昔好きだった男が酔い潰れた話5

1話戻る→   目次へ→

 泣きそうな顔に、隠しておきたいことなのかもしれないと思う。だから無理に話す必要はないと続けたけれど、相手は緩く首を振って口を開いた。
「ちょっと手痛い失恋した、ってだけだよ」
「振られたのか?」
「簡単に言えば、そういうことだね」
「複雑に言うと?」
「もう少し正確に言うなら、付き合ってると思ってたのは俺だけで、セフレに切られたって感じ?」
「そうか」
 目の前の男とセフレという単語には確かに違和感しかないので、本気で好きだった相手からお前はセフレだったと言われて捨てられたのだとしたら、それは相当辛かっただろうとは思う。思うが、そこから彼が自分へ興味を向ける理由はやはりわからなかった。
 わからないがそれを突っ込んで聞いていいのか躊躇ってしまえば、それに気づいた様子で相手の方から口にする。
「そっからどうしてお前を好きだって話になるのか、わかんないよな」
「そうだな」
「俺はその人に本気だったつもりだけど、相手からすると俺も同じというか、相手は俺が、お前の代わりを相手にさせてると思ってたらしい」
「俺も知ってる奴なのか?」
「いや知らない。会社の上司、……だった人」
 会社の上司という単語に、頭の中で何かが引っかかった。
「あっ!……って、えっ、いやでも」
 彼が飲み会に顔を出さなくなったのはここ3年位の話で、大学卒業後暫くはまだ頻繁に顔を見せていたし、社会に出れば当然のように会社でのことも話題に上がる。
 その頃、上司がお前に似てて色々とやりやすい、というような事を言われたことがあった気がする。どの辺が似てるのか聞いたら、体格とか声とか雰囲気的なものと言われて、性格ではなく体格や声や雰囲気が似ててやりやすいの意味がわからないと思った記憶がある。
 それらを口には出さなかったのに、彼はその想像を言い当てるように肯定した。
「多分それであってる」
「お前の相手って、男……なのか?」
「この流れで女の恋人と思って聞いてたお前にビックリだよ」
「そうか。いやなんか、俺が振られたのは俺が男だからだと思ってたんだ。男も恋愛対象になるんだな」
「それもあってる。あの頃は、男は恋愛対象外だったよ。というか、男の方が好きな性癖を、まだ自覚してなかった」
「お前、男のほうが好きなのか?」
 それは衝撃の事実だった。
「そうっぽいね。ちなみに、最初にそれを意識させたのはお前」
 それは自分の告白を指しているのだろうか。聞けばあっさり、そうだと肯定が返った。
「でも、それがなくても、いつかは気づいたと思うよ。女の子と付き合ったこともあるけど、なんか違うって思ってたから。それに、決定的にしたのはお前じゃなくてその上司だし」
「その上司だが、俺に似てたから好きだったのか?」
「俺にそのつもりはなかったけど、指摘されて否定はしきれなかったかな。実際、お前に似てたから接しやすかったわけだし、それがなければそういう関係にもならなかったし。暫く飲み会に顔出さなかったのは、お前に会うの避けてたからだし」
「俺を、避けてた……?」
「そう。会うの、なんか怖かった。なんで怖かったか、今なら理由もはっきりわかるけど、その頃は無意識に避けてた感じ」
「その理由は聞いてもいいのか?」
「そんなの……だって、お前に会ってお前が好きだって気づいたら色々とまずいじゃん。それ自覚してなかったけど、相手はそういうとこも気づいてたっぽいね。だから確かに、俺は振られて落ち込む資格すらないのかもしれない」
「その上司との関係は終わったんだよな?」
「終わってるよ」
「それなら、俺に恋人になって欲しいと言わない理由は?」
「は?」
 唐突に話を戻しすぎたようで、呆気にとられた顔をする。
「その上司に似てるから俺を好きだと言ってるわけじゃないんだろう?」
「違うよっ。何言ってんだよ。ちゃんと話聞いてたのかお前」
「ちゃんと聞いてたからわからないんじゃないか。お前と俺が恋人になることの障害が見つからない」
 こちらに相手への気持ちが残っていることは見ぬかれているし、相手も自分を好きだと認めている。互いに恋人と呼ぶような相手も居ない。なのに恋人になりたいとは言わない理由が、やはり自分にはわからなかった。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

昔好きだった男が酔い潰れた話4

1話戻る→   目次へ→

 結局洗濯を自分が、カップ味噌汁を相手が用意するという事になり、洗濯物を簡単に仕分けた後スイッチを入れて戻れば、座卓の上には湯気を立てるカップみそ汁とおにぎり数個とが並んでいた。
「そういやお前、俺に何も聞かないの?」
 黙々とそれらを食べていたら、同じように黙々と朝食を消費していた相手が、ふと手を止めて口を開く。
「正直なんかお前の話聞くの怖い。……気もしてる」
 本音だった。
「でも何か困ってるなら、もし力になれることがあるなら、協力はしたいと思ってる」
 よっぽどのことがあったんだろと続けたら、相手ははじめ驚きに目を瞠り、それから困ったような照れくさそうな顔になって、ほんの少し俯き視線を落とす。
「あー……やっぱ好きなんだなぁ……」
 彼自身に言い聞かせてでも居るような小さな声ではあったが、聞き取れないほどの声量でもない。ただ、何が好きなのかはわからなかった。
「何が好きだって?」
「何って、そりゃ、お前のことがだよ」
「は?」
「うんまぁ、ものすごく今更な事言ってる自覚はちゃんとある」
 顔を上げた彼はとても真剣な表情をしていて、その言葉が嘘でも冗談でもないのだということは、否が応にもはっきりと伝わってくる。
「ところでお前、今、付き合ってる奴、いる?」
「い、ない……」
 好きだと言われて恋人の有無を聞かれるということは、つまり恋人になりたいという話なのだろうか。高校を卒業してそろそろ2桁年という今になって、あの時叶わなかった想いが叶うのか。
 そんなことを思ってドキドキと胸が高鳴ったのは一瞬だった。
「っそ。じゃ、ちょっと俺とセックスしてくんない?」
「はああああ?」
 なんでそうなる。意味がわからなすぎて声を張り上げてしまった。
「声でかいって」
「いやだってオカシイだろ。何がちょっとセックスだ。自分が何言ってるか、お前わかってんのか?」
「わかってるよ。当たり前だろ」
「お前、まだ昨日の酒残ってるだろう」
「いやいやいや。酔ってないって」
「お前がなんか色々オカシくなってるのは充分伝わってるけど、酔ってないなら、せめて俺がわかるように順序良く話してくれ」
「お前が好きな事に気づいたので、お前とセックスがしたいです」
「おいこら。それは話す気ないって事でいいのか?」
 少し低めの声で威圧的に告げれば、相手は観念したように小さく息を吐き出した。
「酔いつぶれたの失敗だったって言ったろ。本当は、酔った振りでお前のキス奪えたらくらいのつもりだった。さすがにあの店でそこまで出来る雰囲気なかったし、定番なら誰か潰れたらカラオケかファミレス行きだろ。どうにかカラオケに持ち込んで、人数減るから今度こそお前の隣キープしようって計画だったんだよ」
「その計画にも色々突っ込みどころはあるが、取り敢えず、それで本気で潰れて俺の家に泊まりになった結果、色々すっとばしてセックスしようになる理由を聞いてるんだが?」
「色々すっとばしてはいないよね。酒のせいにして、お前にベタベタ絡んで甘えて、キスして」
「ちょっとまて。キスしたのか?」
「え? したよね?」
「知らん」
「ああ、そう。もう寝た後だったかな。じゃあ勝手に奪ってゴメン?」
「軽いな」
「そこそんなに重要な話じゃないから」
 寝てる間にキスされたかどうかなど、今現在の話の内容的には確かに瑣末な事ではある。知らない間にキスされていただなんて事実に、もやもやとする気持ちの解明も持って行き場もないまま、そこにこだわり続けるわけにもいかずに話の先を促すしかなかった。
「まぁそんなわけで、場所が違うけどやろうと思ってたことは全部した。お前が好きだって気持ちも確信した。セックスに関しては、お前に俺への気持ちは残ってないって思ってたけど、もしかしてそうでもないのかなって思ったら、ちょっと欲が出ただけ」
 無理ならいいよとあっさり今までの言葉を翻して、彼は朝食の残りを口にする。釣られて自分も朝食の続きへ戻ったが、頭のなかは彼の言葉をぐるぐると反芻していた。
「なぁ」
 結局全てを食べきってから、どうしても納得がいかずに声をかける。
「何?」
「セックスしようじゃなく、恋人になろう、という選択肢はなかったのか?」
「ないね」
「どうして」
「今更過ぎる自覚はあるって言ったろ。お前の恋人になりたいなんて言える立場にない」
「いきなりセックスしようと言われるより、恋人になってくれと言われたほうが、まだ受け入れやすいんだが?」
「そうだね。でも言わない」
「なぜ?」
 問いかけを繰り返せば、困った様子で言いよどむ。
「本当は、何があった?」
 確信があったわけではない。けれどそう告げた時の驚いた様子と、なんだか泣きそうに歪んだ顔に、すぐさまそれは確信に変わった。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

昔好きだった男が酔い潰れた話3

1話戻る→   目次へ→

 目覚めると隣りにいたはずの男の姿は既になかった。さして広くもない1K間取りのこの家の中で、完全に気配を消すのは難しい。シンと静まり返った部屋の空気に、どうやら帰ったらしいと結論づけた。
 まさか連れ帰ったことそのものが夢だなんてことはないはずだ。夢うつつに何やら返事をした記憶は朧げにあるから、多分、それが帰るという相手へ返した言葉だったのだろう。
 本当に、あれは一体何だったのか。彼に一体何があったのか。
 気にはなるが、改めて呼び出して問いただすかというと、そんな真似はきっとしない。
 昨夜は自分自身もそれなりに酔っていたから、感覚全てが鈍っていたと思う。それで良かったと思うのは、目覚めてスッキリとした思考の中、昨夜のいろいろを思い返して今更ドキドキしているからだ。
 どうせまた最低でも半年は会う機会なんてないのだから、自分から彼に近づいて、せっかく鎮火した想いにわざわざ燃料を投下してやる必要はない。むしろ次に会う時までに、ざわついてしまった気持ちを鎮める事が重要だ。
 昨日のことはシャワーでも浴びてさっぱりして忘れてしまおう。
 なのに、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、先程まで居なかったはずの、というか帰宅したはずの男が、何故かベッドに腰掛けていた。
「あ、……ええぇっっ!?」
「なにそんな驚いてんだ」
「いやだって、お前、帰ったんじゃ……?」
「コンビニ行ってただけだって」
 苦笑とともに指さされた先を視線でたどれば、座卓の上に見慣れたコンビニの袋が置かれている。中身はどうやらおにぎりとカップ味噌汁らしく、これは多分、朝食を買ってきたということなんだろう。
「声かけたし、お前はちゃんと返事もしたけど、……どうやら覚えてないっぽいな」
「なんか返事したのは、なんとなく、覚えてる」
「まぁいいや。俺もシャワー借りていいよな? タオル貸して。後お前、今日の予定は?」
「タオルは脱衣所の脇の棚に重ねてあるの使っていい。後、今日は特に予定ない。あえて言うなら部屋の掃除と洗濯と買い出し」
「おっけ。わかった。朝飯は俺がシャワー出たら一緒に食おう」
 先に食うなよと釘を差して、相手は今しがた自分が使用していたバスルームへと消えていく。ガサゴソと動き回る気配の後、カタンと風呂場の戸が閉まりシャワーの流れる水音が聞こえてから、ようやく金縛りが解けたようにその場にへたりこんだ。
「ええええぇぇ…………」
 思わず漏らす吐息のような声は、自分でもわかるほど戸惑いに満ちている。
 反射的に対応してしまったが、よく会話が成立したなと思うくらいには動揺していた。
 そうこうしているうちに、あっさりシャワーを終えて戻ってきた相手は、部屋の中で座り込んでいる自分に怪訝な顔をしてみせたが、こちらはそれ以上にオカシナ顔を見せただろう。なぜなら相手は、下着一枚という出で立ちだったからだ。
「ちょ、おまっ、服っ」
「あーうん。下着はあるんだけどさ、なんか着るもの貸して?」
 ようするにコンビニには朝飯を買いに行ったというより、替えの下着を買いに行っていたということなのかもしれない。
「な、なんで……?」
「洗濯すんなら俺の服も一緒に洗っちゃおうと思って? 天気いいし夕方には乾くだろ」
 夕方まで居続ける気かとか、洗濯までさせる気かとも思いつつ、それでも嫌だとは口に出来なかった。昨日着てた服を着てさっさと帰ってしまえと思う気持ちはゼロではないが、やはり彼をこのまま帰したくない気持ちの方が強いらしいのだから、なんだかんだ一度は男であることをこえて告白するほどに惚れこんだ想いは根が深い。
「なんかズボン落ちそう」
 ラフな上下セットの部屋着を渡せば、小柄な彼にはやはり大きすぎるようだった。袖と裾とはまくればいいが、ウエストの差はどうしようもない。
「仕方ないだろ。不安なら自分のベルトでも巻いとけよ」
「あとお前の匂いがする」
「やめろ」
「まぁいいや。取り敢えず朝飯食おう。味噌汁用にお湯沸かしていい?」
「俺がやるからお前座っとけ」
 その格好で部屋の中をウロウロされる方がなんだか色々と心臓に悪い気配が濃厚だ。なのに、じゃあ洗濯機回してくると言って、結局じっとおとなしく座っててはくれないらしい。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

昔好きだった男が酔い潰れた話2

1話戻る→   目次へ→

 正直自分も疲れきっている。できればこのまま、その隣に横になって眠ってしまいたい。
 しかしいくら相手が小柄でも、シングルベッドに男二人で身を寄せあって眠るというのはどうなんだ。しかもそこに寝ているのは、過去に言い逃れできないほど明確に告白した相手でもある。
 そんなことをぐるぐると考えたまま、結局ベッド脇でベッドを見下ろし動けずにいたら、相手が呻いてどうやら「みず」と呟いた。のどが渇いているんだろう。
「水道水か炭酸水、どっちがいい?」
 聞いても無駄かと思いつつ一応声をかけてみた。返事がないようなら、水道水にせめて氷くらいは落としてやろう。なんてことを思いつつ少し待ってみたが、やはり返事は唸るような声だけだ。
 水をくんで戻ってみれば、水を頼んだことすら意識の外でどうせ寝ているんだろうと思っていた相手が、起き上がりベッドに腰をかけていたから驚いた。
「ほら、水。持ってきたぞ」
「ん、ああ、ありがと」
 内心の驚きを隠して手にしたグラスを差し出せば、すぐに一息に飲みきって、氷だけになったグラスを返される。
「もっと飲むか?」
「いや、いい」
「珍しいな。お前が潰れるのは」
「半分くらいは、わざとだけどな」
「は?」
「部長だったお前は、なんだかんだの責任感を今も引きずって、潰れた酔っぱらいに付き合って残るだろ。まさか、家に連れ帰るとまでは思わなかったけど」
「成り行きで仕方なくだ。てか、俺に何かあるのか?」
「うん。ただ、少し酔いすぎた。酔いつぶれる振りのつもりが、本当に潰れたのは失敗だな」
「俺にもわかるように話してくれ」
「うん、ムリ。眠い」
 クソ酔っぱらいが。とは思ったけれど、それを口に出したりはしない。代わりに眠いなら寝ろよと促した。
 わけのわからない話で混乱させられるより、さっさと眠ってくれたほうがありがたい。
「お前は? どーすんの?」
「どーするって?」
「だってこれ、お前のベッドだろ?」
 そう言いながらも、相手はさっさとベッドに横になり、今度はしっかり布団の中に潜り込んでいる。
「客用の布団とか、なさそうな暮らしっぽい」
「俺がないよっつったら、お前、俺と一緒に寝ることになるぞ?」
 そんなの嫌だろというつもりで口にした言葉に、けれど相手はおかしそうに笑い出す。
「酔っぱらいが。俺はいいからさっさと寝ろって」
「一緒に寝よう。って誘ったつもりなんだけど?」
「はぁ?」
「おいでよ。ていうか来て」
「お前やっぱなんか今日だいぶオカシイぞ?」
「知ってる。オカシイんだ、俺。だからお前に甘えたいみたい」
 優しくしてよと臆面もなく口にして、ほら早くと言いたげに布団の端を持ち上げて誘う。
「このクソ酔っぱらい。少し待っとけ」
 今度は躊躇いなく口にしてから回れ右で背を向けた。
 手の中のグラスを流し台に置き、簡単に寝る支度を済ませてから戻れば、相手は予想通り目を閉じて、どうやら眠っているらしい。
 どこか安堵しつつ明かりを落とし、自分が眠れるようにと空けられたスペースへと横になった。当たり前にめちゃくちゃ狭いが、硬い床に転がって震えながら眠るよりは断然マシだ。
 さっさと眠ってしまおうと目を閉じたが、やはりそう簡単には眠らせてもらえないらしい。こちらの気配に気づいて意識が浮上したらしく、相手の腕が身体に回され、ぐっと力が入ったかと思うと相手の身体が密着してくる。
「うわ、よせって」
 引き剥がそうと相手の体を押してみるものの、意外と強い力でしがみつかれて、早々に抵抗するのは諦めた。なんだかもう、本当に疲れていた。
「ズルイ」
「何がだよ。てかお前は寝てろ」
「自分だけ着替えて歯磨きまでしてる」
「ここは俺んちだからな」
「俺もシャワーとかしたいのに」
「俺だってシャワーまではしてねぇよ。明日でいいだろ。眠いんだよ。寝かせろって」
「うん。寝ていいよ」
 お前に抱きつかれたままで? と言いたい気持ちをどうにかこらえた。どうせ言ったって肯定が返るだろうとしか思えない。
「そうかよ。じゃあ、おやすみ」
 会話は終わりとばかりに告げれば、おやすみと思いのほか柔らかな声が返り、やっと静かになったと思った時にはどうやら眠りに落ちていた。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

ハロウィンがしたかった

 体の関係ばかり先行していた利害関係を断ち切って、随分と遠回りしまくった挙句、先日ようやく恋人となった男が予告なく訪ねて来たのは、夕飯を終えてちびちびと酒を飲んでいた21時頃だった。
 追い返す理由もないので部屋に入れたが、相手はなんだかそわそわとして落ち着きがない。それを珍しいと思ってしまうのは、凛として隙の無い雰囲気を纏っていた昔の彼のイメージが強いからだろうか。
 感情を大きく乱さない訓練をされた彼が、平静を装いきれず、隠しきれない想いに戸惑う様は愛しくもあったが、それと同時に、彼にそんな想いを抱かせる自分が、彼の側に居続けてはいけないのだと思わされた事もあった。
 その彼が、なんら隠す事なくあからさまに浮き足立つ姿を見せるようになった理由が、もし恋人という関係に起因しているのであれば、これはきっと歓迎すべき変化なのだろう。
 そう思いはするのだが、その態度を指摘して、何かあったのか、何が気になっているのかを尋ねていいのかは、やはり迷っていた。彼がこうまで落ち着きをなくす理由など、まるで想像が付かないからだ。
 それにどうせしばらく待てば、彼の方から何かしらのアクションを起こして来るだろう事はわかっている。だから今自分がすべきは、たとえ彼が何を言いだそうと、受け止める気持ちの準備をしておく事だ。
 酒を飲まない相手のためにお茶を出すだけした後は、読みかけだったレポートを手に取り目を落とす。あのまま彼を意識していたら、どうしたと聞いてしまいそうだった。
 レポートの内容などたいして頭に入ってはこないが、平静を装うことくらいはきっと出来ている。
 やがて意を決した様子で彼が口を開く。
「あ、あのさ、Trick or Treat」
 は? という内心の驚きを、音に出さずどうにか飲み込んだ自分をほめてやりたい。それでもさすがに、しげしげと相手の顔を見つめることは止められなかった。
 ハロウィンという単語も、トリックオアトリートの決まり文句も知ってはいる。しかし、言われてようやく、そういやそんなイベント日だったかと思い出す程度の認識で、自分には全く無縁の物と思っていた。
 いやでも思い返せば、彼は様々なイベントの企画運営などに関わる事も多い。仕事だから仕方なくではなく、彼自身が好きで関わっているという可能性もあるのだろうか。会場での彼を見かけることも過去には何度かあったが、確かに活き活きしていたような気もした。
 その可能性に思い至って、色々知った気になっているだけで、まだまだ知らない事だらけだなと、どうにか内心の驚きを鎮めにかかる。
 最初の驚きが去れば、次に来るのは照れと期待からか頬を上気させている彼に、何を差し出せるのかという問題だ。
 素直に菓子など用意してないと告げて、イタズラを受けるのはいくらなんでも余りに悔しい。多分それ狙いで予告なく訪ねて来たのだと気づいてしまえば尚更だ。
 酒のツマミとしてテーブルの上に出していた、乾き物のスルメイカを咄嗟に摘んで差し出した。これは自分にとっては土曜の夜のちょっとした贅沢品だから、相手の言葉に従ってもてなしの品を差し出した事に変わりはない。
 何か言われたら、大人相手なんだから菓子である必要はないはずだと言い返すつもりでいたのに、差し出されたスルメイカを彼は随分と楽しげに受け取った。
「ありがとう」
 固いねとは言いながらも素直にそれを口に運び咀嚼する。そんなものでいいのかと思ったら、やはり内心は驚きでいっぱいだ。
 いいところのボンボンでもある彼と、スルメイカという組み合わせは、似合わないことこの上ない。けれどそれを言ったらそもそも、このボロアパートの居室に彼の姿が似合わない。
 まぁ、そんなものがいちいち気になるようでは、彼の隣にいつづけることなど出来ないけれど。
「もっと食うか?」
 彼が渡したスルメイカを全て飲み下したのを見て、テーブルの上に広げたスルメイカのトレイをそっと彼の側へ押し出してみた。
「うん。貰う」
 すぐに手が伸びて、もう1切れ摘んでいく。
「これけっこう美味しいね」
「そうか。それは良かった」
「うん。でさ、お酒、続き飲まないの?」
「飲んでるが?」
「嘘。さっきから飲んでないし食べてもないよ」
 クスクスと笑われて、全く平静を装えてなかったらしいと気づく。
「驚かせてごめんね。ちょっと、やってみたくてさ」
「いや、いい。それで、お前が満足できたなら」
「うーん……満足、はしきってないんだけど、でもなかなか楽しい反応だったよ」
 満足しきっていないのか。だとしたら、足りないものはなんだろう?
 そんなこちらの思考を読んだように彼が口を開いた。
「ボクを満足させてくれる気があるならさ」
 一度言葉を区切って見つめてくる彼に、先を促すよう頷いてやる。
「君も言ってよ」
 それは当然、先ほどの決まり文句を指しているのだろう。
「なんだ。渡したい菓子でもあるのか?」
 これ美味しいんだよと言って、見たこともないパッケージの食べ物を渡される事は今までもあった。今回のもそれの延長かと思わず聞き返してしまえば、彼は楽しげな顔でとんでもないことを言い出した。
「じゃなくてさ。いたずらされたいな、って」
「おまっ……」
 流石に今度は驚きの音を飲み込むことが出来ない。彼はますます楽しげな顔で、こちらの言葉を待っている。
「トリック、オア……、トリート」
 観念して告げれば、どうぞいたずらしてと言わんばかりに腕を広げてみせる。
 まったく、本当に、予想外も甚だしい。
 色々なしがらみに隠されて見えにくいだけで、可愛い人だ、とは元から思っていたのだ。けれど元々身体の関係はあったのだから、恋人になったくらいでは、そう大きく変わることもないと思っていた。ここまで変わるなんて事は、まるで思っていなかった。
 恋人という関係を結んだ日、ずっとこの日を待ち望んでいたのだと、泣きそうに笑った顔を思い出す。どうやら自分は、彼と恋人になるという事の重大さを、少し甘く考えていたのかもしれない。
 きっと長年彼の中に鬱屈して溜め込んでいたものが、これからどんどんと噴き出してくるのだろう。
 まったく、本当に、なんて愛しい。
 どんな悪戯で彼を喜ばせてやろうと思いながら、広げられた腕の中に飛び込んだ。

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

昔好きだった男が酔い潰れた話1

目次へ→

 高校卒業後、頻度も人数も徐々に減りつつあったが、それでも年に1回か2回、部活の仲間と飲みに行く。互いの近況報告がメインのようでいて、単に気心が知れた奴らと気楽に飲みたいだけでもあった。
 参加メンバーはほぼ固定ではあったが、取り敢えず連絡先がわかっている奴らにまとめて日程を送り、参加できそうならどうぞというスタイルがもう長いこと続いている。だからその日、彼の姿がそこにあってもなんらオカシナ事はなかった。
 どきりと心臓がはねたのは一瞬で、こっそり深呼吸一つで落ち着ける程度には、想いはもう過去のものになっている。会わずにいた数年という年月は偉大だった。
 珍しいねと声を掛けつつ会話の和の中に入っていけば、今回彼を誘うことに成功したのだろう奴が、まるで自分の功績とでも言いたげに胸を張った。忙しくてと最近は滅多に参加しなくなってしまったが、毎度それを惜しむ声がちょこちょこと上がるくらい、影の部長と呼ばれていた彼を慕う部員は多かった。
 自分ももちろんその一人だったし、部長職に就きながらも頼りなく、そうして影の部長などと呼ばれるほど彼が色々な場面で、雑多な面倒事を引き受けてくれていたことは本当に感謝していた。感謝の気持ちが暴走して、彼が部に尽くしてくれていたのを勘違いして、別の大学進学が寂しくて、卒業式後に告白なんて真似をしてしまったのは相当の黒歴史ではあったけれど、その後自分たちの関係が大きく変わる事もなかった。
 たまたまというか必然的にと言うか、何人かが同じ大学に進学したというのも大きくて、卒業直後数年はやはり頻繁に集まっていたし、参加人数も多かったから、部長と影の部長とがギクシャクしていたら、周りに気を使わせていただろうことはわかる。だから注意深く、彼がそう誘導していたのかもしれないとは今になって思うけれど、それに気づいたとしてもそこにあるのは感謝だけで、それが暴走することも勘違いすることも、もうさすがになかった。
 今でも告白した直後の呆然とした顔も、それが困ったように歪む様も、それから意を決したようにゴメン無理と告げた時の顔も、若干美化してる可能性もなくはないが覚えている。けれどそれを思い出しても、恥ずかしさにのたうち回ることも、胸が痛くて泣きそうになることもなくなった。
 何かあったのかな、というのは飲み会終盤になってから気づいた。久々に顔を出した彼の隣は入れ代わり立ち代わりでコロコロと人が変わっていたが、最初に少し話した後は別の場所で別の相手と話していたから気づかなかった。こうして同じ空間にいても、以前より相手を意識しないでいられる事が嬉しかったというのもあって、別の相手との話題にあえて集中していたともいう。
 何気ない風を装うことに慣れてしまって、気持ちが十分に消化された今も、なんとなく距離を置いてしまうのは仕方がない。それが今の自分達の距離感なのだと納得してもいた。
 ふっと湧いてしまった違和感に、隣で話していた相手の話題への返答を忘れて、ほぼ対角線上に座っている彼を見つめる。
「どうした?」
「いや……てかアイツ、今日どんだけ飲んでる?」
「アイツ?」
 言いながら視線の先を追った隣の相手は、すぐにそれが誰を指しているかわかったようだった。
「何? なんかオカシイ?」
 ということは、隣の相手にはこの違和感はないのだろう。だとしたら勘違いということも大いにあるだろう。なんせ自分もそこそこ酔っている。
「どうかな。気のせいかもしれん」
「気になるなら向こう行って大丈夫か聞いてくれば? むしろこっからでも聞いちゃえば?」
「こっから?」
 どういう意味かと思ったその瞬間には、隣の相手が「おーい」と彼の名を呼んでいた。
「お前今日、どんくらい飲んだ~? けっこ酔ってるぅ~?」
「うわばかっ。声デカイ。てかお前が酔っ払ってんだろ」
 慌てて隣の相手の口を、横から抱き寄せるように腕を回して塞いでしまった。
「んっんーんむーっ」
「何言ってるかわからん」
「だってー酔ってるしー?」
 肘でこづかれ手を離してやれば、相手はケラケラと笑う。
「わかってる。でも煩いからでかい声出すなよ」
 さーせーんと言いながらも更に酒の入ったグラスに口をつける様子に呆れつつ、そんな彼と自分自身に烏龍茶を注文したりしていたせいで、結局彼の反応は見逃してしまった。
 そうこうしているうちに飲み会はお開きとなったが、その中で珍しく潰れている奴が居る。彼だった。
 さすがにこの歳になるとそうそう潰れる奴は出ないけれど、若い頃は気心知れた気の緩みからか、酷いことになる場合もそこそこの頻度であった。自分ももちろん飲み過ぎて潰れた経験があるし、持ちつ持たれつの関係の中、それは自分の許容量を知る上でいい経験にもなっていた。
 だから昔みたいに、カラオケかファミレスにでも連れ込んで寝かせて置くかという話にはなったのだが、やはりそろそろ徹夜は堪える年齢だ。いい年したおっさん連中が、ファミレスやらカラオケやらで夜明かしするのも恥ずかしいという意見もあった。
 そんな中、一駅隣に部屋を借りている自分が、タクシーで連れ帰ってやればという話になり、タクシー代のカンパまで始まってしまった。しっかり集まったタクシー代を渡されてしまえば、さすがに嫌だとは言いがたい。
 彼は男としては小柄な方ではあったし、逆に自分は180近い体格だったので、一人でも大丈夫だと思われたようだ。いくら気持ちが消化済みとはいえ、いろいろな意味で大丈夫じゃなさそうだったけれど、大丈夫じゃない理由なんて言えるはずもない。
 結果、どうにか連れ帰った彼を取り敢えずベッドの上に転がして、途方に暮れることになった。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁