あまりの痛みに、飲み込みきれない悲鳴を上げる。体は反射的に逃げようとするが、相手にガッチリと押さえ込まれていて、身動きすらままならない。
肌へと食い込んでくる相手の歯の感触と、ただただ痛いだけのその行為に、初めて怖いと思った。
プレイの中で、おしおきという単語を使われた事は何度かあったけれど、痛みだけを与えられたことなんてなかった。しかも痛いのだって、気持ちいいと隣り合わせの軽いものばかりだったし、どちらかと言えば与えられる罰というのは、強烈な羞恥か強すぎる快感が主なものだった。
相手はいつだって余裕の顔を見せていて、おしおきだって単にプレイの一環で、追い詰められはしてもそれらの行為を心底怖いなんて思ったことは一度もない。彼を怖いと思ったこともだ。
怖い。怖い。痛い。
このまま彼に肩の肉を食いちぎられるのかと思うと、お湯の中にいてさえ恐怖で寒気がする。
嫌だ。やめて。食べないで。
そう叫び出したい気持ちを必死にこらえてしまうのはどうしてだろう?
そんなことを口にしたら、もっとひどい目に合うかもしれない恐怖か。そうされるだけの事をしたという納得か。経験的に知る、耐えて受け入れる事で与えられるだろうご褒美への期待か。彼に食べられて彼の血肉になるのならいいじゃないかという、倒錯的な喜びか。もしくは、別の何かか。
ぬるりと口の中に入り込んだ血の味に、飛びかけた意識が引き戻される。肩は痛いままだけれど、もう、噛まれてはいないらしい。与えられるキスにようやくそう思い至って、そっと差し出された舌に自らの舌を絡めていった。
自分の流したものだろう血の味はすぐに互いの唾液にまみれて消えてしまったが、宥めるように優しいキスは暫く続いた。気持ちよさにうっとりと身を任せそうになったところで、ようやく唇が離れていく。
「落ち着いたか?」
痛みと恐怖から物理的に逃げられない代わりに、思考へ逃げて意識を閉じようとしていたのをわかっているんだろう。こちらを安心させるためか、もう、随分と優しい顔をしている。
「こわ、くて……」
「痛いだけ、ってのは初めてだったもんな。しかもそれを、気持ちの準備をさせずに始めたからな」
ちゃんと最後まで受け入れられていい子だったと、湯で濡れた暖かな手に頬を撫でられて、涙が浮かび始めてしまう。ずっと気を張りすぎていたのか、あんなに痛くて怖かったのに、涙は流れていなかった。
「あの、どれくらい、俺を、食べたの?」
「どれくらい?」
目元に貯まる涙を指先で払いながら、不思議そうに聞かれて、噛みちぎった量はどれくらいかと聞き直す。
「ああ、少し血が出た程度だよ」
「それだけ?」
「そう。それだけ」
「痕、残る?」
「そりゃキスマークなんかに比べりゃ治りは遅いだろ」
「じゃなくて」
あなたの肌に残っている傷痕みたいに、とは言えなくて、代わりにそっと、相手の胸に残る目の前の傷を一つ撫でてみた。
「あー……うっすらは残るかもな。でも、そう大きな傷にはならないから」
刻んだのは本当に少しだけだよと言われて、あんなに痛い思いをしてもその程度しか残らないのかと思うと、なんだか酷く残念な気がした。それと同時に、あれだけの傷を残す相手の体は、どれほどの痛みを受けたのだろうと思って、なんだか悲しくなる。
同じだけ痛い思いをしたら、もっと彼に近づけるだろうか。過去に何があったのか、何をされたのか、どうしたらあんな傷が出来るのか。好きだから相手を知りたいという単なる興味と好奇心で聞いていいような内容ではないとわかっていても、もっと知りたい近づきたい理解したいという思いは強かった。
先程与えられた痛みを思い出すと震えそうになるのに、それ以上の痛みを伴うだろう傷を、彼と同じ傷を、欲しいだなんてどうかしている。それによって彼を知り、近づき、理解できる確証もないのに。
「なんでそんな顔なんだよ」
「俺、どんな顔、してますか」
「もっとでっかい傷を欲しがる顔」
わかりやすいと言われてはいるけれど、それすらも顔に出ているらしい。
「だって……」
「お前、痛いの喜ぶ系の性癖無いだろ?」
「あなたにも、痛いのを喜ぶ性癖があるようには思えないですけど」
「俺とお前じゃ立場が違う。俺の飼い主は結構イカれたえげつない変態だったが、俺はお前を所有してるつもりもないし、相手の体に消えない傷を残して喜ぶ趣味もない。と言いながら、血が出るほど噛み付いといて言うのもおかしな話だけど」
「それは、俺が、それだけあなたを怒らせたから……」
「怒ってるは少し違うけど。むりやり言わされたわけでもないのに、何でもするなんて、簡単に口にして欲しくないってのはあるな」
やっぱり何がしかの深い理由がありそうだ。もしかして、むりやり言わされた結果、こんなに傷だらけにされたのだろうか。もちろんそれを、尋ねることなんて出来ないけれど。
「軽々しく言ったつもりは、なかったけど。でも、ごめんなさい」
「知ってる。けど、頼むから、俺以外に何でもするなんて、口が裂けても言うなよ。お前、普段の生活も色々迂闊そうだからな」
「言うわけない。というか、あなたになら、また言っても、いいの?」
「本気で俺を動かしたくて、お前が差し出せるものがその体だけだってなら、言えばいい。結果、何されてもいいだけの覚悟があるんだろ?」
「はい」
「そういうとこが、相変わらず迂闊すぎて、お前はホント可愛いよ」
本気で頷いたのに、そんなことを言われて苦笑される意味がまったくわからなかった。
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