キスのご褒美で中学生の成績を上げています

 頬は紅潮し、時折こぼれる吐息からはあからさまな興奮が感じ取れる。閉じられた目元、かすかに睫毛が震えているようだ。
 差し込まれた舌の拙い動きに惰性で応じながら、やっぱりこれはマズイよなぁと、どうにかなかったことに出来ないか必死で考える。
 今キスを仕掛けてきている相手は、家庭教師先の教え子で、しかも義務教育中の中学生だ。身長は自分と変わらないくらいあるし、変声期も終えてはいるようだが、まだまだ顔つきも仕草も子どもだと思う。
 未成年に手を出したら同意の上でも犯罪。という朧げな知識はあるが、キスくらいなら犯罪にはならないだろうか?
 というかそもそもこれは手を出されているのであって、断じて手を出しているわけではない。けれどそんな言い訳が通じるはずもないことは明白だ。年齢差から言っても関係性から言っても、知られた時に悪者になるのは自分のほうだとわかりきっている。
 男と恋愛できるタイプの人間だと知られたあの時に、潔く家庭教師のバイトを辞めればよかったのだ。ということもわかってはいた。ただ、いくつか掛け持つバイト先でも、ここは一番のお気に入りだったから手放すのが惜しかった。お気に入りというか、美味しいお茶菓子が当たり前でたまに食事まで出てくる待遇の良さと、成績の悪い原因は明らかに本人のやる気の無さというか計算のうちで、頭の出来そのものは良く授業内容はしっかり理解していたから楽だったのだ。
 今遊ばなきゃエスカレーター式の私立中学に入った意味がない。と豪語する相手は、暗記項目にひたすら手を抜いている。そこにやる気を出させるのが家庭教師の本分とわかっていつつも、理解はできているがテストで良い点を取るために必死で頑張る理由がないと言われれば、それもそうだとつい思ってしまう。
 家庭教師に来ている手前、少しは成績上がってくれないと困るよと言ったら、気持ち成績を上げてくれるという、ひねくれているんだか素直なんだかわからない対応をされたりもしたが、楽な仕事場という点では間違いなくダントツだ。
 そんな中、どうやら彼の遊びの対象に、自分が入ってしまったらしい。
 男とホテルに入っていくの見ちゃったよと笑った相手は、その時点で既にかなりこちらの状況を把握していた。家庭教師として訪れる以外で彼と会ったことなどなかったから油断していたのもあるけれど、互いの行動範囲を考えれば外で互いを見かけることがあっても不思議じゃない。
「同じ相手じゃないみたいだから恋人ってわけじゃないんでしょ? どうやって相手探すの? 売春? 公園でキスされてるのも見たけど、先生はネコなの?」
 次々こぼれ落ちる問いかけに、あまりに焦って思わず一部を認めてしまったのは大失態だと言えるだろう。特定の恋人はいないし、基本ネコだ。
「お金払ったら俺にもさせてくれる?」
 などと言い出した相手に、必死で売りはしていないと断り、ちょっと大人ぶって、好奇心で男に手を出そうなんて絶対間違ってると説いてみたりもした。仮に男が恋愛対象なのだとしても、そういうことは好きな相手とするもんだ。なんてありきたりのセリフは、不特定の相手との関係を見られている以上まるで説得力がなく、鼻で笑われただけだったけれど。
「じゃあさ、キスだけでも教えてよ。ね、センセイ」
 そんなおねだりを始めた相手に、軽い気持ちでまずは成績を上げてからと返したのは迂闊だった。彼が本気で試験に取り組んだら、いともたやすく成績なんて上げられる。
 彼の親には大層感謝されたが、口が裂けても、ご褒美にちょっとキスをぶら下げてやっただけですよ、だなんて言わるわけもない。そしてきっちり結果を出してきた相手に、約束を反故にすることも出来なかった。
 それでもまだ諦め悪く、自分からキスを教えるなんて状況を避けるようにして、まずはどれくらい出来るのか見せてみろと彼のしたいようにさせている。
 必死な感じは可愛くもあるが、やっぱり相手は子どもで、基本ネコの自分に年下趣味はなく、要するに一切感じない。まぁ教え子の中学生にキスされて感じてたら相当ヤバイので、ホッと胸を撫で下ろすものの、顔を離した相手はやはり不満気だ。
「下手くそって言いたいんでしょ?」
「いや別にそんなことは」
「いいよ別に。でもすぐ上手くなるから覚悟してよね」
「覚悟?」
「今回限りでなんて言わせないから。センセイのお陰で成績上がって、親が随分喜んでたし、少しは時給上がったりもするんじゃない? 良かったね。でももし辞めるなんて言い出したら、今後家庭教師のバイト一切できないようにするくらいわけないから、そのつもりで」
 どうやって。なんて聞けなかったけれど、本気だというのは伝わってきたし、多分きっとそう出来るだけの自信も何かしらの根拠もあるんだろう。
「だからこれからも、良い点取れたらご褒美にキスさせてよね、センセイ」
 にこりと笑う顔は爽やかですらあるのに、背筋を冷たいものが伝う気がした。

続きました→

 
 
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告白してきた後輩の諦めが悪くて困る

彼の恋が終わる日を待っていたの続きです。

 長いこと秘密の想いを寄せていた親友が結婚した日、後輩から告白された。高校時代に入っていた部活の、1学年下の男だ。
 ずっと好きだったと言いだした彼は、そろそろ俺のものになりませんか? などと言って笑う。
「お前、彼女いた事、あるよな?」
 確かめるように問いかける。部活終わりに何度か、彼を迎えに来ていた女の子がいたはずだ。記憶違いということはないと思う。
「ええ、いましたね」
 やはりあっさり肯定されて、揶揄われているのかと思い始めた。その矢先。
「でも彼氏が居たことだってありますよ?」
 バイなんですと躊躇いなく告げて、本気で先輩が好きですと彼は繰り返すけれど、崩れない笑顔がなんだか胡散臭い。
「あー……そう」
「そっち行っていいですか?」
「そっちって?」
「先輩の隣」
 彼は言いながら立ち上がると、机を回ってあっさり隣に腰掛ける。
「え、いやちょっと、待てって。おいっ!」
 いくら個室居酒屋で届いてない注文品がない状態とはいえ、これは明らかにおかしいだろう。けれど後輩の男は随分と楽しげだ。まるでこちらが焦るさまを楽しまれているようで不快なのに、その不快さを示す余裕すらない。
「ね、先輩」
 横から覗きこむようにグッと顔を近づけられて、思わず頭をそらしたら、後ろの壁に打ち付けてしまった。ゴツンと鈍い音が響いて、後頭部に痛みが走る。
「痛っ!」
「俺のものになってくださいよ」
 打ち付けた後頭部をなでさする間すらくれずに、再度彼はそう言ったけれど、今度は笑っては居なかった。先ほどまでの胡散臭い笑みを引っ込めて、真剣な眼差しで見つめてくる。なんだか怖いくらいだった。
「せんぱい?」
 疑問符付きの呼びかけは、返事を待っているんだろう。呆然と見つめていたことに気づいて、慌てて視線を逸らした。
「む、無理」
 だって目の前のこの男とどうこうなるだなんて考えたこともない。というよりも、誰かと恋愛しようと思ったことがない。
 本当に随分と長いこと羨望のような憧れのような愛しさを抱えて、手のかかる弟のような、そのくせいざという時は頼もしい兄のような、そんな親友の隣で過ごしてきたのだ。随分と無茶なことにも付き合わされてきたけれど、それすらたまらなく魅力的で、自分を惹きつけてやまなかった。それは互いに社会人となり、彼が結婚してしまった今現在だって変わらない。自分の中の優先順位一位は依然彼のままだった。しかも多分に恋愛的な感情も含んでいる。それがはっきりと自覚できているのに、他の誰かとお付き合いなんて出来るわけがない。
「どうして?」
「どうしてって……だって、俺の気持ちに気づいてたならわかるだろ?」
「結婚したじゃないですか」
「結婚とか、関係ない」
 もともと告げるつもりもない想いだから、これは最初から自分一人の問題だ。恋愛的な意味も含めて好きなのだと気づいてから、もう何年も経っていて、気持ちの整理はほぼ済んでいる。
 長い付き合いだから、相手のことは熟知している。想いを告げて自分に振り向かせることは可能だったかもしれない。どうすれば頷いてくれるか、多分わかっていた。けれど彼と恋人という関係になるよりも、親友という立場で居続けたかった。
 結婚して子どもが生まれて、今後は家族の時間が増えるだろうから寂しい気持ちはないわけではないけれど、結婚だってちゃんと本心から祝福している。どんな親になるのかと思うと色々不安が湧き出るけれど、その半面楽しみでもあった。 
「結婚した相手を、これからも想い続けるって意味ですか?」
「そうだよ。お前にはバカみたいな話かもしれないけど」
「そこまで想ってて、なんで、やすやす別の相手と結婚なんてされてんですか」
「別に恋人になりたかったわけじゃないから?」
「疑問符ついてますよ。てか、どうして」
「なんで、どうして、ばっかだな」
 ふふっと笑ってしまったら、あからさまにムッとされた。貼り付けたような笑みよりずっと安心感があるから不思議だと思うと同時に、どうやら少しばかり気持ちが落ち着いてきたらしいことにも気づく。
 あまりにも予想外の指摘と告白に動転しすぎていた。
「先輩が気になるようなことばっか言うからですよ」
「お前さっきあっさりバイだって宣言してたけど、俺が好きな相手が男だってわかってたから言えるんだよな? 俺に女の子の恋人ちゃんと居て、異性愛者だった場合でも告白するか?」
「恋人から奪おうとまではしませんけど、可能性が少しでもありそうなら狙いますよ」
「じゃあ性格の違いかな。可能性かなりありそうだったけど、でも俺は嫌だって思った。自分のせいであいつの未来を曲げるのは。親友って立場だけで充分なんだよ。あいつが子ども作って結婚して、はっきり言えばホッとしてるくらいだ」
「本気で、今後も別の誰かを好きになったりせず、あの人を想い続ける気でいるんですか?」
「今のところ、別にそれでいいかなと思ってる。たまにさ、好きだって言ってくれる人いるんだけど、他に特別に思う相手がはっきりいるのに、付き合えるわけないって」
 めちゃくちゃ嫌そうに顔を顰められて、やはりまた笑ってしまった。
「好きだって言ってくれてんだから、付き合えばいいじゃないですか」
「そんなの可哀想だろ。相手が」
「付き合ってみたら、そのうちなんだかんだ好きになるかもしれない。とは思わないんですか?」
「多分無理。やっぱりあいつ以上には好きになれないと思う。それくらい強烈な男なんだよ。って、お前ならわかるだろ?」
 深い溜息が吐き出されてきた。
「良くも悪くも強烈な男、ってとこには同意します」
「だろ? というわけで、お前のものにはなれないよ」
「そこまで納得したわけじゃないです」
「えっ?」
「気持ち晒した以上、今更引く気ないんで。試しにでいいんで付き合ってください。別にあの人のこと好きなままでもいいですし」
「良くないだろ」
「俺がいいって言ってるんだからいいじゃないですか。いっそあの人の代わりだって構いませんよ」
「俺が構うよ」
「でも引く気ないんで諦めてください」
 また胡散臭い微笑みを貼り付けた男の顔が近づいてくる。一応の抵抗で、その顔を押しのけようと伸ばした手は簡単にとらわれて、こぼした溜息を拾うように口付けられた。
「お前がこんな強引な男とは思ってなかった」
「今まで見せてなかっただけですよ。それに多分、間違ってないと思うんで。あなたには少し強引なくらいの相手がお似合いです」
 流されてくれていいですよ。などという言葉に頷けるわけもないけれど、入り込まれてしまったことだけははっきりとわかる。ずっと好きだったのずっとがどれほどの時間かはわからないが、今までお断りしてきた相手とは明らかに違う。
「まいったなぁ」
 こぼれ落ちたつぶやきに、相手は満足気に笑ってみせた。

 
 
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彼の恋が終わる日を待っていた

 高校の部活で知り合った先輩たちとは、大学を卒業して社会人となった今でも年に数回飲みに行く程度の付き合いが続いていて、今日は自分が高校2年の時に部長だった男の結婚式だった。
 花嫁さんのお腹の中には既に新しい命が宿っている。
 アイツが親になるなんてと、うっすら目に涙をためながら感慨深げに呟く隣の席の男は、当時副部長を務めていた新郎の親友だ。自分はこの隣の男が、ずっと新郎を想っていた事を知っている。
 応援する気などは一切なかったが、もし仮に二人の仲が友情をこえて発展したら祝ってやろう程度の思いはあった。二人とも、自分の人生においてかなりの影響を与えてくれた大事な先輩たちだからだ。
 ただ、その想いを知っている、ということすら口にしたことはない。
 一歩引いて、無関係を装って、そして機会を窺っていたのだ。二人が付き合うのなら笑ってお幸せにと言える立場を保持しつつ、内心は今日のような日を待ちわびていた。副部長だった彼はモテるくせにのらりくらりと彼女も作らず、かといって他の男と付き合うようなこともせず、そのくせ想いを遂げようとする様子もなくずっと一途に親友を演じていたから、いつかこんな日がくる可能性は高いだろうとも思っていた。

 二次会を終えた帰り際、もう1軒行きませんかと誘えば、副部長だった彼はあっさり了承する。他にも数名、同じ部活のメンバーが披露宴から参加していたが、既に家庭があったり翌日も仕事だとかで帰って行った。もちろん、そうなるだろうことは見越して誘った。
 その辺の店に入ろうとするのを阻止して、行ってみたかった店があると事前調べの雰囲気の良い個室居酒屋に連れ込み、軽いつまみと酒を頼む。ここには居ない本日の主役を祝いながらグラスを合わせれば、目の前に座った男はまた、アイツも父親になるんだなぁと呟く。
「羨ましいですか?」
「いや、羨ましいってより、純粋な感動と不安かな。だってアレが人の親とか、想像できなくて」
 部長はなかなか破天荒な男で、そんな彼をなんだかんだサポートしてきたのが目の前の男なのだから、わからないこともない。自分は高校で知り合ったが、二人は小学校からの付き合いだというし、アイツは子供の頃から変わらないというのがこの男の口癖だから、付き合いの長さの分だけ不安にもなるんだろう。
「そうじゃなくて。花嫁さんが、羨ましくはないですか?」
「は? なんで?」
 明らかな動揺に、畳み掛けるように言葉を続ける。
「部長のこと、ずっと好きでしたよね? 告白しようとは思わなかったんですか?」
「いやお前、いきなり何言いだして……」
「ずっと気になってたんですよ。部長が人の旦那になったんで、そろそろ言ってもいいかと思っただけです」
「わかんねーよ。なんで、今なんだよ。それに、アイツは腐れ縁の親友だけど、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「腐れ縁の親友も、何かの拍子に恋人に進展するかもしれないじゃないですか。幼なじみの定番ですよ」
「男女の話だろ、それ」
「それだって一緒ですって。何かの拍子に同性でも恋人になるかも知れないじゃないですか。しかも片方が既に恋をしている状態なら尚更」
 男はグッと言葉に詰まる。恋などしていないと否定することはしないらしい。それとも今まで一切触れたことのない話題を投げかけたせいで、動揺してそこまで思考が巡っていないだけだろうか。その可能性が高そうだ。
「だからあなた達の関係がはっきりするまで待ってたんですよ。知られたくなかったし」
「何、を?」
「俺が、あなたの気持ちに気づいてること。それと、俺があなたを好きなこと」
「えっ……」
 さすがに予想外過ぎたようで呆然となる男に、出来る限り柔らかに笑ってみせる。
「ずっと好きでしたよ、先輩。だから、そろそろ俺のものになりませんか?」
 もちろん、嫌だと言っても逃してやる気は毛頭ないけれど。

続きました→

 
 
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