親父のものだと思ってた10

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「あー……」
 正直に言えば、聞きたい気持ちは当然あった。でも言いたくないことを無理に聞き出すべきではないとも思っていた。
「言いたいとか聞いてほしいとかなら喜んで聞く。けど、言いたくないなら無理しなくても、いい」
 言える理由なら触っていいか聞いた時に教えてくれてたはずだと言えば、相手はまた少し安堵を見せる。
「そ、っか……」
「ただ一つだけ言って置きたいんだけど」
 いい機会なのではと思った。相手のペースに任せながらも、自分が抱く側になる道をあれこれ模索するよりも、いっそ、口に出して伝えておこうと思った。どうせなら、相手の意思もすでに抱く側で固まっているのかどうかも、聞いておきたい。
「え、うん、なに」
「俺はやっぱり、出来ればあなたを抱きたい。抱かれる側じゃなくて、抱く側になりたい」
「うぇっっ!?」
 想定外な話だったんだろう。何を言われるのかと身構えていた相手は、妙な声を上げて随分と変な顔をしている。というよりは、どんな顔をしていいかわからなくて、焦っているようにも見える。
「なに、言い出してんの……」
 結局気持ちは恥ずかしい方向に定まったらしい。ほんのりと頬をあかくして、逃げるみたいに視線を落としてしまう。
「追々考えるって話だったけど、やっぱちゃんと主張しておこうと思って。体の負担とかあるのわかってるし、精神的にも今の状況じゃ難しいのかなとも思うけど、なんとなく流されて俺が押し倒されるのは嫌だなぁって思ってる。だから、どうしても俺に抱かれるのが無理そうで、でも抱く側なら出来るかも、くらいの状況になるまでは、とりあえずは俺が抱く側、というのを主張したい」
 本当に何言ってんだこいつ、とでも思っているんだろう。落としていた視線は再度こちらを捉えているが、明らかに不審なものを見る目をしている。
「何が何でも俺を抱きたい、って、すでに思ってたりする?」
「え、いや、それは……」
「じゃあ、とりあえず俺が抱く側でいいよね?」
「ええ……」
 内心ガッツポーズを決めながら、言質をとってしまおうと畳み掛けたけれど、さすがに「いいよ」とは返ってこなかった。
「てか前にも言ったけど、俺、30超えたおっさんなんだけど……」
「あー、うん。それが?」
 あのときにも今更と言ったはずだし、相手が何を言いたいのかイマイチ伝わってこない。
「あ、いや、待って。もしかして年上が抱く側になるべき理由とか、何かあったりする?」
 たしかあの時も、何か問題あるのかと聞いたら、おおありだって返された。そして、付き合ったら抱く側になるのは彼の方だと思っていたと、知らされたんだった。
 そういや自分が男同士のアレコレを調べた時に、年齢が絡んだ話を読んだような気がしないこともない。相手を抱くのは自分だと思ってたから、自分には関係ないなと流してしまった何かがあったような……
「何か、っていうか、」
「あー……何か思い出しそう、かも」
「えっ?」
「年上が抱く側になる理由、なんか、知ってる気がする」
「ええっ!?」
「って、なんでそんなに驚いてんの?」
「いやだって、そんなの俺、知らない、し」
「ええ〜。じゃ、なんで年齢出して俺が抱くの嫌がんの?」
「それは、だって、お前が前に付き合ってたの、年下の女の子、だったわけだし……」
「そ、……え、……待って。待って」
 母親代わりみたいな立場で関わっていた相手が、こちらの恋愛事情を知っているのは仕方がない。けれどそれを引き合いに出されても困ってしまう。そんなのはとっくに終わった関係だし、年下の女の子が良かったなら年下の女の子を口説くべきで、年上の男性相手に付き合ってなんて言うべきじゃない。
「恋人を抱きたいって思う男の気持ちに、その恋人の性別とか年齢とか関係なくね? そこが問題になるなら、年上の男ってわかってる相手に、恋人になって、なんてこと、そもそも言わないよね?」
「それは、そうかも、だけど」
 まだ納得しないんだ。という歯痒いような気持ちを抑えて、相手の言葉を待った。

続きました→

※ 視点の主は検索中に「ゲイは年齢が上がると抱いてくれる相手を探すのが難しくなって抱く側になる(人もいる)」的な話を読みました。機会があれば作中でも触れるけど、このまま思い出せずに終わる可能性も高いので書いておきます。

 
 
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親父のものだと思ってた9

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 想定外すぎる相手の反応に、頭の中が混乱している。未経験の童貞だから、という躊躇いや羞恥とは明らかに違うと思った。
 しかも慌てて身を離したこちらの態度に、今度は相手が慌てだす。
「ごめん、待って、違う」
 泣きそうな顔は必死で、それだけでもやっぱり意味がわからなすぎて混乱が増すのに、伸びてきた手がシャツの裾をキュッと握って、まるでこれ以上距離を離すなと言われているみたいだった。
「でも……」
「ヤじゃない。嫌じゃなかった、から。ほんと、違うから……」
 そんな言葉とは裏腹に、声も体もかすかに震えているし、今にも涙がこぼれそうな瞳も不安そうにユラユラと揺れっぱなしだ。
 こんな相手を見たことがない。昔は、というか多分うちに来だした初期の頃は、戸惑ったり困ったりした様子の苦笑顔が多かった気がするし、慣れない子守に余裕がなかったのかもっと全体的に無愛想だったような気もする。でも、その当時から今日までずっと、泣きそうな顔を向けられたことなんてなかった。
 理由は明白だ。
 だって自分は保護されるべき子供だった。そして幼いころからずっと、彼の不興を買って、彼が家に来てくれなくなることを恐れてもいた。
 父親の恋人と思い込んでいたから、彼を支えるのは父親だと思っていたのもあるし、不用意に踏み込んで父親とのアレコレを相談されたらたまらないとも思っていた。
 ようするに、彼の前では極力、扱いやすく素直な子供の立場を貫いていたのだ。困ったときは自分を頼ってほしい、なんて様子を欠片も見せない子供相手に、不安なんて晒せるはずがない。
 恋人になって、年齢差があろうと相手に甘えて抱かれたい気持ちよりも相手を抱きたい意思があることを知られて、キスやハグを繰り返して、多分、自分たちの関係は大きく変わっている。
 目の前にいるのは父親の恋人かも知れない母親代わりの男ではなく、絶対に手放したくないと思った自分の愛しい恋人だ。しかも恋愛未経験の童貞で、恋人との性的な触れ合いに全く慣れていない男だ。
 相手の反応の不可解さはあっても、目の前で泣きそうに震える恋人を放り出せるわけがない。
 離れた距離をにじり寄って、そっと相手を抱きしめた。
「嫌じゃなかったなら、いい」
 耳元で囁やけば、ホッとした様子で相手の体から力が抜けて、おずおずと背に回された手に抱き返される。
「驚かせて、ごめん、ね」
「いいよ。ただ、嫌じゃなかったって言われたら、またしたがると思うけど、大丈夫?」
 キスとかハグみたいに繰り返したら慣れてくれるだろうか。互いの性器を握って扱いて気持ちよくなる、というのは思っていたよりハードルが高そうだから、まずは他者の手に触れられて気持ちよくイケるようになって欲しい。
「直接触って気持ちよくしたい、って気持ちは多分、譲れそうにないんだけど」
「わかってる。大丈夫。というか気持ちだけなら、俺だって、お前をもっと気持ちよくしてやりたいって、思ってる、よ」
「そ、っか。……うん、なら、楽しみにしてる」
 やっぱり相手のペースに任せて、相手がじわじわと慣れるのを待っていたほうがいいんだろうか。早く先に進みたい気持ちがないわけではないが、相手任せにしたらいつか自分が抱かれる側になりそう、という理由が大きかったわけだから、相手のペースに任せながらも自分が抱く側になる道を探るべきかも知れない。
 などと、気持ちは今後どうすべきかという方へ向き始めていたのに。
「なぁ、理由、聞かないの?」
 どうやら明らかにおかしな態度を見せたことを、相手も気にしているらしい。

続きました→

 
 
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親父のものだと思ってた8

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 夜は風呂や食事を済ませた後もそれぞれ自室に引っ込むことは少なく、眠くなるまでなんとなく一緒に過ごしていて、そこが主なイチャイチャタイムとなっている。週末の夜はそれが少し濃厚になって、今日も数度の軽いキスを繰り返した後は相手の舌先によって唇を突かれた。
 応じて受け入れ口の中を探られながら、こちらは相手の背に回した手を動かして、寝間着代わりのTシャツの中に差し込んでやる。
 下着の中にまで手を突っ込んだことがないだけで、ここまではすでに経験済みだ。相手もわずかに肌を震わせただけでこちらの手を受け入れている。
 直に触れた肌はさらりとして若干温度が低い。もともと体温が低めらしい。相手と触れ合う興奮で、こちらが余計に体温を上げているのも大きいかも知れないが。
「そこ、くすぐったいって」
 すでに知っている相手の弱い場所で、何度も手のひらを往復させつつ、指先を使った刺激も送ってやれば、相手がとうとうキスを中断して音を上げる。
「くすぐったいところは性感帯の卵って聞いたことある」
「それは俺も聞いたことある気がするな」
「じゃあこのまま触ってていい?」
「ダメ」
「なんでよ」
「だってお前、くすぐったがらないから。俺だけくすぐったいの我慢する理由がない」
「俺はもう、くすぐったい通り越して気持ちいいが感じられる体ってことで」
「まぁ、たしかに、くすぐったくないからって不感症ってこともなさそうだもんな」
 そう言いつつ、相手の手が股間の膨らみを確かめるように撫でてきたから、同じように手をのばして相手の股間の上へと置いた。
 そこにもちゃんと、ガチガチとまでは言わないがしっかりと形を変えた膨らみがある。
「そっちだって、くすぐったいと言いつつ、ちゃんと気持ちよくなれてるよね?」
「くすぐったいのが気持ちよくてそうなってるわけじゃないんだけどな」
 苦笑とともにそっと身を引かれかけて、ああまたここで中断する気だと察してしまう。とっさにもう片手を相手の背に回して、逆に自分の方へと引き寄せた。
 ぎょっとした顔と強ばる体に、無理をさせたくない気持ちが沸き上がったけれど、なんとかそれを抑え込む。相手のことが好きで、相手に嫌われたくなくて、ついつい相手任せにして相手のいいように合わせてきたけれど、でももう、相手のペースに任せて流されるのはやめようって決めたのだから。
「ね、これ、直接触って気持ちよくしたいんだけど」
「そ、れは……」
「だめ?」
 譲る気はないんだけどという強い意志を乗せながら問えば、相手は口を閉ざして考え込んでしまう。しばらくまっても、ダメじゃないけどと躊躇う理由を教えてはくれなかった。
 ということは、本気でダメって思っているんだろうか。いやでも、ダメならダメってはっきり言うし、理由だって教えてくれるじゃないか。さっき、自分だけがくすぐったいのを我慢するのが嫌だと言っていたように。
 それなら、理由が言えないってことか?
「触るよ?」
 考え込んでしまう理由に想像がつかなくて、それならと、相手を窺いつつも先へ進んで見ることにした。本気でダメだったり無理だったりするなら、それなりの反応があるはずだ。
 お腹に手を当て、ゆっくりと肌の上を滑らせるようにしながら下方向へと移動させる。相手は息を呑んでその手の行方を見守っているが、拒絶や抵抗はなかった。
 寝間着代わりのゆったりしたズボンに潜り込んだ手は、ゆっくりとした動きであっても、すぐに下着も突破する。ただ、手のひらに触れる下生えの感触に軽い感動を覚えて、思わず何度も撫でてしまえば、相手の体がますます強張ってしまった。
 身を竦めているようにも見えて、まるで逃げ出すのを耐えているように思えて不安になる。
「やっぱり嫌?」
 声をかければビクリと相手の肩が跳ねて、ハッとした様子で下腹部を見守っていた視線がこちらを向いた。
 不安そうというよりは、どこか怯えているようにも見えるこんな顔は見たことがない。こんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「ごめんっ」
 慌てて手を引き抜いて、体ごと相手から少し距離を離した。

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親父のものだと思ってた7

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 もしかしたら自分が抱かれる側になるのかもしれない。なんて、全く考えていなかった可能性を提示されてめちゃくちゃビビってしまったが、追々考えればいいの言葉通り、キスやらハグやらが日常生活の中に溶け込んでも、お前が抱かれる側になれという積極的なアプローチはなかった。
 だからって相手が抱かれる側にまわってくれそうな気配もないので、本当に、そういうことは先延ばしってだけなんだろう。
 恋人関係を進展させたい。まずは触ったり触られたりが出来る関係になりたい。というこちらの希望にも適っているので、キスやハグが増えるのはもちろん嬉しいのだけれど、でも相手が数をこなすごとにあからさまに慣れていくのがわかるから、内心微妙なところはある。微妙というか、戦々恐々というか、つまりは嬉しいとは思うけれど素直には喜べない状況だ。
 だって相手の思惑が透けて見えてもいる。
 ずっと実家の家政夫の真似事をしていたことを、ぬるま湯環境でのリハビリと称していたように、彼の対人関係は長いこと狭い範囲に限定されていた。人間関係につまずいてニート、という部分にどこまで踏み込んでいいのかわからなくてあまり深くは聞いていないけれど、どうやら何かがあったのは高校時代で、辛うじて卒業だけはしたという相手にとって、自分はやはり初めての恋人らしい。初めてキスをした時にちらっと思った通りに、恋愛未経験者の童貞、というのが当たりだったようだ。
 でも人間関係の問題で経験する機会がなかったというだけで、きちんとコミュニケーションが取れる相手と関係を深めていくことには何の問題も抱えておらず、手際よく美味しい料理を作ってくれることからもわかるように、どちらかというと器用な方でもある。つまり、数をこなして慣れさえすれば、恋愛未経験だとか童貞だとかはなんの障害にもなりそうになかった。
 自分が抱く側となり、未経験でぎこちない相手をリードする。なんて展開はどうにも起こりそうにない。それどころか、長いこと母親代わりにあれこれ世話を焼いてきた経験を最大限に生かして、頼りがいのある年上彼氏にクラスチェンジした気配さえある。
 うん。これはやばい。まずい。
 今はまだ、どっちが抱くとか抱かれるとかの話は棚上げされているけれど、この調子で相手がじわじわと恋人と触れ合う経験を積み上げていけば、抱かれる側になるのはきっと自分の方だ。
 そもそも、お前で童貞捨てさせて、なんて言われたら断れる気がしない。むしろそれはそれで嬉しいんじゃ、とか思いかねない。
 だって現状、じわじわと経験を積み上げていく、という選択をしている相手なら、この身を任せたところで強引に突っ込んできたりはしないだろう。同じように、じわじわと体を開発されていく未来が見えてしまう。
 うん。これはやばい。まずい。そんな展開に流されたくない。
 だとしたら、自分が取るべき道は何か。考えた結果、相手がこれ以上あれこれ慣れてしまうまえに、積極的に抱きたいアピールをしつつ、相手の慣れるスピードよりも速く関係を深めていくしかないと結論づけた。嫌われたくないから無理にどうこうする気はない、というのは今も思っているけれど、相手のペースに任せてじわじわと進展するのを待つのはやめるべきだろう。
 幸いにして、キスやハグは日常に溶け込むレベルで増えているが、一緒に気持ちよくなるような性的な触れ合いはまだ殆どといっていいほどしていない。
 深いキスをして、互いの体をまさぐって、興奮で形を変えたペニスを服の上から無であったことはある。でもそこから先、直接互いの性器を握って扱き合うようなことにはならなかった。今日はここまでと相手に身を引かれてしまったからだ。
 もちろん、その後自室でしっかり抜いた。多分相手だって、一人で処理したと思う。
 あのときもっと強引に、気持ちよくイケるまで付き合わせてしまえば良かった。無理に付き合わせるのではなく、上手におねだりの方向で、相手が受け入れてくれる範囲をもっと探るべきだった。

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親父のものだと思ってた6

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 もう一度キスがしたいとか、できればそれ以上のこともしてみたいとか、どう言い出すかを迷いながらタイミングを見計らっていたら、相手の方から声がかかった。
「お風呂出たら部屋来てくれる?」
 お前が気にしてることの話をしよう、なんて続いた言葉に、バレバレだったと恥じる気持ちとともに、期待と不安が混ざり合って押し寄せる。
 だって、話をしよう、という言い方が気になる。雰囲気的にも、そういうお誘いって気配がない。でも、わざわざ部屋に呼ばれるという部分で、何か進展するかもという期待をせずに居られない。
「それ、期待していいやつ?」
 こわごわ聞いた問いにはっきりした答えはなく、早くお風呂に入っておいでと急き立てられてしまった。
 期待は弾けて、嫌な予感しかない。だからといって、誘われた話し合いに応じない、なんて真似はできっこない。
 言われた通りに風呂場から直行して相手の部屋のドアを叩けば、すぐにどうぞと返ってきた。
「おじゃまします……」
 ドアを開けて一歩踏み入ってから、そういや相手の部屋を見るのは初めてだと気づく。だって家事をしに来てくれるばかりで、相手の家に行った記憶なんてない。
 彼の家に預けられたのが切っ掛けで親が離婚になったのだから、行ったことがないわけではないのだろうけれど、でも、遠い記憶すぎてまったく覚えていないし、多分その時にだって、彼の部屋に入るようなことはしていないだろう。
 思わずキョロキョロと見回してしまった部屋の中は至ってシンプルで、ベッドの他に目立つ家具はローテーブルと本棚くらいだった。
 結構立派な本棚はまだほとんど本が入っていないが、手前には幾つかのダンボールが積まれている。一足先に入居したとは言え、まだ片付けきっていない部屋は少し雑然としていた。
「こっちおいで」
「えっ……」
 ローテブルの周りに置かれたクッションを勧められるのだと思っていたから、ベッドに腰掛けた相手が、自身の隣を指して呼んだことに驚き戸惑う。
「お前が期待してる展開になるかはともかく、俺だって恋人との同棲で何もナシとか思ってないって」
 期待していいの、は俺のセリフでもあるよね。なんて言いながら笑う顔は、期待に満ちた楽しげな顔とは程遠く、どこか陰りがある。
 やっぱりあんまり楽しげな展開は待ってなさそうと思いながらも、相手に呼ばれるままベッドに向かい、相手の隣に腰掛けた。
「で、話って? 俺が何期待してるかわかってて、恋人との同棲で何もナシって思ってないのに、俺の期待には応えられない、みたいな言い方、めっちゃ気になるんだけど」
「お前さ、俺が男ってわかってるよね?」
「は? 今更?」
「そう。今更。ついでに言うなら、俺はもう30超えたおっさんなんだけど、わかってる?」
「え、それも今更っつうか、それが何か関係あんの?」
「おおありだよ。だってお前、俺のこと、抱きたいって方向で期待してるよな?」
「そりゃあ、出来ればそこまでしたいって気持ちはあるけど。あ、でも、無理させるつもりはないし、男同士の恋人関係、どっちかが突っ込むのが当たり前ってわけでもないみたいだし、一緒に気持ちよくなれるの優先ってか、キスだってさっきやっと一回出来たとこなんだから、まずは触ったり触られたり出来るようになればいいって思ってる、よ」
 父親との関係を疑っていたから、具体的なことを知りたくなくて、男同士の行為に関する知識を調べたのは最近だ。アナルセックスのやり方もそれなりに得たつもりではいるけれど、受け入れる側の負担が大きいのは明白だし、何が何でも突っ込みたいとまでは考えていない。
 まぁ許されるなら、少しずつでも慣らしていって、いつかは相手と体を繋げたい。という希望は当然あるけれど。
「ああ、じゃあ、とりあえずは抱いたり抱かれたり、までは考えなくていいのか……」
 どこか安堵の滲む声で納得気味につぶやかれたけれど、それはつまり、こちらの期待がだだ漏れすぎて、いきなり抱かれるのは無理だという釘刺しがしたかったってことだろううか。
「俺、そんなにがっついてた? 一緒に住んだらもっと恋人っぽいイチャイチャが色々出来るって期待、めっちゃしてたのは事実だけど。でもあなたに嫌われたくはないから、無理にどうこうなんてするつもり一切ないよ?」
「あーいや、そういうんじゃなくて。っていうか、俺もさ、お前と恋人になったら、俺が抱く側になるって思ってたんだけど、って話」
「……えっ?」
「だよな。お前はその可能性を全く考えてないんだろうな、って思ったから、そこ話し合っておきたかったわけ」
 でもまぁすぐに抱いたり抱かれたりまでは考えてないなら追々考えればいいかと、相手はすでにこの話を締めにきている。
 いやいやいや。え、ちょっと、なにそれ知らない聞いてない。
「とりあえず、さっきのキスのリベンジしていい?」
 想定外すぎる話に頭の中がぐちゃぐちゃで、二度目のキスはぼ呆然としているうちに終わってしまった。

続きました→

 
 
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親父のものだと思ってた5

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「バカにして!」
 クフフと笑いを噛み殺す気配に気づいた相手が、寄せていた体をぱっと離したかと思うと、ガチッというやや鈍い音とともに勢いよく口に唇を押し当ててきた。
 こちらもそれなりに痛かったが、相手も同様に痛かったんだろう。すぐに押し付けた唇を離した相手は、そのあと口元を片手で覆い隠している。目にはわずかに涙が滲んでいるようだ。
 まさか勢い余って歯をぶつけるような、拙いキスをされるとは思わなかった。
 しかし当然ながら、下手くそと笑っていい雰囲気はない。自分たちの年齢差を考えたら、ドンマイと慰めていい場面とも思えない。
 さてどうしよう。
 なんとも気まずい空気の中、多少復活したらしき相手が無言のままヨロヨロと席につく。仕方なく自分も対面の席に腰を下ろしたが、正面に座る相手と目があうことはなかった。
「いただきます」
「待った!」
 小さな声が聞こえたと同時に慌てて声を上げれば、相手の肩がわかりやすく揺れる。ただ、なんと声をかけていいかはやはり迷ったままだった。
「あー……その」
「わすれてくれ」
「え、やだ。絶対忘れない。むしろ忘れようがない」
 弱々しい訴えを即座に断って、だって初めてのキスだよと言い返す。
「初めてのキス、痛かったなー。っていつか笑える日が来るって!」
「何いってんのお前」
「マジでマジで。今はほらその、やらかして恥ずかしい的なのあると思うけど、それもちゃんと思い出になるから! 大丈夫だから! てかキスしてくれたのめっちゃ嬉しかったから!」
 勢いよく言い募ったあと、だから落ち込まないでよと、一転かなり弱めた声音でお願いしてみる。相手はちょっと呆れた様子で溜息を吐いたけれど、お前が言うと本当にそんな未来が来そうと言って苦い顔で笑った。
「来そう、じゃなくて、来るんだって。あれも楽しい思い出の一つになるんだって」
 そう断言しながら、体の力が抜けた相手の様子に内心ちょっとホッとする。だって初めてのキスを失敗したから、なんて理由で関係を進展させることに尻込みされてはたまらない。
 とりあえずは目の前の美味しいご飯を優先させるけれど、今夜のうちにもう一回はキスして置きたい。というかキス以上のことだってしたいつもりで居たんだけど、さて、相手は一体どこまでさせてくれるだろうか。
 父親とそういう関係は一切なかった。というのは聞いたけれど、そういえば相手の恋愛経験を全く知らない。父親よりも一緒にいる時間が多かった相手は、こちらの恋愛事情も多少は知っているというのに。
 もしかして、童貞ってこともあるんだろうか。
 人間関係を失敗してニート、とは聞いたけれど、そこもあまり深く事情を聞いてはいないから、いつからニートをしてたのかだって知らない。どれだけ記憶をさかのぼっても、相手とのコミュニケーションに難を感じたことはないので、そんな彼がどんな失敗をするのか全く想像出来なかったのも大きい。
 ニートだった話にもイマイチ実感が湧いていなかったのだけれど、あのキスのおかげで、狭い人間関係の中で歳を重ねてしまった恋愛未経験者の可能性に気づいて愕然とする。
「どうした?」
 相手を見つめすぎていたらしい。しかし、まさか童貞なの? なんて聞けるはずがない。
「今日のオムライスとハンバーグもめっちゃ美味しい」
 とっさにそう返してにっこり笑えば、相手もそりゃ良かったと嬉しそうに微笑んでくれたから、多分上手くごまかせた。

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