気付いた時にはもう全部手遅れだった2(終)

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 どれくらいそんな時間を過ごしていたんだろう。久々の深酒でふわふわに酔っていたのもあるし、眠気も押し寄せていたから、半分くらいどころか所々本気で寝落ちていたせいで、時間の感覚は曖昧だ。
 ただずっと、楽しくて、気持ちよくて、暖かくて、ひたすら幸せを感じていたのは確かだった。
 だから翌朝、どう考えてもセックスしてしまった自分たちの姿を目の当たりにしたって、相手を責める資格なんて多分ない。ないけど、騙されたという気になるのもきっと仕方がない。
 ベッドの上で上体だけ起こして愕然とする自分に、少し遅れて目覚めたらしい相手が、なんとも満足しきった幸せそうな顔でおはようと言った。
「お、はよ。つかさあ、これ、どういうこと……?」
 取り敢えずで朝の挨拶を返した後、恐る恐る尋ねる声は震えていたかもしれない。
「どういうこと、とは?」
「セックス、しないって言ったのに」
「しないなんて、俺もお前も一言だって言ってなかったが?」
「嘘。言った。絶対言った」
 半泣きの訴えに、同じように上体を起こした相手は、少しばかり首を傾げて見せた。
「まぁ、考えられない、とは言われたな」
「ほら、ちゃんと言ってる」
「でもしないとも、したくないとも、言ってないだろう?」
「屁理屈!」
「どこがだ。考えられないというのは、イメージが出来ないという意味じゃないのか?」
 イメージ出来ないのはしたくないからだ。と思っていたけれど、不思議そうに聞かれるとそんな自分の前提が揺らいでしまう。実際やれてしまったし、体の違和感に戸惑いはあるが、嫌悪や後悔がほぼないというのも大きいかもしれない。
「イメージできなくたって、実際に触れ合えばはっきりわかる。俺はお前を求めたし、お前だって俺を欲しがってくれただろ? 無理強いなんて一切しなかったし、昨夜のお前は欠片も嫌がってなんかなかったぞ?」
「欲しがった!? お前を?」
 確かに無理強いされた記憶も嫌がった記憶もないが、かと言って欲しがった記憶なんてものもない。
「もう挿れてくれと言ったのはお前の方だ」
「うっそ。ウソ嘘うそだ! 言わない。そんなこと絶対言ってない」
「そうは言うが、実際どこまで記憶があるんだ?」
 うっ、と言葉に詰まってしまった。だって抱かれた痕跡ははっきりと体に残っているのに、突っ込まれて揺すられた記憶がない。はっきり言えば、寝落ちた自分に勝手に突っ込んだんじゃと疑う気持ちはゼロじゃない。
「わかった。次回は証拠を残そう」
「証拠?」
「録音、もしくは録画でもしておけばいいだろう?」
「ちょ、待って!」
 慌てて声を張り上げたら、体というか腰に響いた上、めまいがした。めまいは発言内容に驚きすぎたせいかもしれないけれど。
「酔ってハメ撮りとかハードル高すぎ。それ絶対後で後悔するやつだから。黒歴史になるやつだから!」
「じゃあ次は素面でチャレンジしてみるか?」
「え、無理。それはそれでハードル高い」
 即座に否定すれば、相手がおかしそうにククッと喉の奥で笑いながら肩を揺らしたから、どうやら本気で言ったわけではないらしい。
「証拠なんか残さなくても、追々はっきりするだろ」
「どういう意味?」
「毎回すっからかんに忘れるほど酔わせる気はない。って意味だな」
 全身アチコチ触られて、キャッキャとはしゃいだ記憶まではある。とは言わない方が良さそうだ。ほんのりと頬が熱くなった気がするから、ある程度の記憶はあると、バレてしまったかもしれないけれど。
「取り敢えずは次を否定されなかっただけで十分だ」
「あっ……」
「これからはそういった行為も含めての恋人、でいいんだよな?」
「いい、よ」
 考えられなかったはずのセックスをしてしまっても後悔がないどころか、次を許す気になれているんだから、どう考えたってもう手遅れだろう。確かめるように問われて肯定を返せば、相手はベッドを買い替えて合鍵を作らないとと言いながら、幸せを振りまくように嬉しそうに笑った。
 どうにも自覚が追いつくのが遅くて困る。
 そんな彼の笑顔に胸が暖かくなってしまうくらい、自分だってしっかり彼に惚れているらしい。
「若干騙された感はあるけど、まぁいっか」
 仕方がないので相手の両頬をガシッと掴んで、笑顔が驚きに変わっていくのをニヤリと笑ってやる。この男をもっと喜ばせてやりたい。そんな気持ちを込めながらそっと顔を寄せて、ちぅ、と昨夜彼に与えられた最初のキスを思い出しつつ、軽く唇を吸ってやった。

あなたは『気付いた時にはもう全部手遅れだった』誰かを幸せにしてあげてください。shindanmaker.com/474708
有坂レイさんは、「朝のアパート」で登場人物が「喜ぶ」、「めまい」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927

 
 
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気付いた時にはもう全部手遅れだった1

我ながら悪趣味だなあの続きです。  最初の話から読む→

 酷い我儘だと呆れながらもどこか嬉しそうに笑った相手が、空の酒坏に酒を注いで勧めてくれたのが嬉しくて、潰れるつもりで注がれるまま杯を重ねていく。
 許された。受け入れられた。そう思ってしまったからだ。
 実際、あの後は明らかに自分たちを包む気配が柔らかに変化したと思う。
 おかげでふわふわに気持ちよく酔うことが出来たし、相手はそんな自分を仕方がないという顔をしながらもアパートへ連れ帰ってくれたし、ベッドに座らせた後で飲んでおけとグラスに注いだ水を運んでくれた。
 ああ、これは全部、告白される前と同じだ。
 嬉しくて、安心して、急激に襲う眠気にしたがい瞼を下ろす。くすっと笑った気配と、可愛いなと聞こえた言葉に眉を寄せたが、そんな細やかな抗議に、相手は益々笑ったようだった。
 まぁいいやと目を閉じたまま体を倒そうとしたら、それを阻止するように両腕を掴まれる。もう眠いのになんで邪魔をするのだと、さすがにムッとして渋々重い瞼を押し上げれば、思いの外近くにあった相手の顔に驚き息を飲んだ。
 ちゅ、と小さく響いた音と、軽く吸われた唇と、ぞわっと背筋を走った何かと。
 キスされた。そう気付いて、ますます驚き目を見張る。そうしているうちに二度目のキスが唇の上に落ちた。
「な、んで……」
「恋人になったんだから、キスくらいしてもいいだろう?」
 ああやっぱり、自分たちは恋人になったのか。なんてことをぼんやり思う。
 じゃあ恋人として宜しく、などという宣言は何もなかったが、どう考えたって自分の言葉は恋人になってというお願いだったし、相手はそれを受け入れたから自分をこうして連れ帰っている。酔っていたって、それくらいはちゃんとわかっていた。
 わかっては、いたけど。
「でもお前とセックス、考えられないよ?」
「わかってる。考えなくていい」
 大丈夫だと囁く甘い声。抱きしめるように背に回った腕が、優しく背をさすってくれる。
 そうか、考えなくて、いいのか。
 安堵とともに再度瞼を降ろせば、優しくて柔らかなキスが繰り返された。もう、驚かなかった。だって恋人になったんだから、キスくらい、したっていい。
 優しく甘やかしてくれるキスにうっとりと身を任す。任せきってしまえば、与えられるキスはなんとも気持ちが良かった。
 唇を柔らかに吸われるのも、時折繰り返し聞こえてくる可愛いという囁きも、心ごとなんだかこそばゆい。クスクスと笑う声は遠くて、笑っているのは自分自身だと、頭の隅ではわかっているのにどこか現実感が乏しかった。
「んっ、……んっ、……ぁ、はぁ……ふはっ」
 誘い出されるようにして差し出した舌を、ピチャピチャチュルチュルと舐め啜られて鼻から甘やかな息が抜ける。ぞわぞわと粟立つ肌がオカシクて笑う。
 ゾワゾワゾクゾク擽ったいのは舌だけじゃなかった。いつの間にか相手の唇は唇以外にも落とされていて、温かで大きな手も体中のアチコチをさわさわと撫でていた。
 ふはっと熱い息を吐けば、そこを重点的に舐めたり吸ったり撫で擦る。そうするとゾワゾワが這い上がって、笑いが溢れていく。ゾワゾワするのは楽しくて、多分少しキモチガイイ。
「ぁ、あっ、きも……ちぃ……」
 素直に零せば、嬉しそうにそれは良かったと返ってくるのが、自分もなんだか嬉しかった。

続きました→

 
 
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我ながら悪趣味だなあ

結果から言うと、告白は大失敗だったの続きです。視点は逆になってます。

 我ながら悪趣味だなあ、と目の前の男をながめながらしみじみと思った。
 目の前で届いたばかりの焼き鳥の串を口に運んでいる男は職場の同期で、こんな風に仕事帰りに一緒に食事を摂るようになったのはもう随分と昔だ。
 仕事の愚痴を聞いてもらって、慰めるように酒を注がれて、気分良く酔っ払ったついでに相手の家に上がり込んで泊めて貰う。長いこと続いていたそんな生活は、けれど二ヶ月ほど前に終わりになった。
 好きだから恋人になって欲しいと告白されてしまったからだ。
 既に酔い始めていたのもあって、最初は相手が本気だなんて全く気づかなかった。なんの冗談だと、無理過ぎる提案だと、咄嗟に零した言葉に相手が驚いたように目を瞠って、それから自嘲するような笑みを見せたから、ようやく本気の告白だったと気付いて愕然とした。
 相手にそんな告白をさせたのも、そもそもそんな想いを抱かせたのも、自分だという自覚はある。多分、相手は色好い返事が貰えるものと思っていただろう。だから自分が零した言葉に、まずは驚いたように目を瞠ったのだ。
 もちろん意図的に誘惑したわけではないが、振り返ってみればそう思われても仕方がない態度を取り続けていた。相手が大した文句も言わずに受け入れてくれることに胡座をかいて、無神経に甘えきっていた結果だ。
 そして今現在も、ある意味無神経に甘え続けている。酔い潰れさえしなければ、多少の愚痴には今後も付き合ってやると言った相手を、遠慮なく食事に付き合わせている。
 悪趣味だなと思うのは、自分に惚れている男を、その気もないのに食事に誘い続けている点だ。誘えば嫌がることなく応じるが、告白から先、相手から誘われることは一切なくなった事を考えたら、相手は自分との食事をもう楽しんでなんか居ない。
 それに自分だって、この時間を楽しんでいるかと言えばかなり微妙だった。
 深酒をしたらもう食事に付き合わないと宣言されているから、こうして一緒に食事をする際に飲む酒の量は極端に減っている。仕事の愚痴は聞いてくれるが、慰めるように注いでくれる酒はなく、ふわふわと気持ちよく酔えはしない。
 なんて、つまらない。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって」
「へ? 何が?」
「炎上しかけてるプロジェクト」
 助っ人が来てくれることになったんだろと続いた言葉に、そういやそんな愚痴を聞かせていたんだっけと思い出す。
「でも助っ人さんおっかない」
「そうか? あんま怖いイメージはないけど」
「見た目はな。でも機嫌悪いとメチャクチャ怖いよ、あの人」
「そうなんだ?」
「うん、そう」
 大きくため息を吐いて、酒を煽る代わりに机に突っ伏した。すぐに寝るなよの声が落ちてきて口を尖らせる。眠いわけじゃない。
 以前なら、こんな時は戯れに伸ばされた手が頭を撫でてくれたのに。
 その手がもうなくなってしまったことを、こうして繰り返し確かめながら、胸を痛めている自分はもしかしたらマゾかもしれない。
 たいして楽しくもない時間をわざわざ作り出して、戻らない時間に思いを馳せて、自分自身を傷つけて。でもそうやって繰り返さなければ、胸を痛めて苦しまなければ、変わってしまった自分たちの関係を受け入れられないのだ。
「しんどい……」
 優しくされたい。甘やかされたい。でも恋人になりたいわけじゃない。男とセックスする自分なんて考えられない。
 もう一度大きくため息を吐き出したら、呆れる様子の小さなため息が返されて、それから大きくて温かな手が頭の上に乗せられた。
「よしよし。お前は頑張ってるよ」
 優しく頭を撫でてくれる手にキュウンと胸が締め付けられる。なんだか泣きそうになる。なのに。
「婚活でもしてみたらどうだ?」
「は?」
 唐突な話題にビックリして、慌てて頭を上げた。
「まぁ結婚はともかく、彼女を作ってみたらいいのにとは思ってる」
「な、なんで?」
 尋ねる声は上擦ってしまった。だって自分と恋人になりたいと思っているはずの男に、そんなことを言われる意味がわからない。
「愚痴を聞いた後、慰めて甘やかして元気づけるのは恋人の役目だと思ってるから、かな。母性の強そうな、優しい彼女を作ったらいい」
 平然とそう告げる穏やかな顔をマジマジと見つめてしまう。
「本気で、言ってんの?」
「ああ」
「俺を好きって言ったくせに?」
「もう、振られてる」
「そんな簡単に諦められる想いで、人振り回してんのかよ」
「告白なんかして、済まなかったとは思ってる」
 思わず荒れてしまった語気に相手はやっと苦々しげな表情になったけれど、吐き出されてきた言葉は更にこちらを苛立たせた。
「後悔してんのかよっ」
「後悔は、してる。だからこそ、お前に彼女が出来たらいいのにと思うのかもしれない」
「なんで!?」
「お前に彼女が出来て、俺と離れて、それでお前が幸せそうに笑っているのを見れたら、きっと今度こそ本当に諦めが付くから」
 まだ、諦めきったわけじゃない。そう言っているのも同然の言葉に、ホッとしている自分がいて忌々しい。だってそれじゃまるで……
「お前が、いいよ」
 諦めるように言葉を吐いた。だってもう認めるしかない。
「どういう意味だ?」
「愚痴を聞いてもらった後、慰めて、優しく甘やかしてくれるのは、お前が、いい」
「俺と恋人なんて、無理すぎるんだろう?」
「お前とセックスとか、考えたくない。けど、甘やかすのが恋人の役目だってなら、それは、お前がいい」
 酷い我儘だなと呆れた声が返されたけれど、でもその顔はどこか嬉しそうに笑っていた。

続きました→

ちりつもの新刊は『我ながら悪趣味だなあ、と目の前の男をながめながらしみじみと思った。』から始まります。shindanmaker.com/685954

 
 
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結果から言うと、告白は大失敗だった

 結果から言うと、告白は大失敗だった。相手に同じ意味での好意があると思っていたのは気のせいだった。
 今、目の前で驚き戸惑う相手は職場の同期で、仕事帰りに何度も一緒に食事に行った仲だ。この個室居酒屋だって、いつもはもっと遅い時間だけれど何度か利用している。
 酔ってほんのり頬を上気させた相手が、職場では決して見せない緩んだ顔で、甘えるように愚痴を吐き出す姿がたまらなく好きだった。それに相槌を打って、空の酒坏に酒を注いでやって、酔いつぶれる寸前の相手を仕方ないという体で家に連れ帰り、自分のベッドに押し込む。さすがに同じベッドに潜り込む真似はしたことがなく、その場合の自分の寝床は狭いソファになってしまうが、それすら翌朝、申し訳なさそうに何度も頭を下げる相手の姿を思えば苦ではなかった。
 最初は完全に潰れた相手を仕方なく連れ帰っただけだったが、今では故意に相手を潰れる手前まで酔わせている。
 そんな日々の中で育ってしまった想いに、どうやら目が曇っていた。
 繰り返し潰れる寸前まで酔いつぶれるのは、相手だって何かしらの思惑があるのだろうと思ってしまった。一緒に住んだらお前をソファで寝かさなくて済むからいっそルームシェアでもする? なんて言い出した相手に、一緒に生活をしてもいいほどに相手の気持ちも育っているのだと期待してしまった。
 実は自分のベッドの中で寝息を立てる相手を前に、これは据え膳で手を出さないのはむしろ失礼なんじゃ、なんて事まで思ったことがあるのだが、今にして思えば実行に移さなくて本当に良かった。
 慎重で真面目な自分の性格を疎ましく思う事も多々あるが、きっとそのお陰で目の前の相手を酷く傷つける結果にはならなかった。そう思うことで、この気まずい空気ごと、諦め飲み込む覚悟を決める。
「驚かせたなら悪かった。気持ち悪いと思うなら今すぐ帰ってくれて構わない」
「気持ち悪い、とまでは思わないけど、正直よくわかんない。お前の考えてること」
「そうか?」
「大事な話があるって言うから、この前俺が軽い気持ちで言ったルームシェアの話、なんか真剣に考えちゃったんだろうとは思ってたけど、だからってまさか告白されるとは思ってなかったし」
 確かにルームシェアをしないかと持ちかけられたりしなければ、告白をもっと先延ばしにしていた可能性は高い。
「そうか」
「そうか、じゃなくてさ」
 不満げな声に、けれど何を言えばいいかと迷っているうちに、まぁいいやと相手は言葉を続けていく。
「つまり、お前とのルームシェアが無理だって事は、わかった」
「すまない」
「もし俺が、お前の告白を受けて恋人になったとして、同棲だったら、するの?」
「何言ってんだ。俺の恋人になる気なんてないだろう?」
 お前が好きだから恋人になって欲しいと告げた最初の、「え、何その冗談、無理過ぎ」という相手の素直な言葉が、自分たちの関係の全てを物語っている。
「だからもしもの話だってば」
「だとしても、いきなり新しく広い部屋を借りて一緒に住むことはしないだろうな」
「あれ? じゃあ、ルームシェアしたいって言ったのと、この告白って無関係?」
「なわけないだろ。俺をソファで寝かせるのが気になるってのが理由だったんだから、お前が恋人になってくれたら、ベッドを買い替えてお前には合鍵を渡すつもりだった」
「あー……なるほど。お試し半同棲な」
 相手はうーんと唸りながら、空になった酒坏に自ら日本酒を注ぎ入れて一息に煽った。更にもう一杯と徳利へ伸びる手から、慌てて徳利を遠ざけるように取り上げる。
 さすがに完全素面での告白はできなくて、ある程度腹を満たして酒も進んだ上で告白したから、このペースで残りの酒を煽ったらまたはっきりと酔われてしまうと思った。今日はさすがに酔われても困る。今日はと言うか、これから先は。
「これ以上飲むな」
「なんでだよ」
「お前が酔いつぶれても、もう連れて帰らないからな」
「え、なんで? って……あーまぁ、当たり前だよなぁ……」
「多少の愚痴には今後も付き合うが、酒は控えろよ。出来ないなら、お前と飲みに行くことそのものをやめるからな」
「マジか」
 酔い潰れる手前まで相手に酒を注いでいたのは自分なので、自分さえ気をつければそうそう連れ帰らねばならないほどの状態にはならないはずだけれど、相手はいたく不満そうに口を尖らせた。

続きました→

有坂レイの新刊は『結果から言うと、告白は大失敗だった。』から始まります。shindanmaker.com/685954
有坂レイさんは、「夕方の居酒屋」で登場人物が「言い訳する」、「鍵」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927

 
 
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結婚した姉の代わりに義兄の弟が構ってくれる話2(終)

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 勝手に家に上がられて、無断で写真を撮られて、こちらの弱みを突かれて、いったいどこに感謝すればいいのか。
「余計なお世話だ。つか合鍵とか聞いてない!」
「余計なお世話されたくなかったら、せめてあの人との電話の時くらい、何事もなくやれてる演技し通しな。お前の強がりなんかバレバレっぽいぞ」
「そんなこと言ったって……」
 大丈夫だって演技なら今だってしてる。
「まぁ長年一緒に暮らしてた親みたいな相手を、高校生のガキンチョが欺くのは難しいよな」
「ガキじゃない」
「とか言っちゃうところが十分ガキなの。寂しいって素直に言えたら、あの人の代わりにはなれないまでも、俺がお前を構ってやってもいいけど?」
「絶対お断りだ。というか合鍵置いて今すぐ出ていけ」
「嫌でーす。お前に拒否権なんかあるわけないだろ。さっきの写真、お姉さんに送られたくないよな?」
 ニヤリと笑って告げられたそれは、明らかに脅迫だった。
「女装して泣き暮らしてるなんて知ったら、あの人きっと、お前が心配で飛んで帰ってくるぞ?」
 追い打ちをかけられて胸の中に絶望が広がっていく。
「どーすればいいの」
「なんだって?」
 ぼそりと吐き出した言葉は相手に届かなかったらしい。
「どうすれば、姉さんに言わないでくれるの」
「寂しいから構ってって、お前が素直に言えたら」
 素性ははっきりしている上に姉から合鍵を渡されているような男でも、自分からすればぽっと出の、はっきり言えば得体の知れないこんな男の言いなりになるのは心底嫌だったけれど、背に腹はかえられない。
「寂しいから、かま……って」
「うん、いいよ。じゃ、取り敢えず一緒に飯でも食おうか」
 嫌々口に出したのなんて丸わかりだろうにそこは一切スルーで、一転機嫌よく頷いた目の前の男は、キッチン借りるぞと言い残してさっさと部屋を出ていってしまった。
 慌てて追いかければ、キッチンテーブルの上には食材が詰まっているらしきスーパーの袋が置かれていて、男はそこを覗き込んで何やらあれこれ取り出している。
「何してんの……?」
「何って、一緒に飯食おうって言ったろ」
「あんたが作るの?」
「お前が作ってくれるならそれでもいいけど。いややっぱ、一緒に作ろうか」
「なんで!?」
「構ってあげるって言ってるの。今はカップ麺やらコンビニ飯やらばっか食ってるみたいだけど、料理は出来るって聞いてるぞ」
「だって自分のためだけに作るご飯、楽しくないし美味しくない」
「だから俺が来たんでしょーが」
 ふわっと柔らかに笑われた気がして、一瞬どきりとした。驚いて何度か瞬いた先に見えたのは、呆れた苦笑顔だったから見間違いだったのかもしれない。
 ほらやるぞと急かされて、渋々並んでキッチンに立ち、言われるまま料理を手伝った。
 作り慣れているのかやたらと手際が良い上に、指示慣れもしているのか、何をすればいいのかわかりやすい。更に、完全自己流で覚えたこちらの手際を褒めながらも、より効率の良いやり方やらも教えてくれたから、思いの外その時間を楽しんでしまった。
 しかもいざ出来上がったものは、ビックリするほど美味しい。
「なにこれ、メチャクチャ美味い」
「そりゃ一応プロだもん」
「は? あんた料理人なの?」
「そうなの。というかお前、本当に俺に興味欠片もないよね。近所ってほど近くはないけど、隣市に義弟が住んでるって聞いてなかった?」
 そう言われて、そういえば聞いていたなと思い出す。でも職業までは聞いてない。
「そういや姉さんが出ていく前、何かあった時には義兄さんの弟が近くにいるからそこ頼れって、住所と電話のメモ貰った気はする」
「で、そのメモは?」
「結婚式の後にグシャグシャに丸めて捨てた」
「なんでっ!?」
「泣き虫のシスコンって笑った男に頼る気なんかなかったから」
 目の前に座る男をギッと睨みつけたけれど、相手はそんな視線にびくともしない。それどころか、おかしそうに笑っている。
「何がオカシイんだよっ」
「その頼りたくなかった男に弱み握られて、今後は構い倒されるのとか可哀想だなって思って?」
 まったく可哀想だなんて思ってないのはバレバレだ。むしろ楽しくて仕方がないくらいのことを思ってそうだ。
「可哀想とか嘘ばっかり」
「そりゃあ幸せにしてあげる予定だからね」
 ギョッとしてどういう意味だと聞けば、寂しくて泣くのは今日で終わりだよと、さっき一瞬だけ見た柔らかな笑顔を向けられ、やはりどきりと心臓が跳ねた。

あなたは『この人の幸せが自分にとって一番大切なのに、どうして喜んであげられないんだろう、どうして涙が出てしまうんだろう、と自己嫌悪に陥る』誰かを幸せにしてあげてください。
shindanmaker.com/474708

 
 
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結婚した姉の代わりに義兄の弟が構ってくれる話1

 何度も呼び鈴が鳴って意識が浮上したが、出れるわけがないとすぐに居留守を決め込んだ。
 軽い頭痛は泣いたせいで、意識が戻ればやはり今も鼻の奥と、擦り過ぎた目の端がヒリリと痛い。たいして幸せな夢なんて見れないけれど、それでも現実よりは幾分ましだと、逃げるようにまた目を閉じた。
 そのままもう一度眠れるはずだったのに、カチャリと部屋のドアが開いて心臓が飛び跳ねる。
「なんだ、居るんじゃん。てか凄い格好だな」
 慌てて飛び起きれば、部屋の入口には見知らぬ男が立っていて、ポケットから取り出した携帯を何やら操作していた。
 次にはカシャリと音が響いて、写真を撮られたのだと気付いて血の気が失せる。
「呆然としすぎ」
 苦笑した相手が近づいてくるので、恐怖とともに必死で後ずさる。とは言っても狭い部屋の中なので、あっと言う間に壁際に追い詰められた。
「目ぇ真っ赤。また泣いてたの?」
「だ、誰?」
 目線を合わすように腰を落とした相手が手を伸ばしてくるのを咄嗟に払って、なんとか声を絞り出す。相手はびっくりした様子で目を瞠った後、おかしそうに笑いだした。
「俺のこと覚えてないの? お前の義理の兄になった人の弟なんだけど」
 結婚式で会ってるよと言われて、嫌なことを思い出した。この人が義兄の弟だと言うなら、あの日もやっぱり泣かれているのを見られた上にシスコンすぎと笑われた。
「顔、違う」
「それを言うなら顔じゃなくて髪型。あと今日はメガネってだけでしょ。それに見た目だったら、そっちのがよっぽど大きく変わってる」
 姉弟だけあってそうしてるとお姉さんによく似てると言われて、写真を撮られたことを思い出し慌てる。
「写真、消せよ」
「嫌だね。というか女装が趣味なの? それともお姉さん恋しさで、そうやって自分の中の彼女の面影見て寂しさ紛らわせてる?」
 キュッと唇を噛み締め回答を拒否した。簡単に言い当てられたのが悔しかったのもあるし、認めたらどうせまたシスコンと笑われるのがわかりきっている。
「寂しいなら寂しいって言って、結婚なんかしないでって言えば良かったのに。というか、お前が大丈夫だからってあの人の背中押して結婚させたんだろ?」
 確かに姉は何年も付き合い続けていた彼との結婚を渋っていた。原因は自分にある。
 両親の死後、歳の離れた姉がずっと親代わりだった。責任感の強い優しい姉は、自分が高校を卒業するまでは結婚しないと言っていた。けれど彼氏の転勤が決まって、できれば結婚して付いてきて欲しいと言われて悩んでいたから、付いていきなよとその背を押したのは自分だ。
 だって誰よりも幸せになって欲しい人の、足手まといになんてなりたくなかった。
 金銭的には親の残してくれた遺産があるので特に問題はないし、働く姉を助けて家事だってそれなりにこなしてきたのだから、一人暮らしに大きな不安なんてなかった。はずだった。
 毎日を一人で過ごすことが、自分以外誰も居ない家の中が、こんなに寂しいなんて知らなかった。
「なのにそんなグズグズ泣いてんの知ったら、あの人結婚したこと後悔しちゃうよ?」
「お前に言われたくない」
 そんなの言われなくたってわかっている。やっぱり結婚しなければよかったなんて、自分のせいで思わせたくない。姉には笑っていて欲しい。心配なんてかけたくない。
 なのに一人が寂しすぎて、姉が結婚する前の日々に未練たらたらで、家の中に姉の気配が欲しくて女装して過ごすのが止められない。
 そんな自分に自己嫌悪しながら、泣き疲れて寝ていただなんて、姉に知られるわけには行かないのに。
「つうかそもそもなんでアンタがここに居るんだよ。どうやって入った。完全不法侵入だろ」
「あ、やっとそこ? どうやって入ったって、そんなのお前の姉さんから合鍵預かってるからに決まってる。ついでに言うと、そのお姉さんに心配だから様子見てって頼まれたから、わざわざ来てやってんだけど」
 やれやれと言った様子で感謝しろよと告げられたけれど、感謝なんか出来るはずがなかった。

続きました→

あなたは『この人の幸せが自分にとって一番大切なのに、どうして喜んであげられないんだろう、どうして涙が出てしまうんだろう、と自己嫌悪に陥る』誰かを幸せにしてあげてください。
shindanmaker.com/474708

 
 
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