ここがオメガバースの世界なら7

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 彼があの場に居てくれて本当によかったと思うし、隣に住む幼馴染が彼で良かったとも思う。
 ただまぁ、だからって姉をよろしくと言う気にはなれないんだけど。なんてことを思いながら、お金は預かってきたという彼に退院手続きを任せてしまったし、自宅どころか自室の中にまで付き添われて帰宅した。
 家の鍵まで預かっているなんて、どうやら今回の件で散々お世話になった結果、もともとあったうちの親からの信頼が爆上がりしているようだ。しかもしばらくは彼に家の鍵を預けっぱなしにするらしい。
 退院したからと言ってすぐに元の生活に戻れるわけじゃなく、怪我をしたのは足で、まだしばらくは杖が手放せないだろうし、姉は家を出てしまっているし、両親とも仕事が忙しく帰宅が遅いから。というのが彼に鍵を預けておく理由だそうだ。もっと簡単に言うなら、家に一人にしておくのが心配だからよろしくってやつで、正確には、引き続きバイト代わりに世話を頼んでいるからである。
 現在は夏休み真っ只中だし、日々の生活もリハビリの一貫とは言っても、杖があっては買い物もままならないので、親と彼との間で勝手に話がついているのはどうなんだと思わなくもないが、ありがたいとは思う。
 病院は時間通りに3食出てきたが、姉が家を出てしまっている今、退院後の日々の食事をどうするかは悩みどころでもあった。なんせ、自炊経験がほとんどない。一応米は炊ける、というレベルである。
 自分の体を作るのは食事だとわかっているし、食費として充分な額を与えられているので、栄養バランスなどは考えて選ぶけれど、怪我前ならば選択肢が多くあった。今は活動範囲がぐっと狭まっているので、食事面を彼に頼っていいとわかってかなりホッとしている。
 でもまぁ今日の昼食はピザを頼むと決めているんだけど。
 自分の体を作るのは食事とわかってたって、そういうものを食べたい時はある。入院生活ではとんと縁がなかった、ピザやらハンバーガーやらをめちゃくちゃ口が欲していた。
「なぁ、お前は何食べたい?」
 帰ったら速攻でピザを頼むと宣言済みだったし、ベッドに腰を下ろしてすぐに携帯を取り出し、ピザ屋のサイトへアクセスする。
「ピザ?」
「そう」
「任せるから好きなの選びなよ。あと、言っとくけど俺はお前ほどには食べないからな。頼みすぎると夕飯もピザになるぞ」
「あー、なるほど。わかった気をつける」
「じゃあ俺、ちょっと残りの荷物運んでくるから」
「ああ、うん、よろしく」
 入院生活に必要だったものを全部まとめてお持ち帰りしている。なんだかんだと結構な量だったし、こちらは杖を使っていて殆ど手伝えなかったため、自宅前まではタクシーを利用したものの、タクシーから降ろした荷物がまだ玄関先に積み上がっていた。
 食べたいピザはある程度決まっていたので、さっくり注文を済ませて、それからようやく久々の自室を堪能する。すぐに彼が戻ってくるとは思うが、慣れ親しんだ自室に一人で居ると、なんとも言えない安堵があった。
 数週間も入院してしまったが、特に片付けなどはされなかったらしく、部屋の中はあの日のままでほぼ変わりがない。ほぼ、というのは、机の上に見慣れない箱が置かれていたからだ。
 入院中に届いた荷物らしいが、親からは何も聞いていない。誰からだよと思いながら立ち上がり、これくらいの距離ならと杖は持たずにゆっくりと机に向かっていく。
 荷物の差し出し人は姉だった。姉からも特に荷物を送ったなんて連絡は無かったのに。
 なんとなく嫌な予感を抱えながら、無造作に箱を開けていく。最初に見えたのは封筒で、その下にはどうやら本が詰まっていた。

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ここがオメガバースの世界なら6

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※ ここから攻めの視点になります

 高校二年の夏の初め、試合中の怪我で入院した。
 試合会場から病院に付き添ってくれたのは試合を見に来ていた幼馴染で、隣に住む同じ年の彼とは色々あって、通う高校は違うのだけれど多分それなりに仲は良い。
 入院が決まって病室のベッドの上に落ち着く頃には部の顧問や家族への連絡は終わっていたし、慌てて駆けつけてくれた母を宥めて入院手続きへと連れて行ってもくれた。手術中は家族の付添が必要で、それも母がどうにか仕事に都合をつけてくれたけれど、退院するまでの数週間、頻繁に病室に出入りして必要なものの買い出しやら洗濯やらを請け負ってくれたのは、やはり幼馴染の彼だった。
 かなり割のいいバイトだよと笑っていたから、親が彼に頼んである程度金銭の支払いをしているようだが、生まれた時から一緒に育ってきた彼への、うちの家族からの信頼は篤い。
 この春大学に進学して家を出た姉とも二人きりでお茶会をするほど仲が良いし、それに気づいた昨年、家に誰も居ない時を狙って家に上げているなんて疚しいことがあるに違いないと親に訴えたら、親はむしろ姉と幼馴染が付き合うことを歓迎したくらいだ。
 姉には親にチクったことをその後しこたま怒られたし、彼が腐男子だということは口外禁止と強く約束させられた。口外禁止を強く約束させられたのは、なぜ姉とこっそり二人きりでお茶会を開いていたのか察しただろう親もだったけれど。
 男なのに男同士の恋愛を扱う物語を楽しんでいる、というのを、他者に知られたくない気持ちはわからなくもない。家族相手には隠すことを止めた姉だって、自覚した初期は隠していたそうだし、姉が腐女子と知っている友人もそれなりにいるようだが、知らないまま親しくしている友人知人のほうが圧倒的に多いとも聞いている。
 どうやら、姉の趣味を認めるどころか同じ趣味持ち、という点でも、親としては姉の恋人に彼を推したいらしい。正直意味がわからないと思っていた。
 姉と同じ高校へ進学したのだから頭の出来は問題ないとしても、なんだか色々とどんくさい奴だし、姉とほとんど身長が変わらないし、自分と同じ年の彼は姉からすれば二歳も年下だし、姉の隣に並んで釣り合いが取れるとはどうしても思えなかったからだ。姉の隣に立つのは、姉を守ってくれそうな頼りがいのある男じゃないと嫌だと思う。シスコン気味なのは認める。
 ただの腐友で恋愛感情はないと姉と彼の双方から明言された上に、番になる相手はお前でもいいよと項を差し出されたことで一応は引いたけれど、親にまであっさり歓迎されて、二人がそのまま恋人として付き合い出すのではと当初はかなり心配していた。
 だから姉とのお茶会に同席したり、一緒に出かけないかと誘ってみたりと、可能な限り姉と二人きりにさせないようにもしていたのだが、なんせ小学生の頃は何の打算もなく一緒に楽しく遊んでいた相手だ。中学時代に同じ部活で自分だけがさっさとレギュラー入りしてしまったことや、相手がなかなか試合に出れるレベルに到達しなかったことで、なんとなく気不味くなりこちらから疎遠にしていただけだと、一緒にいる時間が増えるにつれて思い知った。
 プレイヤーとしての才能がなかっただけで競技そのものは今も好きだと言うから、試合を見に来ないかと誘うようにもなった。これも当初は姉と引き離すのが一番の目的だったはずだ。どうしたって部活に多くの時間を取られていたから、彼が興味を示してくれたことを都合がいいとすら思っていた。
 けれど彼が本当に観戦を楽しんでいるのがわかってしまったら、姉が卒業したからと言ってもう来なくていいとは言えない。試合日程は聞かれる前に自ら教えてしまう。
 そんな感じで、昔ほど無邪気に仲良しなわけではないが、色々とあって今もそれなりに仲が良い。そして今回この入院騒ぎを経て、思っていたよりは頼りがいがあるらしいと認識を改めた。

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ここがオメガバースの世界なら5

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「じゃあ俺は?」
「へ?」
 思考がまとまったのか、閉じていた口を開いた相手から出てきた言葉の意味がすぐにはわからず、間抜けな声が口から漏れた。
「ここがオメガバースの世界なら、俺も、きっとαなんだろ?」
 この前姉貴に言われたと続いた言葉から、それでオメガバースに関する単語を知っていたのだと思い当たる。言われてみれば納得というか、情報源はそこしかないよなとわかるのだけど。
 家族は一応彼女が腐女子なことを知っている、とは聞いていたけれど、まさか弟を腐トークに付き合わせているとは思わなかった。思わず彼女の方に向き直って見つめてしまえば、荒ぶる気持ちの発散相手にはちょうどいいのよと肩を竦められてしまう。
 ちょっと良くわからない。素敵な作品に出会ってしまった時などの荒ぶる気持ちは想像がつかなくもないんだけど、自分にとってはこのお茶会こそがその発散場所だった。でもその言い分からすると、彼女にとっては違うんだろうか。
 ただ、それを聞けるような状況ではないようだ。彼女に言葉を返すより先に、リビングドアの前から動く気配がない彼の、答えを急かすような声が背後から飛んできた。
「で、どうなんだよ」
「え、あの、どうって言われても……」
 再度振り返り彼と視線を合わせはしたが、求められている答えがわからない。というよりも、そもそも質問の意図がよくわかっていない。
「俺も姉貴同様、隣に住んでて一緒に育ってきたαってことになんじゃねぇの? だったら相手が俺でも、番になりたいとか思うわけ?」
「そ、れは……」
 思うよと言っていいのか迷ってしまったのは、どう見たって肯定されるのを待っている様子ではないからだった。苛立ちを抑えているらしいのが見てわかるし、肯定なんてしたら気持ちが悪いと言われそうで怖い。
 言い淀んでいたら、大きなため息を吐かれてしまってビクリと肩が跳ねた。
「つまり、結局のとこ姉貴狙い、ってことだろ?」
 ああ、そうか。彼女に対して恋愛感情はない、という話を信じられずにいて、だから自身を引き合いに出してこちらを試してきたんだろう。それがわかっていたら、ちゃんと即答で番相手は彼でもいいのだと返したのに。
「ち、ちがっ」
 慌てて否定はしたけれど、相手はもちろん納得なんてするはずがない。
「俺と番になろうとは思わないくせに?」
「番にしてくれんなら、俺は、お前でもいいよ」
「嘘つき」
「嘘じゃないってば!」
 即答出来なかった時点で信じて貰えないのはわかっていた。でも本当に嘘じゃないし、それどころか内心喜んでさえいる。もしここが本当にオメガバースの世界なら、今すぐ項を差し出して、そのまま彼の番になってしまいたいくらいだ。
「信じられないなら、噛んでも、いいよ」
 湧き出す気持ちのまま、相手に首筋を差し出してみる。
「噛む?」
「番になる時は、αがΩの項を噛むのよ」
「なんだそれ」
 どうやら番というシステムは知っていても、どのようにして番になるかは知らなかったらしい。彼女の説明に、呆れた声を返している。
「本当に番になれるわけじゃないし、無意味と思うなら噛んだりしなくていいけど。でも、告白だのプロポーズだのじゃなかった、ってのは、信じて欲しい」
 言い募れば再度深いため息が聞こえてきた後、ずっとドア前から動かずにいた相手が近づいてくる。
「おら、出せよ、首」
「え、本気?」
「は? お前が言ったんだろ」
「そうだけど。あー、じゃあ、どうぞ?」
 ここで躊躇って抵抗するのは悪手だと嫌でもわかる。
 差し出した項に軽く歯を立てられた後、さした痛みもないまま離れて行かれたのは拍子抜けだったけれど、それは彼に知識がないからだとすぐに察した。ちょっと残念に思ってしまったけれど、痕がつくほどガッツリ噛まれずに済んだことを安堵するべきところだろうこともわかっている。

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ここがオメガバースの世界なら4

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 またしても胸の奥が締め付けられるように痛い。
 だって姉の恋人として釣り合いが取れていないと失格の烙印を押さてしまった自分は、当然、彼の恋人としても釣り合いが取れてはいないのだ。
 こちらの想いがバレていなくたって、彼女は自分を異性として意識したりはしない。同様に、もし仮に女として生まれていたとしても、きっと彼には相手にされない。だったら、発情期がありαの本能を揺さぶり誘惑できる、オメガバース世界のがまだ望みがある。
 ここが、オメガバースの世界なら良かったのに……
 キュッと唇をかみしめて、でもここは第二性なんてない世界だ、と思う。Ωもβもαもないこの世界で、もしものタラレバ妄想話に、オメガバースをたいして知らないだろう相手に口出しされたくはなかった。
 自分に告白したつもりはなく、相手も告白されたなんて思っていないのに。双方が否定しているのに納得せず食い下がる相手に、どう説明すれば理解してもらえるんだろう。
「ここはオメガバースの世界じゃないんだから、もしもオメガバースの世界ならどうするか、なんて話に本気の告白が混ざるわけないだろ」
 相手の発言から、オメガバースをある程度は認識できているのはわかっている。けれどきっと、オメガバース世界におけるΩがどのような存在か、はっきりと認識できてはいないだんろう。腐男子じゃないってはっきり否定されてしまったから、自ら好んで読むことまではしていないはずだ。
「どういう意味だよ」
「オメガバースをどこまで理解してるのかわからないけど、Ωってだいたい酷い扱いされてるんだよね。そんな世界で自分がもしΩで、隣に小さな頃から一緒に育ってきたαが居るなら、早めに番になりたいって思うのはそんなに変な話ではないと思う、って意味」
 さきほどの妄想相手は間違いなく彼だったし、彼という想い人がいる状態で、事故ってその姉と番になりました、なんてのは悲惨でしかないんだけど。でも想う相手が別にいる、という状態でさえなければ、彼女のことも番相手として意識したと思う。
 だったら、自分に想う相手が居ることを知らない彼になら、彼女と事故でいいから番になってしまいたいと望むことはおかしくないと、理解してもらえるんじゃないだろうか。
「番になれたら他のαを誘惑することがなくなる、ってだけでも、Ωにとっては早めに番を見つけることは有益なんだよ。レイプされる危険が減るし、すでに番がいれば、見知らぬ相手とか嫌いな相手とうっかり番になっちゃうこともない。はっきり言えば早いもの勝ちの世界だし、Ωからは番の解消が出来ない場合がほとんどだから、自分に不利益を運んでくる可能性が低いαを見つけたら早めに番になることを考えるよ。そういうΩとしての利益優先だから、事故でいいから番になりたいって言ったところで、それは恋愛感情なんかじゃないでしょ?」
「つまり姉貴は、お前にとって不利益を運んでこないアルファってこと?」
「まぁ、そうだね。あ、でも、もし番になりたいΩが既にいるなら、もちろんうっかり番にならないようには気をつけるよ。好きだからΩの特性を利用して無理やり自分のものにしたい、なんて意味じゃないし」
 飽くまでも、そこに恋愛感情なんてありませんと明言しておく。相手は「ふーん」とこちらに曖昧な相槌を送ったあとは、何かを考える様子で口を閉ざした。
 Ωとして当然の選択、という言い方をしたけれど、馴染みがなければやはり理解は難しいかもしれない。こちらとしては、恋愛感情はないし告白ではなかった、という部分さえ納得してくれるなら、オメガバース世界におけるΩの生き方なんてものにまで理解を拡げてくれなくていいんだけど。
 だって腐男子でもない相手には、まったく必要な知識ではないのだから。

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ここがオメガバースの世界なら3

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 胸の痛みにそっと目を伏せながら、先程まで彼女と楽しんでいた会話を必死に思い出す。何が告白だったのか、彼の言葉を聞いても全くわからなかったからだ。
 確かにオメガバースの話をしていた。そして、彼女にも指摘されたが、もし第二性が存在していたらきっと自分はΩだろう。
 成長期がこれからくる、などと楽観視出来る要素がまるでないし、身長は同世代の男性平均にはかなり足りないまま成長が止まる未来しか見えない。運動神経だってなければ、頭だってそう良くはない。運動神経を鍛えるよりはまだ可能性がありそうだったので、必死に勉強を頑張った結果、地域でそれなりの高校へ通えているのが現状だ。
 でも隣に住んでいる幼馴染の姉弟は違う。お隣さんなので当然彼らの両親ともそれなりの付き合いがあるが、もし第二性が存在する世界ならα家系と呼ばれているだろう優秀さを家族全員が所持している。同じ高校へ通っていたって、彼女のようにたいした試験勉強もしないまま成績上位をキープするような真似はできっこないのだから、頭の出来が違いすぎる。
 だから、きっとΩだろうと指摘された時に、彼女ならαだろうと返したし、それを否定されることもなかった。というよりは、彼女もそれは認めるところなんだろう。次にされた質問が、隣同士の幼馴染でαとΩだったらどうしてたか、という内容だったからだ。
 もし自分がΩで、隣に住む幼馴染がαだったら。多分間違いなく番相手として意識する。
 オメガバースの世界で自分がΩならα男性との間に子を為せるし、オメガバースを描いた作品はいろいろあるが、だいたいは第二性による結婚が許可されているから、想い人であるαと番となって結婚したいと思うことを後ろめたく思う必要はない。
 お隣さんと運命の番、だなんてことまでは望まないけれど、Ωの特性を利用した誘惑くらいは仕掛けてしまいそうだ。なんらかのアクシデントで望まぬ相手と番になってしまう話はありふれているし、事故による番からでもいいから、とりあえず相手を自分のものにしてしまいたい。
 Ωに誘惑されて本能に抗えずに番になってしまったαを被害者としている作品もあるし、相手の意思を無視して番として自分のものにするのだから、それは事実だと思う。けれどそう思ってしまうくらいには、自分の想いは育ってしまっている。それにどのみちこの世界には番システムなんてないのだから、妄想でくらい自己中に夢見たっていいだろう。
「あ……もしかして、事故でいいから番になりたい、って言ったやつ?」
 彼女の問いかけに、運命の番までは望まないけど事故でいいから番になりたい、と返したのは事実だ。でも番になりたい相手はもちろん彼女ではなかったし、彼女の質問だって、自分と彼女の弟である彼を指して「隣同士の幼馴染」と口にしていたはずだ。
 口に出さなかった2人の間で通じている前提条件を知らずにいれば、自分からきっとあなたはαだろうと指摘した彼女相手に、「事故でいいから番になりたい」と言ったように聞こえたとしても不思議はない。
「それが告白じゃないならなんなんだよ」
 どうやら当たりだ。でも、番になりたいと思った相手は彼女じゃなくてお前の方だよ、なんて言えるはずもなかった。それをわかっている彼女も、違うって言ったでしょとは言ってくれても、こちらの恋情を隠したままの説明が難しいのかそれ以上の言葉はない。
「まさか、告白すっ飛ばしたプロポーズか? 確か番って、結婚みたいなもんだったよな?」
「ち、違うって」
「だから何が違うんだよ。姉貴とじゃ釣り合いとれない自覚があんだろ。でもΩだのαだのの世界なら事故って番になっちまえば、互いに他の相手には誘惑されない体になる、だったかで自分に縛っておけるもんな」
 厳しい声に、お前なんかに姉を渡してたまるか、というような彼の気持ちが透けて見えるようだった。

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ここがオメガバースの世界なら2

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 2人きりでのお茶に躊躇いはあるのに、それでも繰り返し訪問してしまうのは、その時間が楽しいからにほかならない。話し始めてしまえばそちらに熱中して、抵抗感も躊躇いも霧散してしまう。
 あまりに熱中してしまうから、お茶の時間はアラーム付きだ。家族の誰かが帰宅する前にお開きにして、訪問者が自分であることをなるべく隠しておきたかった。
 いくら同じ高校へ通い同じ部の後輩になったからとはいえ、上がりこんでお茶までしている理由をそう何度もごまかせるわけがないし、万が一会話を聞かれて腐男子バレするのも怖い。なのに。
 楽しげに話をしていた彼女の口が突然閉じて、目が大きく開かれる。その目が自分を通り越してリビングのドアを見つめていることに気づいて振り返れば、そこには難しい顔をした想い人が立っていた。
「な、んで……」
 思わず確認した時計は、お開きになる予定まで30分以上の余裕がある。それに、一番に帰宅するのは母親だとも聞いている。スポーツ推薦で高校入学した彼は今日も部活で出かけていて、帰宅はかなり遅くなるはずではなかったのか。
 この時間に彼が帰宅してくる想定はまるでなかった。
「体調悪くて早退した」
「そう。それで、いつから立ち聞きしてたの?」
 難しい顔をしているのは体調が悪いせいかと、彼の体調を一番に気にかけた自分と違って、目の前の彼女が硬い口調で問いかける。
「立ち聞き?」
「入ってくるときの様子がおかしかったもの」
「10分、くらい?」
 様子がおかしかったのは具合が悪いからじゃと口に出す前に、あっさり立ち聞きしていたことを認める返答をされてしまってザッと血の気が引いていく。10分程度の間に、自分はどんなことを口にしていただろうか。
「玄関に男物の靴があったし、楽しげに聞こえてくるのも男の声だし、相手、確認しておきたくて。つか、あんたらって付き合ってんの?」
「は?」
 慌てて先程までの会話を思い出そうとしていたが、一気に思考が停止する。
「ただのお友達だけど。でもそう言ったところで信じる気、ないでしょ?」
「だって彼氏にすんなら自分の趣味に理解あるやつじゃなきゃ無理、って言ってたじゃん。それに家に誰も居ないのわかってて来てんだろ」
「彼氏なら自分の部屋で話せばいいし、ちゃんと彼氏として家族に紹介するわよ」
「じゃあまだ彼氏じゃないってだけで、これから彼氏になんの?」
「会話の内容聞こえてたなら、こそこそお茶会してた理由だってわかるでしょうに」
「会話聞こえたら聞いてんだけど。告白されてたじゃん」
「えっ……?」
 鈍くなった思考でも一応は2人の会話の内容を拾っていて、意味のわからなさに戸惑いが漏れた。
「あれは私への告白なんかじゃないわよ」
「ええっっ!? ちょ、え、待って、待って」
 告白と取られるような発言をした記憶がまったくない。なのに彼女には思い当たることがあるらしい。
「告白ってなんのこと?」
「ほら、本人も全くの無自覚じゃない」
「だってもしお前がオメガなら、姉貴はきっとアルファなんだろ?」
 答えてくれるのは彼女の方だと思ったのに。しかも、オメガだのアルファだの、どう考えたってそれが何を指すかわかっている口調で彼の口から零れ出たことで、またしても思考が停止する。思わずポカンと彼の顔を凝視してしまった。
「なん、だよ……」
「え……腐男子、なの?」
「違ぇっっ!!」
 即座に激しい否定が返ったし、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしているから、胸の奥がズキリと痛んだ。

続きました→

 
 
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