彼が隣に越してきた小3の夏から、学校の行き帰りはほぼずっと彼と一緒だった。最初は彼が学校への道順を覚えるまでとかいう話だった気もするが、あっという間に仲良くなってしまって、別々に通おうなどと思う事もないまま中学へ上がり、当たり前のように同じ部活へ入部した。
たまに喧嘩をすることもあるけれど、そんな時は決まって、翌朝いつもより早い時間から彼が家の外で待機している。一度、喧嘩の気まずさから勝手に先に登校してしまったことがあって、それ以来、もうそんなことはしないといくら言っても止めてくれない。結局、あまり彼を待たせたくない自分も少し早めに家を出るから、そんな日は少しばかり遠回りして学校へ向かったりもする。
一晩経って頭が冷えて、学校へ向かう途中で謝ったり謝られたり、許したり許されたりで仲直りがほとんどだけれど、例えば喧嘩を引きずったままでも、気まずかろうが一緒に登校してしまえばなんとなくうやむやになって、帰る頃には元通りになってしまうのは不思議だった。
こんな相手とは、人生で何人出会えるかわからない。照れくさくて口に出した事はないけれど、彼は一生大事にしたい親友だ。
このまま同じ高校へ入学して、やっぱりそこでも同じ部活を選んで、今と同じように毎朝夕と休日の部活動へ並んで歩いて行く人生かも。なんてことをぼんやり考え始めた中3の春。
「今度の日曜、部活午前だけだよね。その後、予定ある?」
朝練へ向かう道すがら聞かれて、ないよと即答する。どこか出かけたい場所でもあるのだろうか。
「なら、俺とデートしない?」
「は?」
「嫌?」
「いやもなにも、デートって何? なんかの予行演習的な?」
「違うよ。お前としたいの。デート中の支払い全部俺でいいからさ。ダメ?」
「マジかよ。てかそれ、なんかの罰ゲーム?」
「似たようなもん」
「なんか変なこと巻き込まれてんのか?」
「違うよ。心配はいらない」
だから付き合ってよと頼まれて、いいよと返した。心配いらないなんて言われたって、そんなの気になるに決まってる。
デート当日、どこへ向かうのかと思っていたら、連れ込まれた先はカラオケだった。
「で? これっていったいどんな罰ゲームよ? 証拠写真でも撮んの?」
「似たようなもんとは言ったけど、厳密には違う。別に証拠は必要ないよ」
ふーんと返事をしてみるものの、やはり解せないことは多い。
「デートっつーけどさ、お前カラオケあんま好きじゃねーのに、なんでここ?」
「だって二人きりになりたくて」
「人に聞かれたくない話がしたいなら、どっちかの部屋でいーじゃん」
「それはデートじゃない」
「そここだわりあんのかよ。つかホント、一体何なの? 罰ゲームっぽいのの内容って?」
「何も聞かずデートっぽく過ごしてよ。ってのじゃダメ?」
「そもそもデートっぽくって俺と何したいわけ? まさか一緒に歌いてぇの? デュエット?」
疑問符だらけの言葉をだらだらと続ければ、違うよと言いながら伸びてきた手が、ソファに投げ出していた手をそっと取った。そして指と指を絡めるように手をつなぐ。いわゆる恋人つなぎという状態にぎょっとして繋がれた手に視線を落とした。
「こういうことしたい。後、嫌じゃなければキスさせて」
「いやいやいやいや。ちょっと待てよ。証拠必要ないなら本当にしなくたっていいだろ。ちゃんと話合わせてやるって」
「だから罰ゲームじゃないってば。近いけど違う」
「だーかーらー罰ゲームじゃねぇのにそういう事する理由って何よ? どうしてもってなら俺が納得する理由だせって」
「泣いてもいいなら」
「泣くって俺が? お前が? つか何か深刻な問題抱えてんなら言えって。俺が出来る事ないかもしれないけど、でも言えよ。一人で考えこんでるよりちょっとはマシになるかもしれないだろ」
何があったか言ってみろよと顔を覗きこんだら、既に少しばかり泣きそうな顔をしている。なんだか憐れむような気持ちになってその頭に手を伸ばした。
よしよしと頭を撫でてみたら、目元にうっすら溜まっていた涙がポロリとこぼれ落ちる。言う前から泣いちゃったなーと思いつつも、仕方がないので頭を撫で続ける。少し落ち着くのを待ったほうがいいだろう。
懐かしいなと思うのは、出会った最初の頃はけっこう泣かせていたからだ。正直、泣き虫で面倒くさいと思っていたこともある。なのに付き合いが続いてきたのは、家の近さや親のはからいだけでなく、泣き止んだ時に見せる笑顔が子供心にも可愛く感じていたせいだ。
なんてことをふと思い出してしまったのは、デートだのキスだのという単語のせいかもしれない。
「引っ越しする」
ぼんやりと昔を思い返していたせいで、反応が遅れた。
「えっ?」
「親が、転勤。今更こんなの、罰ゲームみたいなもんだよね」
しばらく転勤なかったからここに永住かと思ってたのにと苦笑する。
「まじか。てかどこ?」
「北海道だって」
遠いなと素直に思う。大人になるまでもう少し一緒に居られるんだろうと勝手に思っていたので、それは確かに自分にとってもショックが大きかった。
「行きたくない。けど、俺だけ残れるわけもないし」
頭では当然だと思っているのに、ショックで相槌すら打てない。彼の頭に乗せていた手も、いつの間にか落ちていた。
「だからさ、もういいやと思って」
「……えっ?」
「友達のふり」
「は?」
「引っ越してきた最初の頃から、ずっと好きだったんだよね。お前の隣にずっといられるように色々頑張ってきたけど、もうやめる。どうせ離れるなら嫌われたって構わない。やりたいことやってから引っ越そうと思って」
むりやりに笑ってみせた顔は痛々しくて、昔可愛いと思っていた顔とは程遠い。
「やりたいことってのがこのデート?」
「というよりも、こっち」
言いながら繋いだままだった方の手を軽く持ち上げる。
「あとキスしたい」
「お前の好きって、そういう好き?」
「気持ち悪い?」
「今ここでキスさせたら、それでお前はもういいの? 引っ越して、俺のこと忘れて生きてくの?」
「忘れないよ。忘れたくないから、お前を好きだったって証が欲しいんだろ」
キスさせてよと頼まれて、けれど嫌だと即答した。冗談じゃないと腹立たしい気さえしてくる。
なのに相手は断られた意味をきっと誤解して、苦々しげな笑顔でやっぱり目には涙をためている。
「むりやりしてもいいかな?」
「良くねーよ。つか北海道確かに遠いけど、俺らもう中3だぞ。連絡くらい自分たちの意思で取れるだろ。キスして思い出にして終わりとか嫌だからな。後、嫌われたって構わないとか言ってないで、好きなら告白からやり直しな」
「どういう事?」
「遠距離恋愛上等?」
言ったらなぜかぷっと吹き出され、それからおかしそうに爆笑される。爆笑してるくせに、さっきよりもずっと涙でぐちゃぐちゃの顔だ。
「いいの?」
「お前なくすくらいなら、恋人くらいなってやんよ。だから引っ越すくらいでべそべそ泣いてんなって」
「これは嬉し泣き。てかホントかなわないなぁ」
だから大好きと言って笑った顔は昔と同じだった。
「好きです。俺の恋人になってください」
「おう」
「キスしていい?」
「だめ」
「ええっなんで?」
そんなの俺からするからに決まってる。
先ほどまで頭を撫でていた手を、今度は顎に添えてそのまま顔を近づけていく。近づく視界の中、驚いて瞳を見開く相手に、にやりと笑ってやった。
レイさんにオススメのキス題。シチュ:デート先、表情:「泣きじゃくった顔」、ポイント:「顎に手を添える」、「お互いに同意の上でのキス」です。
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