バレたら終わりと思ってた2

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 仮初でまがい物でも、とりあえずのお試しでも、遠くから見てるだけだった想い人との「恋人」という関係が嬉しくないはずがない。でも同時に、後ろめたさやら罪悪感やらを盛大に抱える羽目にもなった。
 どうせすぐにバレて終わるから、少しくらいは報われてもいいだろう。なんて、とことん自分に甘くて考えが浅い真似をしたせいで、デートを重ねるたびに少しずつ苦しくなっていく。
 だって見ず知らずの男の子を痴漢から救ってくれるような人だ。そこに惹かれて好きになっているのだ。
 会話をするようになって、相手のことを知るようになって、相手の優しさや思いやりに触れて、想いはあっという間に膨れ上がっていく。
 女装バレを避けたくてけっこう不自然な避け方をしてしまうこともあるのに、不機嫌になることもなく、相手から率先して二人きりを避けてもくれる。おかげで、あっさりバレて終わるはずだった関係は、思いの外続いてしまっている。
 いつか終わるとわかっているから、会える時間を出来るだけ大切に。なるべく楽しい思い出を作ろう。
 そんな努力のかいあって、表向きは多分間違いなくかなり良好だ。
 相手の好意だってちゃんと伝わってくるし、関係を進展させたい欲も間違いなくあるようなのに、でもそれ以上に恋人として大事にされていると感じる。
 実情を知らない、全く気づく気配のない相手は、どうやらすっかり長期戦の構えで、ゆっくりと関係を深めていけばいいと思っているようだった。
 嬉しくて、ありがたくて、でも同時に、あまりにもいたたまれない。申し訳ない気持ちが膨らんでしまう。
 相手の好みに合わせて作った外見なんだから、相手の中に好意や男としての欲が湧くのは当然だと思う気持ちの中に、虚しさやいたたまれなさや申し訳無さを感じるのは、もしもこの体が男ではなく女なら、今すぐにでもその求めに応じたいと思っているせいもあるんだろう。
 でもどんなに申し訳なさを感じても、膨らむ想いが苦しくても、自らバラして関係を終えようとは考えなかった。むしろ少しでも長く続いて欲しいと願っていた。
 いつかバレる日を恐れながら、いつか終わってしまうその後に、自らを慰めるための思い出を貪欲に欲している。
 そんな日々の中、転機はあっさり訪れた。
 デート帰りの電車が途中駅で運悪く酷く混雑したせいで、ずっと密着を避けていた相手と正面から抱き合う形で過ごす羽目になり、結果、男であることがバレてしまった。
 いつかはバレるとわかっていたが、想定よりだいぶ酷い状況に絶望しかない。だって、満員電車の中で相手に抱きしめられたまま、股間を刺激されてはしたなく射精してしまったのだ。
 バレた時には今までのことを説明して、謝罪して、少しの間だけでも恋人として過ごせたことを感謝して……なんて考えていたことは全て吹っ飛んで、すぐにでもその場から立ち去りたい気持ちばかりが頭の中を占めて、その衝動のまま逃げ帰ろうとした。けれどそれを引き止められ、別れる気はないという驚きの言葉を告げられて、交際継続が決まってしまった。
 正直意味がわからない。というかこんな展開、全くついていけない。
 だって驚きの連続だった。
 男とバレたなら二人きりを避ける必要もないので、駅のホームなんかで話す内容じゃないからもっと落ち着いた場所に移動したいという相手を自宅に招いて、女装をすべて解いて男の姿で相手の前に座ったら、なんと相手は自分のことを覚えていた。痴漢されてた男の子でしょと言い当てられたときの衝撃は忘れられない。
 次にあった時には間違いなくスルーされたし、というか何度も男のまま同じ電車に乗っていたけれど、相手にこちらを認識してる様子はなかったのに。でも相手が言うには、不躾にならないように注意しながら気にしていた、らしい。
 つまりはこちらを気遣った結果の無反応で、意図的な無視に近いけれど、こちらの想像とは全然違う理由だった。
 男に痴漢されるような子とこれ以上関わりたくないとか、礼も言わずに逃げ出した相手には関わりたくないとか、そんなタイプじゃなさそうなのはお付き合いで相手を知ればわかることだったけれど、だからこそ、相手の記憶に自分が残っているなんて考えていなかった。
 女装までしてのストーカー行為に関しても、相手はあまり深刻には捉えなかった。こちらの執着というか執念と言うか、女装までして相手に近づきたかった想いに、ドン引くどころかなんだか感心した様子で、そんなに好きなのと聞かれて正直に好きですと返せば、あっさり、男のままの君と新しく恋人関係を始めようなどと言い出した。
 嬉しくて、でも当然すぐには信じられなくて、男の姿の自分にキスをねだった相手に、本当に男でいいのか気持ち悪くないのかと問う。ずっと騙してたのに怒った様子が全然ないのだって、不思議で仕方がなかった。
 だってもう好きだって思っちゃった後だから、なんて言われて、更には、異性愛者の相手に女装という形で近づくのはいい手だったと思う、なんて懐が深いにもほどがあるようなことまで言われたら、信じて頷く以外の道はない。
 堪えきれずにほろりと溢れた涙に、優しい笑顔と力強い腕が伸びてきて、近づく顔に慌てて腰を浮かせばそっと唇が塞がれる。
 バレたら終わりと思っていた女装は、こうして相手の驚き満載な返答の数々により、バレても終わらずに済んでしまった。
 でも、相手が好きになったのは女装した自分であって、素のままの、男の自分とは違う。仮の姿だからと大胆になれていた部分ははっきり自覚していたし、相手の前での振る舞いは、幸せで楽しい思い出づくりのために、必死に頑張っていた部分もかなりある。男の自分がどこまで同じように頑張れるのかは、いまいち自信がなかった。
 素の部分がバレてしまったら、きっと今度こそ終わりになるんだろう。
 でも延期された別れの日まで、もうしばらくは頑張ろうと思った。

続きました→

 
 
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バレたら終わりと思ってた1

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 男なのに痴漢されている、という現実に、何もかも投げ出して実家に逃げ帰りたいと泣きそうになっていた時に、サクッとその痴漢を捉えて駅のホームに引きずり出した男のことが、その後の生活において心の拠り所的なものになってしまったのは多分仕方がない。
 だって大学に受かった喜びなんてあっさり霧散した、狭いアパートでの一人暮らしと混雑がひどい電車での通学に、既に心が折れ掛かっていたところだった。助けてもらったのにお礼も言わずに逃げ出してしまったことも、気持ちが落ち着いてからめちゃくちゃ気がかりだった。
 なのに次にその男を見かけた時、チラと目があっても相手は特になんの反応も示さなかった。
 自分にとっては救世主とも言えたその人にとって、自分はただのモブでしかない。そういや助けてくれたときも、相手の言葉は痴漢してきた加害者にのみ向かっていたような気がする。
 助けた相手になんて興味がなくて、全く覚えてないのかも知れない。いやでも、それならまだいい。
 痴漢行為に対する怒りを前面にだして罵る勢いで非難していた相手から、自分が掛けられた言葉は「悪いけど次の駅で一緒に降りて」くらいだったし、しかも一緒に降りるまではしたけど、痴漢男に告げる警察という単語にビビって逃げ出したわけだから、男に痴漢されるような男に嫌悪感があるとか、恩知らずにも逃げ出した自分なんかとこれ以上関わりたくないという、意思表示を兼ねたスルーかも知れない。
 そう思うと胸の奥が酷く傷んで、でもなぜか、その電車の利用を止めるという判断にはならなかった。それどころか、サラリーマンで毎朝同じ電車の同じ車両を利用しているらしい相手を、わざわざ見かけるためだけに電車に乗るようにまでなってしまった。
 相手が忘れてようと、意図的に無視してようと、どうにか機会を伺って礼を言いたい。
 そんな気持ちがただの詭弁で言い訳でしかないことを、頭の片隅ではちゃんとわかっていたけれど、自分の中の衝動と行動とをとめることが出来なかった。
 相手と対峙し、嫌悪されたり非難されるのは怖くて仕方がないから声が掛けられないのに、相手が降りる駅を突き止め、そのまま相手の背を追い続けてみたい衝動。勤め先が知りたいとか、帰宅時にも同じ電車に乗りたいとか、思考がどんどんおかしな方向に走り出して、なんだかストーカーっぽいと思ったところで、やっと相手への恋情を自覚した。
 痴漢から気まぐれに助けてくれた相手に、一方的に惚れてしまった。それは間違いなく見込みなんてないはずの恋心なのに、既に暴走気味だった思考はあっさりその先にも踏み込んだ。
 男にしては小柄な体型と母親似の女顔だったから、自身の中の悪魔のささやきに乗って、女装に手を出してしまったのだ。
 これのせいで痴漢にあったのかもと、うっすら恨んですらいたのに。背の低さは元々それなりにコンプレックスだったのに。
 それすら良かったとポジティブに捉えられるようになったのも相手に惚れたおかげだと、ますます相手への気持ちを募らせていたのだから始末が悪い。
 でも、そうやって相手に熱中できていたから、新しい生活に馴染めずに鬱々とした日々から気持ちをそらすことが出来ていたのも、紛れもない事実だった。本当は、目を背けたくて相手に熱中した、が正しいのかも知れないけれど。
 自覚したのが夏休み直前だったのもあって、夏休み中にひたすらバイトと女装の知識を仕入れ、ある程度資金が溜まった夏休み明けから実行した。
 本来の自分ではない姿に気が大きくなって、安々と相手の勤め先もおよその帰宅時間も把握し、更には相手の嗜好などへも興味の対象を広げていく。相手の視線の先を追って、女性の好みなども把握し、自身の女装へ反映させていく。
 そんな風に相手を一方的に追いかけるような日々ではあるが、なんせ相手を追えるのは朝と夜だけなので、大学にはちゃんと通っていたし、女装資金のためのバイトだってしないわけにはいかない。
 真面目に大学やバイト先に通い続ければ、新しい生活にだっていずれは馴染んでいく。ひとりきりのアパートで、泣きながら布団をかぶる夜はなくなったし、友人だって出来たし、痴漢に怯んで泣きかけるようなこともなくなった。
 まぁ、男の姿で痴漢されたのはあの1回だけだし、女装時の痴漢は自分であって自分ではないようなものなので、そこまで精神的にキツくないのが大きいけれど。あと、女装とバレてエスカレートするタイプの痴漢には、幸い遭遇してないのも多分大きい。ついでに言うなら、気づいてなさそうなら、それは自信につながる。
 女装までして、ストーカーじみたヤバいことをしている。という自覚はあったので、いい加減止めなければと思っていた。
 思っていたけれど、女装への自信がそこそこついてもいたから、これで最後とばかりに勇気を振り絞ってバレンタインに直撃した。といっても、ホームで呼び止めて手紙を添えたチョコを渡しただけだけど。
 ホワイトデーまで待って何もなければ、それできっぱりおしまい。
 そういう覚悟で渡したチョコは、今まで無反応だった相手から認識されるというちょっとだけご褒美みたいな1ヶ月を得て、当初の予定通り終わるはずだった。だって手紙に添えた連絡先に、相手からのメッセージが届くことはなかったから。
 なのにホワイトデー前日に相手から連絡があって、そのままお試し交際が開始してしまった。

続きました→

 
 
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彼女が出来たつもりでいた4(終)

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 気づいてたんですかと言われて、まぁ多少は気になってたよと返す。
 次なんてない方がいいに決まってるけど、もし次があるなら、今度こそもっと上手く助けてやりたい、みたいな事を思っていたのは事実だ。先程八つ当たりした面もあったと言ったように、色々と反省や後悔もあったので。
 だから姿が見えたら、不躾にならないよう注意しながらも、気にしてはいた。
 格好から大学生か専門学生と思っていたので、最近見ないなと思った夏頃、そうか夏休みかと納得して、そういえばそれきり忘れていた。なぜなら、夏が終わっても彼は戻ってこなかった。
 まぁ、もしかしたら自分が気づかなかっただけかもしれないけれど。ただ、ここ最近を思い返しても、朝の電車に目の前に座る男の姿はなかったように思う。
「夏頃見かけなくなって、学生は夏休みなんだなって思ったとこまでは、はっきり覚えてるよ。そこから先はイマイチ自信ないけど、夏休み明けてからも戻っては来なかった、よな?」
 気づいてなかっただけかもだけどと自信なさげに続ければ、男の姿で一緒に乗っては居ないですと、なかなか衝撃的な言葉が返ってきた。
「女装して一緒に乗ってたことなら、あります」
 さすがにそれは気づきようがないなと思う。なんせ、バレンタインにチョコを貰うまで、彼女の存在には一切気づいていなかったし、添えられていた手紙にも、帰宅時に見かけてと書かれていたから出勤時に姿を探すような事だってしていない。
「ただ、朝はやっぱり色々と大変で」
 女装で大学に通っているわけではないことや、朝の方が痴漢遭遇率が高いなど、衝撃的な話はまだまだたくさんありそうだ。というか、すっかり女装に目覚めて女装で生活している、という話ではないらしいことに驚いた。だってあまりに違和感がなさすぎて、日常的に女性として過ごしていてもなんら不思議じゃない。
「だから、あなたにバレたくなかったから、めちゃくちゃ研究したし、練習もしたんですってば」
「まるで俺のため、みたいな言い方だけど」
「俺のためですけど、それはあなたに女性と思って貰うためだから。というか、引かないんですか? 割と、ストーカー染みたことしてる自覚あるんですけど」
 午前の講義がない日にわざわざ女装して同じ電車に乗り込み、自分が降りた後で折り返して一度帰宅し着替えているだとか。帰宅時間に時々見かけると思ったのも当然偶然などではなく、こちらの仕事が終わって駅に現れるのを待たれていただけだとか。それだってやっぱり、自分と同じ電車に女装姿で乗り込むためだけに来ていたらしいし。
 確かにこちらの行動パターンを把握されているし、ストーカーっぽいとは思う。思うけど、気になるのはそっちじゃない。
「まさか、女装が好きってわけじゃなく、俺に女と思わせるためだけの女装なの?」
「はい」
「なんで!?」
 あっさり肯定されて、驚き聞き返せば、だって恋愛対象は女性ですよねと断定口調で返された。しかも好みの女性のタイプまで指摘されて、だいたい当たっている上に、彼の女装も一応それらが意識されているのだと気づいてしまった。
「ああ、うん、これはなかなかのストーカーだ」
 苦笑すれば、申し訳なさそうにすみませんと謝られてしまう。別に咎める気も責める気もないし、彼(彼女)への気持ちが冷めるとかドン引きだとかって気持ちも湧いていない。
 男のままでは見向きもされないと思った故の苦肉の策だったというなら、むしろ見事としか言いようが無い気もした。
「そんなに俺が好き?」
「……はい」
 直球で聞けば、躊躇いながらもはっきりと肯定が返される。
「じゃあさ、新しく始めようよ」
「始めるって、何を?」
「そのままの君との、恋人関係を」
「えっ?」
「男の娘ってわかっても、別れる気だって思った瞬間に引き止めたくらいには、この関係に未練があるんだよね。話聞いてても、ドン引きってより、なんていうか、色々凄いと思うことのが多かったし。男の君のことも、普通に好きになれる気がするし。というか、好きだよ」
「俺、を?」
「そう。今、目の前で、やけくそ気味に色々教えてくれてる男の子を」
 キスしてもいいかって聞いたら、泣きそうな顔で、本当に男でも気持ち悪くないのかと聞き返された。騙して彼女になったのに怒ってないの、とも。
「まぁ、確かに男を恋愛対象として見た過去ってなかったけど、だってもう、好きだって思っちゃった後だから。最初っから男のままアタックされてたら逃げてた可能性はあるから、むしろ女装で近づいたのはいい手だったかもよ」
 男なんて絶対無理ってほど、ゲイとかホモとかに嫌悪感を持ったことも無いから、同性の恋人は初めてだけどきっとなんとかなると思う。
「ねぇ、俺の、恋人になって?」
 ぼろっと涙をこぼしながらも、はいと頷いてくれた相手に腕を伸ばす。二人の間に挟まるローテーブルに乗り出すようにして、引き寄せられるように腰を浮かした相手を捕まえて、その唇をそっと塞いだ。

<終>

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彼女が出来たつもりでいた3

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 初めて招かれた相手の部屋は、聞かされていたのとは最寄り駅からして全く違う場所にあった。しかも社会人ではなく大学生で、なぜ本当は大学生だとわかったかというと、通された部屋の勉強机の上に、講義で使うらしい教科書類が大量に積まれていたからだ。二人で出かけた際、仕事の話などもしていたが、あれらはバイト先の話だったらしい。
 知れば知るほど、もっと相手の本当の姿を知りたくなる。次から次へと、聞きたいことが増えていく。
 しかし、先に着替えさせてと言われて、相手はあっさりバスルームへこもってしまった。しかも明らかにシャワーを使う水音が聞こえている。
 初めて招かれた恋人の部屋で、恋人がシャワーを浴び終えるのを待っている。といういかにもな場面ではあるが、もちろんこの後、色っぽい展開が待っているわけではない。それどころか、多分きっと、メイクを落とした素の相手と対面する羽目になる。
 女は化粧で化けるとは聞くが、一体どんな男が現れるんだろう。
 手持ち無沙汰にドキドキしながら随分と待たされて、ようやく出てきた相手は確かにどこからどう見ても男の姿だった。ただ、その顔に見覚えがある気がして、ついじっと見つめてしまえば、気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「素顔見たら、さすがに萎えたんじゃないですか」
 小さめのローテーブルを挟んだ対面に腰を下ろした相手の口から溢れる声も、先程までと違う男の声だった。そして声を聞いたら思い出した。
「あっ、もしかしてあの時の……?」
「えっ?」
「去年の春頃かな。電車で痴漢されてた男の子、君じゃない?」
 疑問符は付けたが、ほとんど確信していた。相手は目に見えてひどく動揺し、震える声で、覚えてるんですか、と言った。顔が真っ赤になっていて、なんだか見ていて可哀想なくらいだったけれど、その顔に刺激されてますますあの日のことを思い出す。
 あの日も今にも泣きそうな真っ赤な顔で、ひどく動揺した様子だった。
「覚えてると言うより、思い出した。むしろ今現在も色々思い出してる」
 仕事の納期が迫っていて、残業続きの寝不足で、朝っぱらから目の前で痴漢をはたらくオヤジに我慢ならず、とっ捕まえて駅員につき出そうとしたのに、肝心の被害者に逃げられたのだ。つまりは、目の前にいるこの彼に。
「あの時は助けて頂いたのに、まともなお礼も言わずに逃げて、すみませんでした」
「いやまぁ、男なのに痴漢被害者として調書取られたりすんの、嫌なの当然だと思うし。ちょっと仕事で苛ついてたのもあって、あのオヤジに八つ当たりした面もあるし、大事にしたの俺だし、逃げられても仕方ないと言うか、つまり、こっちこそ、もっと上手に助けてやれなくてゴメン」
「いえそんな……というか、助けてくれて、本当にありがとうございました」
 本当は凄く嬉しかったんですと言った相手は、一目惚れでしたとも続ける。
「えっ?」
「ほとんど一目惚れだった、って言ったの、信じてなかったでしょう。でも、ホントなんです。上京してきたばっかりで、大学にも通学する電車の混雑にもまだ全然慣れてなくて、なんか色々挫けかけてた所に痴漢されて、しかも女と間違えたわけじゃなくて絶対男ってわかってる触り方されて、せっかく入った大学だけど卒業すんの無理って思って絶望してた所だったんですよね。助けてもらったの」
 こちらは社会人なのもあって、毎日ほぼ決まった時間の決まった車両に乗っている。毎朝あなたを見つけるのは楽だったと言った彼に、そういや痴漢事件の後、暫くは毎朝同じ車両に居たなと返せば、相手はまたしても酷く驚いたようだった。

続きました→

 
 
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彼女が出来たつもりでいた2

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 勘違い、ではなさそうだった。それでもすぐには信じられず、相手の股間の膨らみを何度も腿でグリグリと擦ってしまったが、その間、そんな真似をされている相手のことはすっぽり頭から抜け落ちていた。
 服の背中側の布を強く握られ、腕の中の体が小さく痙攣したと同時に、ハッと我に返る。相手の顔はいつのまにか肩口に伏せられていて、ぎゅうとしがみつかれているのに、くたりと体を預けられているような感覚もある。
「ごめん、信じられなくて……」
 しまったと思いながら言い訳にもならない謝罪を耳元で囁いて、詫びるようにそっと背を撫でれば、腕の中の体が小さく震えだして、どうやら泣かせてしまったらしい。本当に、いくら驚きすぎたとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
 どうすればいいのかわからないまま、電車はやっと次の停車駅へと到着する。
「降りよう」
 促せば小さく頷き、ぎゅうとしがみついていた腕の力も緩んだが、相手は顔をあげることはなかった。人の流れに乗って電車の外へと押し出され、やっぱり、どうしようと思う。相手を窺っても、いつものように笑って何かを提案してくれることはない。
 結局、ホームに置かれた椅子に並んで腰掛けて、黙り込むこと多分数分。次の電車の到着を告げるアナウンスが流れた後、先に口を開いたのは相手の方だった。
「あの、騙してて、ごめん、なさい。数ヶ月でしたけど、彼女としてデート出来たの、凄く、嬉しかったです」
 ホームに電車が入ってくると同時に、ありがとうございましたと告げて立ち上がろうとする相手の腕を慌てて掴んで阻止する。
「ま、待って。まさか、別れるつもりでいるの?」
 驚いた様子で振り返った相手が、まさかって、と呆然と呟く声が聞こえた。
「別れたいなんて、思ってないんだけど」
「で、でも、もう、気づいた、でしょう?」
「やっぱ男の娘、なの?」
 核心に触れる単語を口にすれば、相手は申し訳なさそうにはいと頷き、また俯いてしまう。
「全然、気づかなかった」
「練習、いっぱい、したんで」
「そっか。知らなかったとはいえ、さっき、電車の中で、酷いことして本当ごめん」
 多分間違いなく、下着の中は相当酷いことになっているだろう。そう思うと、ここで引き止めていることすら、申し訳なくなってくる。
「なんで、怒らないんですか。変態って、罵られても、おかしくないのに」
 スカートの中で勃起させて、電車の中で射精までしちゃって、と自嘲気味に告げる相手の声が届いたようで、近くを通った男にギョッとした様子で振り向かれてまずいなと思う。急行列車が停車する駅ではあるが、時間帯もあってか、降車客が通り過ぎてしまえばそこまでホームに人は居ない。けれどどうせまたすぐ、次の電車がやってくる。
「あのさ、場所、移動しよう。全然話し足りないけど、ここで話すような内容じゃない」
 出来れば二人きりで話したいけど、二人きりになるのはやっぱり嫌かと直球で尋ねてしまえば、首を横に振って否定された。
「二人きりになって、そういう雰囲気になるのが、それで男ってバレるのが、怖かっただけなんで」
「うん、じゃあ、ちょっと近くに個室の居酒屋かなんかないか、探してみる」
「あのっ」
「あ、どこかいい店知ってたりする?」
 自分は全くと言っていいほど利用したことがない駅だけれど、相手もそうとは限らない。しかし、相手の提案はこの駅で降り、落ち着ける先を探すことではなかった。

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彼女が出来たつもりでいた1

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 バレンタインの夜、駅のホームで声をかけられて、見知らぬ女性からチョコと一緒に手紙を貰った。特別見目が良いわけではないから、こんな経験は当然初めてだった。
 最初は美人局の一種かとも考えかなり警戒していたのだけれど、渡された手紙に書かれていたように、意識的に探せば時折彼女とは駅のホームで会うことがあった。しかし、いくらチョコやら手紙やら貰ったからと言って、気軽に話しかけることなんて出来っこない。それどころか、手紙の中にあった彼女の連絡先へも、ありがとうの言葉一つ送っていなかった。
 結果、向こうも気づいて目が合えば会釈するような関係を一月ほど続けて、ホワイトデーの前日に初めて、メッセージを送ってみた。
 さすがに駅のホームでというわけにもいかず、近くのコーヒーショップで待ち合わせてお返しの品を渡し、とりあえずお試しという感じで交際を開始したのだけれど、ほとんど一目惚れだった、という相手の言い分を信じたわけじゃない。ただ、目の前で緊張気味に話す相手の好意は間違いなく伝わってきたし、実を言えば、緊張に興奮と喜びを交えて、目を輝かせながらも照れ笑う顔が可愛かった、というのがかなり大きい。
 数年振りの恋人という存在に浮かれて、ほとんど毎週末どこかしらへ遊びに行ったし、どこへ行っても目一杯楽しもうとする彼女の姿に、あっという間に本気で惚れた。
 ただ、デートは毎回ひたすら楽しいし、手を繋いだり人気がない所で軽く唇を触れさせるだけのキスなどはむしろ彼女も積極的でさえあるのに、それ以上の進展が難しい。腰や肩を抱き寄せ密着しようとしてもするりと躱されてしまうし、個室で二人きりというような状況にはならないよう気をつけているらしき様子がある。
 もしかしたら、過去の交際やら日常生活で、男性から不快な目に合わされたなどのトラウマがあるのかも知れない。それとなく聞いてみたものの、曖昧にはぐらかされてしまったので、その線は濃厚な気がした。
 下心がないわけではないが、相手の同意なく強引に手を出す気なんて欠片もない。可愛い彼女とあちこちデートして、手を繋いだりキスが出来るだけで充分満足だった。

 免許はあるが車は所持していないことと、多分車内も二人だけの密室と考えるらしく、移動はもっぱら電車やバスの公共交通機関を利用するのだが、その日、帰宅時の電車が途中で予想外に混んでしまった。ちょうど何かのイベントの終了時間と重なったらしい。
 ギュウギュウとまではいかないものの、それなりに人の詰め込まれた車内で、不可抗力ではあるものの、初めて彼女と広範囲で触れ合っている。ドッと人が流れ込んできてから先、相手は酷い緊張を見せていた。
「気分悪い? 大丈夫?」
「ん、だいじょぶ。あの、ごめん、ね」
 俯く相手から、申し訳なさそうにか細い声が聞こえてくる。
 何のイベントだったのか、周りの男性率は高い。恋人相手でもあれだけ警戒するのだから、この状況はきっと相当辛いんだろう。過去に何があったかはわからないが、きっと彼女が悪いわけではないのだろうから、謝らないで欲しい。
 こんな状況になるとわかっていたら、さっきの駅で一度降りてしまえば良かった。
「次の駅で一度降りようか」
「……うん」
 しばらく迷う様子を見せたものの、相手も頷いたということは、やっぱり大丈夫ではないんだろう。とはいえ、急行列車に乗っているので、次の停車駅までまだ10分以上もある。
 見知らぬ男と接触するよりは、まだ恋人である自分のほうがマシだろうと、相手を守るように腕の中に引き寄せた。ますます緊張をひどくし、なるべく密着しないよう二人の胸の間に両腕を挟んでガードする徹底っぷりに、なんだか申し訳ない気持ちになる。さすがにこの状況で下心なんてないけれど、ないつもりだけれど、彼女からすればこの機に乗じてと見えるのかも知れない。
「ごめん。嫌だよね。でも次の駅までの、数分だけ、我慢して」
 思わず謝ってしまえば、ハッとしたように俯いていた顔をあげて、違うと言いながら首を振る。少しばかり、泣きそうな顔に見えて、ますます罪悪感が増した。
 いつも楽しげに笑ってくれることが多い彼女の、こんな顔を見るのは初めてだ。
 引き寄せたりしないほうが良かったのかも知れない。かといって、引き寄せた相手を押しのける真似も出来ない。結果、なんとも気不味いまま、二人無言で電車に揺られるしかなかった。
 そんな中、ガクンと電車が大きく揺れた後、急停車した。人が多いので倒れることはなかったものの、揺れた拍子に胸の間に置かれていた相手の腕が大きくずれて、というよりもビックリした相手に抱きつかれたらしく、正面からぎゅうと抱き合う形になった。
「えっ……?」
 思わず零した驚きの声に、相手が酷く慌てたのがわかった。安全確認のために急停車したことを詫びるアナウンスをどこか遠くに聞きながら、腕の中でもぞもぞと必死に身を離そうとしている相手を、更にぎゅっと抱きしめる。確認するように、腰と腿とを突き出し、相手の体というか股間を狙って擦りつける。

続きました→

 
 
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