いかない。だって思い出さないようにしているだけで、小汚いおっさんにキスされた事実は変わらないのだ。
 そう言ったら、じゃあキスする? などと返ってきて、まったく意味がわからない。
「はあぁ?? なんでそーなる」
「トラウマかわいそうだし上書き」
「小汚くなくてもおっさんに変わりないし。おっさんにキスされたらどっちにしろトラウマだよ」
「んなこと言われるとますますしたくなるな」
「だからなんでだよっ!」
 変態かよと言っても否定されなかったから、どうやら従兄弟は変態のお仲間ということで良いらしい。普段は下の名前にさん付けで呼んでいるが、今度から変態さんとでも呼んでやろうか。
「おっさんのテクでトラウマとか言えないくらいには良くしてあげるから、まぁちょっとキスくらいさせなさいよ」
「バカじゃないの! 絶対やだ」
 ちょっと焦りつつ掴まれた手を振り払ったら、めちゃくちゃ楽しげに笑われた。からかわれただけっぽいとわかって、ホッとしつつも腹が立つ。
 さらに面倒なのは、このやり取りがあってから、たまに思い出したようにキスしようかと言われる事だ。
 遊ばれてるのは悔しいし、時々本気かと思ってドキッとさせられるのはもっと悔しい。悔しさのあまり最近は、いっそのことキスの一つくらいしてしまおうかとまで思い始めている。

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寝ぼけてキスをした

 今日の講義は3限からなので、のんびりと起きだした朝。とりあえず何か飲みたいと思いつつキッチンへ向かうが、併設されたリビングの惨状に、冷蔵庫へ辿り着く前に足を止めてしまった。
 リビングの床にスーツを脱ぎ散らかして、下2つだけボタンの止まったYシャツにトランクスというひどい格好でソファに沈んでいるのは、従兄弟でありこの家の世帯主でもある男だ。親の間でどういう話があったのか、入学したら大学の近くで一人暮らしが出来るのだと思っていたのに、気づけばこの従兄弟の家に放り込まれていた。
 最初は本当に苦労した。なんせ従兄弟とはいっても年が離れすぎていて、一緒に遊んだような記憶どころか、話しをしたという記憶すらほとんどない相手だ。正直、いきなり見知らぬ他人との共同生活が始まったといってもいい。
 しかし共同生活におけるルールがある程度決まってしまえば、多忙な従兄弟とはすれ違いも多く、ここでの生活は既に2年を越えたがけっこう気楽に過ごせてもいる。最初は憂鬱だったここでの暮らしは、思っていたよりもずっと快適だった。
 ソファの脇に立って、改めて従兄弟を見下ろす。確か14ほど上と聞いた気がするから、そろそろ30代も半ばだろうか。眠っていてさえ疲れの滲みでている顔には無精髭が伸びていて、ボサボサの頭髪にはちらりと白いものが混ざり始めている。
「わー……いつにも増しておっさんくさい」
 起きていたらさすがに咎められそうな事を、そこそこの声量で口に出しても、相手は依然無反応だ。
 こんな場所で無造作に寝るから余計に老けていくんじゃないのか? と思いつつも、だからといって起こしたほうがいいのかはわからなかった。忙しいのは知っていたが、さすがにこんな状況は初めてだからだ。
 パッと見、疲れてる以外のおかしな様子はないけれど、まさか具合が悪くてここで力尽きたという可能性もあるだろうか?
 そっと額に手のひらを当ててみたが、とりあえず熱はなさそうだ。
 ますますどうしようか迷いつつ、目の前に垂れていた結び目だけ解いて首にぶら下がったままのネクタイを、なんとなく握って引っ張った。スルリと抜けるかと思ったそれは何かに引っかかって、従兄弟の頭がぐらりと揺れる。
 あ、まずい。と思った時には従兄弟の目がゆっくりと開いていく。
「ご、ごめん。起こすつもりはなくて」
 体はネクタイを握ったままフリーズしていたけれど、口だけはなんとか動かした。従兄弟はぼんやりとした表情のままこちらの顔を見て、それからネクタイへと視線を移す。
「なに? 人の寝込み襲うとか、お前欲求不満なの?」
「は? ちょっ、んなわけなっ、うぁ……って、なんだよっ」
 否定の途中、結構な力で腕を引かれてよろけて倒れこめば、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
「んー? ちゅーくらいならしていいぞ」
「だからっ! 欲求不満じゃ」
 ない、という言葉は続けられなかった。
 14も年上の、だらしなく小汚いおっさんにキスされたという衝撃でそのまま硬直していたら、「うわっ」という慌てた様子の声とともに、唐突に突き飛ばされて尻もちを付いた。
「えっ、ちょっ、何してんの」
 何してんのはこっちのセリフだと思ったけれど、それは言葉にならなかった。なんで朝からこんな目にと思いつつ相手を睨みつけたけれど、正直怒りよりもショックが強くて泣きそうだ。
「あー……悪い。スマン。多分寝ぼけた」
「酷い。色々酷い。小汚いおっさんにキスされたなんてトラウマになりそう」
「小汚いおっさん、ってお前もたいがい酷いぞ」
「ホントの事だろ。てか自分が今どんな格好してるかわかってんの?」
 言ったらようやく自分の格好に気づいたようで、情けない顔になって本当に悪かったと繰り返した。その後はソファの周りに散らかした服類をまとめると、それを抱えてそそくさとリビングを出て行く。
 尻餅をついたまま、そんな従兄弟を視線だけ追いかけてしまったが、彼から掛かる言葉はもうなかった。酷いとかズルイとかの単語が頭のなかをグルグルとまわる。のどが渇いていたことを思い出して立ち上がるまで、随分と時間がかかってしまった。

続きました→

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