サーカス2話 逃亡

<< 目次  <<1話戻る

 

「ガイ」
 その呼び声に、ガイは無言のまま振り向いた。
「飯だ」
 ぶっきらぼうにそう告げると、ビリーはテーブルの上にガイの分のトレーを載せる。
「さっさと取りに来い」
 キツく声をかければ、渋々と行った感じで近づいて来る。
 いくら食べても食べたりないと感じる年ごろに、目の前に置かれた食事を見ているだけで我慢するほどのプライドが、ガイに残っていないことは重々承知だった。この部屋へと連れて来てから既に3日が経過しているが、ガイは水以外何も口にしていない。
 そろそろやばいかと感じないわけではなかったけれど、一度提示した条件を撤回するほど、甘い顔はしてやれない。彼が自分の運命を受け入れて諦めるのを、ビリーは待つしかなかった。
「わかってるな?」
 椅子に腰かけてガイを待っていたビリーは、目の前に立ったガイに念を押す。既に体力的にも限界だろうに、それでも褪せないキツイ瞳で睨みつけながら、ガイは頷いた。
 ビリーは満足げに口の端を持ち上げたが、何も言わずにその後のガイの行動をじっと待った。
 ガイはゆっくりと両腕を持ちあげて、ビリーの両頬へ添える。そうしてビリーの顔を固定しておいてから、意を決したように自ら唇を合わせていく。
 最初に示した手本をまねるように、拙いながらも教えられた通りに舌を差し出し、ビリーの唇を舐めあげてから口内へと進入させる。
 ビリーはうっすらと目を細めて、ガイの舌が口内を探っていくのを感じていた。物覚えは悪くないらしい。
 5分近くその行為を強いた後、満足気に少しばかり口の端を持ち上げたビリーは、口内で動く小さな舌を捕らえて優しく歯を立てた。
 瞬間、ビクリとガイの身体が震え、逃げようと動く。しかし、素早くその身体を捕まえたビリーは、離れてしまった唇をもう一度重ねて、今度は自らその口内を嬲っていく。
 ビリーの技巧に翻弄されながらも、快楽に流されまいとするガイの幼い意地が、いっそ可愛らしい。ビリーは最後に優しく唇を吸い上げてやった。
「んっ……」
 思わずこぼれ出てしまった甘い吐息に、ガイの頬が悔しさと羞恥で色づいた。
「明日は、もっとうまくやれよ」
 そんなガイの様子に気付かない振りで、ビリーはそう声をかけながら食事の載ったトレーを差し出す。
「明日……?」
 しっかりとそのトレーを握り締めながらも、ガイは訝しげに眉を寄せた。
「一度だけで許されるとでも思ってたのか? これからも自分からキスできなきゃ食事にはありつけないと思え」
「こんなことして、楽しいんか?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そういう問題じゃない。ペットには躾が必要だろう?」
 性欲を満たすためのペットとして飼ってやるという、最初に告げられた言葉を思いだしたようで、ガイはキュッと唇を噛んだ。
 ビリーの言葉に含まれた蔑みの感情と淫猥さは感じて居ても、性のペットとして飼われるということの意味を、幼いガイはきっとはっきりと理解できていない。それでも、ビリーの要求する行為に応えて行かなければならないのだということだけは、目眩を伴う空腹感に嫌というほど理解しただろう。
「お前が俺を感じさせるほどキスが上手くなったら、やめてやるよ。まぁ、そんな渋々嫌がりながらやってたんじゃ、いつになるかわからないけどな」
 冷ややかな声で告げる言葉に、ガイの中にある屈しきれない強い意思が頭をもたげたようで、やはりビリーを睨みつけてくる。その瞳をさらりとかわして、ビリーは薄く笑った。
「いつまでその強気が続くか見物でもあるな。……ほら、さっさと食わないと、取り上げるぜ?」
 後半の台詞に、ガイは慌てて食事を口に運び始めた。
 
 
 
 
 ゲホゲホとむせるガイの、つらそうな咳が部屋の中を満たす。
「何度言わせればわかる?」
 口の端から零れ落ちる残滓を指でぬぐってガイの口の中へと戻したビリーは、冷ややかな瞳と声で告げた。
 自ら口付ける事に慣れたガイに、ビリーが次に教え込んだのは口を使った奉仕だった。最初は無理矢理に口を開けさせ捻り込み、掴んだ頭を揺さぶって、吐き出したものをとにかく飲ませることから始めたのだが、今では舌を使って相手の射精を導く程度のことは出来るようになっていた。
 ただし、食事を盾にしている分命じれば渋々と口を開くものの、キスを教えた時とは違い、自分から積極的に舌を這わす事はない。
 気持ちはわからなくもないが、次の段階へ進むためにも、さっさと慣れてもらわなければ困る。
「嫌だ嫌だと思いながらするから、いつまでたっても失敗するんだ」
 ビリーはガイの髪の毛をガシリと掴み、力任せに上向かせる。そして、荒く息をつくガイの、その瞳にしっかりと自分が写されていることを確認すると、もう片方の掌でガイの頬をはたいた。
「痛っ!」
 乾いた音と、ガイの呻き声と。
「さっさと飲み込めと教えただろう?」
 その命令のもと、ガイはキツく目を閉じて、なんとか口の中に残る粘ついた液体を飲み下す。目尻には薄く涙が浮かんでいた。
「まだ終わりじゃないぞ」
 ビリーは掴んでいた髪の毛を離す。ガイは重力に従って崩れていく身体を、ビリーの膝に縋ることで、なんとか耐えた。そして、小さく息を吸い込んで覚悟を決めると、丁寧に口を使って後始末をしていく。
「それでいい」
 ビリーの身なりをきちんと整えてから顔を上げたガイの目の前に、ビリーは食事の乗ったトレイを差し出した。
 受け取ったガイは、ビリーの目から逃れるように部屋の隅に設えた自分の寝床へと向かう。顔を合わせようとはしない。
 ビリーはつい吐き出しそうになる溜め息を、今日もグッと飲み込んだ。
 もともと好かれようなどとはカケラほども思っていなかったので、嫌われようと一向に構わないのだが、身体中から放たれる嫌悪のオーラには、さすがに時折たじろぐことがある。
 『従順な性の奴隷』に仕立て上げるには、ガイの高いプライドが邪魔をしているようだ。
 食べ物や痛みによって従わされている状態では、オーナーは納得なんてしないだろう。さっさと自分の置かれた運命の前に跪いて、何もかも諦めてしまえばいいと思いながら、そう出来ない頑なな強さがいっそすがすがしくもある。
 子供のクセに、どこでそんな強情さを身につけてきたのか。自分を拒絶するように向けられているガイの背中へ、ビリーはジッと視線を注いだ。
 
 
 
 
 ドアに鍵を差し込んだビリーは、その違和感に眉を寄せた。鍵を回しても、いつもは小さく響くカチリという音が聞こえない。
 嫌な予感を抱えながらも慌ててドアを開けば、やはり、そこに居るはずのガイの姿がなかった。
 ガイを預かった際、特別に、鍵がなければ内側からすら開かないドアを用意して貰ったので、まさか逃げ出すなどということは考えておらず、ビリーはガイを部屋の中では比較的自由にさせていた。
 どうやって抜け出したのか知らないが、甘く見すぎていたのは確かだろう。物覚えの早さからバカではないとわかっていたが、どうやら利口と評価したほうがいいのかもしれない。
「さて、どうするかな」
 ビリーは小さく吐息を洩らした。

>> 探しに行く

>> 放っておく

 

 

 

 

 

 

 
<探しに行く>

 この部屋から出る事に成功したとしても、どうせ簡単にはこのサーカスの敷地内から出られるはずがない。団員用の服を来た子供が一人でうろつくことなど皆無に等しく、見つかればすぐに呼び止められるだろう。
 逃げ出した事がわかった場合、連れて行かれる先など数えるほどしかない。ビリーは敷地の端に設えられた簡素な館へと向かった。 
「小さな子供が連れて来られなかったか?」
 生意気そうな目をした、訛りの強い言葉を話す子供だと告げれば、そこの管理を任されている男はすぐに思い当たったようだった。
 このサーカス団のスターの一人であるビリーが、その建物を尋ねること自体初めてだったし、滲む嫌悪の感情を汲み取って、随分とそっけない対応だったものがガラリと変わり、男はニヤリと卑下た笑いを見せながら急に愛想の良い口調になる。
 金蔓だと判断されたそれは、間違ってはいないだろう。いったい幾ら吹っ掛けられることになるのか思いやられて、ビリーは心なしか目の前の男を冷たく睨んでしまった。
 それでも男の言葉に従って、ビリーは建物の中へと足を踏み入れる。通された先は、どうやら応接室らしい。
「このお子さんでしょう?」
 その言葉と共にモニタ上に映し出されたのは、確かにガイだった。服は薄汚れた肌着のみにされ、首に掛けられた首輪の先は壁に繋がっている。打たれたのか、頬が赤く腫れているようだ。
「今はおとなしくしてますがね、それはもう凄い暴れようでして」
「だろうな」
「けどまぁ、顔は悪くないですね。ああいうキツイ目をした子供を好む方も居ますので」
 ビリーは嫌そうに眉を寄せた。それでも、相手の言っていることを否定する気にはならない。確かに、ここにはそういった人種も多く集まってくることだろう。
 いっそそういった人間を相手にしてみれば、ビリーの元で性のペットとして調教される方がまだマシだと思うだろうか?
 モニタに映るガイの姿を見ながら、ビリーは暫し考える。

>> 引き取る

>> 預けてみる

 

 

 

 

 

 

 

 
<放っておく>

 この部屋から出る事に成功したとしても、どうせ簡単にはこのサーカスの敷地内から出られるはずがない。団員用の服を来た子供が一人でうろつくことなど皆無に等しく、見つかればすぐに呼び止められるだろう。
 逃げ出した事がわかった場合、連れて行かれる先など数えるほどしかない。更に言うなら、事情がわかれば、結局は現在の世話役であるビリーに連絡が入るのだ。
 その読み通り、すぐにガイの所在は明らかになった。敷地の端に設えられた簡素な建物は娼館だ。
 華やかなサーカスの舞台裏にそのような場所が存在することを知る人間は少ないが、それでもそこそこに賑わっているのもまた事実。
 なぜなら、金さえ積めばたいていのことが許されるからだ。ガイのように逃げ出そうとした者などは、そういった金に物を言わす連中の相手をさせられるのが普通だったし、相当酷い扱いを受けるだろう。
 だからビリーは、オーナーからの預かりモノであることを伝え、壊さない程度に逃げ出した事を後悔させてくれと頼んだ。
 多少手酷く扱われて、今までの生活の方がマシだったと思えばいい。そうすれば、少しは素直に調教される気になるかもしれない。

>> 次へ

 

 

 

 

 

 

 
<預けてみる>

 ここに預けてみるのも一つの手かもしれない。そう考えたビリーは、ガイを引き取るためにと用意して来た金の一部を目の前の男に握らせる。
「協力して欲しいことがある」
 この男に協力を頼むのはいささか抵抗があったが、ビリーは頭の片隅でかすかに鳴り響く警鐘を無視する事にした。
「ええ、なんなりと」
 揉み手をせんばかりの勢いで、男は更に愛想のいい笑いを浮かべて見せる。
「ガイはオーナーからの預かり物なんで、あまり酷い傷を残すようなことは控えて欲しい。が、二度と逃げ出そうなんてことを思わない程度に、躾けてやってくれないか」
「それは、ココでのやり方で、という意味で?」
「そうだ」
「よろしいんですか?」
「いい。オーナーからの依頼は、従順な性の奴隷として仕立て上げろというものだからな」
「なるほど」
 合点がいったとばかりに頷く男に、ビリーはくれぐれもムチャはさせるなと念を押してから自室へと戻って行った。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

サーカス1話 出会い

<< 目次

 

『どんな命令にも進んで従う
 従順な性の奴隷に』
オーナーから新人団員である
ガイを託されたビリーは、
同時に与えられた命令に頷く
しかなかった。
そうして始まった調教の日々に
いつしかビリーはガイへの
愛しさに捕らわれていく。
 
 
 
 
 モニタに映る何もない小部屋の中には、一人の子供がうずくまっている。
「それが、例の子供ですか?」
 尋ねる声に返るのは肯定。ビリーは眉を寄せながら小さなため息を一つ零した。
「嫌なら、無理にとは言わないけど?」
 目の前に立つ、このサーカス団の若きオーナーでもある青年は、ビリーが断らないことを確信している笑みでそう言ってのける。
 どういった経緯なのか詳しくは告げられていないが、引き取らざるをえなかった子供。ただ、随分と元気が良すぎたようで、大暴れした末にこの目の前にいる青年の、大事な友人を一人傷つけた。
 運が悪い。
 ビリーはそう思わずにはいられなかった。
『どんな命令にも進んで従う従順な性の奴隷に』
 そう仕立て上げろという、半ば強制的な命令を受けたのは今朝のことだ。
 提示された報酬はビリーが喉から手が出るほど欲している金額を軽く上回る。それだけの金があれば、このサーカス団から抜けて、本当にやりたいことが出来るだろう。
 ビリーがここに居るのは、手っ取り早く金を稼ぐためなのだ。
「やります、よ」
「君ならそう言ってくれると思ってた」
 よろしくと笑った顔は、蝶の羽を躊躇いなく毟り取る残忍な子供のそれだった。
 
 
 
 
 渡された鍵で扉を開く。
 部屋の隅には先ほどモニタ越しに見た少年が、その時と同じ格好でうずくまっていた。
 どうやらガイという名前らしいその少年は、入ってきたビリーに一瞬だけチラリと視線を向けた後、また抱えた膝の中に顔を埋めた。
「生意気そうなガキだな」
 きつめの声を投げかけるビリーに、返される反応はない。
 面倒そうな子供を押し付けられてしまった。それは間違いなく本心で、ビリーはこぼれそうになる溜め息を飲み込んだ。
 覚悟は決めたはずだろう。相手がまだ幼い子供だからと言って、情けをかけてはいけない。そんなものは邪魔にしかならないのだから。
 ビリーは感情を零さない冷たい視線でガイを居抜くと、硬い足音を響かせながら近づいていく。
 肩を掴んで立たせると、顎に手を掛けムリヤリ顔をあげさせた。まっすぐに、気丈そうな大きな瞳がビリーを見据えて睨み付けるのを軽く受け流して、ビリーは口を開く。
「お前、ここがどういう場所か知ってるか?」
「サーカス、やろ?」
 子供特有の少し高めの幼い声が部屋の中に響く。
 言葉が返ってくるとは思っていなかった。ためらいのないしっかりとした口調に、ビリーは口の端を持ち上げて見せた。
「そうだ。だが、お前の仕事は舞台に立つことじゃない」
 言いながら、ガイの胸倉を掴んで持ち上げ、乱暴に小さな唇を吸い上げる。それまで無表情だったガイが、驚愕と嫌悪の表情で顔を歪ませた。
「今後は俺の性欲を満たすためのペットとして、お前を飼ってやるよ」
「なん、やって……?」
 震えながら吐き出される声に、ビリーは極力いやらしい笑みを浮かべてやる。
「いい子にしてたら、お前にもイイ思いをさせてやるさ」
 再度ビリーはガイの唇を奪う。
「……嫌やっ! うっ…ツゥ……」
 逃れようと身体をバタつかせるガイの腕を掴んでねじりあげれば、ガイは痛みにうめき声を洩らした。開いた唇に舌を滑らせ、口内を乱暴に、けれど執拗にネットリと舐めあげる。
「んっ……」
 甘えの混じる声を鼻から漏らすようになるのを待って、ようやくビリーはガイを開放した。
 ビリーを睨み付けるガイの瞳に、先ほどまでのキツイ光彩はない。ビリーは満足げに笑ってみせた。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

サーカスの舞台裏 目次

選択分岐式ビジュアルノベルゲームのシナリオです。

<あらすじ>
夢を叶える為、サーカスの舞台に立つこと以外の仕事も色々とこなしてきたビリーに、若きオーナーが高額な報酬と共に提示した仕事は、ガイという名の子供を性奴として調教することだった。
さすがの内容に気が進まないものの、一気に夢が叶うほどの報酬に、ビリーは最後の仕事と思って了承した。
そうして始まった、ガイとの生活。
最初はただの生意気な子供と思っていたビリーだったが、物覚えの良さや判断力に見えるガイの知性や、潔い性格、そして自分ではなく友人セージへと向かうわずかな笑顔に。ガイへ対する気持ちが徐々に揺れ動いて行く。
夢を追うための犠牲に目をつぶるのか、愛しさの芽生えを認めるのか。
いくつかの選択肢によって選べるエンディングは全7個。
夢か、ガイか、どちらも手放さずにすむか。それは貴方次第です。
 
<キャラ紹介>
ビリー:少々値の張る夢を抱きつつ、サーカスで働いている団員。スターの一人でありながら、金のために裏では女性の相手などもこなしている。オーナー命令でガイの調教を請け負う。
ガイ:サーカスへ借金の形として連れて来られた子供。オーナーの大切な友人を傷つけてオーナーの怒りを買い、従順な性の奴隷となるよう調教されていく。潔くて頭がいい。
セージ:ビリーの友人団員でスターの一人。貴族出身という噂のある、優しい青年。
オーナー:サーカスとガイの所有者。一見、冷酷な青年。

視点はビリー側ですが、メインルートはガイ側視点のオマケがあります。
更に番外編でセージ視点の短い話もあり。

1話 出会い
2話 逃亡
3話 引き取る
4話 セージ
5話 引き止める
6話 クスリの排泄
7話 絵本
8話 調教再開
9話 騎乗位
10話 調教終了
11話 提案
12話 ガイの意思を聞く
13話 オマケ1
14話 オマケ2
15話 オマケ3
16話 2年後
番外編 ビリーとセージ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。13話 オマケ

<< 目次  << 1話戻る

 

 朝も早くから、さして広くない一人暮らしの部屋を掃除し、簡単な昼食を用意しながらついでに朝食をすませ、最後にシャワーを浴びた。それでもまだ、時間の余裕は充分にある。
 やることがなくなってしまうと、意識せずには居られない。暫くキッチンと自室の間をウロウロ行ったり来たりしていた雅善は、やがて諦めたように、部屋の中央に置かれたコタツに腰を下ろした。極力意識しないようにと思って、ベッドに背を向ける位置へ座ったのだが、やはり気になって仕方がない。
 寝室を分けられるような部屋数ではない。というより、四畳半程度の小さなキッチンと六畳よりは多少広めの部屋が一つあるだけなのだ。
 それでも、この地に長く暮らす予定ではなかったし、立地条件と家賃を考えれば、一人者の住まいとしてはかなり快適な物件だった。ただ、越してきたこの土地で河東美里と再開することも、ましてや部屋へ呼ぶことになるなんてことも、まるっきり想定していなかっただけだ。
「初恋、やもんな~」
 呟きは思ったよりも大きく響いて、雅善は恥ずかしさに、思わずコタツの上に突っ伏した。目を閉じれば、幼い頃の美里を簡単に思い描くことが出来る。
 昔、雅善の住むマンションに越してきたある家族の一人息子は、大きな目をキラキラさせた元気の良い子供だった。部屋が同じ階の近所だったことや、当時雅善がまだ小学生だったことや、美里の両親が共働きだったこと。他にも色々な要素が絡まって、年の差はあったけれどよく一緒に過ごしていた。
 最初は弟が出来たみたいで嬉しくて、懐かれれば可愛くて。ただそれが、世間一般で言うところの恋心なんじゃないかと思い始めたのは、雅善が中学へ上がった頃だった。
 どうしたって一緒に居られる時間が減って、随分とがっかりしている自分自身の気持ちに気付いた。たまの休みに一緒に遊べば、前と代わらず可愛らしい笑顔を見せてくれたが、それでも、会話の中に出てくる彼の友人達に嫉妬せずにはいられなかった。
 嫉妬して、どうしたらもっと自分を見てくれるだろうかなんてことを考えながら、頭の中では抱きしめたりキスしたり、場合によってはもっと酷いことまで、妄想していた。
 自分の中の欲望に、唖然として、持て余して。そうこうしている内に、美里は家の都合でまた引っ越してしまって、出した手紙に返事はなかった。
 忘れたことはなかったけれど、もう二度と会うこともないだろうと思っていたのは事実だったから、思いがけない再会には、普段信じてなどいない神様に向かって、感謝してしまったほどだ。
 勝気な瞳をキラキラさせていた男の子は、同じ瞳を持つ、カッコイイ男へと成長していた。見上げなければならない程の長身には多少戸惑ってしまったけれど、それでも美里はやはり美里で、昔感じた想いが蘇る。やはりどうしようもなく好きなのだと思った。
 ツラツラと昔へ想いを馳せる雅善の耳に、ドアチャイムの音が響く。ハッと顔を上げた雅善は、緩み掛ける頬をパンッと叩いて引き締め、玄関へと向かう。
 簡単に覗き窓から確認した後でドアを開ければ、心持ち緊張を滲ませた美里がおはようございますと告げた。緊張が伝わってくる。同じように緊張の滲む挨拶を返してから、雅善は美里を部屋の中へと招いた。
「おじゃまします。これ、一応お土産」
 そう言ってコタツの上に置かれたのは、明らかにケーキ屋の箱だった。
「ケーキ?」
「嫌い……じゃないよな、甘いもの。和菓子の方が好きだった気もしたけど、美味しい和菓子屋は知らなくて、さ」
「ああ、まぁ……てか、そんなんよう覚えとるね」
「そりゃあ。よく一緒にオヤツ食べてた仲だし。ガイのことは、出来るだけ色々覚えていたかったし」
 照れたような笑いに、ドキリとする。
「お茶、淹れてくるから、好きに座っとき」
 真っ直ぐに見つめ返すことが出来なくて、雅善は早口でそう告げ、通ってきたばかりのキッチンへ引き返そうとした。その腕を、あっさり美里につかまれる。引かれるままに仕方なく美里と向き合えば、そこには酷く真剣な表情があった。
「ガイが、好きだ」
 ストレートな物言いに、顔が熱くなる。
「子供の頃の憧れみたいな好きとは違う。抱きしめたりキスしたり、それ以上のことだってしたい。だから最初に確かめたいんだ。そういう恋愛感情での好きに、ガイは応えてくれる気でいるのか?」
「そうやなかったら、家に呼んだりせんやろ」
「なら、いいんだ」
 良かった。と言うセリフは、耳のすぐ近くで囁かれた。ただでさえ、抱きしめる腕の温もりに、顔どころか身体中が熱を発して持て余しているのに。
「もしかして、シャワー、浴びて待ってた? 髪が少し湿ってる」
 意味深に問われて、なんと返せば良いのかなんてわからない。事実、そういう事もあるかもと思い、シャワーを浴びたのだけれど、それを本人に向かって言えるような性格ではない。
 第一、部屋にあげてすぐこんな展開が訪れるとも思っておらず、気持ちばかりが焦って行く。
「今すぐ押し倒しても、性急過ぎるって怒ったりしないか?」
「お茶飲む時間も、待てへんの?」
 焦ると却って、抑揚のない口調になるらしい。
「待てないな。だって、半年もの長い時間、好きな人目の前にしたまま、名前もまともに呼び掛けられないような禁欲生活だったんだぜ?」
 今にも頬に唇がくっつきそうな程近くでしゃべり続けるから、くすぐったさと恥ずかしさで身を竦めてしまった。
「ダメ?」
 甘えるような声に、敵わない。
「ダメってわけと、ちゃうけど……」
「好きだよ、ガイ。確かめたいんだ。触っていいだろ?」
「せやから、ダメとは……」
「いいよ。って言って。もしくは、好きだよって返して欲しいんだけど」
「あっ……」
 耳朶を食まれ、口をついて出たのは言葉にならない短い喘ぎ。崩れ掛けた身体は力強い腕に支えられて、膝をつくことにはならなかったけれど、代わりに軽々と抱き上げられて、先ほど意識せずにはいられなかったベッドの上へと下ろされた。
「キスして、いい?」
 見下ろす真剣な瞳に、嫌だなんて言えるはずがない。軽く頷いて、それから。
「ええ、よ」
 嬉しそうに笑う顔が、幼い頃の記憶と被って、可愛いと思った。いくら年下でも、立派に成長した青年に向かって『可愛い』は失礼だろうかとも思ったが、そっと触れる唇に、そんな思考はすぐに霧散していく。
 角度を変えて数回。触れるだけのキスを繰り返した美里は、一旦顔を離す。
「口で言うほどには、性急でもないんやな」
 やっぱり可愛い。そう思ったら、なんだかスッと気が楽になって、思わず笑いが零れ落ちた。
「焦ってヘマしたくはないからな。ガイにも、ちゃんと感じて欲しいし」
「まぁ、いきなり手ぇ縛られて、ムリヤリ剥かれて、感じろってのは無理やろ」
 それでもあの後、身体を引き寄せる腕の強さや距離の近さに嗅ぎ取った匂いを思い出しながら、何度もドキドキしたなんてことは、今後も絶対教えてやらない。
「あれは、俺が悪かったよ。あの時、好きだって言えば良かったんだよな」
「普通に言われたんやったら、昔同様、兄みたいに慕ってくれとるんやって、そう思ったかも知れんけどな」
 だってまさか、都合よく相手も自分を好きになってくれるなんてこと、あるとは思わないだろう。ましてや男同士なわけだし、雅善自身、美里以外の男に対して好きだなんて感情を持ったことがないのに。
 変に誤解して、ぬか喜びはしたくない。慎重にだってなるだろう。だから最初は、自分の気持ちに、美里が知らず引きずられているのではないかとまで思ったほどだ。
 自分でも気付かないうちに、誘ったかも知れないとか。そして美里自身もそれに気付かぬまま、好きだと思い込んだのではないかとか。
 教頭から呼び出され、一生徒と親しくし過ぎているという注意を受けた直後だったから、尚更そんなことばかり考えてしまった。
 美里の告白を信じてみる気になったのは、皮肉なことに、保健室で見てしまった別の男とのキスシーンのおかげだった。嫉妬もしたが、美里がもともと男も恋愛対象に出来るタイプなのだと知れたことは大きい。
「なら、結果オーライってことで」
「ま、そういうことに、しといたろか。で、ホンマにこのまま、する気やの?」
「したい。させてくれるなら。というか、どこまでさせてくれる?」
「どこまで……って」
「ガイの中、感じてもいいのかと思って。でも、正直言うと、男相手は勝手がわからないから、痛い思いさせるかもしれない」
 嫌なら触るだけでいいよ。と続いた言葉は、正直、ほとんど耳に届かなかった。
「は?」
「あ、ゴメン。さすがにそこまでは考えてなかった……か?」
「そこまでって、いや、それはええけど……てか、勝手がわからないて、何?」
「さすがに男抱いた事はない、って意味だけど。ガイが慣れてるってなら悔しいけど、どうしたら男同士でも気持ち良く出来るのか、教えて欲しい」
「慣れとるわけあるか! やなくて。ホンマにないん? モテないてことはないやろ?」
「だから、男とは、だよ。さすがに女の子との経験はある」
「男とキスしとったくせに」
「あれは……ってそう言えば、男とキスしたのはあれが初めてかも知れない」
「うっそ、やろ」
「嘘じゃない。ガイと再会するまで、自分が男相手に欲情できるなんて思いもしなかったんだから」
 衝撃の告白に、雅善は美里をマジマジと見つめてしまう。だとしたら、やはり美里は自分の想いに引きずられてるだけなのかもしれない。なぜなら、再会する前から恋心を抱いていたのは自分だけなのだから。
「ほな、勘違いかもしれへんね」
「勘違い?」
「ワイが、美里を好きて気持ちに、引きずられとるだけかもしれん。元々女の子が恋愛対象やって言うんやったら、わざわざ男選ぶんはアホの極みやで?」
 言いながら、自分自身がそれを地で行っていることに気付いて、苦笑を漏らす。ただ、今までちょっと付き合った程度の女性達と美里では、好きの重みが全然違うから、自分が美里を選んでしまうのは仕方がないのだと雅善は思う。
 見つめる視線の先、美里は困ったように言葉を探している。
 結局ぬか喜びなのか……
 けれどそれは仕方がないだろう。諦めの溜息を吐き出して、雅善はベッドを降りようと腰を浮かした。
「でも俺は、ガイを選ぶよ」
 ハッキリと告げられる言葉と、引き戻す腕。
「後で後悔しても、遅いんやで?」
「後悔なんて、しない」
 苦笑するしかない雅善に、美里はきっぱりと否定する。
「それより、うっかり聞き流した点をいくつか確認したいんだけど?」
「確認?」
「そう、確認。一つ目。ガイはいつから俺を好きだと思ってくれてたわけ?」
「それは……」
「俺は小学生の頃からガイを好きだと思ってたけど、でもそれは憧れに近くて、キスしたいとかって感情に気付いたのは再会した後だ。ただ、中間テストが始まる前には、既に気付いてた。その頃はまだ、だからってどうこうなりたいって程強い気持ちでもなかったけどな」
 小学生だった美里に、既にそういう感情を持っていたなんて、本当は言いたくなかった。けれど真剣な口調に、自分だけ話さないのも卑怯な気がして、雅善は諦めに似た気持ちと共に口を開く。
「昔から、好きやったよ。美里んこと、可愛くて仕方なかった」
「それこそ、弟みたいにってわけじゃなく?」
「最初はそう思っててんけどな。抱きしめたいとかキスしたいとか思ったら、それはもう兄弟への感情とは別もんやろ」
「それは、知らなかったな」
「知らんでええ話やもん」
「じゃあ、二つ目。ガイは男と経験あるのか?」
「それはない。ワイも、女しか知らんよ。美里以外の男相手に、可愛いなんて思った事あれへん」
 美里は雅善と違って驚きはしなかったけれど、幾分ホッとしたように笑って見せた。
「けど、俺に抱かれてもいいと、思ってる? これ、三つ目な」
「ワイが抱きたいんやけど……て言うたら、抱かせるん?」
「えっ?」
 この答えにはさすが驚いたようで、目を見張る美里に、雅善はククッと笑いながら肩を揺らす。
「昔のまんまの美里やったら、抱きたかったかもしれんけどなぁ。この体格差や、ワイが抱かれるんが自然やろ」
「それで、いいのか?」
「まぁ、一度くらいは試して見てもええかなと」
「一度!?」
「そりゃ、やっぱ痛いんは嫌やし。てわけで、ワイに二回目あってもええかなと思わせるよう、頑張ってな」
 複雑な表情を浮かべたまま、美里はできるだけのことはするつもりだと返した後。
「じゃあ、最後。いつからメガネを?」
「そんなん、さっきの会話の中で出てきたか?」
「や、ずっと聞いて見たくて」
「あー……大学三年の時からやな。実験でちょお危ない目に合って、視力少し落としてん。保護用のメガネ使わんで実験しとったワイが悪いんやけどな」
「大丈夫なのか?」
「へーきへーき。同し失敗繰り返さんようメガネしとるだけや。けど、やっぱ似合うてへん?」
「いや、似合ってるしいいと思うけど。ただ、メガネ外した顔も、見たいな~とは思う」
 昔一緒に遊んでいた頃はメガネなんて掛けてなかったからと、強請られるままにメガネを外せば、思っていた通りの反応が返って来た。
「なんか、メガネ外すと昔とほとんど変わらないな」
「童顔やっていいたいん?」
「昔憧れてた年上のお兄さんを押し倒せちゃう自分に乾杯☆ って言いたい所だな」
 その言葉と共に、本当に押し倒されてしまった。
「それ、返事になってへんやん!」
 垂れ下がる前髪に手を伸ばして、一房掴み引き寄せる。
 たいして力を入れたわけではないから、口調ほど怒ってないのはわかるだろう。だから、髪を引いたのは顔を近づけて欲しいからだと思ったようだ。
「視力落ちたってどれくらい? 俺の顔、見えてる?」
「ちゃんと見えとるよ」
「なら、いっか。せっかくなら、ちゃんと俺の顔も見てて欲しいもんな」
「そういうもんか?」
「だって目は口ほどに物を言うって言うだろ?」
 抱きながら、その目で、愛を語ってやるとでも言いたいのだろうか?
「ほな、その目で何を語るんか、確かめさせて貰おか」
「語りたいことなんて、一つしかないけどな」
 柔らかに目を細めて笑いながら、美里の顔が近づいてくる。

< 終 >

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。12話 追う

<< 目次  << 1話戻る

 

「ゴメンな」
 その言葉だけで、今泉には美里の選んだ相手がわかったのだろう。何も言わずに頷かれて、美里もまた、何も言わずに保健室を後にした。
 休み時間の廊下には教室を移動する生徒の姿があるものの、つい今しがた保健室を出て行った雅善の姿は既に見えなくなっていた。
 職員室へと向かいかけて、けれどもしかしてと化学準備室のドアを引けば、やはり鍵が掛けられていない。教師が在室していない実験室のドアを、開け放したりすることはない。間違いなく、雅善はここにいる。
 室内に踏み込み、しっかりとドアを閉めてから、美里は中へ向かって声を掛けた。薬品棚が並んでいるので、入り口付近からでは奥の方まで見渡すことが出来ないのだ。
「ガイ、居るんだろう?」
 返事はなかったが、美里は確信を持って部屋の奥へと歩を進める。
 雅善は奥に置かれた机の前に腰掛けていたが、美里がその背に迫っても振り返ることを拒んで居るかのように、ジッと身動きすらしない。
「俺の話を聞いてくれないか?」
 半ば願うように、その背に声を落とした。
「わざわざ言い訳か? そんなんせんでも、昨日のことも、今日のことも、言いふらしたりせんわ」
「そんなことを言いに来たんじゃない。ガイに、告白しに来ただけだ」
「コクハク、やて?」
「そうだ。ガイが好きだ」
「何言うてんの? 自分、いい人おるんやろ?」
「アイツは、違う」
「ほな、好きでもなんでもない相手とキスしとったってことやな?」
 ガタンと激しい音を立てて立ち上がった雅善が、振り向き美里を睨み付ける。
「もうたくさんや! ワイを好き? だから何や。それで昨日んこと許して貰えるて思っとるんやったらお門違いもはなはだしい」
 突きつけられる言葉は当然のもので、美里はほんの少し苦笑して見せただけだった。
「昨日のは……ガイが悪い」
「は?」
「こんなに好きで好きで仕方がないのに、今更ただの教師と生徒に戻れなんて言うから」
「アホか!」
「アホなんだ。それが俺のワガママで、単なる気持ちの押し付けで、本当はガイは全然悪くないどころか、教師としてあたり前のことをしてるだけだって、ちゃんとわかってるけど、な」
 ただ、それらを理性で押さえ込んでしまえるほどには利口じゃないのだ。大事な物を取り上げられて黙って見て居られる程、理性ある大人でもなく、実行力のない子供でもない。
 いきなり襲いかかって犯そうとしたことに対しては、申し訳ないことをしたと心から思っているけれど。
「だから、この告白は俺のケジメみたいなもんなんだ」
「ケジメ……?」
「昔も今も、ガイが好きだ。けど、ガイにとって迷惑でしかないなら、俺が諦められるように、きっぱり振って欲しい」
「ほいで、振られた後はさっきのアイツんとこへ行こうって? 自己満足のためだけの告白に付き合えとは、益々最悪な男やな」
「自己満足には違いないが、アイツの手を振り切ってここへ来た以上、アイツの所には戻れないし戻る気もない。それに、たんなる自己満足だとしても、俺がそれでガイを諦めれば、もう二度とあんな風に襲われることもなくなるんだから、ガイにとってもそう悪い話じゃないだろう?」
「今度は脅迫か? ワイにとっても悪い話やない? ああ、そうやな。無事に何事もなく高原先生が戻って来られるまで臨時の教師として務めあげる気なら、一生徒の思慕で押し倒されそうになっとる場合やないもんな」
 美里を睨みつけていた視線を外して、雅善は忌々しげに「クソッ」などという言葉を吐き出している。
「何をそんなに苛ついてるんだ……?」
 思わず掛けてしまった疑問の言葉に、雅善はますます忌々しいとでも言うように眉間に皺を寄せた後。大きな溜息と共に、椅子の中へ崩れ落ちた。
「ガ、ガイ!?」
「ホンマ、最悪……」
 脱力しきった体で呟かれる言葉。嫌いだとか諦めろとか言われたわけではないけれど、これ以上雅善を悩ませるのは忍びなくて、美里は謝罪と共にもう迷惑は掛けないと告げるつもりで口を開く。
 けれど言葉として発するより先に、雅善が言葉を続けた。
「なぁ、後ほんの半年足らずで、ワイら教師と生徒っちゅう関係から開放されるてわかっとる?」
「え……?」
「ワイは一度引き受けた仕事、途中で放り出したりしたないねん。せやから今は、河東に一人の生徒として以上の気持ちは向けられへん」
 『今は』 という部分をことさら強調して告げられた言葉に、さすがの美里も雅善の気持ちを理解しないわけにはいかない。
「迷惑掛けて、すみませんでした……」
「わかれば、ええよ」
 今は受験勉強を頑張れと、ようやくの微笑で見送られながら、美里は一つの決心を胸に化学準備室を後にした。

 

 

**********

 卒業証書を手に、美里は化学準備室のドアを叩く。
 ここに雅善が居ることはわかっていた。ここで、自分を待っているという確信に満ちた思い。
 中から聞こえるどうぞと言う了承の言葉に、深呼吸を一つした後で部屋の中に踏み込んだ。入り口から真っ直ぐ正面に位置する窓の前。雅善は身体を半分窓の外に向けた格好で、美里を振り返った。
 二人とも真剣な表情で見つめ合う。
 雅善からの言葉を待って動けない美里に気付いたのか、先に動いたのはやはり雅善の方だった。
「卒業、おめでとう」
 久々に見る、自分にのみ向けられる笑顔。そしてようやく、美里も笑顔を返した。
「ありがとう、ございます」
 それでもやはり、一度作ってしまった教師と生徒という壁が一気に崩れることはなく、もどかしさが胸を打つ。
「ワイからの卒業祝い、いるやろ?」
 さすがに卒業式当日の今日は白衣を着て居ない雅善は、スーツの内ポケットを探ると一枚の紙切れを取り出し、取りに来いと言うようにピラピラと振った。
 誘われるままに部屋の奥へと進んだ美里に差し出された紙の上には、住所と電話番号が一組記されている。
「これ……」
「ワイの住所と電話番号」
「いいのか?」
 最初は毎日学校で会えることに気を良くして聞きそびれ、ただの教師と生徒として接するようになってからは聞けずにいた。
「欲しいなら、ええよ」
 ゆっくりと告げられる短い言葉の中に含まれた気持ちに、気付けないほど鈍くはない。それでもやはりここは校内で、卒業式を済ませたとは言っても、まだ教師と生徒という立場から開放されてはなく。
「ずっと、欲しいと思ってた。ありがたく貰うよ」
 明日お邪魔してもいいかな。と恐々問えば、一瞬息を飲んだ後で、それでも了承の返事が返った。
 ホッとして笑えば、照れた顔で笑い返される。
 明日になったら、溜めていた気持ちを全て吐き出すつもりで、好きだと告げよう。

<END No.1>

>> オマケを読む

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。11話 追わない

<< 目次  << 1話戻る

 

「今追いかけないと、確実にあの人は手に入らないぞ?」
 どんな気持ちで今泉はその言葉を吐き出しているのだろう?
 心配気な声に、美里は軽く首を振る。作ろうとした笑顔は失敗して、今泉に余計心配そうな顔をさせてしまったが、それは仕方がないだろう。
「いいんだ。お前の言う通りだからな」
 追いかけても、きっと美里が望む形で、雅善を自分のモノにはできないだろう。大切なものを自分の手で傷つけてしまう前に、その手を放せるにこしたことはない。
「どっちにしろ、俺の手には入らないさ。それに、お前に付き合うのも、意外と楽しいかも知れないと思って」
 2年半もの間を共に同じ部の中で過ごしてきた相手で、友人としては充分に好意を抱いている相手なのだ。
 向けてくれる気持ちにも、先ほどのキスにも。嫌悪感は湧かなかったし、きっと、その気持ちに応えられる日が来るだろうという予感めいたものがある。けれどそんな美里の気持ちまでは計りきれない今泉は、自嘲気味な笑みを口元に浮かべただけだった。
 それに気付いて、美里は今度こそしっかりと笑って見せた。
「心配しなくても、ちゃんとお前を、好きになるよ」
「本気で、俺をそういう対象として見れるって言うのか?」
「ああ。さっき、キスだってしただろ?」
 サッと軽いキスを掠め取ってから、美里は片目を閉じて見せる。
「というわけで、取りあえずデートでもしてみないか?」
「デー……ト……?」
「ま、普段出掛けるのと大差ないかもしれないけどな。気持ちや心構えが違えば、何か変わるかもしれないし。そういうのも含めて、お前と付き合ってみるのも面白そうだと思ったんだ」
 お友達から宜しくお願いします。って感じだよなと笑う美里に、今泉は小さく溜息を吐き出した。
「お前って、そういう奴だよな」
 返される言葉には充分予測がつくだろうに、口にせずにはいられないという様子だ。それは美里の方も、当然了承済みの付き合いの長さな訳で。
「そういう所も、好きなんだろう?」
 今泉の予測通りの言葉を、予測通りの口調でもって告げてやりながら。この友人としてのいい関係を崩すことなく、恋人としての新しい関係を作っていけたらいいなと願った。

 

 

**********

 サッカーで選ばなかった大学には、同好会に毛が生えた程度のクラブしかなかったが、楽しむためのサッカーをするにはそれで充分だった。
 1年でありながらあっさりレギュラーの座に就いた美里と今泉は、初の練習試合にも気楽な調子で挑んでいたのだが、高校時代に培ったコンビプレーによって、対戦成績が今ひとつのチーム相手に快勝したとなれば、先輩達の機嫌はすこぶる良くて。殊勲賞だのなんだのと言いながら、試合後には食事を奢ってくれた。
 膨れた腹を抱えて帰路につく。さすがに同居にまでは踏み切らなかったものの、大学入学と同時に家を出て、隣り合った部屋を借りた二人が向かう建物は同じだ。
「じゃあ、また後でな」
 部屋の前で立ち止まった美里にそう告げて通り過ぎようとする今泉の腕を、美里はすかさず伸ばした手で掴む。
「え、おい!?」
 抗議の声を上げる今泉を気に掛けることなくドアの鍵を開けた美里は、そのまま今泉を玄関先へと引きずり込んだ。
「何サカッてんだか」
 呆れた口調に、出来る限り余裕の笑みで返しながら。
「サカッてんのはお互い様だろ?」
 閉じたドアに背中を押し付けて、そのまま玄関先でキスを奪う。密着させた股間の昂りは、同じように硬さを増した今泉のソレとぶつかりあった。
 小さなうめき声と、続いて吐き出される熱い吐息。唇の先で受け止めながら、美里は口の端に小さな笑みを浮かべる。
 色っぽいだとか可愛いだとか、そんな言葉を嫌っているのを知っている。確かに、普段の彼であれば自分同様カッコイイという表現が一番似合うのだろうが、それでもやはり、こういう時に今泉が無意識に見せる表情は、色のある可愛さなのだ。
 昼間の試合中に見た勝気な表情に煽られて、試合終了時からずっと、美里はあの瞳を情欲で溺れさせたい欲望に駆られていた。
「んんっ……」
 触れたキスを深い物に変えて弱い部分を舐め上げてやれば、腕を掴んでいた手の平に、肌の粟立つ感触が伝わってくる。
「いいだろ?」
 耳朶を食みながら囁いた。
「夜まで、待てないのかよ?」
「俺にお預け食らわせたいなら、待ってもいいけど」
 掠れかけた声が鼓膜を震わせるのに、美里は舌先で今泉の耳朶を弄りながらも悪戯っぽく笑う。
 きっと焦らされた分の報復を、その身体にしてしまうだろう。それを悟ってか、今泉も諦めたように美里の背中に腕をまわした。
「洗濯物、今日の内にやっておきたかったんだけどな……」
 試合で汗を吸って汚れたユニフォームをさっさと洗ってしまいたい気持ちは美里にもわかる。そしてそのセリフが、今から応じることへの要求なのだと言うことも。
「後で俺が一緒に洗っといてやるよ」
 行為によって今泉の身体へ掛かる負担を思えば、それくらいなんでもないことだ。
 むしろもっとワガママいっぱいに甘えてくれたっていい。というよりも、甘えて欲しい。
 そんな美里の思いとは裏腹に、今泉の要求は至って控えめだ。始まるキッカケの影響か、今はまだ友人として過ごした時間の方が長い故の照れや遠慮か、もともとの性格か。
 それでも。
「明日の朝飯」
 続いて出された要求に、やはり少しづつ変わって来ているのかなとも思う。そういう要求が、過ごす時間と共に少しづつ増えていくのかも知れない。そして、このまま今夜は泊まって行くと、明確には言わないところすら可愛いかも知れないなんて、そんな風に思うようになった自分自身も。
 この気持ちの行きつく先を、少しばかり楽しみにしている。
「はいはい。それも俺が作ってやるって」
 だからベッドへ。
 耳元へ囁き、せっかくまわして貰った腕を惜しみながらも身体を離した美里は、その手を引いて部屋の奥へと向かった。

<END No.2>

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁