たっぷりのローションが激しくかき混ぜられる、ジュブジュブぐちゅぐちゅ湿った水音。リズミカルに相手の腰を打ち付けられる尻タブから上がる、パンッパンッと肌が弾かれる音。突かれるたびに口から押し出されてくる、ほぼ「ア」の音しかない自身の嬌声。
そこに微かに混ざる、相手の興奮を示す荒い息遣いを必死で拾い集めながら、相手の腰使いに翻弄されるまま、ぎゅうとシーツを握りしめて絶頂を駆け上った。
「ああああああっっ」
頭の中が真っ白になって、体がふわっと浮くような、この瞬間がたまらない。気持ちよくて、幸せで、ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。
けれどあっさり体を離した相手は、お疲れの一言だけ残し、さっさとシャワーを浴びに行ってしまう。
相手の姿が部屋から消えるのを待って、腹の深くから、諦めの滲む息を吐いた。何度体を重ねたところで、こちらの体がどれだけ相手に馴染んだところで、相手には情の一つも湧かないらしい。
多分きっと、これから先もそれは変わらないんだろう。
彼が自分を抱くのは、遠い昔に築いた友情の残滓でしかない。今のこの関係は、彼に友人として見限られるまで限定の、酷く特殊なものだった。
あっさり置いていかれる寂しさも、甘い余韻の一欠片さえ貰えない惨めさも、回を重ねるごとに大きくなるから、さっさと見限って欲しいのに。人として堕落しきったこんな自分に、なぜここまで付き合うのかわからない。
やがて戻ってきた相手が、無言のまま身支度を整え、最後にベッドの傍らに立って財布を開く。そして取り出した十枚の壱万円札を、なんとも気軽に枕横に置いてくれる。
しかしさすがにそれに触れることは出来なかった。
「数えなくていいのか?」
起き上がることもせず、ただただ黙ってベッド脇に立つ相手の顔を見上げていれば、そんな言葉が降ってくる。別に数えなくたって十枚あるのはわかっている。この男はいつだって、こちらが必要だと言っただけの枚数を、きっちり差し出してくれる。
受け取って、その場できっちり枚数を確かめて、安堵の表情を作って、これで助かったよありがとうと告げる。そんなルーチンを繰り返す気にはなれなかった。
「いい。信じてるし」
「そうか」
僅かな気配だけだったけれど、じっと見つめていたせいで、笑われたらしいことに気づいてしまった。一発十万という法外な値段をふっかけた上に、ありがとうすら告げる気はないと言っているのに、なぜ笑ったりするのかわけがわからない。
「じゃあまたな」
あんまり派手に遊びすぎるなよと、これまたいつも通りの言葉を残して帰ろうとする相手を、迷った末に引き止める。
「待って」
「どうした?」
とうとう体を起こし、掴んだ万札を握って、相手を追いかけるようにベッドを降りた。
「やっぱりこれ、いらない」
「なぜ?」
「嘘だから」
「何が?」
「全部。最初から、何もかも。借金ないし、ギャンブルしないし、在宅で仕事もしてる」
意を決して告げた言葉には、やはりすぐには何も返ってこない。その顔からは、怒っているのか呆れているのか、なぜそんなことをと戸惑っているのかすらわからない。
でももういい。
「お前がずっと好きで、苦しくて、でもお前から離れたくなくて、どうしていいかわかんなくなってた頃だったんだ。あの時、お前が風俗でも行くかって言ったの、冗談だってわかってたのに、とっさに金に困ってる風を装って、風俗代わりに俺を使ってって、誘った」
「さすがに十万もふっかけたら、罪悪感で黙ってられなくなったか?」
「それもあるけど、でも十万ふっかけてもまだ俺を見限らないから。お前が、またなって言ったから。だからもう、俺から止める」
「ああ、なるほど。それで?」
「それで、って……」
何を聞かれているのかわからず同じ言葉を繰り返せば、止めてその後どうするのかという質問らしかった。
「それは、今までお前から引っ張った金全額返して、お前の前から、姿、消す、とか……?」
「却下だ」
そこまで明確に考えていたわけではないが、友人に戻れるはずがなく、こんなことをしでかした後じゃ今後合わせる顔もない。と思ったのに、なぜかキツい口調であっさり拒否された。
「却下って、じゃあ、お前がして欲しいように、する。から、なんでも言って」
「なんでも、ね。なら、俺が呼んだらいつでも黙って脚開いて、好きなだけ好きなようにヤラせる性奴隷にでもなるか?」
出来るわけ無いくせにとでも言いたげに、フッと誂うみたいに鼻で笑われ、ぐっと拳を握り込む。
「お前、が、性奴隷、欲しい、なら……」
「ばぁか。本気にするな。それよりお前は、なんで俺がお前を見限らず、ふっかけられてもお前が必要だっていう言い値払い続けてたかを考えろ」
「同情、だろ。あと、お人好しだから。お前がクズな友人にたかられても見捨てられないようなヤツだから、俺みたいのに付け込まれんだよ」
「違うね。お前もずっと俺に付け込まれてんだよ。金のためにって何度も抱かれて、今じゃすっかり、ケツで感じてイケる体になってる。俺がお前の言い値を払うのは、出し渋って、お前が俺以外の誰か相手にその体使った商売を始めないようにだ」
「それ、って……」
「俺が欲しいのは性奴隷じゃなくて恋人」
その言葉に、もちろん否を返す気はない。ないけれど。
「あんだけセックスしてて、お前に好かれてるなんて、一欠片だって感じたこと無いんだけど」
「好きだとバレたら、どこまでも毟りに来るだろうと思ってた。金でお前を引き止めてるのに、それを知られたら致命的じゃないか」
「なら、次セックスする時は、……」
好かれてるとわかるような抱き方をして欲しい、とまでは言えずに口を閉じてしまえば、ふっと柔らかな笑みがこぼされた後で腕を掴まれる。
「え、っちょ、」
そのままベッドまでの短な距離を連れ戻されて、今までずっと隠されていた彼の想いを、これでもかというほど教えて貰った。
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