サーカス7話 絵本

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 椅子に腰掛けたビリーは、ガイをジッと観察する。
 部屋の隅に置かれた布団周辺がガイのためのスペースだが、そのわずかな空間に、最近増えたのは何冊もの絵本。それらを持ち込んだのはセージだ。
 ガイは字が読めない。ということにもビリーは全く気付いて居なかった。というよりも、そんなことはビリーにとってはどうでもいいことだった。
 相変わらず口での奉仕は続けさせていたが、身体の傷が癒えるまでは次の調教へは進めないし、無理をさせるつもりもない。というのを、あまりにガイの様子を心配するセージに話して聞かせた結果、それなら傷が治るまでの間ガイに文字を教えたいとセージに頼まれた。
 好きにすればいいと答えたのは、多少はガイにも楽しみが必要かも知れないと思ったからだ。
 ビリーの仕事はガイの調教をすることだけではなかったし、当然、ガイを部屋に一人で居させる時間も多かった。その間、ガイが何をして過ごしているのかなどもあまり興味がなかったのだが、考えて見れば、やる事もなくただ時が過ぎるのを待つ以外の事が出来るような場所ではない。文字を覚えて本が読めるようになれば、随分と気がまぎれるだろう。
 もともと学ぶ事に積極的なのか、セージの持ち込む本が面白いのか、やはり暇を持て余していたのか。あっという間に文字を覚えたガイは、それからというもの、ほとんどの時間を本を開いて過ごすようになった。
 呼べばすぐに本を閉じるし、前のように口での奉仕を嫌がる素振りもない。といよりも、前よりも随分積極的に奉仕するようになった。さっさと終わらせて本を読みに戻りたいのかと思うと、複雑な気分ではあったが、理由がなんであれガイの変化はビリーにとっても都合が良い。
 そう。都合が良いはずだった。
 元々ガイが部屋で何をしてようと、自分の邪魔さえしなければ構わなかったし。セージが部屋に出入りする頻度があがる程度のことを、許容できないほど狭量ではないつもりだし。
 なのに、この言いようのない胸の重さはなんだろう?
 ビリーは本へと視線を落とすガイの真剣な表情を見つめながら、そう自問自答を繰り返す。そんな中、コンコンと扉を叩く音が部屋に響いた。
 その音を聞きつけて顔をあげたガイは、自分を見ていたらしいビリーの視線に驚き、戸惑いの表情を滲ませる。それには気付かない振りで、ビリーは顎をしゃくって見せた。頷き、ガイは立ち上がるとセージを迎えるためにドアを開く。
「やあ、ガイ」
「いらっしゃい」
 毎度変わらぬセージの笑顔に、返すガイの微笑み。それも大分見慣れてきたなとビリーは思う。
「ビリーも、おじゃまします」
「ああ」
「珍しいお茶の葉を頂いてね。一緒に飲もうと思って、持ってきたんだ」
 いいよね? と、拒否を許さない笑みを見せながら問われれば、ビリーも渋々了承を告げる。和やかなティータイムなどというものを、この部屋で、ガイを含めた3人で、過ごしたいなどとはカケラも思っていなくても。
 ただ、ビリーが望んでいないことに気付いている筈のセージが、何を考えてこんなことをするのか知っていて、拒否しきれない自分自身に。ビリーは胸の内で溜め息を吐き出すだけだ。
「ほな、湯わかさな」
「よろしく、ガイ。自分の分もちゃんと淹れておいでね」
 お茶の準備を始めるガイに声を掛けてやってから、セージはビリーの正面に置かれた椅子に腰掛けた。それと同時に机の上に置かれた本に、ビリーの視線が注がれる。絵本と呼べる厚さではないソレ。
「絵本じゃすぐに読み終わっちゃうみたいだからね」
 ビリーの視線に気付いたセージが、そう説明をくれた。
「何度も楽しげに読み返してるみたいだけどな」
「うん。それも知ってるけど」
 ビリーは本を手に取ると、ザッと中へ目を通す。
「読めるのか?」
 いくら児童向けの本であっても、数日前まで字の読めなかった子供が理解できるのだろうか?
「綴りを見て発音できれば、意味はだいたいわかる筈だよ。そこまで難しい単語は入ってないと思うし」
「ま、アイツは喜ぶだろ」
 どうせ、知らない単語はお前が教えてやるんだろうし。そう続けながらパタリと本を閉じた所で、お茶を淹れたガイが戻ってきた。
 元々その程度の雑用はビリーが何も言わずとも、教えずとも出来ていたガイだが、セージが出入りするようになってから、淹れるお茶の味が良くなった。ということにも、気付いてしまった。
 まったく、嫌になる。セージから新しい本を受け取り嬉しそうに頬を紅潮させるガイを横目に、ビリーはこっそりと溜め息を吐き出してカップの中の液体を揺らした。
 いい加減、この気持ちの正体を、認めてしまうべきだろうか?

>> 認める

>> 認めない

 

 

 

 

 

 

 
 
<認める>

 相手は仕事道具でしかないはずの子供で、だから、極力ガイ自身へ感心を持たないように気をつけていたのに。セージへと見せる笑顔に気持ちが揺らいでしまう、これは、嫉妬。
 バカバカしい話だ。セージのように優しさで接してやれたらいいのに。なんて感情は、邪魔でしかない。憎まれることはあったとしても、ガイが自分へ笑い掛ける事などないというのも、ビリーは充分承知していた。
 別にそれでもいいと思っているが、ただ、目の前で繰り広げられる穏やかな光景は、色々な気持ちを鈍らせてしまうので困る。
 セージの思う壺だと、ビリーは胸の内で呟いた。
 そろそろガイの傷も癒えるが、調教を再開する際には、極力セージを遠ざけるべきだろう。ガイには文句など言わせはしないが、セージの方は簡単には了承しないかもしれない。
 さっそく本を開いて、一緒になって読み進めている二人を眺めながら、ビリーはどうするべきかを考えていた。

>> 次へ

 

 

 

 

 

 

 

 
<認めない>

「バカバカしい」
 洩らした呟きに、二人がビリーを窺い見る。
「どうしたの?」
「お前がどんなにガイを気にかけてやって、こんな風に、俺との仲を取り持つような時間を作ったとしても。俺にとってこいつは、仕事道具でしかないってことだ」
「仕事、道具……?」
「そうだろう? 俺は、こいつを従順な性の奴隷にしたてあげるのが仕事。その対象でしかない相手と、笑ってお茶を飲もうなんてのが、バカバカしくないわけがない」
 その言葉に、セージは怒りを、ガイは悲しげな微笑を。それぞれ顔に浮かばせる。
 ビリーはそんな二人を残して席を立った。
「明日から、再開するからな」
「ビリー……」
「ガイの傷が癒えるまで。そういう約束だったな、セージ」
「それは、僕を、出入り禁止にするって意味?」
「こいつが俺に抱かれて喘ぐ姿が見たいってなら、好きにしろ」
 言い捨てて、ビリーは部屋のドアへと向かって歩く。
「どこ、行くん?」
 戸惑い気味に声を掛けてきたのはガイだった。一度チラリと振り返り、すぐにまたドアへと顔を向けて。
「今日だけは、お前を自由にしてやるよ」
 その言葉の意味を、どんな風に理解しようとかまわないと思った。
 セージの手を借りて、今度こそ逃げ出すのもいいだろう。セージにはきっと、伝わっている。
 背後で閉まるドアの音に促され、ビリーはその場を後にした。

 

 

 ビリーが戻った時、そこに二人の姿はなかった。
 行ったのだ。酷くホッとしている自分に気付いて、ビリーは小さく笑う。
 セージのことだから、きっとガイを守りきるだろう。年相応の子供らしい笑顔だって、セージが相手なら見せるかもしれない。
「さて、俺はオーナーのお叱りを受けに行ってくるかな」
 手にする筈だった報酬がなくなってしまうのは惜しいが、セージが出て行った今、ビリーまで解雇したりはしないだろう。
 柔らかな笑顔を見せる友人と、きっと愛しさを感じ始めていた子供と。失くした寂しさもあったけれど、二人の幸せを願える自分にビリーは満足していた。

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