雷が怖いので39

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 嫌そうに寄せられたままの眉の間を、伸ばした指先でそっと触れる。眉間の皺を解すように指先に力を込めたらさすがに腕を取られて外されてしまったが、そんなこちらの行為を怒っているというよりは、やはり戸惑っているようにしか見えなかった。
「もう、わかったから。いいよ。俺の全部、あなたにあげる」
 甘えるように、そして甘やかすように。
「俺の気持ちも、俺のこの先の人生も。全部、あなたのものにしていいよ」
 うっとりと告げる言葉に、相手は言葉もなく目を瞠っている。
「だから、あなたの中の小さなあなたを、俺の愛で育てて。あなたの気が済むまで育て直して。ちゃんと待つから。待てるから。嫌いになんてさせないで。ずっとあなたの側に、居させて?」
「なに、言って……」
 吐き出されてくる声は、彼らしくなく随分と掠れていた。
「本気だから。大学卒業後もあなたの愛人を続けるし、あなたが俺にお金を渡したいなら、喜んで貰うよ。ずっと、お金で買われてる関係だと思ってたけど、これきっと違うよね。あなたが俺に向かって積み重ねてくれるお金が、そういう風にしか愛されて来なかったあなたからの愛情なんだって気づいたら、俺は間違いなくあなたに愛されてるし、好かれてる」
 大学卒業前に、バイト終了前に、彼の愛人でいられるうちに、それに気づけて良かった。そう言って笑ったら、そっと頭の後ろに回った手にぐいと引き寄せられて、相手の胸に顔を埋める形で押さえつけられる。
「んなこと言われたら、俺に積まれた金も、あの人の愛だったって、思いたくなるだろーが」
「うん」
 苦しげに響いた声に、そういうつもりで言ったと示すように、一つ頷いておいた。この世を去ってしまった相手に、今更真実を尋ねることは出来ないのだから、自分に都合がいいように解釈すればいい。
 そもそも愛されていた可能性を提示してきたのは彼の方だ。それを聞いて、本当は愛されたかったのだと思ってしまったから、自分はただそれを肯定しただけ。
 本当はもっとちゃんと言葉を重ねたかったけれど、頭を押さえる手の力が緩まないので、依然相手の胸に顔を埋めた状態に諦めた。
 自分を押さえ込む力へ逆らう気はない。だってきっと、今は顔を見られたくないんだろう。相手の胸に顔を寄せているせいで、彼の混乱や動揺が伝わってくるから、多少息苦しいのは仕方がないと我慢した。
 どれくらいそうしていたのか、随分と長かったような気もするし、意外と短時間だったようにも思う。
 開放された瞬間に大きく深い呼吸を繰り返したら、思いの外強い力を掛けていたことにようやく気づいたらしく謝られてしまった。
「悪い。というか、苦しかったなら、少しは抵抗しろって」
「だって泣いてるとこ見ちゃったら、さすがに気まずいと思って」
「泣いてねぇよ。というか、今のはお前が苦しいって訴えてたら、ちゃんと力を加減してやったって話だからな?」
「力加減に気が回らないってだけで、いつものあなたじゃないのは明白だし。俺の言葉で動揺してるんだって思ったら、苦しいのもちょっとだけ嬉しかった」
 嬉しいはさすがに言いすぎかと思いつつもへへっと笑ってしまったら、相手もふっと苦笑いするように息を吐く。
「そりゃあいきなりあんなこと言われりゃ、さすがに動揺もするだろ」
「あなたが思ってたより、本当はいっぱい愛されてた?」
「そうだな。思ってた以上に、俺は、お前に愛されてた」
「えっ、俺の方?」
 てっきり、過去に想いを馳せているんだと思っていた。
「そ、お前の方。あの人も、あの人と関わった時間も、どうあがいたって過去でしかないが、お前との関係は今現在の話だろ。今現在、俺は、お前に、俺の想像を遥かに超えて愛されてる」
「えー……っと、俺の愛が、重い? みたいな話?」
「ああ、そうか。それだな。愛が重い」
 やっぱり苦笑顔のままだけれど、でも吐き出されてくる言葉の響きは軽かった。重すぎて受け取れないという拒絶感はないと思う。でもだからこそ、その言葉をどう受け止めればいいのかわからない。
「重いの、ダメだった? でも俺、あなたを諦めるつもり、一切ないけど」
 だって彼の愛に気づいてしまった。愛されたいその心にも気づいている。ここで引き下がるなんて出来っこない。
「ダメっていうか、あー……お前の言葉を嬉しいと思う気持ちは、どうやらちゃんとあった。けどお前、確か長男だよな? 下に二人居るって言ってたか? 私大進学と一人暮らしが厳しいって言ったって、奨学金なしで通わせて貰ってるんだから、親だってお前に期待してるだろうし大切育てて貰ってるんだろう? そんな子を、こんな俺が貰っていいわけない。という結論にしかならなかった」
 スマンと短く続いた言葉に、これは手強いなと思う。多分きっと、相手も似たようなことを思っているだろうけれど。

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雷が怖いので38

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 痛くて苦しいのこそが好きって性癖持ちもいないわけじゃないから、そうされることに快感を持てるタイプなら、苦痛を与えてくれる相手へ自然と好意を寄せたのかも知れないという言葉を、否定できる材料はこちらにはない。自分だって、いくら金を積まれたところで、嫌なことばかりを強いてくる相手を好きになんてならないし、そうだったらバイトなんてとっくに辞めていたはずだ。
「好きになって、あげたかったの?」
「面白いな。お前には、今の話がそう聞こえるのか」
「うん。本当は愛されたかったし、本当は愛したかったんだって、聞こえた」
「そうか。お前がそう言うなら、そうなのかも知れない」
「後、俺のことも、好きになりたいと思ってくれてるっぽいなって、思った。というか、すでに結構ちゃんと愛されてるんだって、喜んでいいとこかもって思ってるんだけど……」
 さすがに自分に都合よく解釈しすぎだろうか? でもそう聞こえてしまったものは仕方がない。
 彼が彼の所有者に、もしかしたら愛されていた可能性があったってことは、もしかしたら自分も、彼に愛されている可能性があるんじゃないか。あれはそう期待するには十分な言葉だった。
「ほんとに凄いなお前」
 呆気にとられたような呟きの後、おかしそうに喉の奥で笑いを殺している。
「ねぇ、あなたを嫌いになんて、させないでよ。というか、あなたを嫌わせるの、本気じゃない、よね?」
「本気だけど」
「嘘つき」
 唇を尖らせて非難すれば、目の前の相手はますますおかしそうに笑いを噛み殺した。それを観察するようにじっと見つめてやれば、さすがに気まずそうに笑いを引っ込める。
「本気だったけど、でも、思ってたより難しいかもな」
 困ったようにそんなことを言うから、そうだよと薄く笑ってやった。
「本気でそう決めてたら、わざわざ言う必要なんて無かった。本気だってなら、俺が気づかないうちに、俺の気持ちを変えてしまえば良かったのに」
「確かにそうだ。そうすれば、良かった」
 でも、彼はそうしなかった。出来なかった。それが何を意味するか、多分もう、自分は正しくわかっていると思う。話しているうちに、その確信が強まっていく。
「それに、わざわざ俺の気持ちを変えなくたって、あなたが終わりって言ったら、終わる覚悟はしてたつもりなんだけど」
 はっきりとそう言い切られたら、受け入れるしか無いとは思っていた。今後について話さないのは、卒業とともにそう言われる可能性が高いのだろうとも思っていた。卒業が近づくほど不安で寂しくなっていく理由が、そこにあることだってわかっていた。
 ただまぁ彼の話を聞いた今現在、そんな覚悟はすっかりなくなってしまったけれど。寂しさが募った結果、この家に泊まってみたいと言ってみて、本当に良かった。
 このまま卒業とともに終わりになんて、させない。彼のことを嫌いにだって、なってやらない。
 そう心に強く決めてしまったことを、目の前の彼に、これから突きつけてやるつもりだった。
「でも、それだとお前がずっと苦しいだろう?」
「あなたを嫌いになったら、あなたとの関係が終わるのが辛くなくなると思う?」
「少なくとも、未練のようなものは残さなくて済むはずだ」
「そんなのムリムリ。だって俺、迂闊だけど、バカじゃないみたいだし」
 気づいちゃうよと囁きながらゆっくりと顔を近づけて、ちゅっと唇を軽く吸い上げた。だまって唇を吸わせてはくれたけれど、相手は眉を寄せて嫌そうな顔を見せる。
「何を、気づくって?」
 さすがに彼ももう、彼にとって望ましくない方向へ話が進んでいる事には、しっかり気付いているんだろう。
「あなたが、俺を好きってことに」
「誰かを好きだと思う気持ちはわからないって、言ったはずだよな?」
「でも、わからないのと、好きって気持ちがないのとは、どうも違うみたいだよ?」
 彼にわからなくても、自分がわかっていれば、もうそれでいいと思った。

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雷が怖いので37

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 起こしていた体をまたベッドの上に横たえて、甘えるように相手の胸にすりよって顔を埋める。
「その程度じゃ、あなたを嫌いになんてなれない」
「そうか。じゃあ今のは失敗だな」
 不貞腐れて吐き出した言葉には、平然とそんな言葉が返ったから、やっぱりわざとあんな言い方をしただけだと思いながら、ホッと息を吐き出した。
「ねぇ、今の話、どこまで本当なの」
 そっと顔を離して、相手の顔を覗き見る。すぐさま簡素に短く、全部とだけ答えた相手は、平素を装おうとしているように見えた。
「嘘つき」
 言い切れば困ったように苦笑する。ほらやっぱり当たりだと、今度は少しばかり嬉しくなった。
「もし嘘じゃないなら、あなたは俺に好きになって欲しかったって、そう思うけどいいの?」
「前向きだな。というかそういう解釈をされると思ってなかった」
「知らない間に心まで弄ってたなんて酷い。ってなるはずだった?」
「いいや。だってお前はそれを酷いとは思わないだろ?」
「うん。思わない。それが本当だとしても、あなたを好きにならせてくれてありがとうって言う」
 だってこのバイトを始めたことに後悔がないように、彼を好きになったことを後悔する気持ちだってない。
「お前のそういうところは素直に凄いと思うし、間違いなくその思考に救われてる。ただ、俺を好きになったのも、これから嫌いになるのも、全部、俺がそうしたんだって事を、お前には理解していて欲しいと思って」
「え、本当に、俺に好きなって欲しかった? というか、そうなるように仕向けてたの?」
「お前が俺を好きになったのは、正直言えば想定外。でも、意図的にではなくとも無意識に、お前の好意を欲していた可能性は否定しないよ」
 好かれたって想いを返してやれないのに、これも酷い話だなと、自嘲的な笑みを浮かべながら彼は続ける。
「酷いついでにはっきり言えば、俺はお前で実験してた。初めて出会ったあの日、お前の年齢を聞いた時、随分と都合のいいモルモットが飛び込んできたと思った」
 簡易的に、お前を使って、俺は俺を育て直していたんだと思う。と続いた言葉の意味は、さすがにすぐには理解できなかった。
 大金を積んで好き勝手するのは同じでも、相手が嫌がり苦痛と思うプレイを重ねるのではなく、相手の望むプレイを大量に取り入れつつその体を甘やかしてやったらどうなるのか、それを試していたと彼は言う。
 彼を所有していたのは、苦痛を与えたいタイプのサディストで、彼自身そういう扱いを受けていたし、所有者の代わりを務めるプレイ時は当然そう振る舞うように躾けられていた。彼自身の性癖と合致しないプレイの数々に、当然心を殺して応じてきた彼は、彼を所有する者が居なくなった後、金さえ積めばなんでも許される世界を嫌悪しつつも、同じように子供を買い取りたい欲求を持て余していたらしい。今度は自分の番だと思ってしまう気持ちを押しとどめていたのは、彼が受け取った遺産がほんの一部でしかなく、彼の所有者ほど潤沢ではない資産状況だったという。
「後は俺の年齢とかもあるかな。俺が買われた時、相手は今の俺の倍近い年齢だったし。そんな若造に、子供一人の人生を丸ごと請け負う覚悟は持てなかったってのもでかい」
「本当の子供相手に、俺にしたみたいなキモチイイ調教、したかったの?」
「まぁそうなるよな。軽蔑していいぞ」
「しない。だって実際にやったわけじゃないし」
 愛人契約を持ちかけられた最初に、ショタ趣味はなかったと言っていたのを覚えている。実際、子供相手に調教をしたかったのかと言う問いに、したかったと返しては来なかった。
 潤沢な資金があっても、子供を買ったりはしないかも知れないし、買ってもそれは子供を売るような親から救い出すだけの行為で、エッチな色々を仕込む真似はしないかも知れない。子供が子供でなくなってから調教開始という手だってある。
 つまり、こんなたられば話で、相手を軽蔑するのはバカらしい。気にするべきはそこじゃない。
「というか、自分がそうされたかったってことでいい? あなたも、キモチイイ調教を受けたかった?」
「お前と違って不本意のまま強制的に開始した関係だから、優しい調教だったからって、それで相手を好意的に思えたかはわからないな。性癖という面で言ったら、そもそもされたい側じゃないわけだし。でも、もう少し気持ち的に楽だった可能性は高いよな。って思ってた時期もあった」
「過去形なんだ。じゃあ、今は、違う?」
「俺を好きになったって言うお前が、随分と辛そうなのを見てると、正直どっちもどっちって気がしてる。好きなんて感情が湧く余裕もなく、むしろ恨むくらいの関係で、丁度良かったのかもとも思う。あと、お前のお陰で、俺が思っていたよりずっと、もしかしたら愛されていた可能性も見えちまったし」
 今は、性癖がまったく合ってなかったのが一番の不幸だったと思う。と続けながら、彼は苦しそうに笑ってみせた。

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雷が怖いので36

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 年が明けた1月最初のバイトの日、いつも通り防音室で過ごした後、身支度を整えて部屋を出る。いつもならリビングでその日のバイト代が入った封筒を受け取って、そのまま帰るけれど今日は違う。
 夕飯の時間にはまだ早いからと一旦寝室へ移動し、結局また服を全部脱いで、でもバイト中は服を着込んだままだった相手もちゃんと全部脱いでくれて、一緒にベッドの中に入って多分自分だけうとうとと微睡んで過ごした。時折髪を梳くように頭を撫でてくれる手がめちゃくちゃに気持ちよくて、んっんっと鼻を鳴らして、回らない舌できもちぃと吐き出し、相手の体に擦り寄れば、柔らかに笑われる気配がする。
 幸せで、嬉しくて、胸の奥がきゅうきゅうと絞られて切ないのに、それでも胸の中はあったかい。
 ああ、こんな風に彼と過ごしてみたかった。そう改めて自覚した。
 お泊り時はたいてい疲れ切って寝落ちしてしまうが、この慣れた様子からすると、多分、自分が認識できていないだけで初めてではないんだろう。今だって、彼はこちらがすっかり寝入っていると思っているのかもしれない。
 気持ちよさにこのまま微睡んでいたい気持ちをむりやり振り払って目を開けた。部屋の隅に置かれた細身のスタンドライトが発する淡い光の中、驚いた様子で目を瞠ったのは一瞬で、すぐにその目は柔らかに細められる。
「どうした?」
 問いかける声も優しくて甘い。
「こういうの、ホテルでも、してくれてる? よね?」
「してるな。何? 今更気づいたって話?」
「だっていつも疲れ切って寝ちゃってる」
 あからさまに拗ねた口調になったのは自分でもわかった。そうだなと言った相手は随分と楽しげだ。
「なんで起きてる時にはしてくれないの」
「ん? してくれないってなんだそれ。お前の意識がはっきりしてる時だって、ちゃんとしてるだろ?」
「いつ?」
「いつ、って……お前が上手に何かが出来たときとか、頑張れた時とか」
 確かに、よく出来ましたって頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたり、優しいキスをくれたりはするけれど、それらと今この時間とは同列ではない。少なくとも、自分の中では。
「あれとこれって、あなたの中で、一緒なの? 上手に何かが出来たわけでも、何かを頑張ったわけでもなく、俺のワガママにあなたを付き合わせて、一緒に過ごしてもらってるだけなのに?」
「あー、まぁ、そう言われると確かに違うか?」
「あなたが俺を優しく甘やかしてくれるのは、エッチの最中か、下心がある時だけかと思ってた」
「なんだそりゃ。それ言うなら、お前だってプレイの後まで甘えてきたりしないだろうが」
「だって甘えていいって知らなかった」
「そりゃ悪かった」
「甘えたら、もっとしたいのって言われるもんだとばかり」
「いや、そりゃ言うわ」
「じゃあなんで、言わないの、今」
「なんで、って、お前が言ったんだろ。ベッドの中で裸でひっついて過ごしたい、って。その要望に応えてやってるだけだけど」
「ああ、じゃあ、これもそういうプレイの一環だった?」
 よせばいいのに口から零した自分の言葉で、自分自身が傷ついている。
「プレイにしちゃお前へのサービスが過ぎるだろ。これはどっちかって言ったらご褒美のたぐい。もしくは、お前への感謝とお詫び?」
 お前がしてくれと言ったことはなるべく叶えてやろうと思ってると続いた言葉は、間違いなく本気の声音だった。
「感謝とお詫びって、どういう、意味?」
「言葉通りだけど。前に、お前に救われてるって言ったろ。その感謝」
「お詫びは?」
「お前の迂闊さにつけ込んで、大金チラつかせて、お前をこっちの世界に引っ張り込んだのは、正直、悪かったと思わないこともない。結果、お前に俺を好きだと思わせた事も、それを知って、お前に嫌われるための手を未だ打ってない事も、酷い真似をしてるという自覚はある」
 とろりと甘やかすように優しい声音と、優しく髪を梳く心地よい手。うっとりと目を閉じて受け入れてしまいたいが、その内容はこのまま流せるようなものじゃない。
 思い切りよく体を起こして、当然驚いた様子の相手を見下ろした。
「嫌われるための手を打つ、って、何?」
「ははっ。やっぱそこに、引っかかるんだな」
「当たり前だろ。なんで? 俺に、あなたを嫌いになれって言うの?」
「んなことわざわざ言うわけない。人の気持ちは言ってどうにかなるもんじゃねーだろ。ただ、嫌いになって貰うだけだって」
 どうやって、なんて聞くだけ無駄なのは口にせずともわかる。この人が言うなら、きっと出来るんだろう。
「待って。じゃあ、俺があなたを好きになったのも、もしかしてあなたが、何か、やったの?」
「やっと気づいたのか? まんまと引っかかって可哀想に」
 にやりと笑う顔に、血の気が失せる。じっと見つめてしまう先で、にやにやと笑い続けている顔に湧くのは、怒りでも悲しみでもなく憐憫だった。

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雷が怖いので35

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 ぐずぐずと悩んでいるうちに、日々はどんどんと走り過ぎていく。
 ぐるぐると一人で考えても答えが出るわけでもないのに、自分たちの関係についてを正面切って彼と話せる覚悟はまだなく、ここ最近浮かない顔を見せ続けてしまう理由は、早々に今は卒業研究が忙しくてと告げてあった。もちろん学業が忙しいのも嘘じゃないけれど、卒研が上手く行ってないのか? と聞かれて頷くのは、半分は嘘だからやはり心苦しい。
 そうやって予防線を張って逃げて避ける話題ではあるが、彼から今後について持ち出されたら、その時は向き合わなければならない事はわかっていた。しかし、ちょこちょこと卒研の話題にも、就職の話題にも触れるのに、彼から卒業後の話を出される事もなかった。
 話題を出されない事に安堵するくせに、何も言われないことで不安は膨らむのだから、どうしようもない悪循環に嵌っている気がする。
 寒くなってくると、今後への不安に、強い寂しさまでもが混ざり出した。抱きしめられていてさえ、人肌が恋しいと、わけのわからない感情が湧いてくる。ぎゅうと抱き返しても、人肌恋しさはあまり癒やされてくれない。寒くないのに、なんだか寒いなと思ってしまう。
 寂しいのも寒いのも、彼と過ごせる時間の残りを数えてしまうせいだとわかっていた。何も言われていないのに、何も言われないからこそ、終わることを想像せずにいられない。
 12月の三回目の土曜日の帰り際、来週泊まってみたい場所があると言ったら、さすがに随分と驚かれた。
「そういう事はもっと早く言え。来週、何があるかわかってんのか」
「えーっと、クリスマス?」
「わかってるなら、空きがなかったら諦めろよ。で、どこ?」
 言われて初めて、今年は週末が思いっきりクリスマスに被っていることを意識した。
「あ、待って。もしもう泊まるところ決まってるなら、いい」
「お前がそういう事言うの珍しいし、取り敢えず言ってみろって」
「クリスマスとか、考えてなかった。せっかく予約入れてくれてるなら、そっち行きたい」
「ふーん? まぁ、それならそれでいいけど。で、お前が泊まりたいとこってどこ? 来月でいい?」
「どこ、って………ここ、なんですけど」
「は?」
 意味がわからないと言いたげな顔をされたけれど、これはまぁ想定内。
「ここはここです。外に出かけるんじゃなくて、家で過ごすのもしてみたいなって、思って。ここに泊まるのダメ、じゃないです、よね?」
 だって泊まっていけばと言われたことはある。初めて抱かれたあの日の夜だ。
 三万円の入った封筒を受け取ったので、今日のバイトは終了なのだと思って帰ろうとしたら、随分遅くなったし疲れてそうだし泊まって行けばと言われて酷く驚いたのを覚えている。本日分の給料を払うと言い出したのは彼の方で、それはお金を受け取ってさっさと帰れという意味だと思っていたから、尚更の衝撃だった。
 雨も上がっているしたいして遠くもないからと断り帰ったけれど、断った一番の理由は別のところにあった。わかったと言いつつも三万しか支払っていないことに不満がありそうだったから、朝まで居続ける事で、時給分として上乗せしたいのかと思ったのだ。
「なぁそれ、家にシェフ呼んでディナーしたいとか、そういう話じゃねぇよな?」
「え、家にシェフ呼ぶってなんですか?」
「あー……そういうサービスもあるんだよ。家まで料理人が来てくれる」
 へぇーと素直に感心してしまったら、じゃあ来月はそれにするかと言われて、慌ててそうじゃないと否定する。
「そういう贅沢がしたいわけじゃなくて、ただ家でのんびりダラダラ過ごす遊びがしたいってだけですってば」
「家でのんびりダラダラする、遊び……?」
 何それ意味がわからないと言いたげに眉を寄せるから、思わず一緒になって眉を寄せてしまった。お家デートがしたいなんて感覚を、理解して貰えないのはきっと仕方がない。
「じゃあずっとベッドの中で裸でひっついて過ごしたい。とかでもいいです。ホテルのベッドじゃなくて、朝、あなたのベッドの中で目が覚めたい」
「ああ、そういうの。じゃあもう今日、泊まってけば? この後予定あるわけじゃないんだろ?」
「え?」
「あ、いや、やっぱ来月にするか。賃金も払わず、それに代わる何かを提供することもなく、長時間引き止めるのも悪いし、バイトの日にそのまま泊まっていけばいい」
 さらりとこういう言葉が出てくるから、自分は金銭契約された愛人なのだと思い知らされる。
 でも泊まっていいのだということはわかった。なんだか酷く寂しくて、少しでも長く彼と過ごしたいと思っているところに、そんな提案をされたら飛びついてしまう。バイト代を受け取れば、バイトの日にも泊まっていいって話になるとは思わなかった。

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雷が怖いので34

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 どれだけ恋人みたいなデートを重ねたって、甘やかな時間を過ごしたって、それが決められた日の決められた時間を越えることはない。
 想いが溢れて好きだとこぼしても、好きだと返ったこともない。ただそれを申し訳なく思う気持ちはあるようで、だから自分から、好きと言ってしまった時はたくさんの優しいキスをしてと頼んであった。それは律儀に守られて、バイトとして行うプレイの最中でさえ、たくさんの優しいキスが降る瞬間がある。
 彼は、恋愛感情どころか、特定の誰かを好きだという感情さえわからないと言った。知識としては持っているが、そういった感情を強く自分の中に持ったことはないという意味で。
 生きてきた世界が違いすぎるから、きっと恋人にはなれない。その言葉は、彼と彼の過去を知るごとに、何度も思い出した。
 今は大学に通うために一人暮らしをしているけれど、それでも実家には両親と弟と妹がいて、彼らの愛を疑ったことなんて無い。自分の身に何かあれば彼らは自分を助けようとしてくれるはずだし、逆の立場なら、自分だって自分に出来ることを必死で探して彼らの力になりたがるはずだ。
 そんな自分にとっては当たり前の家族の情さえ、彼からすれば現実味のない遠い世界の話でしかない。
 彼の親はまだ未成年だった彼を、どんな扱いになるか知っていながら売ったというから、そんな相手に情も何もないのはわかる。そして、彼の体にたくさんの傷と、逆らうことを許されない所有物であることを刻み込んだ相手に、好きどころか苦しいとか辛いとかそういった感情全てを殺されたのだということもわかる。
 話を聞いてどれだけ憤って悲しくなっても、彼にとっては既に過ぎてしまったことだし、彼の親もかつて彼を所有していた人も、今はもうこの世にはいない。所有物ではあったけれど、きちんと必要以上の教育を受けさせて貰ったし、していたことの対価は遺産の中から十分に支払われたからいいのだと、彼は納得済みだった。
 そんな相手に、好きになって、なんて言えるわけがない。願うことさえ、出来そうにない。
 好きという感情がなくたって、間違いなく大事にはされていると思う。今現在、自分以外に彼がプレイを行う人間が居ないことも知っている。
 でも大学を卒業して、彼からのバイト代を必要としない生活を始めた先も、引き止めて貰える自信は欠片もなかった。
 別にあって困るものでもなし、お金を受け取って、この関係を続けたいと言えばいいのかもしれない。彼との関係が終わるくらいなら、それでもいいと思うこともある。ただそれを、彼が受け入れてくれるのかは、やっぱりわからなかった。
 彼からお金を受け取るのが辛いくらいに好きだと言ってしまった過去を、彼は間違いなく覚えている。お金が必要な自分に、つけ込んでいる部分はあると零したことが、関係を大きく変えたあの直後に一度だけあった。まだ就活を始める前だったし、バイトとしてではなく彼と過ごす時間が出来てふわふわとどこか浮かれていたから、必要なくなった時はどうするつもりかなんて聞かなかった。今はそれが、酷く知りたい。
 彼の過去に何があったかを聞くことはあっても、それを受けて、彼と自分の関係がどういうものなのかという話は全くと言っていいほどしていないのだ。バイトとしてお金を受け取らない半月分が、どういう名前の契約なのかも、実のところ聞いていない。なんだかんだ随分とお金をかけて貰っているから、結局、それも含めて愛人契約続行中なんだろうとは思っているけれど。
 出会った直後に愛人契約なんて言い出したのも、逃げようとした自分を引き止める程度の執着があるらしいのも、多分きっと彼の過去と全く関係がないはずがない。そこまでは予想がつくのに、自分が何であるかを彼の口からはっきりと知らされるのはやはり怖かった。

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