追いかけて追いかけて3

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 うっとり、かどうかはわからないが、ぼんやりと見惚れるこちらの視線に気づいた様子で楽しげな笑いが柔らかで静かな笑みになった。そんな優しい顔で見つめ返されると、ますます好きだって思ってしまう。
「ねぇ、昔連絡先交換したけど、あれ変わってない?」
「あ、はい」
「俺も変えてない。まだ残ってる? 消しちゃった?」
「残ってます」
「よし。じゃあちょっと今後を見据えて、もう少し深く交流してみようか」
「今後を見据えて、深く、交流……」
 意味を確かめるように、彼の言葉を繰り返す。繰り返した所で、意味は今ひとつわからなかったけれど。
「恋愛に男女の拘りないから、取り敢えずお付き合いしてみようか、ってのでもいいんだけど」
「ぅえっ?」
「恋人になってみる?」
 かわかわれているんだろうか。なりたいですって言っていいんだろうか。わからなくてやっぱり固まってしまう自分に、彼は優しげに、本心だけど本気じゃないよと続ける。ホント、意味がわからない。
「恋人になってみてもいいって気持ちは本当。でも恋人になろうって本気で誘ってるわけじゃないってこと。わかる?」
「なんとなく」
「なら今度連絡していい? 飯食いに行こうとか、まずはそんな感じで」
「あ、はい。ぜひ」
 本当なら嬉しい。恋は自覚してても恋人になりたいなんて思ったことはなくて、恋人云々の話は正直全く実感もわかなければ彼と付き合う想像も出来ないけれど、今度一緒に食事に行こうって話は単純でわかりやすく、そしてめちゃくちゃ魅力的だった。
「じゃあ近いうちに連絡する」
 もう研究室に用はないという彼とはそこで別れ、一人研究室へ戻る途中、携帯が着信を告げて震えた。メッセージの差出人は別れたばかりの彼で、確かに近いうちにと言っていたけれど、あまりに近すぎて驚く。
 どうやら互いに変わっていないと言った連絡先を、それでも一応確認しておこうという事らしい。ついでのように、どんな店が好きとか食べたいものとか嫌いなものとかを聞かれていたから、正直に好きなものと少し苦手なものを返信しながら気遣いがマメだなと思う。それと同時に、きっとモテるんだろうなとも思ってしまった。
 そうだ。今の彼なら当たり前にモテるだろう。見ず知らずの新入生に声を掛けて、お金まで貸してくれるような優しさだけじゃない。直接の交流はサークルでの僅かな時間しかないけれど、気が利いて聡明で、周りの人をよく見ていて場を取り持つのが上手いのは知ってる。院生時代はちょっと身形に構わなすぎだったけれど、社会人になってスーツを着こなす彼は見た目までも格好良くなってしまった。
 工学部ってだけでも女性はめちゃくちゃ少ないし、大学院なんてもっと男性率が高くなるし、サークルの男女比はどちらかに偏るってことはなかったけれど、あの身形な上に明らかに多忙そうで女子からの受けはあまり良くなかったから、彼がモテるなんてイメージはまるでなかったのに。
 モテそうだと思ったらますます、わざわざ男の自分相手に誘うような真似をする意味がわからない。性別に拘らないのだったら尚更、女性を相手にしたほうが良いに決まってる。自分自身、恋を自覚した時に男同士じゃどうしようもないなって思ってしまった程度の偏見はあるし、やっぱり男女の恋人が当たり前な世の中なんだから。
 からかわれてるとは思いたくないから、恋人になってもいいって言ってくれた気持ちは信じるけれど、でも今後どれだけ親しくなれても、彼とそんな関係になることを望むのはやめておこうと思った。

続きました→

 
 
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追いかけて追いかけて2

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 聞いていた通りハードで、そちらに時間を取られサークルにはあまり顔を出せなくなったけれど、院にまで進んだ彼を教授はよく覚えていたし、研究室に通うのはたまらなく楽しかった。あまりに彼の話題を振るものだから、教授にはからかうみたいにまるで恋でもしてるみたいだと言われてしまったけれど、でもそのお陰で腑に落ちた。恋って凄い。ただまぁ、やっと自覚できた所で、何が出来るわけでもないのだけれど。だって男同士だし。彼とはもう二年以上会ってないし。
 それでもやっぱり、このまま自分も彼と同じように院に進むのかもしれない。そしてあわよくば、彼の通う会社に自分も入社したい。少しでも近づきたい。自覚した恋心がどう働くのかはちょっと不安だけれど、でもきっと、彼が幸せそうであるなら、それを遠くから眺めているだけだってそれなりに満足出来てしまうだろう。
 ぼんやりそんな未来を思い描いていた、四年に上がった春の午後。研究室のドアが軽く叩かれた後、扉を開けて入ってきたのはひょろりと背の高い男だった。
 その男は、こちらに気づくと久しぶりだなと苦笑する。彼だ。無精髭なんか一切なく綺麗に剃られた顎と切り揃えられた髪。ピシリとスーツを着こなし、まるで別人みたいにカッコイイ見た目になっているけれど、間違いなく彼だ。
 教授にアポは取ってあると言って、その後隣室で暫く教授と話した後、今度は自分に向かって少し話がしたいと言う。なんだろうと思いながらも、久々に会えたことで舞い上がっていて、促されるまま近くの学食へ向かった。
 ランチタイム以外はまばらにしか利用者のいない学食の端っこで、コーヒーを奢って貰いながら彼の話を聞く。
 訪問理由はざっくり言うと、会社の人事部から、ちょっと後輩勧誘してこいよって言われたらしい。それを言われるってことは、もしかしてここで行きたいですって言ったら、彼と同じ会社に入社できる確率が大幅アップってことなんだろうか?
 行きたいって言っていいのか迷うこちらに、彼はやっぱり少し困った様子で笑いながら言葉を続ける。
「うちの会社に興味ある? それとも、興味があるのは、俺? 俺に、恋してるって、本当?」
 教授だ。きっと面白おかしく話して聞かせたんだろう。一気に顔が熱くなって、これじゃまるでそうですと肯定しているみたいだと思いながらも、どうにも出来なかった。
「あ、こがれ……です」
 でもやっぱり恋してますと正直に言っていいわけがないから、むりやりに言葉を絞り出す。
「憧れか。うんでも、憧れでも恋でも、ここまで追って貰えるってのはなかなか感動的ではあるよね。というか凄いね」
「凄い、ってなに、が」
「成績優秀なんだねって話。転部なんてなかなかやろうと思っても実行できないし、あの研究室だって毎年それなりに人気あるはずだし、教授も褒めてたよ。ちなみにさっき、お前の会社になどやらんって言われたわけだけど」
「なんですそれ」
「教授はすっかり、院に進むものだって思ってるみたいだけど実際どうなの」
「あー……まぁ、そうなるかな、とは思ってて、一応親も、良いとは言ってくれてて」
「それも俺を追いかけて?」
 今度はどこか面白そうに聞かれて、肯定できるわけもなく固まってしまう。彼はごめん意地悪だったと言って楽しげに笑った。その笑顔を見ながら、やっぱり好きだなと思う。

続きました→

 
 
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追いかけて追いかけて1

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 あれは大学に通いだしてほんの一週間足らずの朝だった。大学のある駅で改札を抜けようとして、財布がないことに気づいた。
 電車に乗る時にも中に入った定期を利用しているのだから、家に忘れてきたというわけじゃない。いくら鞄の中を漁っても出てこない財布に、どうしていいかわからず半泣きになっていたら、どうしたのと声を掛けてくれた人が居た。
 ひょろりと背の高いその男は、無精髭を生やし無造作に伸びた髪を後ろで束ね、着ているシャツもなんだかヨレヨレで、ぱっと見酷く胡散臭かった。けれど掛けてくれた声は優しげだったから、藁にもすがる思いで事情を打ち明けた。
 結局、その人に連れられ駅員に事情を話し、更にはその人にお金を借りて、連絡先を交換した。どうやら地元の駅で改札を通った直後に落としたらしい財布は、地元駅に届けられていたし、運良く中身も全て無事だった。
 翌日、借りたお金を返しながら財布が戻ったことを伝えれば、相手はまるで自分の事のように喜んでくれて、本当に良かったなと言って笑った。昨日の今日で相手の見た目にそう変化なんてない。でももう、胡散臭さなんて欠片も感じなかったし、それどころかその時にはきっともう恋に落ちていたのだろう。今にして思えば、だけど。
 それでもまだその時は、それで終わりになるはずだった。学部も学科も違うし、当然学年だって違うから、お金を返してお礼を言って別れたらそれ以上接点の持ちようがない。
 それでも時折思い出しては、通う電車の中に彼の姿を探した。
 そんな彼と再会を果たしたのは、なんとなく入ったサークルの新入生歓迎会の時だった。サークルOBとして顔を出した先輩方の中に彼の姿を見つけて、酷く驚いたのを覚えている。だって当たり前に彼も大学生だと思っていたのだ。雰囲気的にきっと四年生なんだろうなと、勝手にそう思っていた。
 正確には彼は院生で、しかもかなりハードな部類の研究室に所属しているらしく、とてもサークルに顔を出す余裕はないからと、大学院に進むと同時にサークルも抜けたのだと教えられた。
 運命的だなと笑われてドキドキしたくせに、同性相手に恋だなんて考えたこともなかったから、ただただ嬉しいだけだと思っていた。当時から自覚があったって、何が変わったってこともないかもしれないけれど。もしかしたら、気づいていなかったからこそ、無邪気に彼を慕う事が出来たのかもしれないけれど。
 研究が忙しいの言葉通り、滅多に会えなかったけれど、それでも他のOBに比べればサークルに顔を出してくれる頻度は多かったし、会うたびに彼に惹かれていった。それはもう、自分の人生を大きく変えてしまうほど。
 博士課程には進まないと言った彼は、翌年の春には就職して大学を去ってしまったし、忙しいのか他のOBが顔を出してくれるような合宿時や文化祭にも来なかった。OB同士の繋がりは当然あって、元気にしてるよとは他のOBから教えてもらったものの、学年の差をあんなに残念に思ったことはない。せめて彼がサークルの一員として活動していた時期に、自分も一緒に居られたら良かったのに。一方的に慕って憧れているだけの自覚はあったし、個人的に連絡を取って遊びに誘えるような親しさはなかった。
 二年から三年に上がる際、そこに居ない彼を追いかけるみたいにして、彼の通っていた学部学科へ転部した。三年の後期からは研究室に所属することになるが、当然、彼の所属していた研究室を狙ったし、辛うじて滑り込んだ。

続きました→

 
 
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兄弟ごっこを終わりにした夜

兄弟ごっこを終わりにした日の続きです

 十八の誕生日に告白すると決めていたらしい弟は、告白後は積極的に関係を深めていくとも決めていたらしい。
 もうじゅうぶん待ったからという彼の言い分もわからなくはない。ただ、いつかは兄弟という一線を超えるだろう予感は随分前からあったものの、それはもう少し先だと思っていたし、恋人という立場を得て一気に距離を詰めてこようとする相手に、こちらは思いっきり圧倒された上に尻込みしていた。
 十八を超えたとは言え、高校生相手に、しかも半分は血が繋がっている弟相手に、彼の保護者である自分が手を出していいものか、という躊躇いはどうしたって大きい。
 だから本当なら、枕片手に一緒に寝たいと押しかけてきた弟を、部屋に迎え入れてはいけない。追い返すべきなんだろうと頭ではわかっていた。
「恋人になったんだから、これからは毎日一緒に寝て。とまで言わないから、休みの前の日くらい、いいだろ」
「お前は俺の理性を試したいの?」
「そうだよ。だから、その気になったらぜひ襲って」
「そういうのはまだダメって、昼間も言ったろ」
 昼間、ねだられて、軽く触れるだけのキスは与えた。相手は不満そうだったけれど、互いの口内を探り合うようなキスをしてしまったら、理性が持ちそうにないからとそれ以上は許さなかった。その時にも一度、話はしたのだ。
 恋人になったからって、即セックスまでする関係にはなれないよと、こちらの気持ちも事情も話して聞かせた。したい気持ちがないわけじゃないことも教えて、あんまり煽るなよって、言ったはずなんだけど。
「それは聞いたけど。でも恋人になったんだって思えるようなこと、もっとしたい」
 そういう気持ちはないのかと問いたげな視線に、ないわけないだろと思いながらも口には出さず、代りに諦めるみたいな溜め息を一つ。
「わかった。いいよ。一緒に寝よう」
 やったと零しながら小さくガッツポーズを決める相手の子供っぽさに、どこかホッとしてしまうのは、相手のことをまだまだ子供だと思うことで、自分の中の理性を支えたいからなのかも知れない。
 結局、寝るまででいいから手を繋いでというお願いも聞き入れて、並んでベッドに横になりながら手を握る。子供の手じゃないけれど子供みたいな体温に、また少しホッとしながら、さっさと寝てしまえと目を閉じた。
 頭をもたげかける欲望は封じ込めて、何でもない振りをして、むりやり意識を眠りへと落としていく。

 擽ったいような心地よいようなふわふわした気持ちと、妙な暑さと息苦しさに意識が浮上する。
「ぁ……っ……んっ……」
 最初、それが自分の口からこぼれているとは、わからなかった。そもそも、今夜は一人で寝ていたわけじゃないことすら、すぐには思い出せなかった。
 だんだんと寝る直前のやりとりを思い出して、寝ている自分の体を彼がまさぐっているのだと言うことに気づいた途端、一気に覚醒する。
 相手の手を払い除けて、勢いよく上体を起こし、思いっきり睨みつけてやる。とはいっても部屋の中は暗いので、こちらの怒りは伝わっていないだろう。自分だって、相手もこちらへ顔を向けている程度のことはわかるものの、さすがにその表情まではわからないから、彼が今どんな感情を抱いているかなんてわからない。
「どういうつもりだ?」
 仕方なく言葉で彼に問いかける。
「性感開発?」
「は?」
「起こすつもりはなかったんだけど、加減がわからなくて。気持ち良く寝てたとこ、起こしたことは、ゴメン」
「してたことに対する謝罪はないの? てか性感開発っつった?」
「性感開発って言ったし、それへの謝罪はない、かな」
「なんで!?」
「だって初めてする時、少しでもキモチイイ方がいいと思って」
 いつかはする気があるんだろと続いた言葉に違和感が拭えない。
「というのは建前で、あんまりあどけない寝顔晒されて、ちょっとこっちの理性が飛んだ」
 彼は間違いなく日本語を話しているのに、何を言われているのかやっぱり良くわからなかった。
「わかってないな」
 同じように相手も上体を起こしたかと思うと、ぐっと顔を寄せてくる。酷く真剣な顔に覗き込まれてのけぞれば、肩を押されてそのままベッドに仰向けに倒れ込む。焦るばっかりで何が起きたのか理解が追いつかないのに、相手はやっぱりまた間近にこちらを見下ろしている。
「高校生の弟に手を出すの躊躇うってなら、俺が襲うのもありだよなって、話」
「は?」
「自分が抱かれる側になる可能性、考えたことなかったろ。でも俺も男なんで、十も年上の男でも、血のつながる兄でも、好きな相手を抱きたいって気持ちもそれなりにある」
「ええっ!?」
「抱く気で居るみたいだったから、それなら抱かれる側でいいと思ってたけど、思ったより理性強そうで簡単には誘われてくれないのわかったから、待てないし、抱きたい気持ちだってあるわけだし、じゃあ体から落としてくのもありかなと」
 気持ちよさそうな声上げてたし素質ありそう、だなんて言葉、もちろん受け止められるわけがない。待て待て待てと騒いでも、いっこうに体の上からどいてくれない相手の重みに、焦りばかりが加速していく。

有坂レイへの3つの恋のお題:あどけない寝顔/はじけとんだ理性/何でもない振りをして
https://shindanmaker.com/12556

 
 
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兄弟ごっこを終わりにした日

 彼とその母親がこの家に住むようになったのは、中学に入学する直前の春休み中だったと思う。父の再婚を反対しなかったというだけで、もちろん彼らを歓迎する気持ちなんてなかったが、だからといって追い出そうと何かを仕掛けるような事もしなかった。
 子供心に両親の仲が冷え切っているのはわかっていたし、家の中から母が消えた時にはもう、なんとなくでもこの未来が見えていたというのもある。
 本当なら父だって、新しい妻と幼い息子の三人で、新たな家庭を築きたかったはずだ。単に、父は自分を捨てるタイミングを逃しただけなのだ。
 母の行動の方が一歩早かった。もしくは、自分を置いていくことが、母の復讐だったのかもしれない。なんせ、当時二歳の弟は連れ子ではなく父の実子だった。つまり自分とも半分血が繋がっている。
 自分は両親どちらにとってもいらない子供だったから、再婚するから出て行けと言われなかっただけマシだ。だから家族の一人として彼らに混ざろうなんて思わなかったし、必要最低限の会話しかしなかったし、練習のハードそうな部活に入って更には塾にも通い、極力家に居ないようにしてもいた。
 高校からは逃げるように家を出て寮生活だったし、もちろん大学も学校近くにアパートを借りたし、社会に出ればもっともっと疎遠になっていくのだろうと、あの頃は信じて疑わなかった。それでいいと思っていたし、そう望んでいた。
 父とは疎遠どころか二度と会えない仲になったので、あながち間違いではないのかもしれないが、望んでいた形とは全く違うものとなったし、まさかまたこの家に住む日がくるなんて、あの頃は欠片も思っていなかったけれど。

 父と後妻が揃って事故で亡くなったという連絡が来たのは、大学四年の冬の終わり頃だった。卒論は提出済みで、もちろん就職先も決まっていて、後は卒業を待つばかりというそんな時期だったのは有り難かったが、後処理はなかなかに大変だった。
 父はやはり元々の性格がクソだったようで、どうやら性懲りもなく浮気をしていたらしい。事故という結論にはなったものの、事故を装った後妻による心中じゃないかと疑われていたし、実際自分もそうだったのじゃないかと思っている。幸い血の繋がった新たな弟妹の出現はなかったが、父と付き合っていたという女は現れたし、遺産を狙われたりもした。
 でも何より大変だったのは、残された弟のケアだった。ちょうど中学入学直前という時期だったから、昔の自分とダブらせてしまったのだろうと思う。
 彼もまた、冷え切った両親の仲にも、父の浮気にも、元々気づいていたようだったし、両親の死は母の無理心中と思っているようだった。自分は両親に捨てられたのだと、冷めきった表情でこぼした言葉に、グッと胸が詰まるような思いをしたのを覚えている。
 放っておけないというより、放っておきたくなかった。
 半分血が繋がっているとは言え、互いに兄弟として過ごした記憶なんて欠片もなく、年も離れている上に七年もの間別々に暮らしていた相手が、今後は一緒に暮らすと言い出すなんて、相手にとっては青天の霹靂もいいところだろう。
 それでも、施設に行くと言う相手を言いくるめるようにして、彼の新たな保護者という立場に収まった。
 そうして過去の自分を慰めるみたいに、自分が欲しかった家族の愛を弟相手に注ぎ込んでやれば、相手は思いの外あっさり自分に懐いてくれた。そうすれば一層相手が愛おしくもなって、ますます可愛がる。そしてより一層懐かれる、更に愛おしむ。その繰り返しだった。
 それは両親から捨てられた者同士、傷の舐めあいだったかもしれない。それでも自分は彼との生活に心の乾きが満たされていくのを感じていたし、父は間違いなくクソだったけれど、彼という弟を遺してくれたことだけは感謝しようと思った。
 ただ、やはり今更兄弟としてやり直すには無理がありすぎた。自分が家を出た時、彼はまだ小学校にも上がっていなかったし、そもそも中学生だった自分が彼と暮らした三年間だってほとんど家にはいなかったし、彼を弟として接していた記憶もない。父の後妻同様、同じ家に暮らす他人、という感覚のほうが近かった。それは彼の方も同じだろう。
 便宜上、彼は自分を兄と呼んではくれていたが、互いに膨らませた情が一線を超えるのは時間の問題のようにも思える。兄として慕ってくれているとは思っていないし、自分だってもうとっくに、過去の自分を慰めるわけでも、弟として愛しているわけでもなかった。

 それでもギリギリ一線を超えないまま、兄弟ごっこを続けること更に数年。
 ある土曜の日中、彼はふらっと出かけていくと、暫くして花束を抱えて帰宅した。真っ赤なチューリップが束になって、彼の腕の中で揺れている。
「どうしたんだ、それ。誰かからのプレゼント?」
 今日は彼の誕生日だし、誰かに呼び出されて出かけたのかもしれないと思う。でもいくら誕生日だからって、男相手にこんな花束を贈るだろうか? 贈るとして、それはどんな関係の相手なんだろう。
「違う。自分で買ってきた」
 そんな考えを否定するように、彼ははっきりそう言い切った。差し出されたそれを思わず受け取ってしまったけれど、全く意味がわからない。
「え、で、なに?」
「今日で十八になったから、もう、いい加減言ってもいいかと思って」
「待った」
 とっさに続くだろう言葉を遮ってしまった。
「高校卒業するまでは、言われないかと思ってた。んだけど……」
 彼が十八の誕生日をその日と決めていたなんて思わなかった。さすがに想定外で焦る。
「待てない。もう、じゅうぶん待ったと思う」
 けれど、お願い言わせてと言われてしまえば拒否なんてできない。自分だって、この日を待っていたのだから。
「あなたが好きだ」
 そっと想いを乗せるように吐き出されてきた柔らかな声に、手の中の花束をギュッと握りしめる。
「兄弟としてじゃない。兄さんって呼んでるけど。事実半分とは言えちゃんとあなたは俺の兄なんだって知ってるけど。わかってるけど。でも何年一緒に暮らしても、やっぱりあなたを兄とは思えない。兄としては愛せない。愛したく、ない」
 真っ直ぐに見据えられて、あなたはと問い返された。彼だってこちらの想いに気づいているのだから、その質問は当然だろうし、自分だってちゃんと彼に想いと言葉を返さなければ。
「こんな俺に、誰かを愛するって事の意味を教えたのは、間違いなくお前だよ。お前以外、愛せないよ」
「なら、これからも愛してくれますか。これからは、恋人として」
 大きく頷いて見せてから、手の中の花束をグッと相手の胸に押し付けるようにして、そのまま花束ごと相手のことを抱きしめてやった。

続きました→

有坂レイへのお題【押し付けた花束/「これからも愛してくれますか」/まだ僕が愛する意味を知らなかった頃。】
https://shindanmaker.com/287899

 
 
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週刊創作お題 新入生・再会

 新入生代表挨拶で登壇した男の見た目に懐かしさは覚えなかったが、告げられた名前には懐かしさがこみ上げる。少し珍しい名前だから、多分人違いではないはずだ。
 入学式後のホームルームを終えた後は、真っ先にその新入生代表挨拶をした男のクラスへ向かった。
 タイミングよく、帰るためにか教室を出て来たところを捕まえて、久しぶりと声をかける。
「久しぶり? 俺らどっかで会ったことある?」
 こちらを見上げてくる相手は、酷く不審気な顔を見せているが、それは当然の反応だろう。なんせ会うのは10年ぶりくらいだし、中学に上がってから思いっきり背も伸びて随分と男臭くなってしまったから、幼稚園の頃の可愛らしさの面影なんて欠片もないのはわかりきっている。
 ただ、名乗ってもわかってもらえなかったというか、全く思い当たる節がないと言わんばかりの、更にこちらへの不審さが増した顔には、正直言えばがっかりした。だって昔、あんなに何度も好きだって言ってくれてたのに。大きくなったら結婚しよって、言ってくれたことさえあるのに。
 それとも同姓同名の別人で、こちらの勘違いって可能性もあるだろうか。そう思って幼稚園の名前を出して、そこに通ってなかったかと聞けば通ってたけどと返ってくる。
「俺も、その幼稚園通ってた。で、結構仲良かった、つもりなんだけど……」
「お前みたいなやつ、記憶にない」
「いやそれ、成長してるからだから。昔の俺は! それはもう、めちゃくちゃ可愛らしい子供だったから!」
 言えば相手はプッと吹き出し、自分でそれ言うかよと言ってゲラゲラと笑い始めてしまう。相手にだって幼稚園生の頃の面影なんてほぼないと思っていたけれど、楽しげに笑う顔は間違いなく、昔の彼と同じ笑顔だった。
 若干置いてけぼりの戸惑いは有るものの、それでも懐かしさにそんな彼の笑顔を見つめてしまえば、急に相手が笑うのを止めてこちらを見つめ返してくる。ドキッと心臓が跳ねるのがわかった。
「あれ? やっぱ俺、お前のこと知ってるかも」
「いやだから、絶対知ってるはずだし、何度か互いの家にお泊りしあったくらい仲良かったんだってば!」
「は? お泊り?」
「したよ。家の場所もだいたいは覚えてる。はず」
 遠い記憶を掘り返しながら、おおよその場所を告げれば相手は惜しいが近いと返しながらも、随分と渋い顔になってしまった。何かヤバイことを言ってしまったかと、別の意味で心臓が煩い。
「あー……思い出した。ような気がする、けど……マジかよ……」
 思い出したと言いながらも、相手は焦った様子で視線を彷徨わせるから、わけがわからないながらも不安は増して行く。思い出してくれて嬉しいって気持ちには、到底なれそうにない。
「あの……もしかして、仲良かったと思ってたの俺だけで、思い出したくない嫌な思い出、とかだった……?」
「いやそうじゃないけど。つかお前、仲良かったって、どこまで記憶残ってんの? あ、いや待って。ここで聞きたくない。どっか別のとこで話そう」
 教室前の廊下なものだから、自分たちに向かってチラチラと興味深げな視線が投げられているのには、もちろん自分だって気づいていた。久々にこの地に帰ってきた自分と違って、彼には同じくこの高校へ入学した友人も知人も多いだろう。
 結局そのまま連れ立って学校を出て、彼に促されるまま向かうのは、どうやら彼の家のある方向だ。まさか自宅に招待してくれるのかと思いきや、彼は人気のない小さな公園の入り口で立ち止まり、ここでいいかと中に入っていく。
 一つだけ置かれたベンチに早々に腰掛けた相手に倣って、自分もその隣に腰掛けた。
「あー……で、さ」
「うん」
「単刀直入に聞くけど、お前が俺の知るアイツだとして、お前、俺に好きって言われたりプロポーズされたりキスされた記憶って、残ってる?」
 さっそく口を開く彼に相槌を打てば、顔を自分が座るのとは反対側に逸らしながら、そんなことを聞いてくる。
「好きって言われたり、大きくなったら結婚しよって言われたのは、覚えてる。けど、俺たち、キスまでしてたの?」
「あああああ。本当に相手お前かよっ! つか覚えてんのかよっ」
 彼は顔を両手で覆うと、深く項垂れてしまう。
「ご、ゴメン。そんな嫌な思い出になってるとか、思って、なかった」
「嫌な思い出っつーか、お前、なんで俺に声かけた?」
 顔を上げた彼は、今度はしっかりこちらを向いて、まっすぐに見据えてくる。やっぱりまた、昔と一緒だと懐かしさが胸に沸いた。
「懐かしかった、から」
「それだけ?」
「それだけ、って……?」
「あー……いや、いいわ。お前、見た目めちゃくちゃ変わったけど、中身あんま変わってないな」
「そう、かな?」
「そうだよ。多分。だってお前、わざわざ俺に、俺の初恋相手が戻ってきましたよーって知らせてくれたってことの意味、全く考えても意識してもいないだろ?」
「は? えっ?」
 ほらなと言って柔らかに笑うその顔だって、やっぱり懐かしいものなのに。昔は嬉しいばっかりでこんなにドキドキしなかったはずだと思いながら、ジワジワと熱くなる頬をどうしていいかわからずに持て余した。

お題箱より4/8日配信「新入生」4/13日配信「再会」

 
 
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