バレンタインに彼氏がTENGAをくれるらしい

 あちこちでバレンタイン用のチョコレートを見かけるようになったので、一応バレンタインをどうするか聞いてみたら、せっかく恋人になったんだから贈り合おうと返された。マジかよと思ってしまったのは、そんな世間のイベントに踊らされる真似はしたくないと返ってくる予定だったからだ。
 恋人なんて関係になったのは昨年末で、それまでは長いこと友人として付き合ってきた。だから相手があまりバレンタインというイベントを好きではない事だって知っている。
「お前、バレンタイン嫌いじゃなかった?」
「嫌いだったけどもう平気」
「どういうこと?」
「本命からは絶対に貰えない、自分から渡すことも出来ない、そんなイベント欠片も楽しくないだろ。でも今年は違うから」
 お前とだったらしたいよと酷く真面目な顔で返されて、とたんに顔が熱くなった。
 彼に長いこと想われていたというのは、恋人になるかどうか迷っていた時に聞かされて知っているのだけれど、それとこれとが繋がっているとは全く気付いていなかった。
 なるほどと思うと共に、さてどうしようかとも思う。
 こんな理由を聞かされて、やらないつもりで聞いたなんて言えない。しかも贈り合おうということは、自分だけが用意するわけではないらしい。相手も用意すると言っているのに、自分からどうするか聞いておいて、買えないなんてとても言えそうになかった。
 しかし、男も買う側にしたい販売店側の思惑が透けるような、逆チョコだの俺チョコだのという単語も聞かないわけではないけれど、長いこと女性から貰うもの、女性が買うもの、という意識だったものが、男の恋人ができたからとそう簡単に変われるはずもない。
 わかったとは言ったもののどうしようか焦るこちらに気付いたのか、相手はおかしそうに笑って、チョコである必要もバレンタイン用商品である必要もなく、ただせっかくの初イベントだから一緒に楽しみたいだけだと言った。
「ついでに言うと、俺、お前に贈るもの既に決まってるからさ」
「マジで!?」
 今度は思ったまま口から飛び出た。
「え、何くれんの?」
 秘密と言われるかと思ったが、相手はあっさり口を開く。
「TENGA EGG LOVERS CHOCOLAT DESIGN」
「ん?」
「バレンタイン用の、チョコっぽいデザインのテンガ」
 なんだそれってのと、テンガって聞こえた気がして思わず聞き返してしまえば、相手はわかりやすく言い換えてくれた。やっぱテンガって言ったのか。
「テンガって、あのテンガ?」
「あのってのがわかんないけど、いわゆるオナホのテンガだね」
「ちょ、待てよ。お前、バレンタインで俺にオナホくれる気なの?」
 それはいったいどういうつもりで?
 ずっと好きだったと言われて、恋人になって、キスをして、互いの体を触りあって、でもまだ体を繋げるようなセックスは未経験だ。そんな関係でオナホをプレゼントされるってことは、つまりまだまだ突っ込ませる気はないって意味だろうか。というか、遠回しに突っ込ませろって言われている可能性はあるのだろうか。
 俺はお前に突っ込むからお前はオナホに突っ込んどけよ、みたいな?
「結構可愛いデザインなんだよ。中の凹凸がハート型でさ。ほらこれ、可愛くない?」
 ぐるぐるとオカシナ事まで考え始めているこちらに気づかない様子で、何やら携帯を弄っていた相手が件のテンガ画像を見せてくる。
「いやちょっと、そういう話じゃなくて。それを俺にくれるって、つまり一人でオナっとけって意味なのって聞いてんだけど」
「えっ。違う違う。一緒にする時、使いたいなって思ってさ。というかバレンタインにそういうこと、する気なかった?」
「えーと、つまり、オナホ使ったかきっこしよって話?」
「まぁ端的に言うとそうなるかな」
 プレミアムボックス通販済みなんだよねと続いたから、つまりはバレンタインに五個のテンガを贈られるらしい。オナホ使った相互オナニーを想像してまぁそれもありかとは思ったものの、チョコではなくとも結局相手が選んだ物はバレンタイン商品だし、ますます何を贈ればいいのかわからなくなった。

バレンタインに便乗したくて書いちゃった。

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

鐘の音に合わせて

 大晦日は泊まりに来いよと言われて、当然そういうつもりで訪問していたから、やり納めと笑いながらベッドに誘われるのも想定内で、紅白最後まで見たいんだけどなんて事は言わずに素直にその手を取った。
 慣れた手順で繋がって、けれど普段とは違うことに気づくのはすぐだった。
 酷くゆったりと、長いストロークで穿たれる。ゆるい動きなのに、グッと最奥を抉られれば痺れるような快感が背を貫いていく。じわじわと追い詰められていく。
「あ…、あぁっ……ィイ……っん……も、っと……」
「ふはっ、かっわいい。まさかお前がこんななると思わなかった」
 早くもっと激しく突かれたい。ねだる言葉を吐いて、はしたなく腰を揺すって。なのに相手は悪戯真っ最中と言わんばかりの子供みたいな笑顔で、変わらぬゆったりとしたリズムを崩すことがない。
「ひっ、……ひぃんっ、も、イきたい、よぉ」
「ばっか、そんな煽んなって」
 啜り泣くまで焦らされて、相手の興奮が増しているのもわかるのに、何を意地になっているのか変わらないリズムがもどかしすぎる。
 こんな風に焦らされるのは初めてだった。ひたすらゆっくり捏ねられるのが、こんなにたまらなく気持ちがいいのも初めて知った。
 でもガツガツ突かれて押し上げられるように精を吐き出す、トコロテンの快楽を知っている。早くいつもみたいに貪られたい。奥を優しく捏ねられるだけでは、いくら気持ちよくても達せない。
「な、っで……も、して、よ……も、っと、……いっぱい、突いて」
「もーちょい我慢だって。後30回」
「さんじゅ、っかい……??」
 何の話だと思った矢先、会話をしながらも変わらず動いていた相手がまた深く奥を穿ってくる。それと同時に、微かに耳に届いた鈍い響き。
「まさ、か……」
「気付いてなかったか」
 そ、除夜の鐘。と笑った顔はやっぱり子供の顔だ。というか後30回ってことは、ずっと数を数えていたのか?
「ば、っかじゃ、ない……の」
「でもお陰で、今まで知らなかったお前が見れてる」
 ゆっくり奥突かれるのキモチィんだろと、また一つ鐘が鳴るのに合わせて奥を突かれる。
「っぁあ」
「ほら、すっげ善さそ。こんな気持ちぃならさ、トコロテンじゃなくてメスイキってのも出来んじゃね?」
 メスイキってのは確か、吐精もないままお尻だけでイッちゃうことだっけ?
「む、りぃ」
「ま、今日は無理でも、いつかな」
 お前はきっとイケるようになるよと、そんな断言嬉しくない。
「そ、なの、やだぁ」
「なんで? 俺は見たいけどなぁ」
 今度トコロテン出来ないように根本押さえたまま突いてみようかなんて、また新たな遊びを思いついたとばかりに言われて、嫌々と首を横に振った。でもきっと、忘れた頃にやられてしまうんだろう。そんな予想に、吐き出せないままガツガツ突かれて無理矢理押し上げられることを想像して、ブルリと体を震わせる。
「あ、期待した?」
 そんな言葉とともに性器の根本をキュッと握られた。慌てて止めてと声を上げたが無視されて、そのまま数度、鐘の音に合わせた律動が繰り返される。
 ゆっくりとした動きは元々イケるような刺激ではないのに、吐精を許されないと思うとなぜか余計に追い詰められる。さっきよりも更に気持ちがいい、気がする。
「やぁあ……」
「嘘ばっか。中、めっちゃうねってんだけど」
 イケそうならこのままイッてと言いながら、結局、除夜の鐘が鳴り終わるまでそのままゆっくりと突かれ続けた。つまりキモチイイは増したものの、やはり達するまでには至らなかった。
「はは、残念。じゃ、年も明けたみたいだし、焦らすのはここまでな」
 俺ももうさすがに限界との言葉を最後に、根本を押さえ続けていた手が外される。そうして漸く、いつも通りガツガツと貪られて、あっと言う間に頭の中が真っ白に爆ぜた。

明けましておめでとうございます。
昨年はたくさんのご訪問・閲覧・ランキング応援・コメントなどなど、ありがとうございました。とても励みになってます。
本年も基本一日置き更新を頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
2日からは通常通り偶数日午前中更新の予定です。

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

彼女が欲しい幼馴染と恋人ごっこ(目次)

キャラ名ありません。全10話。
高校3年生×大学1年(視点の主)。幼馴染。
幼馴染の親に頼み込まれて家庭教師を引き受けた視点の主が、彼女が居たら受験勉強頑張れるという幼馴染に、彼氏だけどと恋人ごっこを持ちかける話。
クリスマスから卒業までの4ヶ月を、季節イベントに絡めて書いていこうというチャレンジをしてました。
最終的にごっこではない本当の恋人になります。

エロ描写があるのは最終話だけです。一応タイトル横に(R-18)と記載してあります。

1話 恋人になってみた
2話 クリスマス・イブ
3話 クリスマス
4話 初詣 1
5話 初詣 2
6話 バレンタイン
7話 ホワイトデー
8話 卒業 1
9話 卒業 2
10話 卒業 3(R-18)

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

エイプリルフールの攻防

目次へ→

 まだ寝ていた春休みの朝、チャイムを連打されて起こされた。渋々玄関の戸を開ければ、そこには思いもかけない人物が立っている。
「え、何? なんでお前?」
 そこに居たのは地元の知り合いだった。いや、知り合いというか犬猿の仲というか、あまり良好とは言い難い関係を長年続けてきた元同級生だ。
「寝ぼけてんのか? お前に愛を囁きに来たに決まってんだろ」
 にやりと笑ってみせるから、今日がエイプリルフールだったことを思い出す。
「まさか今年も来るとは思ってなかった」
 大学への進学を決めて、先日引っ越してきたばかりのこのアパートは、実家から片道三時間オーバーの場所にある。
「もはや恒例行事だ」
「というか住所良くわかったな」
「お前の親に聞いたら、笑いながら教えてくれたぞ」
 思わず何やってんだよ母ちゃんと呟いてしまったら、相手は楽しそうに笑いながら、離れても仲良くしてやってねって言ってたぞなんて言うから、親は自分たちの関係を大きく誤解しているらしいと知った。
 いや、毎年毎年、春の玄関先で告白ごっこをしている息子たちを見ていたら、そう誤解するのも仕方がない。
「お前、どんだけ俺好きなんだよ」
「始発で駆けつける程度には、愛してるよ」
 にやりと笑い返してやったら、ふわっと笑いつつも真剣な声のトーンで告げてくるから、ああくそダメだと内心では既に白旗を振った。嘘だってわかってても嬉しいとか頭沸いてる。
「照れんなよ。可愛いな」
 顔赤くなってんぞと指摘されて、言われなくてもわかってると思いつつ、相手の腕を掴んで取り敢えず家の中に引き込んだ。どう考えても玄関の戸を開けながらする会話じゃない。
「今年はやけに積極的じゃないか」
「引っ越してきたばっかだし、近所に見られたくない」
「ああ、まぁ、確かに。配慮不足で悪かった」
 素直に謝られて拍子抜けだ。どうやら親含む実家近辺では、エイプリルフール限定の遊びとして認識されている自覚が、こいつにもちゃんとあったらしい。
「つーかお前も、本当によくこう長いことこんなバカなこと続けるよな」
「お前に正面切って好きだといえるのはこの日だけだしな」
「でももういい加減俺も慣れきってるし、そうそうお前が楽しい反応もしてないんじゃないの?」
 言いながら、初めて好きだと言われた大昔へ思いを馳せる。あれはまだ小学生の頃で、多分たまたま出くわしただけだった。普段何かと衝突することが多かった相手に、いきなり好きだと言われて腰を抜かす勢いで驚いたら、こいつは爆笑してエイプリルフールだと言ったのだ。もちろんその後、自分たちの関係が悪化したのは言うまでもない。
 その後数年は何もなかったのに、中学三年の春にわざわざ自宅まで押しかけてきたこいつは、またしても好きだと言って驚かせてきた。過去にエイプリルフールと笑われた事なんて忘れていたから一瞬本気にした。中学に上がってからはそこまで険悪な仲ではなかったし、好きな女子にすら告白できない自分と違って、男相手に告白するという勇気を純粋に凄いと思って、好きな子いるからゴメンと誠意を持って丁寧にお断りしたのだ。なのにこいつはにやりと笑って、エイプリルフールと一言残して帰っていった。もちろんその後、自分たちの関係は悪化した。
 そして高校に入学してからは、毎年4月1日に実家を訪れ、お前が好きだと言うようになった。さすがにもう信じることもなく、嘘つきと追い返したり、はいはいお疲れ様ですと軽く流してみたりしたのだが、昨年、嘘だとわかっているのにトキメイてしまって慌てた。おかげで、高校三年次はひたすらこいつを避けて生活するはめになってしまった。
「お前の反応がおかしくて続けてるってより、待ってる、が正しいな」
「待ってるって何を?」
「お前が俺に好きだっていうのを」
「は?」
「こんだけ嘘の好きを並べ立ててるのに、お前は驚くか呆れるかで、自分も嘘をつき返そうとはしないんだよな」
「ああ、その発想はなかったわ」
 そうか。嘘ってことにして好きって言っていいのか……
「じゃあ、俺もお前のこと、好きだよ」
 口に出してみたら、思いのほか恥ずかしい。だって嘘だけど、嘘じゃないから。
「そうか。ならやっと、両想いだな」
 グッと腰に手が回ったかと思うと、ふふっと楽しげに笑った相手の顔が近づいて、軽く唇が塞がれる。
 すぐに離れていく顔を呆気にとられて見つめてしまったら、満足気な顔でにやりと笑う。胸の奥を鋭い何かで突かれるような痛みが走るくらい、それは酷く嫌な顔だった。
「バカすぎだろ。お前の反応、まだまだめちゃくちゃ楽しいぞ?」
「死ねっ!」
 閉じたばかりの玄関扉を開いて、グイグイと相手を押し出した。
 ガチャリと鍵を閉めて、閉じたドアに額を押し付ける。ぐっと歯を食いしばっていなければ、泣いてしまいそうだと思った。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

ハロウィンがしたかった

 体の関係ばかり先行していた利害関係を断ち切って、随分と遠回りしまくった挙句、先日ようやく恋人となった男が予告なく訪ねて来たのは、夕飯を終えてちびちびと酒を飲んでいた21時頃だった。
 追い返す理由もないので部屋に入れたが、相手はなんだかそわそわとして落ち着きがない。それを珍しいと思ってしまうのは、凛として隙の無い雰囲気を纏っていた昔の彼のイメージが強いからだろうか。
 感情を大きく乱さない訓練をされた彼が、平静を装いきれず、隠しきれない想いに戸惑う様は愛しくもあったが、それと同時に、彼にそんな想いを抱かせる自分が、彼の側に居続けてはいけないのだと思わされた事もあった。
 その彼が、なんら隠す事なくあからさまに浮き足立つ姿を見せるようになった理由が、もし恋人という関係に起因しているのであれば、これはきっと歓迎すべき変化なのだろう。
 そう思いはするのだが、その態度を指摘して、何かあったのか、何が気になっているのかを尋ねていいのかは、やはり迷っていた。彼がこうまで落ち着きをなくす理由など、まるで想像が付かないからだ。
 それにどうせしばらく待てば、彼の方から何かしらのアクションを起こして来るだろう事はわかっている。だから今自分がすべきは、たとえ彼が何を言いだそうと、受け止める気持ちの準備をしておく事だ。
 酒を飲まない相手のためにお茶を出すだけした後は、読みかけだったレポートを手に取り目を落とす。あのまま彼を意識していたら、どうしたと聞いてしまいそうだった。
 レポートの内容などたいして頭に入ってはこないが、平静を装うことくらいはきっと出来ている。
 やがて意を決した様子で彼が口を開く。
「あ、あのさ、Trick or Treat」
 は? という内心の驚きを、音に出さずどうにか飲み込んだ自分をほめてやりたい。それでもさすがに、しげしげと相手の顔を見つめることは止められなかった。
 ハロウィンという単語も、トリックオアトリートの決まり文句も知ってはいる。しかし、言われてようやく、そういやそんなイベント日だったかと思い出す程度の認識で、自分には全く無縁の物と思っていた。
 いやでも思い返せば、彼は様々なイベントの企画運営などに関わる事も多い。仕事だから仕方なくではなく、彼自身が好きで関わっているという可能性もあるのだろうか。会場での彼を見かけることも過去には何度かあったが、確かに活き活きしていたような気もした。
 その可能性に思い至って、色々知った気になっているだけで、まだまだ知らない事だらけだなと、どうにか内心の驚きを鎮めにかかる。
 最初の驚きが去れば、次に来るのは照れと期待からか頬を上気させている彼に、何を差し出せるのかという問題だ。
 素直に菓子など用意してないと告げて、イタズラを受けるのはいくらなんでも余りに悔しい。多分それ狙いで予告なく訪ねて来たのだと気づいてしまえば尚更だ。
 酒のツマミとしてテーブルの上に出していた、乾き物のスルメイカを咄嗟に摘んで差し出した。これは自分にとっては土曜の夜のちょっとした贅沢品だから、相手の言葉に従ってもてなしの品を差し出した事に変わりはない。
 何か言われたら、大人相手なんだから菓子である必要はないはずだと言い返すつもりでいたのに、差し出されたスルメイカを彼は随分と楽しげに受け取った。
「ありがとう」
 固いねとは言いながらも素直にそれを口に運び咀嚼する。そんなものでいいのかと思ったら、やはり内心は驚きでいっぱいだ。
 いいところのボンボンでもある彼と、スルメイカという組み合わせは、似合わないことこの上ない。けれどそれを言ったらそもそも、このボロアパートの居室に彼の姿が似合わない。
 まぁ、そんなものがいちいち気になるようでは、彼の隣にいつづけることなど出来ないけれど。
「もっと食うか?」
 彼が渡したスルメイカを全て飲み下したのを見て、テーブルの上に広げたスルメイカのトレイをそっと彼の側へ押し出してみた。
「うん。貰う」
 すぐに手が伸びて、もう1切れ摘んでいく。
「これけっこう美味しいね」
「そうか。それは良かった」
「うん。でさ、お酒、続き飲まないの?」
「飲んでるが?」
「嘘。さっきから飲んでないし食べてもないよ」
 クスクスと笑われて、全く平静を装えてなかったらしいと気づく。
「驚かせてごめんね。ちょっと、やってみたくてさ」
「いや、いい。それで、お前が満足できたなら」
「うーん……満足、はしきってないんだけど、でもなかなか楽しい反応だったよ」
 満足しきっていないのか。だとしたら、足りないものはなんだろう?
 そんなこちらの思考を読んだように彼が口を開いた。
「ボクを満足させてくれる気があるならさ」
 一度言葉を区切って見つめてくる彼に、先を促すよう頷いてやる。
「君も言ってよ」
 それは当然、先ほどの決まり文句を指しているのだろう。
「なんだ。渡したい菓子でもあるのか?」
 これ美味しいんだよと言って、見たこともないパッケージの食べ物を渡される事は今までもあった。今回のもそれの延長かと思わず聞き返してしまえば、彼は楽しげな顔でとんでもないことを言い出した。
「じゃなくてさ。いたずらされたいな、って」
「おまっ……」
 流石に今度は驚きの音を飲み込むことが出来ない。彼はますます楽しげな顔で、こちらの言葉を待っている。
「トリック、オア……、トリート」
 観念して告げれば、どうぞいたずらしてと言わんばかりに腕を広げてみせる。
 まったく、本当に、予想外も甚だしい。
 色々なしがらみに隠されて見えにくいだけで、可愛い人だ、とは元から思っていたのだ。けれど元々身体の関係はあったのだから、恋人になったくらいでは、そう大きく変わることもないと思っていた。ここまで変わるなんて事は、まるで思っていなかった。
 恋人という関係を結んだ日、ずっとこの日を待ち望んでいたのだと、泣きそうに笑った顔を思い出す。どうやら自分は、彼と恋人になるという事の重大さを、少し甘く考えていたのかもしれない。
 きっと長年彼の中に鬱屈して溜め込んでいたものが、これからどんどんと噴き出してくるのだろう。
 まったく、本当に、なんて愛しい。
 どんな悪戯で彼を喜ばせてやろうと思いながら、広げられた腕の中に飛び込んだ。

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁