せんせい。4話 中間考査後

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 今まで部活で消化されていた分の時間が勉強に利用できるので、中間考査の結果は随分と芳しかった。
 部活動に精をだしていた生徒の多くが、きっと同じような状態だったはずだと美里は思う。
 だから、98点という学年内最高得点をマークした化学にしろ、それは頑張った結果に過ぎず、雅善が事前にテスト内容を洩らしたなどという事実は欠片もないのだ。
 学内新聞に取り上げられたこともあり、美里と雅善が幼馴染であるという話は既に校内の広範囲に広まっていたから、そういった憶測があったこと事態は、仕方がないのかも知れない。そうは思うが、そんな憶測に振り回されるのはたまったもんじゃない。
 放課後、ここ一月程で随分と馴染んでしまった化学準備室へと赴いた美里は、迎える雅善の暗い表情に気付いて首を傾げた。
「何かあったのか?」
「ああ、うん。美里に、言わなならんこと、あんのや」
「いい話、じゃなさそうだな」
「そうやな。ハッキリ言うて、胸糞悪い話やねん」
 一瞬、雅善の瞳に怒りの炎が浮かぶ。
「ガイが俺にテスト内容を教えたとか言う噂絡みだろう」
 尋ねると言うよりは言い切って、美里は雅善へと近づいていく。
「そんな噂、無視してりゃいいじゃないか」
 実際こちらに非はないのだ。どうどうとしていればいい。
「相手が生徒やったらな。ワイかて簡単に否定して終わりにするわ」
「相手?」
「教頭先生に呼び出されてな~」
 雅善は大きなため息をひとつ吐き出した。
「問題なんは、一人の生徒と親しくしすぎることやって言われたわ。美里の点が良かったのは美里自身が頑張った結果やってのは、向こうも認めとる」
「なんでだよ。どんな先生だって、親しい生徒とそうじゃない生徒がいるもんだろ?」
「せやから! 昔同じマンションに住んどって親しくしてたとか、こうやって毎日クラブ活動でもないのに放課後話しに来たりとか。一応気をつけとったけど、お前、二人きりん時はワイを名前で呼ぶやろ? 壁に耳ありなんを忘れて、他の生徒が『河東のテストの点が良かったのは臨採教師が裏でテスト問題を横流ししたからだ』て言い出すようなことしとった、ワイの落ち度なんや」
「バカ言うなよ。何がガイの落ち度だって言うんだよ。当然そんなのは否定したんだろ?」
「相手は聞く耳持ってへん。それに、どう考えてもワイの方が立場弱いねん」
 就任一ヶ月で辞めさせられるわけにはいかないだろうと告げる、雅善の表情は悲しげだ。
「で? 俺に、もうここには来るな、って言いたいわけだ?」
 沈黙は肯定。
 どれくらいの時間が過ぎただろう。そっと視線を外したまま口を開かない雅善に焦れて、美里はわざとらしく舌を鳴らして見せる。
「教師と生徒、だもんな。昔お世話になった大好きなお兄さんに会えて、浮かれすぎてたみたいだ」
「それは、ワイかて……」
「それでもガイは、明日から俺をただの一生徒として接してくるんだろう?」
 その口から、ヨシノリだとかビリーだとか、名前だったり昔のあだ名だったりが響くことはもうないのだろう。今までは、教室や廊下や職員室でカトウと呼ばれても、放課後この部屋で、笑顔と共に名前を呼んで貰えればそれで構わなかった。
 ガイという呼びかけに振り向いて貰えれば、それだけで満たされるのに。また、奪われてしまう。
 いや、昔と違って引越しで会えなくなるわけじゃない。雅善は美里の目の届く先に居て、美里のことを『河東』と呼び、『西方先生』という呼びかけに振り向くのだ。ムカムカと胸の奥を圧迫するものの正体を知っている。
 美里は目の前にある自分より頭一つ分小さな身体に腕を伸ばして引き寄せた。
 驚きに目を見張る雅善に構わず、その胸元に掛かるネクタイに指先を掛けて引き解く。
「よ、ヨシノリ!?」
「黙れよ。騒いで人が来たら、困るのはガイの方だろう? こんなの誰かに見られたら、間違いなく辞めさせられるぜ?」
 冷たく言い放った言葉に、雅善が息を飲むのがわかった。
 動きが鈍ったのをいいことに、美里は解いたネクタイで雅善の両手首を括り合わせる。
「何を、する気やの……?」
 細く吐き出される声に美里はフッと鼻で笑った。
「いい大人がこんなことされて、この後何が起こるのかわからないわけないだろ」
 ズボンの布地越し、美里は躊躇いもなく握りこむ。小さな悲鳴を飲み込む気配がした。
「あかん、て。こんなん、やめや」
 諭すような囁きが腹立たしい。
「止めて欲しきゃ、助けを呼べばいいだろう?」
 手首をネクタイで縛り上げてある上でのこの体勢を見れば、非がこちらにあるのは明らかだ。それでも、助けなんて呼べないのはわかっている。
 美里は構わず、雅善のYシャツのボタンを荒い手付で外した後、ベルトへと手を伸ばす。上体を捻って逃げようとする身体を引き戻して、下着ごといっきにズボンを引き摺り下ろした。
 剥き出しになった股間に、快楽の兆しなどはいっさいない。美里は手の中にすっぽりと納まるほどに縮こまっているソレに、強引に刺激を与えてやる。今度は確実に、その口から小さな悲鳴が漏れた。
「呼ばないのかよ、助け。止めないとこのままヤっちまうぜ?」
「ワイが困るて言うたん、自分やろ。助けなんか呼べるかい」
「じゃあ、合意の上ってことで」
「アホかっ!」
「そうかもしれない」
 馬鹿なことをしようとしている自覚はある。こんなことをしても、雅善の心は手に入らない。
 わかっている。この一月ほどの間で、尊敬や憧れに近かった幼い頃の想いは穢れ、恋だの愛だのという言葉で飾ってみた所で、どうしようもない欲望を抱えてしまった。
 否。むしろ心に体が追いついただけなのかもしれない。
 長らく離れていた時間を埋めるように、心も、体も、相手を求めてやまなかった。
 それでも、雅善が笑いかけてくれる喜びと秤にかければ、そちらの方が重かったから。だから、溢れかける想いや欲望は押さえつけてきたのだ。
 本当ならもっと個人的な繋がりが欲しくてたまらないのに、今更、ただの教師と生徒になんて戻れるわけがない。
「ビリー。少し落ち着こや、ビリー」
 美里の手で与えらる刺激に声を震わせながら、雅善が必死に言葉を紡ぐ。
 ヨシノリと呼ぶよりも、ビリーと呼ぶ方が柔らかく声が響くのを、きっと雅善も意識している。

>> 制止の声に従う

>> 従わず暴走

 
 
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せんせい。3話 職員室優先

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 けれど結局、軽い嫉妬にも似た気持ちが勝ってしまった。あの笑顔を、自分に向けさせたい。
 名前を呼ぶつもりで口を開いた美里は、けれど、昔と同じようにガイと呼び捨てるわけにはいかないだろうと思い至って、一旦口を噤む。
「西方、先生」
 そして結局、かなりの違和感を覚えながらもそう口にした。
 真っ先に反応したのは呼ばれた本人ではなく、その周りを囲んでいる女子の一人で、昨年は確か同じクラスだった。
「河東君?」
 名前を呼ばれたが、申し訳ないことに、相手の名前に自信が持てない。だから美里は軽く頷き、相手の名前には触れないままで話を進める。
「先生を囲んで、なんの話をしてたんだ?」
「学校新聞への協力要請よ。ちょっとしたプロフィール調査。河東君こそどうしたの?」
「俺は……」
「カトウ、ヨシノリ?」
 正直に知り合いなのだと告げずにすむ言い訳はないかと思いつつ、口を開いた美里を遮るように、雅善がゆっくりと名前を呼んだ。確かめるような疑問符付の、語尾がやや上がったその声に、美里は返す言葉が見つからない。
「知り合いなんですか?」
 覚えて貰っていたという喜びを噛み締める間もなく、女子の一人が雅善へと問い掛けた。
「てことは、うっわ、ホンマに美里なん?」
 瞳のあたりに面影があるとかなんとか言いながら、雅善が笑う。美里もしかたなく肯定の返事と共に頷いて見せた。
「随分でかなったなぁ。昔はワイの胸くらいまでしかなかったくせに、暫く会わんうちに立場逆転の勢いや」
 壇上に立つ姿を見た時には気付かなかったが、今、目の前に立つ雅善の背は、美里の肩くらいまでしかない。美里もそれほどの高身長ではなかったから、思っていた以上に小柄だった。
 昔はその顔を見上げていたのにと思うと、なんとも不思議な気分だ。
「本当にお久しぶりです。それで、色々と積もる話もありますし、少しでいいんで、時間、貰えませんかね?」
「それは、ええけど……」
 笑顔をしまって、雅善は困惑の色を浮かべる。昔とはあまりに違う態度に対するものなのだとわかるから、早く二人きりになって、その誤解を解きたいと思った。
 それにはまず、好奇の目をして自分達の会話を聞いている女子達から離れたい。

 

 一応美里もサッカー部のキャプテンとして、今年の夏には、高校総体の県代表まであと一歩と言う所まで部員達を率いた実績があり、校内での知名度もそこそこだ。
 校内新聞に余計なことを書かれたくはなかった。
「できれば立ち話より、どこか……そこの生徒指導室あたりに招待して貰えると嬉しいんですが」
 廊下を挟んで職員室のほぼ真向かいにある部屋の入り口を指差しながら、ニコリと笑い掛ける。
「あー、うん、そうやな。えっと、ワイの権限で開けてもええんやろか? ええんやろな。教師やもんな。うん、ほな、行こか」
 一歩を踏み出した所で、雅善は自分達を見つめる女子の視線に気付いて足を止めた。
「あ、っと。そっちの質問はさっきので最後やて言うたよな?」
「そうです。けど、一個追加です。サッカー部元主将の河東君との関係を教えて下さい」
「美里はな、昔、ワイと同じマンションに住んどったんや。親の転勤だとかで、三年くらい居ったな。ご近所のよしみってやつで、小学校入ったばっかだったコイツの面倒、ようみたってん」
 まさかこんな所で再会することになるとは思わなかったけどと、しみじみ告げる雅善に、美里は胸の内で大きな溜息を吐き出した。これで次回の学校新聞には臨採教師とサッカー部元主将との縁が少なからず掲載されてしまうだろう。
 ご協力ありがとうございましたと、元気良く告げて去って行った女子達の背を見送ってから、二人はようやく生徒指導室へと足を踏み入れる。
「まったく。生徒と幼馴染だなんて、先生自ら言っちまっていいのかよ」
 背後のドアをきっちり閉めた後、まず美里がそう口を開いた。
 口調を変えた美里に、雅善はようやく、先ほど美里が見せたよそよそしい態度の理由に思い至ったらしかった。
「生徒の一人と特別親しいて宣言したようなもんやもんな。あー……やっぱまずかったやろか……」
「俺が気をつけりゃいいんだろ。な、西方センセ」
「うっわ、ごっつ違和間」
「皆の前でガイって呼んでもよければ」
「ほな、ワイはビリーて呼ぼか?」
 美里という名前を音読みしてビリー。
 最初に言い出したのは、当然、目の前に立ち楽しげに笑っているこの男だ。
「そんな風に呼ばれるのは随分久しぶりだ」
「せやろ。けど、さすがにそれはあかんよな。生徒と先生やもんな」
 けじめが大事だと諭す口調は昔と変わらない。
 お隣のお兄さんだった彼には、こうして色々なことを教わってきた。
 思えばサッカーだって、最初にボールを蹴りあった相手は雅善だった。
「それにしても、まさかここで美里に会うとは思ってへんかったわ」
 この仕事を受けて良かったと雅善は嬉しそうに笑った。
「俺だって、まさか、もう一度会えるとは思ってなかった」
「引っ越すとき、一緒に行こて泣かれたん、覚えとるよ」
「あのころは、ガイと本気で兄弟になったつもりだったからな」
「そのくせ、引越し先から電話も手紙も貰った記憶ないねんけどな~」
「ガイだって、くれなかったろ」
 美里が雅善に連絡を入れなかったのには、一応理由がある。雅善に懐きすぎていた事に不安を持ったらしい親に、雅善との接触を阻止されていたからだ。
 引っ越してからすぐ、雅善に会いに行こうとして家出まがいのことをしてしまったから、多分、それが決定打だったのだろう。
 雅善君とはもう会えないのだから忘れなさいと、何度も説かれた。そして、会いたいと口に出すことをしなくなり、もう会えないのだということを子供ながらも理解した。
 けれどそれでも、忘れることだけは出来なかった。
「ワイは出したで? 二回ほど」
「えっ……?」
「返事ないんは、新しい生活でいっぱいいっぱいなんやろうって、そう思っとったんやけど。子供なんて、目先のことしか重要やないもんな~」
「そんなことない。手紙、届かなかったんだ、俺の所には」
 親が握りつぶしたのだろうということは、容易に想像がつく。
「そうなんや。ワイ、住所間違うて書いてたんかな~」
 スマンなと苦笑しながら頭を掻く雅善に、美里は親のことは告げないまま、再度口を開いた。
「もう、過ぎたことだろ。俺だって手紙出さなかったし。今、こうして会えてるんだから、それでいい。この偶然に感謝してる」
「そうやな。偶然に、感謝、やな」
 ゆっくりと吐き出される言葉。どこかしんみりとしてしまった雰囲気を払うように、美里は明るい口調で話題を変える。
「そういえばガイは高原先生の代わりに来たんだよな。てことは、近いうちに授業でも会えるわけだ。どんな授業してくれるのか、楽しみにしとくよ」
「わざわざプレッシャーかけんでええっちゅうの。けど、めっさ気合入るわ。おおきに」
 笑顔に笑顔を返してから、そろそろ職員室に戻らなければならないと告げた雅善に頷いて、美里は生徒指導室を後にした。

 

 時計を確認した後、美里はグラウンドに急ぐ。この時間なら、まだ毎年恒例である、引退した三年対現レギュラーの紅白試合が続いているはずだった。

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せんせい。2話 部活優先

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 夏休み明けを待って、様子見と称してウキウキと部活に顔を出した3年は、当然ながら美里や今泉だけではなかった。
 一通りの練習で身体を温めた後は、引退した3年の有志達 VS 新レギュラー の試合を行う。
 これはもう、ほとんど毎年この日に行われている、伝統行事のようなものだ。
 部活を引退後は夏期講習などで勉強漬けの日々を送っていることも多い3年にとってはいい気晴らしとなり、2年以下の新レギュラーにとっては最初の 『負けられない1戦』 となる。
 だから、強い当たりをモロに受けて美里が転倒した際も、先に謝罪の言葉を口にしたのは転ばされた美里の方だった。
 相当気合の入った相手との試合中だというに、臨採教師として現れた西方雅善との、随分昔の古い記憶をあれこれ掘りかえしていて、試合の方に集中しきれていなかったのが悪い。
 美里を転ばせてしまった後輩の、申し訳なさそうに差し出しす手を借り立ち上がった美里は、前腕の痛みに視線を腕へと向けた。
 案の定、肘から手首に掛けてを盛大に擦り剥き、汚れと共に血が滲んでいる。
「保健室行き、だな」
 そう告げたのは真っ先に駆けつけてきた今泉だった。
 やや呆れた口調なのは、美里が試合に集中していなかったことに気付いているからだろう。
「付き添うか?」
「いや、いい。お前まで抜けたら、勝てるもんも勝てなくなるからな」
「俺が付き添います……」
 そんな二人の会話に口を挟んだのはやはり美里を転ばせた後輩だったけれど、美里は軽く首を振って見せる。
「いいよ。一人で行ってくる。第一、お前が責任を感じる必要もないしな。むしろ、いい当たりだったと褒めてやろう」
 その傷をまわりに集まり始めたチームメイトに見せつけるように掲げて見せた美里は、退場を告げてグラウンドを後にした。

 

   校舎1階にある保健室は、グラウンド側にも出入り口がついている。 体育の授業や部活動で怪我をした際、訪れやすいようにという配慮だろう。
 その入り口付近に設置された水道場で汚れを洗い流してから、美里は保健室へのドアへと手を伸ばす。しかしガッという音を響かせ、ノブは最後までまわることなく美里の手の中で動きを止めた。
「あれ?」
 思わず口に出しながら、何度か左右に捻って見るが、やはりドアノブがまわることはなかった。 どうやら保険医が不在らしい。
「弱ったな……」
 一旦下駄箱経由で校舎に入って、職員室を覗いて見る必要がありそうだ。
 さすがにここまで派手に怪我した腕をそのままにして帰宅するわけにはいかないし、保険医が不在だとしても、誰か他の教師に頼めば保健室を開けて貰えるだろう。
「手当て、したろか?」
 面倒さに溜息を吐き出しドアに背を向けた所で、背後からのそんな声が美里を呼びとめた。
「ガイ!?」
 振り返った先、保健室に隣接した化学実験室の窓から顔を出す男に向かって、美里は驚きと共にその名を呼んだ。
「西方先生、や。いきなり名前呼び捨てる奴が居るかいな」
 眉を寄せてそう訂正を告げながらも、雅善の視線は美里の腕の傷へと注がれている。
「それにしても、豪快にズルムケとんなぁ~」
 手招きで呼ばれて仕方なく、美里は雅善の前へと移動した。
「手当て、してくれるんですか?」
 昔一緒に遊んでいた頃、ガイと呼び捨てにしろと言ったのも、丁寧語を嫌ったのも、この目の前の男だったのだけれど。どうやらそれを覚えているのは自分の方だけなのだと悟った美里は、教師に対する最低限の口調で尋ねた。
「消毒くらいならワイでも出来んで。ではここで問題です。市販のオキシドールは過酸化水素水の何%希釈液でしょう」
「知りません。でもさすが化学教師、って感じですね」
 ニヤリと笑った雅善に、美里も負けずと笑い掛ける。
「だいたい3%やな。ほなここで待っとき」
「窓越しに手当て、ですか?」
「校舎ん中入るんが面倒やから、溜息ついとったんちゃうん?」
「そうです、けど……」
「ほな、窓越しで充分やろ」
 そう告げるなり雅善はクルリと背を向けて、奥に並ぶ薬品棚へ向かって歩いていく。
 その背を見つめながら、変わらないなと美里は思う。 鋭い観察眼とさりげない優しさ。 幼い美里の目にも、それらは憧れるに充分の美点として映っていた。
 やがて戻ってきた雅善に促されるまま、美里は怪我した左腕を差し出す。
「オキシドール?」
 その手に握られていたのは見覚えのある容器で、とても薬品を希釈してきたようには思えず、美里は思わず声に出して問いかけた。
「ほんまに過酸化水素水の希釈液作てくると思た?」
「そりゃ、あんな言われ方すりゃ……」
「過酸化水素水て劇物やで。市販薬あったらそっち使うに決まっとるやん」
 雅善は悪戯が成功した子どもみたいに楽しげだ。
「ほな消毒すんで。染みても我慢してなー」
 まるで子供にでも言い聞かすような言い回しに笑い掛けて、けれど消毒液がたっぷりと染み込んだ脱脂綿を傷口に押し当てられた痛みに、美里はなんとも言えない表情で眉を寄せる。
 その顔に、雅善の方が小さく吹き出した。
「こんだけのすり傷や、相当染みるやろ。痛いんやったら痛いて言うてもええんやで? 言われてもやめへんけど」
「もしかしなくても、楽しんでるだろ」
「えー? そんなことあれへんて」
 そう言いながらも、やはり雅善は楽しげだ。
 その表情と、記憶の中の表情とが重なって見える。共働きの両親に変わって、何度か傷の手当てをして貰った。
「そういえば、昔から、傷の手当てとか好きだったよな」
「昔、から?」
 手を止めた雅善が、訝しげに尋ねる。
「覚えてないかな。昔、同じマンションに住んでた、河東美里、なんだけど」
「カトウ、ヨシノリ……って……」
「思い出した?」
「思い出すも何も、そりゃワイの人生最初の生徒の名前。ってか、嘘やろー!?」
「こないなことに嘘ついても、何の特にもならんで?」
 昔教わった関西弁で答えて、ニヤリと笑って見せた。
 驚きと、葛藤と、それから暫く経ってようやく。雅善も嬉しそうな笑顔を見せる。
「ホンマに? ホンマにあのビリーなん?」
「そんな風に呼ばれるのは随分久しぶりだな」
 美里という名前を音読みしてビリー。
 最初に言い出したのは当然、目の前に立ち笑っているこの男だ。
「うっわ、メチャクチャええ男に育っとってムカツクわー。ワイより随分でかいんちゃう? てか、なんの偶然やろな。ホンマはこんな遠くまで来たなかってんけど、仕事受けてラッキーやったかもしれん。で、その怪我部活やろ? 何やっとんの?」
 一気にまくし立て始めた雅善に、美里は安堵しつつも苦笑を零す。
 覚えていた。忘れられていなかった。
「俺も、偶然にしろガイに会えて、嬉しい。部活はサッカーだよ。昔、ガイに教わった。と言っても、既に引退済みだけど。今日は夏休み明けの初日だから後輩の様子見で参加してた」
「教えたって程、ワイはサッカー上手くなんかないで?」
「それでも、最初の記憶はソレなんだ」
「嬉しいこと言うやんか。それにしても、もう引退しとるてのは残念やな。当然、レギュラーやったんやろ?」
 活躍する姿が見たかったと本気で惜しそうに告げる雅善に、嬉しさがこみ上げる。
「俺も、見せたかったな。ガイに応援されながらだったら、倍は頑張れそうな気がする」
「昔っからおだて上手やったけど、口の上手さも随分成長しとるようやな。せやけど一応ここは学校で、ワイは教師で、ビリーは生徒やんな? さっきも言うたけど、さすがに名前の呼び捨ては勘弁し」
 ホンマはガイて呼ばれるほうが慣れてんけど、と苦笑する雅善に苦笑で応えながらも仕方がないよなと返して。
「これからは気をつけます、西方先生。手当て、ありがとうございました」
 次は化学の授業で会いましょうと告げ、美里は自分を待つチームメイトの元へと帰って行った。

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せんせい。1話 二学期初日

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 2学期初日の朝礼に、その人物は現れた。
 夏休み明けのどうにもシャッキリしない気持ちが、校長の告げた臨採教師の名前を耳にした瞬間、ドキリと脈打つ心臓と共に緊張と期待とで引き締まる。
 挨拶をと促されて出てきた姿に彼の人の面影を見て、間違いないと思った。
 鼻の上に乗った丸いメガネには馴染みが無いが、メガネ越しでもわかる、少し吊り気味の瞳は昔と変わらない。
 それでも信じられない思いが強くて、河東美里はその口が開くのを、前方を睨みつけるようにして待った。 「ただいまご紹介に預かりました、西方雅善です。産休に入られた高原先生に代わって、化学を教えます。不慣れな点もあるかと思いますが、よろしゅうお願いします」
 耳障りのいい声は、普段聞きなれたものとはやはりどこか微妙にイントネーションが違う。
 しゃべるたびにチラチラと覗く八重歯も懐かしかった。
 噛み締める喜び。二度と会えないと思っていた相手との、この偶然の再会を、運命と信じても許されそうな気さえした。

 

 休み明けの一日目は朝礼と簡単なHRだけだ。
 ソワソワとした気持ちを抱えながら、担任教師が教室を出て行くのを待って、それを追う勢いで席を立つ。
 取り敢えず職員室へ行けば会えるだろうかと考えながら、教室を出て数歩。
「あれ、河東。お前どこ行くんだよ。今日、部活出るって言ってたろ?」
 丁度隣の教室のドアから出てきた男が美里を呼び止めた。
 今泉彰浩という名のその男は、夏の大会が終わるまで、美里と共にサッカー部で共に戦って来たチームメイトだ。
「俺たちが引退した後、どんだけしっかりやってんのか、今日はみっちり視察してやるって言ってたよな?」

>> 部活優先

>> 職員室優先

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********
部活優先 >>

 確かにそう告げた記憶がある。
 美里の通う高校は県内でも有数の進学校なためか、夏休みの後半から始まる全国高校サッカー選手権大会の地区予選まで、部活を続ける三年生はいない。
 しかし、夏休み明けを待って、様子見と称してウキウキと部活に顔を出す三年生は多かった。だから夏休み明け初日の部活は、引退した者にとってもある意味特別な日だ。
 雅善との再会を果たすのは明日にしてもいいかも知れない。
 一瞬だけ迷って、結局。
「そうだったな。今日の所は部活を優先しよう」
 美里は今泉へ笑顔を向けた。

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  **********
職員室優先 >>

 確かにそう告げた記憶がある。
 美里の通う高校は県内でも有数の進学校なためか、夏休みの後半から始まる全国高校サッカー選手権大会の地区予選まで、部活を続ける三年生はいない。
 しかし、夏休み明けを待って、様子見と称してウキウキと部活に顔を出す三年生は多かった。だから夏休み明け初日の部活は、引退した者にとってもある意味特別な日だ。
 けれど今は、雅善との再会を果たすことの方が、美里にとっては重要だった。
 確かめるような今泉の問い掛けに、美里は申し訳なさと共に苦笑を返した。
「悪い。ちょっと職員室寄りたいんだ」
「職員室?」
「朝礼で挨拶した臨採、知り合いなんだよ。久々だから挨拶しておきたくて、な」
 もう一度悪いと告げた美里に、今泉は軽く肩を竦めて見せる。
「わかったよ。俺は予定通り部活に顔出すから、お前も後で来いよな」
「ああ、そうする」
 軽く手をあげて今泉と別れた美里は、今度こそ職員室へと向かった。

 

 目的の人物は職員室前の廊下にいた。ただし、その周囲を数人の女生徒たちが囲んでいる。
 距離があるので会話の内容は聞き取れないが、楽しげに話す姿に胸の奥がザワついた。
 邪魔してやりたいという子供じみた感情と、口の軽そうな女生徒たちに割って入って彼との関係を勘繰られるのも、それを噂されるのも、後々面倒そうだと言う理性との間で迷う。

>> あきらめて部活

>> 割り込んで話しかける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  **********
あきらめて部活 >>

 急ぐ必要はないか……
 どうせ高原先生が出産と育児を終えて復帰するのは、美里が卒業した後のことになるだろう。
 雅善は明日も明後日もその先も、暫くはこの学校へ教師として毎日通ってくるのだ。
 今すぐにでも再会を喜び合いたいという気持ちを押さえ込んで、美里はその場に背を向けた。

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せんせい。 目次

選択分岐式ビジュアルノベルゲームのシナリオです。
全5種類のエンディングが有ります。

高校生(美里)×臨採教師(雅善)。年下攻。メガネ受。
メインルートはエロ少なめストーリー重視ですが、選択肢によってはセックスの強要や、美里が雅善以外の別の相手と交際する軽めのバッドエンドも有ります。
視点は美里側ですが、メインルートは雅善側視点のオマケがあります。

1話 二学期初日
2話 部活優先
3話 職員室優先
4話 中間考査後
5話 制止の声に従う
6話 従わず暴走
7話 部活を優先してた
8話 職員室を優先してた
9話 解く
10話 解かない
11話 追わない
12話 追う
13話 オマケ
番外編 END No.3オマケ

 
 
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