サーカス6話 クスリの排泄

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 コンコンと部屋の扉が叩かれる。
「入ってこい」
 机の上の写真を握りつぶしたビリーは、それをゴミ箱に放りこんでから入室の許可を与えた。
 ゆっくりと扉を押し開いたのは、セージではなくガイ自身だった。
 前と変わらない、何か強い意思を秘める瞳。だから同じように、ビリーもガイを前と変わらぬ冷たい視線で射抜く。
「ここに帰って来るということが、どういうことか。分かってるんだろうな?」
 その視線をしっかりと受け止めながら、ガイは黙って頷いた。
「服をすべて脱いで、こっちへ来い」
 一瞬のためらいさえ許さない口調に、ガイはおとなしく服に手をかけていくが、その様子を見ていたセージは驚きに目を見張った。
「ビリー……?」
「セージ、席を外してくれ」
「でもビリー、ガイは戻ってきたばかりでまだ身体に傷が残ってる状態なんだよ。もし、これ以上ガイを傷つけるようなことをするつもりなら、僕はガイを自分の部屋へ連れていく」
「今のお前に、そんなことをする権利はないだろう?」
「なくても、放っておけない」
 セージは服を脱いでいくガイの腕をとってその行為をやめさせる。けれどガイは、セージを見上げながらゆっくりと首を横に振る。
「ええねん。こうなることはわかっとったし。それでも、ここに、帰って来たんやから」
 だから平気やと、ガイはほんの少しだけ微笑んでみせた。それを見たビリーは、わずかに眉を寄せる。ガイの笑顔など、初めてだったからだ。
「セージ……おおきに。また、会えるとええな」
「会えるよ。会いに、来るから」
 目尻に涙をためたセージは優しく微笑んで、ガイの額に小さなキスを一つ落とした。擽ったそうに身を竦ませたガイは、それでも一瞬、瞳の中に嬉しさを滲ませる。
 ビリーはその一瞬を見逃したりはしなかった。
「セージ」
 呼んだ名前は、やはり咎めるような響きだった。
「出ていくよ。でも、本当に……」
 何かを言いかけて、けれど。
「君を、信じてるよ。ビリー」
 ビリーにも同じように優しい笑みを向けて、セージは部屋を出て行った。
「チッ」
 扉の閉まる音にまぎれてビリーがもらした舌打ちは、ガイの耳には届かなかった。
 
 
 口内に放たれたものをむせることなく飲み下したガイは、ホッとして肩の力を抜いた。
「イイコだ、ガイ」
 その言葉に驚いて、ガイは顔をあげる。ビリーがそんな風に言葉の上だけでもガイを褒めたのは初めてだった。
 一瞬見せた期待に応えてやったほうが良いのか、ビリーも瞬時に考える。けれど結局、そんなのは自分に似合わないだろうと結論付けた。
 セージのように優しく微笑んでなんてやれない。
「ずいぶん上手くなったもんだ」
 作りやすいのは、蔑むような表情。ガイの瞳の中、明らかに落胆の色が見て取れる。
「他にも色々教わってきたんだろう?」
 先ほどセージに見せた微笑が脳裏に過ぎったが、意識的に掻き消した。
「ココで、相手を喜ばす術も、仕込まれて来たのか?」
 ビリーはガイを引き寄せると、言いながらその場所へと指を這わす。
 ガイの身体がピクリと震えた。仕込むという言葉が当てはまるほど、丁寧に扱われてはいなかっただろう。ビリーが確かめたいのは、むしろ傷の具合だった。
「言え」
 震える唇から言葉は生めず、ガイは辛うじて首を縦に振る。
「なら、次はココで楽しませて貰おうか?」
「ぅっ……」
 指先を潜り込ませれば、息を詰めて身体を強張らせる。
「力は抜いておけ」
 一応そう声を掛けながらも、緊張したままのガイに構わず、ゆっくりと奥を探っていく。指に触れる違和感に、すぐにビリーは眉を寄せた。
「……んっ、ふぅ……」
 小刻みに震えるガイの体と、こぼれ出す熱い吐息に、確信を持つ。
 ビリーはガイの体の中を探っていた指を引き抜くと、ガイの腕を掴んで立ちあがった。うるんだ瞳から、今にも溢れてしまいそうな涙は見なかったことにして、顔を背けたビリーはそのまま引きずるようにガイを部屋の隅に造られたシャワールームへと引っ張って行く。
「この、バカが……」
 焦りが滲み出た強い口調に、ガイの身体が怯えて竦む。
 バカなのは俺か……
 そんな自嘲めいた思いを抱えながら、ビリーは狭いシャワールームにガイを押し込んだ。戸惑うガイを放置したまま、フックに掛かったシャワーを手に取ると、ヘッドを外してからお湯の温度と流出量を調節する。
「壁に手をつけて、ケツをこっちに向けるんだ」
「何、する気やの……」
 震える声にようやくガイの顔をまっすぐに見つめれば、そこにあったのはいつも見せる強気の瞳ではなかった。本気で、怯えていた。
「入れられた薬を洗い流すに決まってんだろ」
「い、嫌や!」
「そのままにしてたら、気が狂うぞ?」
 子供相手に使うような物ではない媚薬。それがたっぷりとガイの腸内に注がれていた。
 館ではこんなことまでが日常なのだろうかと一瞬考え、さすがにそれは否定する。ただ、この酷く扱いにくい子供を今後も調教していかなければならないビリーに対する心遣いだというのなら、余計なお世話もいい所だ。
「それでも、ええ」
「お前が良くても、俺が困るんだ」
「お願いや……中、洗うんは、堪忍して……」
 すっと視線を逸らせたガイから、細く吐き出されてくる声は、やはり震えている。『お願い』などという言葉をガイの口から聞く日がくるとは思わなかった。
 目の前で震える小さな身体を、優しく抱きしめてやりたい衝動がビリーを襲う。そう出来ない代わりに、ビリーは努めて柔らかな口調で尋ねた。
「残念だが、わかった……と言ってやれる状況じゃない。しかし、何がそんなに嫌なんだ?」
 館に居る間、経験した相手の数だけ、身体の中を洗うという行為も繰り返されていたはずだ。毎回この調子で嫌がっていたとは思えないし、そんなことは許されないだろう。
 ガイはキュッと唇を噛んで、答える事を拒んでいる。
「言えないならそれでもいいが、とにかく薬を洗い流すから背中を向けろ」
 フルフルと首を横に振るガイに、ビリーは溜め息を一つ吐き出した。
 やはり、力尽くでやるしかないのか。諦めて伸ばした手を、ガイの手が力なく払う。当然、そんなものはたいした障害にはならなかった。
 入り口にビリーが立ち塞がっている状況のシャワールームに逃げ場などない。ビリーは無言のままガイの身体を捕らえると、後ろを向かせて腰を抱えあげる。
 チョロチョロと流しっぱなしになっていたシャワーホースを掴んで、その先を入り口へと押し当てた。
「やっ! 嫌や!!」
 逃れようと暴れる身体を、ビリーは強い力で押さえつける。ガイの嫌がる声だけが大きく響く中、ビリーは頃合いを見計らって、一度目の排泄を促した。ビリーの服の裾を強く握り締めて、ガイは必死で頭を振る。
「何我慢してるんだ。いいから出せ」
「やぁ……ぁぁ……」
 トロリとした薄紅色の薬と湯が混ざり合って流れ出し、排水溝へと吸い込まれていく。ぐったりと力の抜けた身体がズルズルと崩れて行くのを、ビリーは慌てて支えてやった。
「しっかりしろ。まだ終わっちゃいないんだぞ」
「も、堪忍や……」
 こぼれる涙を隠すように、ガイは腕を上げて目元を隠す。
 ビリーは腕の中の身体を抱えなおすと、確認するようにガイの中へと指を埋めた。先ほどの排泄で緩んだ入り口は、こぼれ出た薬の滑りもあって、やすやすとビリーの指を受け入れる。
「あっ、あっ、なにを……?」
 ガイの身体が大きく弾む。
「湯で洗われるのが嫌なら、指で掻き出してやる」
「そんなん、あっ、ああん」
 溢れてしまう嬌声に、ガイの顔が羞恥で赤く染まった。
「感じるのは薬のせいで、おかしな事じゃない。イきたければイってもいい」
 幼い身体でありながらも、明らかに快楽を示し始めたガイに、ビリーはそう声を掛ける。しかしやはり、ガイは困ったように首をふるだけだった。
 それでもだんだんと、先ほどのように、ただ嫌がってもがくのとは少し違った反応に変わって行く。
「どうした?」
 あふれ出る嬌声すら枯れて、苦しそうに短く息を吐き出し始めたガイの顔を覗きこんだビリーは、その泣き顔に思わず息を飲んだ。顔中を涙で濡らしたガイは、どうやら自分の中に湧きあがる快楽の波を持て余しているらしい。
 他人のモノを口に含んでイかせることも覚えたくせに、自分の精を吐き出す術をまだ知らないのだ。気付いて苦笑を洩らしたビリーは、ガイの幼い性器へもう片方の空いた指先を伸ばした。
「……ぃ」
 力の入らない身体を捻って、それでも逃げようとするガイの零した呟きは『怖い』。
「大丈夫だ。心配するな」
 言いながら、涙の滲む目元へ、頬へ、優しく唇を押し当てる。そうしながら、手の中のモノをイかせる目的でゆっくりと扱いていく。
「あっ、ああっ……」
 ビクビクと身体を震わせてガイは意識を手放してしまったが、その手を汚すモノはない。
 そこまで子供だったのだと思い知らされるようで、胸の中に広がる罪悪感。それを振り払うように、ガイの身体を軽く洗ってやったビリーは、柔らかなタオルにその身体を包んで抱き上げた。

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サーカス5話 引き止める

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「待て、セージ」
 ビリーは背中を向けたセージを呼び止める。
「ガイを館に置いてるのは俺の意思だ。定期的な連絡も貰ってる。お前が心配する必要なんてない」
「なぜ、そんなことを……?」
「二度と、逃げ出そうなんて気を起こさないようにするためさ」
「それは、君が、オーナーのためにその子供を調教してるから?」
 ビリーは深い溜め息を一つ吐き出した。そういう噂が出ている事は知っていたし、だからなんだとも思っていた。そんなものは与えられた仕事をこなしているだけのビリーには関係がない。
 その噂がオーナーにとって不利になるようなら、オーナー自身が手を打つだろう。他人に、子供を相手にそういうことが出来る男なのだと思われようが、いずれ遠くない日にこの場所から去る予定でいるビリーにとってはどうでもいいことだった。
 それは相手がセージであっても同じ。
「そうだ。と言ったら、どうするつもりだ。それを知っても、お前に何かができるわけじゃないだろ?」
「事情がわかれば、何かしら助ける事だって出来るかもしれないじゃないか」
「俺が動くのは金のためだけだ。それはお前も知ってるだろ」
 誰かの助けなど、カケラも必要ではない。半ば強制的だったにしろ、自分の意思で選んだ仕事だからだ。
 今度は、そんなビリーの気持ちを汲み取ったセージが、溜め息を吐き出す番だった。
「君が、その件で僕に手を出させないと言うことは、知ってる」
 セージはビリーがこのサーカスに在籍する理由を知る数少ない人間の一人だった。けれど、金銭的に余裕があるセージからの援助話を、ビリーはきっぱりと断っている。
「お前のは施しに近い。この場所で、誰かに借りを作りたくはないだけだ」
「仕事と割り切れば、女性の相手をする事も、子供を調教することも、躊躇わない男のくせに」
「金を積まれても、俺には男の相手をする気はないと言ったろ」
 それは嘘だ。現にガイは男だし、抱く側であるなら相手が男だろうが女だろうが大差ない。
 ただ、今目の前にいるこの男と、金銭を絡めたセックスをしたくない。その程度には、友人としてセージを受け入れていた。
 ビリーは口にも態度にもそれを表すことはなかったが、セージも薄々わかっているようで、その件に関して深く口を挟んでくることはない。
「君の事情はわかったよ。でも、その子供の事は? 本当に、調教なんてこと、しなきゃならないわけ? ましてや、館で働かせるなんて……」
「俺がやらなきゃ、他の誰かがやるだけさ。アイツはオーナーの友人に消えない程の深い傷を残したらしいしな。館に置いてる事をオーナーが知らないわけないが、何も言ってこないぜ?」
 セージは何かを悩むように眉を寄せる。
「しゃべり過ぎたな。でも、お前の出る幕じゃないってのはわかったろ」
 言外に出て行って欲しいと言う気持ちを込めたビリーに、セージは小さく頷いてから背中を向ける。
「余計な心配はするなよ」
「君の、仕事の邪魔をしない程度にしておくよ」
 部屋を出て行くセージの背中に向かってつい言葉を重ねたビリーに、振り返ったセージはそう言って小さく笑った。
 
 
 椅子に腰掛けたビリーは、机の上に乗った一枚の写真を睨み付けていた。
 仕事の邪魔はしない。そう言って出て行ったセージが持ち込んだその写真は、ガイが館でどのような扱いを受けているかを明白に物語るものだった。
「だから、様子を見に行けって言ったんだ」
 驚きの表情を隠し切れなかったビリーを、セージは呆れを含ませた声で咎めた。
「傷は残すなと、言っておいたんだがな……」
「残るほどの傷じゃないそうだ。どこまで本当かは知らないけど」
「アイツ、どこまで強情なんだか」
「それは、君に問題があるんだと思うけどね。僕には、結構素直だったよ」
 再度驚きで眼を見張ったビリーに、セージは少しだけ楽しげな笑顔を見せる。
「君のそんな顔、初めて見たな」
「会ったのか?」
「会ったよ。客として、ね」
 その時のことを思い出しているのか、セージは笑顔をしまって眉を寄せる。ビリーには、セージがガイと何を話し、何をしたのか、尋ねることが出来なかった。
 次の言葉を待っている様子のビリーに、セージは渋い顔のままで続ける。
「ガイに会って、僕は言った。ビリーの所へ帰れって」
「頷かなかったろう」
 ビリーは思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。
 逃げ出した事を反省し、調教される生活を受け入れるなら、ビリーの元に返してやる。その話は管理をしている男の口から、ガイへと伝わっているはずだ。それでも戻ってこないのは、ガイにその意思がないからとしか言いようがない。
 セージにわざわざ知らせはしなかったが、1週間しても戻らないようなら無理矢理にでも連れ戻すつもりでいた。待っててやれるのはそれが限度。このまま放置していては、仕事がいつまでたっても終わらないからだ。
「頷かなかったよ。というよりも、とても潔い子供で、かなりビックリした。君は、なんでガイがあんな場所に居続けるのか、その理由を考えた事があるかい?」
「俺に調教されるのが嫌なんだろうさ」
 見知らぬ男に犯されたり、ムチで叩かれるような目にあうよりも。
 さすがにそれを言葉にするのは躊躇われて、ビリーは口を閉じる。
「違うね。彼は自分が選んだ道の結果を、潔く享受してるだけだ」
「結果を、享受してる……?」
「そう。逃げ出すことを選んだのは彼自身だから、見つかって捕まった結果がソレなら、納得できるって」
「だから耐えてるだけだって言うのか!?」
「潔くて、とても頭がいい。あの年でもう、自分の意思で自分の生きる道を選び取ってる自覚がある」
「頭がいい、ってのは俺も認めるよ」
 その言葉に、セージはまるで自分が褒められてでもいるような、嬉しそうな微笑みを浮かべて見せた。
「だから僕は、彼を買い取る事にした。君の仕事の邪魔をする覚悟で、ね」
「買い取るって……オーナーから、とか言いだす気じゃないだろうな」
「そこ以外から買い取れる場所があるなら、教えて欲しいくらいだ」
 笑うセージに、ビリーは冗談だろうと呟く。
「本気だったし、ガイにも言ったよ。君はこんな場所に居るべきじゃないから、僕が出してあげるって」
「それで、アイツは、なんて……?」
「ビックリした顔をして、それから暫く悩んで、ありがとうございますって丁寧に頭を下げたよ」
 でもね、とセージは続けた。
「君の所に戻る事に、決めたって」
「ちょっと待て。なんだそれは」
「元々は借金の形として連れて来られたらしいね。返せるあてがないらしいってのも、だから実質オーナーの持ち物として扱われることも、君がそのオーナーからの指示で動いてるんだって事も、理解、してた」
「そう、なのか……?」
「そうだよ」
 知らなかったのか、とはセージは聞かなかった。まるで、連れて来られた経緯もガイが何を考えているかも、ビリーの興味の範囲外だと知っているかのようだ。
「余計な事教えやがって、って思ってる?」
「少し、な」
 本当は少しどころじゃなかったけれど、ビリーにはそう答えるのが精一杯だった。
 子供を調教する。ということにまったく抵抗がないわけじゃない。情が湧いてしまうような可能性は極力避けて通りたかった。
「ごめんね。でも、聞かせるつもりで、来たから」
 もういいとセージを遮る事も出来たけれど、ビリーはそうしなかった。
「君にとってこれが仕事である事も、彼と深い部分で関わりたくない気持ちも、僕にだってまったくわかってないわけじゃないけど。それでももう少し、彼自身を見てあげて欲しい」
「一度会っただけで、ずいぶん入れ込んだもんだな」
「そうさせる魅力が、彼にはあるからね」
 そんなセージの気持ちを理解出来そうな自分をごまかすように、ビリーはバカバカしいと言って笑った。
「けど、お前に礼を言う必要はありそうだ。自分の意思で戻ってくるんだ、多少は扱いやすくなってることだろうぜ」
 セージの目に失望に似た悲しみがやどる。
「君があまりにも酷い扱いを続けるようなら、僕は本気で、彼をオーナーから買い取るつもりでいるから」
 それだけは覚えておいて。
 そう告げた時のセージの強い瞳を思い出して、ビリーは机の上に注いでいた視線を天上へと向け瞼をおろした。
 もうすぐそのセージが、ガイを館から引き取りこの部屋へ連れてくる。何もわざわざ、セージが出向く必要などないにも関わらず、だ。
 これから先、どの程度関わってくる気でいるのか掴めないから余計に面倒だった。
 邪魔をするなと切り捨ててもいいが、セージが本気だというのなら、それも通用しない可能性がある。地位や人気が同じなら、自由に動かせる金を多く持つ者が有利だと知っているからだ。特にこの、サーカスの敷地内では。

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サーカス4話 セージ

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 ガイが逃げ出してから数日。ビリーの元を深刻な表情で訪れたのは、金の髪と女性的で美しい容貌を持つ、このサーカス団でビリーとほぼ同じ程度の人気を集める青年だった。
「どうした、セージ。お前がわざわざ俺の部屋を尋ねるのは珍しいな」
「君に、確かめたい事があって」
「なんだ?」
「オーナーから預かった子供を、館に置いてるって、本当なの?」
 そのセリフにビリーは一瞬だけ眉をよせたが、努めて冷静を装いながら言葉を紡ぐ。
「どこから聞いてきた噂か知らないが、セージには関係ないだろう?」
「否定、しないんだね」
 小さく響いたのはビリーが舌打ちする音だ。
「余計な事に首をつっこむなよ。お前は関わらないほうがいい世界の話だ」
 どこぞの貴族出身という噂のセージは、当然ながら、ビリーと違って金のためにこのサーカス団にいるわけではない。いくら団員の中では比較的親しくしている相手だとしても、華やかな舞台が似合う彼には、こんな、子供を性の奴隷として調教しているなどという話を聞かせたいとは思わなかった。
「君はいつもそうだ」
 告げるセージの声は、多少の不満を含んで響いた。
「僕が何も知らないお坊ちゃんだと思っているんだろう?」
「事実、そうだろ?」
 ビリーは小さく笑う。愛されて育った者特有のまっすぐな優しさが、言葉や態度の端々から窺える。そんな部分に救われている部分もあり、また、妬ましくもあった。
 ビリーのそんな気持ちを知らぬまま、セージは小さく息を吐く。
「君が子供を館で働かせてると言うのが本当で、君に彼の様子を見に行く気がないなら、僕が会いに行こうと思う」
「なんだって?」
「君が事情を話してくれるなんて、最初から思ってなかったよ。本当は、それを言いに来ただけなんだ」

>> セージを行かせる

>> 引き止める

 

 

 

 

 

 

 

 

 
<セージを行かせる>

 セージを呼び止めるために開きかけた口を、結局は閉じてしまったビリーは、部屋を出て行くセージの背中を無言のまま見送った。
 セージが館まで出向いたとして、オーナーからの預かり物であることも、現在の世話役がビリーであることもわかっているガイをすんなりセージの手に渡すはずがない。
 けれどその考えが甘かったことをビリーが知るのは、意外に早かった。
 
 翌日、オーナーに呼ばれたビリーが部屋を訪れると、そこにはセージに連れられたガイの姿があった。ビリーの姿に、ガイは一瞬怯えた顔を見せる。
「大丈夫だよ、ガイ。心配しなくていい」
 そんなガイを庇う様にして、セージが優しく告げる。
「せやけど……」
「大丈夫。僕を信じて?」
 ニコリと微笑んで見せるセージに釣られたのか、ガイも薄く微笑んで見せた。
 ビリーは思わず眉を寄せる。ガイの笑顔など、初めてだったからだ。
「さて、メンバーが揃った所で、話を進めていいかな?」
 ガイに向いていたビリーの意識を、オーナーの一言が引き戻す。
「君達を呼んだ理由はそこの子供の所有権についてなんだけどね」
「ガイは、僕が引き取ります」
 強い意思の滲む声で、真っ先にセージが答えた。
「と、セージが言うんだけど、ビリーはそれでもいいかな?」
「何故、俺に聞くんですか?」
 現在ガイの所有者はオーナーであって、ビリーはただ金を積まれてガイを調教しているだけにすぎないのだから、所有権のやりとりなど二人の間で行えば良いようなものだ。
「それは君の仕事が一つ減ることになるからだよ」
 このサーカスを出て行きたいんだろう?
 そう続いた言葉に、ビリーはゆっくりと首を振った。
「いずれはそのつもりですが、今回の仕事は元々予定外のものですから」
「なら、君がどこまで仕事を遂行したのか、報告を聞かせて貰えるかな?」
「必要、ですか?」
「ぜひ、聞きたいね」
 横に立つセージとガイにチラリと視線を投げた後、ビリーはオーナーの意地の悪い質問に淡々と答えていく。
「俺自身が教えたのはキスと口での奉仕までで、ガイ自らが進んで行えるのはキスまででした。館でムリヤリ身体を開かれる痛みは経験済みの筈ですが、そこでの快楽は知らないでしょう。後は、本人に確認してください」
 さすがに、告げた後のセージとガイの表情を確かめる真似は出来そうになく、ビリーはまっすぐにオーナーを見つめ続ける。
「ガイ。ビリーの言葉に間違いはないか答えられるか?」
「オーナー!」
「セージは黙って。まだ、ガイは君の物じゃないんだからね」
「……間違い、あれへん」
 はっきりとした声だった。思わず振り向いたビリーの目には、震える拳をギュッと握り締めるガイと、それを労わるようにガイの肩を優しく抱いたセージの姿だった。
「少しは、素直になったってことかな。じゃあ、ついでに、僕の友人に傷をつけた謝罪も出来るかい?」
 土下座して謝れたら許してあげると、楽しげに笑うオーナーに、ガイはキュッと唇を噛んだ。それから、ゆっくりと床に膝をついていく。
「すみませんでした!」
 やけくそ気味に、ガイの悔しげな謝罪の声が部屋に響いた。
「そこまでされちゃ仕方ないね」
 呆れたような、けれどどこか満足げな声でオーナーは続ける。
「僕の気は済んだから、ガイはセージにあげることにするよ。元々断りきれずに引き取った子だし、君が責任を持ってくれるならこっちとしても助かるし。だから、君が用意したお金はビリーに払ってやってくれるかい?」
「ビリーに……?」
「そう。君のせいで仕事を一つ失くしたわけだしね」
「わかりました」
 頷き了承を告げたセージは厚みのある封筒をビリーへと差し出した。
 中身はガイを引き取るために用意した金だろう。

>> 受け取る

>> 断る

 

 

 

 

 

 

 

 

 
<受け取る>

 封筒の中には、最初にオーナーがビリーに提示した金額とほぼ同等の紙幣が入っていた。
 その場でオーナーに退団を申し出たビリーは、残念がるセージと、ホッとした表情を見せるガイに複雑な気持ちを抱えながら、一足先に部屋を後にする。
 私物などほどんどないに等しい部屋を簡単に片付けて、ビリーは小さな荷物一つを手に、住み慣れたサーカスを背に街中へと歩き出した。

< 一人で去るエンド1 >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
<断る>

 差し出された封筒は魅力的だったが、仕事をこなしたわけでもないのにそれを受け取れる神経は、さすがのビリーも持ち合わせてはいなかった。
「その金はガイのために使ってやればいい」
 そう告げたビリーに、セージは酷く嬉しそうに笑って見せた。
 
 その日から、セージの隣には大概、ガイの姿を見かけるようになった。
 最初は戸惑いの表情を見せていたガイも、セージと共に暮らすうち、いつしか明るい笑顔を見せるようにまでなっていたが、それでもやはり、ビリーの前では怯えの混じる表情を滲ませる。あの日、オーナー室で二人を見た時からわかっていた未来だった。
 胸の中の苛立ちは何だろう?
 ガイの隣で、ガイの笑顔を見つめているのは自分だったかも知れないと、チラリとでも思っているのだろうか?
 ビリーはそんな自問に首を振る。仕事の道具程度にしかガイを見ていなかった自分が、一体何を思えるというのか。
 ここでの仕事は割が良いのが魅力だけれど、そろそろ次の仕事を探す時期なのかもしれない。部屋の窓越しに、セージの隣で楽しげに笑うガイを見つめつつ、ビリーはそんなことを考えた。

< セージエンド1 >

 
 
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サーカス3話 引き取る

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 ビリーは軽く首を振ると、男に連れて帰る旨を告げて、懐から札束を取り出した。
「足りるか?」
「充分過ぎる程で」
 男は嬉しそうな醜い笑みで答えると、小さな鍵を一つ差し出した。どうやら、ガイの首に掛かった首輪の鍵なのだろう。
 案内を断ったビリーは、教えられたままにガイの居る部屋へと向かう。
 部屋の鍵は掛かっていなかった。薄暗い部屋の中に差し込んだ光に、顔をあげたガイが目を細めて見せる。
「いい格好だな」
「……ビリー……?」
 入り口に立つ男の姿を認めて、ガイの表情が驚きに変わる。
「何しに、来たんや。逃げ出そうとして捕まったワイを、笑いに来たんか? それとも、アンタが、ワイの最初の客になるとでもいうんやないやろな」
 捕まった後何を吹き込まれたのやら、ガイはビリーが迎えに来たなどと、チラリとも考えていないらしい。
「客、な。それもいいかもしれないな」
 ガイへと近寄ったビリーは、ガイの小さな顎を片手で掴むと、殴られ腫れた頬を確かめる。
「痛ッ……」
 小さな悲鳴が漏れた。
「随分暴れたらしいな。バカなヤツだ」
「ビリーには、関係あれへん」
「何言ってるんだ。お前は俺のペットだと言ったろう?」
 その言葉に、ガイはなんとも複雑な顔をしてみせる。
「ワイ、逃げたんやで?」
「そうだな。しかも、俺に断りなく余計な傷まで作った。帰ったら当然、罰を受けてもらおう」
「かえ、る……?」
「嫌そうだな。本気でここに残って、客でも取ってみるか?」
 ビリーは薄く笑いながら告げる。当然、ガイがそれを肯定するなどカケラも思っていなかった。
「ワイは、帰らへん」
 けれどきっぱりと告げられたセリフに、今度はビリーが驚きに目を見張る。
「ここで客を取るって事が、どういうことか、わかってるのか?」
「わかっとる。けど、ビリーんトコ戻るくらいやったら、力尽くでどうこうされるほうがまだマシや」
「力尽くのが、マシだって……?」
 黙ったまま軽く頷く振動を、顎に当てたままの手の平に感じたビリーは、鎖に繋がれたままのガイを、冷たいコンクリートの上に敷かれた薄布の上に押し倒した。
「お前の言う力尽くがどんなものか、わからせてやるよ」
「ビリー!?」
 とっさに、抗うように胸を押すガイの腕を取り、ビリーはその顔を覗きこむ。
「お前の最初の客になってやるって言ってんだ。力尽くでいいってなら、抵抗した分だけ余計に痛い思いをする覚悟をしとけ」
 その言葉に、ガイは身体の力を少し抜いた。どうやら本気で、ビリーを自分の客として迎える事に決めたらしい。
 そんなガイに、ビリーの胸に苦い想いが湧きあがる。ガイが謝り、帰って罰を受ける事を了承するならすぐにでも止めてやるつもりだった。こんな状況の方がまだマシだと言うほどに嫌われているとは思わなかった。
 ビリーは突きつけられた現実を受け入れるために、一度だけ目を閉じる。
 
 ビリーはガイの纏う薄い布を剥きあげると、大きく足を開かせた。小さく震えながらも、ガイは何も言わずにビリーの次の行動をただ見守っている。
 いずれはゆっくりと、快楽と共に広げてやるつもりだった最奥の場所へ、ビリーは乾いた指先を押し当てる。グイと力を込めても、当然、すんなり入って行くはずがない。
「わかってるか? ここに、お前が口に含むのすら持て余す俺のアレを突っ込むんだぜ?」
 痛みに身を竦ませるガイに、ビリーは冷たく言い放つ。血の気の失せた表情で、それでもガイは小さく、好きにすればいいと返した。
「本当に、強情だな。今ならまだ、謝れば許してやってもいい」
 これが最後のつもりで告げたビリーに、ガイは薄く笑って見せた。
「ビリーんとこ、帰りたないねん」
「そうか。なら、仕方ないな」
 溜め息を飲み込んで、代わりにガイの腰を高く抱え上げる。部屋の中を、堪え切れずに漏れるガイの悲鳴が満たした。
 
 部屋の外には、先ほどの男が立っていた。ビリーは黙ったまま、使う事のなかった首輪の鍵を返す。
「よろしいんで?」
「本人が、ここに居たいって言うからな」
「では、先ほどのお金はお返ししなければなりませんかね?」
「いや……取って置け。随分傷つけたから、客を取れるようになるまで暫くかかるだろう」
 男はニコリと笑って、わかりましたと答えた。
「では、傷が治るまで次の客は取らせないよう手配しておきましょう」
「ああ、そうしてくれ」
「今後も彼のことをお知らせしますか?」
「それは必要ない。後は、オーナーが決めることだ」
 今後、ガイの世話を任されるのが誰になるかはわからないが、それがビリーでないことだけは確かだった。こうなってしまった以上、仕方がないだろう。
 ビリー自身にすら、オーナーからどんな罰が下されるかわからない。ビリーは重い気持ちのまま自分の部屋へと戻って行った。

 

 

 

 目の前のモニタには、ガイが複数の男に犯されている画像が映し出されている。部屋の様子からすると、あのままあの薄暗い部屋で客を取り続けているのだろう。
 苦しそうに眉を寄せているのがわかるが、ビリーに出来るのは画面からそっと視線を外す事ぐらいだった。
「呼んだ理由は、わかってるだろう?」
「ええ」
「残念だよ。君なら、ガイを立派な奴隷に仕立ててくれると思ってたんだけどね」
「申し訳ありません」
 頭を下げたビリーの目の前に、オーナーは用意していた札束を差し出した。
「なんですか?」
「君への報酬。といっても、失敗には違いないから、最初の額には届かないけどね」
「頂けません」
「なぜ? 君の欲しがってる額には足りてるハズだけど?」
 ニコリと笑って見せるオーナーを、ビリーは訳がわからないままにただ見つめていた。
「あの生意気な子供が、僕の前で素直に身体を開いて見せたら楽しいだろうと思ってたけど、これはこれで、あの子らしい人生選択でもあるかなと思ってね。こんな苦しみを受けても、自分自身の心を変えられるよりはいいらしい」
「ガイが、そう言ったんですか?」
 その問いに、オーナーが答えを返すことはなかった。
「君は君に与えられた仕事に対する報酬を黙って受け取ればいい。まぁ、一種の口止め料と退職金代わりとでも思ってくれればいいよ」
 さよなら、かな?
 そう続いた言葉に、ビリーは黙って目の前の札束に手を伸ばす。確かに、最初に提示された額よりは少ないものの、ビリーが必要としているだけの額はあるだろう。
「今まで、お世話になりました」
 告げて、ビリーはオーナー室を後にした。

< 逃亡エンド >

 
 
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サーカス2話 逃亡

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「ガイ」
 その呼び声に、ガイは無言のまま振り向いた。
「飯だ」
 ぶっきらぼうにそう告げると、ビリーはテーブルの上にガイの分のトレーを載せる。
「さっさと取りに来い」
 キツく声をかければ、渋々と行った感じで近づいて来る。
 いくら食べても食べたりないと感じる年ごろに、目の前に置かれた食事を見ているだけで我慢するほどのプライドが、ガイに残っていないことは重々承知だった。この部屋へと連れて来てから既に3日が経過しているが、ガイは水以外何も口にしていない。
 そろそろやばいかと感じないわけではなかったけれど、一度提示した条件を撤回するほど、甘い顔はしてやれない。彼が自分の運命を受け入れて諦めるのを、ビリーは待つしかなかった。
「わかってるな?」
 椅子に腰かけてガイを待っていたビリーは、目の前に立ったガイに念を押す。既に体力的にも限界だろうに、それでも褪せないキツイ瞳で睨みつけながら、ガイは頷いた。
 ビリーは満足げに口の端を持ち上げたが、何も言わずにその後のガイの行動をじっと待った。
 ガイはゆっくりと両腕を持ちあげて、ビリーの両頬へ添える。そうしてビリーの顔を固定しておいてから、意を決したように自ら唇を合わせていく。
 最初に示した手本をまねるように、拙いながらも教えられた通りに舌を差し出し、ビリーの唇を舐めあげてから口内へと進入させる。
 ビリーはうっすらと目を細めて、ガイの舌が口内を探っていくのを感じていた。物覚えは悪くないらしい。
 5分近くその行為を強いた後、満足気に少しばかり口の端を持ち上げたビリーは、口内で動く小さな舌を捕らえて優しく歯を立てた。
 瞬間、ビクリとガイの身体が震え、逃げようと動く。しかし、素早くその身体を捕まえたビリーは、離れてしまった唇をもう一度重ねて、今度は自らその口内を嬲っていく。
 ビリーの技巧に翻弄されながらも、快楽に流されまいとするガイの幼い意地が、いっそ可愛らしい。ビリーは最後に優しく唇を吸い上げてやった。
「んっ……」
 思わずこぼれ出てしまった甘い吐息に、ガイの頬が悔しさと羞恥で色づいた。
「明日は、もっとうまくやれよ」
 そんなガイの様子に気付かない振りで、ビリーはそう声をかけながら食事の載ったトレーを差し出す。
「明日……?」
 しっかりとそのトレーを握り締めながらも、ガイは訝しげに眉を寄せた。
「一度だけで許されるとでも思ってたのか? これからも自分からキスできなきゃ食事にはありつけないと思え」
「こんなことして、楽しいんか?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そういう問題じゃない。ペットには躾が必要だろう?」
 性欲を満たすためのペットとして飼ってやるという、最初に告げられた言葉を思いだしたようで、ガイはキュッと唇を噛んだ。
 ビリーの言葉に含まれた蔑みの感情と淫猥さは感じて居ても、性のペットとして飼われるということの意味を、幼いガイはきっとはっきりと理解できていない。それでも、ビリーの要求する行為に応えて行かなければならないのだということだけは、目眩を伴う空腹感に嫌というほど理解しただろう。
「お前が俺を感じさせるほどキスが上手くなったら、やめてやるよ。まぁ、そんな渋々嫌がりながらやってたんじゃ、いつになるかわからないけどな」
 冷ややかな声で告げる言葉に、ガイの中にある屈しきれない強い意思が頭をもたげたようで、やはりビリーを睨みつけてくる。その瞳をさらりとかわして、ビリーは薄く笑った。
「いつまでその強気が続くか見物でもあるな。……ほら、さっさと食わないと、取り上げるぜ?」
 後半の台詞に、ガイは慌てて食事を口に運び始めた。
 
 
 
 
 ゲホゲホとむせるガイの、つらそうな咳が部屋の中を満たす。
「何度言わせればわかる?」
 口の端から零れ落ちる残滓を指でぬぐってガイの口の中へと戻したビリーは、冷ややかな瞳と声で告げた。
 自ら口付ける事に慣れたガイに、ビリーが次に教え込んだのは口を使った奉仕だった。最初は無理矢理に口を開けさせ捻り込み、掴んだ頭を揺さぶって、吐き出したものをとにかく飲ませることから始めたのだが、今では舌を使って相手の射精を導く程度のことは出来るようになっていた。
 ただし、食事を盾にしている分命じれば渋々と口を開くものの、キスを教えた時とは違い、自分から積極的に舌を這わす事はない。
 気持ちはわからなくもないが、次の段階へ進むためにも、さっさと慣れてもらわなければ困る。
「嫌だ嫌だと思いながらするから、いつまでたっても失敗するんだ」
 ビリーはガイの髪の毛をガシリと掴み、力任せに上向かせる。そして、荒く息をつくガイの、その瞳にしっかりと自分が写されていることを確認すると、もう片方の掌でガイの頬をはたいた。
「痛っ!」
 乾いた音と、ガイの呻き声と。
「さっさと飲み込めと教えただろう?」
 その命令のもと、ガイはキツく目を閉じて、なんとか口の中に残る粘ついた液体を飲み下す。目尻には薄く涙が浮かんでいた。
「まだ終わりじゃないぞ」
 ビリーは掴んでいた髪の毛を離す。ガイは重力に従って崩れていく身体を、ビリーの膝に縋ることで、なんとか耐えた。そして、小さく息を吸い込んで覚悟を決めると、丁寧に口を使って後始末をしていく。
「それでいい」
 ビリーの身なりをきちんと整えてから顔を上げたガイの目の前に、ビリーは食事の乗ったトレイを差し出した。
 受け取ったガイは、ビリーの目から逃れるように部屋の隅に設えた自分の寝床へと向かう。顔を合わせようとはしない。
 ビリーはつい吐き出しそうになる溜め息を、今日もグッと飲み込んだ。
 もともと好かれようなどとはカケラほども思っていなかったので、嫌われようと一向に構わないのだが、身体中から放たれる嫌悪のオーラには、さすがに時折たじろぐことがある。
 『従順な性の奴隷』に仕立て上げるには、ガイの高いプライドが邪魔をしているようだ。
 食べ物や痛みによって従わされている状態では、オーナーは納得なんてしないだろう。さっさと自分の置かれた運命の前に跪いて、何もかも諦めてしまえばいいと思いながら、そう出来ない頑なな強さがいっそすがすがしくもある。
 子供のクセに、どこでそんな強情さを身につけてきたのか。自分を拒絶するように向けられているガイの背中へ、ビリーはジッと視線を注いだ。
 
 
 
 
 ドアに鍵を差し込んだビリーは、その違和感に眉を寄せた。鍵を回しても、いつもは小さく響くカチリという音が聞こえない。
 嫌な予感を抱えながらも慌ててドアを開けば、やはり、そこに居るはずのガイの姿がなかった。
 ガイを預かった際、特別に、鍵がなければ内側からすら開かないドアを用意して貰ったので、まさか逃げ出すなどということは考えておらず、ビリーはガイを部屋の中では比較的自由にさせていた。
 どうやって抜け出したのか知らないが、甘く見すぎていたのは確かだろう。物覚えの早さからバカではないとわかっていたが、どうやら利口と評価したほうがいいのかもしれない。
「さて、どうするかな」
 ビリーは小さく吐息を洩らした。

>> 探しに行く

>> 放っておく

 

 

 

 

 

 

 
<探しに行く>

 この部屋から出る事に成功したとしても、どうせ簡単にはこのサーカスの敷地内から出られるはずがない。団員用の服を来た子供が一人でうろつくことなど皆無に等しく、見つかればすぐに呼び止められるだろう。
 逃げ出した事がわかった場合、連れて行かれる先など数えるほどしかない。ビリーは敷地の端に設えられた簡素な館へと向かった。 
「小さな子供が連れて来られなかったか?」
 生意気そうな目をした、訛りの強い言葉を話す子供だと告げれば、そこの管理を任されている男はすぐに思い当たったようだった。
 このサーカス団のスターの一人であるビリーが、その建物を尋ねること自体初めてだったし、滲む嫌悪の感情を汲み取って、随分とそっけない対応だったものがガラリと変わり、男はニヤリと卑下た笑いを見せながら急に愛想の良い口調になる。
 金蔓だと判断されたそれは、間違ってはいないだろう。いったい幾ら吹っ掛けられることになるのか思いやられて、ビリーは心なしか目の前の男を冷たく睨んでしまった。
 それでも男の言葉に従って、ビリーは建物の中へと足を踏み入れる。通された先は、どうやら応接室らしい。
「このお子さんでしょう?」
 その言葉と共にモニタ上に映し出されたのは、確かにガイだった。服は薄汚れた肌着のみにされ、首に掛けられた首輪の先は壁に繋がっている。打たれたのか、頬が赤く腫れているようだ。
「今はおとなしくしてますがね、それはもう凄い暴れようでして」
「だろうな」
「けどまぁ、顔は悪くないですね。ああいうキツイ目をした子供を好む方も居ますので」
 ビリーは嫌そうに眉を寄せた。それでも、相手の言っていることを否定する気にはならない。確かに、ここにはそういった人種も多く集まってくることだろう。
 いっそそういった人間を相手にしてみれば、ビリーの元で性のペットとして調教される方がまだマシだと思うだろうか?
 モニタに映るガイの姿を見ながら、ビリーは暫し考える。

>> 引き取る

>> 預けてみる

 

 

 

 

 

 

 

 
<放っておく>

 この部屋から出る事に成功したとしても、どうせ簡単にはこのサーカスの敷地内から出られるはずがない。団員用の服を来た子供が一人でうろつくことなど皆無に等しく、見つかればすぐに呼び止められるだろう。
 逃げ出した事がわかった場合、連れて行かれる先など数えるほどしかない。更に言うなら、事情がわかれば、結局は現在の世話役であるビリーに連絡が入るのだ。
 その読み通り、すぐにガイの所在は明らかになった。敷地の端に設えられた簡素な建物は娼館だ。
 華やかなサーカスの舞台裏にそのような場所が存在することを知る人間は少ないが、それでもそこそこに賑わっているのもまた事実。
 なぜなら、金さえ積めばたいていのことが許されるからだ。ガイのように逃げ出そうとした者などは、そういった金に物を言わす連中の相手をさせられるのが普通だったし、相当酷い扱いを受けるだろう。
 だからビリーは、オーナーからの預かりモノであることを伝え、壊さない程度に逃げ出した事を後悔させてくれと頼んだ。
 多少手酷く扱われて、今までの生活の方がマシだったと思えばいい。そうすれば、少しは素直に調教される気になるかもしれない。

>> 次へ

 

 

 

 

 

 

 
<預けてみる>

 ここに預けてみるのも一つの手かもしれない。そう考えたビリーは、ガイを引き取るためにと用意して来た金の一部を目の前の男に握らせる。
「協力して欲しいことがある」
 この男に協力を頼むのはいささか抵抗があったが、ビリーは頭の片隅でかすかに鳴り響く警鐘を無視する事にした。
「ええ、なんなりと」
 揉み手をせんばかりの勢いで、男は更に愛想のいい笑いを浮かべて見せる。
「ガイはオーナーからの預かり物なんで、あまり酷い傷を残すようなことは控えて欲しい。が、二度と逃げ出そうなんてことを思わない程度に、躾けてやってくれないか」
「それは、ココでのやり方で、という意味で?」
「そうだ」
「よろしいんですか?」
「いい。オーナーからの依頼は、従順な性の奴隷として仕立て上げろというものだからな」
「なるほど」
 合点がいったとばかりに頷く男に、ビリーはくれぐれもムチャはさせるなと念を押してから自室へと戻って行った。

>> 次へ

 
 
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サーカス1話 出会い

<< 目次

 

『どんな命令にも進んで従う
 従順な性の奴隷に』
オーナーから新人団員である
ガイを託されたビリーは、
同時に与えられた命令に頷く
しかなかった。
そうして始まった調教の日々に
いつしかビリーはガイへの
愛しさに捕らわれていく。
 
 
 
 
 モニタに映る何もない小部屋の中には、一人の子供がうずくまっている。
「それが、例の子供ですか?」
 尋ねる声に返るのは肯定。ビリーは眉を寄せながら小さなため息を一つ零した。
「嫌なら、無理にとは言わないけど?」
 目の前に立つ、このサーカス団の若きオーナーでもある青年は、ビリーが断らないことを確信している笑みでそう言ってのける。
 どういった経緯なのか詳しくは告げられていないが、引き取らざるをえなかった子供。ただ、随分と元気が良すぎたようで、大暴れした末にこの目の前にいる青年の、大事な友人を一人傷つけた。
 運が悪い。
 ビリーはそう思わずにはいられなかった。
『どんな命令にも進んで従う従順な性の奴隷に』
 そう仕立て上げろという、半ば強制的な命令を受けたのは今朝のことだ。
 提示された報酬はビリーが喉から手が出るほど欲している金額を軽く上回る。それだけの金があれば、このサーカス団から抜けて、本当にやりたいことが出来るだろう。
 ビリーがここに居るのは、手っ取り早く金を稼ぐためなのだ。
「やります、よ」
「君ならそう言ってくれると思ってた」
 よろしくと笑った顔は、蝶の羽を躊躇いなく毟り取る残忍な子供のそれだった。
 
 
 
 
 渡された鍵で扉を開く。
 部屋の隅には先ほどモニタ越しに見た少年が、その時と同じ格好でうずくまっていた。
 どうやらガイという名前らしいその少年は、入ってきたビリーに一瞬だけチラリと視線を向けた後、また抱えた膝の中に顔を埋めた。
「生意気そうなガキだな」
 きつめの声を投げかけるビリーに、返される反応はない。
 面倒そうな子供を押し付けられてしまった。それは間違いなく本心で、ビリーはこぼれそうになる溜め息を飲み込んだ。
 覚悟は決めたはずだろう。相手がまだ幼い子供だからと言って、情けをかけてはいけない。そんなものは邪魔にしかならないのだから。
 ビリーは感情を零さない冷たい視線でガイを居抜くと、硬い足音を響かせながら近づいていく。
 肩を掴んで立たせると、顎に手を掛けムリヤリ顔をあげさせた。まっすぐに、気丈そうな大きな瞳がビリーを見据えて睨み付けるのを軽く受け流して、ビリーは口を開く。
「お前、ここがどういう場所か知ってるか?」
「サーカス、やろ?」
 子供特有の少し高めの幼い声が部屋の中に響く。
 言葉が返ってくるとは思っていなかった。ためらいのないしっかりとした口調に、ビリーは口の端を持ち上げて見せた。
「そうだ。だが、お前の仕事は舞台に立つことじゃない」
 言いながら、ガイの胸倉を掴んで持ち上げ、乱暴に小さな唇を吸い上げる。それまで無表情だったガイが、驚愕と嫌悪の表情で顔を歪ませた。
「今後は俺の性欲を満たすためのペットとして、お前を飼ってやるよ」
「なん、やって……?」
 震えながら吐き出される声に、ビリーは極力いやらしい笑みを浮かべてやる。
「いい子にしてたら、お前にもイイ思いをさせてやるさ」
 再度ビリーはガイの唇を奪う。
「……嫌やっ! うっ…ツゥ……」
 逃れようと身体をバタつかせるガイの腕を掴んでねじりあげれば、ガイは痛みにうめき声を洩らした。開いた唇に舌を滑らせ、口内を乱暴に、けれど執拗にネットリと舐めあげる。
「んっ……」
 甘えの混じる声を鼻から漏らすようになるのを待って、ようやくビリーはガイを開放した。
 ビリーを睨み付けるガイの瞳に、先ほどまでのキツイ光彩はない。ビリーは満足げに笑ってみせた。

>> 次へ

 
 
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