無い物ねだりでままならない12

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「じゃあ、恋人にならなくてもいいから、俺の童貞、貰ってくださいよ。ここまできてセックスなしはないでしょ。いくらなんでも」
 ふざけるなという気持ちで相手を睨めば、泣きそうだった顔がますます歪んで、うるりと瞳が揺れている。
 いっそ泣いてしまえばいいのに。
 そう思う気持ちと、傷つけたいわけじゃないのにと歯痒く思ってしまう気持ちとが、胸の内で交錯した。
「ダメだ。お前は本来女性が好きなんだから、いっときの感情に流されて男なんか抱いたら、いつか、後悔するぞ」
 泣きそうな顔をしているが、発する言葉は淀みなくはっきりとしていて、強い意志がこもっている。簡単には折れてくれない頑なさが嫌でも伝わってくるが、引き下がる気にはなれなかった。
「後悔なんてしませんよ。だってそしたら俺も、恋人でもなく恋人になれるわけでもない相手を抱いた男になりますよね。恋人じゃない相手に抱かれた先輩と、同じですよ」
「何を、言って……」
「わからないですか? 先輩が過去のお遊びをそこまで気にするなら、先輩と同じになってから口説き直します、ってだけです」
「全然違うだろう」
「同じってことにしてくださいよ。俺、今は遊びでだって先輩以外は抱けないですし。じゃあどっかで好きでもなんでも無い相手抱いて童貞捨ててくるんで、とか絶対無理ですもん。だから先輩、俺と、遊んで下さい」
 俺の童貞貰ってくださいと、再度、お願いした。ついでに、先輩と恋人になりたいんですと、その先の本当の目的も、再度口に出しておく。
「なんで、俺、なんだ。俺なんかに執着しなくても、お前が本気で欲しがって喜ばない女子は少ないだろうに」
 先輩と恋人になりたいと言い続けるのが、そんなにも意外なんだろうか。
 いやまぁ、過去の自分の言動を顧みれば、意外と思われても仕方がないかも知れないが。掲げた理想に欠片も当てはまらなかった相手に、掌返しで突然の交際を申し込んだのはこちらの方だった。
 とすると当然の疑問だが、でも後半は余計なお世話だ。
 だって仕方がないじゃないか。恋愛的な意味で、性的な衝動を持って、自分のものにしたいなんて感情を初めて抱いた相手が、先輩だったんだから。
「先輩のこと、よしよしって頭なでたり、背中トントンしたり、ぎゅーって抱っこして可愛い可愛い大好きだよって、俺以外の男がするの、絶対ヤダって思っちゃったんだから、しょうがないじゃないですか」
「なんだそれは」
 本気で意味がわからないという顔をされてしまったが、いやでもだって、恋人になったらそういうのするでしょ? するよね?
「抱かれたい側で、恋人できたら、しますよね? そういうの」
「そうだろうか? あまり、想像がつかないが」
 やっぱり本気で意味がわからないって顔のまま、想像がつかないなんて言われてしまうと、ちょっと不安になってくる。自分が考える恋人と、先輩が考える恋人では、何かが大きく違っているかも知れない。
「えと、恋人に、甘えたいとかないんです? 可愛いって言われたいのに?」
 可愛いって言われたいって言ってたから、いっぱい甘やかされたいんだろうって、思っていたんだけど。
「可愛いと思ってもらえたら、というのは憧れみたいなものだから。お前が嘘や冗談で言ったとは思わないが、俺を喜ばせたくて言ってくれたんだろうことはわかるし、大の男が人に甘える姿なんてみっともないだろう? ああ、お前みたいな容姿だと、あまり実感がないのかもしれないな。でも少なくとも、俺が誰かに甘える姿なんてのは、気味が悪い部類に入ると思うぞ」
「それ、本気で言ってんですか?」
 思いの外声が低くなって、怒りが抑えきれない。
「俺は本気で、先輩が可愛いって思って、可愛いって言いましたよ。恋人になったらうんと甘やかしたいって思ってますし、頭なでなでも背中トントンもギューってして大好きも、する気満々だし、俺の想像の中で嬉しそうに笑う先輩を、みっともないとか気味が悪いとかちっとも思わないんですよ。そして、それが現実になって欲しいって思ったから、現実にしたかったから、こうして今、恋人になりたいってお願いしてるんですけど」
 どうしたら信じてくれるんですかと詰め寄ってしまえば、先輩はうろたえて視線をさまよわせる。目元がうっすらと赤くなっていて、思わず確認した耳の先もやはり少し赤いようだ。
「可愛いですよ、本当に」
 再度念を押すように告げて、赤くなった目元めがけて顔を寄せた。唇が触れた先は少し熱を持っていて、先程うるうると瞳を潤ませていた名残かしっとりとしている。
 先輩はすっかり身を固くしていて、唇を離しても、その目を覗き込んでも、身体が動くことはなかった。
「抱いて、いいですよね?」
 覗き込んだ目の中は複雑に揺れていたけれど、嫌悪や拒否の感情はなさそうだったから、応えが返らない前提で問いかけながら、その体をすぐ傍らにある布団の上へそっと押し倒す。
 抵抗はされなかった。それどころか、身体のこわばりを少しばかり解いて、ぎこちなくではあったが自ら布団の上へと体を倒してくれたから、それを了承の返事とすることにした。

続きました→

 
 
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