今更嫌いになれないこと知ってるくせに9

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 甥っ子が何を考えているのかさっぱりわからない。わからないというよりはわかりたくない。これ以上彼の話を聞くのはヤバイ気配しかないのに、あんな顔を見てしまったら、彼の言う大事な話を聞きたくないとも言えそうにない。
 何が一番怖いかといえば、もう一度あんな顔で迫られたら、どこまで拒絶しきれるのか自信がない点だろう。絶対後悔するとわかっていても、何かしら納得の行く理由を提示されでもしたら、拒みきれない予感がする。
 だって後悔ならとっくにしてるし、今この瞬間だってしてる。そこに一つ後悔が上乗せされた所で、そう大差ないんじゃないかと自棄っぱちに思う気持ちもなくはないのだ。
 考えるほどに行き詰まるようで、笑う代わりに深い溜息を吐き出した。
「ゴメン、怒った?」
 新しいマグカップを片手に戻ってきた甥っ子は、こちらの険しい顔に気づいてそう訪ねてくる。どうやら知らず知らずに、真っ黒になったテレビ画面を睨みつけていたようだ。
「怒るっていうか、わかんねーんだって」
「俺が本気かどうか?」
「そこじゃない。だってふざけてないんだろ?」
「うん」
 言いながらマグカップをこちら側に置くと、ようやく甥っ子もテーブルを挟んだ対面に腰を下ろす。それを待って口を開いた。
「わかんねーのはお前がここに来た理由。親からただ逃げてきたわけじゃないんだろ。むしろ最初っから俺に会いに来てる。お前が俺に確かめたかったことって何?」
「確かめたかったのは、にーちゃんが帰ってこない理由、かな」
「ならもうわかっただろ」
 先日、はっきり義兄が好きだったと教えた。その時、義兄に会いたくないから帰らないのだとも言った。
「それは、そうだけど」
「他にも何かあるんじゃないのか?」
「それはさ……」
 正面に座る甥っ子をまっすぐに見つめて問いかければ、少しためらった後で、確かめたかったのはにーちゃんの性癖と自分の気持ち、と返ってきた。
「俺の性癖……って」
 思わず絶句したら、相手も申し訳無さそうに苦笑する。
「にーちゃん男好きなのかな、ってのはなんとなく気づいてて、それはっきりさせたかったんだよ」
「お前自身がそうだから?」
 身近に同じ性嗜好の大人が居たら心強い、という気持ちはわからなくはない。自分自身、親や姉に義兄を好きだなんて言えないのは当然にしたって、主に男が性愛対象ということさえ言っていない。
「うん、どうやらそうみたい」
 へにょっと笑った顔は泣きそうだった。ここでの生活で、確信したと言わんばかりだ。
 人を実験台にするなよと思う気持ちもないわけではなかったが、可哀想にと同情的な気持ちも同じかそれ以上にあった。自分が義兄を恋愛感情で好きだと気づいてしまった時の、あの絶望的な胸の痛みを今も覚えているからだ。
「お前が今、同性の誰かを好きで居て、それをお前がしんどいって言うなら、話しくらいは聞いてやれる。と思う」
「聞くだけ?」
「これから必要になるかも知れない情報も、俺の経験則で良ければ。でもお前だっていろいろ自分で調べてるんじゃないのか?」
 これだけ情報が溢れる世の中だ。探せば必要な情報は出てくるし、自分だって最初の頃は手探りだった。
「にーちゃんが俺の初めての相手になってよ。ってのはやっぱダメ?」
 やっぱりそうくるか、と思いつつ、ダメだと返す。
「俺が甥で父さんに似てるから?」
「そう言ったろ」
「でも俺は父さんと違って、結婚してるわけじゃないどころか恋人すらいない。それに男同士なら子供出来るわけでもないし、血が近いとかあんまり関係なくない?」
「俺の心情的に、かわいい弟分をどうこうしたくない」
「そのかわいい弟相手でも欲情するくせに」
 あの朝を思い出して体の熱が上がるのを自覚すると共に、痛いところを突かれたとも思った。
「たまってる所弄られて反応するの、しょうがないだろ!」
 居たたまれなさと恥ずかしさとで、ついキツイ口調になってしまうが、こちらの焦りとは対照的に甥っ子はむしろ平然としている。
「それだけじゃなくて。っていうかさ、もう正直に言うけど、俺にーちゃんが男好きなのわかってたけど、それがショタコンってやつなのかを知りたかったんだよね」
「……は?」
 唐突にショタコンなどという単語が飛び出してきて、意味がわからず呆然と聞き返す。
「だって父さんが好きだったとか、思っても見なかったんだよ。ずっと、にーちゃんが遠くの大学行っちゃったのも、滅多に帰ってこないのも、俺を好きだからなのかと思ってたの。子供に手を出せないから逃げたんだと思ってたの。で、ここに来たのは、にーちゃんが男の子にしか欲情できないのか、それともおっきくなった俺でもいいのか、確かめたかっただけなの」
 なのに本命父さんだったとか自意識過剰過ぎて恥ずかしいよと言った後、甥っ子は耐えられないとでも言うように「うあー」と吠えると、両手で頭を抱えながらテーブルに撃沈した。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに8

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 約束の週末は土曜日だと思っていたが、甥っ子が話を聞いて欲しいと切り出してきたのは、金曜夜の夕飯を終える直前だった。
「え、今?」
「うん、今。てかここ片付けたら」
 要するに、明日が休みなのをいいことに、この後もツマミを追加してだらだらと酒を飲む、という金曜夜のお楽しみは無しにしろ、という事なんだろう。
 それを嫌だと突っぱねるほど、このまま飲み続けたい欲求はないが、しかし既にそこそこ飲んでもいる。こんな状態で話すよりも、明日の方が良い気はした。
「明日、のが良くないか?」
「今がいい」
「俺もうけっこう飲んだし、酔ってないとは言えないぞ」
「だからだよ」
「だから?」
「ちょっとくらい酔ってるほうがいいかなって」
「酔ってたってお前の滞在延長は許可しないからな」
「わかってるよ。したいのはそういう話じゃない」
 じゃあどんな話だと言ったら、片付けてからねと言って立ち上がる。
 一体どんな話をしたいのか。甥っ子の反応から、多分進学相談ではないんだろうなと思う。だとしたら彼の言う大事な話は、きっと自分が主に関係している。
 ここに来たのも計画的だというし、最初っからオフクロの味だのを振る舞われた事を考えると、もっと頻繁に帰省しろとか、そういう話なのだろうか。仕事が忙しいという断り文句を覚えてからは、親も姉もあまり帰って来いとは言わなくなったが、自分が帰らないことで何か問題でも起きているのだろうか。
 それにしたって、親や姉ではなく受験生の甥っ子が、わざわざ夏休みを待って押しかけてくる意味はやはりわからない。
 顔はテレビに向けつつも、つらつらとそんな事を考えながらでは、テレビの内容など殆ど頭に入ってこない。そうこうしているうちに、片付けを終えたらしい甥っ子が、新しいビールの缶とマグカップを手に戻ってきた。
「ツマミ、何食べる?」
 ビールの缶をテーブルのこちら側に、マグカップを自分側へと置きながら、甥っ子は更に続ける。
「柿ピーとかチータラとか、あ、何か缶詰でも開ける? 他は……何かあったかな」
 出せるツマミの種類をあげられても、呆気にとられるばかりだ。
「どうかした?」
「どうかしたじゃない。話をしたいんじゃないのか?」
「するけど。でも金曜の夜だし、もうちょっと飲むんじゃないの?」
「いやいや、だってお前、真面目な話がしたいんだよな? これ以上酔わせてどうすんだよ」
「どうする……って、まぁ、酔った上での過ち狙い、とか?」
「はぁ?」
 わけのわからなさに、聞き返す声のトーンが明らかに上がってしまった。
「にーちゃん、男と経験あるよね?」
 もちろんあるので否定は出来ないが、けれどそれを肯定して良いのかはわからない。結果、返す言葉が見つからずに口を閉ざした。
「俺と寝て欲しいんだけど、って言ったらどーする?」
 まだツマミを運ぶ気でいるのか、立ったままの甥っ子に真剣な顔で見下ろされる。その目から逃げるように、そっと視線を外しながら俯いた。
「バカなこと、言うなよ」
 絞りだす声は、緊張と動揺からか少し掠れている。
「それって俺と血がつながってるから? それとも俺が父さんに似てるから?」
「どっちも、だ」
「だからさ、もっと飲んで酔っ払って、そういうのちょっと脇に置いて、一夜の過ち的に俺と寝てくれないかな~っていう下心?」
 へへっと笑う気配に、頭に血が上った。
 どこまで本気で言っているのか、それとも単に揶揄われたのか。
「それがお前の大事な話? あんまりフザケたこと言ってんなよ」
 顔を上げて睨みつければ、ふざけた笑い顔とは程遠い、辛そうな苦笑いとかち合った。
「別にふざけてないし、大事な話のキモはそれなんだけどね。お酒飲まないなら、にーちゃんの分もコーヒー入れてくるよ」
 テーブルに置いた缶を再度持ち上げて、甥っ子はキッチンへ消えていく。
 テレビから聞こえるガヤの笑い声がずいぶんと耳障りだ。放置されていたリモコンを引き寄せて、イライラしながらテレビの電源を落とす。
 リモコンに触れる指が微かに震えている事に気づいて、なんだか無性に笑いたくなった。

続きました→

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに7

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 申し訳無さでいっぱいになって、ごめんと思わず謝罪を漏らせば、相手の動きが一旦止まる。
「ごめん、こんなことさせて、本当に、ごめん」
 繰り返したら、聞こえてきたのは舌打ちだった。
「なんでにーちゃんが謝るの」
 押し倒されてから先、ずっと無言だった甥っ子がようやく発した言葉は、どこか困惑が滲んでいる。
「酷いことしてるの、俺なのに」
「お前に酷いことさせてるの、俺だから。お前はきっと、俺に引きずられただけなんだよ」
「どういう、意味?」
「俺は元々男も好きになれる性癖なんだ」
「それは、そうなのかな、とは俺も思ってた、けど」
 今更隠す気にもなれなくて告げたけれど、どうやら甥っ子は気づいていたようだ。
「そっか。ならこれも気づいてるか? お前は、俺の初恋の相手によく似てる」
「えっ……?」
 どうやらそちらは想定外だったらしい。
「そんな相手と、短期間でも一緒に暮らすなんて真似、しなけりゃ良かった。お前が居てくれるの、楽しかったよ。でももうダメだ。お前にこんなことさせて、何が兄ちゃんだよ。可愛い甥っ子相手に何やらせてんだって話だよ」
「いやそれは、」
「違わない」
 違うと否定されるだろう流れを打ち切るようにきっぱり告げた。
「違わないんだ……」
 自分自身をも納得させるように、もう一度繰り返す。
「どうしてもお前の気が済まないってなら、このまま好きにしてもいい。でも、気が済んだら帰れよ。帰って俺のことなんか忘れろ」
「む、ムリっ! むりむりむり」
 ガバリと起き上がる気配がしたかと思うと、目元を覆い隠していた腕を掴まれ外された。
「ちょっと、何言ってんのかわかんないんだけど」
 困惑の中に僅かな苛立ちを乗せて覗き込んでくる甥っ子に返すのは苦笑。
「ああ、余計なこと色々言いすぎたな。簡単な話だ。もう帰れ。そして二度と来るな」
「や、やだっ」
「お前、受験生だろ。この時期に叔父の世話なんかしてるのがオカシイんだ」
「俺にとってはこっちのが大事なの。てかちょっと考えさせて」
「もう充分考える時間あったろ。お前がここ来てどんだけ経ったと思ってんだ」
「違う。考えたいのはさっきにーちゃんが言ったことだよ」
 どれ? と聞いたら、初恋相手に似てる話と返ってきた。
「ああ……まぁもう、ここまで来たら言ってもいいよな。お前の父親だよ、俺の初恋」
「うっそ……」
「嘘言ってどうする」
「じゃ、じゃあ、にーちゃんがこっちなかなか戻らないのって」
「あー、うん。義兄さんに会わないようにしてるから、だな」
「なにそれ……」
 愕然とする、という言葉がしっくりくるような、酷い驚きとショックとを混ぜた顔で甥っ子は放心している。
「ゴメン。出来ればお前にも、他の家族にも、もちろん義兄さん自身にも、隠して置きたかったんだ。でももう言っていい。俺が帰らないのはそういう理由なんだって説明していい。ちゃんと定期的に実家帰るって約束して、お前の大学進学認めてもらえ」
「そんなの言ったら、ますますにーちゃん帰ってこれなくなるだろ」
「帰らないからいいよ」
「よくないっ。てかやっぱちょっと考えさせて」
「何を?」
「だから、いろいろだよ」
「いろいろって何だよ。そう言って、いつまでも居座られるのが迷惑だって言ってんだろ」
 迷惑だとはっきり伝えたら、一瞬泣きそうに顔を歪ませる。しかしさすがにもう甘い顔はしてやれない。
「わか、った……けど、週末まで、まって。それまでに色々考えておくから。だから週末、俺とちゃんと話、して?」
「これ以上話すことなんて、」
「俺にはあるの。すごく、大事な話」
 お願いと頼まれたら、結局溜息一つで許すしかなかった。その甘さがこの結果を招いたというのに、本当に懲りないと自嘲する。
「週末まで、だぞ。それ以上は何があってももう譲らないからな」
「わかってる」
 相手が頷くのを待って、ゆっくりと体を起こす。それに合わせて、甥っ子の体も離れていった。
「シャワー浴びる」
「うん」
「悪い。飯食ってる時間、多分ない」
「うん……」
 力ない返事に後ろ髪を引かれながらもバスルームに向かう。さすがにそのまま出社するわけには行かなかった。
 少し冷たいシャワーで体の奥にくすぶる熱をむりやり鎮めて出れば、朝食を乗せたテーブルの前で小さく肩を丸める甥っ子の姿がなんとも痛ましい。
「ごめん、朝飯食べれなくて」
「そんなの、俺のせいだし……」
「お前が悪いわけじゃないよ」
「でも……」
「それ、取っといてくれたら夜食うよ」
「や、やだよ。ちゃんと作るし。これは俺が責任持って食うから!」
 必死な顔がますます痛ましくて、本当に申し訳がない。
「なら、今日の夕飯に、また実家の味付けで何か作って?」
 どうしたものかと思いながらそう告げれば、パッと顔を綻ばせながら任せてと笑ってくれたから、ひとまずホッと胸をなで下ろした。

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに6

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 えっと思う間に、その勢いのままベッドに押し倒される。いささか勢いがつきすぎて、ベッドがギギッと嫌な音を鳴らしたが、当然そんな事を気にしている余裕はなかった。
「ちょ、っえ、なに」
 慌てて身じろぎ、とっさに掴んだ両肩を思い切り押して、甥っ子の体を引き剥がそうと試みる。しかし相手はびくともしない。それどころか、こちらの顎を右手でわし掴むと、今度はかなり強引に唇を押し付けてくる。
 互いの身長にそう差はないのだけれど、相手はつい先日まで運動部に所属していた現役高校生で、こちらはもう何年もデスクワークを続けているサラリーマンだ。元の体力も筋力も明らかに相手が上なのは認める。しかも押し倒されて伸し掛かられている状態の今、そう簡単には逃げ出せなかった。
 代わりに必死で唇を引き結び、唇を押し付けるだけでは飽きたらず、口の中に侵入しようとする舌を断固拒否する。しかし顎を押さえるのとは逆の手に、今度は股間をわし掴まれて、たまらず声を漏らしてしまった。
「うあぁっ」
 その隙を逃さず入り込んだ舌に口内をめちゃくちゃにかき回されながら、寝間着代わりの短パン越しに熱を持ったままの息子を擦られて何度も呻く。それくらいしか出来る事がなかったからだ。
 突然始まったいささか乱暴とも言える行為に混乱していたし、ずっと口内を舐め回されてまともに呼吸が出来ない酸欠状態でもあった。そこに更に加わる手淫によって、頭のなかはあっさり真っ白になる。
 嫌だともやめろとも言葉に出来ないまま、達することなくタイムリミットを迎え、中途半端に放置されていた体は、布越しでも容赦の無い強烈な刺激に正直だった。余計なことを考える余裕がなく気を散らすことがなかったせいで、熱を吐き出すことを求めていた性器は、与えられる快感に素直に従い簡単に吐精を果たす。
「んぐぁあ゛ぁ゛ぅぅ」
 閉じることの許されない口から、相手の舌を押しのけて漏れ出る酷い声と、ビクビクと跳ねた後弛緩した体に、イッてしまったことは伝わっただろう。
 ようやく顔が離された。息苦しさから開放されて、思わずおもいっきり息を吸い込んだら、今度は咽て息苦しい。
 ゲホゲホと咳こんでいたら、短パンに掛かった手が下着ごと短パンを引き下ろして行くから、驚きのあまり息を吸い込み余計に咽た。
 しかし相手はお構いなしで、あろうことか達したばかりの性器を握り、先ほどのような激しさはないものの、ゆるゆると扱いて刺激を与えてくる。頭のなかには嫌だとかやめろとかの声が響いているのに、咳き込む苦しさと過ぎる刺激の前に、それらが言葉として発されることはなかった。
 イッたばかりの性器を弄られる辛さに耐えながらなんとか息を整えるが、それを見越したように、今度は口を使っての刺激が始まった。体力的にも気力的にも既にヘトヘトで、逃げる気も起きない。
「うぅっ、も、…やめ……」
 それでもなんとか訴える声は、掠れて弱々しく漏れ落ちた。力のこもらない声は当然のように無視されて、黙々とフェラチオを続けられる。
 股間を見やれば甥っ子の頭が揺れている。ドキリと跳ねる心臓は、やはりそこに義兄の面影を見るからなのか。決して上手いとは言い難い、絶対に慣れていないことがわかるような拙い口淫でも痛いほど感じてしまうのは、達したばかりだからだけではないのかもしれない。
 わからない。わからない。わからない。
 なんでこんな事になっているのかも、自分に触れる手が誰のものなのかも、自分が誰に興奮しているのかも。
 ぎゅうと目を閉じ、酷く重たく感じる腕をなんとか持ち上げて、前腕で目元を押さえつけた。閉ざした視界の中、そこに映る相手の顔は、果たして義兄なのか甥なのか。
 わからなくても、どちらかを選べと言われたら、選ぶ方は決まっている。これは義兄に届かぬ想いを抱いた結果で、甥はそれに巻き込まれているだけ。甥が自分に手を出したのも、きっと、無意識に自分が誘っていたんだろう。
 口先だけ帰れと言いつつも手元に置いて、褒めておだてて感謝して、そうやって明確な自覚もないまま誘惑していたのだ。きっと免疫なんてない子供相手に、恋愛駆け引きの真似事をしてしまった。
 誘っておいて触れる手を拒んだように感じたなら、彼が怒るのも納得だった。

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに5

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 もともと時間の余裕などないのに、泣いてしまったせいで快楽だけに集中できない。しかし高まりきった体は、熱を吐き出すことを求めている。自慰を中断して熱が収まるのを待つ方向へは、今更シフトできそうになかった。
 オナニーなんて始めなければよかった。最初から熱源に手を伸ばさなければ良かった。などと思った所で後の祭りだ。
 惨めで最悪の朝を呪いながら、必死で手を動かした。涙はやはり時折こぼれ落ちていくが、もはや理由は曖昧だった。ただただ生理的に流れるものと思って、そちらへ向かいかける意識をなんとか引き剥がし、手元の快楽に集中するしかない。
 けれどやはり気が散って、なかなか達せずにいる中、過ぎる時間は容赦がなかった。
 カチャリと響いた音はドアノブを回す音で、その音を拾った瞬間、全身を硬直させる。息を殺してやり過ごすしかない。
 今はまだ部屋の出入口に背を向けているから、きっと気づかれることはないと思いつつも、内心は緊張と後ろめたさでドキドキだった。しかし、今この一瞬をやり過ごせたとして、この後どうすればいいんだという別の問題もある。
 甥っ子が部屋のドアを開けたということは、朝食の支度が整いつつあるということだ。要するに、イけないままタイムリミットが来てしまった。
 泣き顔は夢見が悪かったとかでムリヤリ誤魔化したとして、収まりの付かない股間のテントをどう言い訳すればいいのか。逆に、朝勃ちなんて男の生理として気にせぬ素振りを見せるには、泣いてしまった顔の言い訳がきかない気がする。泣くほどの夢を見ながら股間をガチガチに、という状況はやはり無理がありすぎだと思った。
 そんな事をグルグルと考えていたせいで、甥っ子の近づく気配にまったく気づいて居なかったようだ。ふいに頭を撫でられて、驚きのあまり大きく体を跳ねてしまった。
「えっ?」
 戸惑う声にしまったと思うがもう遅い。
 もともと閉じていた目にギュッと力を込めるが、それで何かが変わるはずもなく、背後から顔を覗き込まれる気配がわかった。
「にーちゃん」
 呼び声はもちろん無視した。しかし話しかけるなという気配を察知してくれることはなく、もしくはわかっていても黙っていられないのか、甥っ子は再度にーちゃんと呼びかけてくる。
「どうして泣いてんの……」
「夢見、悪かっただけ」
 困り切った様子の声音を無視しきれず、ぶっきらぼうに言い放つ声は、泣いたせいか鼻声だった。
「少しすれば落ち着くから、放っておいて」
 わざわざ放っておいてくれとまで口にしたのに、甥っ子はベッドの端に腰掛けると、再度頭を撫でてくる。その手は頭だけでなく、肩や背中を優しく撫でて、どうやら慰めのつもりらしい。
 達せぬまま放置されていた体が、カッと熱を上げてしまうのを自覚した。
「やめろ。俺に触るなっ」
 必死で放つ声はきつい拒絶をはっきりと含んでいて、甥っ子の手の動きは止まったが、依然その手は肩の上に置かれている。クルリと寝返りを打ってその手を振り落とし、ベッドの中で横になったままだが、甥っ子の顔を睨みつけた。
「いいから、一人にさせてくれ。というか出てけよ。頼むから」
 吐き出す言葉に、八つ当たりが混じっていた事は認める。
 まるで滞在することの許可を請うように、食事作り以外にも毎日せっせと簡単な家事をあれこれこなす甥っ子を、許して滞在させていたのは自分自身だ。こんな風に拒絶するくらいなら、もっと早い時期に、なんらかの理由を与えて納得させて、家に帰すべきだった。ここに居てはいけない理由なんて、あふれる程にあるのだから。
「ごめん。でもホント、もう無理。お前、家に帰れ」
「俺のせいで、泣いてたの?」
「ち、違うっ」
「違くないだろ。俺に触られるの、気持ち悪い?」
 また伸びてきた手が頭に触れる前、とっさにそれを振り払う。彼に触れられるのは怖かった。きっとまた、どうしようもなく体の熱が上がってしまう。
 しかしそれはこちらの事情で、当然そんな説明を出来るはずもなく、甥っ子は酷く傷ついた顔をしながら、払われた手でギュッと拳を握りしめている。
「ち、違う。ごめん」
 慌てて体を起こして甥っ子に向き合うが、きちんとした説明もなく違うと繰り返した所で、意味が無いことは明白だった。
「だから何が違うの。俺を家に帰したいってなら、正直に、お前なんか気持ち悪いから帰れって言えばいい」
「気持ち悪くないっ」
「嘘つき」
 怒っているような泣いているような、そのくせ自嘲の笑みを乗せた甥っ子の顔が近づいて、気づいた時には唇を塞がれていた。

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今更嫌いになれないこと知ってるくせに4

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 目を閉じて思い浮かべるのは義兄なのか甥なのか。正直良くわからない。それくらい、記憶の中のまだ姉の恋人だった頃の義兄と、しばらく見ないうちにでっかく成長した甥っ子の外見は似ている。外見が似ているからか、多分声の質も近かった。
 先程聞いた、掠れて甘い声音を思い出すだけでゾクリとする。
 もちろん義兄のそんな声を聞いたことはないけれど、頭の中ではあれも義兄の声になる。
 頭のなかで自分に触れる手を、甥っ子と認識したくない心理が働いているのは認める。
 自分より10も年下の、弟のような存在のはずの彼までを、そういう対象で見てはいけないという強い思いがある。さらに今現在、薄いドアを挟んだ向こうのキッチンで甥っ子が朝食を作っているのだ。そんな相手を自慰の対象にする罪悪感は大きすぎた。
 だからなおさら、義兄のことを強く思い浮かべる。必死に声を噛み殺しながら、心のなかで何度も義兄を呼んだ。
 義兄相手の自慰行為はもちろん初めてではない。しかし、久々にその感覚を思い出すと同時に、スッと心が冷えていく気がする。なぜなら、そこには苦々しい記憶しかないからだ。なんせ相手は、その想いに気づくずっと前から姉の旦那だ。
 優しくて、物知りで、頼もしくて、こんな兄さんが居たらいいのにと思っていたら、姉と結婚して本当の兄になってしまった。最初はただただ嬉しかったのに、優しいのも、色々教えてくれるのも、困った時に助けてくれるのも、全部、自分が彼の妻である姉の弟だからなのだと、気づいてしまったのはいつ頃だっただろうか。
 姉と付き合ってなければ知り合うこともなく、そのまま姉と結婚しなければ自分との縁も一切残らず切れてしまうだろう相手。10も年が違っていたら、そもそも友人として知り合うような機会はなく、姉を介さず友情を育むような関係にももちろん発展しない。結局自分は、姉と結婚したら付いてきただけの付属品だ。そう自覚した時の絶望感を忘れられない。
 義兄なんて好きなっても、いいことなんてひとつもない。ずっと苦しいばっかりだった。
 実家から逃げた後、大学では女性とも男性とも、機会があれば取り敢えず付き合ってみた。中にはそれなりに楽しく過ごせた相手もいる。自慰の相手に義兄を思い浮かべるなんて真似は、とっくの昔に卒業していた。
 けれど未だになかなか実家に顔を出せないくらいには、義兄に心囚われたままなのだと思う。仕方なく実家に帰る事があっても、極力顔を合わさず逃げまわっているから、実は実家を出た後、義兄と会話を交わしたのは数回しかない。
 相手だって年をとって、今ではアラフォーのおじさんになっているはずだから、きちんと向き合ってみたら意外と平気になってたりするのかも知れないが、もしそうならなかった場合を考えたら怖すぎた。欠片も想いを告げることなく、無理矢理に押し込め隠した気持ちは厄介だ。せっかく日々を穏やかに過ごせているのだから、間違って再燃なんてされたらたまらない。
 そう思っていたはずなのに、迂闊にも程がある。すぐに甥っ子を追い返せなかった自業自得を自覚してはいるが、甥っ子との生活を楽しんでいる場合じゃなかった。
 義兄を想って自慰をする羽目になって、余計なことを色々と思い出してしまった。
 体の熱は自ら与える刺激に高まっているのに、抑えきれない胸の奥の苦しさに、涙がボロリとこぼれ落ちて行く。

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