サーカス15話 オマケ3

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 温かな腕と、規則正しい寝息。起こしてしまわないように息を潜めながら、ガイはそっと、緩く上下するビリーの胸に手の平をあてた。
 優しい鼓動が、自分の手の中に刻まれていく。こんな風に、眠るビリーの腕に抱かれながら、この時間が少しでも長く続けばいいと願うのは2度目。
 初めの1回は、館から帰ってきた日だった。シャワールームで暴れて、疲れきって意識を手放してしまった後。気付いたときには、柔らかなタオルにくるまれて、ビリーのベッドに寝かされていた。
 驚いて起きあがろうとして、身体を包んでいるのはタオルだけじゃないことに気付いた。そっと抱きくるむ腕と。シャワールームでビリーが垣間見せた優しさと。胸が苦しくなって、涙が流れた。
 本当は優しい人なのかも知れない。そう思い始めたのは、きっとあの時からだ。そして、そう感じた自分の心眼は間違っていなかった。
 こんな形でなければ出会うこともなかっただろうけれど、もしも、別の形で出会えていたら……
 栓のないことばかりを考えてしまう自分に、こみ上がる笑いは涙に変わる。
 このまま朝なんて来なければいい。願っても願っても、叶わない望みだと知っているから。朝日が昇ってしまう前に、この想いは全部、涙で流してしまおうと思った。
 残すのは、幸せの記憶だけでいい。ハラハラと零れ落ちて行く涙もそのままに、ガイはビリーの胸の鼓動を一つずつ数えていた。そんな中。
「なんだ、また泣いてるのか?」
 どうした? そう柔らかに響いた声に、思わず身体を硬くする。
「嬉し泣き、や」
「嘘つきだな」
 回されていた腕にグイと力が入って、引き寄せられた先にあるのは、覗きこむビリーの瞳。
「どうして欲しい? 何が足りない? 言ってみろ」
 ガイは流れた涙を強引に拭い去ると、緩く首を振って拒否を示した。
「何も……もう、充分過ぎるほど、貰うとる」
「ならなんで、そんなに悲しそうな顔をしてるんだ」
「きっと、ビリーの、気のせいや」
 ごまかすように笑えば、ビリーは眉をしかめながら何事か呟いた。
「なんやって?」
「お前の、本当の笑顔が見たいって言ったんだ」
 無理して笑おうとするな。という言葉に、急ごしらえの笑顔の仮面は剥がれ落ちて、また涙が滲んで行くのを自覚する。
 そっと涙を拭ってくれる指先を掴んで止めた。これ以上優しくされたら、いつまでたっても涙は止まらないだろう。
「もうええよ。もうホンマに、充分やから。恋人の時間は、もう、終わりでええんや」
 ビリーがどんな表情を見せるのか、知りたくないと思った。だからムリヤリ身体を捻って背中を向ける。
「日が昇るまでは、この部屋に居らせてな。朝んなったら、すぐ、出てくし」
「ガイ……」
 呼びかけの声には、どう答えていいのかわからなくて口を閉ざした。
「ガイ」
 もう一度名前を呼ばれるのと同時に、首筋にサラリと掛かったのはビリーの髪の毛だろう。そのまま肩に押し付けられたのは、きっと、ビリーの額。
「……ビリー?」
 どうしていいかわからなくて、結局名前を呼んだ。
「お前を好きだよ、ガイ。仕事としてじゃない。本当に、好きなんだ」
「えっ……?」
「裕福な生活の保障なんてしてやれないけど、本気で、お前を連れて行きたいと思ってる。お前が、もう一度、そうしてもいいって言ってくれるなら、な」
「ホンマ、に?」
「嘘だと思うなら、こっちを向いて、自分の目で確かめたらどうだ?」
 肩から離れていく熱を追うように、ガイは身体の向きを変えた。
「もう一度聞く。俺と一緒に、このサーカスを出ないか?」
 真っ直ぐに見つめてくる視線に、揶揄いや嘘の色はない。
「連れて、って」
 頷いて、怖々と吐き出した言葉に。
「決まりだな」
 ビリーはまるで子供みたいな笑顔を見せながら、ガイを引き寄せ抱き締めた。

 


 ガルムと名づけた鹿毛の馬の背に二人でまたがり、高台から見下ろす景色。目に映るその大部分が、ビリーの手にした土地だった。その一角で、数頭の牛がのんびり草を食んでいる。
「驚いたか?」
「これが、ビリーの、夢?」
「そうだ。いずれはもっと家畜の数を増やして、この土地に見合う大牧場主になる」
 ついて来たことを後悔してるか?
 背中に掛かる声に、ガイは思い切り首を横に振る。
「後悔なんて、する暇ないほど、これから忙しくなるんやろ?」
「そうだな。お前にも、これからは色々手伝って貰うからな」
「まかしとき!」
「よし、じゃあ、行くか」
 掛け声と共に、ビリーはガルムを走らせる。晴れ渡る青空の下、楽しげに弾む声が響いた。

< 終 >

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サーカス14話 オマケ2

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「ビリーに、どうしても、渡さなならんもんがあんのや」
 走ったせいで息を切らしつつも、なんとかそう吐き出したガイは、部屋のドアを開けたビリーを見上げた。
「ガイ!? お前、自宅に帰ったんじゃなかったのか?」
「ワイ、帰る家、あれへんもん」
「じゃあ、今までどこに……まぁいい、とにかく入れ」
 まさかビリーも、ガイがオーナーの元に居続けるとは思っていなかったのだろう。セージを頼らなかったので、ガイは実家に帰ったのだと思っていたらしい。
 ガイは自分の生い立ちと、オーナーとの契約を簡単に話し、ビリーの目の前にケースを差し出す。
「受け取れるか、バカ」
 けれどビリーは、眉をしかめてそう吐き出した。
「えっ……」
 口調はさしてきつくなかったが、それでもやはり、ガイにとってはショック以外の何物でもない。
「そういうつもりで払った金じゃない。だいたい、人に身体をどうこうされるような生活を続けるのが嫌だって言ったのは、お前だろう。それを、結局、オーナーとの専属契約だって?」
「仕事やもん。ペットとはちゃうし」
「ああ、そうだな。要するにお前も、金のためならなんでもやるタイプの人間なんだろ」
「そんなんとちゃう!」
 お金のためじゃない。ビリーのためだ。自分が生きて行くためだけなら、こんな仕事を選んだりしない。
「別に、非難してるわけじゃない。お前がどんな仕事を選ぼうと、俺の知ったこっちゃないしな。ただ、その金を受け取る理由もないってだけだ」
 理由ならある。「結構気にいってた」と言って貰えたことも、自分のためにせっかくの報酬を使ってくれたことも。自分だけが彼を好きになっていたのではないのだと。一緒に過ごした日々が、ビリーにとっても多少は意味のあるものだったのだと。そう思える事が、酷く嬉しかったのだ。
 それに、オーナーがこんな破格で自分との時間を買ってくれたのは、身を売る理由に、ビリーへ返金したいからと告げたせいだろう。けれど、不機嫌そうな表情を見せるビリーを目の前にして、それらの理由を上手く言葉に乗せることができない。
「せやけど、この金でやりたいこと、あったんやろ?」
 ビリーに、なにやら多額の資金が必要な夢があるらしいという話は、いつだったかセージがチラリと教えてくれた。
「金は必要だが、それは俺が自分でなんとかするものであって、お前に責任を感じて貰う必要なんてない。もし、俺がお前を自由にしたことに対して何かがしたいと思ってるなら、その金を元にして、身体なんて売らずに済むような生活を始めてくれたほうがありがたい」
 何のためにお前を自由にしたのかわからなくなるからな。
 そう続いた言葉は、溜め息混じりだった。ガイはキュッと唇を噛んで、ビリーのことを睨み付ける。そうしなければ、涙がこぼれてしまいそうだった。
「ビリーがこれを受け取ってくれるんやったら、もう、二度と身体売るような仕事せんて、約束してもええ」
 元々そのつもりだったから、尚更、ビリーにはこのケースの中身を受け取って貰わなければやりきれない。
「お前みたいな子供が普通に仕事して、どれだけの収入になると思ってんだ? その金は追々必要になるから取って置けよ」
「食べて、生きて行くくらいは、なんとかなるやろ。オーナーが、ワイが望むんやったら次の仕事も世話してくれる言うてん。ちゃんと、身体売らんで済むような仕事、紹介して貰うし」
 本当に、そんな仕事を紹介して貰えるかはわからないけれど、オーナーが後ろ盾になってくれるのだと説明すれば、ビリーも納得してくれるかと思った。というよりも、ビリーを説得するために必死だったのだ。
 けれどビリーはやはり、首を縦には振らなかった。きっと、このままでは、どこまでもこの話は平行線を辿ってしまう。
「ほな、ビリーんこと買わせてや」
 最後の賭けのつもりで、ガイは震えそうになる声を押さえて吐き出した。
「なんだって?」
「ワイが、ワイの稼いだ金で、何を欲しがろうと構わんやろ?」
「俺を、その金で買おうって? 本気で言ってんのか、ガイ」
「本気や。金のためなら、どんな仕事でもするんはビリーの方やろ。この金で一晩。て言うたら、いくらビリーでも、頷きたくなるんちゃう?」
 強気で。何が何でもビリーにこのお金を受け取らせるつもりなのだと、譲る気なんかないという気持ちを、瞳に込めて睨み付ける。
 見つめ返すビリーの瞳が、揺れた。
「それは、お前に散々色々仕込んだ俺への復讐なのか? お前のその小さな身体で、俺を抱くつもりだとでも?」
 ほとほと困り果てた口調のビリーに、さすがのガイも苦笑を零す。
「抱かせて欲しいとは言うてへんよ」
「今更、お前を抱くことで、お前から金を貰えるわけがないだろ」
「せやから、今までとはちゃう風に、抱いてや」
 立ち上がったガイは、ビリーの傍らへと移動した。困惑の瞳に臆する気持ちを隠して、腕を伸ばして抱きついて。その肩口に額を乗せる。
「今夜一晩だけ、ビリーの恋人に、なりたい」
 願った。頷いてくれることを必死で願いながら、ガイはビリーの答えを待った。


 自分を見つめる、柔らかな微笑みも。
 好きだと囁き心震わせるその声も。
 優しく肌を辿る指先も。初めて服越しではなく触れた肩も、腕も、胸も、背中も。
 全部全部、覚えておこうと思う。
「ワイも、好き。ビリーが好きや」
 掛けられる言葉は買った物でも、自分が返す言葉は本物。
 一度声に出してしまえば、堰を切ったように後から後から溢れだしてくる。ずっと言えなかった気持ちを、全部、吐き出してしまいたかった。
 それでも。さすがに、未来を望む言葉は口に出せない。
「このまま……」
 ずっと、ビリーと一つに繋がっていられたらいい。
 ずっと、ビリーの傍にいられたらいい。
 言えない代わりに微笑んで見せた。
「もう少し、このまま、居って。まだ、終わりにせんといて、な」
「ああ。ずっとこのまま抱き合っていたいな」
 ズルイズルイズルイ。
 自分が怖くて告げられない言葉を、平気で口にするビリーに胸が痛かった。彼にとっては、これも仕事の一部だから。だから、簡単に言えてしまうんだとわかっていたから。だけど自分は、笑うしか出来ないのだ。
「ほな、そうして。ワイのこと、離さんといて……」
 笑って。なんでもない事のように、本音を混ぜた一晩限りの夢を語って。
「後悔、するかもしれないぞ?」
「せぇへんよ。ビリーと居れるだけで、幸せや」
「そんなこと言ってると、本気で連れてくからな」
 ビリーの笑顔が、ぼやけて霞む。
「ええよ。ワイも、連れてって……」
 なんて言葉は、明日の朝には無効になってしまうのに。それでも、嬉しくて嬉しくて。悲しい。
「泣くな」
「嬉し泣きやもん」
 強がって笑うほど、涙は止まらず流れ落ちていく。
「なに可愛いこと言ってんだか」
 クスクスと楽しげに笑いながら、涙を拭ってくれる指先。軽い音を立てながら、顔中に降るキスの雨。
 この幸せな時間を、忘れてしまわないように。ガイは一つ一つ大切に、胸の奥にしまっていった。

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サーカス13話 オマケ1

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「引き止めなくて、良かったわけ?」
 閉じてしまったドアを呆然と見つめ続けるガイに、オーナーはやれやれと言った調子で話しかけた。ピクリと肩を震わせて、ガイはようやくオーナーへと視線を移動する。
「というより、自由になった君はこの後どうやって生きて行くのかな?」
 ビリーは知らなかったようだが、オーナーは当然、ガイの両親がすでに他界していることを知っている。頼れる親戚もなく、多額の借金だけが幼いガイに残されたのだ。
 ある意味、最初にガイを救ってくれたのはこの目の前のオーナーだ。ここへと連れて来られたばかりのころは、それすら理解できていなかったけれど。
 今では、このオーナーの大切な友人を傷つけたことを申し訳なく思っていたし、ビリーの元でのイロイロが、その傷の代償だったのだとも思っている。そして、そんな罰を科した目の前の人物に、多少は感謝もしている。何より、自分を託す相手に彼を選んでくれたことがありがたい。
 身体と心を作りかえられる恐怖にさえ打ち勝てば、ビリーとの生活はそんなに辛いものではなかったからだ。
 最初は素っ気無い態度と冷たい視線が怖かったが、彼は彼の立場を維持するために、本来持っている優しさを隠しているのだと、途中で気付いてしまった。そしてそれに気付いてしまった後は、彼との生活の終わりが、一日でも遠ければいいと願うようにすらなっていた。
 それくらい、いつの間にかビリーのことを好きになってしまった自分を、ガイはしっかりと自覚している。
 考える時間だけはたくさんあったし、セージからの本やビリー自身が贈ってくれた辞書は、そんな自分の思考を色々と助けてくれた。
 性のペットだなんて言いながらも、そういった物を惜しみなく与えてくれたビリーに。せっかくの仕事の報酬を、自分のために投げ出してしまったビリーに。自分はまだ何も返せていないと、ガイは悔しさに似た気持ちで思う。
「ワイを、ここで、働かせて貰えんやろか……」
「いいけど、君が出来るような事って言ったら、その身体を使った奉仕くらいだろう? せっかくビリーが大金払って自由にしてくれたのに、君はそれでいいのかい?」
 ビリーが言っていたように、取り敢えずはセージを頼ってみる方がいいのではないかと言うオーナーの薦めに、けれどガイは首を横に振った。
「飼われるのと、仕事は、ちゃう。ビリーにその金返すためやったら、なんでもするで」
「それをビリーが喜ぶかは別問題、と思うけど。まぁ、原因の一端を担ってる立場として、君の事は僕が買うことにするよ」
「オーナーが、ワイを?」
「君がこれだけの金額を稼ぐまでの専属契約。そうだね、1ヶ月でどうかな。1ヶ月、君は僕の求めに逆らわず奉仕する」
「たった、1ヶ月……?」
 ビリーが残して行った机の上のケースには、ガイが目にしたことのない程の紙幣が詰まっている。何年掛かっても返すつもりの覚悟を決めて、身体を使った仕事を選んだガイにとって、その数字はあまりにも短いように思えた。
「君は僕を嫌ってるかもしれないけど、だからこそ、そんな君が僕にかしずき奉仕する姿には価値がありそうだ。もちろん期間中の衣食住はこちらが用意するし、そんなに悪い条件でもないと思うけど、どうする?」
 どうするもなにも、こんなにも条件の良い仕事を断る理由などあるはずがない。即座に了承の意思を告げたガイは、オーナーへ向かって頭を下げた。

 
 飽きた。とオーナーが言い出したのは、ガイとの専属契約を結んだ日から半月足らずのことだった。
「だってガイ、君ってば本当になんでもするし、させるからね。もうちょっと、嫌がるなり辛そうな顔を見せるなり、前みたいに睨みつけてくるなりするかと思ってたのに」
「仕事やからです。それに、そういう風に、ビリーにワイを変えさせたん、オーナーやないですか」
 実の所、忙しいオーナーがガイとの行為に時間を裂くこと自体が少なかったので、ほんの数回しかガイは相手をしていない。だから尚更、ガイも躍起になってオーナーの要望に応え続けてきたのだが、それが原因で飽きたと言われても困ってしまう。
 オーナー以外に、こんな好条件でガイを買おうという人間はいないだろう。なるべく早く、ビリーにお金を届けたいガイとしては、できれば契約期間の最後まで仕事を続けさせて欲しかった。
「それは、そうだけど。一つ聞いてもいいかな、ガイ」
「なんですか?」
「君、僕の事、怨んでる?」
「……あの人のこと、傷つけてしもうたんは、ワイが悪かったと思うてます。せやから、怨んでるてのとはちゃうと思います」
「君から、謝罪の言葉を聞く日がくるとは思わなかったな」
 驚きと困惑の混じる微笑を見せるオーナーに、ガイはどこか楽しげな笑顔を返しながら。
「ホンマは、感謝してんねん。ビリーを選んだん、オーナーやろ?」
 親しみを感じさせる、少し砕けた口調で吐き出されたセリフに、オーナーは大仰に肩を竦めて見せる。
「まったく。ビリーやセージが君に入れ込む気持ちが少しだけわかった気がするよ」
 おいでと言いながら椅子から立ち上がったオーナーに続いて、ガイも座っていた椅子から立ち上がる。
「ここに。僕の目の前まで、おいで」
 指示された通りに目の前まで移動すれば、今度は両手を差し出すようにと言われた。
「君との契約はこれでおしまい。もちろん契約通りの報酬を払うし、後半月はここに住んでて構わない。次の仕事も、君が望むなら出来る限り世話するよ」
 両手の上にズシリと乗せられたそれは、ビリーがあの日受け取る事のなかったケースだった。中身も当然、あの日のままなのだろう。
 ガイは言葉もなく、目の前のオーナーをただただ見つめてしまった。
「僕の気が変わらないうちに、ビリーの所へそれを持っていったら?」
 苦笑されて、ようやく。ガイは渡されたケースを一旦床へ降ろすと、オーナーへ向かって両手を伸ばし抱きつき、腹へと頭を擦り付ける。
「どういうつもり?」
 抱き返される腕はなく、困惑の声だけがガイに落ちる。
「おおきに。ホンマ、感謝しとる」
「いいよ。君にそんなこと言われても、却って気味悪い」
 ポンと頭の上に乗せられた手に促されて顔をあげれば、スッと降りてきた唇が、軽くガイの唇を塞いだ。
「契約外だけど、これくらいなら構わないだろ?」
 ニコリと笑うオーナーに、ガイも黙って頷いて見せる。
「ほら、もう行きな。本当に気が変わったら、困るだろう?」
 床に置いたケースを取り上げて、再度ガイの手にそれを握らせたオーナーは、ガイの体の向きをクルリと変えて背中を押し出した。

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サーカス12話 ガイの意思を聞く

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「お前はどうしたいんだ、ガイ」
 ビリーの言葉が自分に向かうとは思っていなかったのだろう。ガイは驚きで目を見張る。
「ワイ……?」
「そうだ。お前がもし、こんな生活から抜け出したいって言うなら、買ってやってもいい」
「正気で言うてん?」
「冗談で言うか。俺にはお前を性欲処理のペットとして飼い続けようなんて趣味はないが、お前のことはこれでも結構気に入ってんだよ。だから、お前が望むなら、それくらいしてやってもいい」
 探るようなガイの視線を、ビリーは真っ直ぐに受け止めた。
「どうする?」
「……抜け出し、たい」
「わかった。というわけで、商談に入りましょうか、オーナー」
 結局、今回の報酬のほとんどを手放すことになりながらも、ビリーはオーナーからガイを買い取った。
「じゃあ、商談成立で。ガイはもう、君のものだよビリー」
「というわけだ、ガイ。自宅に帰るなり、セージの所へ行くなり、好きにするといい」
「「えっ?」」
 オーナーとガイの、驚きの声が重なる。
「ちょっと待ちなよ、ビリー。君、ガイを自由にするために、あれだけの金額を僕に支払ったって言う気かい?」
「さすがに、面倒見てやれるほどの金銭的余裕はないんで」
 それに、ガイだって、散々な扱いを受けたビリーの元では、今更お前は自由だと言った所で気を使うだろう。待ち受けていたはずの、性の奴隷としての日々から開放してやれただけで、ビリーは充分に満足だった。
 自分ではガイを幸せになんてしてやれないけれど、親元に帰るなり、セージを頼るなりすれば、きっと躊躇うことなく笑えるようになるだろう。
 そう考えれば、入るはずだった報酬を諦めることすら、容易いことに思えた。
「では、俺は部屋に戻ります」
「ビリー!」
 オーナーへと頭を下げるビリーを、ガイの声が呼ぶ。振り返った先にあるのは、戸惑いの表情だった。
「なんて顔してんだよ。自由にしてやったんだ。最後くらい、笑えよ」
「あっ……」
 ガイは困ったように言葉を詰まらせる。
「なんてな。俺に向かって笑う必要なんてないから、自分のために笑って生きな」
 じゃあな。という言葉と柔らかな笑顔を最後に、ビリーはガイから視線を外して歩き出した。
 再度呼び止める声はない。

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サーカス11話 提案

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 タイミングを合わせ、3人がほぼ同時に達せたことで、オーナーは随分機嫌が良いようだった。
 ぐったりと崩れてしまったガイをソファへ横たえるようにとビリーへ指示を出した後、机の上のベルを2度鳴らす。運ばれてきたケースの中には、ビリーへ支払われる予定の紙幣が詰まっていた。
「これが約束した君への報酬なんだけどね」
 ガイをソファへ置いて戻ってきたビリーが机の前に立つのを待って、オーナーはそう切り出した。
「何か、問題でも?」
 その語尾に含まれた何かを感じ取って、ビリーが尋ね返す。
「うん。ちょっとした提案をしてみようかと思って」
「提案、ですか?」
「そう。どうやらガイも随分君に懐いたみたいだし、このまま彼を、君のモノにする気はないかな、と思って」
 オーナーのセリフを脳内で繰り返したビリーは、意味を理解して呆れたように溜め息を一つ吐き出した。
「最初から、そのつもりだったんですか?」
「ん? それはないよ。まぁ元々、ずっと僕の側に置くつもりで君に依頼したわけでもないけど」
「断ったら、どうされるんですか?」
「手駒として働いて貰ってもいいけど、ここまでしっかり躾けられてたら、やっぱりそっち方面に売りつけるかな」
 きっと高値で売れるしね。と続けるオーナーに、ビリーはどう返事を返すか迷って、ソファに横たわるガイへ視線を向ける。
 疲れきってるとはいえ、気を失っているわけではない。二人の会話をしっかりと理解している瞳で、ガイはビリーを見つめていた。

>> 断る

>> 了承する

>> ガイの意思を聞く

 

 

 

 

 

 

 

 
<断る>

 ガイの視線を振り切って、ビリーはオーナーに向き直った。
「申し訳ありませんが、こちらにも予定がありますので」
「そうだね。じゃあこれは、退職金代わりに」
 言いながら、更に机の引き出しから取り出した紙幣の束を重ねる。
「君が居なくなるのは、こちらとしても痛手だけどしょうがない。夢を叶えられるように、祈っておくよ」
「ありがとうございます」
 一礼して、ビリーは報酬の入ったケースを手にオーナーの部屋を後にした。
 部屋を出る間際、どうしても気になってチラリと視線を送った先。
 行かないで。
 そう訴えていたガイの瞳が、いつまでもビリーの胸の奥に小さな傷として残ってしまったが、それでも。自分の夢を手に入れるために選んだ道を、後悔することはなかった。

< 一人で去るエンド 2 >

>> 番外編を読む

 

 

 

 

 

 

 

 

 
<了承する>

 ビリーはもう一度溜め息を吐き出して、オーナーに向き直った。
「それで、一体幾らで売りつける気ですか?」
「そうだね、きっと、本気で売りに出したらもっと高値がつくと思うけど」
 そう前置いてから提示された金額は、ビリーが報酬として受け取る予定の金額とほぼ同額だった。それでももう、ビリーの気持ちは決まっていた。
「わかりました」
「肝心な所で、意外と甘いね、ビリー」
 可笑しそうに、オーナーは声を立てて笑う。
「そう仕向けてるのは貴方じゃないですか」
「わかってて乗ってくれる君が好きだよ。ガイのこと、よろしく」
「もし俺が、ステージに立てるようにコイツに芸を仕込むって言ったら、どうします?」
「いいよ。使い物になるようなら、歓迎する。まぁ、そのまま客でも取らせたほうがよっぽど稼ぐと思うけどね」
 もう下がっていいというように軽く手を振ったオーナーに、ビリーは一礼するとソファで待つガイへと向かった。
「ホンマに、ええの?」
「何が?」
「あの金で、やりたいこと、あったんやろ?」
「その分、今後はお前にも稼いで貰うさ」
「館、で?」
「お前がそうしたいなら止めないがな。聞いてたろ? お前さえその気なら、ステージに立てるように育ててやるよ」
 困ったような笑顔を見せるガイの瞳に、ウルリと涙が滲んでいく。
「何泣いてんだ」
「せやけど……」
「とにかく、まずは一旦俺の部屋に帰るぞ」
 頷くガイを抱き上げたビリーは、そんな二人を楽しげに見守っていたオーナーに再度頭を下げて、オーナールームを後にした。

 

 

「なぁ、次はワイ、一人で投げてもええ?」
「ああ、落とすなよ。ほら、腕の位置が低い」
 ガイを抱き込むようにしながら、ビリーはその腕を取り持ち上げる。
 ビリーの予想通り、ガイは意欲的に次々と色々なことを吸収して行った。ようやく子供らしい笑顔を見せるようになったガイが、ビリーと一緒にサーカスの舞台へ立つ日も近いかもしれない。

< ビリーエンド >

 
 
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サーカス10話 調教終了

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「もう、お前に教えることはないな」
 そう言ったビリーに、ガイは悲しそうに笑って見せた。
「ほな、ビリーはお役ゴメンてことやな。ワイは今後、どうなるんや?」
 ガイが、自分の立場やビリーがガイをペットとして飼ってやると言ったそれが仕事であることを、理解しているらしいのはビリーもわかっている。増えた会話の中、時折予想もしない単語が飛び出て来るのは、相変わらず愛読している辞書のせいだろう。
「お前の今後は、オーナーが決める」
「そう、やろな」
 複雑な表情で深く息を吐き出したガイが、何を考えているのか、ビリーは知る由もない。ガイとオーナーとの間に何があるのか、はっきりとしたことは何も知らされていなかったし、知る必要もないと思っていた。
 ビリーの知っていることと言えば、前にチラリと、借金の形として連れられてきたという話をセージから聞いた程度だ。
「もし、オーナーの前では大人しく言うこと聞いたりせんよ。て言うたら、どないする?」
「なんだそれは、俺への挑戦か?」
「そういうわけと、ちゃうけど……」
「オーナーの前でもちゃんと躾られた通りにイイコにしてみせます。って、誓わせてやろうか?」
「心配せんでも、今更オーナー相手に逆らったりせんわ」
 どんな方法で誓わせるかを告げたりはしなかったが、ガイは小さく笑って首を振った。

 
 部屋を移動してからずっとガイの首に付けられていた首輪に、鎖が繋がれたのはその日が初めてだった。鎖の先にあるのは壁ではなくビリーの手。
 大きなドアを1枚くぐった先で、ビリーは鎖を手にしたまま、ガイに服を脱ぐようにと指示した。目の前にあるドアの先、待っているのはオーナーだ。ビリーの前で裸体を晒すことには慣れたガイも、さすがに緊張を隠せない。
「いいか?」
 堅い表情で頷き返すガイに、ビリーは目の前のドアをノックした。開かれたドアの先へ踏み出せば、正面の机に向かうオーナーが二人を迎えた。
「お疲れ様、ビリー。そして、久しぶりだね、ガイ」
 ビリーは軽く頭を下げたが、ガイはそのままオーナーへと真っ直ぐ視線を投げる。
「おやおや。挨拶も出来ないほどに嫌われてるのかな?」
 ニコリと笑ってみせるそれは、ガイへの催促だ。キュッと唇を噛み締めたガイは、小さく息を吸い込んで、ようやく口を開いた。
「お久しぶりです」
「うん、大分イイコになったねガイ。それじゃあさっそく、ビリーから教わったことを披露して貰おうか」
 ビリー。と名前を呼ばれたビリーは、黙ってガイの首に繋いだ鎖を取り外す。チラリと窺うガイの瞳には頷いてやってから、その背をオーナーに向けて押し出した。
 豪奢な椅子に腰掛けるオーナーの前まで進み出たガイは、まずはその足元に跪く。
「御奉仕させて頂きます」
「もう一度。ちゃんと顔を見せて言わないとダメだろう? 君の態度が全て、ビリーの仕事の評価に繋がるんだよ?」
 ハッと顔をあげたガイに、オーナーは笑みを深くした。
 わかったねと再度オーナーが促せば、今度はオーナーの顔を見つめたまま、ガイはもう一度始めるための口上を述べる。
「そう、それでいい。さぁ、続けて」
「はい」
 自分の態度が全てビリーの評価に繋がる。
 予想はしていたが、実際に言葉にして告げられると逆らいきれない拘束感があるとガイは思う。
 身体の自由を奪われるよりも、言葉によって縛られるほうが苦手だったが、そんなことを思っても仕方がない。
 ガイはビリーに教えられた通りに、オーナーのモノに唇を寄せた。慣れ親しんだ行為に懸命に挑むガイに、オーナーもすぐに興奮を示し勃ち上がる。
 机の影に隠れてガイの姿がはっきりとは見えていないビリーの耳にも、濡れた淫猥な音が届いた。
「このまま口でイきますか? それとも、乗ってしまってもよろしいですか?」
 一旦顔を上げたガイの吐き出すセリフに、ビリーは内心の驚きを隠せない。
 求められたことに拒否を示さず従うこと。という点はかなり徹底して教え込んできたが、返事のし方や自ら問い掛ける術などに関しては、ほとんどガイまかせだった。
 言葉の訛りも、矯正しようとしたことなど一度もない。というよりも、独特のイントネーションで紡ぎ出される言葉を、ビリーは結構気にいっていたのだ。
 そのガイが、オーナー相手にあそこまでの対応を見せるなどとは、ビリーは欠片も予測できていなかった。
「なら、乗って貰おうかな」
「はい。では、身体を慣らすのに少しだけお時間を頂きます」
「ああそうだね。じゃあ、せっかくだから、僕にも良く見えるようにして慣らしてくれる?」
「はい」
「随分簡単に頷くね。さすがビリー仕込みってとこかな」
 オーナーは入り口付近で佇むビリーに笑顔を向ける。
「ありがとうございます」
 返答に困りながらも、ビリーは辛うじてそう返した。そんなビリーに構うことなく、オーナーはガイへと向きなおった。
「どうしようか。このデスクの上にでも乗って貰ったほうが見やすいかな」
「机の上、ですか……?」
「嫌?」
「……いいえ」
「決まりだね」
 ヒョイとガイを抱き上げたオーナーは、広々とした机の上にガイを乗せる。
「良く見えるように、足はしっかり開いて」
「はい」
 言われるままに、ガイは机の上で立てた膝を開き秘所を晒した。
「ああ、既に大分慣らしてあるんだね。濡れてヒクついてるけど、ビリーに、ここで感じられるようにして貰った?」
 オーナーの前で、一からゆっくりと慣らすような真似はさすがにしない。既にたっぷりと塗り込めてあるローションの助けを借りて、伸ばされたオーナーの指がすんなりと一本埋め込まれた。
「あっ……」
「さすがに随分柔らかいね」
「んんっ」
 確かめるように中を探る指に、ガイの声が艶を帯びる。
「ちょっとつまらないけど、仕方ないか。ほら、さっきその口で咥えたモノが入るくらいに広げて見せてくれるんだろう?」
「はっ……はい……」
 抜け出た指の代わりに、ガイは自分の指先をあてがい、その場所を広げていく。
 ビリーのものとは違う、楽しげに観察するようなオーナーの瞳。逃れるように瞳を閉じて、ガイはオーナーを受け入れるための準備に没頭して行った。
「はぁ……ぁん、んっ」
 荒く弾み始める息と時折ガイの零す声に、オーナーは楽しげな表情を崩さないままで、目の前のガイと少し離れた場所に立ったまま無表情に二人を眺めているビリーとを観察する。けれどその時間は長くは続かない。
「準備、終わりました」
「うん。なら、まずはそこから降りてくれる?」
 指示通りに机から降りたガイの腰を抱きよせたオーナーは、クルリとその向きを変える。
「せっかくだし、ビリーに見てて貰いなよ」
「あっあああっ……!」
 言うなり押し入ってきたオーナーに、押さえることを忘れたガイの声が響く。
「あっ、あっ、ああん」
 なんとか机の端を掴んだガイはそれに縋って、思いのほか激しいオーナーの動きにただ翻弄されるだけだった。
「本当に、ここで感じられるほどになったんだね。でもちょっと、煩いかな」
 休むことなくガイを責めながら、オーナーはビリーの名前を呼んだ。
「ねぇ、ビリー」
 呼びかけの声に、ガイの身体も小さく反応を示す。キュッと締め付けてくるそれに、オーナーは満足そうに更にガイを揺する。
「はぁあっ……うっぅん」
「ちょっとガイの口、塞いでくれない?」
「えっ……」
 既に、終わるまでは退室できないのだと思っていたビリーだったが、さすがに、自分も加われと言われるとは思っていなかった。
「それは、どういう……」
「わからない? ってことはないと思うけど。ガイの前の口が寂しがって啼いてるからね、君ので満たしてあげてよ。見てるだけってのもつまらないだろ?」
 つまらない。なんてことは欠片ほども思っていなかったが、オーナーの言葉には逆らいがたいものがある。ビリーは二人へ向かって一歩を踏み出した。
「ほら、ガイ。ビリーも気持ち良くしてあげな」
 動きを緩めてそう促せば、ガイは荒い息を吐き出しながらもビリーのフロントへと手を伸ばす。小さく震える手を取って、ビリーはほぼ自分の手で前をくつろげ、ガイの口元近くへソレを差し出した。
「んっ……むぅ~っ!」
「噛まないように気をつけなよ、ガイ」
 口に含んだ途端に再度激しく責められて、ガイは慌ててビリーの腰に縋る。
「無理しなくていい。そのまま口だけ開けておけ」
 それでもなお、舌を絡めようと頑張るガイを、ビリーは柔らかに制止した。
「意外と優しいんだ」
「噛まれたら困るので」
 ニコリと笑うオーナーに、ビリーも平然と笑い返す。
「それにしても、良くここまであのガイを躾けたね」
「仕事、でしたから」
「うん。それでも、かなり驚いてる」
 随分好かれたもんだ。と続いたセリフに、ビリーは思わず眉を寄せた。
「そんなに熱心に咥えてもらってる割に、意外そうな表情だね」
 頭上で交わされる二人の会話を理解できるほどの余裕がガイにはない。ただひたすら快楽の波を耐えながら、ビリーのモノに歯を立ててしまわないようにと必死で口を開き続ける。
「これは、そう躾けたから、ですよ」
「そう? 僕への時とは明らかにガイの表情が違うんだけど。と言っても、君には見えてなかったか」
「……からかってますね?」
 それへは否定も肯定も示さず、オーナーはただ笑って見せるだけだった。

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