無い物ねだりでままならない10

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 部屋のドアが開く気配に顔を向ければ、部屋に入ってくる先輩とバッチリ目があって、その目が驚きに見開かれるのがわかる。こちらはきっと、抑えきれない不満から眉が寄っていることだろう。
「うわっ」
「えー……」
 先輩が漏らす驚きの声と、こちらが漏らす不満の声が重なった。
「何服着て戻ってんですか。ずるくないっすか」
 先に言葉を発したのは自分の方で、言葉の通り、先輩は部屋着らしきものをしっかりと着込んでいる。こちらは風呂場から裸で部屋に直行し、そのまま何も着ずに先輩を待っていたのに。
「いやだってそれは、お前が」
「え、俺のせいなんです? 俺、裸で先輩待ってたのに?」
「それは、すまないと思ってるが、その、お前はずっと女子だけが恋愛対象だったはずだろ」
 お前の本気を疑ってるわけじゃないが、それでもノンケなはずの男の前に裸体を晒すのは勇気と覚悟がいる。らしい。
 さっき先輩に体を拭かれただけで勃起させたところを見たくせに。でもまぁ、触れて萎えないか確かめさせてくれとも言われたわけだから、表情や態度から伝わってくるようなわかりやすさはなくても、色々不安にさせているんだろう。
「まぁ、脱がす楽しみが出来たってことにしときます。それより、これ」
 目の前に並ぶものの中から、ローションのボトルとゴムの箱のある辺りを指で示しつつ先輩を視線で呼んだ。不思議そうな顔をしつつも近くまで寄ってきた先輩が、隣に正座で腰を下ろす。
 一瞬、なんで正座なんかするんだと驚いて、すぐに自分の姿勢を思い出し、ついでに、先程先輩が見せた驚きの理由はこれかなと思う。封の開いたローションやゴムを前に真剣に悩んでいたせいで、ついつい正座になっていた。先輩も、まさか正座で待たれているなどとは、思っていなかったんだろう。
「これがどうかしたか? 必要な物、だろう?」
「封、開いてますよね。これ。先輩って、自分でお尻いじるオナニー、してるんですか?」
 まっすぐと見つめながら問うのは、もちろん、先輩の反応を見逃したくないからだ。わかりやすい反応はやはりないが、それでも、先輩の焦りが伝わってくる気がした。
 目元と耳の先がうっすらと赤くなった気がして、どうやら照れているらしい。こんな先輩、初めてみた。
「先輩、お尻で感じられます? あとこれ、聞いていいことじゃない気もするんですけど、どうしても気になるんで教えて下さい。先輩って、誰かに抱かれた経験、既にあります?」
 先輩は黙ってしまったが、それでも口元が薄く開いたり閉じたりしているので、一応、答えようとはしてくれているらしい。そして、簡単には言えないことから、答えを察してしまう。
「恋人いたこと無いのにセックス経験済みでも、先輩抱きたいって俺の気持ちが変わるわけじゃないんで、教えて下さい」
「気持ちは変わらなくても、幻滅は、するんじゃないのか」
 再度知りたいと請えば、苦々しげにそんなことを言うけれど、幻滅するという発想はなかったなと思う。だって封の開いたローションとゴムを見て、初めてじゃない可能性をすぐに考えついてしまったくらいに、もともと、先輩のことをモテる男だと思っているのだ。抱かれたい側のゲイだと聞いて、自分だって今まさに、抱かせて欲しいとお願いしているのだ。
 ただまぁ、先輩に恋人がいた過去がないってことを考えたら、先輩のほうが好きになって、抱いては貰えたけど恋人にはなれなかった、みたいな経緯の方がしっくり来るかなって思うから、なんでセックス経験だけあるのかをこれ以上突っ込んで聞く気はないけれど。
 だから幻滅するような要素はどこにもない。先輩の初めての男になれなかった残念さや悔しさもなくはないが、どちらかというと、先輩の初めてを貰った誰かがひたすら羨ましいだけだ。
「するのは嫉妬、ですね」
「嫉妬……」
「もしかして先輩の初めての男になれるのかな、みたいな期待がなかったわけじゃないんで、先輩の初めて持ってった誰かにめちゃくちゃ嫉妬します」
「そ、そうか……」
 そっと視線をそらすように俯かれてしまって、やっぱり珍しいものを見ていると感じてしまう。そして俯いて見えないその顔に、どんな感情が乗っているのか見たいなと思った。
 思うままに両手を伸ばして、先輩の両頬を包めば、ギクリと先輩の身体が硬直するのがわかる。
「顔、みたいです」
「いや、だ」
「お願い」
「は……ずかし、い、から」
「なんで?」
「なんで、って」
「初めてじゃないってことが俺にバレたこと? それとも俺に嫉妬されて嬉しいなとか、俺に初めてあげたかったな、とか、ちょっとはそういうこと考えて、そんなこと考えちゃうのが恥ずかしい、とかです? あ、出来れば後者が嬉しいです」
 つらつらと言い募れば、先輩が小さく吹き出して、強張っていた身体から力が抜けた。しかし残念なことに、顔を上げた先輩から、恥ずかしそうな様子は感じられなかった。
 冗談めいた言い方をしたものの、それなりに本気の欲求を突きつけたせいで先輩の羞恥が飛んだのか、単純に見る目がなくて気づけ無いだけかわからないのがもどかしい。
 嫉妬を喜ばれたいとか、初めてをあげたかったと思って欲しいとか、自分が言ったセリフもなかなかに恥ずかしい自覚はあるので、こちらの見る目がないのではなく、こちらの働きかけで羞恥が飛んだならいいなとは思う。
「どっちも、だ。こんな事を言ってくれる男が現れるんだったら、初めてを取っておけばよかった。……と、口に出すとやはり恥ずかしいな」
 またうっすらと目元が赤くなった気がして、思わず確認した耳先もやっぱり少し赤い気がする。わかりやすく真っ赤になったりはしないが、注視していれば気づけ無いことはないので、照れる先輩の反応として覚えておこうと思った。
「照れてる先輩、可愛いですね。いいもの見たって感動します」
「なんだそれは」
「可愛い先輩探しです。見せてって言ったじゃないですか。いっぱい可愛いって言いたい、とも言いましたよ」
 有言実行ですと笑ってやれば、つられたみたいに先輩も笑う。柔らかな笑顔は嬉しそうだ。

続きました→

 
 
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