Wバツゲーム9

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 夕方帰宅後、汗を流してバスルームを出れば、部屋にはいい香りが漂っていた。先にシャワーを使った後輩が、夕飯の準備をしてくれているからだ。
 日曜日なのでさすがに泊まったりはしないが、それでも相手は最初に頼んだ、なるべく一緒に食事をして欲しいというこちらの願いを叶えるように、ここで夕飯を食べてから帰っていく。
 当然前日から泊まりだし、それがもう四回目になる。つまり、この罰ゲームが始まってから先、週末はずっと一緒に過ごしていた。最近は女の子を泊めなくなってしまったが、泊めていた頃だってさすがにここまでべったり過ごした事はなかった気がする。
 一度親は何も言わないのかと聞いたことがあるが、食費が浮いて喜んでるみたいだと返されて笑ってしまった。初めて夕飯を作ってもらった時、財布役で直前の買い出しも当然付き合ったが、その買い物量に驚いてしまったくらい確かに彼は良く食べる。その時、罰ゲームで一ヶ月限定の恋人ごっこ中という事まで、親に話したと聞いて驚きもした。
 それで毎週末の泊まりを許しているというのだから、彼の親は完全に遊びと思っているのだろうし、きっと何の心配もしていない。それとも、スキンシップに飢えた寂しがり屋の先輩を、時々抱っこしてあやしてるだなんて事まで、親に知らせ済みだろうか。
 さすがに言わないだろうとも思うし、彼なら言っているかも知れないとも思う。どっちにしろ彼が何の迷いも見せずに毎週末泊まりに来ていた事実は変わらないし、彼の親が知っていようがどう思っていようが、今日さえ終えてしまえばどうだって良かった。なぜならこんな週末は今日で最後だからだ。
 後数日で、罰ゲームが始まってから一ヶ月が経過する。
「もう出来ます。この皿、持ってって貰ってもいいっすか」
 小さなキッチンを覗けば、焼きあがった肉を皿に盛り付け終えた所らしかった。うんと答えながらも、持っていって欲しいという皿を無視して相手にぐっと近づいていく。
 一瞬不思議そうにしたけれど、それでも手にしたフライパンと菜箸を置いて、相手はどうぞと言いたげに両腕を広げてくれた。その腕の中へと一歩踏み込めば、広げられていた腕が躊躇いなく背を抱き、軽いリズムで柔らかに背を叩きだす。
 慣れた仕草だ。そしてこちらも慣れてしまって、恥ずかしいなんて気持ちはもう湧かない。でもいつにも増して寂しいなと思う。安心するより寂しさが増してしまったから、ちょっと失敗したなと思った。
「疲れたんすか?」
「そりゃあね。ヘトヘトだよ」
 体を動かすことは嫌いじゃないから、部活をしてなくたってそれなりの自主筋トレはしていたし、気が向けばそこらを走ったりすることも多かったけれど、やはり現役運動部に比べたら圧倒的にスタミナが足りない。楽しくていつもより長時間遊んでしまったのもある。
「だったら尚更、さっさと飯にしましょうって、言えばいいのに」
 なぜか黙ってしまった相手にクスリと笑ったら、本当に疲れてるだけっすかと聞かれてドキリとする。
「なんで、そう思うの」
「先輩たちが、色々仕組んだって聞いて、かなりショック受けてたっすよね」
「それは学食奢って貰うことになったろ。というかお前だって何も知らずに嵌められた側なのに、ショックないわけ? 後、本当に学食奢って貰わなくていいの?」
 学食奢りは最初、二人に一週間という話だった。それを彼がこちらに譲ってくれて二週間になったのだ。
「俺が選ばれたのは俺が今年の新入生で唯一の未経験者だったからってわかってるんで、ショックはあんまないすね。実際上手くなったって言われましたし、むしろ感謝してるくらいで」
「そーなんだ」
「それに学食は先輩たち一緒に食うって話だったすから、さすがに周り三年だらけの中に混じって昼食うのは嫌っすよ。一ヶ月散々夕飯奢られて、週末も食材全部先輩持ちだったんすから、先輩が奢ってもらって下さい」
「そっか」
「あの、ダイジョブっすか?」
「うん。学食奢りで納得できてる」
「じゃなくて。あー……」
 迷うように言葉を探す相手に、どうしたのかと思いはしたが、助け舟は出さなかった。彼の気持ちを読む努力もせず、先を促すこともせず、ただただ相手が次の言葉を吐き出すのを待っている。
 なぜなら、彼が迷う時間分、彼の腕の中にいる時間が増えるからだ。失敗したと思っているくせに、寂しさが募ってどうにも離れがたい。

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Wバツゲーム8

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 結局、高校入学してからバスケを始めたという後輩に付き合って、体育の授業以外で久々にバスケットボールに触った。日曜日は試合でもない限り部活がないから、バスケットゴールのある近くのスポーツ広場に繰り出して、教えるというよりは一緒に遊んだ。遊びつつもなんだかんだ相手に口を出してしまったから、結果としては、彼の望んだ通りになってもいた。
 数年ぶりだろうと、中学時代に詰め込まれた感覚やら知識やらは一応体にも頭の中にも残っていたようで、初心者相手に遅れを取るようなことは一切なかったし、これまた久々に先輩風吹かしてあれこれ後輩に教えるのも、それを尊敬の眼差しで見られるのも、楽しくないと言えば嘘になる。
 そんな週末を重ねた本日、そのスポーツ広場にゾロゾロと顔を出したのは、男子バスケ部の三年生たちだ。三年部員全員ではないようだが、そこに居たのは少なくとも中学時代から知った顔ばかりだった。
 もっかいお前とバスケがしたかっただとか、せっかく同じチームでプレイできると思ったのにガッカリだったとか、ある意味ありがたい言葉を貰いながら、乱入してきた彼らとゲーム形式でのバスケを楽しんでしまった。
 昨年度、当時の三年生が引退した後くらいから、バスケ部からの勧誘が増えたなとは思っていたし、なんで今更と強く思っても居たのだが、まさか戦力を当てにされていたのではなく、一緒にバスケがしたいというだけの誘いだったとは考えつきもしなかった。文句を言いそうな先輩らが引退した後だから、もう大っぴらに誘ってもいいだろうという判断だったらしい。
 出身中学の影響から、即戦力として期待されていたのは知っている。入学した当時は、それこそ当時の部長から直々に呼び出されて、入部するよう促されもした。
 けれど突然の一人暮らしに戸惑って、生活も気持ちも落ち着くまでかなり時間が掛かってしまったし、バスケを嫌いになったわけではなかったが、落ち着いた後でさえ部活を頑張ろうなんて気持ちにはどうしてもなれなかった。というよりも、その頃にはもう、入部するタイミングを完全に逸してしまっていた。
 たいして強くない、そこまで熱心な活動をしている部ではないとは言え、体育会系の面倒な上下関係がしっかり存在していることはわかっていたし、自分なりの事情があったにしろ、中学時代に県大会をスタメンで経験していたような自分が中途で入部することで、部内に波風を立てたくなかったというのも大きい。親から半ば捨てられた状態に気付いて精神的に弱っているところに、好きなバスケでも人間関係を拗らせたらと思うと怖すぎた。
 だからこそ、向こうから好意を示して付き合って欲しいと言ってくれる女の子と遊んだし、バスケにはもう興味がないような素振りをしてきた。興味が無い素振りで、バスケットボールにも触れない生活を続けていれば、いつしかそれが本当になる。実際、未練なんて感じたことはなかった。今だってバスケ部に入らなかったことを未練に思う気持ちはない。
 ただ今回、こうして罰ゲームの延長上で久々にバスケに触れたことで、その楽しさを思い出しはした。でもそれが、最初っから全部仕組まれたことだったとは、全く欠片も気付いていなかった。
 それは自発的に気付いたわけではなく、ゲームの合間の休憩時間に聞かされて知った。
 言われてみれば、思い当たる節は色々とある。
 フリー時の告白をお断りすることなんて殆どないし、結構な頻度で恋人が変わるにしてもよほどの事がなければ一ヶ月も持たずに別れることはないのに、変な罰ゲームだと内容を聞いた瞬間には確かに思っていたのだ。でもあっと言う間に広まった噂に、すぐさまこれは、同じように誰かの罰ゲームの餌になるだろうことも、だから告白してくるのは男の可能性が高いことも理解したし、単純に、そういう遊びに巻き込まれたくらいの感覚で居た。
 まさか始めから全部、自分が負けることも告白してくる相手が彼になることも、決定済みだったなんて思わなかった。
 あの日一緒にゲームをしてた友人らの中にバスケ部は一人しか居なかったし、メインで罰ゲームの内容を楽しげに決めたのはそのバスケ部の友人ではなかった。純粋に勝負に負けたのだと思っていたが、あの時一緒にゲームをした友人らの殆どに根回しされていただなんて。裏で繋がっていたなら、自分に勝ち目なんてあるわけがない。
 まさか嵌められてゲームに負けた上での罰ゲームだったなんて考えたことがなかったから、流石に聞いた直後はショックでテンションが下がりまくったけれど、企画に関わった奴らからの出資による、学食二週間奢りで手打ちにした。
 彼らの誘いを一緒にバスケを楽しもうという意味だなんて欠片も思わず、今更だからとつれなく断り続けた結果だということもわかっていたし、なんだかんだ久々のバスケを楽しんでしまったのも事実だからだ。ついでに言うと、相当賑やかなランチタイムになるだろう、その二週間が楽しみでもあった。

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Wバツゲーム7

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 そういえば、こんな話を人にするのは初めてだなと思った。
 彼女に前カノとの話をするほど無神経ではないし、男友達とだって女の子との具体的な行為の話はしないようにしている。もし罰ゲームで期間限定とは言え一応恋人となった相手が、女の子だったり元からの友人なら、やっぱり話はしなかったと思う。
 目の前に居るのが、罰ゲームで告白してくるまでこちらを認知していなかった、自分に欠片も惚れてない、友人でもない後輩の男の子だった上に、これからまだ半月以上を恋人として過ごさなければならない相手だったから、つい話してしまった。話してもそれを人に広めるような事はしないだろうという、全く根拠のない信頼を、なぜかこのたった数日で相手に感じているらしいのも大きい。
 不思議だなと思いながら相手を見つめていたのが悪かったのか、相手の顔が更に赤みを増していく。さすがに悪いなと思ってそっと視線を落としたら、それを待っていたかのように相手の声が聞こえてきた。
「あの、いいんすか?」
 しかし躊躇いがちに聞かれたその言葉の意味がわからない。落としていた視線を戻してしまえば、そこには赤い顔のままの相手が言うかどうかを迷う様子でこちらを見つめていた。
「えっと、良いのかって、何が?」
「恋人として、俺がやることの話、っす。さっき、なるべく一緒にご飯食べて欲しいだけって、言ってたっすよね」
 促すように聞き返せば、やはり躊躇いがちに言葉がゆっくりと吐き出されてくる。赤くなっているのはもしかして、女の子との話を聞かせたからだけじゃなく、それを今の自分の身に置き換えて考えてしまったのもあるのだろうか。
「なら、もし俺が、罰ゲームでも恋人は恋人なんだからイチャイチャさせてって言ったら、どうすんの?」
「エロいことすんのはちょっと……」
 小さく笑って意地悪く聞いてみたら、思った通り引かれてしまって苦笑が深くなる。
「じゃあ良いのかなんて聞くなって」
「や、でも、抱っことかおんぶくらいなら、してあげれるっすけど」
「え、抱っこにおんぶ?」
「肩車もやればできそうな気はするんすけど、ここでやったら確実に天井に頭打つっすよね」
「あ、ああ……さっきのあれか。てかなかった事にしてくんないのかよ」
 ようやく相手が何を言っているのか理解した。
「もしかしたら嬉しいかもって、言ってたんで」
「お前さ、もしかして俺を喜ばせたいの?」
 だから平日の夕飯にも付き合ってくれるし、こうやってご飯作りに来てくれるし、抱っこやらおんぶまでしてくれようとするんだろうか。そんな疑問は、すぐさまあっさりと肯定された。
「え、はい」
「なんで? これ、お互い罰ゲームだよ? お互いっていうか、どっちかって言ったらお前は俺の罰ゲームに巻き込まれてるんだよ?」
「それは……」
 サッと視線を逸らしたから、これは何か隠してるなと思う。
「それは、何? 俺に何かさせようとでもしてる? 喜ばせたお礼よこせみたいな」
「お礼よこせ、とまでは言いません、けど」
「でもなんか下心はありそうだな。怒らないから取り敢えず言ってみ?」
 エロいことがしたいわけじゃない下心ってなんだろうという純粋な興味と、相手ばかり恋人としてあれこれさせている心苦しさで問いかける。ただの罰ゲームでありながら、相手が相手のできる範囲でこちらを喜ばせようと頑張ってくれているのがわかるから、自分だって自分に出来そうな事なら返してやりたいと思う程度の想いはあった。
「あの、出来ればでいいんすけど、バスケ、教えて欲しくて……」
「は? バスケ?」
 思いもかけない単語が飛び出てきたせいで、呆気にとられてその単語だけを繰り返す。
「そ、っす。先輩、中学ん時はバスケ部レギュラーだったんすよね?」
 県大会常連校のと続いたので、どうやら自分の噂は恋愛絡み以外のものもあれこれ彼に流れているらしいと知った。というかバスケ部なんだから、バスケ関連の話が流れているのは当然と言えば当然かも知れない。それどころか、現バスケ部の同学年メンバーを考えたら、彼が聞かされた自分の噂はそっちの話のがメインかもしれない。
「確かにそうだけど、辞めてからどんだけ経ったと思ってんの。高校入ってから一切やってない俺に、今更、現役バスケ部員のお前に教えられることなんてないだろ」
「そんなことないっす。というか、先輩らに教わってこいって、言われてて」
「あー……それでお前、俺の機嫌取ってんのか」
「そういうわけじゃ」
 少しだけガッカリしている自分には気付いたけれど、さすがに目の前の後輩に八つ当たる気にはなれず、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
「いいよ別に。けどホント、何か教えられるとは到底思えないんだけど、いったい何教えてほしいわけ?」
「なんでも。と言うか俺、めちゃくちゃ初心者なんで。きっと教われることたくさんあると思うっす」
「は? 初心者?」
 やはり思いがけない言葉に驚いて、その単語を繰り返してしまった。

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Wバツゲーム6

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 相手の言葉を打ち消すつもりで、咄嗟にこちらも言葉を吐けば、相手は不満そうな顔で何が無しなのかと聞いてくるから困る。いや困るというよりは、気まずいような照れくさいような気持ちかもしれない。
「恋人を親代わりにしてたつもりは一切ないよって事だよ」
 口からはそんな言葉を零しながらも、内心はそこまで自信がなかった。指摘されるまでまったく自覚がなかっただけで、親から与えられなかった愛情と関心とを彼女たちに満たしてもらっていた可能性は高そうだ。
「それに親相手にセックスしたい気持ちなんて欠片もないし」
 言い募れば言い募るほど、さきほどの相手の言葉に動揺した自分を晒すようなものなのに、わかっていても言葉は口から吐き出されてしまう。唐突な指摘と自覚に、かなり焦っているのかも知れない。
「えっ?」
「えっ、ってなに。俺って親までセックス対象に出来るような男に見られてる? それともまさか親とセックス容認派なの? 多分それ、かなり少数派だと思うんだけど本気で言ってる?」
「ちょ、焦りすぎじゃないすか」
 焦り過ぎという指摘には、はっきり自覚があったぶん、強い羞恥が湧き上がった。多分顔は赤くなっている。
「あー、その、親の話じゃなくて、彼女の方の話で……」
 気まずそうに相手の視線が泳ぐほど、動揺と羞恥は顔に出ているんだろうと思った。耐えきれなくて顔を隠すように項垂れながら、彼女が何と続きを促す。
「噂の中に、表面的には優しいけどエッチはしてくれない、しつこく誘うと振られる、みたいなのがあったんすよ。だから欲しいのはお母さんって方が凄くしっくりくるんすけど、そうじゃなくて恋人とセックスしたい気持ちがあったんだと思ったら、ちょっとビックリしたっつうか……」
 もごもごと説明された相手の言葉に、思わず目の前のテーブルに額をぶつけた。
 噂の出処は過去に付き合ってた彼女たちなのだから、女の子たちの自分の評価ってそんななのかと思うと、笑ってしまいそうだった。もちろん、どんな噂をされようが悪評をばら撒かれようが構わないと思ってなければ、一つところで何人もとっかえひっかえするべきじゃない事は承知している。
 だとしても、エッチしてくれないってどういうことだ。そう言われるほど、してなかったつもりはなかった。ただ最初の数人以降は、確かに繋がるような行為もそれに近い行為もはっきりと避けていたから、互いの体に触れ合って気持ちよくなるだけではセックスではないと言うなら、自分は恋人とセックスしてはいなかったんだろう。
「お前さ、コンドームの避妊率って知ってる?」
 大きくため息を吐いてから、机に打ち付けていた頭を上げて相手を真っ直ぐに見据えて聞いた。
「確か、九割くらいじゃなかったすか」
 何だ突然と腑に落ちない顔をしながらも、相手は素直に数字を出してくるから、小さく笑って訂正してやる。
「俺が調べた時は、ゴム使った避妊失敗率18%って出てたわ」
「でも一般的な避妊方法って言ったら、それっすよね?」
「うんそう。18%を少ないと思うか多いと思うかは人それぞれだと思うけど、俺にはその数字は結構リスクが高いんだよ。かといって、同い年とか年下の女の子相手に、産婦人科行ってピル処方して貰ってきてくれたらセックスしてもいいよ、なんて言えるわけ無いから、突っ込むセックスはしないってだけ」
 わかって貰えるかと聞いてみたら、俺も男なんで一応はと返されたから、ホッとしつつ更に少しだけ事情を話してみることにした。
「うちさ、こうして俺が一人暮らしした上に家政婦さんまで派遣されてるくらい、確かにそこそこ親の金回りはいいんだけど、でも俺に対して甘いわけじゃないんだよね。そこ誤解されがちだけど」
 なんせ、もし避妊に失敗して子供が出来ても学生結婚すればいいし、シッターさん雇って子育て手伝ってもらえば大学にだって通えるでしょって言われた事がある。付き合った子皆がそんな考えではなかったけれど、少なくとも、そんな脳天気な未来を夢見ながらセックスを誘ってきた相手は一人だけじゃない。
 もちろんその都度、そんな事になったら高校中退して働きに出なきゃならないし、親は助けてくれないから貧乏暮しまっしぐらだよって訂正はしたけれど、きっと本気にはしてなかった。親は子供が可愛くて、孫なんてもっと可愛い。素直にそう思い込めるくらい、親に愛されて来たのだろう。
「万が一彼女に子供出来たら、今以上に親から放り出されて俺の人生詰んじまうのよ。って言ったら、お前、信じる?」
 実際、親からの明確な脅しが来る前でさえ、生理遅れてるって不安げに相談された時のやっちまった感は凄かったし、子供が出来ていたわけではなかったとわかった時の安堵も凄まじかった。あの経験がなければ、親からの脅しもそこまで深刻には受け止めなかったかもしれない。
 あんな経験は一度だけで十分だ。なので、大学を出てきちんと就職をしてからでなければ、体を繋げるようなセックスはもうしないつもりだった。
「俺に嘘吐く意味、あるんすか?」
「ないね」
「じゃあ信じます。けど、したいのに我慢するの、難しくないすか? 女の子連れ込み放題やりたい放題のこの環境で、しないでいられるのは尊敬します」
「ちょっと待って。そこまで我慢してたわけじゃないから」
 さっきも言ったけど、スキンシップ飢えてるし、イチャイチャすんの大好きだし、キモチイ事も好きだし、普通に性欲もあるし、突っ込んでないだけでエロいことしてないわけでもなかったよと続ければ、今度は相手の顔が少しばかり赤くなった。自分と同じくらいガタイは良くても、数か月前までは中学生だった事を思えば、少々刺激が強すぎたのかもしれない。

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Wバツゲーム5

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 小さく息を吐きだして思考を中断する。今は親のことをあれこれ考える時間じゃない。
「じゃあさ、お前がまだ信じてない俺の噂で、確認したいこととかはある? というかお前、俺の恋人として、どこまでしてくれる気でいるの? 逆に、恋人としての俺に、どこまでさせる予定?」
「ああ、それは俺も聞きたかったす。この罰ゲーム、恋人としてどこまでしなきゃならないんすか?」
 なんだ。ちゃんと疑問には思っていたのか。
 内心ではそう思っているくせに、毎日部活後に真っ直ぐ帰りたいだろう所をこちらの夕飯に付き合って、更にはこうして料理までしに家まで来てくれているのかと思うと、なんとも律儀というか真面目というか、正直ちょっと変なやつだとすら思ってしまう。
「俺の希望としては、なるべく一緒にご飯食べて欲しいくらいしかないよ」
「なら、寂しいから泊まってって、てのはやっぱだたの噂すか?」
「そうでもないかな。寂しいから泊まってってとは確かによく言う。でもそれ、サービストーク的なやつだよ?」
「なんすかそれ」
 わけがわからないという顔をするから軽く笑ってやって、だって皆知ってるんだもんと返した。
「皆、というか、俺に告白してくるような女の子たちは、俺のカワイソウな状況知ってて近づいてくるわけ。だから俺も孤独で寂しがりな男になって甘えるの。彼女らはそれが嬉しいの。ついでに言っておくと、実際に泊まってく女の子ってほぼ居ないからね?」
 実際に泊まってもらっていた事もないわけじゃないのだけれど、最近はそういった言葉遊びを楽しむくらいで、本当には泊めなくなってしまった。中には本気で泊まりたがる子も居るけれど、相手が本気であればあるほど逆に距離を置く。要注意人物として警戒してしまう。
 付き合って下さいには簡単に頷けても、恋をして下さい、愛して下さい、という要望には応えられない自覚が今はもうある。どんなにいい子でも、本気になられる前に手を放すのが得策だ。だってこちらは、寂しい時間を優しく埋めてくれれば誰でも良いのだから。
「え、そうなんすか?」
「そりゃそうでしょ。過去の相手、ほぼ同じ学校の女の子だよ? 女子高生だよ? 俺の環境がちょっと特殊なことはわかってるし、皆家で親が待ってるんだよ? そんな遅くなる前にちゃんと帰してるって」
「ということは、実際はそこまで寂しくも、ない……とか?」
「ううん。寂しい」
 すぐさま否定してやれば、ますます意味がわからないといった様子で、相手の混乱がうかがえる。
「だって寂しくなかったら、告白されても断ってるよね。食事だけなら友達誘って一緒に食って貰うんでもいいんだけどさ、友人と恋人って、親密度がやっぱ違うなと思うんだよ」
「親密度、っすか」
「うんそう。自分で言うのも何だけど、スキンシップ飢えてんだよね。イチャイチャするの大好き。でも男友達にベタベタしたら普通にキモいでしょ」
「キモくなければするんすか?」
「え、どうだろ。そもそも友達にしようと思ったことがないかな。というか友達じゃ居られなくなりそうで、いくら飢えてても友達相手にイチャイチャやるのは嫌だよ」
 性的なものを除いたって、友人としての触れ合いと、恋人としての触れ合いは明らかに違うと思う。友人相手に恋人にするような触れ合い方をしてしまったら、それを相手が受け入れたとしたら、自分はその相手を友人とは呼べなくなってしまいそうだ。
 もしいつか、自分の悪評が広がって誰も告白してくれなくなっても、さすがに友人と思っている男友達相手に、一緒に食事をしてもらう以上の何かを求めようとは思えない。
「男だからキモい、ってわけじゃないんすね」
「あー……うん、言われればそうね。というか相手が男なら男で、意外と嬉しかったりするのかも」
「えっ?」
「あ、いや、そのさ、俺、父親に肩車とかおんぶとか抱っことか、そういうのと無縁の子供時代送ってるから、逞しい腕に抱きかかえられたらそれはそれで嬉しかったりするのかなーとも思っただけで」
「じゃあ、女の子たちはお母さんなんすね」
「あ、ごめん。今の無しで」
 話の流れでうっかり変なことを口走ってしまった。

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Wバツゲーム4

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 食器を洗い終えた相手が先程と同じように対面の椅子に腰掛けるのを待って、淹れて貰ったお茶を一口啜って一呼吸おき、それからまず聞かせて欲しいんだけどと話を振っていく。
「多分色々俺の話聞いてると思うけど、俺の何を聞かされてる?」
「ただの噂っぽいのも、全部、っすか? それとも俺が信じたことだけ?」
「取り敢えずはお前が信じた話だけでいいや」
「それなら、家庭の事情で一人暮らしだけど、それが寂しいらしいこと。家の大半のことは通いの家政婦さんがやってくれるけど料理はしてくれないこと。の二点っすかね」
「それだけ?」
「実際数日一緒に帰って、確実ぽいと思ったのはそれだけす」
 合ってますかと聞かれたので、だいたいはと返した。
「自分で家事、しないんすか?」
「家政婦さんが来てくれるのは、お勉強頑張って欲しい親の意向だからね」
 とはいえ、それが表向きの理由だということはわかっているし、はっきり言えば親の見栄と責任とで派遣されているだけだ。
「なら料理も作ってくれる人を雇って貰うよう、親に言ったらどうです?」
「いや、最初は作ってもらってたよ。でも俺が断った」
 なぜかと聞かれたので、一人ご飯は寂しいからと返せば、あっさり納得したらしい。
 一人で食事をするのが嫌いだというのも本当だけれど、毎日食事を作ってもらうと、家政婦さんに毎日通われてしまうというのも大きな理由の一つだ。一人暮らしを余儀なくされた最初の頃、監視役として家政婦さんが派遣されているのではと疑っていた時期もあって、毎日通われるのが鬱陶しくて仕方がなかった。
 結局、友人たちと食べて帰ることが多いからの一言で食事の用意はなくなったし、一人暮らしの掃除洗濯など毎日の必要が無いと言ったら、通われるのは平日一日置きの週三回へとそちらもあっさり回数が減って、監視されていると思っていたのはただの思い込みだったらしい。
 それはそれで、些かショックを受けている自分に気付いて凹んだこともあったけれど、腹いせのように家政婦さんへ渡す報酬が減った分を自分に回してと言ったのすら簡単に了承されてしまい、諦めの境地に立たされた。それがだいたい高校一年の終わり頃だ。
 双方の仕事の都合で仕方なくと言いつつも、義務教育が終了したから放り出されただけに過ぎず、物心ついた頃から薄々感じてはいたものの、親は実の子である自分に対してさして興味がない。悲しいことに、両親ともに子供を作ったのが間違いだと言わざるを得ないような、似た者夫婦なのだ。さすがに面と向かって言われたことはないが、きっと子供を作ったことを後悔しているだろう。
 それでも、作ったからにはという責任からか、金銭で解決することには惜しみなく金を注いでくれる事はありがたい。家庭向きではない、親になれない似たもの夫婦の二人は、仕事という面においては優秀らしく、どちらも収入の多い仕事に就いているので、金銭的な苦労はしたことがない。
 ただそんな親だけれど、なんでもかんでも許すかと言えば、そういうわけでもなかった。やりたいと言ったことはやらせてくれたし、必要だと言えば大概のものは買っても貰えたが、自己責任というのも同時に叩き込まれてきた。
 ゲームがしたければすればいい。勉強したくないならしなくたっていい。けれどその結果、将来どんな仕事につきどんな生活を送ることになっても、親に助けてもらえると思うなと言うやつだ。学生であるうちは親としての責任で養うが、それ以降は親の金は当てにするなと言われている。
 家政婦さんによる監視はないとはいえ、たびたび女の子を部屋に連れ込んでいるのも一応伝わっているようで、一度だけ、万が一子供が出来たら独り立ちさせると脅されたことがある。それ以降は相変わらず放置だけれど、確かにその脅しは秀逸で、さすがに高校を中退して親の助けもなく妻子を養う生活なんて考えられるはずもない。なので、ころころと彼女が変わってもそう乱れた性活をしているわけではないというか出来ないのだけれど、親がそれをわかっていて釘を刺したようには思えないのがなんとも虚しい。

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