雷が怖いので32

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 洗われながら焦らされた体は強い刺激を欲しがっていたから、すぐにでも言われた通り彼の肌にグリグリと性器を擦り付け達してしまいたい気持ちはもちろんある。でもそれと同じくらい、この時間が長く続けばいいのにとも思った。
 結局どれくらいの時間、彼の体を洗っていたのかはわからない。ただ、おぼろげな知識を辿りつつ、それなりにあれこれ試せたとは思う。まぁ途中からはイマイチ記憶が曖昧だけれど。
 興奮しきった中で射精を耐え続けたのと、湯の中ではなくとも風呂場の温度と湿度でやはりのぼせていたのが原因だ。
 最後は、もうイきなさいとかなり厳し目の命令調で言われ、それに従ったことは覚えている。しかしそこで意識が飛んだらしく、気づけば寝室に寝かされていた。
 もうカーテンの隙間から漏れ入る明かりはなく、代わりに部屋の隅に置かれた細身のスタンドライトが淡い光を灯している。
 今度は隣に彼の姿はなく、裸だった。ゆっくりと上体を起こして部屋の中を確認すれば、ベッド脇に二つのスツールが並んでいて、片方に畳まれた服が、もう片方にペットボトルの飲料水とグラスが置かれている。
 用意周到ぶりに驚きながらも、ありがたく水を飲み干し服を着た。
 どうやらあんなにびしょ濡れだった服が乾燥機で乾くだけの時間を、寝て過ごしていたようだ。きっと一緒に掃除するといった廊下も、彼が一人で終わらせてしまっただろう。
 取り敢えず彼を探そうと部屋を出た。
 結構大きな家だけれど、基本防音室でのプレイばかりでそこにはシャワーブースもトイレもあったから、リビングと今いた寝室と先程使った風呂場しかこの家の中の構造を知らない。防音室とリビングだったら、リビングのほうが彼がいる可能性は高いだろうと、取り敢えずはリビングへ向かう。
 軽く扉をノックして様子をうかがえば、すぐに入っておいでと返事が聞こえた。良かった。やっぱりこっちで合っていた。
 リビングへ入ると同時に、ソファに座っていたらしい彼が立ち上がるのが見える。
 こっちにと促されてテーブルセットの椅子に座れば、じっと顔を観察される。
「体調はどうだ?」
「特には問題ないです。でももう少し、水が飲みたい」
「わかった。腹は? 何か食べれそうか?」
「食べます!」
 勢い良く返したら、ぷっと小さく吹き出された後、大丈夫そうだなと言ってくしゃりと頭を撫でられた。
「じゃあ何か用意するから待ってな」
 キッチンスペースに向かった彼は、冷えたミネラルウォーターの大きなボトルとグラスとを手に戻って来たが、それらをテーブルに乗せるとまたすぐキッチンに入っていく。
 ほどなくして出てきた夕飯は、ハンバーグをメインにした、まるでレストランの食事みたいだった。電子レンジが稼働していたから、レトルト惣菜か冷凍食品なのだろうけれど、皿に綺麗に盛り付けられたそれらはめちゃくちゃ美味しかった。
 夕飯を食べ終えて一息ついたところで、相手から、今日の分の給料を払ってもいいかと言われて、これはさっさと帰れってことかなと思いながら頷く。時刻は既に22時を大きく過ぎていて、途中二度も寝てしまったせいもあるけれど、こんなに長時間この家に居続けたのは、実のところ初めてだ。
 差し出された封筒は、目に見えて分厚かった。
 今日は本当に色々とあったから……とは思うが、同時に、やはり少しだけ胸が痛い。彼に初めて抱かれた事の報酬は当然入っているだろう。もしかしたら、好きという気持ちにも、やっぱり値段を付けられているのかも知れない。
 要らないと言って突き返しても、受け取ってくれるかはわからないけれど、でも、黙って受け取ることだって出来そうにない。できれば、返してしまいたい。
「あの、中、確かめても、いいですか?」
 渡された封筒の中身を、彼の前で確認したことはない。だから相手も一瞬驚いたようだけれど、すぐにどうぞと返され、手にした封筒から中の札束を取り出し枚数を数える。
 一万円札が、二十三枚、入っていた。
「これ、内訳、どうなってるんですか?」
「内訳?」
「気分で決めてるってのは聞きましたけど、でも、ある程度は、あるんですよね? 何が幾ら分、っていうの」
「あー……お前の初めてを、俺が幾らで買ったか知りたいって事?」
「あ、はい。そうです、ね」
「そうだな。最初の、ベッドの中で過ごした時間全部で、十万。お前の肩に噛み付いて傷を残したのが十万。その他、プラグ入れてここまで来たのとか、玄関先でイくの我慢できたのとか、単純時給分とか、諸々合わせて三万。くらいの感覚、だな。傷の分は払うけど、風呂場でのその他には今日は値段つけてない。もしあれに値段つけるなら、プラス二万か三万、くらいか?」
「傷に、十万……?」
 痕、残るとしてもうっすら程度って言ってたよね? なのに十万?
 彼の中の値段設定に驚きすぎて、一瞬目的を忘れた。
「金銭感覚違いすぎるとか思ってんのかもだけど、俺にとってはお前の体に残るかもしれない傷痕付けるってのは、相当な意味があると思ってくれていい。俺の体は傷だらけだけど、俺の経済力の基礎部分は、その傷と引き換えにした分がかなりある。正直、お前のその傷も、傷の残り具合によっては、もっと追加してもいいと思ってる」
「でも俺、この傷、多分、嬉しい……から。ちゃんと痕が残って欲しいって思ってるくらいだから。あなたの傷とは、きっと、意味が違う」
「それは、受け取れないと、そういう話?」
「うん、そう。それと、ベッドの中で過ごした十万分も」
「仕事として俺に抱かれるのが、嫌だから?」
「今日のは、出来れば、仕事じゃなかったって思いたくて。あの時間を、いつも通りのバイトって思いたくない、から。次回からは、ちゃんと、バイトとしてここに来た日に抱かれた分は、お金、貰います」
 相手は何かを考えるように口を閉ざしてしまう。
「あ、あの、お風呂場の、値段つけてないっての、むしろ嬉しかったし。もしかして、好きなんて言ったら、好きって気持ちにも値段つけられて、バイト代に上乗せされるのかって思ってたから、そういうのもなくて、良かったって思ってるくらいなんで。だから、その、俺、本当に、あなたから必要以上に、お金貰いたくないくらい、あなたのことが、好きになっちゃってて、せっかくいっぱい給料入れてくれたのに、その、わがまま言ってごめん、なさい」
 どうしてもお金は返したくて、でも怒らせたかもと焦る気持ちもあって、口からはぼろぼろと気持ちがこぼれ落ちていく。
「お前の気持ちは、わかった」
 差し出された手に封筒と引っ張り出したお札を一度全て返したら、そこから改めて三枚の万札を封筒に入れてそれを戻された。

続きました→   プレイ30話へ→

 
 
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雷が怖いので31

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 優しいキスなのに、ゆるりと口内を探られてすぐに息が上がっていく。お湯の中にいるからというのも、多少は関係しているのかも知れない。
 息を継ぐときに取り込む空気も湿気が多くて息苦しい。くらりと思考と目の前が揺れるのは、感じすぎてと言うよりはきっとのぼせ始めている。
 このままキスを受け続けるのはマズイかな? そう思うのと同時くらいに、キスが終わって、ちょっと立ってみてと指示された。
「めまいとか、吐き気や頭痛はあるか?」
 言われるまま立ち上がればそんなことを聞かれたので、のぼせ始めているのは相手もわかっているようだった。
「少しだけ、くらっとしたけど、でも……」
「まだ気持ちいいこと何もして貰ってないって?」
 ククッとおかしそうに笑われて、のぼせとは別の意味で頭に血がのぼる。
「ここも、期待でこんなになってるもんな」
 彼の顔の前にさらけ出す形になっているペニスは今のキスだけで頭をもたげていて、それを大きな手が柔らかに包み込んで軽く上下にしごいてくる。
「んぁっ」
 声を漏らしてしまえばすぐに手は外されてしまい、がっかりする気持ちを見透かすように、やっぱり楽しげに笑われた。
「体、洗ってやるよ」
「えっ?」
「このまま湯船の中でお前弄るのは無理だけど、風呂場ですることも出来ることも、他に色々あるだろって話」
 促されるまま洗い場に立ち、彼の手で隅々まで丁寧に洗い上げられる。それこそ足の指の間から、耳の裏やら耳介まで。もちろん、すっかり芯を持ってしまったペニスのくびれも、アナルの周りのシワも、優しい手つきで洗われた。
 そう。それは優しく丁寧な、あまり性感を煽ってはこない手つきだった。なのに、それでも感じて善がってしまうのが、なんだかとても恥ずかしい。
 体はもっとはっきりとした刺激を欲しがっていて、まるで意地の悪い焦らしプレイを受けているみたいだった。というか、本当にそういうプレイなのかもしれないけれど。
「さて、後は泡流したら洗うの終わりだけど……おい、そんな恨めしそうな顔で見るなって」
「だって、意地悪だ」
「だってお前、さっき何回イッたと思ってんの。お前が思ってるより、お前の体、多分かなり疲れてんぞ。まぁお前若いから、俺が思ってるより案外平気かもとも思うけど。それに、俺にイかされて終わりじゃいつも通りだしな」
 そう言うからには、いつも通りじゃない何かをさせられるらしい。彼にイかされるわけじゃないなら自分でしろて見せろって事かも知れないけれど、オナニー披露は意外と早くに受け入れてしまったから、そこまで珍しいプレイじゃない。
 彼に促されながらも、出来ない無理だと渋って未だ成してない事は何があっただろう。本気で嫌がれば無理矢理やらされる事はないので、泣いてできないと訴えて許されたプレイも色々あった。
「これからして貰うのは、今まで言ったことも無いようなことだよ」
 そう言って続いたプレイ内容は、彼の体を洗うことだった。確かにそれは、欠片も思い浮かばなかった内容だ。
「い、いいの?」
「いいよ。お前、俺に触りたいんだろ? だから、使うのはお前の体だけな」
「え?」
「お前の体に付いた泡を俺に擦り付けるみたいにして、お前の体全部を使って、俺を洗って?」
 なるほど、確かにこれは風呂場ならではっぽい。脳内にソープ嬢もののアダルトビデオを浮かべながら、何をどんな風にして客を洗っていたか思い出す。
「えーと、壺洗い……でしたっけ?」
「ああ、そういやお前、AVとかはかなり広範囲に見るって言ってたか。いや、そういうのはしなくていい。まぁ、指くらいなら入れたきゃ試していいけど。でもやって貰いたいのは、俺の体にそれ擦り付けて、気持ちよくなれたらそのままイッてみてってだけ」
「あの、俺が、気持ちよくなる、の?」
「そうだ。俺の体を使って、お前が気持ちよくなるのを、見せなさいって言ってる。無理ならいつも通り俺が気持ちよくイかせてやるけど、でもその場合は、意識飛ぶ覚悟と、起きた時にはここの毛は剃り落とされてるって覚悟して」
 それならそれでいいけどと、陰毛をそろりと撫でられた。
「無理じゃ、ない、です。やります」
 できれば彼にもちょっとくらいは気持ち良くなって貰えたらいいなと思いながら、泡の残る体を彼の体に押し当てた。

続きました→

 
 
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雷が怖いので30

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 ちゃんと覚悟をしているのに、それでもそんなに迂闊ですかと、ついつい不満が口から落ちる。
「痛いだけのおしおきに怖がって震えた直後に、まだ何でもするって言う気があるってんだから、十分迂闊だろ? 次はもっと酷いことされるって思わないもんかね」
「それは、思いますけど。でも、痛くて怖いの我慢したら、よく我慢できたねって言って、また撫でてくれるんでしょう?」
「だからさ、そうやって少しずつ、お前の痛くて怖い方向の許容範囲も広げていけるんだって、わかってんのか? って話なんだけどな」
 びっくりして目を瞠ったら、ほらやっぱりわかってないと言いたげに、小さなため息を吐かれてしまった。
「お前、元々は男に抱かれたい性癖なんてなかったろ? なのに高額時給に釣られて開発されまくって、俺に抱かれたいとまで思うようになったのは、どうしてだ? お前が迂闊で危機感なく、俺を受け入れちまったからだろうに」
 深い苦笑に胸が痛い。だって彼の言う通りだ。
 迂闊に始めたバイトのせいで、苦しい想いを抱える羽目になった。報われないだろう相手に恋心を抱いてしまった。しかも逃げるのを諦めて、好きという気持ちごと全部差し出して服従してしまえばいいなんて考えてしまったのも、きっと迂闊で危機感が足りないせいなんだろう。
 指摘されるまでもなく、彼との関係に迂闊だったと反省する点はいくつもある。けれどそれらを心の底から悔やんでいるかというと、それはまた別問題だ。
「だったら俺は、自分が迂闊で良かったなって、思います」
「逃げ出したいほど苦しい思いを抱いているのにか?」
「結局逃げ出せてないじゃないですか」
「雷がなけりゃ逃げ切ってたろ」
「雷がなかったら、あなたは別の方法で俺を捕まえに来たんじゃないですかね。迂闊で危機感がない俺から、本音を引き出して逃がさない方法なんて、きっとたくさん持ってますよね」
「そうだな」
「肯定しましたね」
「したな」
「あなたを好きになったと言った俺を引き止めたってことは、俺は、あなたを好きで居ても、いいんですよね……?」
 多分ダメだとは言われない。そうは思ったけれど、やはり緊張で動悸が激しくなる。
「いいよ」
 その返事は、引き寄せられて抱きしめられた腕の中で聞いた。ホッとしながら自分も相手をそっと抱き返す。お湯越しではあっても、直に触れ合う肌が本当に嬉しい。
「良かっ、た……」
 ほろりと零した呟きに、一瞬妙な間が生まれた。
「あの、」
「お前って、今ひとつ欲がないよな」
 どうしましたと聞くより先に、呆れたような困ったような声が吐き出されてくる。
「どういう、意味ですか?」
「まんま言葉通り。そういや最初の頃、いくら稼いで帰るか聞いても、一万って言葉以外聞いたことなかったな」
「それ言ったら、封筒の中身が一万だった事も一度だってないですよね」
「だから聞くのすぐやめたろ。あんまり控えめなこと言われると、過剰に渡したくなるっぽいのは、お前で自覚させられたわ」
「つまりそれって……」
 好きって気持ちに、相手からも何らかくれる気になった。という風に聞こえてしまって、ドキドキが加速する。
「うん。お前は迂闊で危機感無いけど、バカではないんだよな」
「なんです、それ」
「多分当たりだよっつってんの。でもお前が望むだけのものを渡せるわけじゃねーけど」
 生きてきた世界が違いすぎて、恋人にはなれないと思うと言われたけれど、それに落胆する気持ちはなかった。恋人になれなくて苦しいと言った言葉を、ちゃんと拾ってくれただけで嬉しい。
「あと、仕事として抱かれるのが嫌だ、だったよな……バイト、辞めるか?」
「えっ?」
「まぁ時給なんてもう、ほぼ計算しないで適当に気分で金渡してるしな。バイト代じゃなくて、お小遣いって言い換えようか?」
「結局お金は渡されるんですね」
「ないと困るだろ。それとも本気で、俺から金受け取るの止める?」
「止めます」
 即答で言い切ったら、抱きしめてくれていた腕が解かれて肩を掴んだかと思うと、ぐいと押されて体を離される。本気を確かめるように、真っ直ぐにジッと見つめられる。
「必要な生活費、どうするつもりだ?」
「他のバイト、探すつもりですけど」
「じゃあやっぱり金は俺から受け取って。そうだな、月の半分は今まで通りバイトとして。残り半分は、お前に金は渡さない。代わりに、お前がしたいことを優先してやるよ。月二回でも、最近は余裕で八万超えてるだろ?」
「俺が、したいこと……」
 したいことでもしてほしい事でも、エロいことでもエロくないことでも、何かしらあるだろと言われて、むしろたくさんありすぎると思う。
「誕生日の時に着てた服、また、着てください」
「ははっ、あれやっぱ気に入ってたか。じゃあ、お前もあれ着て、またどっか食事に行くか?」
「あ、でも、お尻のプラグは無しで。あなたと食事に集中したい」
「食事の後は?」
「あなたに、抱かれたいです。でもその時は、あなたにも、脱いで欲しい」
「いいね。じゃあお互いに相手の服を脱がそうか」
 今更隠すものもないしこの傷が怖くもないみたいだしと続いたので、大丈夫という気持ちを込めて頷いてみせた。
「他には?」
「俺も、あなたに触りたい。あなたを、俺が、気持ちよくしたい」
「いいけど、バイトの方で口の使い方仕込んでやろうか、みたいな気持ちが湧くぞ、それ」
 忠告はしたからなと続いたので、また暗に迂闊で危機感がないと指摘されているんだろう。
「迂闊でよかった、ってさっき言ったじゃないですか。どうぞ俺の迂闊さを利用して、教えてくださいよ。あなたを気持ちよくする方法も」
 目の前の男ははじめ驚いたように目を瞠ったけれど、すぐにふふっと楽しげな笑いを零す。
「お前はいつまでたっても迂闊で可愛いが、でもそれだけじゃないよな。お前の変わらない迂闊さに、俺はきっとたくさん救われてるよ」
「救われてる……?」
 そうだと頷いて、ゆっくり顔が近づいてくる。ゆっくりだったので、こちらもそっと目を閉じる。
「救われてるんだ、お前に」
 唇が触れる間際に、再度そう囁く小さな声が聞こえて、何をどう救っているのかもわからないのに、心ごと体中が甘く痺れるような感じがした。

続きました→

 
 
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雷が怖いので29

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 あまりの痛みに、飲み込みきれない悲鳴を上げる。体は反射的に逃げようとするが、相手にガッチリと押さえ込まれていて、身動きすらままならない。
 肌へと食い込んでくる相手の歯の感触と、ただただ痛いだけのその行為に、初めて怖いと思った。
 プレイの中で、おしおきという単語を使われた事は何度かあったけれど、痛みだけを与えられたことなんてなかった。しかも痛いのだって、気持ちいいと隣り合わせの軽いものばかりだったし、どちらかと言えば与えられる罰というのは、強烈な羞恥か強すぎる快感が主なものだった。
 相手はいつだって余裕の顔を見せていて、おしおきだって単にプレイの一環で、追い詰められはしてもそれらの行為を心底怖いなんて思ったことは一度もない。彼を怖いと思ったこともだ。
 怖い。怖い。痛い。
 このまま彼に肩の肉を食いちぎられるのかと思うと、お湯の中にいてさえ恐怖で寒気がする。
 嫌だ。やめて。食べないで。
 そう叫び出したい気持ちを必死にこらえてしまうのはどうしてだろう?
 そんなことを口にしたら、もっとひどい目に合うかもしれない恐怖か。そうされるだけの事をしたという納得か。経験的に知る、耐えて受け入れる事で与えられるだろうご褒美への期待か。彼に食べられて彼の血肉になるのならいいじゃないかという、倒錯的な喜びか。もしくは、別の何かか。
 ぬるりと口の中に入り込んだ血の味に、飛びかけた意識が引き戻される。肩は痛いままだけれど、もう、噛まれてはいないらしい。与えられるキスにようやくそう思い至って、そっと差し出された舌に自らの舌を絡めていった。
 自分の流したものだろう血の味はすぐに互いの唾液にまみれて消えてしまったが、宥めるように優しいキスは暫く続いた。気持ちよさにうっとりと身を任せそうになったところで、ようやく唇が離れていく。
「落ち着いたか?」
 痛みと恐怖から物理的に逃げられない代わりに、思考へ逃げて意識を閉じようとしていたのをわかっているんだろう。こちらを安心させるためか、もう、随分と優しい顔をしている。
「こわ、くて……」
「痛いだけ、ってのは初めてだったもんな。しかもそれを、気持ちの準備をさせずに始めたからな」
 ちゃんと最後まで受け入れられていい子だったと、湯で濡れた暖かな手に頬を撫でられて、涙が浮かび始めてしまう。ずっと気を張りすぎていたのか、あんなに痛くて怖かったのに、涙は流れていなかった。
「あの、どれくらい、俺を、食べたの?」
「どれくらい?」
 目元に貯まる涙を指先で払いながら、不思議そうに聞かれて、噛みちぎった量はどれくらいかと聞き直す。
「ああ、少し血が出た程度だよ」
「それだけ?」
「そう。それだけ」
「痕、残る?」
「そりゃキスマークなんかに比べりゃ治りは遅いだろ」
「じゃなくて」
 あなたの肌に残っている傷痕みたいに、とは言えなくて、代わりにそっと、相手の胸に残る目の前の傷を一つ撫でてみた。
「あー……うっすらは残るかもな。でも、そう大きな傷にはならないから」
 刻んだのは本当に少しだけだよと言われて、あんなに痛い思いをしてもその程度しか残らないのかと思うと、なんだか酷く残念な気がした。それと同時に、あれだけの傷を残す相手の体は、どれほどの痛みを受けたのだろうと思って、なんだか悲しくなる。
 同じだけ痛い思いをしたら、もっと彼に近づけるだろうか。過去に何があったのか、何をされたのか、どうしたらあんな傷が出来るのか。好きだから相手を知りたいという単なる興味と好奇心で聞いていいような内容ではないとわかっていても、もっと知りたい近づきたい理解したいという思いは強かった。
 先程与えられた痛みを思い出すと震えそうになるのに、それ以上の痛みを伴うだろう傷を、彼と同じ傷を、欲しいだなんてどうかしている。それによって彼を知り、近づき、理解できる確証もないのに。
「なんでそんな顔なんだよ」
「俺、どんな顔、してますか」
「もっとでっかい傷を欲しがる顔」
 わかりやすいと言われてはいるけれど、それすらも顔に出ているらしい。
「だって……」
「お前、痛いの喜ぶ系の性癖無いだろ?」
「あなたにも、痛いのを喜ぶ性癖があるようには思えないですけど」
「俺とお前じゃ立場が違う。俺の飼い主は結構イカれたえげつない変態だったが、俺はお前を所有してるつもりもないし、相手の体に消えない傷を残して喜ぶ趣味もない。と言いながら、血が出るほど噛み付いといて言うのもおかしな話だけど」
「それは、俺が、それだけあなたを怒らせたから……」
「怒ってるは少し違うけど。むりやり言わされたわけでもないのに、何でもするなんて、簡単に口にして欲しくないってのはあるな」
 やっぱり何がしかの深い理由がありそうだ。もしかして、むりやり言わされた結果、こんなに傷だらけにされたのだろうか。もちろんそれを、尋ねることなんて出来ないけれど。
「軽々しく言ったつもりは、なかったけど。でも、ごめんなさい」
「知ってる。けど、頼むから、俺以外に何でもするなんて、口が裂けても言うなよ。お前、普段の生活も色々迂闊そうだからな」
「言うわけない。というか、あなたになら、また言っても、いいの?」
「本気で俺を動かしたくて、お前が差し出せるものがその体だけだってなら、言えばいい。結果、何されてもいいだけの覚悟があるんだろ?」
「はい」
「そういうとこが、相変わらず迂闊すぎて、お前はホント可愛いよ」
 本気で頷いたのに、そんなことを言われて苦笑される意味がまったくわからなかった。

続きました→

 
 
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雷が怖いので28

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 性感を煽ってこない、ただただ荒々しく貪られるようなキスは初めてで、けれどキュウと締め付けられる胸の痛みはいつもよりずっと甘い。
 間違いなく、嬉しかった。喜んでいた。
 知られたくなかっただろう傷を半ばむりやり暴いて、その結果、彼から随分と余裕を奪ったらしい事を、申し訳なく思う気持ちはある。嫌な過去を思い出させただろうかと心配する気持ちもある。けれど胸の中を圧倒的に占める感情は、多分、愛しさだった。
「すき……」
 キスの合間にほろりと気持ちを零せば、ハッとしたように唇が離れていく。少し残念だったけれど、もっととねだって良さそうな雰囲気ではない。むしろ一瞬、どことなく気まずい沈黙が流れた。
「取り敢えず、風呂に浸かって体を温めるか。このままだと本気でお互い風邪をひく」
 沈黙を振り払うように告げられた言葉に頷いて、促されるまま移動し、たっぷりの温かな湯に身を沈めた。
 浴槽はそこそこ大きく、二人同時に入ってもまったく窮屈さはない。広さがあるから、長辺に沿って向かい合う形で座ると、その距離が突き放されているような気もして少しだけ寂しい。
「そんな顔をするなよ」
 寂しさが顔に出てしまったのか、苦笑された。
「俺も流石に、この状況には戸惑ってる。プレイでもなく肌を晒すのも、誰かと風呂に入るのも、始めてなんだよ」
「風呂場でのプレイとかも、することあるの? もし俺が、風呂場エッチに興奮する性癖持ちだったら、してくれてた?」
「昔、俺がある人の所有物だった時は、しろって言われた事はなんだってやったよ。でもお前との関係は全く別だから。お前にこの体を見せるつもりは一切なかったし、だから風呂場プレイなんてのは最初から欠片も候補に入ってない」
「なら、体を見ちゃった後の、今は?」
「なんだ、されたいのか?」
 にやりと笑ったよく知った顔に、酷くホッとしながら肯定を返す。風呂場でのプレイに興味があると言うよりも、裸の彼に触れてもらえるならなんだっていい、みたいな気分だった。
「じゃあこっちおいで」
 呼ばれていそいそと近づけば、嬉しそうな顔しちゃってと、からかい混じりに指摘されてさすがに恥ずかしい。けれど既に開き直っている部分は、嬉しいのなんて当然だろと憤ってもいた。でも、好きなんだから嬉しいのは当たり前、とは口に出来なかった。言ったらきっとまた、戸惑わせるか困らせるかして、一瞬拭いようもなく気まずくなってしまう。
「さっきあんなにいっぱい気持ちよくイッたのに、自分からもっとしたがるなんて随分といやらしい子に、どんなことをしてあげようか?」
 伸ばされた彼の腿の上に足を開いて乗り上げる形で向かい合い、何をされたいかを問われた。問われたところで、どんなことが出来るのかわからない。
 今まで見てきたアダルトな動画の中、風呂場のシーンってどんなことをしてたっけ? なんて思考を巡らせていたら、ススッと顔が寄せられて、耳元にとろりとしたイヤラシイ声が吹き込まれた。
「ご褒美と、おしおき、お前が今欲しいのは、どっち?」
「んぁあっっ」
 声だけでもたまらないのに、オマケとばかりに耳朶を食まれて、ゾクゾクとした快感に身を震わせる。
「ああ、お前の可愛い声が響くのは、悪くないな」
 そう言って、こちらの返事など待つことなく、そのまま耳を舐られ肌の上を手が這った。
「ぁ、ぁっ、ぁあっ」
「ほら、早く決めないと、俺が勝手に決めちまうぞ?」
 意地悪なのに、でもホッとするし嬉しい。逃げ出しても、傷を暴いても、以前と変わらぬプレイをしてくれるなら、もうそれで良いのかも知れない。
 そう思ったら、逃げて傷を暴いた罰を、受け取らなければという気になった。
「おしおき、が、いい」
「何をした罰か、自分で言えるか?」
「あなたから逃げて、あなたの傷を暴いた」
「そうだな。それにさっき、何でもするから、服を脱いでとお願いした」
「はい」
 こうして一緒に風呂に入ってくれているのだから、もちろんその言葉通り、なんだってするつもりでいた。でもそれを言ったときも眉を寄せていたし、自分の首を絞めると注意もされた。そう言えばこのバイトに誘われた最初、バカ丸出しで何されてもいいと言えるなら、月一回抱かれるだけで八万入手も可能だけれど、それはそんなことを軽々しく言うなと言う警告だとも言っていた。
 軽々しく言ったつもりはないけれど、それでもやはり、これは口にしてはいけない言葉だったのかもしれない。
「何でもする、なんて言葉を自分から差し出す危険を、少しだけその体に刻んでも?」
 それは痕が残るような何かをするという事だろうか。彼が残してくれるものなら、むしろ嬉しい気がするのだけれど、はたしてそれは罰になるのだろうか。
 そう思いながらもハイと言って頷けば、肩に強い痛みが走った。

続きました→

 
 
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雷が怖いので27

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 連れて行かれたのは防音室ではなく浴室だった。防音室の奥には簡易なシャワーブースが設置されていて、普段はそちらしか使わないので、もちろん寝室同様この場所も初めて入る。
 なぜ、と思ったら、浴槽に湯が張られていた。抱かれ終わった後、ゆっくり湯に浸かれるようにと始めから準備してあったらしい。
 使うかどうかはともかく用意しておいて良かったと言われながら、濡れきった服をあっさり剥かれて、ちゃんと温まって来いの言葉と共に浴室に押し込まれそうになって、慌てて相手の服を握った。
「一緒に、入らないの?」
 だって同じだけ相手もずぶ濡れだ。
「俺はいい。ここまで運ぶのに濡らした廊下も拭かないとならないし」
「そんなの、後まわしでもいいでしょ。俺も手伝いますし。そのままじゃあなたが風邪ひきますよ」
「大丈夫だ」
 棚に積まれたバスタオルを一枚取って濡れた体を拭き始めるが、まずはその濡れた服を脱ぐべきだと思うし、何とも言えない違和感に目が離せない。
「いいからお前は早く風呂に入れ」
 さっさと行けと言いたげに手で払う仕草をされたが、おとなしく従う気にはなれなかった。
「そんなに、俺に肌を見られるの、嫌、ですか? 肌に触られるのが嫌なんじゃなくて、見られるのが、ダメ?」
「お前と違って、綺麗な体じゃないからな」
 ああ、当たりだ、と思う。頑なに服を脱がないのは、その服の下に、見られたくない何かがあるのだ。
「何か、傷跡でも……?」
「まぁ、そんなところだ」
「気にしません、と言っても?」
 自嘲気味な笑みとともに、無理だよと一蹴された。
 胸の奥がざわついて仕方がない。その傷跡を見たいという衝動。だって彼が彼自身についてを語ることは殆どなかったから、この機会を逃したくなかった。少しでももっと何かを聞き出せないか、引き出せないか、食らいついてしまう。
 握っていた服の裾を、さらにきつく握りしめた。
「脱いで、ください。そして一緒に、風呂に入って」
「だから、」
「お願い、します。何をしたら、脱いで、くれますか?」
 なんでもすると言ったら少し眉を寄せて、そういう発言は自分の首を絞めるぞと注意されたが、だって彼を動かすために差し出せるものは、相変わらずこの身一つしか無いのだから仕方がない。そう言ったら、なんでそこまでと呟くように返された。そんなの、決まってる。
「好きになったって、言ったじゃないですか。俺を逃してくれないなら、せめて、あなたのことをもっと、教えて下さい」
 本気が伝わるように、まっすぐに相手の目を見つめて言い切れば、諦めに似たため息が落ちた。
「わかったからその手を離せ」
 言われて手に込めていた力を抜けば、相手は濡れきった服を次々と脱いでいく。露わになっていく肌の痛々しさに息を呑んだ。
 こちらの反応に、相手はわかっていたと言いたげで、やはり自嘲気味な笑みを口元に浮かべている。
「あちこち汚くて引いただろう?」
「そんな、こと……」
「これらが何の傷かわかるか?」
「SMの、プレイ……?」
「そうだ。といっても、火傷の痕みたいになってるのは、刻まれたイレズミを消した分も混ざってるがな」
「イレズミ……」
「消えない所有印だよ。むりやり消しても、こうして痕が残る。まぁ、金積めばあれこれもうちょい綺麗にもなるんだろうけど、こんな事になるならやっておけば良かった」
 怖いかと聞かれたので、慌てて首を振って否定した。何に対する怖いなのかもわからないし、この体を見せられて感じたのは驚きと、後はどちらかと言えば憐憫だ。だって絶対に、彼がそうされたくて出来た傷じゃない。
「しかしこれを見たら、もう、一緒に風呂に入ろうなんて言う気にはならないだろ?」
 なんでそんな目にと聞いていいかをさすがに躊躇っていたら、そんな言葉と共にバスタオルで体を拭き始めるから、やっぱり慌ててそのバスタオルへ手を伸ばした。
「一緒に、風呂に入って」
 バスタオルの端をギュッと握って、譲らない気持ちで告げれば、小さなため息の後でわかったと返される。しかしホッと安堵の息を吐いたのもつかの間、パチンと小さな音が何度か響いて、浴室も今いる脱衣所もほとんどの明かりが落とさた。
 真っ暗にならなかったのは、幾つかの間接照明が残されたままだからだ。さすが金持ちのバスルームはお洒落だ。などと呑気に感心している場合じゃない。
 電気を消された理由はわかっていたから、目の前の体そのものへ手を伸ばし、抱きついてやった。真っ暗ではないから、優しい灯りの中に浮かび上がる傷をそっと撫でて、更には唇を寄せてキスをする。
「なにをしてる」
「怖くもないし、汚くもない。でも、言っても信じてくれそうにないから」
 戸惑いの強く滲む声に、俺を信じられたら電気つけてと言い捨ててキスを繰り返せば、暫くしてまたパチンという音が幾つか響いて明るくなる。顔を上げての言葉に従えば、噛み付くようなキスが降ってきた。

続きました→

 
 
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