ベッドの上でファーストキス2(終)

1話戻る→

 促されて仕方なくを装いながらベッドの中に入れば、待ってましたとばかりに兄の体が擦り寄ってくる。慌てて背中を向けながら、ベッドヘッドの棚に置いてあるはずの、照明器具のリモコンを手探りで探す。
「はいこれ。てかお前、なんでそう頑なに俺に背中向けるかな」
「兄弟で、男同士で、向き合って抱き合って眠るとか、なにその拷問。キモいんだけど」
 リモコンを背中越しに渡してくれながらの兄の言葉に、思ってもない言葉が口からこぼれ落ちる。いやでも、ある意味拷問には違いないか。
「俺は別にキモくないけど。嫌がってるの無理矢理一緒に寝てもらってるんだから仕方ないのかもだけど、でもやっぱちょっと寂しい」
 バカじゃないのと返しながら明かりを消せば、酷いと言いながら背中にグリグリと額を押し付けてくる。しかも胸の前に腕が回され、ぎゅっとしがみつかれた。
「ちょっ、と。何してんの」
「昔はもっと可愛かったのにー。ぬくぬくのちっちゃな手で俺の手握ってくれて、足だってお前っから絡めるようにして温めてくれてさ。ちょっと体が大っきくなってベッド狭くなったからって、体は温かいままなのに態度が冷たくなりすぎ」
 むしろ昔以上にひっつけばベッドの狭さだって気にならなくなるんじゃないのなどと言って、更にぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまって焦る。クスクスと笑っているから、明らかに兄はふざけているだけなのに。自分だけが兄を意識していると突きつけられるようで苦しい。
「いい加減にしろよっ!」
 思わず上げた声は思いの外大きく響いてしまって、背後でギクリと兄が固まる気配がした。
「その、……ごめん」
 小さな呟きの後、体に回されていた腕が解かれて、もぞもぞと兄が離れていく。さすがに気まず過ぎる。
 今度はそっと小さなため息を吐き出して、くるりと寝返りをうち兄へと体と顔を向けた。暗いので兄の表情はわからないし、こちらの表情だってきっと兄に見えてはいない。けれどこちらは至って真剣な顔をしているし、きっとそれは気配から伝わっているはずだ。
「まずは、怒鳴ってごめん」
 静かな謝罪に、兄が小さく息を呑む気配がした。いつもと違うこちらの気配に、やはり戸惑っているだろうか。
「でも頼むから、あんまり余計なことしないで。本気で俺に、ベッドから追い出されたくないなら。俺をこの先もまだ、人間カイロとして冬の間は重宝したいって思ってるなら」
 お願いだからと本気で頼み込めば、掠れた声でどうしてと聞いてくる。出来ればそれすらも、聞かずに居て欲しかった。
「弟だって思って油断して、ベタベタ甘えてくるのはそっちの勝手だけど、その結果、俺に襲われても知らないよ。……って言ったらわかってくれんの?」
「えっ?」
「気持ち悪いって思ったなら、寒いの我慢して一人で寝て。てかホント、キモい弟でゴメンな」
「キモくないよっ!」
 今度は兄の声が大きく響いた。
「えっと、それって俺を好きって、そういう意味と思っていいの?」
 そっと伸びてきた兄の手がこちらの手を探り当てて、だらりと伸ばしていた指先を、冷たい指がキュッと握り込む。まるで縋られているみたいな気分になって落ち着かない。
「だったら、嬉しい」
 いいとも悪いとも返さず黙っていたら、まるで肯定とみなした様子で喜ばれてしまった。ちょっと意味がわからない。
「喜ぶなよ。兄弟の好きとは明らかに違う好きだって、アンタほんとに理解してんの?」
「してるよ。理解してるから、喜んでるんだろ」
「なんでだよ」
「そんなの、俺も、お前を好きだからに決まってる」
「えっ……」
 耳に届いた言葉を理解できずに固まってしまえば、一旦は離れた距離を兄がまたもぞもぞ動いて詰めてくる。
「キスとかしたい。って意味の好きなんだけど」
 暗さに目が慣れたのとかなり近づいた距離に、兄の酷く真剣な顔が見えてしまった。
「ほん、き……?」
「冗談言ってないのわかるだろ」
「兄弟だぞ」
「うん」
「許されるわけない」
「誰が許さなくたって、俺が許すよ」
 ああ、うん。この兄は昔からこういう人だった。
 それでもまだ、一緒になって喜ぶ気にはなれずに抵抗してしまう。
「兄貴ってのは弟が道踏み外そうとしてたら、正してやるもんじゃないのかよ」
「たった一年先に生まれただけで、そんなの期待されても困っちゃう。むしろ弟ってのは兄の巻き添え食らうもんなんじゃないの」
「で、いつから好きだったわけ?」
「それ聞いてどうすんの」
「俺より先に好きだったなら、確かに巻き添えくらいまくった結果なのかと思って」
「実の兄貴を好きにならせちゃってゴメンね?」
 つまりは相当昔から好きだったという意味だろうか。こうなってくると、この歳で寒くて寝れないと弟のベッドに潜り込むのも、どこまで純粋に寒さからの行動なのかわからないなと思った。
「まぁ、でももう、どーでもいいや。で、ホントにキスしていいの?」
 したら兄弟には戻れないよと脅しても、あっさりいいよと返ってくる。
「多分だけど、お前より俺のが先にお前好きになってるし、兄弟だからとか男同士だとか、そういうのいっぱい考えてきてるんだよね。だから安心してって言ったら変だけど、お前より絶対俺のが覚悟済みだからさ」
「じゃ遠慮なく」
 言って兄の体を自分から引き寄せ、そっとその唇を塞ぐ。覚悟済みなんて言っておきながらも、唇はかすかに震えているようだった。
 口の中に舌を突っ込んで舐め回したい欲求はもちろんあったが、震える唇を割って入り込むなんて真似は出来そうにない。
「唇震えてんだけど、ホントに覚悟できてんの?」
「出来てるってば。てかお前と違ってこっちは正真正銘ファーストキスなんだから、慣れてないのは仕方ないだろ」
「ちょっ……」
 とんでもない理由に絶句しながらも、胸の中には嬉しさと愛しさが湧き上がっていた。

有坂レイさんにオススメのキス題。シチュ:ベッドの上、表情:「真剣な顔」、ポイント:「ファーストキス」、「お互いに同意の上でのキス」です。https://shindanmaker.com/19329

 
 
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ベッドの上でファーストキス1

 風呂から上がって自室に戻れば、ベッドがこんもり盛り上がっていた。もちろん、風呂へ入るために部屋を出る前のベッドに、そんな盛り上がりはなかった。
 無言でベッドに近づき足を持ち上げ、その盛り上がりを足の裏でグイグイ蹴り押す。
「ちょっ、やめろって」
「それはこっちのセリフだ」
 なおもグイグイ押していたら、ようやく盛り上がりが動く気配がして足を下ろした。けれど起き上がるのかと思ったら、その盛り上がりはくるりと寝返りを打っただけだった。
「起きろよ」
「やだ。ここで寝る。寒い」
 確かに今夜は相当冷え込んでいるけれど、そんな理由で弟のベッドに我が物顔で入り込むのはホントどうかと思う。
 こちらが嫌がるからか頻度は減ってきたけれど、隙を見ては潜り込まれていた。それでも、こうして最初から一緒に寝ようという態度で来ることは珍しい。いつもは夜中に目覚めてしまい、寒さで二度寝が出来ない時にやってくる。
「狭くなるから嫌だって言ってんだろ」
「俺の部屋のベッド使っていいって言ってんじゃん。でも俺が寝入った後でな」
「なんで自分のベッド追い出されて、兄貴のベッド使わなきゃなんねーんだよ。しかもアンタ、俺が移動した先に、更に俺追っかけて移動してくる可能性高いだろ」
「だって寒いと目が冷めちゃうんだもん。てかいい加減諦めて、寒い日の夜は俺のための人間カイロに徹しなよ」
 冷え性な兄を持った弟の使命だよ。なんて、随分と勝手なことを言っている。
「たった一年先に生まれただけで横暴すぎ。冷え性どうにかしたいなら筋肉つけろ。筋肉を」
「そりゃ運動部のお前より筋肉ないのは認めるけど、吹奏楽部だってそれなりに筋トレしてますぅ。母さんも冷え性だし、これ絶対遺伝だって」
 背だってなかなか伸びないしと口を尖らせる兄は、確かに母の遺伝子が強いのだと思う。対するこちらは父の血が濃いのは明白だった。
 父の血が濃いせいで、好みまで父に似たのだったら最悪だなと思う。母によく似た兄相手にこんなにもドキドキする理由が、父親からの好みの遺伝という可能性はどれくらいあるんだろう。そして母の血が濃い兄も、母の好みに似て父に似た自分を好きだと思う可能性はあるだろうか?
 兄弟で、男同士で、考えるような事じゃない。考えていいことじゃない。
 それでも体は正直だった。考えないようにしてたって、暖を求めてひっついてくる兄相手に問答無用で股間が反応してしまう。バレるわけに行かないから、意識がある時は絶対に背中を向けて寝るけれど、気づかれるのも時間の問題じゃないかと思う。
 性欲なんてもののなかった子供の頃は良かった。冷たい手先や足先を自分の肌の温かな部分で包み込んで、兄がありがとうと笑うのも、ホッとした様子で眠りに落ちていくのを見守るのも、ただただ純粋に嬉しかった。
 今だって、寒くてぐっすり眠れないのは可哀想だと思うし、だから夜中知らぬうちに潜り込まれたものを蹴り出すほどの拒絶はしたことがないが、でもこのどうしようもない下衆な欲求に気づかれるくらいなら、もっと厳しい態度で拒否を示した方が良いのかもしれない。
「どーした? てか早く入ってきてくんないと、寒くて寝れないんだけど」
 こちらの気持ちを知る由もない兄に急かされ、大きなため息を一つ吐き出した。我ながら甘すぎる。兄に対しても、自分自身に対しても。
 想いにも欲望にも気づかれたくないし、気づかれるのが怖いのに、兄が昔と変わらずこうしてベッドに潜り込みこちらの熱を奪って眠るのが、嬉しいし愛おしい。迷惑そうな顔をして口先で嫌がったって、きっと本気で嫌がってないのは丸わかりなんだろう。だから平然とベッドへ潜り込むことを、本気で止めはしないのだ。

続きました→

有坂レイさんにオススメのキス題。シチュ:ベッドの上、表情:「真剣な顔」、ポイント:「ファーストキス」、「お互いに同意の上でのキス」です。
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気付いた時にはもう全部手遅れだった2(終)

1話戻る→   最初の話から読む→

 どれくらいそんな時間を過ごしていたんだろう。久々の深酒でふわふわに酔っていたのもあるし、眠気も押し寄せていたから、半分くらいどころか所々本気で寝落ちていたせいで、時間の感覚は曖昧だ。
 ただずっと、楽しくて、気持ちよくて、暖かくて、ひたすら幸せを感じていたのは確かだった。
 だから翌朝、どう考えてもセックスしてしまった自分たちの姿を目の当たりにしたって、相手を責める資格なんて多分ない。ないけど、騙されたという気になるのもきっと仕方がない。
 ベッドの上で上体だけ起こして愕然とする自分に、少し遅れて目覚めたらしい相手が、なんとも満足しきった幸せそうな顔でおはようと言った。
「お、はよ。つかさあ、これ、どういうこと……?」
 取り敢えずで朝の挨拶を返した後、恐る恐る尋ねる声は震えていたかもしれない。
「どういうこと、とは?」
「セックス、しないって言ったのに」
「しないなんて、俺もお前も一言だって言ってなかったが?」
「嘘。言った。絶対言った」
 半泣きの訴えに、同じように上体を起こした相手は、少しばかり首を傾げて見せた。
「まぁ、考えられない、とは言われたな」
「ほら、ちゃんと言ってる」
「でもしないとも、したくないとも、言ってないだろう?」
「屁理屈!」
「どこがだ。考えられないというのは、イメージが出来ないという意味じゃないのか?」
 イメージ出来ないのはしたくないからだ。と思っていたけれど、不思議そうに聞かれるとそんな自分の前提が揺らいでしまう。実際やれてしまったし、体の違和感に戸惑いはあるが、嫌悪や後悔がほぼないというのも大きいかもしれない。
「イメージできなくたって、実際に触れ合えばはっきりわかる。俺はお前を求めたし、お前だって俺を欲しがってくれただろ? 無理強いなんて一切しなかったし、昨夜のお前は欠片も嫌がってなんかなかったぞ?」
「欲しがった!? お前を?」
 確かに無理強いされた記憶も嫌がった記憶もないが、かと言って欲しがった記憶なんてものもない。
「もう挿れてくれと言ったのはお前の方だ」
「うっそ。ウソ嘘うそだ! 言わない。そんなこと絶対言ってない」
「そうは言うが、実際どこまで記憶があるんだ?」
 うっ、と言葉に詰まってしまった。だって抱かれた痕跡ははっきりと体に残っているのに、突っ込まれて揺すられた記憶がない。はっきり言えば、寝落ちた自分に勝手に突っ込んだんじゃと疑う気持ちはゼロじゃない。
「わかった。次回は証拠を残そう」
「証拠?」
「録音、もしくは録画でもしておけばいいだろう?」
「ちょ、待って!」
 慌てて声を張り上げたら、体というか腰に響いた上、めまいがした。めまいは発言内容に驚きすぎたせいかもしれないけれど。
「酔ってハメ撮りとかハードル高すぎ。それ絶対後で後悔するやつだから。黒歴史になるやつだから!」
「じゃあ次は素面でチャレンジしてみるか?」
「え、無理。それはそれでハードル高い」
 即座に否定すれば、相手がおかしそうにククッと喉の奥で笑いながら肩を揺らしたから、どうやら本気で言ったわけではないらしい。
「証拠なんか残さなくても、追々はっきりするだろ」
「どういう意味?」
「毎回すっからかんに忘れるほど酔わせる気はない。って意味だな」
 全身アチコチ触られて、キャッキャとはしゃいだ記憶まではある。とは言わない方が良さそうだ。ほんのりと頬が熱くなった気がするから、ある程度の記憶はあると、バレてしまったかもしれないけれど。
「取り敢えずは次を否定されなかっただけで十分だ」
「あっ……」
「これからはそういった行為も含めての恋人、でいいんだよな?」
「いい、よ」
 考えられなかったはずのセックスをしてしまっても後悔がないどころか、次を許す気になれているんだから、どう考えたってもう手遅れだろう。確かめるように問われて肯定を返せば、相手はベッドを買い替えて合鍵を作らないとと言いながら、幸せを振りまくように嬉しそうに笑った。
 どうにも自覚が追いつくのが遅くて困る。
 そんな彼の笑顔に胸が暖かくなってしまうくらい、自分だってしっかり彼に惚れているらしい。
「若干騙された感はあるけど、まぁいっか」
 仕方がないので相手の両頬をガシッと掴んで、笑顔が驚きに変わっていくのをニヤリと笑ってやる。この男をもっと喜ばせてやりたい。そんな気持ちを込めながらそっと顔を寄せて、ちぅ、と昨夜彼に与えられた最初のキスを思い出しつつ、軽く唇を吸ってやった。

あなたは『気付いた時にはもう全部手遅れだった』誰かを幸せにしてあげてください。shindanmaker.com/474708
有坂レイさんは、「朝のアパート」で登場人物が「喜ぶ」、「めまい」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927

 
 
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気付いた時にはもう全部手遅れだった1

我ながら悪趣味だなあの続きです。  最初の話から読む→

 酷い我儘だと呆れながらもどこか嬉しそうに笑った相手が、空の酒坏に酒を注いで勧めてくれたのが嬉しくて、潰れるつもりで注がれるまま杯を重ねていく。
 許された。受け入れられた。そう思ってしまったからだ。
 実際、あの後は明らかに自分たちを包む気配が柔らかに変化したと思う。
 おかげでふわふわに気持ちよく酔うことが出来たし、相手はそんな自分を仕方がないという顔をしながらもアパートへ連れ帰ってくれたし、ベッドに座らせた後で飲んでおけとグラスに注いだ水を運んでくれた。
 ああ、これは全部、告白される前と同じだ。
 嬉しくて、安心して、急激に襲う眠気にしたがい瞼を下ろす。くすっと笑った気配と、可愛いなと聞こえた言葉に眉を寄せたが、そんな細やかな抗議に、相手は益々笑ったようだった。
 まぁいいやと目を閉じたまま体を倒そうとしたら、それを阻止するように両腕を掴まれる。もう眠いのになんで邪魔をするのだと、さすがにムッとして渋々重い瞼を押し上げれば、思いの外近くにあった相手の顔に驚き息を飲んだ。
 ちゅ、と小さく響いた音と、軽く吸われた唇と、ぞわっと背筋を走った何かと。
 キスされた。そう気付いて、ますます驚き目を見張る。そうしているうちに二度目のキスが唇の上に落ちた。
「な、んで……」
「恋人になったんだから、キスくらいしてもいいだろう?」
 ああやっぱり、自分たちは恋人になったのか。なんてことをぼんやり思う。
 じゃあ恋人として宜しく、などという宣言は何もなかったが、どう考えたって自分の言葉は恋人になってというお願いだったし、相手はそれを受け入れたから自分をこうして連れ帰っている。酔っていたって、それくらいはちゃんとわかっていた。
 わかっては、いたけど。
「でもお前とセックス、考えられないよ?」
「わかってる。考えなくていい」
 大丈夫だと囁く甘い声。抱きしめるように背に回った腕が、優しく背をさすってくれる。
 そうか、考えなくて、いいのか。
 安堵とともに再度瞼を降ろせば、優しくて柔らかなキスが繰り返された。もう、驚かなかった。だって恋人になったんだから、キスくらい、したっていい。
 優しく甘やかしてくれるキスにうっとりと身を任す。任せきってしまえば、与えられるキスはなんとも気持ちが良かった。
 唇を柔らかに吸われるのも、時折繰り返し聞こえてくる可愛いという囁きも、心ごとなんだかこそばゆい。クスクスと笑う声は遠くて、笑っているのは自分自身だと、頭の隅ではわかっているのにどこか現実感が乏しかった。
「んっ、……んっ、……ぁ、はぁ……ふはっ」
 誘い出されるようにして差し出した舌を、ピチャピチャチュルチュルと舐め啜られて鼻から甘やかな息が抜ける。ぞわぞわと粟立つ肌がオカシクて笑う。
 ゾワゾワゾクゾク擽ったいのは舌だけじゃなかった。いつの間にか相手の唇は唇以外にも落とされていて、温かで大きな手も体中のアチコチをさわさわと撫でていた。
 ふはっと熱い息を吐けば、そこを重点的に舐めたり吸ったり撫で擦る。そうするとゾワゾワが這い上がって、笑いが溢れていく。ゾワゾワするのは楽しくて、多分少しキモチガイイ。
「ぁ、あっ、きも……ちぃ……」
 素直に零せば、嬉しそうにそれは良かったと返ってくるのが、自分もなんだか嬉しかった。

続きました→

 
 
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我ながら悪趣味だなあ

結果から言うと、告白は大失敗だったの続きです。視点は逆になってます。

 我ながら悪趣味だなあ、と目の前の男をながめながらしみじみと思った。
 目の前で届いたばかりの焼き鳥の串を口に運んでいる男は職場の同期で、こんな風に仕事帰りに一緒に食事を摂るようになったのはもう随分と昔だ。
 仕事の愚痴を聞いてもらって、慰めるように酒を注がれて、気分良く酔っ払ったついでに相手の家に上がり込んで泊めて貰う。長いこと続いていたそんな生活は、けれど二ヶ月ほど前に終わりになった。
 好きだから恋人になって欲しいと告白されてしまったからだ。
 既に酔い始めていたのもあって、最初は相手が本気だなんて全く気づかなかった。なんの冗談だと、無理過ぎる提案だと、咄嗟に零した言葉に相手が驚いたように目を瞠って、それから自嘲するような笑みを見せたから、ようやく本気の告白だったと気付いて愕然とした。
 相手にそんな告白をさせたのも、そもそもそんな想いを抱かせたのも、自分だという自覚はある。多分、相手は色好い返事が貰えるものと思っていただろう。だから自分が零した言葉に、まずは驚いたように目を瞠ったのだ。
 もちろん意図的に誘惑したわけではないが、振り返ってみればそう思われても仕方がない態度を取り続けていた。相手が大した文句も言わずに受け入れてくれることに胡座をかいて、無神経に甘えきっていた結果だ。
 そして今現在も、ある意味無神経に甘え続けている。酔い潰れさえしなければ、多少の愚痴には今後も付き合ってやると言った相手を、遠慮なく食事に付き合わせている。
 悪趣味だなと思うのは、自分に惚れている男を、その気もないのに食事に誘い続けている点だ。誘えば嫌がることなく応じるが、告白から先、相手から誘われることは一切なくなった事を考えたら、相手は自分との食事をもう楽しんでなんか居ない。
 それに自分だって、この時間を楽しんでいるかと言えばかなり微妙だった。
 深酒をしたらもう食事に付き合わないと宣言されているから、こうして一緒に食事をする際に飲む酒の量は極端に減っている。仕事の愚痴は聞いてくれるが、慰めるように注いでくれる酒はなく、ふわふわと気持ちよく酔えはしない。
 なんて、つまらない。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって」
「へ? 何が?」
「炎上しかけてるプロジェクト」
 助っ人が来てくれることになったんだろと続いた言葉に、そういやそんな愚痴を聞かせていたんだっけと思い出す。
「でも助っ人さんおっかない」
「そうか? あんま怖いイメージはないけど」
「見た目はな。でも機嫌悪いとメチャクチャ怖いよ、あの人」
「そうなんだ?」
「うん、そう」
 大きくため息を吐いて、酒を煽る代わりに机に突っ伏した。すぐに寝るなよの声が落ちてきて口を尖らせる。眠いわけじゃない。
 以前なら、こんな時は戯れに伸ばされた手が頭を撫でてくれたのに。
 その手がもうなくなってしまったことを、こうして繰り返し確かめながら、胸を痛めている自分はもしかしたらマゾかもしれない。
 たいして楽しくもない時間をわざわざ作り出して、戻らない時間に思いを馳せて、自分自身を傷つけて。でもそうやって繰り返さなければ、胸を痛めて苦しまなければ、変わってしまった自分たちの関係を受け入れられないのだ。
「しんどい……」
 優しくされたい。甘やかされたい。でも恋人になりたいわけじゃない。男とセックスする自分なんて考えられない。
 もう一度大きくため息を吐き出したら、呆れる様子の小さなため息が返されて、それから大きくて温かな手が頭の上に乗せられた。
「よしよし。お前は頑張ってるよ」
 優しく頭を撫でてくれる手にキュウンと胸が締め付けられる。なんだか泣きそうになる。なのに。
「婚活でもしてみたらどうだ?」
「は?」
 唐突な話題にビックリして、慌てて頭を上げた。
「まぁ結婚はともかく、彼女を作ってみたらいいのにとは思ってる」
「な、なんで?」
 尋ねる声は上擦ってしまった。だって自分と恋人になりたいと思っているはずの男に、そんなことを言われる意味がわからない。
「愚痴を聞いた後、慰めて甘やかして元気づけるのは恋人の役目だと思ってるから、かな。母性の強そうな、優しい彼女を作ったらいい」
 平然とそう告げる穏やかな顔をマジマジと見つめてしまう。
「本気で、言ってんの?」
「ああ」
「俺を好きって言ったくせに?」
「もう、振られてる」
「そんな簡単に諦められる想いで、人振り回してんのかよ」
「告白なんかして、済まなかったとは思ってる」
 思わず荒れてしまった語気に相手はやっと苦々しげな表情になったけれど、吐き出されてきた言葉は更にこちらを苛立たせた。
「後悔してんのかよっ」
「後悔は、してる。だからこそ、お前に彼女が出来たらいいのにと思うのかもしれない」
「なんで!?」
「お前に彼女が出来て、俺と離れて、それでお前が幸せそうに笑っているのを見れたら、きっと今度こそ本当に諦めが付くから」
 まだ、諦めきったわけじゃない。そう言っているのも同然の言葉に、ホッとしている自分がいて忌々しい。だってそれじゃまるで……
「お前が、いいよ」
 諦めるように言葉を吐いた。だってもう認めるしかない。
「どういう意味だ?」
「愚痴を聞いてもらった後、慰めて、優しく甘やかしてくれるのは、お前が、いい」
「俺と恋人なんて、無理すぎるんだろう?」
「お前とセックスとか、考えたくない。けど、甘やかすのが恋人の役目だってなら、それは、お前がいい」
 酷い我儘だなと呆れた声が返されたけれど、でもその顔はどこか嬉しそうに笑っていた。

続きました→

ちりつもの新刊は『我ながら悪趣味だなあ、と目の前の男をながめながらしみじみと思った。』から始まります。shindanmaker.com/685954

 
 
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結果から言うと、告白は大失敗だった

 結果から言うと、告白は大失敗だった。相手に同じ意味での好意があると思っていたのは気のせいだった。
 今、目の前で驚き戸惑う相手は職場の同期で、仕事帰りに何度も一緒に食事に行った仲だ。この個室居酒屋だって、いつもはもっと遅い時間だけれど何度か利用している。
 酔ってほんのり頬を上気させた相手が、職場では決して見せない緩んだ顔で、甘えるように愚痴を吐き出す姿がたまらなく好きだった。それに相槌を打って、空の酒坏に酒を注いでやって、酔いつぶれる寸前の相手を仕方ないという体で家に連れ帰り、自分のベッドに押し込む。さすがに同じベッドに潜り込む真似はしたことがなく、その場合の自分の寝床は狭いソファになってしまうが、それすら翌朝、申し訳なさそうに何度も頭を下げる相手の姿を思えば苦ではなかった。
 最初は完全に潰れた相手を仕方なく連れ帰っただけだったが、今では故意に相手を潰れる手前まで酔わせている。
 そんな日々の中で育ってしまった想いに、どうやら目が曇っていた。
 繰り返し潰れる寸前まで酔いつぶれるのは、相手だって何かしらの思惑があるのだろうと思ってしまった。一緒に住んだらお前をソファで寝かさなくて済むからいっそルームシェアでもする? なんて言い出した相手に、一緒に生活をしてもいいほどに相手の気持ちも育っているのだと期待してしまった。
 実は自分のベッドの中で寝息を立てる相手を前に、これは据え膳で手を出さないのはむしろ失礼なんじゃ、なんて事まで思ったことがあるのだが、今にして思えば実行に移さなくて本当に良かった。
 慎重で真面目な自分の性格を疎ましく思う事も多々あるが、きっとそのお陰で目の前の相手を酷く傷つける結果にはならなかった。そう思うことで、この気まずい空気ごと、諦め飲み込む覚悟を決める。
「驚かせたなら悪かった。気持ち悪いと思うなら今すぐ帰ってくれて構わない」
「気持ち悪い、とまでは思わないけど、正直よくわかんない。お前の考えてること」
「そうか?」
「大事な話があるって言うから、この前俺が軽い気持ちで言ったルームシェアの話、なんか真剣に考えちゃったんだろうとは思ってたけど、だからってまさか告白されるとは思ってなかったし」
 確かにルームシェアをしないかと持ちかけられたりしなければ、告白をもっと先延ばしにしていた可能性は高い。
「そうか」
「そうか、じゃなくてさ」
 不満げな声に、けれど何を言えばいいかと迷っているうちに、まぁいいやと相手は言葉を続けていく。
「つまり、お前とのルームシェアが無理だって事は、わかった」
「すまない」
「もし俺が、お前の告白を受けて恋人になったとして、同棲だったら、するの?」
「何言ってんだ。俺の恋人になる気なんてないだろう?」
 お前が好きだから恋人になって欲しいと告げた最初の、「え、何その冗談、無理過ぎ」という相手の素直な言葉が、自分たちの関係の全てを物語っている。
「だからもしもの話だってば」
「だとしても、いきなり新しく広い部屋を借りて一緒に住むことはしないだろうな」
「あれ? じゃあ、ルームシェアしたいって言ったのと、この告白って無関係?」
「なわけないだろ。俺をソファで寝かせるのが気になるってのが理由だったんだから、お前が恋人になってくれたら、ベッドを買い替えてお前には合鍵を渡すつもりだった」
「あー……なるほど。お試し半同棲な」
 相手はうーんと唸りながら、空になった酒坏に自ら日本酒を注ぎ入れて一息に煽った。更にもう一杯と徳利へ伸びる手から、慌てて徳利を遠ざけるように取り上げる。
 さすがに完全素面での告白はできなくて、ある程度腹を満たして酒も進んだ上で告白したから、このペースで残りの酒を煽ったらまたはっきりと酔われてしまうと思った。今日はさすがに酔われても困る。今日はと言うか、これから先は。
「これ以上飲むな」
「なんでだよ」
「お前が酔いつぶれても、もう連れて帰らないからな」
「え、なんで? って……あーまぁ、当たり前だよなぁ……」
「多少の愚痴には今後も付き合うが、酒は控えろよ。出来ないなら、お前と飲みに行くことそのものをやめるからな」
「マジか」
 酔い潰れる手前まで相手に酒を注いでいたのは自分なので、自分さえ気をつければそうそう連れ帰らねばならないほどの状態にはならないはずだけれど、相手はいたく不満そうに口を尖らせた。

続きました→

有坂レイの新刊は『結果から言うと、告白は大失敗だった。』から始まります。shindanmaker.com/685954
有坂レイさんは、「夕方の居酒屋」で登場人物が「言い訳する」、「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927

 
 
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