追いかけて追いかけて14

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 手頃なホテルを見つけるまでの間、相手の話術に引き出されるに任せて、互いの性体験を暴露しあった。もちろん、今までそういった話題が二人の間で語られたことはない。ノリは実験内容やらを語ったり、相手の仕事の話を聞いているのとそう大差ないのがどこか不思議で、でもだからこそ、下世話な好奇心による猥談とは全く違うのだと思わされる。
 男相手の経験はもちろん、女性相手の経験もほぼないと相手に知っておいてもらうこと。逆に相手はちゃんと、男性とも女性とも交際経験があって童貞ではないどころか処女でもないと自分が知っておくことは、多分必要なんだろう。
 さすがに男を抱いたことも抱かれたこともあるってのは衝撃で、しかもその相手は同一人物だってのもなんだか驚きだったし、童貞貰って欲しいかと聞かれたのは予想外もいいところだったけど。ただ、彼が男性とお付き合いをしていたのは彼が高校生の頃だというし、抱かれた経験がないわけじゃないという程度の話だったから、抱かせて欲しいなんて事は言わなかった。というか、される想像はしたことがあっても、相手を抱く想像はしたことがない。
 うっかりそうこぼせば、実験前の注意事項確認みたいな雰囲気から一転して、興味津々に何をされる想像をしていたか根掘り葉掘り聞いてくるから、思いっきりたじろいで正直に答えることなんて出来ないままアタフタする。そうしている間に車はスルッと建物の中に吸い込まれて、ラブホに着いたのだと意識するとともに忘れていた緊張が蘇り動揺が加速した。
 先にさっさと車を降りた相手を視線だけで追えば、ゆっくりと正面を回ってきたたかとおもうと、助手席側のドアを容赦なく大きく開ける。
「緊張しちゃって出てこれないなら、さっきみたいにキスしてあげようか?」
 にこっと笑う顔は優しいというより楽しげで、降りなきゃ本気でキスされると思って、思いっきり首をブンブンと横に振った。
「じゃあ出ておいで。十数える間に出てこないとキスするよ」
 いーち、にー、と数え始めた相手に、慌ててシートベルを外して車の外に転がり出る。そんなに慌てなくてもいいのにと、慌てさせた本人が言うのはなんだか少し理不尽だ。
「慌てちゃって可愛いから、やっぱりちょっとキスしていい?」
 いたずらっぽく笑うのがどこまで本気かはわからない。でも許可したら間違いなくされてしまうのはわかるから、こちらが返せるのはダメですの言葉だけだ。
「さっき以上に誰かに見られる心配なさそうだけど」
 平日の午後という時間帯のせいか駐車場もガラガラではあるけれど。もしこのタイミングで他の客と会ってしまうような事が起きたら、どれだけ運が悪いんだって話だけど。
「スリルとか求めてないんで、するなら二人っきりになってからが、いいです」
「それは確かに。じゃあ、部屋に入ったらいっぱいキスしよう」
 ふふっと笑った相手が背を向けて歩きだす。くんっ、と体を引かれてこちらも歩き出してから、手を繋がれている事に気づいた。いつ繋がれたのかわからないのが驚きで、でも相手の手の温かさになんだかホッとしているのも事実だった。
 ああ、いつの間にか緊張も消えてる。酷い動揺も、狼狽も、随分と落ち着いている。
 本来の性格もあるのだろうけれど、いつも以上に気遣われているのがわかる。この人を好きになって良かったって、思ってしまう。
 色々と危惧するべき事項を投げ捨てて、誘いに乗ってしまったけれど、誘って貰えたことが今更しみじみと嬉しい。恋人にもセフレにもならないと言い切った後でも、欲しいならあげるよって言ってくれたのが嬉しい。
 欲しがったのは確かに自分で、でも実のところ、何を貰えるのかははっきりわかっていなかった。いったい何が貰えるんだろう。どんな妄想で抜いてたかは結局ほとんど口に出来なかったけど、想像の中の彼のように、優しく笑いながらたくさんのキスを落として、この肌に触れてくれるだろうか。
 少なくとも、取り敢えず部屋に入ったらキスはする。いっぱいする。他にどんなことをしてくれるのか。貰えるものは何もかも、全部もらって帰りたいなと思った。

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追いかけて追いかけて13

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 声を掛けていいものか迷っていたら、顔を上げないまま、相手が一応の確認だけどと話しかけてくる。
「もし俺が、欲しいならあげるよって言ったらどうするの。恋人になるのは嫌だけど、セフレにならなる。って意味には聞こえなかったけど」
 それともセフレになるのかと聞かれて慌てる。そんなつもりは欠片もない。
「なりませんよっ」
 思いっきり否定すれば、だよねと諦め混じりの苦笑がこぼれて、それからようやくハンドルに伏せていた頭を上げた。こちらに振り向いた顔は、視線が合うとふにゃっと柔らかに歪む。困ったような泣きそうな、なのにどこか優しい笑みを浮かべているから、申し訳ないと思うのに、同時にドキドキしてしまうような、不思議な感覚に襲われた。
「わかったよ。君と今後も継続できる関係を探すのは諦める」
 それは納得して引くという宣言にほかならない。なのに安堵するより胸が痛んだ。
「そんな顔をされると、このまま連れ込んでもいいのかなって気になるんだけど、どうしようか」
 そんな顔という指摘に、顎と眉間に思いっきり力を込めてしまっていたのを自覚する。グッと奥歯を噛み締めてしまったのも、眉間に力を込めてしまったのも、咄嗟のことで無意識だった。
「どーするって、何を、ですか。連れ込むって、どこに?」
 指摘されても力を抜くどころか、ますます眉間にシワが寄ってしまう。
「駅まで送るのと、ラブホ行くの、どっちがいい?」
「はぃ?」
「欲しいならあげるよ。というより、欲しい気持ちがホントなら、貰ってよ」
「でも、セフレにはならないって、言ったばっかで」
「うん。個人的に会うのは今日で最後のつもり」
 つまり最後に一回だけ触れ合ってみないかという誘いらしい。触れてしまうことで未練が産まれたり後悔しそうなら断っていいよと言われたけれど、そっちこそどうなんだと聞きたい。
 期待されたり未練を残されたり後悔されたりしても何も出来ない。というよりそもそもする気がない。彼との関係を断つ気持ちが変わるとは思えないし、触れたらますます、もう二度と会えない、会ってはいけないという気持ちが強くなるはずだ。
 本気なの。どういうつもりなの。期待じゃないの。大丈夫なの。後悔しないの。色々と聞きたかったけど、でも結局何も聞かなかった。誘いに乗るなら、相手の本音やら思惑なんて、きっと知らないままの方がいい。
「なら、ラブホ、へ」
 緊張から掠れて震える声が恥ずかしくて、顔どころか全身がのぼせたみたいに熱かった。
「了解。ね、車出す前に、先に一回キスしていい?」
「え、……なん、で」
「真っ赤になって可愛いから」
「うぇ?」
「後ちょっと緊張しすぎ」
 いいとも悪いとも言わないうちに、相手がこちらに身を乗り出してくる。そういや相手はまだシートベルトを着けていないんだった。
 ちゅ、と軽く触れた唇はすぐに離れたけれど距離はちっとも開かず、すぐにまた触れ合ってしまう。一回じゃないのかと思いながらもどうしていいかわからず受け入れ続けてしまえば、何度も軽いふれあいを繰り返した後で、目を閉じるように促される。
「そろそろ目、閉じて?」
 まだ終わらないのかと思いながらもやっぱり何も言えずに従えば、今度は少し長く唇が触れ合って、最後にちょっと強めに下唇を吸われた。
「んっ……」
 驚いた割に、なんだか甘えるみたいな鼻息が漏れてしまって恥ずかしい。なのに、やっと少し距離が開いたのを感じて瞼を上げれば、相手は満足げに笑っている。
「いいね。もう少し続けようか?」
「一回って、言った」
「うん。一回じゃ全然足りなかった」
 悪びれずに告げて再度距離を縮める相手の顔を避けるように顔を横に向ければ、当然のように頬にその唇が落ちてチュッとリップ音を響かせた。
 窓越しに見えた景色に、車の中とはいえ外から丸見えだってことを今更ながら強く意識してしまって焦る。
「も、ちょっと、やですって」
 相手を押しのけるように腕を突けば、じゃあ終わりと言ってあっさり身を引いていく。
「てかこれ、外と変わらないんですけど。俺、まだ1年以上この大学通うんですけど」
「大丈夫。誰も通ってなかったよ」
 確かに今いる駐車場は大学の裏側だし、メインの通りからはだいぶ外れているし、駐車場そのものも閑散としているし、時間帯の問題か人っ子一人見当たらないけれど。
「そういう問題じゃなくて」
「そういう問題だって。あのまま出発するより、キスして良かったって思わない?」
 俺は思うよと断言されて、否定は出来なかった。確かに相手を意識しすぎることもなく、緊張ものぼせるみたいな羞恥も消えて、これからラブホに行こうとしてるってのがなんだか嘘みたいな雰囲気だ。
「それより、そろそろ本気で移動するけど、目的地は俺にお任せでいいの? 気になるとことかある?」
 気になるところなんてあるわけがないと言えば、電車から見えたりするホテル気になったりしないのと問い返されてしまった。いや確かに、通学中に車窓から見えるラブホってのはあるけれど。夜間にギラッと光っていると気になるものだけれど。
「せっかくですし、あなたのオススメに連れてって下さいよ」
「そんなのないから希望を聞いたんだけど」
「お任せで連れてってくれるのはオススメじゃないと?」
「お任せされたら適当に道流して、目についた入りやすそうなとこ入るだけ」
 お任せでと返せば、わかったの言葉と共にようやく車にエンジンがかかった。

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追いかけて追いかけて12

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 困ったなと思う。困った顔を見せたからか、彼は更にゆっくりと、言葉を選び選び続けていく。
「恐怖感や、嫌悪感で、というなら。彼と俺とは違うということを、君なら、理解してくれるだろうと思ってた。君が、男同士で恋人になる、ということに否定的なのは知ってるし、君を好きだと思う気持ちから、君に何かを強要する気なんて一切ない。それをわかった上で、それでも君がもう、俺と過ごす時間が苦痛だとか、生理的に無理だとか言うなら、君のその気持ちを受け入れて、君と会うのはこれっきりにする。今日は、そういうつもりで、来たんだけど。でも、俺はもっと何か根本的な所で、間違えてるらしい。だって君は、俺と彼とが違うってことを、しっかりわかってる」
 そうだろと言いたげに、真っ直ぐに見つめられて、同じように真っ直ぐ見つめ返すのは無理だった。しかし逃げるように顔を正面どころか少々逆側へ向けてしまっても、彼の強い視線は注がれたままだし無視できない。視線に焼かれてでも居るみたいに、彼の視線に晒された肌がチリチリピリピリ反応している。意識しすぎだと思えば思うほど、恥ずかしさがこみ上げるし、まるで彼の視線に感じてでも居るみたいに、チリチリと焼かれていた肌がゾワッと粟立ってしまう。
「はぁああ」
 耐えきれなくなって、大きく息を吐きだした。触られたわけでもないのに。見られただけで期待に体が疼くなんて。
「だから会いたくなかったのに」
「えっ?」
 ぼそりと零した声に相手が焦ったのはわかったけれど、自分自身に手一杯で、熱くなった頬を両手で覆って俯いた。とても相手の顔を見てなんて話せない。
「俺、あなたと付き合う気、本当にないんですよ。恋人になんて、なりたくない」
「知ってるよ」
 聞こえてきたのは思いの外単調な声と小さな溜め息だった。一体どんな顔でそれを言っているんだろうと気にはなったが、もちろん、顔を上げてそれを確かめる気にはなれない。
「恋人にならなくていい。関係の名前なんて、友人でも、先輩後輩でも、なんならちょっとした知り合いでも、なんだっていい。俺はただ、君と過ごす時間が無くなってしまうのが、惜しいだけだよ」
 今度は自分が、知っていると返す番だった。
「知ってますよ。でもそれ、俺の気持ちが変わるの待ってるってとこ、あります、よね? 俺はあなたへの好意を隠せないし、いつか想いが育ちきって、あなたが男でも付き合いたくなるかもって期待、あります、よね?」
「そりゃあ、多少は、ね」
 今度ははっきり、苦笑されているのがわかる。
「ただ、そうならなくたって構わないとも、思ってるよ。だって君と過ごす時間は、とても楽しい」
 恋愛感情を抜いても君との会話は有意義だという言葉は多分本気で、それは自分だって同じだった。それを疑う気はないし、それを嬉しいとも思う。でもやっぱり、いつか恋人になってもいい気になるか、このままの関係が続くかの二択しかないんだなと思う。キスに嫌悪感がないだろって、実践して見せたのは相手のくせに。
「あなたが見落としてるのは、俺があなたとの恋人関係を否定したまま、あなたを欲しがる可能性、ですよ」
 ああ、言ってしまった。
「……えっ?」
「理由も告げずにあなたを一方的に切ったのは、後輩の男に襲われた事を知られたくなかったとか、それが何かトラウマになってあなたを避けたくなったとか、そういうんじゃないんですよ。あなたに会ってしまったら、キスして欲しいとか、俺に触って欲しいとかって気持ちが、きっと抑えられないって思ったから、です」
「……は?」
 きっと呆然としているんだろうなというのが、漏れる声と気配からありありとわかる。当然だろう。その顔を見てやりたい気持ちは湧いたけれど、きっと笑ってしまうだろうから止めておく。
「それを説明して、だから会えませんって言って、あなたが納得して引いてくれるなんて思えなかったから、理由、言えなかっただけです」
 返す言葉もないらしく、気まずい沈黙が車内を支配する。彼の言葉を待つべきなんだろうか。いっそ、知りたかったことはわかったでしょうと言って、車から降りてしまおうか。迷いながら、そっと溜め息を吐き出すと同時に、ゴンと鈍い音が響いてビクッと肩が跳ねてしまった。
 何が起きたのかと、さすがに顔を上げて彼の方へ顔を向ければ、相手はハンドルに頭を押し付けるように項垂れている。先程の音は、どうやらハンドルに頭を打ち付けた音だったらしい。

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追いかけて追いかけて11

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 暫くして隣室から出てきた彼はやはり怒っているのか、なんとも不機嫌そうな顔でこちら向かってくる。身構えつつも黙って待ってしまったのは、彼の突然の来訪に自分が関与しているのだと、彼が教授と話している間に、なんとなく予想をつけてしまったからだ。
 傍らまで来て足を止めた相手は、教授の許可は貰ってるから帰る支度をしてと言った。どこに連れて行かれるんだろうとは思ったが、わかりましたと答えて片付けを開始する。ほぼ命令調で帰り支度を促した相手の方が、一瞬呆気にとられた顔をしたのがなんだかおかしかった。
「お待たせしました」
「うん。じゃあ、行こうか」
 先程帰り支度をしろと告げた声よりも、ずっと穏やかで柔らかい。支度をしている間に何か思うところがあったのか、怒っているような不機嫌さはいくぶん鳴りを潜めて、けれど今度は困惑と戸惑いとが滲んでいた。
 お先に失礼しますと告げて、並んで研究室を出る。気まずそうに付いてきてと言ったきり、相手は黙って大学の敷地内を歩いて行く。駅とは明らかに方向が違うが、どこへ向かっているのかと聞くことはせずに、大人しく相手のあとを追った。チラッと盗み見た横顔はまた少し不機嫌そうで悩ましげだった。
 連れて行かれたのは時間貸しの駐車場で、どうやら今日は車で来ていたということらしい。免許はあるが自分の車は所持していないと言っていたし、これは多分、たまに借りると言っていた彼の親の車なんだろう。
 会う時はだいたいお酒有りの食事をするのもあって、今まで彼が車で来たことはなかった。車そのものもだけれど、彼の運転する姿を見るのも初めてだと思うと、少しだけ気持ちが高揚する。完全な好奇心という自覚はある。彼への興味はやはり変わらず、どうしたって尽きそうにはない。
 せっかく突き放したのに、こうやってこちらの興味を煽ってくるのは、はたしてわざとなんだろうか。しかし、どういうつもりかとは、やはり問えそうにない。
「乗って」
 リモコンで解錠すると共に促されて、だまって助手席側に回り込んでドアを開けた。相手は運転席側に立っているものの、ドアを開ける気配がない。大人しくこちらが乗り込むまで、油断がならないとでも思っているんだろうか。ここまで付いてきて、今更逃げ出すはずもないのに。
 助手席に腰を下ろして、シートベルトまでしっかり着用すれば、ようやく運転席側のドアが開く。腰を下ろすのを黙って見つめてしまえば、なぜか相手の方が酷く居心地が悪そうだった。
 しばし逡巡したあと、ゆっくりとこちらを振り向く。その顔がなんだか泣きそうにも見えて、さすがに首を傾げてしまった。
「君は、……俺が、怖くは、ない?」
 戸惑いを乗せながら、迷うように吐き出されてきた言葉に、こちらも戸惑いながら怖くはないですと返す。
「じゃあ、気持ちが悪い?」
「いいえ、別に」
「車なんて閉鎖的な空間に二人きりで、なんとも思わないの? どこへ連れて行かれるかもわからないのに、律儀にシートベルトまで締めちゃって、どういうつもり?」
 どういうつもりって言われても。と思ったら、さすがに苦笑がこぼれ落ちた。
「あなたは、あいつとは違いますから」
 あいつ、という単語に相手が身構えたのがわかる。間違いなく、彼は自分に何が起きたのかを既にしっかり把握している。
「俺が嫌がるような酷いことはしないって信じてるし、そもそも、」
 そもそも相手が彼ならあんな嫌悪感とは無縁だろうと思うし。言いかけてから、慌てて口を閉じた。気をつけないと、色々と本音が漏れてしまいそうだ。
「そもそも?」
「いえ、なんでも……」
 濁して口を閉ざし続ければ、相手も深追いはしてこない。代わりに、諦めのような、覚悟のような、吐息を一つ。
「君の身に何が起きたかは知ってる」
「でしょうね」
「勝手に探ったことは、悪かったとは思ってるんだけど、あまりに突然だったから俺に原因がというよりは、君に何かが起きたんだと思ったし、そう思ったらどうしても知りたかった」
 ゴメンねと困ったみたいな苦笑は、どうやら自嘲しているらしい。きっと理由を言わずに一方的に切ったのは、あの事件を知られたくなかったからだと思っている。さっき謝られたのも、多分、これなんだろう。
「何が起きたか知って、だからそのことで、同じように君を想う俺を嫌悪したんだと、思った。でも、どうやら違うらしい」
 なんでもう会わないと関係を切られたのか、それを知りたいんだと彼は続けた。

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追いかけて追いかけて10

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 まさかこのまま強引に部屋に連れ戻す気かと思ったものの、さすがにそこまでの余力は相手にもないらしい。数歩下がった所で突き飛ばされて廊下に転がされた。
「う゛ぁ゛あ゛っ」
 埋められていた指も同時に引き抜かれたが、勢い良く擦られた痛みと衝撃に体が震える。とっさに、自分自身の体を守るように背を丸めて縮こまろうとするが、背後にしゃがみこんだ相手に羽交い締めされてそれも叶わない。
「ちょっとオイタが過ぎましたね」
 再度手で口を覆われて、耳元に相手の口が寄せられる。囁く様な声音はやはり笑い混じりで、気味の悪さにゾワリと肌が粟立った。
「あれ? 耳は感じる?」
 口は塞がれ悲鳴を上げれなかったし、嫌悪丸出しなはずのこちらの顔も見えていないだろうから、勘違いしたらしい。ふーんと言いながら更に口が寄せられて、舌で、歯で、唇で、晒した耳を嬲られた。
「ん゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛」
 嫌だ。嫌だ。気持ち悪い。
 こちらはただひたすら気持ち悪くてたまらない感触に呻くばかりなのに、ゾワリゾワリと怖気立つ肌を感じていると誤解している相手は、楽しげにしつこく耳を舐め弄ってくる。無遠慮に弄られたアナルを含んで、腰全体が鈍い痛みを訴え続けていたし、身を捩って暴れて抵抗するだけの気力と体力は尽きていた。
 さすがに心が折れて、このままこいつに犯されるんだと、悔しさと悲しさとを綯い交ぜた涙があふれて止まらない。そんな中、玄関扉がガタガタとひどい音を立てた。
 さすがの異変に相手が動きを止めたのと、玄関扉があっさり開いたのはほぼ同時だったと思う。そこには鬼の形相の同居人が立っていた。
 そこから先は嵐のようで、ふざけんなテメェの怒声とともに突っ込んできたルームメイトの友人に、背後の男はあっさりのされてボコボコだった。自分はと言えばその展開を呆然とみていただけで、後輩男を殴りまくる友人を止めたのは、結局駆けつけてきた警官だった。
 つまり誰でもいいから通報して欲しいという願いは届いていたわけだ。
 その後、後輩男が部屋に入れたのは友人の鍵を無断拝借して合鍵を作っていたからだってことや、繋がる前に後輩男に捕まり落としていた携帯は、落ちた後に友人と繋がり、それで慌てて駆けつけてくれた事などがわかったけれど、警察沙汰になってしまったのもあって、当然、親も大学も巻き込んでそれなりに揉めた。
 結論から言えば、後輩男とは示談した。後輩男をかなり手ひどく殴りつけた友人に、間違っても前科なんて付けたくなかったというのがやはり一番大きい。
 犯されてしまう前に助かったというのももちろんあるし、自力ではなく友人の功績だけれど、相当の痛手を負わせたというのもある。加えて、うちの教授も相手のゼミの教授も相当怒っていたし、残り少ないとはいえ、それでも卒業まで相当苦労するだろうことがわかっていたのも、それなりに大きいかもしれない。
 そんなこんなで揉めていたので、彼との約束はキャンセルした。ついでに、もう会いませんとも送って、相手の連絡先をブロックした。何があったかの詳細はもちろん知らせることが出来なかったので、相手はさぞ不審に思っただろうけれど、相手を納得させて離れて貰うにはどうすればいいかを考える余裕がなかった。
 その彼が研究室に顔を出したのは、事件から一月半ほど経過した頃だった。怒っているのか硬い雰囲気で入ってきた相手に身構えてしまえば、それに気づいた相手が困ったように笑ってゴメンねと言った。
 何がゴメンなのかさっぱりわからない。けれど、なんの謝罪ですかと問う前に、相手はアポは取ってあるからと教授のいる隣室へと消えてしまった。

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追いかけて追いかけて9

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 好きだって言ってくれたのに。触れるだけのキスはあんなにも気持ちが良かったのに。付き合ってって言ってくれたのに。
 選べなかった。選びたくなかった。彼の将来のために、そうした方がいいと思った。女も選べる男相手に、男の自分が与えられるものなんてたかが知れている。でも選びたかった。もっと触れて欲しかった。
「そんな男の名前呼んだって、無意味っすよ」
 フンと鼻で笑われて、どうやら無意識に彼の名を呼んでいたらしいと知る。
「それとも、名前呼んで、そいつに抱かれてるつもりにでもなってんですか」
「違うっっ」
「そうすよね」
「うぁっ、やめっ」
 クスクスと笑う声にすら苛立ちが募るのに、無遠慮にアナルを弄られる痛みと不快感に呻きながら、僅かに身をよじる事しか出来ない。
「今、先輩のケツ穴可愛がってんの、俺の指っすからね。そいつをどんなに好きだって、あんた抱くのは俺ですよ。抱いてもくれない男呼んでないで、呼ぶなら俺の名前呼んで下さいよ」
 再度名前を告げられ、ほら呼んでと促されるが、もちろん従うつもりはなかった。名前など絶対に呼んでやるものかと、キュッと唇を引き結ぶ。
「ねぇ、ほら、呼んでってば」
「んぐっ……ぅ……」
 意地悪くアナルに埋まった指を突き上げ揺すられて、引き結んだ唇からくぐもった音が漏れた。
「何が何でも呼ぶもんかって感じすか」
 やっぱりクスクスと笑われて、相手の余裕が本当に腹立たしい。悔しさにギュッと瞼に力を込めれば、また一つ、ボロリと涙がこぼれていった。
「案外強情というか、諦めが悪いというか、ホント……」
 呆れたような声音は一度そこで途切れ、後ろから回された腕に顎を捕らわれ、強引に顔を捻られる。
「ぅうっ……」
 強い視線に晒されて、嫌々ながらも瞼を上げて見返した相手は、ギラつく欲望を隠すこと無く下卑た笑いを浮かべていた。そのニヤけた口元が寄せられて、必死で頭を引こうとするものの、ガッチリと顎を掴んだ手に為す術がない。
「ははっ、泣いちゃってかーわい」
「ひっ……」
 涙を舐め取られ、頬をゾロリと這った舌の感触に怖気立って悲鳴を上げた。そんなこちらの態度すら相手は楽しいらしく、ニヤニヤクスクス笑っていて気味が悪い。
「いじめ甲斐があっていいっすね。もっと、泣かしたくなる」
「さいっ、てー、ぅぐっ」
 思わず相手を罵れば、開いた口の中に指先がねじ込まれた。口内の指に噛みつかれないようにするためか、顎を掴む力は緩むどころか、より一層強い力で両頬を挟みあげる。更には、口内の指に舌を押さえつけられ、喉が開くように首の角度を変えられた。
 その状態でアナルをグジュグジュとかき回されて捏ねられれば、噛み殺すことも飲み下すことも出来ないあられもない声が喉の奥から迸る。
「ぁあ、あああ、ゃあ゛あ゛」
 背後から伸し掛かるように押さえつけてくる相手と玄関扉に挟まれて、ほとんど身動きが出来ない上半身を必死で捩った。無駄ですよと嘲る声は聞こえていたが、無駄だからで抵抗しないなんて選択肢はない。
 背後の男に、このまま好き勝手突っ込まれるのなんて絶対に嫌だった。藻掻いて叫んで、辛うじて自由な手を目の前の扉に強く打ち付ける。近くにいる誰でもいい。異変を感じて通報なりしてくれれば、助かる可能性はまだ数パーセントくらい残されているかもしれない。
 しかしさすがに騒ぎ過ぎだと思われたのか、口の中に突っ込まれていた指が引き抜かれて、今度は口を覆うように塞がれてしまう。しかも玄関扉に押し付けられていた体も引き剥がされて、後ろへ引きずるように歩かれる。

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