夜の橋/髪を撫でる/ゲーム

 家の比較的近くに、一応観光場所として名を連ねる大きな橋がある。
 観光地とは言っても、さして有名ではないその場所に、観光に来ている人なんてほとんどいない。地元民だって歩いてそこを渡ろうという人間はほとんど居ないし、それどころか時間帯によっては車通りでさえまばらな田舎だ。
 土曜の夜、その橋の中央で。というのが待ち合わせの場所だった。
 昔、とあるゲームの中で知り合ったその人と、直接会うのは初めてになる。
 初めて彼と出会ったゲームはすでにサービスを終了しているが、別の似たようなゲームの中で再開してから、ぐっとその人との距離は縮んだと思う。ゲーム内の問題に限らず、リアルの相談にも色々と乗ってもらっていたから、こちらの状況はかなり彼に知られている。
 その彼が、ネット越しに付き合ってみないかと持ちかけてきたのは、大学入試が終わって希望大学への合格を報告した時だった。付き合うというのはもちろん恋愛的な意味でのことだ。
 自分の恋愛対象が同性だということは、もうずっと前に知られている。親友への恋心やどうしようもない自分の性癖への悩みを、彼に吐露し続けた時期があったからだ。彼自身、女性がダメということはないけれど、どちらかというと男性の方が好きだと言っていたからでもある。
 リアルでの距離はあるものの、自分の身近で、同性に惹かれるという性癖を持つ人を彼以外知らない。狭い世界しか知らない子供にとって、当時の彼は唯一の救いだった。
 けれど、その彼の恋愛対象に、自分が入るということは考えたこともなかった。彼は自分よりも一回り近く大人で、ずっと可愛がって貰ってはいるものの、それはやはり子供扱いでしかない。そして自分にとっても、彼は頼りになる兄のような存在だった。
 もしも彼を恋愛対象にしていたら、あんなに自分を曝け出しての相談なんて、きっと出来なかっただろうと思う。
 だから、おめでとうの後にもう言っても良いよねと前置いて、ずっと前から好きだったと言われた時は心底驚いた。驚き反応できずに居る自分に、大人になるのを待っていたとも、君の望みを叶えてあげるとも彼は続けた。
 画面越しの言葉に、体の熱が上がっていくのを自覚する。
 最後の言葉が決め手になって、直接会ったことのない彼の申し出を受け入れたのは、まだ1週間ほど前のことだ。嬉しいよと言った彼の行動は早かった。
 とりあえずは観光地ということで、一応近くに建っているホテルに、さっそく宿をとったとのことだ。午前中に外せない用事があるそうで、到着が夜になってしまうことを謝られたが、遠方からわざわざ来てくれるというだけでもかなり驚いていて、到着時間など些細な問題でしかなかった。
 泊まれるかという問いに大丈夫と即答すれば、画面の向こうで相手が笑う気配がした。少しは警戒しなさいと怒られたけれど、さすがにそれはちょっと理不尽だなと思う。
 会ったことのない相手でも信頼しきっていたし、恋愛的な意味を置いても、ずっと彼に会ってみたいと思っていたのだ。
 もう随分と長い付き合いになるけれど、子供だった自分には、遠方の都会で行われるオフ会やらに参加出来たことは一度もない。だからリアルの彼については人伝に聞くばかりだったけれど、そこからも彼の人としての魅力は伝わってきていた。
 もちろん、恋人としてお付き合いを開始した相手と、一つ同じ部屋に泊まることの意味がわからないほど、子供なわけでもない。そう言ったら、まずは会うだけでも構わないんだよと返されてしまった。
 そういうものなのかと納得する気持ちや、彼の気遣いをありがたく思う気持ちもある。けれどせっかく会えるのに、それだけでお終いだなんてと残念に思う気持ちも大きかった。
 だから、恋人になろうってのに会っていきなりはどうかと思ってたけど、そのつもりがあるなら、と言って出された指示にも従う旨を返した。そう返すだけで、ドキドキが加速していく。
 今も、人通りも車通りもなく静かな橋の上で、ずっとドキドキしっぱなしだった。
 やがて橋の入口に人影が見えて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。地元民が散歩という可能性もないわけではないから、あまり不審な態度にならないようにしつつも、やはり緊張しつつその姿を目で追ってしまう。
 小柄で童顔でとてもじゃないが歳相応には見えないとは聞いていたが、それが確かなら多分彼本人だろう。
「こんばんは」
 近づいてきた男は、そう挨拶した後で、ハンドルネームを呼んで柔らかに笑って見せた。長いこと使っているハンドルネームだから、字面は馴染んでいるが、音で呼ばれるのは初めてに近く、それだけでなんだか照れくさい。
「ごめんね。思ったよりホテルから距離があって遅くなっちゃった」
「歩いて、来たんですね」
「この距離がわかってたら車でも良かったかな。でも、やっぱり君と歩いて戻りたいじゃない?」
 ずっと待ってて寒くない? と言いながら手を取られて、ギュッと握られる。彼の手は驚くほど熱かったが、こちらの驚きに気付いた様子で、ホッカイロ握ってたんだよという種明かしが続いた。
「寒く、ない、です」
「本当に? 随分手が冷えてるけど、じゃあこれは緊張かな?」
「はい」
「初めましてだもんね。実際会ってみて、どう?」
「どう、……って?」
「俺にエッチなこと、されても平気?」
「そんなの……そっちこそ、俺相手に、そういうことしたいって、思えるんですか?」
「うん。想像以上に魅力的」
 可愛いよと言いながら、頭に伸びてきた手がそっと髪を撫でていく。
「部活で鍛えた筋肉を見せてもらうのも、楽しみにして来たんだよ」
 見せてくれるよねと言われて頷けば、嬉しそうに笑った後で、じゃあチャックおろしてと返されさすがに戸惑う。なぜなら、コートの下は裸でという指示に従って、チャックを下ろした中は何も着ていないからだ。
「こ、ここで?」
「そうだよ。ちゃんと言われたとおりに出来てるか、ここで見せて」
「でも、」
「露出の趣味はないんだっけ。でもイヤラシイ命令はされたいんだよね?」
「そ、です。けど……」
「うーん……まぁ、初めましてじゃハードル高いか。じゃあ後3分あげる。3分でチャック下ろせたら後でご褒美。無理だったらお仕置きね」
 その言葉に体の熱が急速に上がっていき、その興奮を指摘されつつ、再度本当に可愛いという言葉と共に頭を撫でられた。
 
  
有坂レイさんは、「夜の橋」で登場人物が「髪を撫でる」、「ゲーム」という単語を使ったお話を考えて下さい。shindanmaker.com/28927
 
 
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雄っぱいでもイケる気になる自称ノンケ2(終)

1話戻る→

 訪れた部屋の中は筋トレグッズと思しきものがアチコチに置かれていた。なんとなくイメージ通りの部屋と言えないこともない。あのムキムキした筋肉は彼の努力の賜物だ。
 しかし、喜々としてそれらのグッズ説明が始まってしまったのは、正直苦痛でしかなかった。だって筋トレになんてまるで興味が無い。
 なのにあまりに楽しそうに語る顔がなんだか可愛くて、結局遮れずにうんうん頷きながら聞いてしまう。
「先輩が興味あるのは胸筋ですよね」
「あー、まぁ、そうだね」
 おっぱい星人ですもんねと笑われて苦笑を返すしかない。
「一般家庭にあるもので鍛えるとすると、やっぱり椅子とか使うのがいいと思うんですよね。背もたれ付きでしっかりしたのが2個あると便利ですよ」
 どうやら壁際に不自然に並んだ頑丈そうな2つの椅子も、筋トレグッズの一つだったらしい。それらを部屋の中央へと移動させて、椅子に手を乗せるのと椅子に足を乗せる二通りのやり方で、何度か腕立て伏せをしてみせた。
「もっと高負荷なやり方もありますけど、最初はこれでいいと思います。ちょっとやってみます?」
「は? や、ちょっと待って。俺は別に自分に筋肉つけたいわけじゃないから」
「ええっ!?」
 あまりに驚かれて、むしろこっちが驚きだ。お互いに驚愕顔で見つめ合うこと数秒、先に口を開いたのは相手の方だった。
「え、あの、筋トレのやり方が聞きたいって話じゃ……?」
「はぁあ? 俺は一言もんなこと言った覚えねぇけど?」
「おっぱい星人、なんですよね?」
「それは否定しないけど、それと俺が筋トレすることの繋がりがまったくわからん」
「自分に筋肉付ければ、いつでもおっぱい触りたい放題ですよ?」
「待て待て待て。自分の胸筋鍛えて、おっぱい触った気分漫喫とかねぇよ。てか鍛えた筋肉とおっぱいじゃ全然違うだろ!?」
「あ、そういや触って貰ってなかったですね。やっぱり直に揉んでみる方がいいですか?」
「は?」
 こちらの返答を待たず、相手はさっさと着ている物を脱ぎ捨てて、上半身裸になってしまう。
「どうぞ。触ってみてください」
 自信満々の笑顔が眩しい。そんな堂々とした態度に気圧されつつも、待たれて仕方なく手を伸ばす。
「え……っ」
 手の平に触れる相手の胸の柔らかさに、思わず戸惑いの声が漏れた。日々想像していた女の子のおっぱいと遜色ないどころか、あまりに気持ちの良い手触りと弾力に、すぐさま夢中になる。
「どうですか?」
「なにこれ、……マジでこれ、筋肉?」
「そうですよ」
「ええええ嘘だろ。なんだこれ。柔けぇ~」
 そこにあるのは自分の知る筋肉とはまるで別物だったが、なんだかそんなことはどうでもいい気になってくる。たまらずもう片手も相手の胸に伸ばして、両手の平でむにゅむにゅと揉みしだいた。
「ちょ、先輩……揉みすぎですって!」
「待って。もうちょっと揉ませて」
「さすがおっぱい星人、見境ないっすね」
「わかってんならちょっと黙って」
 ふわふわ柔らかな肉の塊を堪能する中、男の声で邪魔されたくなかった。諦めたような溜息の後静かになったので、思う存分モミモミし続けていたら、やがて胸の先が小さく尖って手の平にかするようになる。
「んっ……」
 その小さな突起を手の平で揉み込むと、鼻にかかった甘い吐息が聞こえてきた。
 胸を揉み込む自分の手ばかり見ていた視線をあげれば、頬を上気させた男が、戸惑いを色濃く乗せながら見つめ返してくる。
「ひゃあっ、んんっ」
 その顔を見ながら、今度は突起を指先で摘んで転がしてみたら、随分と高い声が上がってビックリした。驚いたのと同時に、興奮が増すのを自覚する。
 自分の上げた声にやはり驚いたらしい相手が、慌てて自らの口を手で抑える様が可愛らしいとすら思う。
「なぁ、舐めてみていい?」
 首を横に振られたけれど、構わず突起にむしゃぶりついた。
「ちょ、ダメダメやめてっ」
 大きく体を跳ねた後、そんな言葉とともに、相手の手が肩にかかって思い切り引き剥がされる。もちろん筋力に差がありすぎて、相手の力を無視して続けるような真似はできっこない。
 さすがにもっととは言えず、気持ちを落ち着けるように一度深く息を吐き出した。しかし興奮はなかなか冷めていかない。
「なんか……色々凄かった……」
 感触を思い出しながら、恍惚の境地で言葉を漏らせば、何故か相手が俺もですよと返してくる。
「雄っぱい揉ませてってのは結構あるけど、ここまでしてきた人って、先輩くらいですよ。おっぱい星人なめてました」
「いやだって、お前の雄っぱい凄すぎ」
「じゃあ、先輩も筋トレ始める気になりました?」
「なんでそうなる」
「女性のおっぱい並に柔らかい筋肉が作れるなら、筋トレしてみたいって話でしたよね?」
「だから、そんなの一言足りとも言ってないって。俺は、俺相手にもおっぱい揉ませてくれる新入生が居る、って聞いて来ただけだ。男だなんてことも、お前が来るまで知らなかったよ」
 なんとも微妙な顔をされて、さすがに可哀想になってきた。勝手にビッチと思い込んでいたのも申し訳ない。彼は人の良い筋トレマニアなだけだった。
「まぁ、お互い良いように騙されたってことで。でも悪かったな。俺のダチが妙なこと頼んで。アイツのことは俺がきっちりシメとくからさ」
 厚意を踏みにじってしまう形になって、なんとも後味が悪い。それでも彼との関係は、その日限りで終わるはずだった。
 けれどあの柔らかな雄っぱいの感触が忘れられなくて、うっかりそれをネタに抜いてしまってからは、どうにも気になってたまらない。その結果、お近づきになるには自分が筋トレを始めるのが手っ取り早く、人の良い彼の厚意に甘えまくって、一緒に筋トレをする仲になるのは早かった。
 たまに揉ませてもらう雄っぱいはやはり最高で、なんだかもう男でも全然良い気がしているのだけれど、相手の純粋な厚意を思うと告白は未だ出来ずに居る。

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雄っぱいでもイケる気になる自称ノンケ1

 自他ともに認めるおっぱい星人な自分は、常日頃男同士の猥談でおっぱいの魅力について語りまくっていたが、それと同時に、彼女居ない歴を着々と更新しつつある童貞だということも周りに知られまくっている。
 自分のモテ期は第二次性徴が来る以前の小学校半ばくらいまでで、当時どころか幼児期からおっぱい星人を自覚していた自分は、胸の膨らみのない女子になどまるで興味がなかった。子供の自分に、将来胸が大きくなるだろう女子と取り敢えず懇意にしておくなどという社交性はなく、それどころか女の価値はおっぱいにあるだとか、胸がでかくなってから出なおせだとかの直球をぶつけてお断りしたせいで、女子から総スカンを食らう結果になった。
 マズイことをしたと認識したのは、まわりの女子の胸が立派に育ちだした中学入学以降で、遠方の私立校に逃げられるような経済的余裕など我が家にあるはずもなく、そのまま近くの公立高校へ大半の同級生と共に進学するしかなかった結果、最低男の烙印は剥がれることなく今も付いてまわっている。
 後悔はしてもしきれないが、開き直る気持ちもあって、おっぱい星人としての道を邁進中だ。
 そんな中、友人の一人が、お前におっぱい揉まれてもいいってヤツが居るけどと言い出した。今年の新入生らしい。
 なんせ小学校時代からの悪評で、同級生どころか上級生や下級生にも要注意おっぱい星人として知られているから、そんな奇特な子が居るなんて驚きだ。というか、取り敢えずお試しでお付き合いしてくれるとかではなく、いきなりおっぱい揉み放題だなんて、どんなビッチだ。
 しかしビッチだろうがなんだろうが、そんなチャンスを逃せるわけがない。
 ぜひ会いたいと食らいついた自分に、友人は満面の笑みを見せたが、その笑みの意味を知るのは早かった。
 相手の新入生は自分を知っているようで、友人が指定したファミレスで待つこと15分。現れたのはやや小柄の、ただし筋肉をムキムキつけた男だった。
 迷うことなく、初めましてと挨拶してから、向かいの席に相手が座る。
 コミュニケーション能力が異様に高いのか、単に空気が読めないバカなのか、意気消沈しまくりの自分に怯むことなく、相手はニコニコと自己紹介を始めた。
 野球部と聞いて、なるほど友人の部活の後輩かとは思ったが、きっと野球部でもこの後輩を持て余しているのだと納得する。男におっぱいを揉ませたがる変態が、男だらけの部活に入ってきたら、そりゃ自分たちの身に害が及ぶ前に誰かに押し付けたくもなるだろう。
 男になんて興味ねーよ、せめて女になってから出なおせ。などと直球をぶつける愚弄を繰り返す気はさらさらないが、さてどうしたものか。にこにこと悪意のかけらもなさそうに笑う新入生の男を前に、なるべく傷つけずにお帰り願う方法を考える。
 しかしどれだけ考えた所で、良い案が浮かぶわけもなかった。
「あー……じゃあまぁ、取り敢えず、胸揉ませてくれ」
 考えるのも面倒になって、おっぱい星人ならおっぱい星人らしく、相手が男だろうと揉まれたい奴の胸は揉んでやろうと口にする。
「すごいっすね。本当におっぱい星人だ」
 何がツボだったのか、新入生は楽しげに笑った後、いいですよと言って更に続ける。
「場所はどうせならウチの部室か、後はやっぱ俺の部屋ですかね」
「お前の部屋だな」
 どうせならで部室という選択肢が出るところが怖すぎる。そう思いながら即答すれば、新入生はわかりましたと答えて立ち上がる。気が早いと思いながらも、抵抗する気もなく後を追った。

続きました→

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女装して出歩いたら知り合いにホテルに連れ込まれた

 そいつは友人の友人の友人で、顔くらいは知っているが、たいして話をしたこともない相手だった。そんな相手に街中で声をかけられた時は女装がバレたのだと思って焦ったが、どうやらそうでもないらしい。
 めちゃくちゃ好みのタイプだと言って、躊躇いなく可愛いねと笑ってくるから、なんとなくの好奇心でお茶くらいならしてもいいと返した。
 友人の友人の友人ではあるから、バレた時のリスクは高い。けれど最悪罰ゲームとでも言えば良いと思ったし、女装男にそうと気付かずナンパを仕掛けた相手だって相当の恥辱だろう。
 相手は自分と違って割といつも人の輪の中心に居るようなタイプだけれど、納得の会話術でどんどんと相手の話に引き込まれていく。人を気分よく動かす術にも長けているようで、どう考えたってマズイのに、気づいたらラブホの一室に連れ込まれていた。
 なぜオッケーしてしまったのかイマイチわからない驚きの展開だったが、逆に、こうして女性をホテルに連れ込むのかと感心する気持ちも強い。といっても自分に同じ真似が出来るかといえば、彼女いない歴=年齢の非モテ童貞男の自分には絶対にムリなのだけれど。
 初めて訪れたラブホテルという空間に呆然と魅入っていたら、緊張してるなら先に一緒にお風呂に入ろうかなんて声が掛かって、慌てて首を横にふる。
「じゃあ取り敢えず座る?」
「あの、やっぱり……」
「怖くなっちゃった?」
 帰りたいかと問いつつも、逃さないとでも言いたげに手を取られて握られた。自然と視線はその手へ落ちる。その視界の中、ギュッと相手の手に力がこもった。思いの外強く握られ焦っていると、大丈夫と彼の言葉が続く。
「わかってるよ、大丈夫。俺、男の娘とも経験あるから、心配しないで?」
「……えっ?」
 慌てて顔を上げれば、相手は優しい顔で頷いてみせる。
「えっ……知って……?」
「ん? 君が女装子だってこと? それとも俺達が元々知り合いだってこと?」
 名前を言い当てられて血の気が引いた。
「男の君も良いなとは思ってたんだけど、女装姿も凄くいいよ。可愛いって言ったの嘘じゃないからね? 君がそっちって知れたのめちゃくちゃチャンスだと思って頑張っちゃった。警戒するのもわかるけど、もうちょっと頑張らせてくれない?」
 下手ではないと思うよと言いながら、取られた手を引かれて抱き寄せられる。近づく顔から逃げるように顔を背けて、なんとか口を開いた。
「ま、待って。待って」
「知られてると思わなかった?」
「だって、そんな……そ、そうだ、これ罰ゲームでっ」
 バレたら罰ゲームだった事にしようとしていたのを思い出して咄嗟に口走るものの、あまりにあからさま過ぎて、口に出しながら恥ずかしくなる。相手がおかしそうに吹き出すから、恥ずかしさは更に増した。
「ほんと可愛いな。女装知られたくないなら、他の奴らには言わないよ。2人だけの秘密ね」
 顔を背けたままだったからか、ちゅっと耳元に口付けられて盛大に肩が跳ねてオカシナ声が飛び出てしまった。
「ひゃぅっ」
「良い反応。でもちゃんと唇にもキスしたいなぁ。ね、こっち向いて?」
「や、やだっ」
「俺の事、嫌いじゃないでしょ? だって嫌いだったらこんなとこ付いてこないよね?」
「な、なんでこんなとこ来ちゃったのか、わかんない。ゴメン、ホント、ただの好奇心。てか女装してるけど男好きってわけじゃないし、き、キスも、初めてが男とかマジ勘弁」
「えっ……?」
「ど、どーてー拗らせまくって女装してるけど、俺は、女の子が、好きですっ」
 必死で言い募ったら無言のまま掴まれていた手も腰に回っていた腕もスルリと離れていった。
 相手はよろよろとベッドへ近づくと、そのままボスンとベッドに倒れ込む。
「騙されたー」
「えっ、えっ?」
「ねぇ、本当の本当に、好きなの女の子だけで男はなしなの?」
「今のところは」
「キスもまだの童貞拗らせて女装かぁ……」
「うっ……」
 しみじみ言われて言葉に詰まる。自分で言ってしまったことだし、それを言うなと相手に強いる立場にはなさそうだ。
「俺、結構本気で落としにかかってたんだけど、やっぱ脈なし? 諦めたほうが良い?」
 即答できずに居たら、少しばかり復活した様子で相手が嬉しげに笑う。
「取り敢えずさ、連絡先くらいは交換しない?」
 まずはお友達から始めようという提案に、否を返すことはなかった。

続きました→

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あと少しこのままで

キスしたい、キスしたい、キスしたいの続きです。

 日付けが変わる30分程まえ、明日は祝日だしとだらだら雑誌を捲っていたら、控えめに部屋のドアがノックされた。少し前に玄関ドアが開閉された音は聞こえていたが、こんな時間に従兄弟が部屋を訪れるのは珍しい。
「なにー?」
 ベッドから起き上がりつつ、ドア越しにも聞こえるだろう声量でとりあえずそう返せば、やはりそっとドアが開いた。
「起きてて良かった」
 顔を覗かせた従兄弟の、軽やかな声とどこか浮かれた表情に、そう深刻な問題が起きたわけではないらしいと思う。
「何かあった?」
「うん。焼き鳥あるからちょっと晩酌付き合わない?」
「食べる!」
 即答してうきうきで部屋を出る。
 リビングへ行けば、ソファの前のローテーブルの上、ざっと15本程度の焼き鳥が無造作に皿に盛られていた。
「てかさ、どーしたのこれ」
 今までも出張土産とかいうお菓子類は何度か渡された事があるけれど、こんな土産は初めてだ。
「お前にって思って買ってきた」
「え?」
「今日飲んでた店、焼き鳥すんごく美味かったんだよ。で、途中、大学生の従兄弟が同居中で若いからか肉ばっか食ってるっつー話したら、土産に持ってってやれって言われてさぁ。この店の焼き鳥、お持ち帰りしても美味いんだって」
「なにそれ優しい。てか乗せられて買っちゃった系?」
「うっせ。お前はありがたく食っとけばいーの」
「食うよ。食うけど!」
「食うけど?」
「やっぱ最近、なんかちょっとオカシクない?」
 どこらへんがと問われて口ごもる。なぜなら、従兄弟の変化のきっかけは、やはりあの日のキスにある気がしているからだ。それとも自分が意識しすぎなだけだろうか?
「なんか、シタゴコロ的な……」
「まぁ、否定はしない。そりゃ多少はあるよな、下心」
「あんのかよっ」
「そう警戒すんなって。食ったらならキスさせろ、なんてことは言わんから」
「本当に?」
 ホントホントと軽いノリと、やはり目の前の美味しそうな焼き鳥の誘惑に負けて、いそいそとソファに腰掛けた。
 食ってていーぞと言って、いったん併設の小さなキッチンに引っ込んだ従兄弟は、冷蔵庫を開けてからお前なに飲むのと問いかけてくる。
「晩酌付き合えって俺にも飲めって事じゃないの?」
 二十歳になった時、お祝いで飲みに連れて行って貰って以降、たまーに誘われて一緒に飲んでいたから、今日もそれだと思っていたのに。
「と思ったけどやっぱなし。お前今日は酒禁止」
「なんで!?」
 何を飲むかの返事はしていないのに、戻ってきた従兄弟はビールの缶とペットボトルのお茶とグラスとを器用に抱えている。
「今日の俺は下心があるから。てかお前のせいで下心湧いちゃった~」
 お前が酔ったらイタズラしそう。なんてどこまで本気かわからない笑顔と共にお茶とグラスを差し出されたら、黙って受け取る事しか出来ない。
「でも乾杯はして?」
 隣に座った従兄弟はプルタブを上げてビールの缶を軽く掲げて見せる。
 お茶で? とは思いつつも、望まれるままグラスをカチンと合わせてやれば、酷く嬉しげだ。やたら幸せそうに崩れかけた頬と口元が目に入って、なるほど既に少し酔ってるのだとようやく気付いた。そういえば、この焼き鳥を買った店で飲んできたのだと言っていたのを思い出す。
「どーした?」
「今、どんくらい酔ってんの?」
「酔ってないよ?」
「嘘ばっか。けっこー飲んだろ」
「まぁ飲んだけど。でも帰ってからシャワー浴びてさっぱりしたし、もうあんま残ってないって」
 ジロジロと見つめる従兄弟は確かに風呂あがりで、しかも綺麗に髭も剃られている。
「明日、仕事は?」
「さすがにないよ。あったらこの時間に追加で飲まないって」
 前から休前日の夜にもこんなに小奇麗にしていただろうか?
 忙しい従兄弟は休日出勤も多い上に、こんな風に夜間一緒に過ごすことはめったにないので分からない。いや、たとえあったとしても、きっと覚えてなかっただろう。だらしなく小汚いおっさんだったあの朝が珍しかったのは確かだが、キスの上書きなんて話がなければ、従兄弟の普段の格好など気に留める事もなかったのだ。
 ああ、やっぱり自分が意識しすぎている。
「お前、本当にあれトラウマになってんのな」
 従兄弟を見つめたまま黙ってしまったら、苦笑とともにそう言われたけれど、唐突過ぎて意味がわからない。
「どういう事?」
「だってさっきから、何度も繰り返し思い出してんだろ。俺にキスされたこと」
 ごめんと謝る顔は一転して真剣だった。
「もう少しこのまま様子見ようかと思ってたけど、やめるわ」
 そんな前置きの後、従兄弟は続ける。
「キスなんてたいしたことないだろーって流しちまおうかと思ってたけど、なんかお前どんどん意識してるっぽいし逆効果だったよな。本当、ごめん。寝ぼけてやらかしたことだから、二度としない、とは言えないけど。でももう、あんな醜態晒さないようにはするつもりだし、キスしようなんてことも、もう言わない。それでもお前が不安になるってなら、一緒に飯食ったりするの一切やめてもいいけど、どうする?」
 生活費を持つんじゃなくて家事負担分はバイト代みたいな形で定額払うよ、なんてことまで言われて、かなり本気の提案なのだと思う。もしこれに頷いたら、どうなるんだろう? 頭のなかはいっきに真っ白だった。漠然とした不安だけが押し寄せる。
「ついさっき、シタゴコロあるって言ったくせに」
「うん。一緒に住んでんだから、お互い家に居るときくらい、お前と普通に楽しく過ごしたいって下心は、ある」
「なにそれ。本気で言ってんなら、俺が酔ったらイタズラするかもって言ったのなんなんだよ」
「お前酔っ払うとちょっと可愛いから、そんな状態で俺意識されんの嫌だな~って思っての牽制。まぁ、言葉が悪かったのは認める。お前あれで余計身構えたもんな」
 すぐに答えだせとは言わないから、俺との生活どうするのが理想か考えて。と言って従兄弟はビールの缶を片手に持ったまま立ち上がる。
「焼き鳥はせっかく買ってきたんだからお前が食べろよ。全部食べなくてもいいけど、明日の朝、もし手付かずで残ってたら俺は泣くからな!」
「なんだその脅迫。食うよ。てかちょっと待って」
 とっさに伸ばした手でシャツの裾を握った。
「俺をからかって遊んでるわけじゃなくて、本当にキスする気だったなら、……キスして、いいよ」
 従兄弟を見上げつつ、かなりの覚悟でそう告げたのに、従兄弟は困ったように笑う。
「今のお前にキスしたら、ほらたいしたことないだろ、なんて言えない感じになりそうだからダメ」
 まさか断られるとは思っていなくてショックだった。意識させてごめんともう一度謝ると、従兄弟は服の裾を握る手をそっと撫でてくる。力が抜けてしまった手の中から、服の布が逃げていく。
 お休みと言ってリビングを出て行ってしまった従兄弟の背を見送る頭のなかは、やはり酷いとかズルイとかの単語でいっぱいだった。

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
http://shindanmaker.com/125562

お題は消化したけど、これこんな所で終わりにしていいのか……?

 
 
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キスしたい、キスしたい、キスしたい

寝ぼけてキスをしたの続きです。

 共同生活ルールの中には、従兄弟が在宅中に食事を作る場合は従兄弟の分も一緒に作る事。というのがある。
 比較的自由にさせて貰ってはいるが、こちらは学費と従兄弟へ払う家賃(激安)以外の生活費はバイトで賄う大学生だ。自分がここに放り込まれた主な理由はどう考えても親の経済力だが、従兄弟がそれを受け入れた理由ははっきり知らない。ただ、共用部分の掃除と洗濯と買い出しとたまの簡単な食事作りで、大半の生活費を向こうが負担する条件を提示してきたのは従兄弟なので、こんな自分が適当にこなす家事でも、一応役には立っているのかもしれない。
 自分で買い物をしている手前、それがどれだけ割の良い待遇かはわかっているつもりだ。自分のバイト代だけで食費も雑費も遊ぶための小遣いも全部賄う事を考えたら、多少家事が増える方が断然いい。二人分だからといって手間が二倍になるわけじゃないのだから尚更だ。
 そんなわけで、あんな事があった後ではあるけれど、今から少し遅めの朝食を作る以上、やはり彼の分も考えなければならないだろう。とすると、まずは食事がいるかどうかの確認が必要だ。家に居るからと勝手に作って無駄になった事が数回あって、残された分を捨てたのを怒られて以降は、確認も必須になった。
 リビングを出た所でかすかに水音が聞こえて来たので、どうやら従兄弟はシャワー中らしい。あの状態なら、自分だってまずはシャワーを浴びるだろうから、なんの不思議もないけれど。
 なのでそのまま洗面所に入り、バスルームの扉を軽く叩き、少しだけ扉を開いて声をかけた。
「ちょっといい?」
 従兄弟は髪を洗っている最中で、振り向くことはなかったが、それでも返事はしてくれる。
「どーした?」
「朝飯作るけどいる?」
「ご飯と味噌汁なら食べたい」
「冷凍のご飯でいいなら。もしくは炊飯器のセットだけする」
「チンでいーよ。よろしく」
「出たらすぐ食べる?」
「食べる」
「わかった」
 言って扉を閉めた。その後はリビングに戻って、二人分の朝食を用意する。
 自分一人が食べる弁当類は自腹だが、食材なら従兄弟が出してくれるおかげで、自炊率は高い方だ。しかしだからと言って料理が上手いかどうかは別だった。
 朝食の用意と言ったって、冷凍しておいた白米をレンジに突っ込み温めている間に、お湯を沸かしてインスタント味噌汁を作って、二個の卵を目玉焼きにして、一袋分のソーセージを焼き、後はご飯のお供系瓶詰め類をテーブルに並べるだけの簡単すぎるお仕事だ。なお卵二つとソーセージの大半は自分の胃袋に消える計算で焼いている。多分従兄弟はそれらにほとんど箸をつけないだろう。
 自分的には十分だけど、これ絶対また野菜が足りないとか言われるメニューだ。なんてことを、並べ終わったテーブルの上を見つつ思っていたら、風呂から上がった従兄弟がさっぱりとした様子でリビングに戻ってきた。
「野菜足りない?」
 言われる前に自分から言ってしまえと口にすれば、テーブルの上を確認した従兄弟はあっさり足りないと返してくる。
「自分で足す? 俺に作れって言うなら作る物も決めてよ」
「いや、足りないけどお前がいいなら今日はいーわ。でも卵残ってるなら出して。生卵。卵かけごはんしたい」
「わかった」
 冷蔵庫から出した生卵を小鉢に割り入れて、醤油と共にテーブルへ運ぶ。
「はい。これでいい?」
 席に着いた従兄弟の前にその二つを置き、さて自分も席に着こうと移動しかけたら、従兄弟に腕を掴まれた。
「なに?」
「どうよ」
「どうよって何が?」
「さっきの、小汚いおっさんてやつを訂正して欲しいなーって」
 にっこり笑って見せる顔は、じゃっかん作りモノめいている。笑顔がなんとも胡散くさかった。
「えー……」
 確かに今の格好を小汚いおっさんとは言わないどころか、こうしてラフな服装だとむしろ実年齢より若く見えるけれど、言われるまま訂正してやるのはなんだか納得いかない。だって思い出さないようにしているだけで、小汚いおっさんにキスされた事実は変わらないのだ。
 そう言ったら、じゃあキスする? などと返ってきて、まったく意味がわからない。
「はあぁ?? なんでそーなる」
「トラウマかわいそうだし上書き」
「小汚くなくてもおっさんに変わりないし。おっさんにキスされたらどっちにしろトラウマだよ」
「んなこと言われるとますますしたくなるな」
「だからなんでだよっ!」
 変態かよと言っても否定されなかったから、どうやら従兄弟は変態のお仲間ということで良いらしい。普段は下の名前にさん付けで呼んでいるが、今度から変態さんとでも呼んでやろうか。
「おっさんのテクでトラウマとか言えないくらいには良くしてあげるから、まぁちょっとキスくらいさせなさいよ」
「バカじゃないの! 絶対やだ」
 ちょっと焦りつつ掴まれた手を振り払ったら、めちゃくちゃ楽しげに笑われた。からかわれただけっぽいとわかって、ホッとしつつも腹が立つ。
 さらに面倒なのは、このやり取りがあってから、たまに思い出したようにキスしようかと言われる事だ。
 遊ばれてるのは悔しいし、時々本気かと思ってドキッとさせられるのはもっと悔しい。悔しさのあまり最近は、いっそのことキスの一つくらいしてしまおうかとまで思い始めている。

レイへの3つの恋のお題:寝ぼけてキスをした/キスしたい、キスしたい、キスしたい/あと少しだけこのままで
http://shindanmaker.com/125562

 
 
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