何も覚えてない、ってことにしたかった1

 今日もさっさと逃げ帰ろうとした仕事終わり、今日こそ逃しませんよ、と言って腕を掴んできたのは若干目の据わった入社三年目の後輩だった。
 彼がなぜそんな顔で、こんな事を言うのかわかっている。悪いのは自分で、彼はそれに振り回されている可愛そうな被害者だということも。
 知らぬ存ぜぬを貫き通して逃げまくるのもいい加減限界かもしれない。仕方なく、わかったから手を離せと言えば、素直に掴まれた腕は開放されたけれど、こちらを疑う目は鋭いままだ。
 その彼を連れて、とりあえず駅前にある個室を売りにしたチェーン居酒屋に入店した。
 そこまでしてやっと、これ以上逃げる気がないことをわかってくれたらしい。案内された小さな部屋の中、対面に座る相手は態度を一転してにこにこと嬉しげだった。
 そんな相手にメニューを差し出し、好きに頼めと言えば、相手の機嫌はますます良くなる。相変わらず単純で、わかりやすくて、扱いやすくて、いい。
 ホッとしつつ、相手が店員を呼んで注文を済ませるのを、ぼんやりと見ていた。個室のドアが閉まって店員が去ると、相手がこちらに向き直り、少し拗ねた様子で唇を尖らせる。
「なにホッとしてんですか。俺、一応、まだ怒ってますからね」
「そうか」
「ここ奢られたくらいで、なかったことにはなりませんから」
「だろうな」
 何も覚えてないからなかったことにしてくれ、を受け入れる気があるなら、そもそも逃がしませんなんて言って腕を掴んでは来ないだろう。
「ねぇ、わかってると思いますけど、年明けてからこっち、ほんっとそっけないから、俺、めっちゃショックでしたよ?」
「お前に構いすぎてたせいでああなったんだろう、と思って反省したんだ」
 昨年末の仕事納めの日、納会で少々飲みすぎた上にそのままずるずると三次会くらいまで参加して、酔いつぶれ寸前だった目の前の彼をお持ち帰りしたのだ。正確には、自宅にではなく、そこらのラブホにインした上でやることはやって、翌朝、彼を部屋に残してさっさと逃げ帰ってしまった。
 好意は確かにあったけれど、同じ部署の後輩相手に、あんな形で関係を持つだなんて、大失態も良いところだ。
 抱かれたのはこちらだし、相手も相当酔っていたから、何も覚えてないし、帰れなくて仕方なくそこらにあったラブホを利用しただけだし、きっと何もなかったはずだ。という主張を、慌てて連絡してきた相手にほぼ一方的に告げた後は、今日まで必死に逃げ回っていた。
「ちょ、待って。てことは、今後はずっとこのスタンス? なんて言いませんよね??」
「いや、言う」
 だって二度と、あんな失態は犯せない。部署は一緒だが直属の部下ってわけではないのだから、無駄に構うのを止めればいい。
「うっそでしょ」
 呆然となったところで、最初のドリンクとお通しが運ばれてくる。相手が呆けたままなので、仕方なくこちらが対応するはめになった。
「ほら、ビール来たぞ」
 相手の目の前に置いてやったジョッキに軽く自分のジョッキを当てて、さっさと飲み始めてしまえば、また少し剣呑な顔になった相手が、後を追うようにジョッキを掴む。
 一気に飲み干していくさまを、溜息を飲み込みながら見つめていた。

続きました→

 
 
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HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

昨夜の記録

 少々遠方への二泊三日の出張が決まった時、その地方に就職した学生時代の友人に、久々に会えないかと連絡を取ったら、あっさりオッケーだったどころか最終日の金曜とその翌日の土曜はウチに泊まってけばと宿の提供まで申し出てくれた。行きたいところがあれば観光地の案内もしてくれるらしい。
 そんなわけで金曜夜に待ち合わせて、久々に会った友人と楽しく飲んだ。
 そして、飲んで潰れて翌日は昼過ぎから遊びに出かけてやっぱり飲んで潰れてを繰り返した日曜の昼近く。目覚めた自分の隣の布団では、友人がまだ気持ちよさそうに眠っていた。
 昨日の朝もそうだったし、学生時代に何度も繰り返した光景でもある。自分もそこまで酒に弱いわけではないはずなのに、彼と飲むと先に潰れてしまうことが多かった。
 しかも潰れるほど深酒した割に、目覚めがなんだかスッキリしているのもどこか懐かしい感覚だ。話し上手で聞き上手な友人だからか、普段溜め込みがちな鬱憤をあれこれ聞いて貰うことも多く、だから気持ちごと体まで軽くなるような気がするのかもしれない。
 友人を起こしてしまわないように起き出して、隣のリビングへと移動する。テーブルの上は既にあらかた片付けてあったが、だからこそデジカメがポツンと残されているのが目についた。
 自分なんかは携帯のカメラで十分派だけれど、彼に言わせれば全然違うようだ。昨日も一緒に出かけた観光地であちこちシャッターを切りまくっていたし、酒を飲みながらわざわざテレビに繋げてそこそこの大画面で見せられたそれらの写真は、確かに綺麗と言えば綺麗だった。
 ふとした悪戯心から、そのデジカメを手に取り電源を入れる。気持ちよさそうに眠る相手の寝顔を、こっそり撮ってやれと思ったのだ。
 出来れば自分が帰った後で、その悪戯に気付いて欲しい。なんてことを思いながら、手の中のデジカメをあれこれ弄る。うっかりフラッシュをたいてしまって友人が起きたら困るし、操作音やらシャッター音のオンオフ機能もありそうだ。
「なんだ、これ……?」
 いきなり動画が再生されて焦ったのも束の間、そこに流れる映像に目が釘付けになる。映っているのは目を閉じて布団の上に横たわる自分自身だった。
『今夜もぐっすりだね。ホント、無防備で可愛い』
 カメラがぐっと顔に近寄り、そんな囁きが聞こえてくる。どことなく甘ったるい声は友人のものに違いないが、友人のこんな声をリアルで聞いたことはない。
 背中に冷や汗が流れる気がした。鼓動は速くなり、嫌な予感もビンビンなのに、画面から目が離せない。
 顔を映していたカメラはその後遠ざかり、やがてどこかに置かれたようだった。カメラを手放した友人が、眠る自分に近づく姿が映っている。
 躊躇いなく顔を寄せた友人が、眠る自分にキスを繰り返す。寝間着代わりのシャツを捲り上げ、腹から胸までをゆっくり撫でる手の動きがイヤラシイ。
 画面は小さいが明かりは煌々と点けられたままなので、何をしているか、されているのかは嫌でもわかってしまう。眠る自分が気持ちよさそうに吐息を零したのも、それを満足気に眺める友人も、可愛いねと繰り返される囁きも、触れた唇が離れる時の少し湿ったリップ音でさえ、そこには収められている。
 部屋は確かに静かだが、それらは随分と生々しい。もしかしたら集音マイクでも使っているのかもしれない。
 やがて友人の手は下腹部にも伸びて、下着ごとズボンを下ろされた。下半身だけ剥き出しになって眠る自分はなんとも不格好で居た堪れないのに、全く記憶にないせいか、自分なのに自分ではないようにも見えてくる。画面の中の友人だって、姿形は友人でも、やっぱり自分が知っている彼とは別人のようで現実感がない。
『昨日より楽に入るね。どう? 気持ちいい?』
 カメラの位置は固定されたままのなので、開いた足の間に座る友人が何をしているかの詳細は見えないが、でも音と声とで何をされているかはわかってしまう。
『前立腺弄られるの、昔っから、好きだもんね。おちんちん、プルプルしてる』
 ふふっと愛しげに笑う声と、グチュグチュと響く卑猥な音と、アンアン声を上げている自分に、ますます現実感が遠ざかる。
 だってこんなに喘いでて、なのに記憶が無いってオカシイだろう?
 タチの悪い悪戯を仕込まれてて、ここに映っているのは自分たちによく似た俳優だと言われたら信じてしまいそうなくらいなのに、部屋はどう見たって昨夜の寝室で、奥の方には自分が持ち込んだカバンだって映り込んでいる。
『そろそろイキそうかな? いいよ。気持ちよく吐き出しちゃいな』
 目を閉じたままの自分の体が小さく痙攣している。まさか扱かれもせず、ケツ穴を弄られただけで射精したとでも言うのだろうか?
『さすがに昨日よりは薄いし量も少ないか』
 カメラの遠さか画面の小ささか角度的にか、見ただけでは射精したかどうかははっきりわからなかったが、間違いなくイッたらしい。しかも腹の上に吐き出されたそれへ、友人が楽しそうに舌を這わせているのが衝撃的だった。
 そうして綺麗にした後、友人は満足したのかこちらの体を丁寧に拭いて、服を着せて掛布を掛けてくれる。一連の流れをずっと見ていたのに、最後の画面だけ見れば、そこにはただただ眠る自分の姿が映っているだけだ。
「なんだ、これ……」
「昨夜の記録」
「んぎゃっ!」
 背後からの突然の声に心底驚いて体を跳ねれば、驚きすぎと笑われたけれど、こんなの驚くに決まってるだろう。
「っえ、お前、いつから」
「真剣に魅入ってたね。興奮した?」
 声は耳元で聞こえた。
 椅子に座るこちらを閉じ込めるように、相手の両手がテーブルに突かれている。ドキドキが加速して、ヤバイヤバイと頭の中を巡るのに、どうしていいかわからず固まったまま動けない。
「久々に会ったらさ、もう、寝てるお前じゃ我慢できなくなってたんだよね」
「それ、って……」
「学生時代、時々お前に薬盛って、寝てるお前に悪戯してた。でも卒業と同時にお前ごと諦めるつもりで、こっちに就職決めたのにさ。わざわざお前から連絡してくるんだもん」
「俺を、好き、なの?」
「好きだよ。ずっと好きで、でも友情壊すの怖くて言えなくて、酷い真似した。お前が気づかないからって、そのまま続けるのも怖くなって距離おいて、そのまま忘れられると思ったのに全然無理だった。今もずっと、お前が好きで、苦しいまんまなんだよ」
 テーブルに突かれていた両手が持ち上がり、背後から緩く抱きしめられる。緊張で体が強張りはしたが、振り払うことはしなかった。
「録画したのは、これを最後にお前とは完全に切れようと思って、最後の思い出にするつもりだった。でも、どうせ最後にするなら、当たって砕けるのもありかなと思って、一つ賭けをしたんだ」
「賭け?」
「お前がその録画に気付いたら、俺がやったことも、抱えてる気持ちも、全部正直に話すって」
 軽蔑してくれて構わないし二度とお前の前に現れないから、一度だけ、起きてるお前に触らせて。出来れば抱かせて欲しいけどそこまでは無理ってなら俺の口でイッてくれるだけでもいい。
 そう続いた声は必死で、本気なのだと思った。二度と会わない、という言葉までも。
 気持ちを整理する時間が欲しい。けれど考えさせてくれと頼んだとしても、結局彼は自分との連絡手段を断ってしまうだろう。
「わか、った」
 だからそう返す以外の道は選べなかった。

お題箱から <寝てる内にいたずらされて録画されていたのを発見してしまう話>
結局この後、視点の主は友人の過去ごと許して受け入れちゃうと思います。

 
 
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青天の霹靂

 父親同士が親友だとかで、互いの家は同県とはいえ端と端の遠さなのに、幼い頃は良く二家族揃って出かけたり、長期休暇中は相手の家に泊まったり、逆に泊まりに来たりと割合仲が良かった。けれど成長するにつれ、互いの溝は分かりやすく深く広がっていった。
 理由ははっきりしている。父親たちも学生時代の大半を捧げていたという、とある競技の才能が自分にはないからだ。
 部活のレギュラー程度なら努力だけでもどうにかなるが、その上となると難しい。競技自体は楽しいが、地域の選抜は当たり前でユースの県代表にも選ばれるような活躍をしている相手とは、はっきり言って既に生きている世界が違う。県代表になれば一緒にプレイできるよと、だからお前も選ばれなよと、何の躊躇いもなく口に出来る子供というのは残酷だ。
 多分それが決定打で、自分は彼をやんわりと避けるようになった。元々県の端と端で、中学に上がってからは部活優先だったから、プレイベートで会うのなんて年に一度か二度程度になっていたし、県大会などではお互い部の一員として参加しているのだから、顔を合わせたってそうそう親しく話込むこともしない。なので避けると言ってもあからさまに突き放したわけではなく、前より少しそっけない程度でしかなかったけれど。
 残念ながら、自分たちのように息子同士も競技を通じて親友に、などと思っていただろう父親たちの望みは叶うことなく、力量の差がありすぎて同じ道を進むことも、同じ景色を見ることも出来そうにない。
 そう悟って、大学に進学すると共に、真剣に競技に打ち込むのは止めた。競技そのものは好きだから、練習日が週に三回程度の社会人サークルに参加はしたが、大会などでそこそこの成績を収めている大学公認の部活は練習を見に行くことすらしなかった。
 納得済みの選択で、そこに未練なんてない。社会人サークルでも十分に楽しかったし、それなりに充実した大学生活を送っていた。
 しかしその生活は、翌年の春にひとつ下の彼が同じ大学に入学してきて一変した。
 最初の衝撃は、彼が進学する大学を知った父からの報告電話で、最初は絶対に嘘だと思った。うちの大学に進学する意味がまったくわからなかったからだ。
 確かに大学の部活もそれなりに強い。でも全国大会常連校という程ではないし、彼なら他からも色々スカウトが来ていたはずだ。
 次の衝撃は、ちゃっかり同じアパートの空き部屋に入居を決めて、近所になったから宜しくと挨拶に来たときだ。こちらが避けていたのはある程度感じていただろうに、なんのわだかまりもありませんという顔で笑っているのが若干不気味ではあったが、そこはお互い大人になったということで、こちらもなんとも思ってない風を装い宜しくと笑って返した。確かに知った顔が近所にいたらお互い心強いだろう。
 そして今現在、三つ目の衝撃に耐えている。大学の部活に初参加してきたという彼が、怒りの形相で訪れていた。
 大学で競技を続けていると聞いたから来たのに、なんで部活に入ってないんだというのが彼の怒りの理由らしい。
「続けてはいるよ。社会人サークルだけど」
「社会人サークル? それ本気で言ってんの?」
「本気も何もそれが事実だって」
「だからなんでっ!?」
「何でって、将来のこと考えたら学業疎かにしたくないし、それには体育会系のがっつり部活はキツすぎるよ」
「ねぇ、どこまで俺を裏切れば気が済むの?」
 キッと強い視線で睨まれて、さすがに一瞬たじろぐ。それでも競技の関係しないところでまで負けたくはない。
「裏切るってなんだよ」
 腹の底から吐き出す声は不機嫌丸出しだったが、相手は欠片も怯む様子がないから悔しい。
「いつか一緒にプレイしようねって約束したろ」
「馬鹿か。お前、それいつの話だよ。俺にはお前と違って県代表に選出されるような力ないって、さすがにもうわかってんだろ」
「わかってるよ。だから同じ大学入れば一緒にプレイできるって思って入学したのに、なんで部活入ってないんだよって話をしてんだろ」
「いやだから、大学の部活は俺にはハードすぎるって」
「今からでも入ってよ」
「お前、俺の話、聞いてた? というか一緒にプレイしようねなんて子供の約束、とっくに時効だろ」
「俺まだ諦めてないんだけど」
「しつっこいな。だいたいお前、俺に避けられてたの気づいてただろ。そこまで鈍くはないだろ? それで良くそんな事言いにこれるよな」
 避けてたと明言したら、強気の顔がクシャリと歪んだ。
「こんなに好きにさせておいて、どうしてそんな酷いことばっか言うんだよ」
「はぁああああ?」
 好きなのにーと、でかい図体をして駄々をこねる子供みたいにその場に泣き崩れた相手を明らかに持て余しながら、それでもなんとか会話を続けてみた結果、彼の言うところの好きは間違いなく恋愛感情の好きらしいと判明して、一瞬気が遠のきかける。しかもはっきりと仲の良かった小学生時代からという年期の入りようだ。
 全く、欠片も、知らなかった。気付いていなかった。
 あまりの展開に思わず天井を見上げながら、青天の霹靂ってこういうのを言うんだろうなと思った。

有坂レイへの3つの恋のお題:青天の霹靂/こんなに好きにさせておいて/いつまでも交わらない、ねじれの関係のように shindanmaker.com/125562

 
 
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叶う恋なんて一つもない

 叶う恋なんて一つもないと言って、泣きそうな顔で笑う幼馴染が、今現在想いを寄せているのは、我がクラスの担任教師で来春には結婚が決まっている。彼が泣きそうになっているのは、今朝教師の口から直接、その結婚の事実が語られたせいだ。
 叶う恋がないのではなく、恋を叶える気がないんだろう?
 なんてことを内心思ってしまうのは、毎度毎度好きになる相手が悪すぎるせいだ。そもそも恋愛対象が同性というだけで、恋人を見つけるハードルが高いというのに、女性の恋人持ちばかり好きになる。酷い時は妻子持ちの男に恋い焦がれて、苦しいと泣いていたことさえあるのだ。
 幼稚園からの付き合いで親同士の仲も良く、そこからさき小中高等学校ずっと同じだったせいで、あまり無碍にも出来ずに愚痴に付き合い続けてきたが、正直バカじゃないかと思っている。
 妻子持ちなんか問題外だし、女性の恋人が発覚した時点で恋愛対象から外せよと思うのに、どうしよう好きになったみたいと言い出すのは恋人発覚後が大半だ。要するに、最初からその恋は叶える気なんかなく始めているのだと、そろそろ自覚すればいいのに。
 なんか男が好きみたい。同性愛者とかホモとかゲイとかそういうやつかも。なんて言って、やっぱり泣きそうな顔で相談してきたのは中学に上がった頃で、お前にしかこんな話できないからなんて言葉に絆されていたのがいけない。いい加減、あまりに不毛な恋の話に飽き飽きしていた。
「だったらいい加減、叶う可能性がある恋をしろよ」
「えっ?」
 いつもなら一通り好きに喋らせて、そういう相手ってわかってて好きになったんだからそれで辛い思いをするのは仕方ないだろ、程度の慰めにもならないような言葉しか吐かないからか、相手は泣きそうになっていた目を驚きで見開いた。
「正直、お前の叶わない恋話にはうんざりしてる」
「え、でも、俺、話聞いてもらえるのお前くらいしか……」
「知ってる。だからずっと、お前がそれでいいなら仕方ないと思って話聞いてきたし、たとえ叶わない恋でも好きって気持ちがあると毎日が楽しいって言ってたから、苦しいって泣くのも含めて恋を楽しんでるのかと思ってヤメロとも言わずに居たけどさ。けど、そんな恋ばかり選んできたくせに、叶う恋がないって泣くくらいならもうヤメロよ。そんな恋をするのはやめて、叶う可能性がある恋をすればいい」
「だって好きって気持ちは、心のなかに自然と湧いてくるものだよ? 叶う可能性がある恋なんて選べないし、そもそも可能性があるかどうかなんてわからないんだけど」
「でもお前は、叶う可能性がない恋ばかり選んできただろ。なんで恋人持ちばっかり好きになるんだよ。恋人がいればお前には振り向かないってわかってるから、だから安心して恋が出来るってだけじゃないのか?」
 その指摘はまったくの想定外だったようで、やはりビックリしたように目を瞠った後、そんなこと考えたこともなかったと言った。
「じゃあまずは自覚するトコから頑張れば? でもって、彼女やら嫁やらが居ない相手を意識的に好きになってみろよ。それだって同性相手は無理って言われる可能性高いけど、でも恋人持ちや妻帯者よりは多少、恋が叶う可能性もあるだろ?」
「自覚、か……」
 呟くように告げて、相手は黙りこんでしまう。まぁ欠片も考えたことがなかったようだから、しばらく放っておけばいいかと、手近にあった雑誌を手に取りペラリと捲った。
「ね、あのさ」
 やがておずおずと声を掛けられて、目を落としていた紙面から顔をあげる。
「何?」
「それってさ、相手、お前でも良いの?」
「は?」
「そういや話聞いてもらうばっかりで、お前の恋話とか聞いたことないよね。お前、男もというか俺も、恋愛対象になる?」
「待て待て待て。そりゃ確かに、恋人居ないやつを意識的に好きになってみろとは言ったけど、そこでなんで俺を選ぶんだよ」
 まさか自分に火の粉が掛かって来るとは思っておらず、さすがに慌ててしまった。
「それはまぁ、お前なら好きになれそうかもって思ったから?」
「付き合い長いし、そりゃお互い嫌っちゃいないだろうけど、だからって安易にもほどがあるだろ」
「だってお前が言った通り、俺、多分、叶わない恋じゃないと安心して相手を好きになれないんだよ。でもお前なら、叶わないって確定してなくても、好きになれそうな気がする」
「お前自分が言ってることの意味、マジでわかってんの? その恋叶ったら、俺と恋人になるって意味だぞ?」
「わかってるよ。というか、叶わないからヤメロ、とは言わないんだね」
 可能性ありそうといたずらっぽく笑うから、もしかして揶揄われているんだろうか?
「叶わないって断言したら、お前、逆に安心しきって俺相手に辛い恋始めそうだろ。言えるわけ無い」
 自分相手に辛い恋を患って泣かれでもしたら、どう対応していいかわからないし、それこそうっかり応じてしまいかねない。でも彼と恋人になりたい気持ちがあるわけでもなかった。
 正直、今の今まで、まったくの他人事でしかなかった。
「というか、お前、俺からかってる?」
 いっそ揶揄っててくれた方がましだったが、すぐに揶揄ってないと否定されてしまう。
「からかってないよ。意識的に、お前を好きになってみよう、とは思い始めてるけど」
「気が早い。というか先生の結婚話に泣いてたくせに、切り替え早いな」
「うん。お前の話に驚いて、ちょっとどっか行った。辛いの吹っ飛んだから、感謝してるし、それもあってお前好きになってみたい気にもなってる」
「マジかよ」
「割と、本気」
「嫌っちゃいないが、お前を恋愛対象と思って見た事は一度もないぞ?」
「いいよ。だからさ、」
 好きになってみてもいいよね? と続いた言葉に、嫌だダメだとは言えなかった。

「書き出し同一でSSを書こう企画」第1回「叶う恋なんて一つもない」に参加。
https://twitter.com/yuu0127_touken/status/739075185576267776

 
 
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腹違いの兄に欲情しています

 父に家庭があることを知らずに自分を身籠り産んだ母が亡くなったのは小学4年生の時で、父に引き取られた後の数年は地獄のような日々だった。自分で世話をする気が一切ないなら、施設にでも入れてくれたほうがきっとまだマシだっただろう。
 突然不義の子を押し付けられた継母と4歳上の腹違いの兄の冷たい態度に、小学生でも自分がその家庭での異分子である認識は出来る。父は基本、男は金さえ稼げばいいという考えだったようで、継母に丸投げな代わりに自分を庇うことも一切なかったので、継母と兄の仕打ちはあっという間にエスカレートした。
 兄の体は大きく、始めは殴る蹴るの暴力で、それが学校の先生に発覚して家庭に注意が行ってからはより陰湿なものへと変わった。簡単にいえば、性的な暴行が増えた。
 兄に好き勝手抱かれるのは、純粋に殴られ蹴られるより苦痛に感じることも多かったが、逆らうことも誰かに相談することも出来なかった。さらなる報復が怖くて、ただひたすら耐える以外の道がなかったのだ。
 父が突然の交通事故で亡くなったのは、中学2年が終わる春休み中で、もう一人の腹違いの兄に初めて会ったのは父の葬儀だった。父の最初の奥さんとの子供で、自分とはちょうど一回り違う。
 高校卒業年齢の腹違いの弟がいることは知っていたようだが、その下にもう一人いることは聞いてなかったらしい。大学受験に失敗した兄は引きこもって葬儀にもほとんど参列していなかったので、腹違いの弟として顔を合わせたのは自分が先だった。訝しげに上から下まで眺め見られた後、年齢を聞かれて答えた時の随分と驚いた様子を今もまだ覚えている。
 二度目に会った時、上の兄は弁護士同伴だった。呼ばれてリビングへ行けば、重々しい空気の中で、この家から出て俺と一緒に来ないかと言われた。
 一も二もなく頷いて連れて行ってと答えたら、継母は恩知らずだ何だと言っていたような気もするがあまり覚えていない。
 父の家庭になど興味はなかったらしいが、葬儀で最初に会った時の違和感から、大急ぎで現状を調べあげたと言った上の兄は、兄自身のだけでなく自分の分の遺産もがっちりもぎ取ってくれていた。父は稼ぎだけは良かった上に交通事故での賠償金などもあったようで、見たこともない金額の入った通帳を見せられながら、社会にでるまで預かっておくということと、生活に掛かる金はここから貰うから気兼ねなく過ごせと言われた時はみっともなく大泣きしてしまった。
 あの日、上の兄と会っていなかったら、今頃自分がどうなっていたのかわからない。上の兄は自分を救ってくれたヒーローで勇者で、母が亡くなってから初めて頼ることができる大人で、好きになる事は止めようがなかった。
 上の兄と暮らすようになって5年。兄の勧めで結局大学に進学してしまったので、社会に出るまでもう数年残されているが、最近少し辛くなっている。
 大学進学を勧められた時に久々に見た通帳の金額は、ほとんど減っていなかった。積極的に家事をしてくれてるからその分の生活費は免除してると言われて、またしても少し涙がこぼれてしまった。
 兄を好きだという気持ちが、はっきり恋愛的な意味も含むのだと認識したのは、その後少ししてからだ。この人は信頼を裏切らないという、最後の一押が通帳だったのだと思う。
 洗濯カゴから洗濯するものを選り分けながら、兄の下着を取り上げ鼻を押し付けた。大きく息を吸うと、兄の体臭と混ざった恥ずかしい臭いが鼻孔に広がり、すぐに股間ががカチカチになる。洗濯機の前で、兄の使用済み下着を使ってオナニーするという、とんだ変態行為がやめられない。
 兄の勃起ちんぽを舐めしゃぶる妄想は、やがてアナルにハメる妄想となって、最近は自分で自分の後ろの穴を弄る事も増えた。
 フェラも尻穴を使ったセックスも、下の兄に強要されていた時はあんなにも苦痛だったのに、上の兄にならされたいと思う。どんな酷いことをしてもいいから抱いて欲しいと思う気持ちと同じくらい、上の兄が自分に性的な暴力など一切行わないとわかっている。
 引き取られた初期に下の兄に暴力を振るわれていたことは、学校からの注意も入ったくらいなので、調べたといった上の兄も当然知っているが、性的虐待を受けていた事は誰にも話していないので知らないだろう。
 痛くて苦しくて辛い行為も繰り返されれば慣れるし、嫌がりながらも感じてしまうことを嘲笑うのも下の兄のお気に入りだったから、この体はその行為での快楽も知ってしまっている。
 こんな汚れた自分を知られたくなくて、けれど兄への気持ちは募るばかりで、隠れてする変態行為はエスカレート気味だ。
 どうか気づかれませんように。
 そう思いながら、兄の使用済み下着の中にたっぷりと精液を吐き出した。

 
 
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(攻)俺のことどう思ってる?/君しか知らない/見える位置に残された痕

俺のことどう思ってる?/君しか知らない/見える位置に残された痕 の攻側の話を同じお題で。

 突き上げるたびに、あっ、あっ、と溢れる吐息は甘く響いて、相変わらず随分と気持ちが良さそうだと思う。見た目や口調や振る舞いからは、真面目で堅物というイメージを抱きがちな先輩が、こんな風に男の下で蕩ける姿を、いったい何人の男が知っているんだろう?
 現在付き合っている恋人は居ないと聞いている。けれどこうして、恋人でもない自分を誘って抱かれているのだから、他にも気軽に誘って楽しむ相手がいるかもしれない。
 自分は先輩が初めての相手で、いまだ先輩以外を知らないのに。
「男ダメじゃないなら、俺で卒業してみる?」
 そう言って笑った時、先輩はかなり機嫌よく酔っていた。多分半分以上、童貞であることを揶揄われただけなんだろう。
 少しムキになった自覚はある。
 話の流れで、童貞捨てたいんすよねーなんて言ってしまったのは、先輩も童貞仲間なんだろうと勝手に思い込んでいたせいだ。真面目な先輩からは、今カノどころか元カノ関連の話が出たこともなかったから、交際未経験なんだと思っていた。
 対象が男なら今カノも元カノも話題に上らないのは仕方がないし、隠しておきたい気持ちもわかる。自分だって、男の先輩相手に童貞を捨てた事を、友人たちには隠している。
 こんな関係になった後も、一度たりとも抱かせろと言われたことはないし、童貞かどうかは結局聞けないままだけれど、あの時点で少なくとも処女ではなかった。まさかこんなエロい体をしてるなんて思っても見なかった。
「ふっ、……アァッ、そこっ……」
「センパイここ、強くされるの好きですよね」
「ん、イイ、そこっ、…ぁあ、あっ、も、……っ」
 どこが気持ちいいのか、どうすると気持ちいいのか、言葉にしてわかりやすく教えられたせいで、どこをどうすれば先輩が気持ちよくなれるのかは知っている。回数を重ねるごとに先輩はあまりあれこれ言わなくなったけれど、今はもう、先輩が漏らす吐息や短い言葉からその気持ち良さがわかるようになってしまった。
 自分なりにネットで調べてあれこれ試すこともしているが、先輩は楽しげに、俺の体で色々ためしやがってと笑う程度で、それを咎めることはしない。気持ち良ければなんでもいい。みたいなスタンスは、ありがたいようでなんだか寂しくもあった。
 自分ばかりがどんどんこの関係にのめり込んでいくのが目に見えるようで、なるべく行為に及ぶ間隔はあけるようにしているけれど、このイヤラシイ体の持ち主がその間どうしているのかを考えるのも辛い。いつ、恋人できたからこの関係はもうおしまい、と言われるかもわからないのに、恋人になってくださいなんて言って、逆に面倒だと切らえるのも怖い。
 俺のこと、どう思ってるんですか?
 聞きたいのに聞けないまま、都合の良いセフレを演じている。そんな関係への不満は少しずつたまっていた。
「そろそろイきそう?」
 良い場所をグイグイと擦れば、切羽詰まって息を乱しながらも必死に頷いている。
「ん、んっ、イ、きそ……あ、ぁぁ」
 先輩が昇りつめるのに合わせて、衝動的にその胸元に齧りついてやった。
「ぅああ、ちょっ、なに……?」
「所有印?」
「は、……なに、言って、あ、あぁっ」
 咎められそうな雰囲気を笑顔で封じながら、こちらはまだ達してないので、イッたばかりで敏感になっているその場所を、更に強めに擦りあげる。
 見下ろす先輩の胸元には赤い印がしっかりと刻まれていて、それを見ながら自分自身が昇りつめるのはいつも以上に心身ともに気持ちがよく、けれど果てた後はさすがに気まずかった。いくらなんでも痕なんて残したら怒られるに決っている。
 しかし、くったりと横たわる先輩は胸元にはっきと残っている痕に気づいていないのか、何も言わない。いつも通り、満足気な顔でうとうとと眠りかけている。
「寝ます?」
 これまたいつも通りそっと頭を撫でてやれば、ふふっと幸せそうに口元をゆるめながら、「うん」と短い応えが返った。
「鍵は新聞受けな」
「はい」
 こちらの返事にもう一度小さく頷いて、先輩はすっかり眠る体勢だ。
 あーこれ絶対痕が残っていることに気づいていない。それとも、わかっていて不問なのか?
 そうは思ったが、起こして問いただすなんて出来るはずもなく、文句を言われるにしてもこれは次回に持ち越しだ。
 衝動で付けてしまったその印を軽く指先でなぞってから、グッと拳を握りこむ。こんな目立つ場所に痕を残したことを申し訳ないと思う気持ちはあるが、後悔はあまりなかった。
 問われて咄嗟に所有印と言ったあれは本心だ。もし他の誰かにも抱かれているとしたら、その相手にこの人は俺のだと主張したいのだ。
 先輩とのこの時間を惜しむ気持ちは大きくて、終わりという言葉は怖いけれど、そろそろこの関係をはっきりさせる時期に来ているのかもしれない。先輩の穏やかな寝息を聞きながら、次回スルーで不問にしろ、咎められるにしろ、あなたが好きだと言ってみようと思った。

レイへの3つの恋のお題:俺のことどう思ってる?/君しか知らない/見える位置に残された痕
http://shindanmaker.com/125562

 
 
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