生きる喜びおすそ分け7

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 人生を楽しんいでるところを見せて欲しい、という理由で相手はこの関係を続けているのだから、泣き顔なんか見せちゃいけないのに。がっかりさせるし、絶対に鬱陶しいし、しかも泣いてる理由も酷い。酔った勢いで始めた遊びという認識をしている相手に、抱かれたいくらい本気で好きだってバレたせいで泣いてるだなんて、絶対ドン引き案件だろうと思う。
 ゴメンネの意味だって、泣いてしまった事への憐憫でゴメンなのか、無神経なことを聞いてゴメンなのか、こちらの想いに気づかなくてゴメンなのか、気持ちよけりゃいいって遊びなセックスならともかく本気で好きって言ってる男を抱くのはやっぱ無理だよのゴメンなのか、もうこんな関係は解消しようねのゴメンなのか、深読みしようと思えばいくらだって悲観材料になってしまって、泣いたらダメだと思うのに、ダメだと思うほどに涙はどんどん溢れていく。
 だってもう、どうにも取り繕う方法がわからない。期待はずれだったと振られてしまう未来しか見えない。
「あー、どうしよう。こんなに泣かせるとは思ってなかった」
 背後の彼がオロオロと惑う気配に、申し訳無さがこみ上げる。
「ごめ、なさっ」
 声を詰まらせ、何度もみっともなくしゃくりあげながら、なんとか言葉を絞り出す。
「いやいや、悪いの俺の方だから。というか、無神経な聞き方して、本当にゴメン。君の気持ち、全く気づいてなかったのも、ゴメンね。落ち着いたら、もう一度、ゆっくり話をしよう」
 優しい声音だったけれど、改めてじっくり話し合うのなんて怖いとしか感じなかった。だって別れ話になる予感しか無い。
「あ゛の、俺とするの、も゛っ、むり、ですか」
 色々バレてしまった上に泣いてしまったし、義務感からでさえ、抱くのは無理と思われているかも知れない。もう付き合えないと思っているなら、恋人だから応じる、という理由もなくなっているだろう。
「もう無理、とは思ってないけど、さすがに今すぐは……」
 戸惑いの色が濃い声で返されたけれど、はっきりと肯定されたわけではなかったから、なりふり構っていられなかった。
「話、より、してほしっ、です。せめて、チャレンジだけでも」
 もし勃つなら思い出を貰って終われるし、勃たなければ諦めもつけやすい。
「するのが嫌とかじゃないんだよ。でも、ここでわかったって言ってしちゃったら、君、俺のことふるでしょ? これ、恋人もうやめますって意味での、最後に一度だけってお誘いだろ?」
「きづい、てた、んですか」
「正しくは、途中で気づいた、だね」
「恋人、やめる前に、してもらえるなら、したい、です。一回だけでいい、から」
 縋るような気持ちでの訴えに、相手も迷ってはくれたようだけれど、それでも結局、わかったという了承は返らなかった。
「どうしても今日中に別れたい?」
「えっ?」
「俺としては、色々とお詫びも兼ねて、仕切り直しがしたい。できれば別の日に」
「え、でも、」
「何が何でも今日で最後、って強く思ってる?」
「いえ、そういうわけじゃ、」
「じゃあ仕切り直させて。俺からデートに誘わせて」
「えっ?」
「言葉通りだよ。次のデートプランは俺が立てる。宿を取るから、そこでしよう」
「な、なんで?」
 急展開すぎてわけがわからない。
「デートプラン考えるの、面倒で嫌いだから、俺みたいなのと恋人するのが楽なんじゃ?」
「得意ではないけど、ここぞって時の一回くらいなら頑張れるもんなの」
「えっと、最後くらいは頑張るから、いい思い出つくって別れようね、みたいな?」
「んー、それは多分、だいぶ違う。俺が君に提供できるものを、もっと本気だして見せるから、別れるの考え直してくれない? っていうお願いをさせてって話」
 更に予想外すぎる答えが返ってきて、思わず背後を振り向いて相手の顔を確認してしまう。

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生きる喜びおすそ分け6

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 嫌がることをする気はないから安心していいと言われて、バスローブに触れていた手がスッと放される。
「まずは少し落ち着こうか。で、落ち着いたら何をして欲しいか教えて」
「えっ……」
 上手く出来るかはともかくとして、して欲しいことをしてあげたいよ、という主張らしい。そんな事を言われたら、ますますどうすればいいかわからない。
 男に抱かれた経験は確かにあるが、あの時は誘われて頷いた側であって、自分から積極的に抱かれに行ったわけではなかった。その相手とは、それこそ体だけ気持ちよくして貰うようなセックスを何回かしたけれど、恋人という関係にはならずに今はもう疎遠になっている。
 男相手の経験はそれだけで、つまりはそこまで抱かれ慣れてなんかいない。ついでに言うなら、経験どころか知識もそう多くはない。だって憧れの上長相手に恋人だなんて関係になるまで、男相手のセックスにそこまで興味がなかった。
 気の合う相手であれば、誘われてあっさり抱かれてしまえる程度には男も有りだし、抱いてくれと言われた経験はないけれど、多分そっちも同じだと思う。ただ、恋愛もセックスも女性相手のほうが楽だし楽しいと思っているのも事実だ。
 正直今だって、男同士のセックス自体に興味があると言えるのかは少々怪しい。どちらかといえば、そういう誘いを掛けたらどうするんだろう、という相手に対する興味からの衝動という気がしている。
 恋人関係を解消する気でいたからこそ、最後にちょっと試してみただけというか、拒否される前提だったと言うか、まさかこんなトントン拍子に応じて貰えるなんて思ってなかった。
「もしかして、そこまで経験豊富ってわけでもなかったりする?」
 身を固くしたまま口を閉ざし続けるこちらに何かを察したらしい。疑問符が付いているものの、訝しむと言うよりは確信に満ちた断定に近く、声音はこちらを気遣ってくれているのか柔らかだった。
「あの、はい……」
「なんだ。てっきり、こういうの誘い慣れてるんだと思っちゃったよ」
「慣れてない、です」
「もう一度確認していいかな。男に抱かれたことがあるのは事実? それと、本当に俺と、したいって思ってる?」
「抱かれたことは、あります。あと、俺としてもいいって思ってくれるなら、してみたいのも、本当、です」
「それ、恋人なんだからセックスはするべきだ、みたいな義務感とか固定観念とかで言ってないよね?」
「恋人だからしたいならしてあげるって言ったの、そっちでしょ。義務感で抱いてくれるんですよね?」
「ああゴメン、そういう意味で聞いたわけじゃなくて。というか、男と付き合うことに慣れてて、恋人になったのにセックスがないのが不満だった、って話じゃなさそうだって思ってさ」
 もしかしたら凄く無神経で酷いことを聞くけど、なんて前置かれて胸がキュウと締め付けられる。これ以上聞きたくない。
「もしかして俺は君に、結構ガチに惚れられてたりするのかな?」
 ちょっと憧れてるだけの尊敬する先輩です、と明るく笑って返せたら良かったのに。グッと喉が詰まってしまって何も言えない。呼吸すらままならなくて、吐き出す息が震えているのがわかる。
 そんなこちらの様子に、相手が心底申し訳なさそうにゴメンネだなんて言うから、とうとう涙が溢れてしまった。

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生きる喜びおすそ分け5

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 シャワーを浴びて戻れば、先程と同じ場所で真剣に携帯を見つめていた相手が顔を上げてお帰りと言い、それから再度チラリと携帯に視線を落とし、もう一度顔を上げる。
「結構ゆっくりだったけど、もしかして、中洗うみたいなこと、してきた?」
 一度携帯に視線を落としたのは、どうやら時間を確認していたらしい。
「あー、まぁ、はい」
「それは男に抱かれた経験がある、って思ってて大丈夫?」
「……はい」
 一瞬ためらってしまったが、今更かと肯定を返した。
 それなりの回数デートを繰り返したが、過去の交際について聞かれたことがない。まぁこちらもどんな相手とどんな交際をしていたかなんて聞かなかったから、それを自分に興味が無いせいでと言い切るつもりはないけれど。ただ、聞いてくれていたら、いきなりラブホに連れ込む前に、さっきみたいな話し合いの時間が取れたかもと思うだけで。
「わかった。じゃあ俺もちょっとシャワー浴びてくるね」
 この状況で未経験だって方が驚きだろうとは思うが、相手はあっさりわかったと言い放って席を立ち、真っ直ぐに今自分が出てきたばかりのバスルームへ向かっていく。
 その背が見えなくなってから、テーブルの上に放置されたままの携帯に手を伸ばした。持ち上げしばし逡巡した後、結局黒い画面を見つめただけで元に戻してため息を一つ。何を見ていたのか覗いてみたい気持ちはあるが、どうせロックが掛けられているに決まっている。
 気持ちを切り替え、持ち込んだ荷物の中からローションボトルとコンドームの箱を取り出し、ベッドの上に放り投げた。乱雑な扱いにポフンと跳ねるそれらを見ながら、気持ちなんてそう簡単に切り替わらないよなと苦笑する。拒否られると思っていたのも大きいが、自分から抱いて欲しいと望んだくせに、気持ちよくなれれば満足だと言ったくせに、気持ちが酷くささくれだっている。
 相手はまだこの交際を続ける気で居て、自分の方こそやめる気になっていたけれど、ここを出る頃には相手も終わる気になっていそうだと思う。きっと楽しくて仕方がないなんて顔は見せられないし、そうしたら振られるのは自分の方だ。
 はぁあ、とまたしても溢れる盛大なため息に苦笑しながらベッドに上がって、転がしたゴムの箱とローションボトルを引き寄せる。彼が戻ってくるまでに、少しでも慣らして拡げておこうと思った。
 バスルームから戻ってくる相手の目の中にすぐに映るよう、足を広げて指を突っ込んだ局部を晒して待つような真似をしてみるか迷ったものの、そこまで自棄にならなくてもいいだろと自嘲して、なるべく何をしているかすぐにはわからないだろう位置と体位でそっと準備を開始する。
「お待たせ。ってどうしたの?」
 戻ってきた相手が訝しむ声に、ベッドの上で身を固くしてしまう。相手からは、横向きで丸くなった背中しか見えていないはずで、備え付けのバスローブの下、足の間に挟んだ手の指がアナルに埋まっているなんてまず思わないだろう。と思っていたのに。
「ああ、準備してるのか」
 近づいてくる気配と笑われたらしい気配に、ますます身を固くするしか無い。その気配はどんどんと近づいて、すぐにベッドマットが相手の体重を受け止め小さく揺れる。
「ずっと黙ったままだね。緊張してる?」
「はい……」
 すぐ背後に相手の気配を感じながら、どうにか声を絞り出す。
「いつもこの体勢で慣らすの? 自分で慣らすほうが安心? 俺は手を出さないほうがいい?」
「あ、いえ、あの」
「これ、捲ってもいい?」
「ま、だめっ、あのっ、あのっ」
 相手の手がバスローブの裾に触れたのがわかって、ビクッと体を跳ねてしまう。とっさにダメだと口に出したものの、何を言っていいのかわからなくて、気持ちばかり焦っていく。

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生きる喜びおすそ分け4

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 部屋の中を軽く見回した後、真っ直ぐにテーブルセットの椅子へ向かった相手が、はいじゃあ君もここ座ってと言って、正面に置かれた椅子を指しながらニコリと笑う。有無を言わさぬ雰囲気に逆らえない。
 まぁ元々、高確率で入館は出来ると思っていたけれど、ラブホに入れたからといって即そういう雰囲気になるとは全く思っていなかったし、取り敢えず入っただけで行為は拒否られる可能性のが高いと思っているし、この展開は想定内ではあるのだけれど。
「もしかして、怒ってます、か?」
 貼り付けたみたいな笑顔に、いくら張り合いがないからと言って、突然ラブホに誘導したのはやり過ぎだったかもと不安になって、椅子に腰を下ろしながら問いかける。
「別に怒ってはいないけど。でも話し合いは必要でしょ」
「恋人なら、そろそろこういうデートも有りかな、って思っただけです」
「君とのデート代をこっちが多めに負担する理由は前にも一度話したよね。一応言っておくけど、体目当てにお金出してたわけじゃないよ?」
「ええ、まぁ、それはわかってます。というか、別に俺の体に興味なんてないっすよね?」
「それをわかってて誘うってことは、君がしたくてって事でいいの?」
「あー、はい。そうです」
「したいのはどっち?」
「ど、っち?」
「抱く側と抱かれる側」
「逆に、どっちならヤらせて貰えるんですか?」
「男の子と付き合うのなんて君が初めてだし、恋人にはなったけどセックスまでする予定がなかったから、抱かれる側は正直かなり抵抗がある。かといって抱く側も、ちょっと勃つかどうか自信がない。君を性的対象として見たことがない」
「それはつまり、俺とは出来ないって言われてるんですよね?」
「どうしてもって言うなら試すくらいはしてもいいと思ってるよ。抱く側でも、抱かれる側でも。マグロどころか嫌悪感丸出しの相手とでも、楽しくて仕方がないって思いながら出来るってならね」
 マグロ宣言に加えて、嫌悪感丸出しになる予定まで突きつけられて、そんな状態の相手とでも楽しくセックスできる男が居たとしたら、頭のネジがぶっ飛んでるどころじゃないだろと思う。それくらいぶっ飛んでた方が、相手からすれば面白いのかもしれないけれど。
「いやぁ、さすがに俺も、嫌悪感丸出しの相手に何かしたいともされたいとも思いませんって。いくら俺でもそんな相手と楽しくセックスは無理っすね」
「まぁ、そりゃそうか。で、したいのはどっち?」
「は? いやだって、しないですよね?」
「性的対象として見てなかった。したいと思われてるとも思ってなかった。ってだけで、したいってなら、できるだけ前向きに検討はするよ。君が満足できる対応がしてあげられるかはちょっとわからないというか、まぁ多分無理かなって気もするけど」
「えと、なんで?」
「そりゃ一応今は君の恋人だから」
「義務感、すか?」
「そうだね。だから、義務感で応じられるセックスなんて嫌だ、って言うなら諦めた方がいいね。ただ君は男の子だし、気持ちよくなれれば満足、みたいに割り切れるならセックスも有りな恋人になっても大丈夫かも?」
「大丈夫って何がですか?」
「恋人続けられるかもって話」
 もう恋人やめるつもりなんですよ。と言ってしまうのを、どうにも躊躇ってしまった。
 こんなにも妙な、恋人ってなんだと問いたくなるような関係なのに、彼の方はまだちゃんと、続けたい気持ちがあるらしい。義務感からだろうと、完全に対象外だった男相手に、セックスまでする気だと言うのも驚きだ。
「もし、気持ちよくなれたら満足だから抱いて下さいって言ったら、俺が気持ちよくなるように抱いてくれんですか? そんな奉仕的なこと、するイメージ無いんですけど。さっきマグロでも良ければ試していいって言ってましたよね?」
「マグロでもいいからしたいって言われたら、それはそれで、君がどうするかちょっと見てみたかっただけ。で、奉仕的なことも、行為だけなら別に苦じゃないよ。難しいのは気持ちを捧げてくれって方向だね。セックスまでしようってんだからある程度の好意はちゃんとある、つもりなんだけど、される側からの評価は冷めてるとか一緒に楽しんでくれてないとかになるわけでさ」
 セックスもつまんない男なんだよと笑ってみせるから、逆に興味が湧いてしまう。
「さっき勃つかわからないとか言ってましたけど、もし俺でも勃つなら、抱かれてみたいです」
「さっきも言ったけど、男の子と付き合うの初めてで経験ないから、今すぐ気持ちよく抱いてあげるのは絶対に無理だし、君の体であれこれ実験しちゃうような部分もあると思うんだけど、それで良ければ」
 それでいいですと即答すれば、それならシャワーを浴びておいでと言われて立ち上がった。

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生きる喜びおすそ分け3

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 デートである以上、相手と楽しむという部分をまるっきり無視した、自分ひとりが楽しければいいプランを立てるのはどうなんだ、という思いはあったものの、それが相手の要望だ。しかも相手の機嫌やらを窺い、上手くいかないと落胆する姿をこれ以上見せたら終わりにすると言われているような状態であれば、相手を楽しませようという気持ちは一旦脇に置くしか無い。
 そうして組んだデートは、ほんの少しの後ろめたさを残したけれど、相手にとってはそれまでのデートに比べたら格段に満足が行くものだったらしい。この方向でよろしくと言われて、そこから数ヶ月、ひたすら自分が楽しいことへ重点を置いたデートをした。いやもうこれはデートじゃないだろと思いながらも、行ってみたかった場所やら試してみたかった事に色々とチャレンジした。
 なんせ相手は上長で、自分よりずっと給料を貰っていて、年だってそれなりに上で、つまりは金払いがめちゃくちゃ良い。そもそも相手は、デート中の支払いは全額負担しても良い、という気持ちでいるらしい。太っ腹にも程がある。
 双方の懐具合を全く考慮せずに、興味と好奇心だけで手を出し得られる経験は、間違いなく貴重なものだった。ただそれを、純粋に有り難いと思うことも、この機会にたかれるだけたかってやれと思うことも難しい。
 年の差があったって今どきのカップルは割り勘も多いらしいですよと言って見たことはあるが、交際というのは自分たち含めて外からは見えない色々な事情があるものだろと諭されて終わった。もっと言うなら、立場や給料や年齢やらの差と、酔ったノリと勢いで始めた遊びでしかない交際を考えれば、相手が費用を持つのが妥当、という考えを改めて聞かされただけだった。
 休日にまで一緒にあちこち出掛けられるだけで嬉しいだとか、楽しいだとか、だから自分だってそこに金銭を支払う価値があるんだとか、胸を張って言い返せなかったのが敗因だ。棚ぼた的に手に入れた関係ではあるが、憧れの人が自分のために時間を割いてくれている、という認識は確かにあるのに。でもお金を払ってまで続けたい関係かと言われると、さすがに頷くことが出来なかった。
 あの日、観察を趣味にするよりかは恋人でもやったほうがまだ多少は刺激的かも知れない、と言ったあの人の言葉を何度も思い出している。そして毎回、結局のところ恋人という距離感で観察されているだけなんだろうな、という結論に至ってしまう。
 恋人だなんて言ったって、双方間違いなくデートという認識で何度も出かけているにも関わらず、手一つ繋いだこともない。結局この関係ってなんなんだろう、という想いが頻繁に湧くから、きっとそろそろ潮時なんだろう。
「え、ちょ、待って。え、まさかここに入るの?」
 休憩料金と宿泊料金がガッツリ書かれた看板前で相手が戸惑いの声を上げた。ここまでやれば、ちゃんとこういう反応もするんだなと、妙に冷めた気持ちで思う。
「はい。値段そこそこですけど、いろんなサイトで評価高かったんで気になって。あ、男同士での利用もオッケーって確認取ってますから安心して下さい」
 楽しみで仕方がないと装いながら、思いっきり笑って見せれば、相手は面食らった様子で更に戸惑いを増している。
「いや、そういう話じゃ……」
「無理に、とは言いませんけど。ムチャ振りしてる自覚はあるんで」
「確かに急すぎてちょっと気持ちが追いついてないんだけど、あーでもまぁ、ここで入るかどうかを言い争うのもねぇ」
 戸惑いを苦笑で塗りつぶして、相手が良いよ入ろうと決断するまではあっという間だった。

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生きる喜びおすそ分け2

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 付き合ってもつまらない男、の意味は割とすぐにわかった。つまらないというか、張り合いがない。
 デートなんてのは中身そのものよりも一緒の時間を楽しむものだという認識だけれど、どこに連れて行っても何を食べさせても反応にそう大きな差がない。もちろん、自分と過ごす時間を楽しんで貰っている実感もない。
 処世術的な感じでそつなく対応してくれるから、そうそう不快にはならないのだけれど、でもデートを重ねるほどに相手との熱量の差を感じていく。つまらないと言ってふりたくなる気持ちがわかる程度には、自分ばかりが相手に興味を寄せている事実を突きつけられる。
「そろそろ終わりにする?」
 それを言われたのは、そこそこお気に入りの店で、本日のおすすめを口にした少し後の事だった。美味しいとは思うよといういつも通りの反応を貰って、ぼんやりと、手強いなぁと思っていた。目の前に座る男が、生きてて良かったって思えるような美味しいものや楽しいものに出会わせたいのに。
 自分が良いと思うものをアレコレ紹介しているが、どれも反応が薄くて若干挫けかけてもいたから、期待はずれだったと言われるのも納得ではあるのだけれど。
「やっぱ、つまんないですよね。すみません。あんな大見得きっといて、ちっとも楽しませてあげられなくて」
「いや別にそこはいいんだけど。そっちこそつまんないだろうと思って」
 つまんない男だって振っていいよと苦笑されて、ああなるほど、と思う。この人の、つまらない男だと振られてきたって話は嘘らしい。
 つまらないってふりたくなる気持ちがわかるくらいには、事実つまらない交際ではあるから、全部が全部嘘ってこともないだろうけれど。でもこうやって振らせてきたんだろうなと思ってしまった。
「ズルい人ですね。俺に飽きたなら、飽きたから別れてくれって言うべきだと思いますよ」
 思わず睨みつけてしまえば、相手は驚いた様子で目を瞠り、それからおかしそうに口元へ手を当てて、どうやら笑いを噛み殺している。
「何笑ってんですか。俺、そんな変なこと言ってませんよね」
「うん。言ってない」
「じゃあなんでっ」
「そろそろ別れたいと思ってそうだ、と思っただけなんだよ。同じ会社の直属の上司なんかとこんな遊び始めちゃって、別れたいって言い出せないなら可哀想なことをしたかなと、気を遣っただけっていうか」
「別れて気不味くなるような関係じゃないすよね。俺ら。振るなんてって嫌がらせしてくる可能性も薄そうだし、というかそういうタイプには思えないし。別れたくなったら言いますよ、ちゃんと」
「てことはまだ続ける気があるんだ?」
「ありますね。全然ありまくりです。てかそっちこそどうなんですか。酔った勢いで俺なんかと恋人になって後悔してんじゃないですか。期待はずれだったなって」
「まぁ確かに、期待してた方向とはだいぶ違っちゃったな、とは思ってるけど」
 はっきりと期待はずれと言われて胸が重い。
「じゃあ振っていいですよ。期待はずれだったから別れようって言ってくださいよ」
「期待してた方向と違うってだけで、期待はずれとまでは言ってない。というかさ、俺は別にこのまま付き合い続けたっていいんだけど、俺と付き合ってるこの時間、君にとって無駄にならんの?」
「え、どういう意味ですか?」
「せっかく楽しく生きてるのに、その時間削って俺とデートする意味なんてあるのか、って聞いてるの。俺とデートしたって楽しくないだろ?」
「ちゃんと楽っ……」
 楽しんでますよと断言しきれなくて言葉を止めてしまえば、正直でいいねと、相手はやっぱりおかしそうに笑っている。何度かデートを重ねてきて、初めて心から楽しそうな顔を見せてくれたのがこれって、と思うとますます気持ちが沈んでいく。
「ねぇ、まだ付き合い続ける気なら、一つ注文つけていいかな」
「注文?」
「俺がじゃなくて、君が楽しくなるデートプランを考えてよ。君が人生を楽しんでいるところをもっと見せて。それが出来ないなら、期待はずれだったから別れてくれって言うから」
 そう言われて、期待してた方向というのが少しだけわかった気がした。人生めちゃくちゃ楽しいですよと言ったくせに、相手を楽しませることに重点を置いて落胆する姿ばかりを見せていた。

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