Eyes1話 資料室で

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その瞳を知っている。
ほんの少し離れた場所から仲間たちに向ける、
優しい目。
竹刀や防具のメンテナンスをする時の、真剣で、
楽しそうな目。
稽古や試合で対峙した時に見せる、
獲物を追う獣の目。
そして、自分に向けてくる、
熱く真摯な……

 
 
 
 
 ここに越してきたばかりの小5の秋、美里とは家の近くの道場で会った。
 多少は腕に自信があったから、その時その場で一番強かった彼に挑みかかったのは当然自分の方だったけれど、稽古を終えて帰ろうとした自分を引きとめたのは美里の方だ。
 それから3度の冬を越え、ようやく今年、初めて同じクラスになってからというもの、美里はなんだかすこし変だった。
 最初は気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。
 自分だって、気付きたかったわけじゃない。
「言いたいことがあるんやったら、はっきり言うてや」
 教室で。部活前の部室で。帰り道で。そう口にすることができたのは、3回まで。
「え?」
「ワイのこと、見とったやろ。言いたいこと、あるんちゃうか?」
「いや、たまたまじゃないのか?」
 まるで、お前が意識し過ぎなのではないかと言わんばかりの対応。しかも、わかっていてとぼけているわけではないようだった。
 3回とも、そんな言葉のやりとりを繰り返し、だから、4回目以降は、言葉にして聞くことができなかった。
 

見てるくせに。
あんな風に、熱い視線で。
人のことを煽るくせに、
まるで自覚が無いなんて。
 
悔しくて、唇を噛んだ。

 

「ちょっと頼まれものしてくれるかい?」
 放課後、美里を置いてさっさと部活へ向かう予定が狂って、結局二人一緒に並んで部室までの廊下を歩いている最中。職員室の窓からヒョイと顔を出した担任の坂東は、手にした紙をヒラヒラと振った。
「二人でこれ運んで来て」
「ワイら、これから部活なんやけど……」
 思わず逆らった自分に、坂東はニコリと笑って担任命令と返した。
「どっちか一人じゃあかんの?」
 出来れば、美里と二人だけでの仕事なんて、遠慮したいのに。
「二人で行けばすぐに済むよ」
 その言葉に、渋々頷いた。
「資料室の棚から、このメモに載ってる資料を持って来て欲しいだけだからね」
 半ばむりやり渡されたメモを手に、仕方なく、社会科の資料室へと向かうために回れ右で今来た廊下を戻る。
「機嫌が悪そうだな」
 本当にさっさと仕事を終えたくて、自然と足早になる自分のやや後方を付いて来るように歩いていた美里から、声が掛かる。
「……別に、そんなことあれへん」
「そうか? お前にしては、珍しく渋ってたじゃないか。ちょっとした用事なんて、いつもなら一つ返事で引き受けるくせに」
 美里と二人だけになりたくないなんてことは言えず、部活が待ち遠しかったのだと答えて濁した。
「……なら、さっさと資料を探して、戻らないとな」
 返答までに少しだけあいた時間が、納得しきっていない美里の心をあらわしている。けれど、選ばれた言葉は、自分の言葉を受けてのちゃんとした返答だ。
 その素直さが、自分を苛つかせる。

それが、彼の優しさだとわかっていて。
その優しさは、誰に対しても向けられるモノだと知っているから。
そんなことに胸が痛い自分に、どうしようもないほどイライラして。

「せやな」
 それだけ返して、先を急ぐ。
 やがて見えて来た資料室に逃げ込むように入って、そこで渡されたメモを初めて開けば、全部で4つのファイル名が記されていた。
 上に記された2つを自分が、下の2つを美里が探すことをその場でサッと決める。後は五十音順にきちんと整理されているはずの資料から、それを抜き出せばいい。
 けれど、資料室の棚は結構高い位置まで伸びていて、上の方の資料を取るには備えつけの台を持ってこなければ届かない。
「チィッ」
 メモに書かれたファイルの、およその位置を判断して、思わずこぼれる舌打ち。
 先にもう片方のファイルを抜き出した後、仕方なく、部屋の隅に置かれていた台を取りに行きそれに登った。
 並んだファイルの背に書かれたタイトルに目を通しながら、目的のファイルを探す。やっと見付けて手を伸ばしかけた時、気付く視線。

既に慣れ親しんだといっても過言ではないかもしれない、
その、熱い視線に、
胸の奥が焼ける。

 わずかに持ち上げた手はその場で凍りつき、振り向くべきか迷う一瞬。そして結局、誘われるように振り向いてしまうのだ。
 その瞳に帯びた熱は、目があった瞬間にいつも消えて無くなってしまうけれど。目が合う瞬間まで灯っている熱を確認するのもまた、いつものこと。
「……ヨシ、ノリ」
 ほんの少し息を吸ってから、上擦りそうになる声をなんとか押さえて、困ったなと言うニュアンスを目一杯表現しながら、ゆっくりと名前を呼んだ。
「どうした? 見付からないのか?」
 既にいつもの、『友達』としての瞳に戻った美里は、その素直さであっさりと騙されてくれ、心配そうに近づいて来る。
 そして、ほんの少し目を細めるようにして、なんて言うファイルだったかな、なんて呟きながらも、下からファイルを探してくれる。
「あれじゃないのか?」
 あるべき所にキチンと並んでいたのだから当然だが、あっさりと目的の物を見付けた美里は、ファイルへ向けて指を伸ばす。棚には背を向けたままで、その伸びた指を、捕らえた。
 スラリと伸びた長い指は爪の形まで綺麗だ。
 傍から見れば親友と呼べる程の近さにいるくせに、そんなことにも、今更気付いた。その瞳が強烈なせいか、手先にまで意識が向いてなかったのだろう。
 不思議そうに見つめてくる瞳を睨みつけながら、直に触れたのは実際数えられるほどしかないだろうその指に、少しだけかがんで唇を寄せる。
 驚きに大きく開かれた瞳に満足しながら、口の中に含んだ指を、丁寧に舐めあげた。
 そんな行為に、男が想像することなんて限られている。わかっているから、なおさらそれを意識させるように。友人にむりやり渡されて、隠れて見たアダルトビデオの中のワンシーンを頭の中に思い描く。そして映像の中で女優がしていたように、舌をからませて、吸い上げて、わざと、音をたててみせる。
 
視線に煽られて、
熱くなるほど焦らされ続けることに、
そろそろ、限界だった。

 
 それは一つの賭けのようなものだ。
 いっそのこと、友情ごと壊れてしまえばいいという破壊的な衝動と、何としてでも認めさせてやりたい意地とが入り交じった、苦々しい思いの中。どんな反応が返って来るのかわからない恐怖に怯える、長いような一瞬だった。
 
 
そして、自分はその賭けに勝利したことを知る。
 
 
 呆然とされるがままに指を嬲られていた美里が、小さな声を漏らし、慌てて、それ以上声が零れない様にと眉間に皺を寄せて唇を噛む仕草まで、全てを見ていた。
 やがてうっすらと頬が染まるのを待って、ようやくその指を解放する。
 何か言いたそうで、けれど、何を言えばいいのか迷うように黙ったまま立ち尽くす美里をほんの少しだけ見つめた後、まるで何事もなかったかのように、むりやり自分を元いた現実へと連れ戻す。そしてようやく、美里に背を向けて目的のファイルへと腕を伸ばした。
「雅善」
 ファイルを引き出す背中へ向かって掛けられた呼び声は、無視した。
「雅善ッ!」
 再度繰り返す苛ついた声に、ことさらゆっくりと振り向いてやる。
「ワイに、欲情したんや」
 疑問符は付けずに決めつけるように告げて、久し振りに見せる悔しそうな顔を目の端に捕らえながら台を降りた。
 それ以上掛ける言葉が見付かるはずもなく、そのまま通り過ぎてしまえと歩き出した自分の腕を、美里が掴む。
「痛っ」
 思いのほか強く掴まれて、思わず小さな声を漏らした。しかし、そのまま腕を引かれて、棚に強く押え込まれる。
 衝撃に棚が揺れたが、ファイルが落ちてくるようなことはない。けれど、その衝撃は背中に確かな痛みを残した。
「お前が、誘ったんだ」
 睨みつける視線とは裏腹に、泣きそうな顔をしていた。
「ああ、そうやな」
 確かに、誘った。目に見える形で、あからさまに。
 
せやけど、そうせんかったら、いつまでも知らない振りしてたんやろ?
 
「けど、誘われて、感じてもうたんは、美里自身やで。隠さんでええよ。感じとったやろ?」
 そう言いながら、あざけるように笑ってみせる。それもまた、誘うことになるとわかっていた。
 
ここまで来たら、
もう、
落ちれる所まで落ちればいい。
     
優しい友達の瞳より、
キツク睨むその視線の方が、
よほど 『特別』 を感じる程、
自分は既に腐っているのだろう。

 
「お前も、俺も、男なのに……」
 苦しそうな呟きに、胸が痛まないわけではない。常識で考えたら、これはやはり 『いけないこと』 なんだとわかっている。
 だから……
 
ワイのせいにして、ええよ。
常識の中で生きていたかったんやろ?
むりやり暴いておいて、許してもらおうなんて、
思ってへんから、安心してや。

 
「ワ イ が 、誘っとんのや」
 その言葉で、やっと覚悟を決めたようだ。キツイ視線を瞼の奥へ隠して、顔を寄せて来た。
 
気持ちいいのか悪いのか。
触覚としては確かに 『悪い』 で、
精神的にはまぎれもなく 『いい』 と言える行為。

    
 触れただけですぐに離れた唇はもう一度重なって、確かめるようにゆっくりと、濡れた舌で舐められる。口を開けと言わんばかりに下唇に立てられた歯に従って、その舌を受け入れた。口内を乱暴に探られることに気持ち悪さを感じながら、それでも、感じていく。
 
ちゃんと、感じている。
自分の体も、相手の体も。

 
「ちゃんと感じられるんやから、きっと、大した問題はあれへんのやろ」
 やがて解放された唇で、そう囁いた。
 後悔が滲む美里の顔に、負けられないと思ったからだ。ここで、自分まで後悔してはいけないと思ったから、そう言うしかなかった。
 言葉にして、そう思い込むことで、自分を勇気づける。
「……戻らないと、先生が心配するな」
 けれど美里は、そっと視線をそらした。
「そう、やな……」
 挫けそうになる気持ちを、職員室に着くまでにはどうにかしなければ。
 来た時とは逆に、美里の背中を苦い想いを抱いて見つめながら、けれど、確かに動きはじめた何かを感じていた。
 何もなかったことにはさせないと誓う。
 
 
 
 
 たとえ美里が、友達のままでいたいのだとしても。

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Eyes 目次

美里が無自覚に投げかける熱い視線に煽られて、自ら誘ってしまう雅善の話。
中学同級生。
3話と5話が美里の視点で、それ以外は雅善視点。

1話 資料室で
2話 視聴覚室で
3話 屋上で(美里)
4話 美里の家で
5話 自覚(美里)
6話 幸せな時間

 
 
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プリンスメーカー8話 エピローグ

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 ビリーの手を思い出すのが怖くて、ビリーが居なかった数ヶ月、ガイは一度も処理してはいなかった。そんな気が起きないほどに、働き尽くめだったというのもある。
 そう白状したガイを、ビリーは優しく抱きしめて、その手と口で、久々の快楽をガイの身体へ刻んだ。
 簡単に息を整えてから、ガイもお返しとばかりにビリーの下肢へと手を伸ばす。初めて告白された日から、何度もこんな夜を過ごしてきた。ビリーに女を買うことを禁止したのはガイだったから、自分だけがイかされて終わるわけにはいかなかったのだ。
 抵抗を感じたのは最初だけで、正直に快楽を示す手の中のモノも、熱い吐息を零すビリーの表情も、自分がそうさせているのだと思えば愛しさが勝った。
「待って、ガイ」
 伸ばした手を掴まれて、ガイは眉を寄せてビリーを睨む。
「睨まないでよ。自分で処理はしてたけど、断じて女なんて買ってないからさ」
「今夜も、自分でする言うんやないやろな」
「まさか。そんなこと、俺が言うわけないだろ。カラッポになるほど自分でした後でだって、ガイがしてくれるなら嫌だなんて言わないよ」
「ほな、なして止めるんや」
「城下町には色んなお店があってさ。お土産、買ってきたんだ」
 唐突に話が変わって、ガイは不思議そうにビリーの次の行動を待った。
「コレ。使わせて欲しいんだけど……」
 ビリーは小さな小瓶を取り出し掲げて見せた。
「なんやの、ソレ」
「男同士で抱き合っても、気持ち良くなれる薬だよ。ガイを、抱きたい」
「そ、れは……」
「躊躇うのはわかるよ。でも、絶対痛くはしないから。そのために、買ってきた薬なんだ。どうしても無理そうなら、途中でやめてもいい。だから、試させてくれないか」
 真剣に頼まれ、ガイはほんの少し迷った後で頷いて見せた。
 こんなに簡単に了承されるとは思っていなかったのか、ビリーは拍子抜けしたようだったが、なんでそんな気になったのかをガイは説明する気にはなれず、黙って服に手を掛ける。ビリーとのあっけない別れの後、ずっと、思っていたのだ。
 もっとしっかりその想いに応えていれば良かったと。
 別れは突然やってくるものだ。だったら、その時になって後悔しないように、やれることはやっておきたい。ビリーが言い続ける好きだという言葉に、ずっとガイの側に居たいのだというビリーの想いに。同じだけの言葉と想いを、態度で示してやりたかった。
 今までも何度か、ビリーはガイを抱きたいという気持ちを表に出す事があったから、男同士で何をどうするのかという知識は、ある。
 あるにはあるが、その分、羞恥も躊躇いも恐怖も大きい。いっそ何も知らないまま、感情の昂りに任せて奪われてしまったほうが楽だったのではないかと思う事すらあるが、順調に背を伸ばし、ガイを押さえ込むことも可能な程の成長を遂げた後も尚、そうしないビリーだからこそ、好きなのだ。
「で、ワイはどうすればええの?」
 うっすらと頬を染めながらも全ての服を脱ぎ去ったガイは、信じられないものを見る目でそれを見つめていたビリーへと問い掛ける。
「え、あ、こっちへ」
 ようやく正気に返ったビリーの差し出す手をとり、ガイは身体を寄せた。
 膝立ちになってビリーの肩に捕まるガイの足を、ビリーはそっと割り開く。その隙間に、薬を垂らした手の平を差し込んだビリーは、ガイが他人の手に触れさせた事などない秘所にゆっくりと薬を塗り込めていく。
 その場所で発生する違和感に、やはり拭いきれない嫌悪感や背徳感が混ざりあう。相手がビリーでなければ、さっさと逃げ出しているだろう。
「薬で滑るから、痛くはないだろ?」
 眉を寄せて息を詰めれば、心配げに問いかける声。ガイは湧き上がる感情を飲み込み、黙ったまま小さく頷いて見せた。
 あからさまにホッとした様子で、ビリーはその場所を広げる行為に没頭していく。
 何度も薬を継ぎ足し、ゆっくりと抜き差しを繰り返される指の感触に、やがて熱い吐息が零れ落ちる。膝が震えてしまい、ビリーの肩を掴む手にも力がこもる。
「あっ、はぁ……」
 その場所で快楽を感じることが出来ると、知識として知ってはいても、やはり不思議な感覚だった。
「どう? そろそろ、平気かな」
 そんなことをいちいち確かめないで欲しい。大丈夫かどうかなんて、初めての身にはわかりようがない。ビリーが弄り続けるソコは、指を抜き差しされるたびに、どんどん熱を増していくようだった。
「も、ビリー」
 ビリーに縋っても立って居られず、ガイはとうとう腰を落としてしまった。
 指を抜かれた後もジンと熱く痺れ、ビリーの指を惜しむようにヒクヒクと収縮を繰り返しているのがわかる。
「あ、あ、」
 恥ずかしいなどという感情よりも先に、どうしようもなく声が溢れて行く。身体の奥から湧き出してとまらない熱を、言葉と息に乗せて、少しでも冷まそうとするようにガイは口を開いた。
「ビ、リー……身体、熱い」
 助けて欲しい。
 早くこの熱を吐き出したくて、ガイはビリーの名を呼んだ。
「凄いな。これが、薬の効力なのか?」
 何事か呟いたようだが、聞き取れなかった。しかし、ビリーの口から吐き出された息が肌を掠めるだけでその場所がわななき、聞き返す余裕などない。
「ビリー、はよ、なんとかしてぇ」
 助けを求めて再度ビリーの名を呼べば、伸ばされた腕に抱きしめられた。
「ああんっ」
 自分でも驚くほどの甘い声が上がる。
 薬の影響なのか、どこもかしこも感度があがっているようだった。身体の内で渦巻く熱がもどかしくて首を振れば、クルリと向きを変えられて、ビリーに背後から抱きしめられた。そして、触れられてもいないのにトロトロと蜜を溢れさせるペニスを、キュッと握りこまれる。
「やぁぁぁっ!」
 経験したことのない痺れるような快感が走り、ガイは自分の発する高い声を、どこか遠くで聞いていた。
「どこもかしこも、ビンビンだな、ガイ」
 既に痛いほどしこった胸の先にもビリーの指が伸び、摘まんでクリクリと弄られる。ビリビリと身体中が痺れるような、強すぎる刺激に頭がどうにかなりそうだった。
「やぁ、やっぁ、ビリー、もう、お願いやから」
 ビリーの手で果てた事は何度もあったが、こんな風に熱を帯びた状態のまま、焦らされるのは初めてだ。早くイかせて欲しくて、ガイは涙の滲み始めた瞳でビリーを見つめながら懇願する。
 ゴクリと息を飲んでから、ビリーはようやくガイの身体を横たえた。どこかホッとしながら、ビリーが自身を取り出すのを待った。それは既に蜜が溢れて、はじけんばかりに硬くそそり勃っている。
 足を開かれ、ビリーがそっと覆いかぶさってくる。とうとう一つになるのだ。
 ガイは息を潜めてその瞬間を待った。
「んんっっ」
 指とは違う圧迫感。それでも、薬を使って丁寧に慣らされた身体は、苦痛よりも快楽を与えてくれた。
 ゾワリと走る快感に、肌が粟立ち熱い息が零れ落ちる。ゆっくりと身の内に入り込んでくるビリーを迎え入れるように、その場所が脈打つのがわかった。
「あ、ああ、あああ」
 より深く繋がるためか、腰を掴まれ引き寄せられる。決してビリーから逃げたいわけではなかったが、あまりに過ぎる快感に、身体が開放を求めてのたうった。
「ひぃっ、んんっ」
 逃がさないとでも言うように抱きしめられて、更に深いところを抉られる。小さな悲鳴があがった。
「ガイ。ガイ、好きだよ。大好きだ」
 耳元に響く声は甘く脳内を揺さぶるけれど、やはりどこか不安を帯びているようだった。
「ワイも……ワイも、好きや」
 無理矢理に声を絞り出せば、ビリーの顔が泣きそうに歪んだ。
「この先、なにがあっても。もう二度と、ガイの側を離れないからな」
 絶対に手放さないから覚悟してくれと、言葉とは裏腹に懇願するような声音。
「うん。ええよ」
 小さく笑ってやって、大きな背中をぎゅっと抱き返した。

< 終 >

 
 
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プリンスメーカー7話 7年目 夏

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 今日は市の立つ日だ。
 夏の朝は早い。いつもより更に2時間も早く起床したガイは、まだ日が昇る前の暗い畑へと出掛けて行く。
 少しでも新鮮なものを買って欲しい。その気持ちから、野菜類を前日から用意することはしない。売りに出す予定分をテキパキと収穫し、ガイはそれらを詰めた籠を、馬を繋いだ荷車へと積んでいく。
 ビリーが残して行った物で、唯一、ガイがありがたく利用しているのがこの馬だった。今までの養育費だと言ってむりやり受け取らされた、目も飛び出んばかりの金貨の山は、結局手をだせないままクローゼットの隅に置かれている。
 ガイにとって、今最も必要なのは金ではなかった。汗水流して働いて、倒れ込む様にベッドへ沈めば、ビリーが居なくなった寂しさなど感じる暇もない。
 それでも時折、ふとした瞬間にその不在に胸が痛んだが、それにも大分慣れてきた。ビリーが迎えと共に家へ戻った事を知って、前以上に結婚を勧められることが多くなったが、当分そんな気にはなれそうにない。
 一人でも、充分に生きて行ける。

 

 町への入り口を通り過ぎる際、一人の男と目が合った。ハッとして目を見張るガイに、男は親しげに片手を挙げて見せたが、ガイは馬を止めることなくそのまま町の中へと向かう。
 驚きすぎて、咄嗟に判断できなかったのだ。町の入り口に立っていたのは、間違いなくビリーだった。
 こんな場所にはもう用がないはずのビリーが、なぜ?
 混乱しながらも、ガイは積んできた荷物を馴染みの店へと次々運び込んでいく。何往復かの後、最後の一籠を取りに身体の向きを変えたガイの目の前に、今から取りに行くはずの籠が差し出された。
「よう、ビリー。どうした、家に帰ったんじゃなかったのかい?」
 驚きに言葉を失くすガイに変わって声を掛けたのは、店の親父だった。
「ちょっと、里帰りしてただけですよ」
「なんだよ。ガイの話じゃ、二度と戻ってこねえみたいなこと言ってやがったぞ」
「でも、戻って来たんです」
「いいのか? こんな所で働かなくても楽に暮らして行けるような、金持ちの坊々なんだろ?」
「どうにも俺には、ここでの暮らしが合ってるみたいなんで」
「何言うてんの。やるべきこと、やるために帰ったんやなかったんか、ビリー」
 ようやく、ガイは二人の会話に口を挟んだ。
「俺がやるべきことは、全部、済ませてきた。名前以外の全てを、捨ててきたんだ」
「なん、やって?」
「捨ててきた。俺が将来手にするはずだったものを、全て。ありがたいことに、なぜかそれを欲しがってる奴は大勢いてね。俺なんかいなくても、構わないんだよ。あいつらが本当に必要だったのは、俺が持ったままの権利だけだったのさ」
 その権利を返しに行っただけだと、ビリーは告げる。
「ワイかて、ビリーが居らんでも、なんとかやってきた。戻って来たかて、自分、居場所なんてあれへんよ」
「ガイにはそう言われるだろうって思ってた」
 覚悟はしてたと、ビリーは苦笑して見せたが、その顔は困っているわけではなさそうだった。
「だからさ、名前しか持たない俺を、もう一度、拾ってくれよ、ガイ」
「アホか!」
 ガイは思わずビリーを怒鳴りつけていた。
「ほらほら、喧嘩なら帰ってからにしてくれよ。そら、今日の売上げだ、ガイ」
 そう言ってガイの手に売り上げを握らせてから、店の親父は今度はビリーへと視線を向ける。
「俺はお前がまたガイの手伝いをするのには賛成だが、ガイはこう見えてかなり強情だぜ。頑張りな、ビリー」
 どうしてもガイが頷かない時はウチで雇ってやってもいいと笑う親父に、場合によってはお願いしますなんて答えているビリーを置いて、ガイはさっさとその場に背を向けた。
 冗談じゃない。何も知らなかった頃ならいざ知らず、国の王子たる人間と、今更どうやって一緒に暮らせというのか。
「待ってよ、ガイ」
 追いかけて来る声を無視して、ガイは必要な買い物を済ませた後、馬を停めた場所へと戻る。そんなガイの後をずっとついて歩くビリーには当然気付いていたが、振り返るわけにはいかない。
 耐え切れなくて振り向いてしまったのは、ビリーのお腹がグゥと大きな音を立てた時だった。
「先に言わせて貰うと、飯を食う金は持ってない」
 一瞬言葉を探してしまったガイに、ビリーが先に言葉を発した。
「子供やあるまいし、持ってないわけないやろ」
「ギリギリの旅費しか持たずに出てきたんだ。それすら足りなくて、港町から夜通し歩いて来たんだぜ?」
「夜通し!? 危ないやろ!」
「腕には多少の自信がある。でも、心配してくれるくらいには、まだガイに想われてるってのは嬉しいな」
「国の王子様やからな」
「全部捨ててきたって言ったろ。王位継承権は俺にはもうないよ。あるのは本当に、ビリーという名前だけだ。あ、記憶は失くしてないから、一から教わらなくても野菜はそこそこ育てられるけど」
 お買い得だよ。なんて笑って見せるビリーに、どんな顔を見せていいのかわからない。
「ホンマ、アホや」
「目の前に手に入れるべき物があるのに、何もせず放っておくほうが、俺はバカだと思うね」
「王子としての生活より、ホンマに、こんな所で野菜作るほうがええって言うん?」
「何度聞かれても、答えは一緒だ。12の子供だった時から、俺はこの道しか見えてないし、ガイの隣に居続ける生活しか、魅力的だとは思えないんだ」
「強情なんは、ワイよりビリーの方や」
 一度として、ビリーがそうしたいと言った言葉を、最後まで拒否しきれたことなどない。
 ガイは小さな溜息を吐き出すと、荷車を繋いだだけの簡素な馬車に腰を下ろして手綱を取った。
「腹減っとるなら早よ乗り。家に着いたら、飯作ったる」
 ぶっきらぼうに吐き出すガイの声に、けれどビリーはたまらなく嬉しそうに笑った。

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プリンスメーカー6話 7年目 春

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 午前中の作業を終え、ビリーと二人昼食を食べに戻ってきたガイは、家の前に停まった豪奢な馬車に気付いて首を傾げる。
「なんやアレ。客やと思うか?」
 振り返った先、ビリーは眉を寄せて考え込んでいた。
「どうした?」
「なんで、今更……」
「って、あ……」
 目的の人物は自分ではなくビリーなのだと、ガイもようやく気付く。
 仕立ての良い服を来て、精巧な細工のされた金の懐中時計を持つ子供。今ではすっかりここでの生活に馴染んでしまったが、ビリーにはきっと、あんな馬車に乗る生活が似合っている。
「ビリーを、迎えに来たんやな」
 吐き出す言葉は少し震えてしまった。
 立ち止まってしまった二人に気付いたようで、一人の老紳士が近づいてくる。
 ビリーの父親にしては少々年配すぎる気がする。そう思いつつも、渋面でその男性を睨んでいるビリーに問い質すこともできないまま、ガイも黙ってその男が目の前に立つのを待った。
「ガイ様ですね」
 男が声を掛けたのは、ビリーではなくガイだった。
「あ、はい」
「長い間、ビリー様をお預かり下さりどうもありがとうございました」
 その言葉に、ガイは落胆を隠せないまま頷いて見せた。やはり、ビリーは連れ帰られてしまうのだ。
「俺は、帰らないからな」
 不機嫌丸出しの声で、ビリーが口を挟む。
「ビリー様!」
「なに言うてんの」
「だって、あれから何年経ったと思ってるんだよ。今更だろ。俺はこれから先も、ここでガイとの生活を続けるつもりなんだ。今更、あんな場所に戻る気になんてなれない」
「あんな場所……?」
 ビリーは失言だったとばかりに、口を閉ざす。
「もしかせんでも、記憶、戻っとる?」
「ゴメン。家に帰れって言われるの怖くて、ずっと、言えなかった。ガイと一緒に居たかったから、さ」
「この親不幸もんめ。こんな長い間探し続けとったんや、帰りたないなんてワガママ言わんと、家戻り」
「そうですぞ。お父君もビリー様のお帰りを長いこと信じておられましたよ」
「でも俺は、山賊に襲われて死んだんじゃなかったのか?」
「告知をご覧になっていたのですね。ご存じないかもしれませんが、あれは既に撤回済みです」
「そのまま死んだことにしといてくれて結構だ。第一、俺の身分を証明するものも、既に手元にないしな」
「それはこちらにございます」
 男が懐から取り出した金の時計に、ガイはアッと小さな声を上げた。馬を手に入れるために、ビリーが手放してしまったソレ。
「私どもがこれを入手し、出所を探りこの場所まで辿り着くのに、多くの月日を費やしました。なぜ、このように大事な物を売るなどという暴挙に出られたのか、理解しかねます」
「親父にも、お前達にも、それがわからないから、俺は帰らないんだ」
 ビリーはどこか悲しげに笑って見せた。
「それはもう、俺の物じゃない。それを手放す代わりに、俺は欲しい物を手に入れた。後悔なんて欠片もしてない」
「これはお父君からビリー様へお渡しするよう言付かっています」
「持って帰ってくれ。そして、親父の期待を一身に受けていた子供はもういないと伝えてくれ」
「貴方には、この国を統率していく義務と能力がおありです」
「ないよ。俺は持てる力全てを、この農場の発展とここでの快適な暮らしのために注いできた。今更戻った所で、こんな田舎育ちの俺に従いついてくる奴らはいまい」
 まるで知らない人間が、そこに立っていた。
 ガイは呆然と二人のやりとりを聞きながら、今まで一緒に暮らしてきたこの青年は、一体何者なのだろうと考える。出会った最初から、高貴な出であることがわかる出で立ちと言動をしていたが、ガイが想像していたよりももっとずっと遠い世界に住むべき男なのかもしれない。
「ビリー様の暮らしぶりについては存じております。剣術の腕は申し分なく、学業も冬の間しか通っていないとは思えない程の成績を残されています。当然、足りない分は戻ってから学んでいただきますが、こんな場所に居てさえ、埋もれることなくその才を発揮されていることを、お父君も高く評価されていますよ」
「かいかぶりだ。俺よりも、もっと相応しい人間が、その地位に着きたいと願っている人間が、大勢いるはずだろう?」
「たとえ多少の問題を残していようとも、貴方が生きている以上、この国の第一王位継承権をお持ちなのは貴方ですぞ。城へ戻り、王子としての責務を果たして下さいませ」
「王子!?」
 ガイは思わず大きな声を上げてしまった。
「山賊に襲われて死んだハズの王子が、ビリーや、言うんか……?」
 王子というものの存在をとても遠い物と認識していたから、ガイは当然のことながら、自国の王子の年齢すら知らなかったのだ。
 ビリーは小さな舌打ちの後、黙っていて悪かったと告げ、それを認める。
「山賊には襲われたけど、死にはしなかったんだ。一時記憶が混乱して、自分が何者かもわからないまま辿り着いた町で、ガイに拾われた。記憶の混乱は割りとすぐに解けたけれど、既にここでの暮らしが楽しくなってた俺は、もう暫くここに居たいと思ったんだ」
 そうこうしてるうちに国の王子が死んだと言う噂が流れてきたので、そのまま王子だったという過去を捨てて、この地に骨を埋めるつもりで今までの日々を過ごしてきたのだとビリーは語った。
「やっぱり、怒ってるか?」
 怒る、というよりは、あまりのことに感情がついていかない。
「何度でも言うけど、俺はここに、ガイのいるこの場所に、居たいんだ。今更、迎えが来たなら帰れなんて、言わないでくれよ」
 ガイが好きだ。
 何度も囁かれた言葉が身体の内に蘇って、ガイはわずかに震える自身の身体を、支えるように両の腕で抱きしめる。
「帰れ、ビリー」
 そっと、ガイは別れの言葉を吐き出した。
「ガイ!」
「最初の約束、覚えとるか?」
「……記憶が戻るか、迎えが、来るまで」
「そうや。記憶が戻っとったのを隠してたんは、この際問題やない。記憶があって、迎えが来て、もう、この家で預かる理由があれへん」
「俺がここに居たい。ってのが、最大の理由だよ」
「あかん。ワイが拾ったんは、記憶がなくて行く場所のない子供や。やるべきことのはっきりしとる人間が、感情に任せて我侭言うんは、褒められた行為やないな」
 もう一度帰れと告げたガイに、迎えに来た男はホッとしたような顔を、ビリーは酷く辛そうな表情を見せる。
「ガイにとって、俺は、その程度の……簡単に手放してしまえるような、存在?」
 ガイは肯定も否定もしなかった。
「わか、った。やるべきことを、やりに戻るよ。いつまでも我侭な子供だと思われてるのも、癪だし」
 むりやりの笑顔を残して、ビリーは馬車へと向かって歩いて行く。振り返ることは、しなかった。
「後ほど、今までの養育費なども含め、改めて御礼をさせていただきます」
「結構です。生活費は、ビリーが自分自身で稼いでいましたから。ワイは、アイツが雨風をしのぐための部屋を貸してただけに過ぎません」
「そういうわけにはいきません」
 また来ると言い残し、男もビリーの後を追いかけて行く。
 最後に、馬車の窓から男が軽く頭を下げるのがかすかに見えた。ビリーを乗せた馬車は、軽やかな音を立ててぐんぐん遠ざかって行く。
 一気に重くなった足をひきずって、ようやく家のドアをくぐったガイは、玄関先に座りこんでしまった。
 こんな風にあっけない別れ方になるとは、欠片も思っていなかった。悲しみというよりも、胸の中にポッカリと空いてしまった喪失感。それは、親を亡くした時に感じた物にとても近い。
 ビリーは死んだわけではないけれど、二度と会う事すらないだろう。それ程に、遠い世界に行ってしまった。
「また、一人になってもうたな」
 それでも、日々は変わらず過ぎて行き、仕事は山のようにある。忙しさに身を任せることで、いつしかこの痛みも少しづつ薄れて行くのだと、ガイは経験的に知っている。
 深いため息を吐き出した後、ガイはなんとか立ち上がり、午後の仕事に備えて昼食の準備にとりかかった。

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プリンスメーカー5話 4年目 冬2

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 先ほど交わした会話の懐かしさから、たまには一緒のベッドで寝ようかと誘えば、ビリーは酷く驚いたようだった。
「いくら子供の体温や言うたかて、身体はそこそこ育っとるもんな。男二人で一つのベッドに寝るんは窮屈やろうし、嫌なら無理せんでええけど……」
 変な誘いを掛けてしまったと苦笑するガイに、ビリーは慌てたように首を振って見せた。
「嫌じゃない。そっち、行っていいのか?」
「ん、ええよ」
 ガイはベッドの端に寄り、ビリーのために布団を捲ってやる。
「ホンマ、温かいなー」
 緊張を滲ませながら隣に潜り込んでくるビリーに小さく笑いながら、気軽な気持ちで、昔したみたいにその温もりを抱きかかえた。
 さすがに大きくなった。なんてことを悠長に感じる間もなく、グイと引き寄せ抱き返す腕。
「ビ、ビリー!?」
 思いがけない強さに、さすがに慌ててしまう。
「本当は、」
 耳元で聞こえる声はどこか悲しげで、焦ってもがくガイの動きを止めるには、充分の効力を持っていた。
「ビリー……?」
 そっと呼び掛ける声に、ためらいの沈黙。
「こんな風に抱きしめたいのは俺なんかじゃなくて、本当は、可愛い奥さんなんじゃないのか?」
「えっ?」
 一体何を言われているのか、さっぱりわからず聞き返す。
「血の繋がらない俺なんかじゃなくて、本当の子供、欲しいとは思ってないの?」
「何やソレ。てか、ちょお待てって」
 ガイの制止の声を振り切って、ビリーは溜め込んでいた思いを吐き出す勢いで言葉を続ける。
「結婚して、子供作って。ガイはきっと、良いお父さんになると思うよ」
「コラコラコラ。いきなり何言い出しとんの」
「いきなりじゃない。ずっと、考えてたんだ。時々、市場のおじさんに結婚勧められてるの、知ってる」
「せやったら、断っとるのも知っとるやろ?」
「俺みたいな大きなコブ付男と結婚したがるような女はいないってやつだろ」
「そうや」
「それは要するに、俺が居なかったら結婚したいってことじゃないか」
「そうは言うてへんやろ。てか、ここ最近変やったんは、そんなん考えてたからかい!」
「考えるよ。考えるに決まってる」
「心配せんでも、結婚したいから出てってくれなんて言う気、さらさらないわ」
「でも俺は、ガイに放り出されたとしても、一人で生活できるくらいの大人になった」
「それは、出て行きたいて、意味なんか?」
「違うよ。そうじゃない。そうじゃないけど!」
 腕の中の身体が、心なしか震えているように感じた。初めて会った時からどこか大人びた雰囲気を持つ子供だったから、こんな風に言葉を捜しながら苛立ちをぶつけられたのは初めてで、驚きと同時に湧きあがる、これはきっと父性のようなもの。
「まだまだ子供でええやんか。ワイが保護者じゃ頼りないんはわかるけど、ワイは、ビリーんこと、本当の子供みたいに思てるんやから」
「親子ほど年離れてないだろ」
「それでもや。もう、ビリーはワイの家族なんやって、さっきも言うたやろ」
「でも俺は、ガイの子供になりたいわけじゃない」
「身体ばっかりでかなっても、ガキはガキやで?」
「年ばっかり重ねても、大人とは限らないだろ」
「生意気言うて。年を重ねればそれなりに責任言うモンが出てくんのや。ワイが保護者でビリーが被保護者。一緒に暮らすの許した時から、これは変わらん」
「一生?」
「そこまで先のことは言えへんけどな。ビリーがワイの家に居るうちは、そうなんちゃう?」
 いつか本当に大人になって、ビリーが家を出て行くまでは、ビリーの兄であり親でありたいとガイは思う。頼りないのは自覚済みだけど、出来る限りのことはしてやりたい。だから、本当に、結婚なんてする気はまだまだ全然ないのだ。
 第一、ビリー一人ですらまともに自分の力一つで養えないで、妻や子供を持つ資格があるとも思えない。
「もし俺が女だったら、ガイの子供産んで、奥さんて位置に立てるのにな」
 そんなガイの気持ちをまったく無視する形で、ビリーがボソリと呟いた。あまりの内容に、苦笑しか零れない。
「アホ言いなや」
「本気だよ。ガイの子供になるくらいなら、ガイの奥さんになりたい」
「そろそろワイの背を抜かそうって男が、あんまトチ狂ったこと言わんといて」
「結婚する気がないなら、俺を貰ってよ。家事だって、そこらの女に負けないくらいデキルと思わないか?」
「そういう問題とちゃう。第一、自分かていつかは可愛いお嫁さん貰て、子供こさえて、いいお父さんになりたいて思うやろ?」
「ガイが奥さんになってくれるなら、俺は自分の子供なんていらないけど」
「せーやーかーらー。そういう話しとるんやなくて!」
「別に間違った話題じゃないだろ。俺は、ガイと親子としての家族より、夫婦としての家族になりたい。ガイを他の女に取られるのは嫌だよ」
 肩に掛かった手が身体を押して、ガイとビリーとの間にわずかな空間が作られた。
 間近に見えるビリーの表情は欠片も笑いを含まない、酷く真面目なものだったから、ガイはいい加減笑って終わりにしてしまおうと開きかけた口を閉じる。そんな真剣に見つめられても、戸惑うばかりでどうしたらいいかわからない。
「俺じゃ、奥さんの代わりには、なれない?」
「なれるわけ、」
 ないと続けられずに、ガイは小さく息を飲む。突然下肢へと伸ばされたビリーの手が、股間にギュッと押し当てられたからだ。
「な、なに!?」
「子供は産んであげられないけど、気持ちいいことなら、手伝えるよ」
「い、いらん!」
「ガイはいつもどうやって処理してる? まさか特定の恋人はいないだろうから、俺がバイトでいない日に、一人で? それとも、俺が気付いてないだけで、町裏で女性買ったりしてるの?」
「こ、こら、手、どけ、」
 サワサワとうごめきガイの性感を煽ろうとするビリーの手に、聞こえてくる言葉はまともに頭に入ってこない。ガイは必死になって股間に当てられたビリーの手を掴み、なんとかその動きを止めさせた。
「さすがに町裏のお姉さんほどには巧くないと思うけど、一人でするよりは絶対気持ち良くするから、ね、いいだろ?」
 耳元で囁く吐息が、既になんだかイヤラシイ。ダメだと言ってやりたいのに、ガイの手の力がわずかに抜けた隙を狙って振りほどいたビリーの手が、次々と先ほどよりも強い刺激を与えてくる。
「あっ、……!」
 思わず零れ出た嬌声に、ガイは恥ずかしさで固く口を結んだ。
「溜め込んでたの? もう、凄く硬くなってる。な、ちゃんと、気持ちいいよな?」
 気持ちいいなら声を聞かせてと頼まれたって、ほいほい頷けるわけがない。ガイはなんとか首を振って拒否の意を示した。
 本当なら、その手を振り切って逃げ出したいくらいなのだ。なのに、身体に力が入らない。
 どうしても必要なときだけ、ただ扱いて吐き出すだけの粗末な処理しかしてこなかったガイにとって、ビリーの与える刺激は衝撃的だった。恥ずかしく零れ出ないようにと、声を噛むだけで精一杯。
「意地張らずに、気持ちいいって言ってよ、ガイ」
 再度、いいよね? と確認されて、ガイは残った理性を総動員してビリーのことを睨みつけた。
 かなり年下の、家族だと思っていた子供に、突然いいようにされている悔しさやら恥ずかしさやら怒りやらが、与えられる快楽の波と混じって、ガイの中を渦巻いている。
 さすがに怯んだようで、一瞬ビリーの動きが止まった。けれど次の瞬間には、更に大きな快楽の波がガイを襲う。
「あ、あ、あぁぁんっっ」
 手よりも熱くぬめる感触に絡め取られ、殺しきれなかったガイの声が部屋に響いた。
 何をされているのか確かめるのが怖くて、下肢を見る事が出来ない。それでも、感覚的に、何をされているのかはわかる。
「や、やめ、汚いっ」
「平気。それよりさ、口でされると、熱くてヌルヌルしてて、声我慢できないくらい、いいだろ?」
 泣き声に近いガイの声に応えるビリーの声は、どこか満足げに響いた。
 結局ビリーの口内へと吐き出してしまったガイは、どうにも遣る瀬無い気持ちで、ビリーがそれを飲み下す音を聞いた。
 こんなことをした直後に、ビリーの顔をまともに見れるわけがない。ガイはビリーに背を向けるようにして、ベッド端に身体を丸めた。
「ガイ……?」
 怒ったの?
 そう恐々と尋ねてくる声にも、返事は返さなかった。
「ご、ごめんなさい。あの、そんなに嫌だった? でもちゃんと、気持ち良かったよな? ね、ガイ。お願い、返事してよ」
 頼りなげに語りかけてくる声は随分と珍しいが、それでもやはり、なんと返せばいいか迷ってしまう。
 迷って迷って、結局。
「二度と、」
「ガイに手を出さないとは誓えない。嫌だったって言うなら、嫌じゃないと思って貰えるように頑張るから」
 躊躇いがちに口を開けば、すぐさまビリーの切羽詰った声が、向けた背中に飛んできた。
「いいから。人の話は最後までちゃんと聞けや」
「ごめんなさい……」
「二度と、町の裏なんか行って女買ったりせんて約束するなら、今日のは、許したってもええ」
「え? って、ええっ!?」
「行ってないとは言わさへんで」
 あんなこと、そこ以外のどこで覚えてくるというのか。
「剣術習いたい言うから、バイト許可しとんのや。そういうとこ行かせるためとちゃう」
「だ、って、それは……ガイは俺をまだまだ子供だと思ってるみたいだけど、俺だってそういう欲求を持つくらいには大人になったし、」
「言い訳なんぞ聞きとうない!」
 ビリーの言葉を、ガイは強い口調で遮った。しかし、ビリーはさらに食い下がる。
「言い訳くらいさせてよ。俺だって、好きで行ってるわけじゃないって!」
「行きたくないのに行くなんて、どう考えてもおかしいやろ?」
「いくら好きでもその相手に手を出せない以上、他で処理する以外、仕方ないだろ」
「好きな子、おったんか」
 それは、ちっとも知らなかった。女を買ってるなんてことにも全然気付いて居なかったし、一緒に暮らして保護者面してるくせに、ビリーのことを何もわかってないという現実を突きつけられたようで、ガイはますます遣る瀬無い気持ちになる。
「言っとくけど、その相手って、ガイのことだからな」
 グイと肩を掴まれて、むりやり仰向けに転がされたガイが見たのは、覗きこむように覆いかぶさるビリーの、真剣な表情だった。
 彼は今、何と言った?
「俺が本当に抱きたいと思うのはガイだよ。でも、そんなの絶対許さないだろ?」
「だからって子供が女買うなんてのも、絶対許せへん」
 混乱気味の思考で、それでも、ガイはなんとかそう反論して見せた。
「わかってるよ。わかってるから、気付かれないようにずっと気を付けて、痛っ!」
 ピシャリと乾いた音を立てて、ビリーの頬が鳴った。引き取ってから随分経つが、ガイがビリーに手をあげたのはこれが初めてだった。
「気付かれなけりゃええってことにはならんやろ。何考えとんのか、ホンマ、呆れるわ」
「ガイのことだよ。俺が考えることなんて、ガイのことばっかりだ」
 弱々しい声とともに落ちてきた身体が、重くガイに圧し掛かる。
「ちょ、く、苦し」
「好きだよ、ガイ。お願いだから、嫌いにならないで。俺を、あの家から追い出したり、しないで」
 今まで見せた事のない、縋るように哀願するビリーの姿に、ガイは諦めの溜息を一つ吐き出した。それから、なんとか腕を持ち上げて、そっとビリーの背を抱く。
 結局の所、あんなことをされても、告白を受けても。その気持ちを受け入れてやれるかはわからなくても、少なくとも手放せないと思ってしまうくらいには、ガイもビリーが好きなのだ。
「嫌いになったとか、出て行けとか、そんなん一言かて言うてないやろ」
 むしろ、さっき自分は、許してやると言ったはずだ。
「女買ったりするんは止めて欲しいてだけや」
「でも……」
「即答できんほど、そないに魅力的なんか、ソコは」
「違うよ。ただ、いつかガイを襲いそうで、怖い」
「既に襲ったやんか、さっき」
「あんなんじゃ済まなくて、もっと、酷くするかもしれない」
「嫌じゃないと思って貰えるように頑張るとか言うてたあれは、嘘なんか?」
「えっ?」
「言うたよな、さっき。ワイが嫌がっても手を出すのは止められないけど、嫌じゃなくなるように頑張るって」
「言った。言ったけど」
「嫌がるんを無理させたりしなきゃ、そうそう酷いことにはならんやろ、多分」
「いい、の?」
「ダメや言うても止められへんなら、仕方ない。と思えるくらいには、ワイもビリーが好きってことや」
 ギュッとしがみついてくるビリーに、ガイはやっぱり苦笑しながら、重くて苦しいと文句を言った。

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