フラれたのは自業自得1

フラれた先輩とクリスマスディナーの続き。先輩側。

 尿意で目覚めてトイレを済ませたついでに、シャワーを浴びてさっぱりしようと思い立つ。そうして目を向けた便器横のバススペースを見て、一瞬動きが止まった。
 だいぶ乾いているけれど、ところどころ水滴が残っているし、その他もろもろ、どう考えても誰かが使った形跡がある。誰かというか、そんな事が可能な人物は一人しか居ないのだけれど。
 じゃあ帰りますねと言われて、引き止めたことまではおぼろげながら覚えている。誘うような言葉を吐いて、でも欲しいのはフラれたことを慰めてくれるような優しい同情じゃないのだと、言ったような気がする。しかも、フラれたのはお前のせいだとも、言ってしまった気がする。
 でもそこから先の記憶がなくて、慌てて3点ユニットの小さなバスルームを飛び出した。
 明かりが落とされた暗い部屋でも、目を凝らせば自分が寝ていたスペースの隣に、人一人分の盛り上がりがあるのがはっきりわかる。もしかしたらやらかしたかもしれない不安を抱えてドキドキしながら、ベッドサイドに置かれたランプスイッチのツマミをゆっくりとひねっていく。
 相手の表情が分かる程度の明かりをともしてから、息を詰めつつその顔を覗き込んだ。酷く穏やかな顔で幸せそうに眠る相手を確認し、別の意味でドキドキしながら、再度スイッチを弄って部屋を暗くする。それからそっとまたバスルームへ移動し、扉を閉じてから大きな深呼吸を数回繰り返した。
 大丈夫。あんな顔で寝ていられるなら、酔った勢いで襲ったりはしていない。はず。多分酔ってあっさり寝落ちただけだ。
 それとも、記憶にないだけでもっといろいろ何か会話を重ねたのだろうか?
 そうじゃなきゃ、わざわざ泊まるまでするはずがない。……とは言い切れないような気もするのが、自分の勘違いやうぬぼれの可能性もあって、よくわからない。自分に都合がいいように解釈してしまいそうで混乱する。ついでに、さっき見た可愛らしい寝顔が、チラチラと何度も繰り返し脳内に蘇る。
 くらくらして纏まらない思考に、とにかく一度シャワーを浴びてシャッキリしようと思った。

 ちょっと生意気なところもあるけれど、なんだかんだ慕ってくれているのがわかる後輩を、こいつ可愛いな、と思うのは多分そうオカシナ感情ではないと思う。ただ相手は、中身はともかく見た目だけなら可愛い系とか言うらしいイケメンで、中性的なあのキレイな顔で懐かれ笑われると、なんとも言えない気持ちになる。
 よく皆平気だなと思っていたら、アイツがそこまで露骨に甘えてんのはお前くらいだと指摘されて、ますますなんとも言えない気持ちになった。
 彼は自分の顔の良さを自覚しているし、それを時にあざとく利用してもいる。だからその一端で、どうしたって戸惑いを隠しきれないこちらをからかって楽しんでいるのかと、そう疑う気持ちもあるにはあったが、わざわざ確かめることはしなかった。なんとなく、そこは突き詰めてはいけないような気がしていた。からかって楽しんでるだけなら、もうそれでいいと思う程度に、深入りするのが怖かった。
 そんな何とも言えない気持ちになる瞬間がじわじわと頻度を増していく中、同じ学科の女子から告白されて、思わず飛びついてしまったのは夏前だ。
 サークルには今まで通り顔をだすつもりだが、彼女が出来たから多少はそっちを優先することもあると大々的にサークルメンバーに伝えた時、彼は酷くあっさり良かったですねと笑って、おめでとうございますと続けた。安堵に混じるわずかな落胆に気付いてしまって、内心自分への嫌悪で吐きそうだったのを覚えている。
 まるで逃げるみたいに彼女を作ったことも、こんな試すような真似をしたことも、彼の反応に僅かでもガッカリしてしまったことも、どうしようもなく情けない。なんてみっともない男なんだろう。
 それでも、彼女を作ったことに後悔はなかったし、まるで利用するみたいに告白を受けてしまったからこそ、彼女のことは出来る限り大事にしてきたつもりだった。彼女の存在があるからこそ、自分と彼とは多少距離が近くとも単なるサークルの先輩後輩でいられるのだと、頭の何処かではっきりとわかっていたからだ。
 ただ、気付いてしまわないようにと胸の奥底へ沈めたはずの彼への想いを、暴いて焚き付けたのも、その彼女だった。それなりの頻度で会話にのぼらせてしまう、そのサークルの後輩の細かな情報を、その時の自分の様子を、彼女には抜群の記憶力で覚えられていた。
 お付き合いを開始してからそこそこの期間が経過していながらも自分たちの関係はキス止まりで、今回、クリスマスを機にもう一歩進んだ関係になるつもりだった。23日の土曜に泊りがけでクリスマスを過ごしたいと持ちかけた時、相手は随分と迷う様子を見せたが、それは単に、そろそろ肉体関係を持ちたいと示したこちらへの戸惑いだと思っていたのに。
 一度ははっきりと了承を告げたはずの彼女は、レストランを予約した時間まではのんびりしようとチェックインを済ませた部屋へ入るなり、真剣な顔で大事な話があると言い出した。そして、大事に思ってくれる気持ちは伝わっていたから恋人を続けていたけれど、本気の一番好きをくれない相手とこれ以上深い関係にはなりたくないと、この土壇場できっぱり言い切った彼女の前で、後輩に連絡を取る羽目になった。
 無意識で宿泊先にこのホテルを選んだ意味まで含めて色々暴かれ突きつけられてしまった後だったから、逆らう気なんてとても起きなかったし、後輩もあっさり捕まったけれど、後輩が来ることになって一気に冷静になる。不安になる。
 メッセージのやりとりと、その後一気にテンションを下げた自分を見ていた彼女は、自分たちの雑でそっけないやりとりに苦笑した後、きっと大丈夫だから頑張ってと言い、今までありがとうと柔らかに告げて去っていった。
 フラれたのはお前のせいだなんて、よくも言えたもんだ。こんなの、どう考えたって自業自得だ。
 彼女が言うところの、本気の一番好きを向ける相手とクリスマスを祝えるというのに、彼女が帰ってしまった後も気持ちは沈んでいくばかりだった。頑張ってと言われた所で、むりやり自覚させられたばかりの想いを持て余すだけで、どう頑張ればいいのかなんてわかるはずもない。呼び出しにあっさり応じた後輩だって、どういうつもりで来るのかさっぱりわからない。
 そもそも、今現在自分の中での一番好きが彼に向いているからと言って、後輩と恋人のように付き合いたいのか、もし彼が交際を受け入れたとして、デートしたりキスしたりいずれはそれ以上のことをしたい欲求があるのか、正直自信を持って回答できない。男同士であることへの嫌悪はなくても、そこに躊躇いがないわけじゃない。
 彼と恋人として付き合うことをあっさり受け入れられる精神構造なら、想いを沈める必要も、彼女を作る必要もなく、さっさと彼の本意を確かめていたはずだ。確かめて、もし好きだと返ってしまった場合にそれを受け入れられないと思ったから、彼女を作って自分から先輩後輩のラインをはっきり引いて示したし、彼もそれを受け入れた。
 それを、想いを自覚したからと言って、いきなり翻すのも人としておかしいだろうと思う。それはあまりに自分勝手だ。
 考えれば考えるほど、想いを自覚した所で、今すぐどうこうなんて考えられない。だから今日の所は、せっかくのクリスマスディナーを、一緒に美味しく食べることだけに集中しようと思った。するはずだった。
 なのにアイツが、見たことないレベルの可愛らしい格好をしてくるから。彼女のフリだの代りにだの言うから。フラれたことを喜ぶような素振りをするから。傷心なはずの自分を慰めたがるから。もっと隙を見せろと言うから。
 いや違う。そうじゃないだろう。後輩のせいにしてどうする。

続きました→
気になって続きを書いてしまったのですが、長くなりすぎたので切りました。2話で終わります。続きは明日9時半更新。
イベントネタのため、現在書いてる続き物より優先して上げてます。竜人の続きは28日から再開します。

 
 
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