電ア少年 転校生の場合

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 それは終業の挨拶を終えて教師が教室を出て行った後、カバンを手に立ち上がった直後のことだった。
「まてよ、転校生」
 クラスでも目だって大柄な、大沢という少年に声を掛けられた。
「ワイ、急いどるんやけど」
 ムダだろうなと思いながら告げれば、やはり不興を買ったようだ。
「付き合い悪過ぎるんじゃねぇの、転校生よ」
「こっちにはこっちの都合があんねん。ほな、また明日」
 自分の態度が悪いことは百も承知で、けれど、新しい学校の新しいクラスメイトと馴れ合う必要はないとも思っていた。だから、さっさと逃げ出すに限る、とばかりに、雅善は目の前に立ちはだかる大沢の横をすり抜けようとした。
「待てっつってんだろ!」
 伸びてきた手に痛いほど腕を掴まれて、しまったなと思う。体格差はそのまま明確に腕力の差を現しているだろう。
 殴り合ったら、どう考えても自分の方が被害を被る。それでも一応は覚悟を決めて、手にしたカバンを床へ落とすと拳を握った。
 力の差はあっても一方的に殴られてやる気はなかったし、自慢できるようなことではないが、喧嘩慣れはしてると思う。上手くやれば同等のダメージを相手にくれてやれるだろうし、クラスの中で面倒そうなのはコイツだけだったから、コイツさえ黙らせることが出来れば後々楽そうだとも思う。
 負けられない。
「やんのか?」
「やる気マンマンなんは、そっちやろ?」
「勝てると思ってんのかよ?」
「負ける気はせんね」
「そうかよっ」
 言うなり足を払われてさすがに反応し切れず、整然と並んでいた机を巻き込んで、雅善は派手に床に転がった。
「痛っ……」
 椅子か机の足かに打ち付けた膝がジンと痺れ、雅善は小さな呻き声を漏す。二人を囲むように見守っていたクラスメイト達の騒ぐ声が耳に煩い。
「押さえろっ」
 そんな中、大沢の扇動するセリフが耳に届く。大きくなるざわめきと、数人が近寄ってくる気配。セリフの意味を理解した時には既に、伸びてきた複数の手によって両腕と両足を床に縫い付けられていた。
「放せや、この卑怯者!」
 取り巻くクラスメイト達を、雅善はキツイ瞳で睨み付ける。どちらかというと、大沢に逆らうのが怖いのだろう。雅善の視線に一瞬はたじろぐものの、必死の形相でもがく雅善を押さえつけている。
「侘びを入れるなら今のうちだぜ?」
 大沢の上履きが、雅善の股間の上に乗せられた。
 脅しを掛けるように軽く力のこもる足先に、大沢が何をするつもりなのか悟って、さすがに雅善も血の気が失せる。それを知って、大沢がニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
「どうしたよ? 怖くて声も出ないか?」
 見下ろす大沢の醜悪な顔に、ツバを吐き掛けてやりたい衝動が襲ったが、それが叶う体勢ではない。雅善は大沢を睨みつけながらギリギリと歯を食いしばって、こみ上がる怒りを耐えた。
「なんだよその目は、ムカツクな。いつまで気取ってるつもりだよ?」
 何とか言えよと促されて、雅善は怒りに任せて言い募る。
「お山の大将気取っとるんは自分の方やろ、大沢。そないにでかい図体しとるくせに、タイマン張ることも出来ん弱虫や。侘びなんぞ入れる必要あらへんわ」
「なんだとっ」
「うあっっ!」
 股間を踏みにじられ、雅善の口から苦しげな声が漏れた。可哀想という女子の囁きに、羞恥で身体が熱くなる。
 もしも予測と違わず大沢が『電気アンマ』を仕掛けてくるとしたら、クラス中に醜態を晒してしまうだろう。掛けられたことも、掛けたことも、ないわけじゃない。ただ、ふざけてやりあった経験しか持たない雅善は、内心恐怖でいっぱいだった。
 この大沢相手に許してくれなんて、絶対言いたくない。かといって、終業直後でほぼクラス全員が見守る中、痴態を晒すのだって嫌だ。
 大沢に足を抱えられるのを目の端で捕らえながら、雅善は覚悟を決めてギュッと唇を噛み締めた。
「ぐぅ……あああぁぁっ」
 振動する大沢の足に、噛み締めた唇を割って、雅善の悲鳴が漏れる。床へと押さえつけられた両腕を力の限りバタつかせて身をよじろうとする雅善の額には、いくつもの汗の玉が浮かんでいた。
「おいっ、その辺にしておけ、剛士」
 遠くで誰かの声がして、股間への刺激が止まる。大沢の名前がタケシなのだと、初めて知った。
「何やってんだよ、お前。俺はそんなことしろなんて一言だって言ってないだろ?」
「だけどよ、ビリー」
「いいからやめろ」
 誰かが近づいてくる足音と、それに伴い下ろされる両足と開放される両腕。
「大丈夫か?」
 ムクリと身体を起こした雅善に手を差し出したのは、見たことのない顔をしている。先ほど大沢がビリーと呼んでいたが、黒い髪と黒い瞳を持つこの男の本名ではないだろう。
「誰や、アンタ」
「隣のクラスの、河東美里。名前を音読みしてビリーって呼ばれてる」
 ふーん、と気のない返事を返して、雅善は美里の手を借りずに立ち上がった。
「ほいで、自分、首謀者なん?」
「違う」
「ま、ええけど。止めてくれた礼だけは言うとくわ。おおきに」
 雅善は身体についた埃を軽く払うと、床に投げ出していたカバンを拾って何事もなかったかのように教室の出口へ向かって歩いていく。
「待てよ、ガイ!」
 その背に美里の声が掛かって、雅善は仕方なさそうに振り向いた。
「初対面の人間に、名前呼び捨てされるいわれはないんやけど?」
「お前も俺を、ビリーなりヨシノリなり、好きに呼べよ」
「そういう問題とちゃうやろ」
「そういう問題だよ。お前と友達になりたいんだ、ガイ」
「は?」
「大沢から話を聞いて、興味を持った。大沢には、放課後一緒に遊ぼうと誘って貰うつもりだっただけなんだ」
「そんなん一言かて言われてへんけど?」
「話を聞こうともせず睨みつけてくるからだろ!」
 口を挟んだのは、当然大沢だ。雅善は肩を竦めて見せる。
「それで、ガイ。俺達と一緒に遊びに行かないか?」
「無理や」
「なんだとっ!? 折角誘ってやってんのに、なんなんだよ、お前の態度はよっ!」
「騒ぐなよ、剛士。理由くらい、聞かせて貰えるんだろ?」
 大沢を制し、ニコリと微笑みすら浮かべながら尋ねてくる美里に、雅善は小さなため息を一つ吐き出した。
「ウチ、母子家庭やねん。仕事行っとるオカンに代わって、ワイが家事やっとんのや。一緒に遊んどる時間なんてあれへん」
 同情なんていらない。
 雅善はざわめくクラスメイト達に背を向けて、今度こそ教室を後にした。

 
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SIN1

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 チャイムが鳴って、雅善が来たことを告げる。
「明日の放課後、遊びに行ってもええ?」
 そんな電話を美里が貰ったのは、昨日の夜のことだった。
 雅善は近所にある学習塾で知り合った友人だが、学区が違うため通う学校は同じではない。
 塾の休憩時間を一緒に過ごすことは多いが、塾のない日にわざわざ互いの家を行き来するほど親しいわけでもなかった。雅善が美里の家に訪れたことがあるのは、せいぜい2回といったところだろうか。
「それは、家にいろってことなのか?」
「大事な用事があるなら、別の日でもええけど。ちょぉ、借りたい物あんのや」
 『借りたい物』が何かという質問はあいまいにはぐらかされたけれど、美里は了承の意を告げて電話を切った。 
「で、何が借りたいって ? 」
 お邪魔しますと言いながら家の中に上がって来た雅善に、美里が尋ねる。
「ああ、あ~っと、……DVDプレーヤー、貸して欲しいんやけど」
「壊れたのか?」
「ちゃうって。あ~、うち、おかん専業主婦やから……」
 歯切れの悪い雅善の言葉に、けれど美里はすんなり理解を示した。
「なんだ、それならそう言えばいいじゃないか」
「言えへんって」
「借り物なのか?」
「いらんて言うたのに、むりやり押しつけられたんや」
「ふーん、……のわりに、ちゃんと見るんだな」
「ま、多少は興味あんねん」
 恥ずかしいのか、少し頬を染める雅善に苦笑しつつも美里は雅善をリビングへと案内し、ちょっと待ってろと言い置いてカーテンを閉めに行く。明らかに慣れたその様子に、雅善は多少ホッとして、ほんの少しからかってやろうかと、美里の背中に声をかけた。
「ずいぶん手際がええけど、美里はよお見たりするんか?」
 そしてついでに、スケベやなぁ、なんて一言も付け加えてやる。
「よく……というか、親が不在がちの家なんて、格好の上映会会場だろ?」
 けれど美里は気にするでもなく、さらりとそう返して来たので、逆に雅善のほうが驚いてしまった。
「みんなで見るんかっ?」
「そういう付き合い方をしてる友達も何人かはいるってことさ。気になるなら、今度呼んでやろうか? 場合によっちゃ、すごいのが見れるぞ」
 今日が初めてのお子様には刺激が強すぎるからやめたほうがいいかもしれないが、なんて笑いながら、カーテンを閉め終え近づいてくる美里に、雅善はフルフルと頭を振って断った。
「大勢で見るもんちゃうやろ」
「DVDを仲間うちで回すのも、上映会を開くのも、大して違わないと思うけどな。どうせ、下らない内容の批評とか、映像の善し悪しとか、何回ヌいたかとか、そんな話をするんだろう?」
 あっさりと吐き出されて来るセリフの内容に、雅善はカッと頬を朱に染める。
「見る前からそんなに照れててどうすんだか。ほら、ソフト出せよ」
 顔を赤く染めたままの雅善は返す言葉がない。それでも、美里に促されながらぎくしゃくした動きで鞄からDVDを取り出した。DVDを受け取った美里はさっさとプレーヤーにセットし、立ち尽くす雅善を引っ張ってソファに座らせる。
「なぁ……」
 当然という顔をして自分の隣に腰をおろした美里に、雅善はためらいがちに声をかけた。
「美里も、一緒に見るんか?」
「別に、俺のコトなんか気にしなくていいって」
(気になるっちゅーねん!)
 その言葉をかろうじて飲み込んだ雅善に、美里はどうぞの言葉を添えた笑顔でティッシュの箱を押しつけた。

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Eyes 目次

美里が無自覚に投げかける熱い視線に煽られて、自ら誘ってしまう雅善の話。
中学同級生。
3話と5話が美里の視点で、それ以外は雅善視点。

1話 資料室で
2話 視聴覚室で
3話 屋上で(美里)
4話 美里の家で
5話 自覚(美里)
6話 幸せな時間

 
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