無い物ねだりでままならない14

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 開脚して座る足の間、身を丸めるようにして先輩が股間に頭を寄せている。しかもその口の中には、勃起した自身のペニスの先端が収まっているのだ。
 上手く出来る自信がないと言った先輩の技巧は、多分、ちっとも下手じゃない。
 正直に言えば、下手くそと聞いて、歯を当てられてヒヤリとするようなフェラをされるのかと思っていたのだ。痛い思いをするのはさすがに嫌だけれど、でもそんなぎこちなさだってきっと嬉しい。そう思うだろう自信があったのに。
 ただ、舐めるところや咥えるところをこちらに見せつけ煽るような真似は一切しないし、先程手でいじっていたとき同様に、一人で熱中していて、必死に格闘しているという印象がどうにも拭えない。なので、若干置いてきぼり感はあった。
 必死にしゃぶりついてて可愛い、という脳内変換は余裕なので別に構わないけれど、もし過去に下手くそと言われた経験があったとしても納得だなとは思ってしまう。
 先輩を抱いた他の男のことなんて考えたくなくて忌々しいが、これを可愛いと思えない男が先輩の恋人ヅラをする方がもっと忌々しいので、体だけの関係で終わってよかったと思うしか無い。
「ね、先輩」
 呼びかければ、少し頭が上がって視線だけがこちらを窺ってくる。
 頭が上がったことで、先輩の口に咥えられた自身のペニスが目に入るようになり、ズンと腰が重くなった。口の中で膨らみを増したペニスに、先輩が少し驚いた様子で目を大きくしたのがわかって笑ってしまう。
「先輩の口に俺のちんこ入ってるの見たら、ね」
 原因を教えてあげれば、困ったように眉を寄せた後、その口の中からペニスが吐き出されてしまった。
「あれ? 終わっちゃうんです?」
 余計なことをしてしまったかと残念に思っていると、身を起こした先輩は申し訳無さそうに、喉を突かれるのは苦手で、と言う。
「喉? そんな奥まで咥えてくれなくても、充分気持ちよかったですけど?」
「え、あ……いや、……そう、か、勘違い、か。スマン」
「先輩が俺のちんこ咥えてるとこ、もっと見たかっただけなんですけど。あと、俺が感じてるのも、ちゃんと見て欲しくて」
 何を勘違いしたんだろうと思ったけれど、それを追求するよりも、何がしたかったか訴えるのを優先した。追求して出てくるのは過去の男関係だろうな、と思ってしまったのも大きい。
 気にならないかと言えば当然気になるし、何をされたかは知りたいのだけど。でも先輩の反応的にあまりいい思い出ではないのだろうし、先輩が嫌な思いをした過去を知って、冷静でいられる自信がないからだ。
 過去に嫉妬を膨らませても仕方がないのはわかっているし、場合によっては先輩を追い詰めそうで怖い。何かしら引きずっているらしい先輩を、これ以上追い詰めたいわけじゃなかった。
「気持ちよかった、のか?」
「萎えてませんでしたよね、俺」
「でももっと気持ちよくなれる、というのを示したかったんだと思ったんだ」
「それは間違ってないです。先輩が俺のちんこ美味しそうにペロペロもぐもぐしてるの見たら、絶対もっと興奮しますもん。今も、先輩の唇濡れてるの見てるだけで、そこに俺のちんこ入ってたんだなって興奮してますよ。ちゅっちゅ吸われて、舌先でおしっこの穴つつかれて、溢れる先走りペロペロ舐められてたんだなって考えるだけで、ちんこガチガチですけど」
 言えば先輩の視線が股間に向かったので、見せつけるみたいに少し腰を押し出してやる。
「お前は思ってたよりずっと、随分とあけっぴろげだな」
 突きつけられた勃起ペニスからそっと視線を逸らした先輩は恥ずかしそうだ。
「先輩に体拭かれただけで勃っちゃうのを隠したい程度の羞恥心はありますけど、でも今、隠す必要感じないですし。むしろ、こんなに興奮してんだぞって見せつけてやりたいって思ってますし。てか、先輩のせいでこうなってんですよ、って突きつけられるの、嫌ですか?」
「いや、……ではない、な。むしろ嬉しい気持ちもある。ただ、どうしていいかわからなくなる。恥ずかしくて」
 すまない、と謝罪される意味がよくわからない。
「思ってたよりめちゃくちゃ恥ずかしがり屋だった先輩、可愛いですよ?」
 出会い系なんて単語が出たくらいだし、もっと積極的なのかと思っていた。でも先輩の様子を見る限り、出会い系で遊びまくってたとは思えないし、飽きてやめたとかでもないんだろうと思う。むしろ、いい出会いが得られなかった結果が、この余裕の無さなのかなと考えてしまう。
「それ、は……うん、ありがとう。気を遣わせて、すまない」
「あ、まだそういう事言うんです?」
 本気で可愛いって言ってんのにとむくれて見せれば、先輩は困ったように小さく笑った。
「それはわかってる。わかってるんだが、本当に、どうしていいか……」
「そんなの、嬉しいって笑ったり、もっと可愛がってって甘えたり、とか」
「難易度が高い」
「じゃあ俺が言いましょうか。もっと可愛がりたいんで、そろそろ先輩も服、脱ぎませんか?」
 まだ俺に裸見られるの無理ですかと聞けば、先輩はゆるく首を横に振って服に手をかける。
「あ、待って。脱がせたいです!」
 先程、風呂場の前でそう声を掛けれなかったことが、心に引っかかっていたんだろう。軽口どころか、食い気味に訴えてしまった。
 でも、困ったような顔をして謝ってばかりだった先輩が、小さく吹き出すように笑ってくれたから、結果オーライで良しとする。

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無い物ねだりでままならない13

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 何度か唇を触れ合わせた後、伸ばした舌先で唇の隙間を突付けば、迎え入れるように口が開く。遠慮なく突っ込んだ舌で、相手の口の中を探る。
 相手の舌は最初戸惑うように縮こまっていたが、構わずに歯列をなぞって口蓋を舌先でくすぐっていたら、やがて応じるように伸びてきた。多分、しつこく口蓋を擦られるのが嫌だったんだろうと思う。そこが弱いというか、感じるらしいのは相手の反応からわかっていたから惜しい気もしたが、相手の舌を絡め取って舌先同士を擦り合わせるのも充分に楽しくて興奮する。だから、すぐにそちらに夢中になった。
 恋人居ない歴を重ねた童貞ではあるが、唇を触れ合わせる程度のキス経験ならある。けれどいわゆるディープキスは初めてだった。口の中を探る行為そのものも、相手の反応がしっかり返るのも、相手の粘膜と擦れる物理的な快感も、思っていたよりかなり善い。キスだけでもこんなに感じるんだ、という感動すらある。
 自分の体のことはもちろんわかっているが、相手はどうだろうか。小さな震えとか漏れる息とそれに交じる僅かな音から気持ちがいいのだろうことはわかるが、同じようにちゃんと勃起してくれているだろうか。
「んんっっ」
 確かめるように下肢へと伸ばした手で触れた股間の膨らみは、張り詰めて充分な硬さがある。良かった。
「ん……んぅっ、ふ、……ぁ……ぁっ、ま、……てっ」
 意識が分散して舌の動きは鈍ってしまったが、唇は未だ合わせたまま、服の上から軽く握って何度も擦り上げれば、とうとう相手の手が肩を掴んで引き剥がされてしまった。
 体格差があるので力で抑え込めるわけがないのはわかっている。なので、力が掛かるままに覆いかぶさっていた体を持ち上げた。
 見下ろす先、さっきよりもずっと目元を赤くした先輩が熱に潤んだ瞳で見上げてくるので、可愛いと思いながらニコリと笑っておく。
「キスって、こんな気持ぃんですね」
 先輩も気持ちよさそうで良かったと言いながら、引き剥がされる時に離してしまったペニスにまた手を伸ばそうとしたが、その手は先輩の手に捕まってしまって目的の場所までたどり着けなかった。
「ちんこ触られるの、嫌でした?」
「いや、っていうか……」
「あ、先輩も俺の、触ります?」
 先輩の視線がこちらの股間に向かっていたので、こちらの手を掴んでいる手を逆の手で掴み直して、自分の股間へと導いた。先輩と違ってこちらは素っ裸で剥き出しだけど、さっき触っても萎えないか確かめたいと言っていたのだから、直接触ることに抵抗なんて無いだろう。
 さっきと違って今はもう、触られても萎えない自信がある。
「ははっ、先輩の手、気持ちぃ。ね、ほら、ちっとも萎えない」
 あっさりこちらの手を離して、先輩は誘導されるままその大きな手でこちらの勃起ペニスをそっと握り込む。自分の手とは全然違う感触も、自分の意志を無視して勝手に与えられる刺激も、腰の奥が重くしびれるような気持ちよさだった。
「んっ、ふふ、手付きえっろ。それ、ヤバい、す。めちゃ気持ちぃ。ね、……」
 俺も先輩の直接触ってもいいですか、と続けるはずだったが、先輩の喉がコクリと上下したのが見えてしまって続く言葉を飲み込んだ。
 先輩の手は、快感に溢れる先走りを先端からすくい取って鬼頭にくるくると伸ばしていて、その目はその指先と、快感に震えて小さく開閉する先端の穴やそこからとめどなく溢れてくる透明な雫に釘付けで、こちらの視線には気づいてないらしい。
 何かを言おうと躊躇ってか、口元をモゴモゴと動かす先輩の唇に手を伸ばして指先で触れた。
「ぁ……」
 ビックリした様子で慌てて視線をこちらに向けた先輩の顔は気まずそうだ。ペニスを凝視しすぎていた自覚があるんだろう。そんなの、気にしなくっていいのに。
「舐めて、くれるんです?」
「そ、んな……」
「違いました?」
 再度驚いた様子で目を見張った先輩の顎を軽く掴んで顔を寄せる。深くはせずにチュッと軽い音を立てるように一度吸い付いた後、顔を寄せたまま、舐めたいって言いたくて言えないみたいな顔だったんですけどと言ってみれば、掴んだ顎の手を振り切って、嫌がるように顔を背けられてしまった。
 嫌がるというか、多分、指摘が恥ずかしかっただけなんだろうけど。ただ、顔を背けた先輩は口を閉ざしたまま、なんだか緊張をはらんだ様子で身を固くしている。
 抱かれた経験があると言う割に、なんでこんなに余裕がないんだろう。童貞の自分の方こそもっと余裕をなくして、先輩に翻弄されるセックスになるかと思ってたんだけど。
「舐めたいって言い出せない先輩可愛い、って思ってたんですけど。俺の勘違いだったならごめんなさい」
 怒ってないのはわかっていたけれど、怒らないでと言いながらそっと頭をなでれば、観念した様子で先輩がこちらに向き直り口を開いた。
「勘違いじゃ、ない」
「うん。言っていいのに、躊躇っちゃうの可愛いですね。俺が嫌がるかもって思いました?」
 嬉しいだけですよと、なるべく優しい声になるように気をつけながら告げる。
「して、くれます?」
「うまく、出来る自信が、ない」
「え、そんな理由で躊躇ってたんです? 先輩がフェラ下手くそだったら、俺はむしろ嬉しいんですけど」
「嬉しい?」
「だって上手だったら誰に教わったんだろって嫉妬しそうですもん。俺、どうやらめちゃくちゃ独占欲強くて嫉妬深いんですよ。これ、先輩のおかげで最近知ったんですけどね。だからこの口で、気持ちよくしてあげた男なんて、少ないほうが、断然、嬉しいんです」
 断然を強調して告げた後、呆れてもいいですよと笑ってやれば、先輩も釣られたように少し笑った。どうやら緊張はほぐれたみたいだ。

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無い物ねだりでままならない12

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「じゃあ、恋人にならなくてもいいから、俺の童貞、貰ってくださいよ。ここまできてセックスなしはないでしょ。いくらなんでも」
 ふざけるなという気持ちで相手を睨めば、泣きそうだった顔がますます歪んで、うるりと瞳が揺れている。
 いっそ泣いてしまえばいいのに。
 そう思う気持ちと、傷つけたいわけじゃないのにと歯痒く思ってしまう気持ちとが、胸の内で交錯した。
「ダメだ。お前は本来女性が好きなんだから、いっときの感情に流されて男なんか抱いたら、いつか、後悔するぞ」
 泣きそうな顔をしているが、発する言葉は淀みなくはっきりとしていて、強い意志がこもっている。簡単には折れてくれない頑なさが嫌でも伝わってくるが、引き下がる気にはなれなかった。
「後悔なんてしませんよ。だってそしたら俺も、恋人でもなく恋人になれるわけでもない相手を抱いた男になりますよね。恋人じゃない相手に抱かれた先輩と、同じですよ」
「何を、言って……」
「わからないですか? 先輩が過去のお遊びをそこまで気にするなら、先輩と同じになってから口説き直します、ってだけです」
「全然違うだろう」
「同じってことにしてくださいよ。俺、今は遊びでだって先輩以外は抱けないですし。じゃあどっかで好きでもなんでも無い相手抱いて童貞捨ててくるんで、とか絶対無理ですもん。だから先輩、俺と、遊んで下さい」
 俺の童貞貰ってくださいと、再度、お願いした。ついでに、先輩と恋人になりたいんですと、その先の本当の目的も、再度口に出しておく。
「なんで、俺、なんだ。俺なんかに執着しなくても、お前が本気で欲しがって喜ばない女子は少ないだろうに」
 先輩と恋人になりたいと言い続けるのが、そんなにも意外なんだろうか。
 いやまぁ、過去の自分の言動を顧みれば、意外と思われても仕方がないかも知れないが。掲げた理想に欠片も当てはまらなかった相手に、掌返しで突然の交際を申し込んだのはこちらの方だった。
 とすると当然の疑問だが、でも後半は余計なお世話だ。
 だって仕方がないじゃないか。恋愛的な意味で、性的な衝動を持って、自分のものにしたいなんて感情を初めて抱いた相手が、先輩だったんだから。
「先輩のこと、よしよしって頭なでたり、背中トントンしたり、ぎゅーって抱っこして可愛い可愛い大好きだよって、俺以外の男がするの、絶対ヤダって思っちゃったんだから、しょうがないじゃないですか」
「なんだそれは」
 本気で意味がわからないという顔をされてしまったが、いやでもだって、恋人になったらそういうのするでしょ? するよね?
「抱かれたい側で、恋人できたら、しますよね? そういうの」
「そうだろうか? あまり、想像がつかないが」
 やっぱり本気で意味がわからないって顔のまま、想像がつかないなんて言われてしまうと、ちょっと不安になってくる。自分が考える恋人と、先輩が考える恋人では、何かが大きく違っているかも知れない。
「えと、恋人に、甘えたいとかないんです? 可愛いって言われたいのに?」
 可愛いって言われたいって言ってたから、いっぱい甘やかされたいんだろうって、思っていたんだけど。
「可愛いと思ってもらえたら、というのは憧れみたいなものだから。お前が嘘や冗談で言ったとは思わないが、俺を喜ばせたくて言ってくれたんだろうことはわかるし、大の男が人に甘える姿なんてみっともないだろう? ああ、お前みたいな容姿だと、あまり実感がないのかもしれないな。でも少なくとも、俺が誰かに甘える姿なんてのは、気味が悪い部類に入ると思うぞ」
「それ、本気で言ってんですか?」
 思いの外声が低くなって、怒りが抑えきれない。
「俺は本気で、先輩が可愛いって思って、可愛いって言いましたよ。恋人になったらうんと甘やかしたいって思ってますし、頭なでなでも背中トントンもギューってして大好きも、する気満々だし、俺の想像の中で嬉しそうに笑う先輩を、みっともないとか気味が悪いとかちっとも思わないんですよ。そして、それが現実になって欲しいって思ったから、現実にしたかったから、こうして今、恋人になりたいってお願いしてるんですけど」
 どうしたら信じてくれるんですかと詰め寄ってしまえば、先輩はうろたえて視線をさまよわせる。目元がうっすらと赤くなっていて、思わず確認した耳の先もやはり少し赤いようだ。
「可愛いですよ、本当に」
 再度念を押すように告げて、赤くなった目元めがけて顔を寄せた。唇が触れた先は少し熱を持っていて、先程うるうると瞳を潤ませていた名残かしっとりとしている。
 先輩はすっかり身を固くしていて、唇を離しても、その目を覗き込んでも、身体が動くことはなかった。
「抱いて、いいですよね?」
 覗き込んだ目の中は複雑に揺れていたけれど、嫌悪や拒否の感情はなさそうだったから、応えが返らない前提で問いかけながら、その体をすぐ傍らにある布団の上へそっと押し倒す。
 抵抗はされなかった。それどころか、身体のこわばりを少しばかり解いて、ぎこちなくではあったが自ら布団の上へと体を倒してくれたから、それを了承の返事とすることにした。

続きました→

 
 
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無い物ねだりでままならない11

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「それでですね、話戻して確認したいんですけど、これって先輩が一人で使ってたヤツですか? それとも、先輩を抱いた男と今も付き合いが続いてて、そいつと使った残りとか言います?」
「うっ……」
 せっかくの柔らかな笑顔が固まってしまうのは惜しいが、どうしてもどうしてもどうしても、そこは確認せずに居られない。
「心狭いと言われようと、嫉妬深いと言われようと、独占欲強いと言われようと構わないんで。もし他の男と使った残りだって言うなら、俺、今からちょっと自宅戻って、先輩と使うためだけに買った新品取ってくるんで。だから正直に、教えて下さい」
 目の前で、先輩の頭がガクリと落ちた。畳の上に両手をついて、俯くというよりは項垂れてしまった先輩の目元は見えないが、耳は先どころか全体がはっきりと赤色に染まっている。
「せ、先輩!?」
「最後に抱かれたのは2年は前の話で、場所も、この部屋じゃない。というかこの部屋を使うのは、お前が初めてだ」
 慌ててしまったこちらと違って、先輩の声は思いの外落ち着いてはっきりとしていた。
「って、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが、俺は一体、何を言わされてるんだ?」
 恨みがましい、低く唸るような声が聞こえてきて、でもちっとも恐くもなければ、申し訳ないことをしたという気持ちもわかなかった。申し訳ないと思わないことが、少しだけ、申し訳ない気もするけれど。
 真っ赤になった耳が可愛くて、顔見せてくれないかな、なんてことばかりが頭の中を占めている。
「あー……羞恥プレイは苦手な感じですかね?」
「そういうのとは違うだろう?」
「そうですか? 先輩可愛くて、ちょっと目覚めそうなんですけど」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、俺の懸念が晴れたところで、そろそろ始めていいですか? それとも先輩も、何か聞いておきたいこととか確かめておきたいこと、あります? あ、ご存知だと思いますが、俺は恋人居ない歴がそのまま童貞歴なんですけど、主導権って俺が貰っていいんですかね? 先輩がリードしてくれるなら、それはそれで興味なくはないんですけど」
 いつものノリでペラペラと話してしまっているが、先輩は頭を下げたままなので、どう始めていいかも実のところよくわからなかった。開封済みのローションやゴムの箱にこだわって、ムードどころじゃない状況にしてしまったのは、間違いなく自分自身なのだけど。
 困ったなと思いながら一度口を閉ざせば、それを待っていたかのように先輩が口を開いた。
「確かめたいことが一つある」
「あ、はい。どうぞ」
「まだ、俺と恋人になりたい気持ちはあるのか?」
「え?」
「抱いた後、付き合ってくださいと大真面目にお願いする予定だと、言っていただろう?」
「言いましたね。もちろんそのつもりですが。というよりは、先輩を抱けることが証明できたら、付き合って貰えるんだと思ってるんですけど」
 違うんですかと問えば、そうなればいいと思っていたが、などと不穏な言葉が返って焦る。
「それって……」
 ようやく落ちていた頭を上げた先輩はなんだか泣きそうな顔をしていたから、どういう意味ですかと続けるはずだった言葉が、音にならずに口の中で消えてしまった。
「俺の初めての相手が、出会い系で知り合った男だと言ったら? しかも出会い系でそういう関係を持った相手は一人じゃないと言ったら?」
 そんな男だと知ってもまだ、恋人になりたいと言えるのか。とは続かなかったけれど、間違いなく、そういう意味の問いかけだろう。
「確かに先輩に抱いてたイメージからは想像つかない過去ですね。てか言わなきゃ先輩の過去のアレコレなんか探らないのに、なんで正直に話しちゃうんですか。辛い恋をして、恋人にはなれなかったけど抱いてもらうことは出来たんだ、とか言っとけば、絶対騙されたのに」
「お前がまっすぐで綺麗だから、抱かれたい側のゲイだなんて教えて、お前を惑わせたことを後悔してる。抱きたい可愛い恋人になりたいと、大真面目に言ってくれたことで俺はもう救われたから、お前の初めては俺なんかのために捨てないで、今はまだ取っておくといい」
「まさかそれ、セックスするのなしって言ってます?」
「そうだ」
「俺の恋人に、なってくれないんですか?」
「なれない」
 嘘だろと愕然とする。ここまできてこんな掌返しを食らうとは思わなかった。しかも、過去に出会い系で遊んでたから、なんていう理由で。

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無い物ねだりでままならない10

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 部屋のドアが開く気配に顔を向ければ、部屋に入ってくる先輩とバッチリ目があって、その目が驚きに見開かれるのがわかる。こちらはきっと、抑えきれない不満から眉が寄っていることだろう。
「うわっ」
「えー……」
 先輩が漏らす驚きの声と、こちらが漏らす不満の声が重なった。
「何服着て戻ってんですか。ずるくないっすか」
 先に言葉を発したのは自分の方で、言葉の通り、先輩は部屋着らしきものをしっかりと着込んでいる。こちらは風呂場から裸で部屋に直行し、そのまま何も着ずに先輩を待っていたのに。
「いやだってそれは、お前が」
「え、俺のせいなんです? 俺、裸で先輩待ってたのに?」
「それは、すまないと思ってるが、その、お前はずっと女子だけが恋愛対象だったはずだろ」
 お前の本気を疑ってるわけじゃないが、それでもノンケなはずの男の前に裸体を晒すのは勇気と覚悟がいる。らしい。
 さっき先輩に体を拭かれただけで勃起させたところを見たくせに。でもまぁ、触れて萎えないか確かめさせてくれとも言われたわけだから、表情や態度から伝わってくるようなわかりやすさはなくても、色々不安にさせているんだろう。
「まぁ、脱がす楽しみが出来たってことにしときます。それより、これ」
 目の前に並ぶものの中から、ローションのボトルとゴムの箱のある辺りを指で示しつつ先輩を視線で呼んだ。不思議そうな顔をしつつも近くまで寄ってきた先輩が、隣に正座で腰を下ろす。
 一瞬、なんで正座なんかするんだと驚いて、すぐに自分の姿勢を思い出し、ついでに、先程先輩が見せた驚きの理由はこれかなと思う。封の開いたローションやゴムを前に真剣に悩んでいたせいで、ついつい正座になっていた。先輩も、まさか正座で待たれているなどとは、思っていなかったんだろう。
「これがどうかしたか? 必要な物、だろう?」
「封、開いてますよね。これ。先輩って、自分でお尻いじるオナニー、してるんですか?」
 まっすぐと見つめながら問うのは、もちろん、先輩の反応を見逃したくないからだ。わかりやすい反応はやはりないが、それでも、先輩の焦りが伝わってくる気がした。
 目元と耳の先がうっすらと赤くなった気がして、どうやら照れているらしい。こんな先輩、初めてみた。
「先輩、お尻で感じられます? あとこれ、聞いていいことじゃない気もするんですけど、どうしても気になるんで教えて下さい。先輩って、誰かに抱かれた経験、既にあります?」
 先輩は黙ってしまったが、それでも口元が薄く開いたり閉じたりしているので、一応、答えようとはしてくれているらしい。そして、簡単には言えないことから、答えを察してしまう。
「恋人いたこと無いのにセックス経験済みでも、先輩抱きたいって俺の気持ちが変わるわけじゃないんで、教えて下さい」
「気持ちは変わらなくても、幻滅は、するんじゃないのか」
 再度知りたいと請えば、苦々しげにそんなことを言うけれど、幻滅するという発想はなかったなと思う。だって封の開いたローションとゴムを見て、初めてじゃない可能性をすぐに考えついてしまったくらいに、もともと、先輩のことをモテる男だと思っているのだ。抱かれたい側のゲイだと聞いて、自分だって今まさに、抱かせて欲しいとお願いしているのだ。
 ただまぁ、先輩に恋人がいた過去がないってことを考えたら、先輩のほうが好きになって、抱いては貰えたけど恋人にはなれなかった、みたいな経緯の方がしっくり来るかなって思うから、なんでセックス経験だけあるのかをこれ以上突っ込んで聞く気はないけれど。
 だから幻滅するような要素はどこにもない。先輩の初めての男になれなかった残念さや悔しさもなくはないが、どちらかというと、先輩の初めてを貰った誰かがひたすら羨ましいだけだ。
「するのは嫉妬、ですね」
「嫉妬……」
「もしかして先輩の初めての男になれるのかな、みたいな期待がなかったわけじゃないんで、先輩の初めて持ってった誰かにめちゃくちゃ嫉妬します」
「そ、そうか……」
 そっと視線をそらすように俯かれてしまって、やっぱり珍しいものを見ていると感じてしまう。そして俯いて見えないその顔に、どんな感情が乗っているのか見たいなと思った。
 思うままに両手を伸ばして、先輩の両頬を包めば、ギクリと先輩の身体が硬直するのがわかる。
「顔、みたいです」
「いや、だ」
「お願い」
「は……ずかし、い、から」
「なんで?」
「なんで、って」
「初めてじゃないってことが俺にバレたこと? それとも俺に嫉妬されて嬉しいなとか、俺に初めてあげたかったな、とか、ちょっとはそういうこと考えて、そんなこと考えちゃうのが恥ずかしい、とかです? あ、出来れば後者が嬉しいです」
 つらつらと言い募れば、先輩が小さく吹き出して、強張っていた身体から力が抜けた。しかし残念なことに、顔を上げた先輩から、恥ずかしそうな様子は感じられなかった。
 冗談めいた言い方をしたものの、それなりに本気の欲求を突きつけたせいで先輩の羞恥が飛んだのか、単純に見る目がなくて気づけ無いだけかわからないのがもどかしい。
 嫉妬を喜ばれたいとか、初めてをあげたかったと思って欲しいとか、自分が言ったセリフもなかなかに恥ずかしい自覚はあるので、こちらの見る目がないのではなく、こちらの働きかけで羞恥が飛んだならいいなとは思う。
「どっちも、だ。こんな事を言ってくれる男が現れるんだったら、初めてを取っておけばよかった。……と、口に出すとやはり恥ずかしいな」
 またうっすらと目元が赤くなった気がして、思わず確認した耳先もやっぱり少し赤い気がする。わかりやすく真っ赤になったりはしないが、注視していれば気づけ無いことはないので、照れる先輩の反応として覚えておこうと思った。
「照れてる先輩、可愛いですね。いいもの見たって感動します」
「なんだそれは」
「可愛い先輩探しです。見せてって言ったじゃないですか。いっぱい可愛いって言いたい、とも言いましたよ」
 有言実行ですと笑ってやれば、つられたみたいに先輩も笑う。柔らかな笑顔は嬉しそうだ。

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無い物ねだりでままならない9

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 先輩のアパートはバスとトイレが別になっている作りで、それは先輩が高身長でそれなりにしっかり筋肉のついた大きな体をしているが故に譲れなかった部分らしい。前回トイレは何度か借りたので、その時に教えてもらった。
 そして今日は、前回覗くことのなかった風呂場の方に、帰宅早々押し込まれている。ゆっくりあったまってこいと、ゆっくりの部分を強調されたので、どうやら準備的な何かで部屋の中に居て欲しくなかったんだろう。
 なのでおとなしく風呂場で熱いシャワーを浴び続けているわけだが、正直少し困っても居た。出るタイミングが掴めない。それに、先輩と離れて一人きりになったせいか、少し冷静さが戻っているようだ。
 今は了承されたという興奮が去って、不安と緊張とに襲われている。
 あんな大見得を切っておいて、万が一緊張で勃たなかったら、絶対相手を傷つけてしまうだろう。可愛いとこ見せてとか言ったはいいけど、下手すぎてちっとも気持ちよくなってもらえなかったらどうしよう。
 そんなことをグルグルと考えていたら、背後のドアがコンコンと鳴って肩どころか全身がビクッと跳ねた。
「は、はいっ!!」
「そろそろ代わってくれ」
「わ、わかりました。すぐでますっ!!」
 大慌てでシャワーを止めて風呂場を飛び出せば、そこには当然先輩がいて、随分と驚いた顔をされたあと困ったように笑われて、用意されていたバスタオルを頭の上から被せられてしまう。そしてそのまま、なぜか先輩に体を拭かれている。しかも無言で。
 タオル越しとは言え先輩に体の線をなぞられて、恥ずかしいのに興奮する。もしくは、恥ずかしいからこそ、興奮してしまう。
 不安と緊張で勃たなかったらどうしようと思っていたはずが、あっさり股間が反応していて、しかも隠すすべがない。この状況では絶対に気づかれる。とはいえ、頭をもたげ始めたペニスをそのまま晒すわけにもいかず、そっと両手で覆い隠した。
「本当に、俺で、勃つんだな」
「そぅ、言ったじゃないすか」
 ちょっと前まで勃たない可能性を考えてたなんてことは教えず、すねた口調で心外だと訴えておく。
「触ってもいいか?」
「え?」
「触らせてくれ」
「え……っと、でも先輩これからシャワー使うんですよね?」
「そうだな」
「俺、先輩の準備終わるまで、待てます、けど……? んん?」
 言いながら、何か違う気がすると思って、頭の中で首をひねる。
「そうか。じゃあ、部屋で待っててくれ。部屋は温めてあるが、寒ければ布団の中に潜っていてもいい」
「え、あ、はい」
「それと、反応したお前が辛そうだから先に抜いてやろう、みたいな意味じゃなく、俺のこのでかい手で握っても萎えないのか確かめたかっただけだからな」
 そう言って、大きな手が軽く頭をなでていく。
「あー……なるほど?」
「ほら、早く部屋にいけ」
 こっちは今まさに裸体を晒しているのに、先輩はこちらを追い出してから脱ぐ気でいるようだ。
 なんかずるいなと思いはしたが、脱がすの手伝いますよという軽口は出なかった。大丈夫です、萎えたりしません。そう断言できなかった悔しさと後ろめたさを抱えていたせいだ。
「じゃあ、待ってますから」
 それだけ告げてその場を後にする。
 戻った部屋の中は、クリスマスの時と一変していた。鍋を食べた座卓が仕舞われ、布団が敷かれている。しかも、枕元にはタオルとティッシュとローションとゴムの箱が置かれていて、準備万端だった。
 うわー、いかがわしい。
 これからそれらを使うのは自分と先輩だとわかっているのに、目の前に突きつけられた馴染みのない景色になんとも言えない気持ちになる。目のやり場にこまるというか、どうしていいかわからない。
 特に寒くはないけれど、布団の中に潜って目を閉じておこうか。それとも、臆せずしっかり眺めて、それらを使うシミュレーションでもしておくべきか。
「あれ?」
 自分が使うことを想定したイメージプレイをなどと考えたせいで、ローションが開封済みなことに気づいた。中身も少し減っている。
 ゴムの箱に手を伸ばし、そちらも確認してみれば、やはり開封済みで数個使われているようだ。
 考えてみれば、まっすぐ帰宅した時点で気づくべきことだった。自宅には当然ローションもゴムも用意済みだけれど、先輩は今日突然、こんな誘いを受けただけのはずなのに。
 恋人はいないけどセフレがいる可能性と、自慰行為に使われている可能性。できれば後者であって欲しいと思いながら、先輩が戻ってくるのをジリジリと待つ羽目になった。

続きました→

 
 
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