弟の親友がヤバイ1

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 仕事休みな土曜の朝というか昼近く、のそのそと起きだしてリビングへ向かえば、そこでは見知らぬ男が大事な弟とイチャイチャしていた。リビングのテーブルに、横に並んで座っている二人の距離がやたら近い。
「誰だそいつ」
 ドアに背を向けて仲良く寄り添う頭が二つとも振り向いて、弟がおはようではなく「おそよう」と笑う。そして隣の男は軽く頭を下げた後で、お久しぶりですと言った。
 会ったことがある相手なのかと、しげしげ相手を見つめて思い出す。随分男くさくなったが、その顔には面影がある。
「あっ、お前、なんで……」
 弟の前だったことを思い出して慌てて口を閉ざした。
 彼は弟が小学校に上がった頃から頻繁に訪れるようになり、中学二年の夏休みを境にここ四年ほど会うことがなかった男だ。何故彼が家に来なくなったかはわかっている。
 弟の親友だというそいつは、明らかに弟に懸想していたから、弟と引き離したくてちょっとした意地悪というか悪戯を仕掛けた。だって大事な大事な弟を、男なんかにどうこうされたらたまらない。
 五つ違いの兄弟だから、弟が中学二年当時はこちらはもう大学生で、成長期などとっくに終わった大人の体だった。背が高いというほどではないが平均的な成長を遂げていた自分が、成長期入りかけの小さな体を後ろから抱き込んでしまえば、相手は抵抗を奪われたも同然だ。
 そして何をしたのかといえば、無遠慮に股間を弄り回して、勃たせて扱いて吐精させた。誰の手でも感じちゃう淫乱だと罵って、弟に手を出したら許さないと脅して、弟の代わりに気持ちよくしてやるからまた遊びにおいでと誘ってやった。
 その後ピタリと顔を見せなくなったことから、遊びに来たらまたやるよという宣言を、彼は正しく理解したようだった。
「今日さー、母さんたち居ないじゃん。泊まりで勉強しに来ないかって誘ったら、たまにはいいかもって言ってくれたから、呼んじゃった。すっげ久々で滾る」
「受験勉強だからな? 遊びに来てるわけじゃないからな?」
 にっこにこで報告してくれる弟に、やれやれといった様子で男が返しているが、その目は随分と優しげだ。
「お前らって、未だに親友やってんの……?」
「は? 当たり前じゃん」
 肯定は弟から即座に返ってきた。
 こんな危険な兄が居たんじゃ親友なんてやってられないと、弟から離れてくれたのだと安心していたが甘かったようだ。家に来なくなったというだけで、学校では変わらず仲良くしていたのかと思うと、騙されたような気持ちすら湧いてくる。
「母さん知ってんのか?」
「もっちろーん。オッケー貰って、布団も用意してもらったもん」
 男同士だからってさすがに一緒のベッドじゃ狭いしねーとあっけらかんと話す弟に、もっと危機感持てよなんてことは言えるわけがない。むしろそこが弟の魅力であり可愛いところであり、だから守ってやらねばと愛しく思うのだ。
「あ、兄さんのご飯ここあるよ。ここ片付けたほうが良い? でも別に目の前で俺らが勉強してたからって構わないよね?」
「ああ、いいよ。どうせお前の部屋、二人で勉強できるスペースなんてないんだろ?」
「えへへ。ゴメンね」
 あまり本気で悪いとは思っていないだろう事は明らかだったが、部屋を片付けておかないからだと小言を続ける気にはならない。むしろ散らかし放題グッジョブ! と言ってやりたいくらいだ。
 弟の部屋で二人きりになどさせてたまるか。こいつはまだ絶対、弟を諦めてなんかいない。むしろ久々に訪れたのは、宣戦布告かもしれないとすら思う。
 なぜなら弟達の正面の席へ腰を下ろして、用意された朝食を食べ始めた自分を見つめる瞳が、ふてぶてしく挑戦的だからだ。
「なに?」
「いえ、別に……ただ、綺麗な箸使いだなと見とれてただけです」
「は?」
「でっしょー。魚とかの骨もね、兄さんすっごく綺麗に取るからね」
 何を言い出してるんだこいつはと呆気にとられたその横で、弟が自慢気に告げた。
「それ前聞いた。だから気になったってのもある」
「あ、そっか。言った言った。で、どうよ。俺が言った通りっしょ?」
「うん。お前が言った通りだった」
 やはり弟に向ける瞳は優しげで、あーこれちょっとマズイんじゃないの? という気がして少し焦る。
 だってさっき、泊まりで誘ったと言っていた。相手は自分がいるのをわかって乗り込んできているのだから、明らかにこちらが不利だろう。
 取り敢えずはゆっくりと朝食を食べつつ目の前の二人を観察して、どうやって邪魔してやるかしっかり考えなければと思った。

続きました→

 
 
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常連さんが風邪を引いたようなので3(終)

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 毎晩のように店に顔を出す男へ個人的な連絡先を渡してから随分と経つが、唐突に二度目の電話が掛かってきて、なぜか食事に誘われた。びっくりしつつも了承し、店の休日である翌日の日曜夜に指定された店へ行く。
 そこは個室のある居酒屋で、通された部屋には既に彼が待っていた。
 まず視線を向けてしまう彼の左手薬指には、一昨日までは光っていたはずの指輪がない。離婚が成立したのだろうことはわかったが、それでさっそく自分を食事に誘ってくる理由がわからない。というか、これは何かを期待して良いのかと混乱している。
 こちらが気付いたことに、彼も気付いていたのだろう。
「離婚、しました」
 いくつか注文を済ませて店員が下がった後で、口を開いた彼からまず出た言葉は、離婚の報告だった。
「みたい、ですね……」
「気持ちに踏ん切りがついたのは、貴方のおかげです。ずっと、きちんとお礼をしたいと思ってました。ありがとうございます」
「や、あの、まったく身に覚えが……」
「放っておいて、くれたでしょう?」
「いやまぁ、そういう方も、いらっしゃるので……」
「嫌な客だろう自覚はあったんですが、ちょっと甘えてしまいまして」
 他の客に絡んで暴言を吐いたり酔って暴れたりしたわけでもなく、いつもカウンターの隅で一人静かに飲んでいただけの彼を、嫌な客だなんて思ったことはない。それを伝えれば、ホッとしたように小さく笑う。
「一人で居るのが寂しかったんですよね。家の中、一人で食事をするのが苦痛で、そのくせ、若干人間不信で必要最低限しか人と話をしたくなかった」
 自宅のあるビルの1階にそこそこ遅くまで営業してる飲食店があったというだけで入ったら、思いのほか居心地が良くて毎晩通ってしまったと彼は言う。
 今日の彼は饒舌だ。
 やがて酒と料理とが運ばれてきて、いったん話は目の前の食事に移ったけれど、ある程度食べて一息ついた後は、また彼自身の話へと戻った。アルコールが入ったからか、それとも二人で食事などという異質な空間に慣れたのか、先程よりも流暢に彼の言葉はこぼれ落ちてくる。
「半年くらいまえに、風邪を拗らせて寝込んでしまった時、ありましたよね」
「ええ。あれがなければ、あなたの名前さえいまだに知らなかったと思いますよ」
 ですよねと言って彼は苦笑してみせる。
「あの時、本当に驚いたんです。毎日顔を出すとは言っても、陰気な客相手に随分と優しくて。しかも、普段はこちらに関わらずに居てくれてたのに、思いのほか強引で」
「あ、いや、なんか、あの時はそのまま帰しちゃいけないような、気がしてしまって……」
「随分と空気を読むのが上手い人だって、思いました」
「えっ?」
「体調が悪かったせいもあるんでしょうけど、人にかまって欲しかったんですよ。かまってと言うか、自分の存在を誰かに気にして欲しかった。具合が悪いならさっさと帰って寝るなりすればいいものを、ほとんど習慣になってたからって店に寄ってしまったのも、部屋に帰って一人になるのが嫌だったからなのに、そんな日に限って親身にあれこれしてくれるんですもん」
 凄く救われた気持ちになったんですと、照れているのかやや俯いて話す彼は、やはりまたありがとうございますと言った。
「あれがなければ、きっとずるずると別居生活を続けてた気がします」
 離婚関係の話に思わず身構えたら、彼は少し困った様子で、聞きたくなければ止めましょうかなどと言う。
「あ、いや、大丈夫です。聞きます」
 というよりは聞きたいのだ。
「別居の理由から話しても? それとも、結論だけにしましょうか」
「俺が聞いてもいいなら、別居の理由から、お願いします」
「聞いて、欲しいんですよ」
 覚悟と期待とを込めて先を促せば、ホッと安堵の息を吐いた後で彼は話しだす。
 別居と人間不信の理由はどうやら繋がっていて、彼の心情を思うとなんだかこちらが泣きそうだ。
「嫌な話聞かせてすみません。ただまぁ、そういうわけで、あの時期は結構気持ちがドロドロだったわけなんですけど、ただ店に通うだけの客に親身になってくれる人も居ると思うと、きっちり向き合って離婚に踏み切るべきだと思いました」
 まぁ当然揉めましたけどと苦笑しつつ、彼は左手を持ち上げる。
「指輪、本当は離婚を決意した段階で外しても良かったんですけど、ケジメを付けるまでの自制にもなりそうで付けてました」
「それ……って……」
 鼓動がいっきに跳ねる。これはもう気配でわかる。
「どうやら俺は、貴方が好きです」
「お、おれ、俺も、好き、です」
 慌てて言い募れば、目の前の男は随分と柔らかで嬉しげな笑みを見せながら、知ってますと言った。
「えっ?」
「気づいてなかったら、いくらなんでも離婚成立直後に告白なんて真似、出来ませんよ」
「えー……」
「今夜はこのまま帰らないで……って言ったらどうします?」
 展開早いなおい! と驚く気持ちと、オールで飲むにはお互いキツイ年齢ですよと誤魔化してしまおうとする気持ちと、ちょっとその誘いに乗ってみたい好奇心とがグルグルまわって口を開けずにいれば、冗談だったらしく彼が思い切り吹き出した。
 派手に笑う姿なんてもちろん初めてで、驚きと困惑と、なのに笑ってる姿にホッとして嬉しい気持ちになるから、なんかもうこちらもだいぶ重症だ。
「ちょっ、酷くないすか」
 それでもこれを笑われるのは理不尽だという気持ちはあって、少しばかり口をとがらせる。
「ご、ごめん。迷ってくれてありがとう」
「えっ、感謝?」
「貴方の好意は感じてましたが、本当は少し、自信がなくて、試すような真似をしました。すみません。迷ってくれたってことは、そういうのもありな感情ですよね?」
 もとから男性とお付き合いされる方ですかと確かめられて慌てて否定したら、驚かれてしまった。
「さすがにそれは予想外だったんですけど、俺と付き合って下さいと言ったら、もしかして迷惑になりますか?」
 一転オロオロとしだす相手に、今度はこちらが笑う。笑いながら、ぜひお付き合いを始めさせて下さいと、自分から申し出た。

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常連さんが風邪を引いたようなので2

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 体調を崩した彼を送っていった翌日土曜日は、店に電話が掛かってきて、昼と夜の二回出前を届けた。ついでに使いかけだった市販薬の残りもそのまま渡した。
 もちろん普段はそんな出前サービスは行っていないし、届けたものもメニューにない、彼が食べられそうなものを適当に作って運んだ。
 夜の出前を運んだ時、日曜は店の定休日だが、必要なら食べられるものを運んでもいいと言って、店ではなく個人的な連絡先を渡した。さっそく翌朝掛かってきた電話にウキウキで出れば、お礼と共にだいぶ回復したから後は自分でどうにか出来そうだと言われてしまい、少しがっかりだったのを覚えている。
 ただ、彼が風邪を引いたおかげで、その後は彼との距離がグッと縮んだようだった。
 平日夜の来店時間もオーダーも変わらないが、まず交わす挨拶が増えて、たまに会話が出来るようになった。そして、極たまに、土曜日も顔を出すようになった。
 土曜日はランチタイムだったり、夜もちょうど混みあう夕飯時に訪れるので、こちらも忙しくなかなか会話どころではないのだが、土曜の彼は普段に比べると比較的機嫌がよくて食事量も多い。
 半年くらいかけて分かった事がいくつかあるが、それもなかなか衝撃的だった。
 実は結構なグルメで仕事休みの週末に食べ歩くのが好きだということ。自炊も弁当類も嫌いで基本全て外食なため、家には電子レンジすらないこと。飲み物用に冷蔵庫と電気ポットはあるが、ヤカンも鍋もなく備え付けのガスコンロに火をつけたことがないこと。引越してきた時に隣と真下の家には挨拶をしていたこと。単身赴任ではなく別居中で、多分近いうちに離婚が成立するだろうこと。
 近いうちに離婚が成立すると聞いたのはついさっきの事で、相手は既に色々と気持ちの折り合いが付いているのか口調も態度も平然としていたが、何故かそれを聞いた自分が動揺した。その動揺を見抜いたのは彼ではなく、隣で作業しつつそれを聞いていた従業員だった。
 その従業員の彼もどちらかと言えば寡黙で、あまり無駄話はしない方なのだけれど、店を閉めた後に珍しく良かったですねと言った。
「何が?」
「さっきの話です。離婚、成立したら、言ってみたらどうですか?」
「な、何を……??」
「好き、なんですよね?」
 確かめるように聞かれて、グッと言葉に詰まってしまった。なんとなく自覚はあったが、そんなまさかと否定し続けてきたのに、自分と過ごす時間が一番長い彼からの指摘でとうとう逃げ場がない。
「好きそうに、見えた?」
「ええ。かなり」
「言わないよ」
 だって言えるわけがないだろう。離婚間近とはいえ相手は女性と結婚していた男で、自分だって今までの恋愛対象はずっと女性だった。
 これは胸の引き出しにしまっておかなければいけない、想いと言葉なのだと思う。
「常連さんと気まずくなりたくないし。てか通って貰えなくなったら困るし」
「脈ありそうに見えますけど」
「え、何の冗談? てか俺が男と付き合いだしても気にしないタイプ?」
 冗談で口にしたわけではないことはわかっていたが、笑って冗談にしてしまいたかった。そんな気持ちと、だから話を逸らしたことは多分伝わっている。
「気になりませんね。逆に、もし私が男と付き合ってたらどうですか? 一緒に働きたくないから店辞めろって言いますか?」
「それは困る。辞めないで!」
「誰と付き合ってるかなんて、その程度のことですよ」
 即答したらこれまた珍しく優しげな笑顔になって、彼はお疲れ様でしたと残して帰っていった。

続きました→

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常連さんが風邪を引いたようなので1

 平日夜のラストオーダー間際にやってくる疲れた顔のその男は、ほぼ毎日、一番出入り口に近いカウンター端の定位置に腰掛け、日替わりのオススメメニューから一品と、その日の気分で何かしらのアルコール飲料を一杯注文する。
 晴れの日はもちろん、雨の日も、雪の日も日課のようにやってきて、突き出しの小鉢とオススメ一品とを酒で流し込んで帰っていくのだ。
 愛想が良い感じではなく、放っておいて欲しいオーラーに満ちているので、こちらも黙って注文の品だけ出して、後はだいたい閉店準備にとりかかる。
 だから毎日通ってくれる大事な常連客ではあるが、男のことは殆ど何も知らない。
 選ぶ品から食の好みが多少わかる他、見た目からは、多分まだ三十代に入ったかどうかくらいの若さであることと、サラリーマンらしいこと、それと既婚者らしいことくらいしかわからない。
 そう、その男の左手薬指には、銀色のシンプルな指輪が光っている。
 既婚でありながら、毎晩ここで少量とはいえ食事と酒とを摂っていく理由が気になりつつも、この男に関しては、そんな立ち入ったことが聞ける日はきっと来ないだろう。
 そんな日々が一年ほど続いたある週末の夜、男はいつにも増して疲れた様子で来店した。そしてふと気付けば、カウンターに伏せてどうやら眠っているらしい。
 常連なので多少の融通は利かすが、毎日ほぼ定刻に現れ定刻に帰っていく男を、親切心でそのまま寝かせておくことが正解なのかわからない。
 仕方なく、軽く肩を揺すって、大丈夫ですかと声をかけた所で気付いた。随分と具合が悪そうだ。
 もし家がこの近くなら、家族に迎えに来てもらった方が良いのではと提案してみたが首を振られ、一人暮らしだからと力なく返され驚いた。既婚らしいのに一人暮らしなことはともかく、彼が自身のことを話すのが初めてだったからだ。
「すみません、今日は、これ以上食べれそうになくて……」
 カウンター上の料理と酒はほとんど減っていない。
「いえそんな、全然構いません。というか、あの、雑炊……とかなら食べれたりしませんか?」
「え?」
「帰ってから何か食べれる感じじゃないですよね?」
「あ、ああ、まぁ、基本家で食事しないから」
 ということはやはり、小鉢とオススメ一品とアルコール一杯が彼の夕飯ということなのだろうか。もしくは別の場所で夕飯を食べた後の二軒目で寄ってくれているのかもしれない。
「お酒、ほどんど飲んでないですよね? なら薬飲んでいいと思うというか、飲んだほうが良さそうですよ。ここ来る前に何か食べてますか? 薬飲む前に少し何か胃に入れておいた方が良くないですか?」
「あー……薬……なんてものは家にないな」
 どこか投げやりな返事に立ち入りすぎたかと思ったが、なんだか今日は余計なことを言ってすみませんと引く気にはなれなかった。
 なんだかんだ気になる常連の男と、珍しく会話が成立していることに、若干興奮しているのかもしれない。
「いつも通りの時間にここ出ないとまずいですか?」
「……いや」
「なら、食べれそうなもの作りますから言って下さい。でもって、貴方が食べてる間に、ちょっと薬取ってきますから」
「え?」
「ここの上に俺の部屋もあるんですよ」
 店は小さなビルの一階にあって、上は1DKの賃貸マンションになっている。三階建てで部屋数も全部で四つしかなく、本当に小さなビルだけれど、職場が徒歩一分なのは魅力的だ。
「ああ、そうか……」
「何なら食べれますか?」
 結局あっさり目の雑炊を作って出し、彼が食べている間に素早く自宅から幾つかの市販薬を取ってくる。その中にあった一般的な風邪薬として知られた一つを選んだ彼が、薬を飲むのを見届けてから、かなり迷いつつ家まで送ることを提案してみた。
 明らかに踏み込み過ぎだと思ったが、具合が悪いせいかぼんやりとして、いつもの人を寄せ付けないオーラがない目の前の男を、なんだか放って置けない気持ちが強い。
「ほんと、空気読む人だなぁ」
「え?」
 ぼそりとした呟きは聞き取りにくくて聞き返す。
「じゃあ、ここまで来たら、それもお願いしようかな」
 近いしと言ってふわっと笑った顔になんだかドキドキしてしまった。相手は同年代の男だというのに、なんだこれ?
「俺の家、多分、貴方の部屋の斜め上です」
 軽く指を上に向ける仕草に、本日何度目になるかわからない大きな衝撃を受けた。

続きました→

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兄の彼氏を奪うことになった

 2つ上の兄との仲がこじれ始めたのは、自分が中学に入学した頃だったと思う。それまでは本当に仲が良く、というよりも大好きでたまらない自慢の兄だった。
 確かに兄は自分より見た目も頭も良い。自分が勝てるのはスポーツ方面くらいだが、それだって僅差だし、世間一般で言えば充分文武両道の域だろう。
 人当たりも要領も良いから、親や先生からの信頼も抜群だし、そんな兄を好きなる女子が大量に湧くのも不思議じゃない。
 ただ、好きになった女の子もやっとお付き合いに至った彼女も、ことごとく兄に奪われてしまった。
 好きになった子が兄を好きだった、というのはまだ仕方がないと諦められる範囲だ。しかし、恋人として付き合っていたはずの女の子に、お兄さんを好きになってしまったからと別れ話を切りだされたり、よくわからない理由で振られた後その子が兄と親しげにしていたり、彼女だったはずの女の子が自宅で兄と仲良くお茶していたり、もっと言えば現彼女や元彼女が兄の部屋でアンアン言っていたりする場合もあるのだからやってられない。
 お前の彼女だって知らなかったという言い訳も聞き飽きたし、共働きで帰宅が遅い親からの絶大な信頼を得ていながら、自宅に女の子を連れ込んで致している奔放さも、その相手がコロコロと変わる不誠実さにもだんだんと呆れて、自分に対しても一応変わらず優しい兄だったけれど苦手意識ばかりが強くなる。
 女の子から告白される場合は、狙いは兄の方とまで思うようになったし、女の子という存在が信じられなくもなり、彼女という存在を作らなくなって数年。
 ある日自宅の玄関を開けたら、兄が男とキスをしていた。
 さすがに驚きビビりまくる自分に、動揺や悪びれる様子を全く見せないまま、兄は今付き合ってる恋人だと言って相手の男を紹介した。わざわざ紹介なんてされなくたって、その男の名前や年齢くらいは自分も知っている。
 その男は自分にとってはバイト先の先輩で、兄にとっては大学の同期なんだそうだ。
 先輩に兄との繋がりがあることも、兄が男まで相手に出来ることも、まったく知らなかった。ついでに言えば、成り行き上だったにしろ、兄の恋人としてちゃんと紹介された人物は彼が初めてだ。
 正直に言えば、それ以上関わる気なんてなかった。兄がどこの誰と付き合おうと知ったこっちゃない。
 ただ先輩の方から近づいてくる。バイトのちょっとした空き時間や休憩中に話しかけてくる。
 最初は恋人の弟とは仲良くしておこう的なものかと思っていた。兄という恋人が居ながら、兄より劣る自分にモーションを掛けてくる相手の存在なんて居るはずがない。
 なのに、ある日意を決した様子で、先輩に好きだと告白されてしまった。しかも、兄と恋人になったのは、自分の兄だと知ったせいだという。
 兄でいいと思っていたが、知られた時に罵倒したり拒絶反応を示さなかったのを見て、もしかして受け入れてもらえるのではと思ってしまったらしい。どうでも良かっただけとは、真剣な告白を受けた直後には言えなかった。
 本当にどうでも良かっただけで、男同士での恋愛になんてまったく興味はなかったが、兄よりも自分を選んで貰ったという初めての経験に気持ちは大きく揺れた。散々兄に恋人を奪われてきたのだから、自分だって奪ってやればいいじゃないかという気持ちもある。
「お前、あいつと付き合うの?」
 珍しく自室のドアを叩いた兄は、入ってくるなりそう聞いた。
「えっ?」
「お前に告白して返事待ちって聞いたんだけど」
「あー、うん。告白は、された」
「付き合うの?」
 再度聞かれて、よほど気になるらしいと気付いた。もしかしなくても兄自身が彼に結構本気なのだろうか。
「もし俺がオッケーしたら、兄貴、どうするの?」
「断ってよ」
「えっ?」
「過去にお前の彼女とそういう仲になったことは確かにあるけど、お前の彼女とは知らなかったって言ったよね? でもお前は、俺がちゃんと恋人だって紹介した相手を、俺から奪うわけ?」
「でも、兄貴よりも俺を選んでくれたの、先輩だけだもん」
 あ、これ、まるで奪ってやる宣言だ。と思った時には遅かった。
「あ、そう。なんだ。もう返事決まってるんだ」
 ポケットから携帯を取り出した兄はどこかへ電話をかけ始める。相手が先輩だということはすぐに気付いた。
「弟もお前のこと、好きみたいだからもういいことにする。別れることに決めた。うん。引き止めない。うん。うん。いいよ。弟を、よろしく」
 呆然と見つめてしまう中、兄がさっくりと電話を終える。
「聞いててわかってると思うけど、今、あいつとは別れたから。俺の恋人だからで返事躊躇ってたなら、これで心置きなく付き合えるだろ」
 じゃあお幸せにと言い捨てて、兄は部屋を出て行った。
 なるほどコロコロ恋人が変わるわけだと納得の展開の速さではあったが、どうすんだこれと焦る気持ちも強い。
 兄にここまでされてしまったら、先輩に付き合えませんなんて言えそうにない。
 女性不信な自分には、男の恋人がちょうどいいのかな。なんて苦し紛れに自分をごまかしながら、大きなため息を吐き出した。
 覚悟を決めるしかない。明日、先輩に了承の返事を告げようと思った。

 
 
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ゲイを公言するおっさんの蔵書

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 近所に住む変わり者のおっさんは男が好きだそうで、昔から親には近づくなと言われ続けていたが、そのおっさん本人がガキは範疇外だとかいくら男が好きでもタイプってもんがあるだとか言うので、安心して親にはナイショで良くこっそり遊びに行っていた。
 目当ては彼の蔵書だった。彼自身が本部屋と呼ぶ広めの部屋の中は本棚が立ち並び、そこには学校の図書館にはないような、図鑑や小説や漫画や雑誌が割と適当な感じで収められていた。その雑多さも含めて魅力的で、彼の家に行ったら基本本部屋にこもりきりだった。
 持ち出し禁止。本部屋への飲食物持ち込み禁止。本は丁寧に扱うこと。という3つの約束はあるものの、持ち出し禁止以外は図書館と同じだ。
 何度か親バレしてその都度怒られもしたが、共働きの鍵っ子だったので、実質的な親の拘束などないに等しい。密室に二人きりで変なことをされたらという心配をする親には、ガキは範疇外で俺は好みのタイプじゃないってよと彼の言葉をそのまま伝えてみたが、それを信じたのかどうかは知らない。本を借りて読んでるだけとももちろん言った。
 そもそも、漫画もそれなりの量があったので、本部屋に通っているのは自分だけではなかった。自分だって最初は、友だちに連れられて彼の部屋に行ったのだ。ただ、自分が通う頻度が一番高いことは自覚していたし、二人きりになることもないわけではなかった。まぁ、二人きりとは言っても家の中に二人しか居ないだけであって、本部屋の中で二人きりで過ごすなんてことは一度もなかったのだけれど。
 言っても聞かないから諦めたのか、おっさんは子供に無害と理解したのか、だんだん親も何も言わなくなって、自分はますますおっさんの本部屋通いが加速した。
 男を好きだということを隠さずにいるおっさんは確かに変わり者かも知れないが、意外と近所には馴染んでもいたようだとわかったのは、自分が高校に進学した頃だろうか。子供の目から見たおっさんは、実はそこまでおっさんではなかったこともその頃に知った。
 おっさんは自分のことはほとんど話さないので、情報源は近所のおばちゃんだ。高校になってもおっさんの本部屋に通い続けるのは自分くらいで、おばちゃん的にも珍しかったのかもしれない。
 お喋りなおばちゃんは、おっさんの可哀想な生い立ちを聞いてもいないのに教えてくれた。思ったほどおっさんではないものの、それでも干支一回りは違う相手に、仲良くしてあげてねと言われても困ると思った記憶がある。
 聞いたことをおっさんに確かめることはしなかった。踏み込み過ぎたらさすがにもう来るなと言われそうな気がしたからかもしれない。
 時代のせいかも知れないが、彼の本部屋に子供が入り込む頻度がどんどんと減って、大学卒業を待つ現在、彼の家に本目当てで通うのはどうやら自分一人になっている。
 おっさんとの関係は子供だった頃とほとんど変わっていない。それは互いにそう意識して距離を保ってきたからだ。それを破るつもりで、今日は本部屋をぐるりと一回り歩いただけで、彼の仕事部屋のドアを叩いた。
 そこは鍵のかかる部屋で、子供の立ち入り禁止区域だ。子どもと呼べない年齢になった今も、その中に入ったことはない。
 誰かが来ているときは、基本彼はそこにいる。彼と話をするのは、家に訪れ部屋に入れてもらう時と、帰る前の挨拶をする時の二度だけだ。
「もう帰るのか?」
 いつもは最低でも一時間は本部屋で過ごすので、さすがに少し驚いた様子を見せる。
「じゃなくて。お茶、しない?」
「お茶?」
 今度ははっきりと驚きを見せた。こんな誘いをしたのは初めてだから当然かも知れない。
「俺、来週大学卒業するからさ。少し、話がしたいんだけど。嫌?」
「いや、いい。ならリビング行くか」
 あっさり承諾されて少し拍子抜けだった。
「それで、話って?」
 初めて通されるリビングのソファに並んで座る。目の前のローテーブルには湯気を立てた紅茶が置かれ、その先にはそこそこ大画面のテレビが鎮座している。
 要するに、向い合って座れる形に席がない。まさかの距離に緊張がやばい。
「あの……」
「俺の好みの男のタイプが聞きたい?」
「は?」
 慌てて彼に振り向いたら、苦笑しながらそういう系の話だろと言われた。
「こんな通われたらさすがに気づくって」
「で、俺は、今も全然タイプじゃ、ない?」
「それに答えるのは難しいな。お前の成長見過ぎたよ」
「それ、って、どういう……」
 緊張からかどうにも言葉がつかえてしまうが、彼がそれを気にする様子はない。
「就職先ってこの近く? 実家から通うのか?」
「あ、はい」
「となると、卒業前に一度だけってお願いでもねぇよなぁ」
 付き合って下さいって告白なの? と聞かれたので、わからないと返したら、苦笑が深くなった。
「もう通わないから最後に一回だけ寝てくれ、ってなら、応じないこともない。……かな」
「えー……」
 それは結局、どういう意味なんだろう。お前はタイプじゃないって言われたってことなのだろうか。
「じゃあ、ちょっと提案だけど」
 どうすればいいのか迷っていたら、彼が立ち上がりついて来いと誘う。連れて行かれたのは彼の仕事部屋だった。
 初めて入った仕事部屋も、作業用の机があるのと若干狭い以外は本部屋と大差がない。
「こっちは大人向けの本ばっかな。男同士ももちろんあるけど、女同士も男女物もある。写真集も動画もある」
「え、読んでいいの? てかどういう意図なの?」
「会社実家から通うってならこっちも開放するから、もう暫くここ通えば?」
 自分がどうしたいのか、どうなりたいのかくらいははっきりさせてから再チャレンジよろしくと言われて、困ったような嬉しいような気持ちが確かに湧いたのだけれど、それよりも目の前の本の山に意識が奪われている。
 さっそく本棚の前に立ち、タイトルを確かめだした自分の背後で、小さな溜息が零れた気がした。

続きました→

 
 
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