エイプリルフールの攻防

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 まだ寝ていた春休みの朝、チャイムを連打されて起こされた。渋々玄関の戸を開ければ、そこには思いもかけない人物が立っている。
「え、何? なんでお前?」
 そこに居たのは地元の知り合いだった。いや、知り合いというか犬猿の仲というか、あまり良好とは言い難い関係を長年続けてきた元同級生だ。
「寝ぼけてんのか? お前に愛を囁きに来たに決まってんだろ」
 にやりと笑ってみせるから、今日がエイプリルフールだったことを思い出す。
「まさか今年も来るとは思ってなかった」
 大学への進学を決めて、先日引っ越してきたばかりのこのアパートは、実家から片道三時間オーバーの場所にある。
「もはや恒例行事だ」
「というか住所良くわかったな」
「お前の親に聞いたら、笑いながら教えてくれたぞ」
 思わず何やってんだよ母ちゃんと呟いてしまったら、相手は楽しそうに笑いながら、離れても仲良くしてやってねって言ってたぞなんて言うから、親は自分たちの関係を大きく誤解しているらしいと知った。
 いや、毎年毎年、春の玄関先で告白ごっこをしている息子たちを見ていたら、そう誤解するのも仕方がない。
「お前、どんだけ俺好きなんだよ」
「始発で駆けつける程度には、愛してるよ」
 にやりと笑い返してやったら、ふわっと笑いつつも真剣な声のトーンで告げてくるから、ああくそダメだと内心では既に白旗を振った。嘘だってわかってても嬉しいとか頭沸いてる。
「照れんなよ。可愛いな」
 顔赤くなってんぞと指摘されて、言われなくてもわかってると思いつつ、相手の腕を掴んで取り敢えず家の中に引き込んだ。どう考えても玄関の戸を開けながらする会話じゃない。
「今年はやけに積極的じゃないか」
「引っ越してきたばっかだし、近所に見られたくない」
「ああ、まぁ、確かに。配慮不足で悪かった」
 素直に謝られて拍子抜けだ。どうやら親含む実家近辺では、エイプリルフール限定の遊びとして認識されている自覚が、こいつにもちゃんとあったらしい。
「つーかお前も、本当によくこう長いことこんなバカなこと続けるよな」
「お前に正面切って好きだといえるのはこの日だけだしな」
「でももういい加減俺も慣れきってるし、そうそうお前が楽しい反応もしてないんじゃないの?」
 言いながら、初めて好きだと言われた大昔へ思いを馳せる。あれはまだ小学生の頃で、多分たまたま出くわしただけだった。普段何かと衝突することが多かった相手に、いきなり好きだと言われて腰を抜かす勢いで驚いたら、こいつは爆笑してエイプリルフールだと言ったのだ。もちろんその後、自分たちの関係が悪化したのは言うまでもない。
 その後数年は何もなかったのに、中学三年の春にわざわざ自宅まで押しかけてきたこいつは、またしても好きだと言って驚かせてきた。過去にエイプリルフールと笑われた事なんて忘れていたから一瞬本気にした。中学に上がってからはそこまで険悪な仲ではなかったし、好きな女子にすら告白できない自分と違って、男相手に告白するという勇気を純粋に凄いと思って、好きな子いるからゴメンと誠意を持って丁寧にお断りしたのだ。なのにこいつはにやりと笑って、エイプリルフールと一言残して帰っていった。もちろんその後、自分たちの関係は悪化した。
 そして高校に入学してからは、毎年4月1日に実家を訪れ、お前が好きだと言うようになった。さすがにもう信じることもなく、嘘つきと追い返したり、はいはいお疲れ様ですと軽く流してみたりしたのだが、昨年、嘘だとわかっているのにトキメイてしまって慌てた。おかげで、高校三年次はひたすらこいつを避けて生活するはめになってしまった。
「お前の反応がおかしくて続けてるってより、待ってる、が正しいな」
「待ってるって何を?」
「お前が俺に好きだっていうのを」
「は?」
「こんだけ嘘の好きを並べ立ててるのに、お前は驚くか呆れるかで、自分も嘘をつき返そうとはしないんだよな」
「ああ、その発想はなかったわ」
 そうか。嘘ってことにして好きって言っていいのか……
「じゃあ、俺もお前のこと、好きだよ」
 口に出してみたら、思いのほか恥ずかしい。だって嘘だけど、嘘じゃないから。
「そうか。ならやっと、両想いだな」
 グッと腰に手が回ったかと思うと、ふふっと楽しげに笑った相手の顔が近づいて、軽く唇が塞がれる。
 すぐに離れていく顔を呆気にとられて見つめてしまったら、満足気な顔でにやりと笑う。胸の奥を鋭い何かで突かれるような痛みが走るくらい、それは酷く嫌な顔だった。
「バカすぎだろ。お前の反応、まだまだめちゃくちゃ楽しいぞ?」
「死ねっ!」
 閉じたばかりの玄関扉を開いて、グイグイと相手を押し出した。
 ガチャリと鍵を閉めて、閉じたドアに額を押し付ける。ぐっと歯を食いしばっていなければ、泣いてしまいそうだと思った。

続きました→

 
 
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太らせてから頂きます

 奢ってやるから出ておいでーとラインを送れば、すぐに既読がついて、どこ、という簡素な返事が書き込まれた。
 一応大学サークルの後輩なのだが、ラインの文面はいつもこんなだ。携帯で文章を打つのが苦手だとかで、だからちゃんと返事が来るだけマシらしい。まぁ、返事が来るのは奢るって内容で呼びかけたからなんだけど。
 しかも、サークルの後輩なのに、こうしたサークル以外の個人的な呼び出しで会ってる時間のほうが明らかに多い。というか現在のこいつはほぼ幽霊会員というやつだ。
 理由は実家の経済状況が悪化して仕送り額が大きく減ったから。バイト増やして顔出せなくなるから辞めると言うのを引き止めて、取り敢えず籍を置いたままにさせたのは自分だ。
 こちらも簡素に家とだけ書き込めば、次はピザとだけ返る。その後も単語だけみたいなやり取りを数回繰り返し、終えた後は相手希望のピザを注文した。すぐ出れると言っていたから、到着はきっと同じくらいになるだろう。
 やがてチャイムが鳴り、先に到着したのはピザではなく呼びつけた相手だった。
「ごちになりまーす」
 ラインの文面とは打って変わって、笑顔と共に元気よく告げながら、相手は手にしたビニル袋を差し出してくる。近所のスーパーの名前入りビニル袋の中身は、1.5リットルサイズの炭酸飲料ペットボトルだ。
「はいはい。ごちそうしますよー」
 上がってと促し、自分は受け取ったペットボトルを持っていったんキッチンに立った。
 中身をグラスに注いで部屋に持っていけば、慣れた様子で既に座卓前に腰を下ろしていた相手が、わかりやすく嬉しそうな顔をする。まぁ、ピザと一緒に飲みたくて買ってきたのだろうから、当然の顔なんだけど。
 チャイムが鳴って、今度こそピザが届いたらしい。パッと期待に輝く顔に、可愛いなぁと思う気持ちを噛み締めつつ、もう一度玄関へ向かった。
 待ちきれないのか席を立って付いてくるのもまた可愛い。
 受け取った商品を持ってってと押し付けて、金を払ってから部屋へ戻れば、ピザの箱は既に蓋が開いていた。さすがに手を出してはいないが、こちらの動きを追う目が早くと急かしてくる。
「お待たせ、食べよっか」
「いただきまーす!」
 自分も席に着いて声を掛ければ、やはり元気の良い声が返って、目の前の箱からピザが一切れ消えていく。そしてあっという間に箱のなかは空っぽになった。
「お腹いっぱいになった?」
 聞かなくてもわかるけどと思いながらも、満足気な顔に問いかける。こくりと頷いて、美味かったっすと笑われて、こちらも嬉しくなって笑い返す。
「先輩って、ホント太っ腹っすよね」
「あれ? 下心あるよって前に言わなかった?」
「聞きましたけど、でも何かされたこと一度もないし」
「ヘンゼルとグレーテルの時代から、餌付けして太らせてからおいしく頂くもの、って決まってるからな」
 まったく本気にしてないようで、それじゃあ絶対太れないなぁと笑っている。彼の事情に同情して、時々食事を奢ってくれる先輩、という位置づけなのはわかっていた。
 でも同情してるわけじゃなくて、つけ込んでるって見方が正しい。もちろんそんなの教えないけど。
 餌付けってのは美味いものを食べさせるってだけの意味じゃない。体を太らせるとも言ってない。
 こうして二人で過ごす時間全てが餌付けであり、一番太らせたいのは相手が自分へ向けてくれる想いだって、相手に気づかれた瞬間が多分食べ時。できれば丸々太って先輩好き好きーって状態でおいしく頂きたい。
 時期が来たらむりやり気付かせて食べるつもりだけど、まだまだその時期じゃない。だから今はまだ、何も気づかずにいてほしい。
「いつかお前が太るの楽しみだなぁ~」
「だから太りませんってば」
「じゃあもっともっと食べさせないとなぁ」
「あざーっす」
 言ったら、こちらの思惑通り単純に、また奢ってやるって意味に捉えた相手が嬉しそうに笑った。

続きました→

 
 
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呼ぶ名前

 目の前の親友に恋をしてしまった。
 言えなくて、苦しくて、めちゃくちゃ心配されて、それでもどうにか口にできたのは、男を好きになったという部分だけだった。その程度なら、即、気持ち悪いと友情を切ってくるような相手じゃないと、付き合いの深さからわかっていたからだ。
 でもそれ以上はさすがに言えない。だって所詮は他人事ってのと、自身の問題とってのじゃ、天地ほどの差があるだろう。
 だから架空の片恋相手を作り上げて、切ない想いをたまに聞いてもらっていた。バカな真似をしている自覚はあったが、想いを隠しきれなくて相当心配をかけてしまった以上、そうするしかなかった。
 大きな誤算は、そんなに辛いなら俺が慰めてやろうかと、親友が言い出した事だった。
「そいつの代わりでいいよ。なんなら、そいつの名前で俺を呼んだっていい」
「バカなの?」
 バカなのは自分だ。好きだといった男の名前は架空のもので、本当に好きなのはお前だと、こんな提案をされてさえ言えなかった。言えなかったくせに、その優しい申し出を受け入れてしまった。
 だって親友とは親友のままでいたかった。恋人になんてなって破局したら、もう友人になんて戻れないかもしれない。代わりにという提案を受け入れるだけなら、親友はやっぱり最高に優しい男だったってだけで済む。もし試して上手く行かなくても、友情までは壊れないだろう。
 要するに、そんな逃げ道を作ってしまうくらい、恋の成就よりも親友と親友のままでいたい気持ちが強かった。
 でも、だったら、代わりになんて提案も、きっちり断るべきだったんだ。
「あいつの名前、呼ばないの?」
 触れてくれる手の気持ちよさにうっとりしていたら、呼んでいいよと優しい声が促してくる。
「な、んで……」
「あいつになりたいから?」
 代わりに慰めるのだから、名前を呼ばれることでなりきりたいって事だろうか?
「呼びなよ」
 再度促されて、架空の想い人の名前をそっと呼んでみた。わかりやすく胸がきしんで、ぶわっと涙があふれだした。
 後悔なんてとっくにしてる。でも間違った選択を重ねすぎて、どうしたらいいのかわからない。
 はっきりとわかっているのは一つだけ。
 親友と親友で居続けることさえ諦めればいい。でもそれを選べるなら、こんなことにはなってない。
「ああああゴメン。泣かせたかったわけじゃない」
 ごめんごめんと繰り返した相手は、もう呼べなんて言わないと言いながら、宥めるようにあちこちを撫でさすってくれる。優しくされて嬉しいのに、でもその優しさが辛くて、涙はしばらく止まりそうになかった。
 そんな風に始めてしまったいびつな関係は、それでもぎりぎり親友と呼び合う関係のまま、一年半ほど続いていた。でもさすがにもう終わりだなと思うのは、高校の卒業式が目前だからだ。
「ねぇ、お願いあるんだけど」
 体を繋げた状態で見下してくる相手は、珍しく不安そうな顔をしている。
「なに?」
「名前、呼んで欲しい」
 初めての時以来の要求だけれど、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「えっ……」
 躊躇ってしまえば、ずいぶんと申し訳なさそうな顔をする。
「お前泣かせたいわけじゃない。でも、このままお前と親友のまま卒業していくの、やっぱヤダ。だから呼んで、俺の、名前」
 多分お前の気持ち知ってると思うと言った相手は、更にゴメンと続けた。
 意味がわからなすぎて混乱する。
「い、いつから……?」
「初めてお前とこういう関係になって、あいつの名前呼ばせて泣かれた時、あれ? って思った。後はまぁ、こういう関係続けてるうちに、確信に変わった感じ」
 あいつって実在してるの? という問いかけに首を横に振ったら、わかりやすくホッとされた。
「てことは、俺の勘違いじゃないよな?」
「俺、ずっとお前と、親友でいたくて……」
「あー、うん。それも知ってる。だからゴメン。お前と、親友ってだけのまま卒業したくないのは、完全に俺のわがまま。だからお前にお願いしてる」
 もう一度、名前を呼んでと甘い声に誘われて、親友の名前を口に出す。
 胸がきしんで涙があふれる、なんてことは起こらなかった。

 
 
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童貞が二人 1

 小さな部屋の真ん中で、成人したばかりとはいえとっくに成長期を終えたそこそこ大柄な男性二人が顔を突き合わせ、二人の間に置かれたゴムとローションとイチジク浣腸を持て余すように見つめる図というのは、なんとも情けないよなと内心思う。
 この後やることはわかってる。知識は一応ある。問題は、どっちがどっちの役をやるかという点だ。
 男同士ではあるけれど、いろいろと紆余曲折あって恋人となったからには、やっぱりセックスだってしてみたい。キスをして、互いの体に触り合って、それだけでも充分に気持ちいいけれど、出来れば好きな人と体を繋げる経験をしてみたい。
 そこまでは互いの気持ちを確認済みだった。二人共がそう思っているなら、これはもう、やるしかないだろう。
 場所は一人暮らし中の相手の家だ。実家から通学圏内の自分と違って、彼は大学近くに下宿している。恋人という関係になる前から、たびたび遊びに来ていた彼の部屋は、割と立地が良い。しかも居心地がいい。思うに、この部屋の存在がなければ、今の関係もなかったかもしれない。
 男二人でラブホという勇気はないので、片方だけでも一人暮らしをしてて本当に良かった。キスも、触りっこも、初めてはこの部屋の中でだった。いやまぁ初めてだけじゃなく、キス以上のことをこの部屋の外でやったことはないけれど。
 だから二人でワーワーギャーギャーマジかよって言いながら方法を調べて、ジャンケンで負けたほうが必要な物を買いに薬局まで行って、でもそこから先が問題だった。
 互いに相手を抱く側になりたいその理由は明白だ。
 童貞に抱かれるなんて怖い。この一言に尽きる。でもお互い童貞だから、相手に強気で出ることも出来なかった。
 自分が傷つくのはもちろん嫌で、でも相手を安心させるだけの材料もない。
「ジャンケン……とか?」
 それで負けたからってちゃんと覚悟が決まるかは甚だ疑問だと思いながらも、このまま二人黙りこんでいても埒があかないと口に出してみた。
「それもありっちゃありだけど、それよりさ、やっぱ上手い方が抱く側になるのが良いと思うんだよな」
「どう判定するんだよそれ」
「そう。俺はそれをずっと考えてた」
 お前、黙ってる間そんなこと考えてたのか。てかそれを言うってことは、何かしら判定方法が見つかったってことなんだろうか。
「それで、結論出たのか?」
「うんまぁ、考えた中で一番良さそうなのはさ、同時に相手のケツ穴弄り合って、先に気持ちよくなったほうが入れられる側。ってのなんだけどどうだろう?」
「っ……」
 かなり想定外の返答に、思わず言葉に詰まってしまった。
「あ、やっぱドン引き?」
 苦笑顔に、うううと唸る。互いに互いのを握って扱き合うのの、アナル弄り版って事らしいが、どうなんだそれ。そんなのってありなの?
「ジャンケンする?」
「ちょっと待って。考えてる」
「俺、お前のそういうとこ、ホント好き」
 へへっと笑った顔が近づいて、軽いキスを一つ奪っていく。
「即バカ言うなって言わないで、一度はちゃんと考えてくれるとこ、好き」
「俺はお前の、その突拍子もない発想が、好きだから」
 口に出したら、なるほどと何故か自分の言葉に納得してしまった。
「ん、じゃあ、取り敢えずそれ、試してみるか」
 言えば相手が嬉しそうに、そして幸せそうに笑ったから、多分これで良かったのだろうと思った。

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思い出の玩具

 小学四年生の秋ごろまで住んでいた市にある大学への進学が決まった時、昔の友人知人に会えたりするのだろうかという期待はした。少し珍しい苗字だから、覚えてくれている人だって居るかもしれない。
 そんな期待はもちろん、大学生活に慣れるとともに消えていった。
 昔の友人と言ったって、引越し後にまで交流が続くような相手じゃなかったわけだし、小学生が大学生に成長したら顔でわかるなんてことも起こらない。そもそも同じ市内と言っても端と端ってくらい離れている上、最寄り駅だって違うのだから、それはもう昔住んでいた場所に戻ってきたとは言わないって事にも気づいていた。
 だから、バイト中に話しかけてきた客が、昔この辺りに住んでませんでした? と、昔住んでいた近辺住所を言った時には随分と驚かされた。肯定したら随分と嬉しそうに笑って名前を告げられたが、その名前には確かに聞き覚えがあった。
 相手は胸のネームプレートで気づいたと言ったから、バイト先がネームプレート必須で良かったなと思ったのを覚えている。
 その男にゆっくり話がしたいと誘われて、バイト後に近くのファミレスで一緒に食事をし、連絡先を交換した。
 それからは時々会って一緒に遊ぶようになった。相手はたまに、昔一緒に遊んでいたという他の仲間も引き連れてくる。とは言っても、昔話に花を咲かせるという事はそんなに多くはなかった。気の合う友人が一人増えた、くらいの感覚だ。
 それでも一緒に遊んで色々と話をしているうちに、昔のこともあれこれと思い出してくる。
 そういや、引っ越しするときに何か貰わなかったっけ? という事を思い出したままに口にしたら、相手にかなりの動揺が走って驚いた。その場はなぁなぁで流されてしまったが、そんな対応をされたらむしろ気になるってもんだろう。
 長期休暇で帰省した際に、部屋中ひっくり返す勢いで探してみたら、それは出てきた。小さな変形ロボットのおもちゃで、当時はやっていたアニメのものだと思う。
 確かにこれだ。しかしなんでこれを渡されたのかはわからない。あの時、彼は何と言ってこれを渡して来たんだっけ?
 古い記憶を辿りながら手の中のおもちゃを弄りまわしていたら、ぽろりと何かが落ちて、しまった壊したと慌てる。しかしそれと当時に、思いがけない部分が開いて、中には小さくたたまれた紙が一枚仕舞い込まれていた。
 下宿先にそれを持ち帰り、さっそくファミレスに相手を呼び出してそれを見せる。
「ちょっ、それっっ!」
「探したら、出てきた」
「そ、そうなんだ。で、なに? 持ってきたってことは、返してくれたりするの?」
 テーブルの上に伸ばされた手に慌てて、とっさにそのおもちゃを、広げた自分の手で覆い隠した。その手の上に相手の手が乗っかり、次には相手が大慌てで乗った手を引っ込める。一瞬触れた熱と相手の赤くなった顔に、嬉しいという気持ちが湧いたから、覚悟を決めた。
「あのさ、これ貰った時、なんて言ったか、覚えてる?」
「さ、さあ、なんて言ったかなぁ。なんせずい分昔のことだし?」
 ああこれ、絶対覚えてる。良かった。
「これ、お前の気持ちらしいよ」
 俺の気持ちだから持ってってと押し付けられたのを、メモ発見とともに思い出していた。
「そそそそそうなんだ。まぁ、大事にしてたおもちゃだったしな」
 相手の動揺が酷くて、なんだかいじめているみたいな気分になる。別に責めるつもりなんて欠片もないのに。
「これ見つけた時、弄ってたら妙なとこが開いて、ちっさなメモが出てきてさ」
「うっ」
「こういう玩具、まったく詳しくなかったから、気づかなくってごめん」
「い、いやいやいや。俺が勝手に押し付けたものだから。気づいてくれなくてもいいって、思ってたやつだし」
「あのさ、これって、今も有効だったり、する?」
「えっ?」
「今のお前の反応みて、ちょっと期待はしてるんだけど。でも、そんなの昔の思い出の一つで、むしろ黒歴史。ってことなら、これはお前に返すよ」
「え、あの、何気持ち悪い事してんだよって罵倒とか、……じゃなく?」
 ああ、そういう心配をしていたのか。
「メモ見つけた時、正直嬉しかった」
 好きだ、と3文字だけ書かれた小さな紙。子供だった彼が、どんな想いを込めて綴り、隠したそれを渡してきたのかと思うと、その記憶の中の小さな男の子が、たまらなく愛しいって気持ちが湧いた。
「こうやって再び出会えたのも、お前とは何かの縁があったりするのかなって、思った」
 だからさ、と更に言葉を続けようとしたら、相手が眉を下げたほんのり泣きそうな顔で先に言葉を発した。
「でもお前、普通に女、好きじゃん。俺が気持ち悪く、ないわけ?」
「気持ち悪くないよ。というか、もし気持ち悪かったら、メモには気づかなかったことにしてそっと距離置くくらいするって」
「そんなの言われたら、期待、するけど。てか俺、お前に初恋して、それ結構拗らせてる自覚あるんだけど」
 初恋で、しかも拗らせてるのか。でもそれを聞いても、気持ちが変わることはなかった。
「期待して、いいよ」
 言ったらますます泣きそうな顔で、今もお前が好きだと返された。

 
 
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兄の彼氏を奪うことになった

 2つ上の兄との仲がこじれ始めたのは、自分が中学に入学した頃だったと思う。それまでは本当に仲が良く、というよりも大好きでたまらない自慢の兄だった。
 確かに兄は自分より見た目も頭も良い。自分が勝てるのはスポーツ方面くらいだが、それだって僅差だし、世間一般で言えば充分文武両道の域だろう。
 人当たりも要領も良いから、親や先生からの信頼も抜群だし、そんな兄を好きなる女子が大量に湧くのも不思議じゃない。
 ただ、好きになった女の子もやっとお付き合いに至った彼女も、ことごとく兄に奪われてしまった。
 好きになった子が兄を好きだった、というのはまだ仕方がないと諦められる範囲だ。しかし、恋人として付き合っていたはずの女の子に、お兄さんを好きになってしまったからと別れ話を切りだされたり、よくわからない理由で振られた後その子が兄と親しげにしていたり、彼女だったはずの女の子が自宅で兄と仲良くお茶していたり、もっと言えば現彼女や元彼女が兄の部屋でアンアン言っていたりする場合もあるのだからやってられない。
 お前の彼女だって知らなかったという言い訳も聞き飽きたし、共働きで帰宅が遅い親からの絶大な信頼を得ていながら、自宅に女の子を連れ込んで致している奔放さも、その相手がコロコロと変わる不誠実さにもだんだんと呆れて、自分に対しても一応変わらず優しい兄だったけれど苦手意識ばかりが強くなる。
 女の子から告白される場合は、狙いは兄の方とまで思うようになったし、女の子という存在が信じられなくもなり、彼女という存在を作らなくなって数年。
 ある日自宅の玄関を開けたら、兄が男とキスをしていた。
 さすがに驚きビビりまくる自分に、動揺や悪びれる様子を全く見せないまま、兄は今付き合ってる恋人だと言って相手の男を紹介した。わざわざ紹介なんてされなくたって、その男の名前や年齢くらいは自分も知っている。
 その男は自分にとってはバイト先の先輩で、兄にとっては大学の同期なんだそうだ。
 先輩に兄との繋がりがあることも、兄が男まで相手に出来ることも、まったく知らなかった。ついでに言えば、成り行き上だったにしろ、兄の恋人としてちゃんと紹介された人物は彼が初めてだ。
 正直に言えば、それ以上関わる気なんてなかった。兄がどこの誰と付き合おうと知ったこっちゃない。
 ただ先輩の方から近づいてくる。バイトのちょっとした空き時間や休憩中に話しかけてくる。
 最初は恋人の弟とは仲良くしておこう的なものかと思っていた。兄という恋人が居ながら、兄より劣る自分にモーションを掛けてくる相手の存在なんて居るはずがない。
 なのに、ある日意を決した様子で、先輩に好きだと告白されてしまった。しかも、兄と恋人になったのは、自分の兄だと知ったせいだという。
 兄でいいと思っていたが、知られた時に罵倒したり拒絶反応を示さなかったのを見て、もしかして受け入れてもらえるのではと思ってしまったらしい。どうでも良かっただけとは、真剣な告白を受けた直後には言えなかった。
 本当にどうでも良かっただけで、男同士での恋愛になんてまったく興味はなかったが、兄よりも自分を選んで貰ったという初めての経験に気持ちは大きく揺れた。散々兄に恋人を奪われてきたのだから、自分だって奪ってやればいいじゃないかという気持ちもある。
「お前、あいつと付き合うの?」
 珍しく自室のドアを叩いた兄は、入ってくるなりそう聞いた。
「えっ?」
「お前に告白して返事待ちって聞いたんだけど」
「あー、うん。告白は、された」
「付き合うの?」
 再度聞かれて、よほど気になるらしいと気付いた。もしかしなくても兄自身が彼に結構本気なのだろうか。
「もし俺がオッケーしたら、兄貴、どうするの?」
「断ってよ」
「えっ?」
「過去にお前の彼女とそういう仲になったことは確かにあるけど、お前の彼女とは知らなかったって言ったよね? でもお前は、俺がちゃんと恋人だって紹介した相手を、俺から奪うわけ?」
「でも、兄貴よりも俺を選んでくれたの、先輩だけだもん」
 あ、これ、まるで奪ってやる宣言だ。と思った時には遅かった。
「あ、そう。なんだ。もう返事決まってるんだ」
 ポケットから携帯を取り出した兄はどこかへ電話をかけ始める。相手が先輩だということはすぐに気付いた。
「弟もお前のこと、好きみたいだからもういいことにする。別れることに決めた。うん。引き止めない。うん。うん。いいよ。弟を、よろしく」
 呆然と見つめてしまう中、兄がさっくりと電話を終える。
「聞いててわかってると思うけど、今、あいつとは別れたから。俺の恋人だからで返事躊躇ってたなら、これで心置きなく付き合えるだろ」
 じゃあお幸せにと言い捨てて、兄は部屋を出て行った。
 なるほどコロコロ恋人が変わるわけだと納得の展開の速さではあったが、どうすんだこれと焦る気持ちも強い。
 兄にここまでされてしまったら、先輩に付き合えませんなんて言えそうにない。
 女性不信な自分には、男の恋人がちょうどいいのかな。なんて苦し紛れに自分をごまかしながら、大きなため息を吐き出した。
 覚悟を決めるしかない。明日、先輩に了承の返事を告げようと思った。

 
 
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