今更嫌いになれないこと知ってるくせに11

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 テーブルの上に転がり落ちたローションボトルとコンドームとイチジク浣腸に、こんなものいつの間に用意したんだと聞いたら、最初から持ってきてたと返ってきて目眩がした。
「最初っから俺とやる気まんまんか」
「そこまでは思ってない。どう頑張っても無理そうなら諦めるつもりと覚悟で来たよ」
 それは要するに、無理ではないと判断されたということだ。今のこの状況を考えたら、むしろ相当脈アリと思われた可能性だって高そうだ。
 そう思うのも無理はないと、甥っ子が来てからのあれこれを思い出しながら思う。
 だって最初っから、これはマズイとはっきり感じたくらい、相手のことを意識した。どう考えても大人二人が暮らせる造りの部屋ではないから、いろいろ文句を言ってみたり、さっさと帰るよう諭してみたりもしたけれど、基本的には彼の自由意志に任せてしまった。彼のいる生活を楽しんでしまった。それはきっと、随分思わせぶりな態度に思えたことだろう。
「お前のやる気と覚悟は、もう嫌ってほどわかったよ。で、実際のとこはどうなの?」
「どうって何が?」
「だってどれも使った形跡ないから。抱かれる側になること想定してたなら、少しくらいは自分で弄ったりしてないのか?」
 まさか抱かれる側になることを想定してはいなかった、とは返って来ないだろう。どちらでもいいような口ぶりではあったが、抱きたいというよりは抱かれたいのだという事は、甥っ子の様子からわかっていた。
 最低限必要な物を用意している事からも、先程の体の中を洗うという発言からも、それなりの知識はあるのだろう。だったら抱かれることを想定して、自分自身の体を慣らす事もしているんじゃないかと思った。
 というか、自分で慣らしててくれと願う気持ちもある。まったくまっさらの体を、一から慣らして抱くなんて、あまりに難易度が高過ぎだ。出来れば多少なりとも気持ちよくなって欲しいと考えたら尚更だった。
「俺、いま、結構大事なこと聞いてるから正直に答えて。自分で弄った経験は?」
 少しばかり頬を赤らめた甥っ子に、畳み掛けるように問いかける。
「あー……自分でする時はこっち、かな」
 ごそごそっと鞄の中を漁った甥っ子が取り出したのはワセリンのケースだった。確かにそちらは開封済みだ。
「でもこっちはセックス向きじゃないって言うから」
「うん。それで、そっち使ってどれくらい広がる?」
「え、ええっ……??」
 さすがに直接的な話になって恥ずかしいのか、戸惑いためらう様子を見せる。しかしそれに構わず質問を続けていく。
「指3本、自分でイける?」
「む、むり」
「2本は?」
「入るけど……」
「痛い?」
「っていうか苦しい。あんまキモチくなれない」
「これ、自分で試したことは?」
 言いながら、テーブルに転がったままのイチジク浣腸を取り上げた。
「ない」
「水とかお湯とかだけのも?」
「シャワー使ってっての1回試したことあるけど、イマイチ上手くいかなかった。家だと風呂場とトイレの往復なんて、何度もしてたら怪しまれるし。あんま試す機会なかったんだよ」
「てことはこれ使っても、その後が一人じゃ無理か……」
 甥っ子の話を聞く限りでは、興味と知識はあるものの、まだそれを自分の体でいろいろ試せてはいないようだ。姉は専業主婦だから、家ではそうそう試せないのも仕方がない。
 自分自身、実家にいた頃は普通にナニを握って扱くだけのオナニーしかしたことがなかったから、後ろを弄っているというだけで、昔の自分より進んでいるといえるかもしれない。しかし現状彼に、知識以外の経験がないのもまた事実だった。
 男女どちらとも経験があるし、男相手に限定したって抱いたことも抱かれたこともあるのだけれど、未経験という相手との経験はほぼないに等しい。気楽に体の関係を結べるような相手は、すなわち、既にそれなりに経験がある、性に緩いか性的興味の強いタイプだからだ。
「あのさ、取り敢えず俺に突っ込んでもらったら満足。とか思ってる?」
「思ってない。てか父さんの代わりになる覚悟までしてるんだから、ちゃんと優しくしてよ、とは思ってるよ」
「そりゃ優しくはするし、最初っから全部義兄さんの代わりにとまでは思ってねーよ。でも錯覚する瞬間は絶対あるから、お前辛いと思うし……って話じゃなくて。これ、使って貰うかどうかを考えてるだけだって」
 まったくの未経験だというのなら、やはりリスクのほうが高いだろうか。
「体の中、洗わなくても出来る?」
「そりゃ出来るよ。けど指2本キツイってなら洗ってみた方が楽かもしんないし、でも逆にダメになるかもしんないし」
「ダメになるって?」
「だって中洗ったことないんだろ。違和感残ってセックスどころじゃなくなる可能性もある」
「そっか……」
 甥っ子は目に見えてガッカリした様子で肩を落とした。
「俺の手で中洗われたい~みたいな願望とかある?」
「にーちゃんは? そういうので興奮する人?」
「しない人」
「じゃあどっちかって言ったらヤダ」
 ガッカリしていたから、もしかして洗って欲しいとか、もっと言うなら排泄を見られたいとか、そんな性癖持ちだったらどうしようとチラッとでも考えたことはもちろん言わない。代わりに、少しばかり揶揄う口調で問いかけた。
「もし興奮するっつってたらさせるの?」
「させるよ。それでにーちゃんが興奮するって言うなら、それくらい、なんでもない」
「ったく、可愛いこと言いやがって」
 よしやるか、と言いつつ立ち上がったら、座ったままの甥っ子が酷く驚いた顔で見上げてくる。
「なに驚いてんだよ」
「え、今すぐ始めるの?」
「え、そのつもりで誘ったわけじゃないのか?」
「や、そのつもり、だったけど……」
「怖気づいたならやめる?」
「違っ! え、だって、あの、シャワーとか……」
「中洗わなくていいよ。それで出来なくなったら嫌だろ?」
「じゃなくて外側」
 外側?
 一瞬意味がわからず呆然と見つめてしまったが、わたわたと言い募る甥っ子の言い分は、どうやら普通に体を洗ってから始めたいというだけのようだった。夕飯を作りながらけっこう汗をかいたらしい。
 こちらは彼が夕飯を作ってくれている間に汗を流していたから、自分基準で考えてしまっていた。
「あー、そっか、悪い。いいよ。シャワーしておいで」
「シャワー行ってる間に、気持ち変わったりしない?」
 しないから安心してゆっくり入って来いと言って送り出したが、あの様子だとすぐに出てきてしまいそうだ。取り敢えず甥がシャワーを済ませる間に、自分も歯磨きくらいはして置こうと思った。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに10

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 テーブルに沈んだ相手を見つめながら言葉を探すが、掛ける言葉なんて見つからない。
 義兄への想いに気づいた当時、その息子である甥っ子に対しても心揺れてしまったのは事実だった。義兄相手になんらかの間違いを起こす確率よりも、まだ幼い甥に対して起こす確率のほうが高いだろう自覚はあった。あの時自分は、義兄からも甥からも逃げたのだ。だから甥の言葉の半分は当たりと言ってもいい。
 幼いながらもそれを感じ取っていたというのなら、やはり責任はこちらにあると思った。あの当時には気づかなくても、彼自身が成長した今、幼いころに兄と慕う相手から性的な視線を受けていたと認識したのだろう。
 だとしたら彼の性愛対象に男を意識させたのはきっと自分だ。もしもそのせいで彼をこちら側に引き入れてしまったのだとしたら、どう責任をとっていいかなんてわからない。
「ねぇ、責任とってよ」
 気持ちが落ち着いたのか、甥っ子がゆっくりと頭を上げた。吐き出されてきた言葉は、どこか拗ねた子供っぽい響きを持っていたけれど、それでも胸の奥をえぐるには十分過ぎる威力があった。
「俺がそんなバカな誤解したのも、それで好きになっちゃったのも、にーちゃんのせいだよ?」
 反論は出来ない。その通りだと思った。
「だから、責任とって」
「ど、……やって?」
「にーちゃんが、俺の初めての男になってよ」
「なにがなんでもお前と寝ろって?」
 無茶を言っている自覚があるのか、そうだねと肯定しつつも、甥っ子は自嘲気味に口元だけ笑う。
 その顔を見ていたら、嫌だムリだダメだ、とは言えなかった。言えないが、だからといってわかったとも言えない。言えるわけがない。
「にーちゃんってさ、どっちの人なの?」
 黙ってしまったらそれをどう受け止めたのか、甥っ子はそんなことを口にする。
「どっちって?」
「ネコとかタチとかいうやつ。男に抱かれたい人なの? それとも抱きたい人?」
「聞いてどうすんだよ」
「抱かれたい人でそういう経験が多いってなら、いっそ力づくで襲ってもいいかな。って思って?」
 俺のが力あるしタオルとか紐とかガムテープとかで縛っちゃえば可能そうだし。などという物騒な話を吐き出すその顔は、やはり自嘲気味だけれど泣きそうにも見えた。
「むりやり関係結んだって、そんなの辛いばっかだぞ」
「それでもいいよ」
 半ば投げやりな口調に、ああ、きっと何もわかってない、と思う。
「なぁお前、わかってんの?」
「何を?」
「お前が義兄さんに似てるから嫌だ、って言った意味」
「父さんが初恋でその父さんに似てるなら、むしろ俺が相手だって構わないだろ」
「バカだな」
 言いながら大きく息を吐きだした。
 バカなのは目の前の甥っ子なのか自分なのか、多分きっと二人共が大馬鹿だ。
「そこまで言うなら抱いてやるよ。お前が本気で、義兄さんの代わりにされてもいいってならな」
 ここまで酷い言い方をすればさすがに諦めると思った。実際、目に見えて甥っ子の顔の血の気が失せていく。
「それが嫌で、俺を力づくで襲うってなら、俺は今すぐここを出て行くし、お前が出て行くまで戻らない」
 ダメ押しのように告げた。蒼白な顔でキュッと唇を噛みしめる甥っ子に、胸はきしんで悲鳴を上げていたけれど、これで諦めてもらえるならと思って耐える。
 告げた言葉の半分は本音だ。大事な甥っ子を義兄の代わりになんてしたいわけがない。しかしそう思わなくても、どうしたって義兄に重なる瞬間はあるだろう。それは身を持って断言できる事実だった。
 割りきって体だけ気持ちよければ、なんて相手でさえ、誰かの代わりにしてするセックスは心が痛むものだ。不可抗力に近くても、そうなってしまう瞬間を排除できない以上、自分たちは触れ合わないほうがいい。甥の気持ちが自分に向いているならなおさらだった。
「わかった」
 ようやく諦めたかと思ってホッとした次の瞬間。
「父さんの代わりでいいから、抱いて」
 驚いて目を見張ったら、悔しげな甥っ子に睨まれる。
「にーちゃんは俺をまだ子供だと思って舐めすぎ。それで、どうすればいいの? 抱かれる側って体の中洗ったりするんでしょ?」
 必要そうなものは買ってあると言いながら、部屋の隅に置かれていた鞄を引き寄せた甥っ子は、そこから紙袋を取り出して中身をテーブルにぶちまけた。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに9

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 甥っ子が何を考えているのかさっぱりわからない。わからないというよりはわかりたくない。これ以上彼の話を聞くのはヤバイ気配しかないのに、あんな顔を見てしまったら、彼の言う大事な話を聞きたくないとも言えそうにない。
 何が一番怖いかといえば、もう一度あんな顔で迫られたら、どこまで拒絶しきれるのか自信がない点だろう。絶対後悔するとわかっていても、何かしら納得の行く理由を提示されでもしたら、拒みきれない予感がする。
 だって後悔ならとっくにしてるし、今この瞬間だってしてる。そこに一つ後悔が上乗せされた所で、そう大差ないんじゃないかと自棄っぱちに思う気持ちもなくはないのだ。
 考えるほどに行き詰まるようで、笑う代わりに深い溜息を吐き出した。
「ゴメン、怒った?」
 新しいマグカップを片手に戻ってきた甥っ子は、こちらの険しい顔に気づいてそう訪ねてくる。どうやら知らず知らずに、真っ黒になったテレビ画面を睨みつけていたようだ。
「怒るっていうか、わかんねーんだって」
「俺が本気かどうか?」
「そこじゃない。だってふざけてないんだろ?」
「うん」
 言いながらマグカップをこちら側に置くと、ようやく甥っ子もテーブルを挟んだ対面に腰を下ろす。それを待って口を開いた。
「わかんねーのはお前がここに来た理由。親からただ逃げてきたわけじゃないんだろ。むしろ最初っから俺に会いに来てる。お前が俺に確かめたかったことって何?」
「確かめたかったのは、にーちゃんが帰ってこない理由、かな」
「ならもうわかっただろ」
 先日、はっきり義兄が好きだったと教えた。その時、義兄に会いたくないから帰らないのだとも言った。
「それは、そうだけど」
「他にも何かあるんじゃないのか?」
「それはさ……」
 正面に座る甥っ子をまっすぐに見つめて問いかければ、少しためらった後で、確かめたかったのはにーちゃんの性癖と自分の気持ち、と返ってきた。
「俺の性癖……って」
 思わず絶句したら、相手も申し訳無さそうに苦笑する。
「にーちゃん男好きなのかな、ってのはなんとなく気づいてて、それはっきりさせたかったんだよ」
「お前自身がそうだから?」
 身近に同じ性嗜好の大人が居たら心強い、という気持ちはわからなくはない。自分自身、親や姉に義兄を好きだなんて言えないのは当然にしたって、主に男が性愛対象ということさえ言っていない。
「うん、どうやらそうみたい」
 へにょっと笑った顔は泣きそうだった。ここでの生活で、確信したと言わんばかりだ。
 人を実験台にするなよと思う気持ちもないわけではなかったが、可哀想にと同情的な気持ちも同じかそれ以上にあった。自分が義兄を恋愛感情で好きだと気づいてしまった時の、あの絶望的な胸の痛みを今も覚えているからだ。
「お前が今、同性の誰かを好きで居て、それをお前がしんどいって言うなら、話しくらいは聞いてやれる。と思う」
「聞くだけ?」
「これから必要になるかも知れない情報も、俺の経験則で良ければ。でもお前だっていろいろ自分で調べてるんじゃないのか?」
 これだけ情報が溢れる世の中だ。探せば必要な情報は出てくるし、自分だって最初の頃は手探りだった。
「にーちゃんが俺の初めての相手になってよ。ってのはやっぱダメ?」
 やっぱりそうくるか、と思いつつ、ダメだと返す。
「俺が甥で父さんに似てるから?」
「そう言ったろ」
「でも俺は父さんと違って、結婚してるわけじゃないどころか恋人すらいない。それに男同士なら子供出来るわけでもないし、血が近いとかあんまり関係なくない?」
「俺の心情的に、かわいい弟分をどうこうしたくない」
「そのかわいい弟相手でも欲情するくせに」
 あの朝を思い出して体の熱が上がるのを自覚すると共に、痛いところを突かれたとも思った。
「たまってる所弄られて反応するの、しょうがないだろ!」
 居たたまれなさと恥ずかしさとで、ついキツイ口調になってしまうが、こちらの焦りとは対照的に甥っ子はむしろ平然としている。
「それだけじゃなくて。っていうかさ、もう正直に言うけど、俺にーちゃんが男好きなのわかってたけど、それがショタコンってやつなのかを知りたかったんだよね」
「……は?」
 唐突にショタコンなどという単語が飛び出してきて、意味がわからず呆然と聞き返す。
「だって父さんが好きだったとか、思っても見なかったんだよ。ずっと、にーちゃんが遠くの大学行っちゃったのも、滅多に帰ってこないのも、俺を好きだからなのかと思ってたの。子供に手を出せないから逃げたんだと思ってたの。で、ここに来たのは、にーちゃんが男の子にしか欲情できないのか、それともおっきくなった俺でもいいのか、確かめたかっただけなの」
 なのに本命父さんだったとか自意識過剰過ぎて恥ずかしいよと言った後、甥っ子は耐えられないとでも言うように「うあー」と吠えると、両手で頭を抱えながらテーブルに撃沈した。

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに8

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 約束の週末は土曜日だと思っていたが、甥っ子が話を聞いて欲しいと切り出してきたのは、金曜夜の夕飯を終える直前だった。
「え、今?」
「うん、今。てかここ片付けたら」
 要するに、明日が休みなのをいいことに、この後もツマミを追加してだらだらと酒を飲む、という金曜夜のお楽しみは無しにしろ、という事なんだろう。
 それを嫌だと突っぱねるほど、このまま飲み続けたい欲求はないが、しかし既にそこそこ飲んでもいる。こんな状態で話すよりも、明日の方が良い気はした。
「明日、のが良くないか?」
「今がいい」
「俺もうけっこう飲んだし、酔ってないとは言えないぞ」
「だからだよ」
「だから?」
「ちょっとくらい酔ってるほうがいいかなって」
「酔ってたってお前の滞在延長は許可しないからな」
「わかってるよ。したいのはそういう話じゃない」
 じゃあどんな話だと言ったら、片付けてからねと言って立ち上がる。
 一体どんな話をしたいのか。甥っ子の反応から、多分進学相談ではないんだろうなと思う。だとしたら彼の言う大事な話は、きっと自分が主に関係している。
 ここに来たのも計画的だというし、最初っからオフクロの味だのを振る舞われた事を考えると、もっと頻繁に帰省しろとか、そういう話なのだろうか。仕事が忙しいという断り文句を覚えてからは、親も姉もあまり帰って来いとは言わなくなったが、自分が帰らないことで何か問題でも起きているのだろうか。
 それにしたって、親や姉ではなく受験生の甥っ子が、わざわざ夏休みを待って押しかけてくる意味はやはりわからない。
 顔はテレビに向けつつも、つらつらとそんな事を考えながらでは、テレビの内容など殆ど頭に入ってこない。そうこうしているうちに、片付けを終えたらしい甥っ子が、新しいビールの缶とマグカップを手に戻ってきた。
「ツマミ、何食べる?」
 ビールの缶をテーブルのこちら側に、マグカップを自分側へと置きながら、甥っ子は更に続ける。
「柿ピーとかチータラとか、あ、何か缶詰でも開ける? 他は……何かあったかな」
 出せるツマミの種類をあげられても、呆気にとられるばかりだ。
「どうかした?」
「どうかしたじゃない。話をしたいんじゃないのか?」
「するけど。でも金曜の夜だし、もうちょっと飲むんじゃないの?」
「いやいや、だってお前、真面目な話がしたいんだよな? これ以上酔わせてどうすんだよ」
「どうする……って、まぁ、酔った上での過ち狙い、とか?」
「はぁ?」
 わけのわからなさに、聞き返す声のトーンが明らかに上がってしまった。
「にーちゃん、男と経験あるよね?」
 もちろんあるので否定は出来ないが、けれどそれを肯定して良いのかはわからない。結果、返す言葉が見つからずに口を閉ざした。
「俺と寝て欲しいんだけど、って言ったらどーする?」
 まだツマミを運ぶ気でいるのか、立ったままの甥っ子に真剣な顔で見下ろされる。その目から逃げるように、そっと視線を外しながら俯いた。
「バカなこと、言うなよ」
 絞りだす声は、緊張と動揺からか少し掠れている。
「それって俺と血がつながってるから? それとも俺が父さんに似てるから?」
「どっちも、だ」
「だからさ、もっと飲んで酔っ払って、そういうのちょっと脇に置いて、一夜の過ち的に俺と寝てくれないかな~っていう下心?」
 へへっと笑う気配に、頭に血が上った。
 どこまで本気で言っているのか、それとも単に揶揄われたのか。
「それがお前の大事な話? あんまりフザケたこと言ってんなよ」
 顔を上げて睨みつければ、ふざけた笑い顔とは程遠い、辛そうな苦笑いとかち合った。
「別にふざけてないし、大事な話のキモはそれなんだけどね。お酒飲まないなら、にーちゃんの分もコーヒー入れてくるよ」
 テーブルに置いた缶を再度持ち上げて、甥っ子はキッチンへ消えていく。
 テレビから聞こえるガヤの笑い声がずいぶんと耳障りだ。放置されていたリモコンを引き寄せて、イライラしながらテレビの電源を落とす。
 リモコンに触れる指が微かに震えている事に気づいて、なんだか無性に笑いたくなった。

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに7

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 申し訳無さでいっぱいになって、ごめんと思わず謝罪を漏らせば、相手の動きが一旦止まる。
「ごめん、こんなことさせて、本当に、ごめん」
 繰り返したら、聞こえてきたのは舌打ちだった。
「なんでにーちゃんが謝るの」
 押し倒されてから先、ずっと無言だった甥っ子がようやく発した言葉は、どこか困惑が滲んでいる。
「酷いことしてるの、俺なのに」
「お前に酷いことさせてるの、俺だから。お前はきっと、俺に引きずられただけなんだよ」
「どういう、意味?」
「俺は元々男も好きになれる性癖なんだ」
「それは、そうなのかな、とは俺も思ってた、けど」
 今更隠す気にもなれなくて告げたけれど、どうやら甥っ子は気づいていたようだ。
「そっか。ならこれも気づいてるか? お前は、俺の初恋の相手によく似てる」
「えっ……?」
 どうやらそちらは想定外だったらしい。
「そんな相手と、短期間でも一緒に暮らすなんて真似、しなけりゃ良かった。お前が居てくれるの、楽しかったよ。でももうダメだ。お前にこんなことさせて、何が兄ちゃんだよ。可愛い甥っ子相手に何やらせてんだって話だよ」
「いやそれは、」
「違わない」
 違うと否定されるだろう流れを打ち切るようにきっぱり告げた。
「違わないんだ……」
 自分自身をも納得させるように、もう一度繰り返す。
「どうしてもお前の気が済まないってなら、このまま好きにしてもいい。でも、気が済んだら帰れよ。帰って俺のことなんか忘れろ」
「む、ムリっ! むりむりむり」
 ガバリと起き上がる気配がしたかと思うと、目元を覆い隠していた腕を掴まれ外された。
「ちょっと、何言ってんのかわかんないんだけど」
 困惑の中に僅かな苛立ちを乗せて覗き込んでくる甥っ子に返すのは苦笑。
「ああ、余計なこと色々言いすぎたな。簡単な話だ。もう帰れ。そして二度と来るな」
「や、やだっ」
「お前、受験生だろ。この時期に叔父の世話なんかしてるのがオカシイんだ」
「俺にとってはこっちのが大事なの。てかちょっと考えさせて」
「もう充分考える時間あったろ。お前がここ来てどんだけ経ったと思ってんだ」
「違う。考えたいのはさっきにーちゃんが言ったことだよ」
 どれ? と聞いたら、初恋相手に似てる話と返ってきた。
「ああ……まぁもう、ここまで来たら言ってもいいよな。お前の父親だよ、俺の初恋」
「うっそ……」
「嘘言ってどうする」
「じゃ、じゃあ、にーちゃんがこっちなかなか戻らないのって」
「あー、うん。義兄さんに会わないようにしてるから、だな」
「なにそれ……」
 愕然とする、という言葉がしっくりくるような、酷い驚きとショックとを混ぜた顔で甥っ子は放心している。
「ゴメン。出来ればお前にも、他の家族にも、もちろん義兄さん自身にも、隠して置きたかったんだ。でももう言っていい。俺が帰らないのはそういう理由なんだって説明していい。ちゃんと定期的に実家帰るって約束して、お前の大学進学認めてもらえ」
「そんなの言ったら、ますますにーちゃん帰ってこれなくなるだろ」
「帰らないからいいよ」
「よくないっ。てかやっぱちょっと考えさせて」
「何を?」
「だから、いろいろだよ」
「いろいろって何だよ。そう言って、いつまでも居座られるのが迷惑だって言ってんだろ」
 迷惑だとはっきり伝えたら、一瞬泣きそうに顔を歪ませる。しかしさすがにもう甘い顔はしてやれない。
「わか、った……けど、週末まで、まって。それまでに色々考えておくから。だから週末、俺とちゃんと話、して?」
「これ以上話すことなんて、」
「俺にはあるの。すごく、大事な話」
 お願いと頼まれたら、結局溜息一つで許すしかなかった。その甘さがこの結果を招いたというのに、本当に懲りないと自嘲する。
「週末まで、だぞ。それ以上は何があってももう譲らないからな」
「わかってる」
 相手が頷くのを待って、ゆっくりと体を起こす。それに合わせて、甥っ子の体も離れていった。
「シャワー浴びる」
「うん」
「悪い。飯食ってる時間、多分ない」
「うん……」
 力ない返事に後ろ髪を引かれながらもバスルームに向かう。さすがにそのまま出社するわけには行かなかった。
 少し冷たいシャワーで体の奥にくすぶる熱をむりやり鎮めて出れば、朝食を乗せたテーブルの前で小さく肩を丸める甥っ子の姿がなんとも痛ましい。
「ごめん、朝飯食べれなくて」
「そんなの、俺のせいだし……」
「お前が悪いわけじゃないよ」
「でも……」
「それ、取っといてくれたら夜食うよ」
「や、やだよ。ちゃんと作るし。これは俺が責任持って食うから!」
 必死な顔がますます痛ましくて、本当に申し訳がない。
「なら、今日の夕飯に、また実家の味付けで何か作って?」
 どうしたものかと思いながらそう告げれば、パッと顔を綻ばせながら任せてと笑ってくれたから、ひとまずホッと胸をなで下ろした。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに6

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 えっと思う間に、その勢いのままベッドに押し倒される。いささか勢いがつきすぎて、ベッドがギギッと嫌な音を鳴らしたが、当然そんな事を気にしている余裕はなかった。
「ちょ、っえ、なに」
 慌てて身じろぎ、とっさに掴んだ両肩を思い切り押して、甥っ子の体を引き剥がそうと試みる。しかし相手はびくともしない。それどころか、こちらの顎を右手でわし掴むと、今度はかなり強引に唇を押し付けてくる。
 互いの身長にそう差はないのだけれど、相手はつい先日まで運動部に所属していた現役高校生で、こちらはもう何年もデスクワークを続けているサラリーマンだ。元の体力も筋力も明らかに相手が上なのは認める。しかも押し倒されて伸し掛かられている状態の今、そう簡単には逃げ出せなかった。
 代わりに必死で唇を引き結び、唇を押し付けるだけでは飽きたらず、口の中に侵入しようとする舌を断固拒否する。しかし顎を押さえるのとは逆の手に、今度は股間をわし掴まれて、たまらず声を漏らしてしまった。
「うあぁっ」
 その隙を逃さず入り込んだ舌に口内をめちゃくちゃにかき回されながら、寝間着代わりの短パン越しに熱を持ったままの息子を擦られて何度も呻く。それくらいしか出来る事がなかったからだ。
 突然始まったいささか乱暴とも言える行為に混乱していたし、ずっと口内を舐め回されてまともに呼吸が出来ない酸欠状態でもあった。そこに更に加わる手淫によって、頭のなかはあっさり真っ白になる。
 嫌だともやめろとも言葉に出来ないまま、達することなくタイムリミットを迎え、中途半端に放置されていた体は、布越しでも容赦の無い強烈な刺激に正直だった。余計なことを考える余裕がなく気を散らすことがなかったせいで、熱を吐き出すことを求めていた性器は、与えられる快感に素直に従い簡単に吐精を果たす。
「んぐぁあ゛ぁ゛ぅぅ」
 閉じることの許されない口から、相手の舌を押しのけて漏れ出る酷い声と、ビクビクと跳ねた後弛緩した体に、イッてしまったことは伝わっただろう。
 ようやく顔が離された。息苦しさから開放されて、思わずおもいっきり息を吸い込んだら、今度は咽て息苦しい。
 ゲホゲホと咳こんでいたら、短パンに掛かった手が下着ごと短パンを引き下ろして行くから、驚きのあまり息を吸い込み余計に咽た。
 しかし相手はお構いなしで、あろうことか達したばかりの性器を握り、先ほどのような激しさはないものの、ゆるゆると扱いて刺激を与えてくる。頭のなかには嫌だとかやめろとかの声が響いているのに、咳き込む苦しさと過ぎる刺激の前に、それらが言葉として発されることはなかった。
 イッたばかりの性器を弄られる辛さに耐えながらなんとか息を整えるが、それを見越したように、今度は口を使っての刺激が始まった。体力的にも気力的にも既にヘトヘトで、逃げる気も起きない。
「うぅっ、も、…やめ……」
 それでもなんとか訴える声は、掠れて弱々しく漏れ落ちた。力のこもらない声は当然のように無視されて、黙々とフェラチオを続けられる。
 股間を見やれば甥っ子の頭が揺れている。ドキリと跳ねる心臓は、やはりそこに義兄の面影を見るからなのか。決して上手いとは言い難い、絶対に慣れていないことがわかるような拙い口淫でも痛いほど感じてしまうのは、達したばかりだからだけではないのかもしれない。
 わからない。わからない。わからない。
 なんでこんな事になっているのかも、自分に触れる手が誰のものなのかも、自分が誰に興奮しているのかも。
 ぎゅうと目を閉じ、酷く重たく感じる腕をなんとか持ち上げて、前腕で目元を押さえつけた。閉ざした視界の中、そこに映る相手の顔は、果たして義兄なのか甥なのか。
 わからなくても、どちらかを選べと言われたら、選ぶ方は決まっている。これは義兄に届かぬ想いを抱いた結果で、甥はそれに巻き込まれているだけ。甥が自分に手を出したのも、きっと、無意識に自分が誘っていたんだろう。
 口先だけ帰れと言いつつも手元に置いて、褒めておだてて感謝して、そうやって明確な自覚もないまま誘惑していたのだ。きっと免疫なんてない子供相手に、恋愛駆け引きの真似事をしてしまった。
 誘っておいて触れる手を拒んだように感じたなら、彼が怒るのも納得だった。

続きました→

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