理解できない33

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 なぜか、逃がす気ないから覚悟して付き合え、なんて言葉まで飛び出てきて驚く。朝食の席でそんな幻聴を聞いた記憶はあるし、その後の彼の様子からも逃がす気がない気持ちはなんとなく伝わっていたけれど、まさか本当にその言葉を聞くことになるなんて。
「わかったよ。で、言い訳って?」
 言われたとおりに再度覚悟を決めつつ促せば、じゃあ一つ目と言って、どう考えても手っ取り早いだろう方法を取らなかった理由を話し出す。
「お前が家に来る以前、お前の周りに居た大人たちは倫理観が狂ったヤバい奴らが多かったらしい。ってのは知ってるし、お前にもそう言ってきたし、お前自身自覚があるだろ?」
「そりゃあ」
「俺はそいつらの仲間入りをする気はないってことも、散々言ったよな」
「てことは、俺に好きになってって言うのは、倫理観が狂った大人がやることなの?」
 あっさりそうだよと返されたけれど、やっぱりよくわからない。
「お前はその狂った大人たちのせいで自分の常識、特に性愛、というかセックス関連に対する感覚がズレてる自覚もあるよな?」
「大人が子供に手を出すのは犯罪ってのは嫌ってくらい聞いたし、もうわかってるよ。わかってて、でも何度も誘ってたのは、別にいつか気まぐれに抱いてくれるかもなんて気持ちからじゃなくて」
「俺にその気がちゃんとあるのか、気持ちが変わってないか、試してたんだろ」
「あー……まぁ、そう」
 相手もそれをわかっているから、高校卒業したらと繰り返し言葉で伝えてくれていたのだとは思っていたが、気持ちを試す行為だったと指摘されるとなんだか気まずい。こちらは安心を貰うようなつもりだったけれど、何度も繰り返したあれらを、気持ちを疑われ試されていると感じていたんだとしたら、なんだか申し訳ない事をしていた気になる。なのに。
「まぁそれは今はどうでも良くて」
「どうでも良くて!?」
「あ、そこ引っ掛かんのか」
「いやだって……」
「いいよ。聞かせて。どうでもいいって流されたくないのはなんで?」
 知りたいよと促されて、なるほど、これはそういう話し合いだったと思い出す。会話中、何かに引っかかって反応したら、こうして追求されていくらしい。
 しどろもどろになりながら、申し訳ない気がしたことを説明すれば、優しい顔で聞いてくれていた相手が、ありがとうと言った。
「ありがとう?」
「俺がどう思うか、思っていたか、考えてくれてありがとう」
「ああ、そういう意味」
「以前のお前なら、俺がどう思うかとか感じるかとかは、それが俺の機嫌を損ねて、お前が望む展開が遠のかないかを心配する要素が強かったんだよ」
 自覚あるかわからないけどと言われて、言われてみれば確かにそういう感じだったと思う程度には、彼の言葉は当たっている。
「お前の要求を通すために機嫌をはかるんじゃなくて、ただただ俺の言葉から俺の気持ちを考えて、申し訳なかったなんて言葉がお前から出てくるの、すごく嬉しい」
 本当に嬉しそうに笑われて、その笑顔からなんだか目が離せない。照れくさくて、ホッとしてて、嬉しいのが、ふわふわに混ざり合うみたいな気持ちだった。
「こうやってお前の成長を目の当たりにすると尚更、お前が高校卒業前に、お前の誘惑やら自分の欲やらに負けなくて良かったって思うよ」
 そう言って笑みを深めた相手が、話を戻すけどと前置いて口を開く。
「好きになって欲しいと言ったら、張り切って俺への気持ちを育てるだろう事がわかっているからといって、お前の信頼を少なからず得ている保護者の立ち位置に居た俺が、自分に都合よく誘導して俺を好きになって貰うってのは、俺が、俺自身の欲に負けるのと同義だと思ってるし、真っ当な大人がやっていいことじゃないとも思ってる」
 ゆっくりと噛んで含めるように告げられる言葉に、こちらもじっと耳を傾けてしまう。
「ここまで、理解して貰えそう?」
 黙って頷けば、じゃあ続きと言って、諦めがついちゃう気持ちなのかについてだけどと、彼の言葉が穏やかな響きで続いていく。

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理解できない32

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 せっかく荒れる気持ちを押さえつけて飲み込んだというのに、それをわざわざ引きずり出して語ってやる理由としては弱い。なのに、やだよと言えばなんでと返されるし、言いたくないと言えばますます知っておきたい気持ちになると返ってきた。
 どうでも良くなった内容なら話せるはずだと諭されて、隠されれば隠されるほど、知られたらマズい何かを含んでいるのかと邪推することになるぞと脅されて、仕方なく口を開く。
「じゃあ言うけど、好きになってって言ったら好きになるのがわかってるなら、そっちの方が手っ取り早いのに、好きになってって言わずに好きになってくれるのを待つ理由がわからない。好きにならなかったら諦めがついちゃう程度の気持ちってことなの?」
「それは、」
「待って」
 まだ続きがあるからと言えば、わかったと先を促される。
「そもそも、好きになってとは言われなかったけど、それに似たようなことはされたし、それに誘導されて好きって気持ちを育てたいって考えた気もするから、して欲しくなかったらしいことをしちゃってるんだよね。だとすると、言われなくても好きになったら嬉しいって気持ちは、当てはまらないかも知れない。そう思ったら、誘導されて好きになろうとした事実は、隠したほうがいいような気はしたよね」
 邪推されるまでもなく、知られたらマズい何かは確か含んでいた。
「というわけで、ほら、やっぱ余計なこと知らないほうが良かったんじゃない?」
 これでもまだ嬉しいと言ってくれるのか。彼を好きだと思う気持ちを育てることを許容して、いつか育った気持ちを喜びと共に受け取ってくれるのか。それを挑発するように笑いながら問いかけてやれば、少し嫌そうに顔をしかめながらも、言葉だけは嬉しいよと返ってくる。
「ちっとも嬉しそうな顔じゃないんですけど」
「これはお前にそんな顔させてる自己嫌悪が顔に出てるだけ」
「なにそれ」
「言葉通りだって。不安にさせて悪かったよ。引っかかったのそれだけなら、言い訳聞いて」
「言い訳、あるんだ」
「あるよ。聞いてお前が納得するかはわからないけど」
「それさっきも言ってたね。聞いたら納得はすると思うよ。あなたらしいとは思う、って意味で。さっきのだって、そういう意味ではちゃんと納得は出来てる。納得はしても、もっと早く知りたかったのにって気持ちはなくならないし、卒業前に好きって気持ちが育ってれば、好きと返らない相手を抱かせることもなかったし、苦しいばっかりだなんて言われるセックス、させずに済んだのにと思うし、それが出来てたら、そのままセックス続けられる関係だったかもって考えちゃう、ってだけで」
 つらつらと重ねているのはこちらの不満でしか無いはずなのに、聞いていた彼の顔は少しずつ穏やかに解けていく。口を閉じればそうかと頷かれたけれど、声音も表情もだいぶ優しい。
「それなら尚更、お前もお前自身の気持ちを俺に話して、俺を納得させるべきなんだよ」
「どういう、意味?」
「俺のさっきの言い分に対するお前の不満だとか不安だとかは、今の話聞いて納得した。だから俺は今から、それを受け入れた上で、俺の話をお前にするよ。俺をもっと知って欲しいし、理解して欲しいし、納得を深めて欲しい、って気持ちでだ」
 もちろんお前をもっと知りたいし、理解したいし、納得を深めたいとも思っていると続けた相手は、これをそういう話し合いの場にしたいのだと言った。

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理解できない31

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 それって結局、誘導されたようなものじゃないのか。言われてないけど、言われたのと大差ない。そう思ってしまうから、言われずとも好きになるなら嬉しいという言葉を、受け入れられないのかも知れない。
 更に言うなら、もっと早く恋情を育てられていればきっと別の未来があったのだろう、という後悔に似た気持ちは、今も胸の奥に重く沈んでいる。
 そういう想いが色々と重なって、結果、好きになってと言いたくなかった理由にはそれなりに納得がいくのに、さっさと言って欲しかったのにと荒れる気持ちが抑えられないんだろう。多分。きっと。
 そんなこちらの疑問だったり不満だったりに、全部、納得がいく答えが返ってくるんだろうか。それは必要なことなんだろうか。
 今もまだ好きだと言ってくれたし、好きだと返して、その好きを彼が喜んでくれる好きに変えて差し出したいのだと言ったら嬉しいと笑ってくれて、それを嘘じゃないと言い張っているのだから、もうそれで良くないか。自分たちは両想いってことにして、彼がこの家に居ないのは寂しいと言って一緒に過ごす時間を貰って、もう一度抱いてもらえる機会を狙えばいいんじゃないのか。だってさっき、今からでも一緒に住みたいとか、もう一度抱いて欲しいとか、そういうお願い混じりの相談も、こちら次第で検討はすると言っていた。
 どうしたらまた一緒に住めるだろうとか、もう一度抱いてもらえるんだろうとか、こちら次第で検討するといったこちら次第ってのは、どんな状態や言葉を指しているんだろうとか、そんな事を考えだした頃、ようやく彼がお茶とお茶菓子を持って部屋に戻ってきた。
「遅い」
「てことは、考えまとまったのか?」
 そう言いながら、体を起こして空いたテーブルの上に降ろされたお盆の上には、近所と言うにはちょっと離れた場所にある、お気に入りの洋菓子店の、お気に入りのケーキが乗っていた。
「わ、凄い。え、まさか買いに行った?」
「まさか、買いに行ってきましたよ。お前に時間が必要だろうと思ったから。で、引っかかってた色々はどうなった?」
「んー……まぁ、まとまったというか、どうでも良くなったと言うか」
「は?」
 どうでも良くなった、なんて言われるとは思わなかったらしい。
「どうでも良くなったって、どういう方向で?」
「どういう方向?」
 少し焦った様子で問われたけれど、意味がわからない。
「お前が今日、俺に話した気持ちをなかったことにされたくない、って言ったろ」
「ああ、うん。それをなかったことには、してない。そういう全部投げ出しての、どうでも良くなった、じゃあないよ」
「なら、何がどうでも良くなったって?」
 あからさまにホッと安堵されて、これきっと期待していいんだよねと思う。一緒に住みたいとか、抱いて欲しいとか、今すぐ口に出して言ってみたい気持ちがわいてしまう。
 こちら次第で検討する、としか言われてないのだから、早まったらダメだとグッと気持ちを抑え込んだ。今返す言葉は、それじゃない。
「もっと早く、教えてくれればよかったのにって、恨む気持ち?」
「恨んでたのか。てかそれ、俺が言ったことが納得できたってことでいいのか?」
 あんな嫌そうな顔見せてたのにと言われて、納得できたわけじゃないけどと返す。
「でもなんか、納得しなきゃいけないことでもないような気がしてきたというか、好きになっていいなら、いつか俺に育つ気持ちをちゃんと喜んで受け取ってくれるなら、もうそれでいいかなって」
「あー……そういう方向」
「うんまぁ、そういう方向だね」
 そうか、と言って頷いたから、これから先のことを話すのかと思ったのに。
「で、お前が引っかかってることはなんだった?」
「は? それ聞くの?」
 だってそれはそれで知っておきたいだろと、平然と言い放つ相手のことを睨みつけた。

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理解できない30

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「好きになってくれって言ったら、好きになってくれるのがわかってたから、だよ。さっきお前自身、言ってたろ。礼として差し出すために、張り切って想いを育てたはずだって」
 そんなことはして欲しくなかったから言えなかったと言う相手の言い分そのものは、そこまでわからなくはない。納得がいかないどころか、やっぱりと思ってさえいる。
 だってちゃんとその解に辿り着いている。
 彼が求めているからと差し出す好きの言葉では不十分、という解にはすぐに辿り着いたし、彼が求めているからと育てる恋情を望まれていないことも、喜んでくれないことも、わかっていた。
 だからこそ、まさに今、彼の想いに応えたがって、彼への好意を恋情へと育てようとしている自分を、嬉しいなどと言って受け入れようとするのかが、わからない。理解できない。
「わかんないよ」
「やっぱ納得できないか」
「好きになってと言わなかった理由は、わかった。というか多分知ってた」
「知ってた?」
「だって、もう一度抱いてくれたら、抱かれながら好きって言えるよって言ったけど、そういう話じゃないって抱いてくれなかったでしょ。だから、好きって言ってって言われて好きって返すんじゃ嫌なんだろうってのは、わかってた。それと一緒で、好きになってって言われて好きになるのもダメって……あっ」
 そこまで言って、何かが閃いた。
「どうした?」
「えっと、もしかして、好きになってって言われてないのに好きになるなら、それは嬉しいって話?」
「まぁ、そうだな」
「えー……」
「不満そうだな」
 めちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめてしまった自覚はあったし、苦笑されるのも仕方がない。
「いやだって、さぁ……」
 わかったことが増えたのに、理解は出来たと思うのに、ちっともスッキリしていない。
「何が引っかかってる?」
「わかんない。なんか、色々」
「ゆっくりでいいよ。この際だから気になることは全部吐き出しちゃえよ」
「今? まだこれ続くの?」
「そう。続きはまた来週、なんて俺が待てない」
「なにそれ」
「言葉通りだよ。でも、ちょっと休憩入れようか」
 お茶いれてくるからテーブル出しといてと言い残し、さっさと部屋を出ていってしまう。言われたとおりに小さな折りたたみテーブルをいつもの位置に出しながら、長い一日になりそうだと諦めのため息を一つ吐き出した。
「引っかかってること……」
 お茶をいれてくると言って出ていったのは、一人で考える時間をくれたと思っていいんだろう。テーブルの上にだらしなく身を投げだして、というよりも、小さなテーブルを抱え込むように身を預けて、何が気になっているのかを考える。
 好きになってと言われて好きになるのはダメで、好きになってと言われずとも好きになるなら嬉しい、という彼の言い分を、彼らしいと思いはするが、そうなんだと素直に飲み込めはしかった。彼の中では大きな違いあるんだろう、とは思うが、自分自身の実感として、そこにそこまで大きな差があるように思えないからだろうか。
 結果として、好きな相手の中に好きという想いが育つなら同じに思えるどころか、好きになってと言って好きになって貰うほうが明らかに手っ取り早くて楽そうだ。なんでそんな回りくどいことをする必要があるのかわからなかった。
 それに、確かに好きになって欲しいと直接的に言われたことはないが、好きだと返らない相手を抱く気はないと突き放されたせいで、彼はこの体よりも彼を想う恋愛感情が欲しかったのかもしれないと認識した部分は確実にあると思う。

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理解できない29

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 溢れる気持ちは音にして口からも吐いていたから、泣いてしまった理由は相手にも伝わっている。ただ、投げやり気分が続いているからか、泣き顔を晒しても先ほどみたいな悔しさはないし、みっともないと恥じ入る気持ちさえもわかない。
 どうでもいいし、どう思われてもいいし、どうしたいのかもわからなくて、気持ちが揺れるに任せて涙を流す。
 そんな中、目の前の相手が随分と困り果てた顔をしていることに気づいて、申し訳ないと思うより先にふふっと笑いが漏れてしまった。だから困るよって、言ったのに。
 先程も使ったティッシュの箱から数枚引き抜いて涙を拭い、息を整えてから口を開いた。
「俺の勝ち」
 頑張って作った笑顔は口の端が少し震えたけれど、吐き出す声は震えなかった。
「は?」
「困らせてみろって、言ってたじゃん」
「勝負はしてないだろ」
「でも俺の勝ち」
 言い張れば、はぁとため息を吐いてから、いいよそれでと認めてしまう。してない勝負の勝敗なんてどうでもいいって感じだったが、負けを認めるなら、これ以上は踏み込まないで欲しいと心底思う。
「じゃあ、もう、いいよね」
「いいって何が?」
「敗者はおとなしく帰ってって言ってるだけ」
「帰るわけないだろ」
「なんで?」
 そう簡単に帰ってくれるわけがないのはわかっていたから、努めて冷静に、短な言葉で問い返す。付け入る隙はないのだと、少しでも思わせたかった。
「なんで、って、ここで放り出して帰ったら、お前、俺が出てって寂しいだとか、俺を好きって言ったこと、全部なかったことにしそうだし」
「ダメなの?」
「ダメっていうか、嫌なの。何度だって言うけど、俺はお前が俺に対してそういう気持ちを抱いてくれたことを嬉しいって思ってるから、なかったことにされたくないよ」
「でも俺、嬉しいって言われるたび、嬉しいならなんでもっと早く教えてくれなかったのかって責めるし、泣くし、困らせ続けると思うんだけど」
 彼はいいよって言うのかも知れないけれど、そんなのは自分が嫌だった。
 本当は、相手の気持ちなんて知ったこっちゃないと、言えたなら良かったのだけれど。なるべく短な言葉で、付け入る隙を見せないようにと思っているのに、なかなか上手くは運ばない。
「それだけどさ、言い訳というか、俺の言い分、聞く気ない?」
「言い分?」
「言った所でお前が納得するかはかなり微妙な話だけどな。ただ、俺を好きになってくれたら嬉しいよって、高校生のお前相手に言えなかった事情くらいは知ってて欲しいんだけど」
「言えなかった事情……って、高校生は子供だから、みたいな話?」
「それに近い話ではあるかな」
 高校生は子供だからエッチなことはしないし出来ないと言われ続けた日々を思い出して、正直、あまり聞きたくないなと思う。だってきっと、彼の言葉はどうせまたいつも通り正しくて、納得できないと喚いた所で、相手の強い意志を前に諦め折れるしかないのだ。
「いいよ。話して」
 それでも頷き促した。これ以上踏み込まないでと思っているのに、結局こうして許してしまう。
 もともと疑問に思っていたことでもあったし、聞いたら彼が言う嬉しいの言葉をもっと信じられるかも知れないし、なぜもっと早く教えてくれなかったと責めて困らせずに済むように、なれるならばなりたかった。

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理解できない28

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「嬉しいよ」
 耳に届く声は甘やかで優しい。演技には思えなかったし、そこまで器用だとも思っていないし、つまりきっと、本心からの言葉と笑顔なんだろう。そうわかっているのに、心のどこかが嘘だと思っている。嬉しいはずがないと思っている。
「嘘つき」
 ほろりと口から零してしまった本音に、相手は肩を竦めながら、言われると思ったと言って苦笑した。
「で、どうしたら嘘じゃないって信じられる?」
「嘘だって認めるわけじゃないんだ?」
「認めないよ。だって嘘じゃないし」
 嬉しいよと繰り返す声も顔もやっぱり優しいから、ぐらぐらと頭が揺すられる気がする。信じたくて、でも信じるのは怖くて、そんなはずないと否定する自身の声が頭の中に響いた。
「でも、俺が望む通りの反応をしてくれてるだけ、でしょ」
「そう思われたくないから絶対とは言わない、って予防線を張った。ってとこまで全部晒してあげたのにそれ言う?」
「だって好きになりたいなんて言われて、困らないはずないから」
「それってどこ情報よ」
 好かれて困るなんて言ったことは絶対にないと言い切って、なのになぜ、困るはずだと確信しているのかを問われる。
「誰かに何か言われた?」
「言われてない」
「好かれて困るなんて絶対言ってないとは言ったけど、そう誤解するような何かを俺が言った?」
「言われては、ない」
「じゃあ言葉じゃなくて態度か」
 どんな態度からそう思った、と少しずつ踏み込んでこようとする相手に、違うそうじゃないと首を振って否定した。
「困るとは言われてないよ。けど、好きになれとも、なって欲しいとも、言われてない」
「そりゃ言えないだろ。っていうか、それで……あぁ……」
 直接困るとは言われなくても、好きだと思いながらもその相手に想いを請わなかったのは、好かれたら困るせいだろう。そんなこちらの推測混じりの理由で、どうやら納得できたらしい。
 相手の勢いが目に見えて萎んだ。酷く気落ちした様子で項垂れて、頭が痛むのか額に手を押し当てている。
 ほら、信じなくて良かった。そんな相手の姿を見ながら、自分は正しかったと安堵しているはずなのに、胸の中は重く淀んだままで苦しい。
 もやもやとした気持ちを抱え、それをどうすることも出来ないままぼんやりと見つめ続ける先で、相手がやがて大きく息を吐く。俯いていた頭を上げて、こちらを真っ直ぐに見つめる顔は真剣だった。
「誤解させたのは、謝る」
「誤解?」
 相手は真剣なのに、対するこちらはぼんやりとしたままだった。だいぶ投げやりな気持ちで、もうどうでも良かった、が正しい気もする。
「好かれたら困ると、思わせてたことだよ」
「まだ、誤解だって、言うんだ」
「そりゃ言うよ。お前が俺を好きだって言ってくれるのは、困るどころか嬉しいんだから」
「なんでそんな事言うの」
「事実だからだ」
「じゃなくて。なんで今さらそんなこと言うの、って事だよ」
 もっと早く知りたかった。抱かれる前に好きになっていたかった。礼として差し出せるものは、彼が唯一はっきりと求めてきたハグ以外では、この体くらいしかないと思っていたのだ。嬉しいなんて言われたら、張り切って彼への想いを育てたはずだ。そうして育てた好きを、彼に抱かれながら、差し出すことが出来たかも知れない。
 それが出来ていたら、好きだと返らない相手を抱かせずに済んだのに。苦しいばかりだったなんて言われるセックスを、彼にさせずに済んだのに。
 そんな気持ちがどうしようもなく溢れて、涙になってこぼれ落ちていった。

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