せんせい。番外編 END No.3オマケ

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 自分達の関係を隠しながら重ねるデートの行き先は、やはり、どちらかというと都心部から離れた場所が多い。絶対に知り合いとは出会わないような、ちょっと寂れた観光地。
 行き先を決めるのはたいがい雅善だったから、雅善自身はそんな場所でもそこそこ楽しんでいるようだったし、ただただ雅善との時間を持ちたい美里にとっては、行き先なんてさして重要ではなかったし、雅善が楽しんでいるなら尚更どうでも良かった。
 問題があるとすれば、あの化学準備室で襲ってしまった時以来、雅善を抱いていないことだろう。
 美里にとって、これは大きな問題だった。確かにあの時、雅善は自分を好きだと言った。しかも、自分が雅善をそういう対象として好きになるよりももっと前から、子供だった頃から、ずっと好きだったと言ったのだ。
 なのに、たまに軽いキスを許してくれる以外、なんだかずっとはぐらかされていると思う。
 校外で会ってくれるなら、校内ではただの一生徒として接するのでも構わない。そう言って半ば脅し取ったデートの約束だからだろうか? それとも、最初の1回があまりにヘタだったせいで、2度目を警戒させているのだろうか?
 どんな理由にしろ、雅善に触れたいという気持ちが収まるわけではなかった。
 
 
 曲がりくねった山道を、車は軽快なスピードで登って行く。ところどころ開いた場所から覗く景色は、そろそろ秋の終りを告げていた。
「ガイ、どこか景色の良さそうな所で、一旦車止めないか?」
「ああ、ええよ。写真でも撮ろか?」
 肯定の言葉を返す前に、車はグンとスピードを落とした後、道の脇に作られた簡易な駐車スペースへと停まった。
「ええ天気やし、まわりの木ぃたちもキラキラしとって綺麗やな~」
 うっとりと呟きながら伸びをして、シートベルトを外そうとする雅善の手を、美里はそっと掴む。
「美里……?」
「キス、したい」
「ここで?」
 小さく笑う雅善を、美里は真剣な目で見つめたまま。
「そう、ここで」
 答えながらシートベルトを外し、返事も待たずに身体を浮かす。
「キスだけ、やで?」
 ゆっくりと瞼を下ろしながら囁かれる言葉に、わかったと返す気はなかった。軽く触れるだけのキスを何度も繰り返し、やがて雅善がそろそろ止めろと言いたげに肩を掴むのを合図に、深いキスへと変えた。
「んんっ!?」
 驚きか、拒絶か。美里の口内へと吐き出された言葉はくぐもった呻きとなり、雅善の指はそのままキツク肩へと食い込んだ。
 美里自身も、肩へと走る小さな痛みに眉を寄せたものの、だからと言って雅善を開放する気にはなれない。
 逃げる舌を追いかけ捕らえ、存分に舐め啜りながら、ズボンから引きずり出した服の裾から潜り込ませた片手で、直接雅善の肌に触れた。怯えるように、雅善の肌が戦慄くのがわかる。
「キスだけやて、言うたやろ」
 唇を放せば、戸惑いを滲ませながら吐き出された声が震えた。
「キスだけじゃ、足りない。抱かせろとは言わないから、もう少しだけ、雅善に触らせてくれよ」
「ここを、どこだと……」
「車通りのほとんどない、山道の道路脇に停めた車の中。ちゃんとわかってる。ムチャしたりしないから」
「既に充分ムチャしとるって」
「うん。ゴメン。でも、止められない」
 吐き出される溜息。こんな風に、雅善に溜息を吐かせるのは何度目だろう?
 自分よりもずっと小柄で、童顔で。並んで歩けば、同級生か、悪くすれば自分の方が年上に見られることだってありそうなのに。やっぱり相手は既に成人して数年を経た大人で、ずっと好きだったと言ったその言葉はきっと本当で、最後の部分で拒絶しきれないのを知りながら、そこへ付けこんで甘えてしまう。
 甘やかして、甘えさせたい気持ちはあるのに、身体だけ大きくてもダメなのだと、この数ヶ月で嫌になるほど思い知った。
 どうすればいいのかなんてわからない。わからないことだらけで、気持ちばかり相手を求めて、持て余す情熱を一人では処理し切れない。そんなことまで、ガイには見透かされているような気さえする。
「ゴメン、ガイ。でも好きなんだ」
 情けなさに泣きそうだった。覆いかぶさるようにして、美里は雅善を抱きしめた。
「わかっとる。ワイも、好きや」
「なら、なんで……」
 はぐらかすのか。抱かせてくれないのか。
 言いたい気持ちと、尋ねるのが怖い気持ちが混ざって、結局言葉には出来なかった。返される言葉はなく、代わりに、宥めるように雅善の手が背中をさする。
「ワイを、抱きたいか?」
 やがて、ゆっくりとした口調で問いかけの言葉が掛けられた。
「当たり前だろ!」
 背中に置かれた手は名残惜しかったが、身体を放して雅善を見つめれば、雅善は酷く優しげに微笑んでいた。
「ワイのがずっと年上で、身体は小さくてもれっきとした男で、ずっと美里を抱きたいて意味で好きやった。て言うたら、どうする?」
「えっ……?」
「キス以上の事がしたいんやったら、そういう可能性も考えとき」
 雅善のシートベルトが外れて戻って行く。それを呆然と見つめながら、美里はその言葉の意味を理解しようと考える。
 もしかして、抱かせろ、と言われたのだろうか?
 その想像を裏付けるように、雅善の手が美里のズボンのフロントに掛かって、美里は思わず上ずった声で尋ねてしまった。
「俺を、抱く気なのか?」
「まさか。ただ、ワイかてホンマに美里を好きなんやって、ちゃんと教えたろと思てな」
 ジジッと小さな音を立てて、ジッパーが下ろされる。下着の中まで躊躇いなく進入した暖かな手の平に包まれて、身体はすぐにも反応し始めていた。
「が、ガイ!?」
 身体を屈め、引きずり出した怒張に顔を寄せて行く雅善に、美里は驚きの声を上げる。上目遣いに美里を見遣った雅善の顔は、なんだか笑っているように見えた。
「ううっ」
 熱い口内に含まれて零れる吐息。信じられないという気持ちでいっぱいだったが、現実は確かな快楽を伴ってここにある。
 雅善が自分のモノを咥えている。その事実だけでも達してしまいそうなのに、丁寧に這わされる舌とか、軽く当てられる歯とか。耐えられるわけもなく、美里はあっさり音を上げた。
「ダメだ、ガイ。もう……」
「ええよ」
 そう言われたって、その口の中に吐き出すことなんて出来ない。なのに、力で払いのけてしまうにはあまりにも惜しい誘惑だった。
 結果、必死で耐える美里の我慢も、促すように吸われれば限界を超える。全てを口で受け止めてから、ようやく、嫌そうに眉を寄せつつ顔をあげた雅善の喉が上下した。
 飲まれた……
 嬉しさよりも、むしろ羞恥と戸惑いが美里を襲う。言葉を失くして、呆然と雅善を見つめる美里に、雅善は余裕を見せつけるように口の端をあげて見せる。
「これ以上は、美里が卒業するか車の免許取ってからや」
「免許……?」
「抱かれた後でも無事に運転できる自信はさすがにあれへん。てこと」
「でもさっき!」
「今すぐ、これ以上のことしたいんやったら、ワイが抱くよて言うただけや。ワイかて色々我慢しとるんやから、あんま煽るようなことすんなや」
「生殺しも同然の仕打ちだな」
 手を伸ばせば届く近さに居る好きな相手と、当分の間キスだけの関係でいろと言うのか。
 我慢なんてしなくていいのにと言いたかったが、それがイコール、自分が抱かれる側になることを指すなら、さすがに躊躇いがある。
「好き、て気持ちだけやったら不満ですか?」
 やや下方から覗きこまれての問い掛けに、不満なんてないと言えるほど強がれない。きっとまた、焦れて、触れたくなって、多少強引にでもその身体に手を伸ばしてしまうだろう。
「受験生を誘惑するんは気ぃひけるんやけどな、あんま煮詰まられても困るし、ほな、たまにはまた口でしたるから、それで我慢せぇへん?」
「それは……でも、俺だってガイを気持ち良くさせたい、し」
 苦痛に歪む顔じゃなく、快楽に喘ぐ表情が見たい。自分の手によって雅善の快楽を引きずり出してやりたいのだ。その口から、気持ちイイと言わせたい。
「それは卒業後か免許取ってから」
「触るだけでもダメなのか!?」
「ワイを、ムチャクチャ感じさせて、ドロドロにしたい。て顔しとるからアカンな」
 ニヤリと笑う顔に、やはり全然敵わないと思う。
 服を調えるよう促されて従えば、出発する気なのか雅善はシートベルトを装着する。仕方なく、同じようにシートベルトを締めて、動き出す景色に視線を送りながら。前言撤回で、受験終了前に車の免許を取りに行ってしまおうかと考えた。

 
 
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せんせい。13話 オマケ

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 朝も早くから、さして広くない一人暮らしの部屋を掃除し、簡単な昼食を用意しながらついでに朝食をすませ、最後にシャワーを浴びた。それでもまだ、時間の余裕は充分にある。
 やることがなくなってしまうと、意識せずには居られない。暫くキッチンと自室の間をウロウロ行ったり来たりしていた雅善は、やがて諦めたように、部屋の中央に置かれたコタツに腰を下ろした。極力意識しないようにと思って、ベッドに背を向ける位置へ座ったのだが、やはり気になって仕方がない。
 寝室を分けられるような部屋数ではない。というより、四畳半程度の小さなキッチンと六畳よりは多少広めの部屋が一つあるだけなのだ。
 それでも、この地に長く暮らす予定ではなかったし、立地条件と家賃を考えれば、一人者の住まいとしてはかなり快適な物件だった。ただ、越してきたこの土地で河東美里と再開することも、ましてや部屋へ呼ぶことになるなんてことも、まるっきり想定していなかっただけだ。
「初恋、やもんな~」
 呟きは思ったよりも大きく響いて、雅善は恥ずかしさに、思わずコタツの上に突っ伏した。目を閉じれば、幼い頃の美里を簡単に思い描くことが出来る。
 昔、雅善の住むマンションに越してきたある家族の一人息子は、大きな目をキラキラさせた元気の良い子供だった。部屋が同じ階の近所だったことや、当時雅善がまだ小学生だったことや、美里の両親が共働きだったこと。他にも色々な要素が絡まって、年の差はあったけれどよく一緒に過ごしていた。
 最初は弟が出来たみたいで嬉しくて、懐かれれば可愛くて。ただそれが、世間一般で言うところの恋心なんじゃないかと思い始めたのは、雅善が中学へ上がった頃だった。
 どうしたって一緒に居られる時間が減って、随分とがっかりしている自分自身の気持ちに気付いた。たまの休みに一緒に遊べば、前と代わらず可愛らしい笑顔を見せてくれたが、それでも、会話の中に出てくる彼の友人達に嫉妬せずにはいられなかった。
 嫉妬して、どうしたらもっと自分を見てくれるだろうかなんてことを考えながら、頭の中では抱きしめたりキスしたり、場合によってはもっと酷いことまで、妄想していた。
 自分の中の欲望に、唖然として、持て余して。そうこうしている内に、美里は家の都合でまた引っ越してしまって、出した手紙に返事はなかった。
 忘れたことはなかったけれど、もう二度と会うこともないだろうと思っていたのは事実だったから、思いがけない再会には、普段信じてなどいない神様に向かって、感謝してしまったほどだ。
 勝気な瞳をキラキラさせていた男の子は、同じ瞳を持つ、カッコイイ男へと成長していた。見上げなければならない程の長身には多少戸惑ってしまったけれど、それでも美里はやはり美里で、昔感じた想いが蘇る。やはりどうしようもなく好きなのだと思った。
 ツラツラと昔へ想いを馳せる雅善の耳に、ドアチャイムの音が響く。ハッと顔を上げた雅善は、緩み掛ける頬をパンッと叩いて引き締め、玄関へと向かう。
 簡単に覗き窓から確認した後でドアを開ければ、心持ち緊張を滲ませた美里がおはようございますと告げた。緊張が伝わってくる。同じように緊張の滲む挨拶を返してから、雅善は美里を部屋の中へと招いた。
「おじゃまします。これ、一応お土産」
 そう言ってコタツの上に置かれたのは、明らかにケーキ屋の箱だった。
「ケーキ?」
「嫌い……じゃないよな、甘いもの。和菓子の方が好きだった気もしたけど、美味しい和菓子屋は知らなくて、さ」
「ああ、まぁ……てか、そんなんよう覚えとるね」
「そりゃあ。よく一緒にオヤツ食べてた仲だし。ガイのことは、出来るだけ色々覚えていたかったし」
 照れたような笑いに、ドキリとする。
「お茶、淹れてくるから、好きに座っとき」
 真っ直ぐに見つめ返すことが出来なくて、雅善は早口でそう告げ、通ってきたばかりのキッチンへ引き返そうとした。その腕を、あっさり美里につかまれる。引かれるままに仕方なく美里と向き合えば、そこには酷く真剣な表情があった。
「ガイが、好きだ」
 ストレートな物言いに、顔が熱くなる。
「子供の頃の憧れみたいな好きとは違う。抱きしめたりキスしたり、それ以上のことだってしたい。だから最初に確かめたいんだ。そういう恋愛感情での好きに、ガイは応えてくれる気でいるのか?」
「そうやなかったら、家に呼んだりせんやろ」
「なら、いいんだ」
 良かった。と言うセリフは、耳のすぐ近くで囁かれた。ただでさえ、抱きしめる腕の温もりに、顔どころか身体中が熱を発して持て余しているのに。
「もしかして、シャワー、浴びて待ってた? 髪が少し湿ってる」
 意味深に問われて、なんと返せば良いのかなんてわからない。事実、そういう事もあるかもと思い、シャワーを浴びたのだけれど、それを本人に向かって言えるような性格ではない。
 第一、部屋にあげてすぐこんな展開が訪れるとも思っておらず、気持ちばかりが焦って行く。
「今すぐ押し倒しても、性急過ぎるって怒ったりしないか?」
「お茶飲む時間も、待てへんの?」
 焦ると却って、抑揚のない口調になるらしい。
「待てないな。だって、半年もの長い時間、好きな人目の前にしたまま、名前もまともに呼び掛けられないような禁欲生活だったんだぜ?」
 今にも頬に唇がくっつきそうな程近くでしゃべり続けるから、くすぐったさと恥ずかしさで身を竦めてしまった。
「ダメ?」
 甘えるような声に、敵わない。
「ダメってわけと、ちゃうけど……」
「好きだよ、ガイ。確かめたいんだ。触っていいだろ?」
「せやから、ダメとは……」
「いいよ。って言って。もしくは、好きだよって返して欲しいんだけど」
「あっ……」
 耳朶を食まれ、口をついて出たのは言葉にならない短い喘ぎ。崩れ掛けた身体は力強い腕に支えられて、膝をつくことにはならなかったけれど、代わりに軽々と抱き上げられて、先ほど意識せずにはいられなかったベッドの上へと下ろされた。
「キスして、いい?」
 見下ろす真剣な瞳に、嫌だなんて言えるはずがない。軽く頷いて、それから。
「ええ、よ」
 嬉しそうに笑う顔が、幼い頃の記憶と被って、可愛いと思った。いくら年下でも、立派に成長した青年に向かって『可愛い』は失礼だろうかとも思ったが、そっと触れる唇に、そんな思考はすぐに霧散していく。
 角度を変えて数回。触れるだけのキスを繰り返した美里は、一旦顔を離す。
「口で言うほどには、性急でもないんやな」
 やっぱり可愛い。そう思ったら、なんだかスッと気が楽になって、思わず笑いが零れ落ちた。
「焦ってヘマしたくはないからな。ガイにも、ちゃんと感じて欲しいし」
「まぁ、いきなり手ぇ縛られて、ムリヤリ剥かれて、感じろってのは無理やろ」
 それでもあの後、身体を引き寄せる腕の強さや距離の近さに嗅ぎ取った匂いを思い出しながら、何度もドキドキしたなんてことは、今後も絶対教えてやらない。
「あれは、俺が悪かったよ。あの時、好きだって言えば良かったんだよな」
「普通に言われたんやったら、昔同様、兄みたいに慕ってくれとるんやって、そう思ったかも知れんけどな」
 だってまさか、都合よく相手も自分を好きになってくれるなんてこと、あるとは思わないだろう。ましてや男同士なわけだし、雅善自身、美里以外の男に対して好きだなんて感情を持ったことがないのに。
 変に誤解して、ぬか喜びはしたくない。慎重にだってなるだろう。だから最初は、自分の気持ちに、美里が知らず引きずられているのではないかとまで思ったほどだ。
 自分でも気付かないうちに、誘ったかも知れないとか。そして美里自身もそれに気付かぬまま、好きだと思い込んだのではないかとか。
 教頭から呼び出され、一生徒と親しくし過ぎているという注意を受けた直後だったから、尚更そんなことばかり考えてしまった。
 美里の告白を信じてみる気になったのは、皮肉なことに、保健室で見てしまった別の男とのキスシーンのおかげだった。嫉妬もしたが、美里がもともと男も恋愛対象に出来るタイプなのだと知れたことは大きい。
「なら、結果オーライってことで」
「ま、そういうことに、しといたろか。で、ホンマにこのまま、する気やの?」
「したい。させてくれるなら。というか、どこまでさせてくれる?」
「どこまで……って」
「ガイの中、感じてもいいのかと思って。でも、正直言うと、男相手は勝手がわからないから、痛い思いさせるかもしれない」
 嫌なら触るだけでいいよ。と続いた言葉は、正直、ほとんど耳に届かなかった。
「は?」
「あ、ゴメン。さすがにそこまでは考えてなかった……か?」
「そこまでって、いや、それはええけど……てか、勝手がわからないて、何?」
「さすがに男抱いた事はない、って意味だけど。ガイが慣れてるってなら悔しいけど、どうしたら男同士でも気持ち良く出来るのか、教えて欲しい」
「慣れとるわけあるか! やなくて。ホンマにないん? モテないてことはないやろ?」
「だから、男とは、だよ。さすがに女の子との経験はある」
「男とキスしとったくせに」
「あれは……ってそう言えば、男とキスしたのはあれが初めてかも知れない」
「うっそ、やろ」
「嘘じゃない。ガイと再会するまで、自分が男相手に欲情できるなんて思いもしなかったんだから」
 衝撃の告白に、雅善は美里をマジマジと見つめてしまう。だとしたら、やはり美里は自分の想いに引きずられてるだけなのかもしれない。なぜなら、再会する前から恋心を抱いていたのは自分だけなのだから。
「ほな、勘違いかもしれへんね」
「勘違い?」
「ワイが、美里を好きて気持ちに、引きずられとるだけかもしれん。元々女の子が恋愛対象やって言うんやったら、わざわざ男選ぶんはアホの極みやで?」
 言いながら、自分自身がそれを地で行っていることに気付いて、苦笑を漏らす。ただ、今までちょっと付き合った程度の女性達と美里では、好きの重みが全然違うから、自分が美里を選んでしまうのは仕方がないのだと雅善は思う。
 見つめる視線の先、美里は困ったように言葉を探している。
 結局ぬか喜びなのか……
 けれどそれは仕方がないだろう。諦めの溜息を吐き出して、雅善はベッドを降りようと腰を浮かした。
「でも俺は、ガイを選ぶよ」
 ハッキリと告げられる言葉と、引き戻す腕。
「後で後悔しても、遅いんやで?」
「後悔なんて、しない」
 苦笑するしかない雅善に、美里はきっぱりと否定する。
「それより、うっかり聞き流した点をいくつか確認したいんだけど?」
「確認?」
「そう、確認。一つ目。ガイはいつから俺を好きだと思ってくれてたわけ?」
「それは……」
「俺は小学生の頃からガイを好きだと思ってたけど、でもそれは憧れに近くて、キスしたいとかって感情に気付いたのは再会した後だ。ただ、中間テストが始まる前には、既に気付いてた。その頃はまだ、だからってどうこうなりたいって程強い気持ちでもなかったけどな」
 小学生だった美里に、既にそういう感情を持っていたなんて、本当は言いたくなかった。けれど真剣な口調に、自分だけ話さないのも卑怯な気がして、雅善は諦めに似た気持ちと共に口を開く。
「昔から、好きやったよ。美里んこと、可愛くて仕方なかった」
「それこそ、弟みたいにってわけじゃなく?」
「最初はそう思っててんけどな。抱きしめたいとかキスしたいとか思ったら、それはもう兄弟への感情とは別もんやろ」
「それは、知らなかったな」
「知らんでええ話やもん」
「じゃあ、二つ目。ガイは男と経験あるのか?」
「それはない。ワイも、女しか知らんよ。美里以外の男相手に、可愛いなんて思った事あれへん」
 美里は雅善と違って驚きはしなかったけれど、幾分ホッとしたように笑って見せた。
「けど、俺に抱かれてもいいと、思ってる? これ、三つ目な」
「ワイが抱きたいんやけど……て言うたら、抱かせるん?」
「えっ?」
 この答えにはさすが驚いたようで、目を見張る美里に、雅善はククッと笑いながら肩を揺らす。
「昔のまんまの美里やったら、抱きたかったかもしれんけどなぁ。この体格差や、ワイが抱かれるんが自然やろ」
「それで、いいのか?」
「まぁ、一度くらいは試して見てもええかなと」
「一度!?」
「そりゃ、やっぱ痛いんは嫌やし。てわけで、ワイに二回目あってもええかなと思わせるよう、頑張ってな」
 複雑な表情を浮かべたまま、美里はできるだけのことはするつもりだと返した後。
「じゃあ、最後。いつからメガネを?」
「そんなん、さっきの会話の中で出てきたか?」
「や、ずっと聞いて見たくて」
「あー……大学三年の時からやな。実験でちょお危ない目に合って、視力少し落としてん。保護用のメガネ使わんで実験しとったワイが悪いんやけどな」
「大丈夫なのか?」
「へーきへーき。同し失敗繰り返さんようメガネしとるだけや。けど、やっぱ似合うてへん?」
「いや、似合ってるしいいと思うけど。ただ、メガネ外した顔も、見たいな~とは思う」
 昔一緒に遊んでいた頃はメガネなんて掛けてなかったからと、強請られるままにメガネを外せば、思っていた通りの反応が返って来た。
「なんか、メガネ外すと昔とほとんど変わらないな」
「童顔やっていいたいん?」
「昔憧れてた年上のお兄さんを押し倒せちゃう自分に乾杯☆ って言いたい所だな」
 その言葉と共に、本当に押し倒されてしまった。
「それ、返事になってへんやん!」
 垂れ下がる前髪に手を伸ばして、一房掴み引き寄せる。
 たいして力を入れたわけではないから、口調ほど怒ってないのはわかるだろう。だから、髪を引いたのは顔を近づけて欲しいからだと思ったようだ。
「視力落ちたってどれくらい? 俺の顔、見えてる?」
「ちゃんと見えとるよ」
「なら、いっか。せっかくなら、ちゃんと俺の顔も見てて欲しいもんな」
「そういうもんか?」
「だって目は口ほどに物を言うって言うだろ?」
 抱きながら、その目で、愛を語ってやるとでも言いたいのだろうか?
「ほな、その目で何を語るんか、確かめさせて貰おか」
「語りたいことなんて、一つしかないけどな」
 柔らかに目を細めて笑いながら、美里の顔が近づいてくる。

< 終 >

 
 
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せんせい。12話 追う

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「ゴメンな」
 その言葉だけで、今泉には美里の選んだ相手がわかったのだろう。何も言わずに頷かれて、美里もまた、何も言わずに保健室を後にした。
 休み時間の廊下には教室を移動する生徒の姿があるものの、つい今しがた保健室を出て行った雅善の姿は既に見えなくなっていた。
 職員室へと向かいかけて、けれどもしかしてと化学準備室のドアを引けば、やはり鍵が掛けられていない。教師が在室していない実験室のドアを、開け放したりすることはない。間違いなく、雅善はここにいる。
 室内に踏み込み、しっかりとドアを閉めてから、美里は中へ向かって声を掛けた。薬品棚が並んでいるので、入り口付近からでは奥の方まで見渡すことが出来ないのだ。
「ガイ、居るんだろう?」
 返事はなかったが、美里は確信を持って部屋の奥へと歩を進める。
 雅善は奥に置かれた机の前に腰掛けていたが、美里がその背に迫っても振り返ることを拒んで居るかのように、ジッと身動きすらしない。
「俺の話を聞いてくれないか?」
 半ば願うように、その背に声を落とした。
「わざわざ言い訳か? そんなんせんでも、昨日のことも、今日のことも、言いふらしたりせんわ」
「そんなことを言いに来たんじゃない。ガイに、告白しに来ただけだ」
「コクハク、やて?」
「そうだ。ガイが好きだ」
「何言うてんの? 自分、いい人おるんやろ?」
「アイツは、違う」
「ほな、好きでもなんでもない相手とキスしとったってことやな?」
 ガタンと激しい音を立てて立ち上がった雅善が、振り向き美里を睨み付ける。
「もうたくさんや! ワイを好き? だから何や。それで昨日んこと許して貰えるて思っとるんやったらお門違いもはなはだしい」
 突きつけられる言葉は当然のもので、美里はほんの少し苦笑して見せただけだった。
「昨日のは……ガイが悪い」
「は?」
「こんなに好きで好きで仕方がないのに、今更ただの教師と生徒に戻れなんて言うから」
「アホか!」
「アホなんだ。それが俺のワガママで、単なる気持ちの押し付けで、本当はガイは全然悪くないどころか、教師としてあたり前のことをしてるだけだって、ちゃんとわかってるけど、な」
 ただ、それらを理性で押さえ込んでしまえるほどには利口じゃないのだ。大事な物を取り上げられて黙って見て居られる程、理性ある大人でもなく、実行力のない子供でもない。
 いきなり襲いかかって犯そうとしたことに対しては、申し訳ないことをしたと心から思っているけれど。
「だから、この告白は俺のケジメみたいなもんなんだ」
「ケジメ……?」
「昔も今も、ガイが好きだ。けど、ガイにとって迷惑でしかないなら、俺が諦められるように、きっぱり振って欲しい」
「ほいで、振られた後はさっきのアイツんとこへ行こうって? 自己満足のためだけの告白に付き合えとは、益々最悪な男やな」
「自己満足には違いないが、アイツの手を振り切ってここへ来た以上、アイツの所には戻れないし戻る気もない。それに、たんなる自己満足だとしても、俺がそれでガイを諦めれば、もう二度とあんな風に襲われることもなくなるんだから、ガイにとってもそう悪い話じゃないだろう?」
「今度は脅迫か? ワイにとっても悪い話やない? ああ、そうやな。無事に何事もなく高原先生が戻って来られるまで臨時の教師として務めあげる気なら、一生徒の思慕で押し倒されそうになっとる場合やないもんな」
 美里を睨みつけていた視線を外して、雅善は忌々しげに「クソッ」などという言葉を吐き出している。
「何をそんなに苛ついてるんだ……?」
 思わず掛けてしまった疑問の言葉に、雅善はますます忌々しいとでも言うように眉間に皺を寄せた後。大きな溜息と共に、椅子の中へ崩れ落ちた。
「ガ、ガイ!?」
「ホンマ、最悪……」
 脱力しきった体で呟かれる言葉。嫌いだとか諦めろとか言われたわけではないけれど、これ以上雅善を悩ませるのは忍びなくて、美里は謝罪と共にもう迷惑は掛けないと告げるつもりで口を開く。
 けれど言葉として発するより先に、雅善が言葉を続けた。
「なぁ、後ほんの半年足らずで、ワイら教師と生徒っちゅう関係から開放されるてわかっとる?」
「え……?」
「ワイは一度引き受けた仕事、途中で放り出したりしたないねん。せやから今は、河東に一人の生徒として以上の気持ちは向けられへん」
 『今は』 という部分をことさら強調して告げられた言葉に、さすがの美里も雅善の気持ちを理解しないわけにはいかない。
「迷惑掛けて、すみませんでした……」
「わかれば、ええよ」
 今は受験勉強を頑張れと、ようやくの微笑で見送られながら、美里は一つの決心を胸に化学準備室を後にした。

 

 

**********

 卒業証書を手に、美里は化学準備室のドアを叩く。
 ここに雅善が居ることはわかっていた。ここで、自分を待っているという確信に満ちた思い。
 中から聞こえるどうぞと言う了承の言葉に、深呼吸を一つした後で部屋の中に踏み込んだ。入り口から真っ直ぐ正面に位置する窓の前。雅善は身体を半分窓の外に向けた格好で、美里を振り返った。
 二人とも真剣な表情で見つめ合う。
 雅善からの言葉を待って動けない美里に気付いたのか、先に動いたのはやはり雅善の方だった。
「卒業、おめでとう」
 久々に見る、自分にのみ向けられる笑顔。そしてようやく、美里も笑顔を返した。
「ありがとう、ございます」
 それでもやはり、一度作ってしまった教師と生徒という壁が一気に崩れることはなく、もどかしさが胸を打つ。
「ワイからの卒業祝い、いるやろ?」
 さすがに卒業式当日の今日は白衣を着て居ない雅善は、スーツの内ポケットを探ると一枚の紙切れを取り出し、取りに来いと言うようにピラピラと振った。
 誘われるままに部屋の奥へと進んだ美里に差し出された紙の上には、住所と電話番号が一組記されている。
「これ……」
「ワイの住所と電話番号」
「いいのか?」
 最初は毎日学校で会えることに気を良くして聞きそびれ、ただの教師と生徒として接するようになってからは聞けずにいた。
「欲しいなら、ええよ」
 ゆっくりと告げられる短い言葉の中に含まれた気持ちに、気付けないほど鈍くはない。それでもやはりここは校内で、卒業式を済ませたとは言っても、まだ教師と生徒という立場から開放されてはなく。
「ずっと、欲しいと思ってた。ありがたく貰うよ」
 明日お邪魔してもいいかな。と恐々問えば、一瞬息を飲んだ後で、それでも了承の返事が返った。
 ホッとして笑えば、照れた顔で笑い返される。
 明日になったら、溜めていた気持ちを全て吐き出すつもりで、好きだと告げよう。

<END No.1>

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せんせい。11話 追わない

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「今追いかけないと、確実にあの人は手に入らないぞ?」
 どんな気持ちで今泉はその言葉を吐き出しているのだろう?
 心配気な声に、美里は軽く首を振る。作ろうとした笑顔は失敗して、今泉に余計心配そうな顔をさせてしまったが、それは仕方がないだろう。
「いいんだ。お前の言う通りだからな」
 追いかけても、きっと美里が望む形で、雅善を自分のモノにはできないだろう。大切なものを自分の手で傷つけてしまう前に、その手を放せるにこしたことはない。
「どっちにしろ、俺の手には入らないさ。それに、お前に付き合うのも、意外と楽しいかも知れないと思って」
 2年半もの間を共に同じ部の中で過ごしてきた相手で、友人としては充分に好意を抱いている相手なのだ。
 向けてくれる気持ちにも、先ほどのキスにも。嫌悪感は湧かなかったし、きっと、その気持ちに応えられる日が来るだろうという予感めいたものがある。けれどそんな美里の気持ちまでは計りきれない今泉は、自嘲気味な笑みを口元に浮かべただけだった。
 それに気付いて、美里は今度こそしっかりと笑って見せた。
「心配しなくても、ちゃんとお前を、好きになるよ」
「本気で、俺をそういう対象として見れるって言うのか?」
「ああ。さっき、キスだってしただろ?」
 サッと軽いキスを掠め取ってから、美里は片目を閉じて見せる。
「というわけで、取りあえずデートでもしてみないか?」
「デー……ト……?」
「ま、普段出掛けるのと大差ないかもしれないけどな。気持ちや心構えが違えば、何か変わるかもしれないし。そういうのも含めて、お前と付き合ってみるのも面白そうだと思ったんだ」
 お友達から宜しくお願いします。って感じだよなと笑う美里に、今泉は小さく溜息を吐き出した。
「お前って、そういう奴だよな」
 返される言葉には充分予測がつくだろうに、口にせずにはいられないという様子だ。それは美里の方も、当然了承済みの付き合いの長さな訳で。
「そういう所も、好きなんだろう?」
 今泉の予測通りの言葉を、予測通りの口調でもって告げてやりながら。この友人としてのいい関係を崩すことなく、恋人としての新しい関係を作っていけたらいいなと願った。

 

 

**********

 サッカーで選ばなかった大学には、同好会に毛が生えた程度のクラブしかなかったが、楽しむためのサッカーをするにはそれで充分だった。
 1年でありながらあっさりレギュラーの座に就いた美里と今泉は、初の練習試合にも気楽な調子で挑んでいたのだが、高校時代に培ったコンビプレーによって、対戦成績が今ひとつのチーム相手に快勝したとなれば、先輩達の機嫌はすこぶる良くて。殊勲賞だのなんだのと言いながら、試合後には食事を奢ってくれた。
 膨れた腹を抱えて帰路につく。さすがに同居にまでは踏み切らなかったものの、大学入学と同時に家を出て、隣り合った部屋を借りた二人が向かう建物は同じだ。
「じゃあ、また後でな」
 部屋の前で立ち止まった美里にそう告げて通り過ぎようとする今泉の腕を、美里はすかさず伸ばした手で掴む。
「え、おい!?」
 抗議の声を上げる今泉を気に掛けることなくドアの鍵を開けた美里は、そのまま今泉を玄関先へと引きずり込んだ。
「何サカッてんだか」
 呆れた口調に、出来る限り余裕の笑みで返しながら。
「サカッてんのはお互い様だろ?」
 閉じたドアに背中を押し付けて、そのまま玄関先でキスを奪う。密着させた股間の昂りは、同じように硬さを増した今泉のソレとぶつかりあった。
 小さなうめき声と、続いて吐き出される熱い吐息。唇の先で受け止めながら、美里は口の端に小さな笑みを浮かべる。
 色っぽいだとか可愛いだとか、そんな言葉を嫌っているのを知っている。確かに、普段の彼であれば自分同様カッコイイという表現が一番似合うのだろうが、それでもやはり、こういう時に今泉が無意識に見せる表情は、色のある可愛さなのだ。
 昼間の試合中に見た勝気な表情に煽られて、試合終了時からずっと、美里はあの瞳を情欲で溺れさせたい欲望に駆られていた。
「んんっ……」
 触れたキスを深い物に変えて弱い部分を舐め上げてやれば、腕を掴んでいた手の平に、肌の粟立つ感触が伝わってくる。
「いいだろ?」
 耳朶を食みながら囁いた。
「夜まで、待てないのかよ?」
「俺にお預け食らわせたいなら、待ってもいいけど」
 掠れかけた声が鼓膜を震わせるのに、美里は舌先で今泉の耳朶を弄りながらも悪戯っぽく笑う。
 きっと焦らされた分の報復を、その身体にしてしまうだろう。それを悟ってか、今泉も諦めたように美里の背中に腕をまわした。
「洗濯物、今日の内にやっておきたかったんだけどな……」
 試合で汗を吸って汚れたユニフォームをさっさと洗ってしまいたい気持ちは美里にもわかる。そしてそのセリフが、今から応じることへの要求なのだと言うことも。
「後で俺が一緒に洗っといてやるよ」
 行為によって今泉の身体へ掛かる負担を思えば、それくらいなんでもないことだ。
 むしろもっとワガママいっぱいに甘えてくれたっていい。というよりも、甘えて欲しい。
 そんな美里の思いとは裏腹に、今泉の要求は至って控えめだ。始まるキッカケの影響か、今はまだ友人として過ごした時間の方が長い故の照れや遠慮か、もともとの性格か。
 それでも。
「明日の朝飯」
 続いて出された要求に、やはり少しづつ変わって来ているのかなとも思う。そういう要求が、過ごす時間と共に少しづつ増えていくのかも知れない。そして、このまま今夜は泊まって行くと、明確には言わないところすら可愛いかも知れないなんて、そんな風に思うようになった自分自身も。
 この気持ちの行きつく先を、少しばかり楽しみにしている。
「はいはい。それも俺が作ってやるって」
 だからベッドへ。
 耳元へ囁き、せっかくまわして貰った腕を惜しみながらも身体を離した美里は、その手を引いて部屋の奥へと向かった。

<END No.2>

 
 
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せんせい。10話 解かない

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「それは、ダメだ」
 冷たく言い放てば、最初から期待などしていなかったようで、あっさり諦めたようだった。
 頭をそのまま背後の壁に預け、けれど顔は美里を避けるように横を向く。さすがに美里もそれを咎めることはせず、行為の再開を告げるように腕の中の両足を抱えなおした。
 少し高めに抱え上げて、デンプン糊で濡れた秘所に昂る自分自身を押し当てれば、それを拒むように雅善の身体に緊張が走る。
「力、抜いて置けよ」
「出来たら、苦労せん」
 取りあえず掛けただけの常套句に、返事があるとは思わなかった。
 少しでも雅善が楽なように、何かしてやれないだろうか……
 ここまできて止める気などなかったが、美里が雅善へと向ける想いは、やはり愛しさなのだ。
 その心が手に入らないことはわかっていても、それを理由に逆恨みで憎み傷つけたいというわけではないし、出来ることなら雅善にだって感じて欲しい。たとえ身体だけだとしても。
 けれど雅善の口から吐き出されるのは諦めの溜息だった。
「ここまで来て躊躇うってのもおかしな話やな。ワイのことなんか構わず、さっさとヤったらええやろ?」
「言われなくても、やるさ」
「ほな、早よそうし。ほいで、さっさとイってさっさと終わってや」
 決して美里の方へ顔を向けることなく、強い口調で吐き出される言葉。
 煽られたと頭の片隅でわかっていて、けれどその誘いに簡単に乗れるくらいには、理性などとうの昔にどこかへ消し飛んでいる。
「そう簡単に開放してやるつもりなんてないけどな」
 その言葉と共に、半ばムリヤリ押し入った。
 ギュッと噛み締められた唇の端、血が滲んでいるのがわかる。この場所と状況では、さすがに声を殺すなと口にすることはできなかった。
 本当にただ、ムリヤリ繋がっているだけの自分達に、虚しさだけが残る気がする。
 身体だけでいいと思った気持ちを貫き通すには、邪魔な思考でしかないそれを振り切るように、美里は快楽だけを追って雅善の身体を揺すった。
 
 下半身に美里の吐き出した白濁液を浴びながら、グッタリとだらしなく机の上に身体を投げ出している雅善に、美里は携帯のカメラを向ける。
 撮影音の鳴るのに、雅善の身体がピクリと反応した。
「今、何、したん……?」
 恐々と尋ねるその口調は、既に気付いているのだろう。
「記念撮影」
 美里はニコリと笑って見せた。疲労で血色の良くない雅善の顔から、さらに血の気が引いたようだ。
 この写真を楯に、今後も関係を強要するつもりだった。
 身体だけでもいい。手放したくない。
「どうしようもない男に育ったもんやな」
 青ざめた表情で呟かれた言葉は、聞こえなかった振りをした。

>> 部活を優先してた

>> 職員室を優先してた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********
部活優先 >>

 ラブホテル内の広いベッドの端に腰掛けた美里は、広げた両足の合間に蹲る雅善の揺れる髪の毛を、指先で摘んで弄ぶ。
 脅すための写真の枚数が増える一方、雅善の抵抗も薄れているようだ。今ではもう、縛って自由を奪わなくても、諦め切った表情で大人しく、口も足も言われるままに開く。
 どう考えても悪者は自分の方で、相当好き放題に雅善の身体を貫いても。それでもまだ、足りないと渇望してしまう気持ちを、結局雅善にぶつけてしまう。
 この先も決して心が満たされることなどないとわかっていながら、それでも、この身体を手放してはやれないくせに。せめて優しくしてやりたいのに、いつだって真逆の行為を強いている。
 ジレンマに陥りながら、弄んでいた髪をガシリと掴み直し、美里は雅善の頭を激しく揺さぶった。
 漏れる呻き声に構うことなく喉の奥まで押し込んで揺すり、最後にはその顔に向けて白濁液を放つ。雅善は既に、文句を言う気にもならないらしい。
 黙ったまま、まずは汚れたメガネを外そうとする雅善を、美里の声が止めた。
「外すなよ」
「前が、見えへん」
「見えなくたっていいだろ別に。それより、ベッド上って足開け」
 言われるまま、雅善はベッドの上に這い上る。
「イったばっかの俺が復活するまでに、顔に掛かった精液使って、自分自身で広げて置けよ」
 汚れた眼鏡越しでも、さすがに戸惑いが滲み出ている。
「嫌だなんて、言わないだろ?」
 それでもその一言で、雅善は諦めの溜息を吐き出した。
 ユルユルと足を開いて行く雅善をジッと見つめながら、今、自分の目の前に居るのは一体誰なんだろうと美里は思う。かつて憧れ、大好きだった幼馴染のお兄さんと、自分の命令に従い、貫き揺さぶられながら喘いで見せる男が、同一人物だなんて嘘みたいだった。
 行為の最中、メガネを外すことが許せないのは、記憶の中の雅善がメガネを掛けていないせいだろう。
 自分達は一体どこへ向かっているのだろう?
 命令に従って美里の前で足を開き、自らの指で解し広げようとしている雅善に、背筋を冷たいものが伝って行った。

<END No.4>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  **********
職員室優先 >>

 化学準備室でほとんどムリヤリ雅善を抱いてから数日。美里は校長室へと呼び出された。
「失礼します」
 そう声を掛けて入室すれば、中には校長の他に一名。振り向きもしない後姿だけでも、すぐに雅善だとわかる。
 ここへ来るまで呼び出しの内容に思い至らなかった美里の背に、冷たい汗が流れていく。
「3年の河東美里君、だね。もっとこちらへ」
 呼ばれて、雅善の隣に並んだ。雅善はやはり、顔を向けようとはしない。
「君達が、化学準備室で如何わしい行為をしていた。という報告を貰ったんだけれども、本当かね?」
「それは……」
「虚偽です。確かに言い争いはしましたが、それだけです」
 躊躇う美里をよそに、きっぱりと雅善が否定を示した。
「では、この写真の相手は、河東君、君ではないのですね?」
 差し出された一枚の写真に、胸の奥がキュッと痛む。ピントの合っていない写真は粗悪なものだったが、机の上で足を広げた雅善に覆いかぶさる男子学生の姿がはっきりと写し出されている。
 どこから撮られたのだろう?
 角度的に、化学準備室に盗撮用のカメラでも仕掛けられてるのかもしれない。
「違います」
 あまりの写真に呆然と言葉を失くす美里を横に、やはり雅善がはっきりと否定の声をあげる。
「私は、河東君に、聞いているのですが?」
 これだけ雅善が否定しているのだから、認めてはいけないのだということはすぐにわかった。
「俺では、ありません」
 だから美里も、顔をあげて校長をまっすぐに見据えながら、きっぱりと告げる。
 その返事さえ聞ければ良かったのか、美里はその後すぐに校長室を追い出されてしまった。
 雅善をそこへ残すことへの不安はあったが、関係を否定した以上、話し合いの場に残れないのは仕方がない。それよりもまずは確かめたいことがあって、美里は職員室へと足を向けた。
 教師に頼まれたのだという体を装って、特別教室の鍵を並べた棚の前へ立った美里は、迷うことなく化学準備室の合い鍵を手に取る。そうして向かった先、おおよその予測を付けて探った先に、隠しカメラを設置していたのだろう後を見つけた。
「誰がこんなことを……」
 悔しさで唇を噛んだ。
 
 
 翌日から雅善は学校へ姿をあらわさず、暫くしてから別の臨採教師が学校を訪れた。雅善は間違いなく、一人全ての罪を被って学校を去ったのだろう。
 写真を撮りそれを匿名で校長へと送りつけた犯人が、新聞部の誰かだという所まではわかったが、それ以上を突き止めることはできなかった。スクープとして校内新聞に晒されるよりは良かったのかもしれないが、そんなものはなんの慰めにもなりはしない。
 雅善と過ごした一月程の時間が、何度も頭を過ぎっていく。これだけの迷惑を掛けた上、更に雅善の所在を追うことは出来なかった。
 昔以上に辛い別れを、美里は一生忘れられそうにないと思った。

<END No.5>

 
 
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せんせい。9話 解く

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 一瞬ためらい、けれど結局、美里は無言のまま手を伸ばし、雅善の両手を縛めるネクタイを解いてやる。雅善は痛みを取るかのように数回手首を振った後、躊躇うことなくその手を美里の肩へと置いた。
「……ガイ?」
「なるたけ、ゆっくりしてな」
 雅善はフワリと微かな笑みを零す。余裕を見せつけられるようで、胸の奥がまた軋んだ。
 慣れているのか?
 もしかして、初めてではないのだろうか?
 浮かぶ疑惑は、肩を掴む手が微かに震えているのに気付いて、口にすることはしなかった。
 再度両足を抱え上げ、引き寄せられるままに胸を合わせ、耳元で響く雅善の呼吸を計りながら、ゆっくりと自らを突き挿した。
「ぁ……っ」
 声を押さえるためにと咄嗟に顔を埋めたらしい肩口が熱い。下半身のうずきとあいまって、堪えられそうになかった。
 服越しに感じる熱い息。そこから漏れるくぐもった苦痛の叫び。背中にキツク食い込む指先。
 それらに申し訳なく思う苦しさと、確かに繋がっていることに対する喜びと。
「好きだ。ガイのことが、好きなんだ……」
 溢れる気持ちが言葉に変わる。
 よりいっそうキツク抱きつかれながら、美里は雅善の中へと想いの丈を吐き出した。

 ぐったりと力を抜いてしまった雅善の中から抜き出てから、疲れを滲ませる頬をサラリと撫でる。ゆっくりとした動作で持ち上げられた雅善の手が、頬に触れる美里の手首を掴んだ。
 戸惑いを滲ませる美里の瞳を、雅善の視線が真っ直ぐに捕らえる。
「ワイも、美里のこと、好きやで」
 ゆっくりと吐き出される言葉。
「えっ!?」
「好きやった。もう、ずっと前からや。子供の自分に、アホみたいに惚れとったなんて、全然気付かんかったやろ?」
 苦笑を零す雅善に、美里は返す言葉がない。
「好きな相手やなかったら、こんなん絶対許したらん。けどな」
 言葉を切った雅善の顔が、泣きそうに歪んだ。
「ワイはやっと採用して貰うた臨採で、美里は生徒の一人で、どんなに好きかて、特別にはできんのや」
 今日のことは全て許すから、明日からはただの生徒になって欲しい。個人的にこの化学準備室へと遊びに来ることは禁止する。
 そう告げた雅善の身体を、美里は思わず引き寄せ、やさしく抱きしめた。雅善の切なさと、自分の切なさが混じりあって、胸の中を悲しみに似た気持ちが満たす。
「校外でも、だめなのか?」
 せっかく互いに同じ想いを抱いている事に気付けたのだ。このまま諦めたくなどなかった。
「あかんよ。ワイの住んどること、ここからそんなに遠ないし」
 どこに人目があるかわからないから。
 言いながら、雅善は宥めるように美里の背中をそっと何度も撫でた。
「だからって諦められるかよ」
 苦々しげに吐き出しながら、美里は身体を離し、雅善の顔を正面に捕らえる。そっとメガネを取り上げても、雅善は文句をその口に上らせることはない。
 顔を近づけ、その唇に、触れた。雅善と交わす、最初のキス。
 喜びと悲しさの混ざる表情でされるがままになっている雅善に、角度を変えながら何度も振れて確かめる。
 この口が自分を好きだと言ったのだ。今日だけ、今だけ。なんて、ものわかりのいい大人にはなれない。
「俺が卒業するまでは、人の目が気にならないくらい遠い場所でデートしよう。電話やメールで、繋がろう。それなら、校内でだけは、俺は物わかりのいい生徒を演じてやってもいい」
 言葉は尊大でも、美里は雅善の許容を求める立場でしかない。
「なぁ、頼むよ……」
 迷った後で、結局頭を下げた。
「ホンマ、かなわんなぁ」
 雅善の零した小さな呟きに、許されたことを知った。

 

 

 

**********

 自宅の最寄駅からは大分離れた場所にある小さな駅を降りた美里は、駅前のロータリーに停車する一台の車に、迷うことなく向かって歩く。
 雅善が車持ちだったので、二人で過ごす時間は車の中がダントツに多い。
 本当は助手席に雅善を乗せて自分が運転したいのだけれど、免許の取得は受験が終わってからと決めている。親にも友人達にもそう宣言していたことを最初は少しばかり悔やんだけれど、ハンドルを握る雅善をのんびり観察するのも楽しいので、もう暫くはこの状態に甘んじて居ようと美里は思う。
 互いの家に行き来することも、街中を並んで歩くことも、今はまだ出来ないけれど。来年の春、桜が咲く頃にはそれらの夢も叶うだろう。
 美里が近づくのに気付いて口の端を持ち上げる雅善に、自分も同じように笑いかけてから、残りの距離を急いだ。

<END No.3>

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