生きる喜びおすそ分け9

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 ここぞって時の一回くらいなら、と言っていたから、ここぞっていうデート先があるのかと思ったら、数日後にどれがいいかと複数のプランが一覧になった画像が送られてきて驚いた。しかもどうやら、今までの会話の中で行ってみたいだとか食べてみたいだとかやってみたいだとか、話題に出した場所を並べてくれている。
 こっちが一方的に話してることも多かったし、会話の中身なんてスルーされてるとばかり思っていたから意外だったが、これは純粋に嬉しくもあった。覚えててくれたんだ、というだけで、今まで重ねてきたデートが報われたような気がしてしまう。
 一緒になってその画像を見ながら、君は興味の幅が広いからどうにも絞りきれないと言われたけれど、中には飛行機移動が必要になる地域の美味しいもの食べ歩き的な物も混ざっている。思わず一泊ですよねと聞いてしまったが、最低でも初日の昼と夜と翌日の朝と昼で4食は食べれると返されたから、大真面目に本気らしかった。
 デートっていうかもはやこれは接待なのでは、みたいなことがチラリと頭の片隅をかすめたけれど、多分その感覚は間違いじゃない。接待感覚で、こちらの好みに合わせて趣向を凝らしたプランを考えるよって事だとわかってしまって、そりゃあプライベートでまでやりたくないだろうなと思う。
 だって業務上慣れているってだけで、こういうプランをあれこれ考えるのが好きだなんて思えない。もちろん、恋人のためにあれこれ考えるのが楽しい、なんて感情がないだろうことも知っている。
 大半は恋人だからという義務感なんだろうと思うと、年に一回か二回くらいなら頑張れるという言葉にも頷けてしまう。ついでに言うなら、過去の恋人たちがそれを不満に思う気持ちもよく分かる。
 ついには、接待みたいなセックスをされたらどうしよう、なんて事まで考え始めてしまって苦笑するしか無い。接待みたいなセックスがどんなものかという、具体的なイメージがあるわけではないけれど、でもきっとこれも当たりなんだろうなと思う気持ちがある。奉仕的なことも行為だけなら苦じゃないよ、なんて言っていた人だから、恋愛感情での好きもあるとは言ってくれたけれど、愛されているだとか想われているだとかよりも、奉仕されてるって思ってしまうようなセックスをされるんだろう。多分。
 だってその片鱗を、すでに先日のラブホでも味わっている。別日に仕切り直すなら退室しましょうかって言ったのに、せっかく中まで洗ってきたなら少し練習させてと頼まれて、お尻の中を探られた。検索しまくったというのを証明でもするみたいに、これが前立腺かななんて言われながら、前立腺とペニスとを同時に弄られてあっさり射精してしまったけれど、あれは練習させての言葉通りの行為でしかなかった。
 唯一の救いは、ちゃんと勃ったよって、下着と部屋着の二重の布越しではあったけれど、股間の膨らみに触れさせて貰えたことだろうか。そのまま挿れてくれないかなと思いながら撫で擦ってしまえば、これ以上はダメだよとすぐに手を掴まれてしまったけれど。
 だからやけくそ気味に、一覧の中にあった温泉地を指定して、観光よりもいっぱいセックスがしたいと言ってやった。お預け食らってんだから期待してていいんですよねとも付け加えれば、思いの外真面目な顔で、もちろん善処はするよと返された。

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生きる喜びおすそ分け8

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「お、やっとこっち向いたな」
 目ぇ真っ赤と苦笑しながら伸びてきた手が、そろりと目元を撫でていく。
「俺に触られて、嫌じゃない?」
 黙って頷けば、そう、と苦笑を柔らかな笑みに変えて、目元を撫でてくれたのと同じ優しさで、さらさらと髪を梳くようにして何度も頭を撫でてくれる。なんだこれ。
「あの、……」
「うん、なに」
 黙ってされるがままで居るのも限界で、おずおずと声を掛ければ、やっぱり柔らかな声が続きを促す。
「ぐずぐず泣いて、ちっとも楽しいとこ見せれてないのに、俺と別れようとは思って、ない?」
「思ってないよ。少なくとも、俺から別れようって言う気はないね」
「楽しく生きてるとこ見せれないなら、期待はずれだから別れてって言う、って」
「確かに言ったし、生きてて良かった〜とか、このために生きてた! とか言いながら、君が幸せそうに笑ってる顔見ると、釣られて俺の人生もそう捨てたもんじゃない気になれていいってのは事実なんだけど、あー……」
 そこで一度、迷うように言葉を探した相手が、生きがいがない人生って気持ちの起伏が薄いって事でもあるんだよねと続けた。
「だからさ、これ、変な意味で受け取ってほしくないんだけど、さっきみたいに泣いてるのとかもさ、全く期待外れな反応ではないんだよね。人生謳歌してんなぁって風に思っちゃうというか、幸せって笑ってるほうが絶対にいいんだけど、泣いてたって俺からすればやっぱりキラキラして見えるんだよ」
 思いつめていきなりラブホという今日のこの選択すら、エネルギーが満ち溢れてて圧倒されると言った相手は、それから少し申し訳無さそうな顔をする。そして、泣くほど辛い想いを抱えさせた張本人が言っていいことじゃないってのはわかってるから、そこも含めて、今後このお付き合いをどうするかを考えて欲しいと言った。
「あの、俺が楽しく生きてるのを傍で見てたいらしい、ってのはまぁ、わかってるんですけど、その、俺のこと、どれくらい好きって思ってくれてますか?」
「それは恋愛感情で、って意味だよね?」
「はい」
 ガチで惚れてる? なんてことを聞かれて否定できなかったせいで、恋人って肩書だけじゃやっぱりもう無理なくらいには、自分の中の想いを自覚してしまっている。
「だって、俺が楽しく生きてるのを傍で見るだけなら、恋人じゃなくてもいいかなって、思うというか。恋人としてじゃなく、友人でも、別にまんま会社の上司と部下って形でも、デートじゃなくてただのお出かけ、すればいいじゃないですか」
 いくらでも付き合いますよと言えば、今思い当たったとでも言うみたいに、少し驚いた様子でなるほどと呟いている。
「あー……そうだな。抱かれたいって言われて、あれこれ調べて簡単にその気になれるくらいには、恋愛感情的に好きだと思ってる、つもりだけど」
「あれこれ、調べて……」
「うん。調べた。君がシャワーしてる間、男同士でどうすれば気持ちよくセックス出来るか、必死に検索かけてたよ」
 部屋に戻ったとき、いやに真剣な顔で携帯を眺めていたのはそのせいか。
「調べて、その気になれた?」
 聞けばやっぱりうんと頷いて、どこか照れくさそうに、今はもう性的対象として見れてるしちゃんと勃つと思うよと続けた。釣られたようにこちらまでなんだか照れくさい。
「あと、恋人って関係を解消して、新たにデートじゃなく一緒に出かける関係になったとするよね。そしたらいつか君に新しく恋人ができると思うんだけど、その惚気話を羨望なしに聞ける自信はさすがにないかな」
 一度言葉を区切った相手に、少しの間じっと見つめられてドキドキする。けれどこちらの期待に気づいたらしい相手は苦笑して、嫌なことを言うけどと前置くから、一気に緊張してしまう。
「もし、君がどうしても別れたいと言うなら、残念だとは思うけれど、君を手放して元の生活に戻るつもりだよ。デートじゃなく、一緒に出かける友人のような関係にはならないし、なれない」
「な、んで……」
「さっき言った通り、君の新しい恋を、一緒に楽しんだり純粋に応援してあげることが出来そうにないから」
 そのくらいには好きだけど、でも一般的な恋人関係で求められる愛情には全く足りてない自覚はあると言って、相手は気まずそうに苦笑を深くする。
「だからさ、次のデートで、判断して欲しいんだよね。俺が頑張ったところで全く足りないのか、どのくらいの頻度で頑張れば満足できそうか」
「頑張る、頻度」
「そう。まぁ、過去の経験的に、年に一回か二回くらいなら頑張れそうなんだけど、月イチでとか言われると、俺が持たないからゴメンって話になる、かもしれない。から、これ聞いて呆れ返ってもう嫌だって思うなら、まぁ、今すぐ振られても文句は言わずに大人しく身を引くよ」
 どうすると聞かれてズルいと言えば、とっくに知ってると思ってたけどと言いながら苦笑を柔らかな笑みに変えたから、ますますズルいなと思った。

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生きる喜びおすそ分け7

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 人生を楽しんいでるところを見せて欲しい、という理由で相手はこの関係を続けているのだから、泣き顔なんか見せちゃいけないのに。がっかりさせるし、絶対に鬱陶しいし、しかも泣いてる理由も酷い。酔った勢いで始めた遊びという認識をしている相手に、抱かれたいくらい本気で好きだってバレたせいで泣いてるだなんて、絶対ドン引き案件だろうと思う。
 ゴメンネの意味だって、泣いてしまった事への憐憫でゴメンなのか、無神経なことを聞いてゴメンなのか、こちらの想いに気づかなくてゴメンなのか、気持ちよけりゃいいって遊びなセックスならともかく本気で好きって言ってる男を抱くのはやっぱ無理だよのゴメンなのか、もうこんな関係は解消しようねのゴメンなのか、深読みしようと思えばいくらだって悲観材料になってしまって、泣いたらダメだと思うのに、ダメだと思うほどに涙はどんどん溢れていく。
 だってもう、どうにも取り繕う方法がわからない。期待はずれだったと振られてしまう未来しか見えない。
「あー、どうしよう。こんなに泣かせるとは思ってなかった」
 背後の彼がオロオロと惑う気配に、申し訳無さがこみ上げる。
「ごめ、なさっ」
 声を詰まらせ、何度もみっともなくしゃくりあげながら、なんとか言葉を絞り出す。
「いやいや、悪いの俺の方だから。というか、無神経な聞き方して、本当にゴメン。君の気持ち、全く気づいてなかったのも、ゴメンね。落ち着いたら、もう一度、ゆっくり話をしよう」
 優しい声音だったけれど、改めてじっくり話し合うのなんて怖いとしか感じなかった。だって別れ話になる予感しか無い。
「あ゛の、俺とするの、も゛っ、むり、ですか」
 色々バレてしまった上に泣いてしまったし、義務感からでさえ、抱くのは無理と思われているかも知れない。もう付き合えないと思っているなら、恋人だから応じる、という理由もなくなっているだろう。
「もう無理、とは思ってないけど、さすがに今すぐは……」
 戸惑いの色が濃い声で返されたけれど、はっきりと肯定されたわけではなかったから、なりふり構っていられなかった。
「話、より、してほしっ、です。せめて、チャレンジだけでも」
 もし勃つなら思い出を貰って終われるし、勃たなければ諦めもつけやすい。
「するのが嫌とかじゃないんだよ。でも、ここでわかったって言ってしちゃったら、君、俺のことふるでしょ? これ、恋人もうやめますって意味での、最後に一度だけってお誘いだろ?」
「きづい、てた、んですか」
「正しくは、途中で気づいた、だね」
「恋人、やめる前に、してもらえるなら、したい、です。一回だけでいい、から」
 縋るような気持ちでの訴えに、相手も迷ってはくれたようだけれど、それでも結局、わかったという了承は返らなかった。
「どうしても今日中に別れたい?」
「えっ?」
「俺としては、色々とお詫びも兼ねて、仕切り直しがしたい。できれば別の日に」
「え、でも、」
「何が何でも今日で最後、って強く思ってる?」
「いえ、そういうわけじゃ、」
「じゃあ仕切り直させて。俺からデートに誘わせて」
「えっ?」
「言葉通りだよ。次のデートプランは俺が立てる。宿を取るから、そこでしよう」
「な、なんで?」
 急展開すぎてわけがわからない。
「デートプラン考えるの、面倒で嫌いだから、俺みたいなのと恋人するのが楽なんじゃ?」
「得意ではないけど、ここぞって時の一回くらいなら頑張れるもんなの」
「えっと、最後くらいは頑張るから、いい思い出つくって別れようね、みたいな?」
「んー、それは多分、だいぶ違う。俺が君に提供できるものを、もっと本気だして見せるから、別れるの考え直してくれない? っていうお願いをさせてって話」
 更に予想外すぎる答えが返ってきて、思わず背後を振り向いて相手の顔を確認してしまう。

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生きる喜びおすそ分け6

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 嫌がることをする気はないから安心していいと言われて、バスローブに触れていた手がスッと放される。
「まずは少し落ち着こうか。で、落ち着いたら何をして欲しいか教えて」
「えっ……」
 上手く出来るかはともかくとして、して欲しいことをしてあげたいよ、という主張らしい。そんな事を言われたら、ますますどうすればいいかわからない。
 男に抱かれた経験は確かにあるが、あの時は誘われて頷いた側であって、自分から積極的に抱かれに行ったわけではなかった。その相手とは、それこそ体だけ気持ちよくして貰うようなセックスを何回かしたけれど、恋人という関係にはならずに今はもう疎遠になっている。
 男相手の経験はそれだけで、つまりはそこまで抱かれ慣れてなんかいない。ついでに言うなら、経験どころか知識もそう多くはない。だって憧れの上長相手に恋人だなんて関係になるまで、男相手のセックスにそこまで興味がなかった。
 気の合う相手であれば、誘われてあっさり抱かれてしまえる程度には男も有りだし、抱いてくれと言われた経験はないけれど、多分そっちも同じだと思う。ただ、恋愛もセックスも女性相手のほうが楽だし楽しいと思っているのも事実だ。
 正直今だって、男同士のセックス自体に興味があると言えるのかは少々怪しい。どちらかといえば、そういう誘いを掛けたらどうするんだろう、という相手に対する興味からの衝動という気がしている。
 恋人関係を解消する気でいたからこそ、最後にちょっと試してみただけというか、拒否される前提だったと言うか、まさかこんなトントン拍子に応じて貰えるなんて思ってなかった。
「もしかして、そこまで経験豊富ってわけでもなかったりする?」
 身を固くしたまま口を閉ざし続けるこちらに何かを察したらしい。疑問符が付いているものの、訝しむと言うよりは確信に満ちた断定に近く、声音はこちらを気遣ってくれているのか柔らかだった。
「あの、はい……」
「なんだ。てっきり、こういうの誘い慣れてるんだと思っちゃったよ」
「慣れてない、です」
「もう一度確認していいかな。男に抱かれたことがあるのは事実? それと、本当に俺と、したいって思ってる?」
「抱かれたことは、あります。あと、俺としてもいいって思ってくれるなら、してみたいのも、本当、です」
「それ、恋人なんだからセックスはするべきだ、みたいな義務感とか固定観念とかで言ってないよね?」
「恋人だからしたいならしてあげるって言ったの、そっちでしょ。義務感で抱いてくれるんですよね?」
「ああゴメン、そういう意味で聞いたわけじゃなくて。というか、男と付き合うことに慣れてて、恋人になったのにセックスがないのが不満だった、って話じゃなさそうだって思ってさ」
 もしかしたら凄く無神経で酷いことを聞くけど、なんて前置かれて胸がキュウと締め付けられる。これ以上聞きたくない。
「もしかして俺は君に、結構ガチに惚れられてたりするのかな?」
 ちょっと憧れてるだけの尊敬する先輩です、と明るく笑って返せたら良かったのに。グッと喉が詰まってしまって何も言えない。呼吸すらままならなくて、吐き出す息が震えているのがわかる。
 そんなこちらの様子に、相手が心底申し訳なさそうにゴメンネだなんて言うから、とうとう涙が溢れてしまった。

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生きる喜びおすそ分け5

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 シャワーを浴びて戻れば、先程と同じ場所で真剣に携帯を見つめていた相手が顔を上げてお帰りと言い、それから再度チラリと携帯に視線を落とし、もう一度顔を上げる。
「結構ゆっくりだったけど、もしかして、中洗うみたいなこと、してきた?」
 一度携帯に視線を落としたのは、どうやら時間を確認していたらしい。
「あー、まぁ、はい」
「それは男に抱かれた経験がある、って思ってて大丈夫?」
「……はい」
 一瞬ためらってしまったが、今更かと肯定を返した。
 それなりの回数デートを繰り返したが、過去の交際について聞かれたことがない。まぁこちらもどんな相手とどんな交際をしていたかなんて聞かなかったから、それを自分に興味が無いせいでと言い切るつもりはないけれど。ただ、聞いてくれていたら、いきなりラブホに連れ込む前に、さっきみたいな話し合いの時間が取れたかもと思うだけで。
「わかった。じゃあ俺もちょっとシャワー浴びてくるね」
 この状況で未経験だって方が驚きだろうとは思うが、相手はあっさりわかったと言い放って席を立ち、真っ直ぐに今自分が出てきたばかりのバスルームへ向かっていく。
 その背が見えなくなってから、テーブルの上に放置されたままの携帯に手を伸ばした。持ち上げしばし逡巡した後、結局黒い画面を見つめただけで元に戻してため息を一つ。何を見ていたのか覗いてみたい気持ちはあるが、どうせロックが掛けられているに決まっている。
 気持ちを切り替え、持ち込んだ荷物の中からローションボトルとコンドームの箱を取り出し、ベッドの上に放り投げた。乱雑な扱いにポフンと跳ねるそれらを見ながら、気持ちなんてそう簡単に切り替わらないよなと苦笑する。拒否られると思っていたのも大きいが、自分から抱いて欲しいと望んだくせに、気持ちよくなれれば満足だと言ったくせに、気持ちが酷くささくれだっている。
 相手はまだこの交際を続ける気で居て、自分の方こそやめる気になっていたけれど、ここを出る頃には相手も終わる気になっていそうだと思う。きっと楽しくて仕方がないなんて顔は見せられないし、そうしたら振られるのは自分の方だ。
 はぁあ、とまたしても溢れる盛大なため息に苦笑しながらベッドに上がって、転がしたゴムの箱とローションボトルを引き寄せる。彼が戻ってくるまでに、少しでも慣らして拡げておこうと思った。
 バスルームから戻ってくる相手の目の中にすぐに映るよう、足を広げて指を突っ込んだ局部を晒して待つような真似をしてみるか迷ったものの、そこまで自棄にならなくてもいいだろと自嘲して、なるべく何をしているかすぐにはわからないだろう位置と体位でそっと準備を開始する。
「お待たせ。ってどうしたの?」
 戻ってきた相手が訝しむ声に、ベッドの上で身を固くしてしまう。相手からは、横向きで丸くなった背中しか見えていないはずで、備え付けのバスローブの下、足の間に挟んだ手の指がアナルに埋まっているなんてまず思わないだろう。と思っていたのに。
「ああ、準備してるのか」
 近づいてくる気配と笑われたらしい気配に、ますます身を固くするしか無い。その気配はどんどんと近づいて、すぐにベッドマットが相手の体重を受け止め小さく揺れる。
「ずっと黙ったままだね。緊張してる?」
「はい……」
 すぐ背後に相手の気配を感じながら、どうにか声を絞り出す。
「いつもこの体勢で慣らすの? 自分で慣らすほうが安心? 俺は手を出さないほうがいい?」
「あ、いえ、あの」
「これ、捲ってもいい?」
「ま、だめっ、あのっ、あのっ」
 相手の手がバスローブの裾に触れたのがわかって、ビクッと体を跳ねてしまう。とっさにダメだと口に出したものの、何を言っていいのかわからなくて、気持ちばかり焦っていく。

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生きる喜びおすそ分け4

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 部屋の中を軽く見回した後、真っ直ぐにテーブルセットの椅子へ向かった相手が、はいじゃあ君もここ座ってと言って、正面に置かれた椅子を指しながらニコリと笑う。有無を言わさぬ雰囲気に逆らえない。
 まぁ元々、高確率で入館は出来ると思っていたけれど、ラブホに入れたからといって即そういう雰囲気になるとは全く思っていなかったし、取り敢えず入っただけで行為は拒否られる可能性のが高いと思っているし、この展開は想定内ではあるのだけれど。
「もしかして、怒ってます、か?」
 貼り付けたみたいな笑顔に、いくら張り合いがないからと言って、突然ラブホに誘導したのはやり過ぎだったかもと不安になって、椅子に腰を下ろしながら問いかける。
「別に怒ってはいないけど。でも話し合いは必要でしょ」
「恋人なら、そろそろこういうデートも有りかな、って思っただけです」
「君とのデート代をこっちが多めに負担する理由は前にも一度話したよね。一応言っておくけど、体目当てにお金出してたわけじゃないよ?」
「ええ、まぁ、それはわかってます。というか、別に俺の体に興味なんてないっすよね?」
「それをわかってて誘うってことは、君がしたくてって事でいいの?」
「あー、はい。そうです」
「したいのはどっち?」
「ど、っち?」
「抱く側と抱かれる側」
「逆に、どっちならヤらせて貰えるんですか?」
「男の子と付き合うのなんて君が初めてだし、恋人にはなったけどセックスまでする予定がなかったから、抱かれる側は正直かなり抵抗がある。かといって抱く側も、ちょっと勃つかどうか自信がない。君を性的対象として見たことがない」
「それはつまり、俺とは出来ないって言われてるんですよね?」
「どうしてもって言うなら試すくらいはしてもいいと思ってるよ。抱く側でも、抱かれる側でも。マグロどころか嫌悪感丸出しの相手とでも、楽しくて仕方がないって思いながら出来るってならね」
 マグロ宣言に加えて、嫌悪感丸出しになる予定まで突きつけられて、そんな状態の相手とでも楽しくセックスできる男が居たとしたら、頭のネジがぶっ飛んでるどころじゃないだろと思う。それくらいぶっ飛んでた方が、相手からすれば面白いのかもしれないけれど。
「いやぁ、さすがに俺も、嫌悪感丸出しの相手に何かしたいともされたいとも思いませんって。いくら俺でもそんな相手と楽しくセックスは無理っすね」
「まぁ、そりゃそうか。で、したいのはどっち?」
「は? いやだって、しないですよね?」
「性的対象として見てなかった。したいと思われてるとも思ってなかった。ってだけで、したいってなら、できるだけ前向きに検討はするよ。君が満足できる対応がしてあげられるかはちょっとわからないというか、まぁ多分無理かなって気もするけど」
「えと、なんで?」
「そりゃ一応今は君の恋人だから」
「義務感、すか?」
「そうだね。だから、義務感で応じられるセックスなんて嫌だ、って言うなら諦めた方がいいね。ただ君は男の子だし、気持ちよくなれれば満足、みたいに割り切れるならセックスも有りな恋人になっても大丈夫かも?」
「大丈夫って何がですか?」
「恋人続けられるかもって話」
 もう恋人やめるつもりなんですよ。と言ってしまうのを、どうにも躊躇ってしまった。
 こんなにも妙な、恋人ってなんだと問いたくなるような関係なのに、彼の方はまだちゃんと、続けたい気持ちがあるらしい。義務感からだろうと、完全に対象外だった男相手に、セックスまでする気だと言うのも驚きだ。
「もし、気持ちよくなれたら満足だから抱いて下さいって言ったら、俺が気持ちよくなるように抱いてくれんですか? そんな奉仕的なこと、するイメージ無いんですけど。さっきマグロでも良ければ試していいって言ってましたよね?」
「マグロでもいいからしたいって言われたら、それはそれで、君がどうするかちょっと見てみたかっただけ。で、奉仕的なことも、行為だけなら別に苦じゃないよ。難しいのは気持ちを捧げてくれって方向だね。セックスまでしようってんだからある程度の好意はちゃんとある、つもりなんだけど、される側からの評価は冷めてるとか一緒に楽しんでくれてないとかになるわけでさ」
 セックスもつまんない男なんだよと笑ってみせるから、逆に興味が湧いてしまう。
「さっき勃つかわからないとか言ってましたけど、もし俺でも勃つなら、抱かれてみたいです」
「さっきも言ったけど、男の子と付き合うの初めてで経験ないから、今すぐ気持ちよく抱いてあげるのは絶対に無理だし、君の体であれこれ実験しちゃうような部分もあると思うんだけど、それで良ければ」
 それでいいですと即答すれば、それならシャワーを浴びておいでと言われて立ち上がった。

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