可愛いが好きで何が悪い35

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 どうにか準備を終えてバスルームを出てきたところ、バスタオルと共に彼の部屋着が置いてあって少々悩む。用意してあるということはこれを着てこいという意味かもしれないが、わざわざ着込む必要があるのかどうかだ。
 自分の手で脱がせたいとか、恋人に自分の服を着せてみたいとか、そんな思惑でもあるんだろうか。
 彼が泊まっていく時に部屋着を貸したことがあるから、その感覚でとりあえず用意してみただけという可能性も高い気がする。バスタオルと一緒に部屋着を置いてやったことが何度もあるから、同じように対応しただけかも知れない。
 結果、下着もつけずにバスタオルを腰に巻いただけで部屋へと戻る。気が早いとか情緒がないとか言われるかも知れないが、好きに言えばいいという判断だ。
「おい、なんだそれ」
 ただ、こちらの格好に何か言われるよりも、相手の格好に驚いたこちらが先に口を開く羽目になった。
「なに、って、泣いた目どうにかしろとか、萎えるとか言うから」
「だからって、なんで女装なんて……」
 顔にはしっかりメイクが施されていて、さきほど布団の横に散らかっていた布の塊が、レースの下着も含めてきれいに無くなっている。
「強いて言うなら保険?」
「保険?」
「男の俺に迫られるより、女装した俺に迫られる方が弱いの知ってるから、だね。途中でやっぱヤダとか無理とか、少しでも言いにくくしたい下心」
 確かに男のままの相手を前にするより、好き勝手言いにくくはなるかも知れない。見た目に引っ張られて、彼に対して甘えにくくなるとも言えそうだ。
「それと、たまには可愛い俺も披露しておきたい、みたいな」
「なんだそれ」
「だって、お前が部屋来るの避けてたから、女装頑張っても見せる機会がなかったんだもん」
 どう? と言いながら、立ち上がってクルリと回る。見た目だけなら問題なく女性に見えた。
 光沢のあるつるりとした長めのスカートと、首元まで隠れるふわっとしたニットのプルオーバーで、ドレスではないからガチプリンセスとまではならないけれど、先程よりも少し豪華なヘアアクセサリーを複数使用しているせいで、「プリンセスが現代コーデでお忍びのお出掛け風」ではある。
 というか姉たちの協力無しで既にここまで出来るのかと、若干引くような気持ちはあるものの、率直に言えば結構凄い。
「喋らなきゃ男には見えない。てか一人でそこまで化けれるなら、充分外歩けるだろ」
 確かに部屋で二人きりは避けてたけれど、だからこそ、女装してデートしたいとか言い出さなかったのが不思議な出来栄えとも言う。
「声出したらバレそうってのと、立ち居振る舞いでバレないか不安なとこはあるよね」
 意識的に高めの声を出したとしても、やはり声を聞いてしまうと違和感はある。黙って立っていれば女に見える女装と、動いて喋っても女に見える女装では、そのハードルが大きく違うとわからないわけじゃないけれど。
「学科の奴らにバレて問題あるわけ? 既にプリンセス写真披露しまくってんのに?」
 教授がどう思うかはわからないけれど、周りから凄いとか綺麗とか持て囃されて、注目の的になる未来しか想像できない。
「あー、うん。それは別の意味でちょっと避けたいんだよね。学科の奴らにはあんまり見せたくないっていうか、これから先も、大学に女装していくことは多分ないと思う」
「そうなのか?」
「お前にだけ見て欲しい、が正直な気持ち。お前が女装した俺を夢の国に連れていきたいとか言い出したらガッツポーズ決めるし喜んでついて行くと思うけど、でもそれ以外で出かけたいとかもないかなぁ」
 女子に褒められたらきっと嬉しいけど、男に可愛いとか綺麗とか言われても萎えるだけだし、とぼやくように言われて、それはまぁそうだろうと思う。
「お前がその格好で外歩いてたら、男にナンパされそうではあるよな」
「でしょ。既にあの完璧プリンセス写真のせいで、俺を恋愛対象から外した女の子より、俺をヤレル対象にした男のほうが多いって可能性もあってさぁ」
「マジか」
 ボヤかれて初めて知ったが、嘘だろとは言い難い説得力があった。

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可愛いが好きで何が悪い34

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 尻穴拡張に同席する気かと思ったら、同席どころか彼自身の手で慣らされるという話になってしまったが、それが決定してしまったならわざわざ日を改めるまでもないかと思う。覚悟さえ決めてしまえば、これ以上相手を焦らす必要もない。
「なぁ、お前、腹の中ってどうしてる?」
「はらのなか?」
 突然なんだと言いたげに、ただただこちらの投げた言葉を繰り返されてしまったから、もっと具体的に、事前に浣腸はしたのかと問いかける。
「そりゃしてるけど」
「どうやって?」
「え、それ今、説明必要!?」
「必要だから聞いてる。てか、俺が自分で尻穴広げてくるの待つ気がないなら、とりあえず今からちょっと試してみようぜ」
「今から!?」
「日を改めてもいいけど、俺の、お前に応えてやりたい気持ちが高まってる今のがハードル低そうだし。今なら勢いで色々乗り切れそうな気がする」
 ついでに言うなら、ローションもゴムも拡張用のディルドもバイブも既に揃っていて、準備万端と言ってもいい。もちろん、それらはこちらの尻穴拡張のために用意されたものではないけれど、自分のために新たに用意しろとも思わないし、彼に使われたものが自分に使われることへの抵抗感も特になかった。
「勢いで乗り切るとか言われると、微妙に喜びづらいんだけど」
 でもこのチャンス逃せないよねぇと苦笑しながら、相手がスッと立ち上がる。来てと言われて連れて行かれた先は廊下の収納棚の前で、そこからイチジク浣腸を取り出し手渡された後、ユニットバスへと案内された。
「それの使い方の説明、いる?」
「いや、それはいい」
 一応色々調べはしたから、イチジク浣腸の使い方は知っている。
「それでお腹すっきりさせた後、俺は何回かシャワー浣腸もしてる。そっちの知識は?」
「ある」
「じゃあ、何かわからないこととか、問題発生したら声かけて」
「わかった」
「え、っと、他になにか……あ、バスタオルは後でここに用意しておくね。それと……」
 言いながら、扉横に設置されている棚を指した後、更になにか言い忘れはないかと思考を巡らせている。
「いやもういいって」
 この部屋に泊まったことはないのでバスを借りるのは確かに初めてだが、彼がうちに暮らしていた期間はそこそこ長かったし、バスルームに着替えやバスタオルは持ち込まず、扉横に脱衣用の棚を用意したりそこに着替えやバスタオルを置くのは、彼がうちのやり方をそのままここでの暮らしに持ち込んだ形だ。つまり、今更バスルームの利用に細かい説明など必要がない。
「何か、俺が緊張してきちゃって」
「土下座までして押し切っておいて、土壇場でヘタれんのはなしにしろよ」
「しないよ!」
「ならいい。じゃあ初めてだしちょっと時間掛かるかもだけど、大人しく、あー」
 大人しく待っとけと続けるつもりだった言葉を一旦区切って、相手の顔をまじまじと見つめた。
「な、何?」
「お前、その泣いた目、冷やすなりしてもーちょいどうにかなんない?」
「え、そんな酷いことになってる?」
「んー……ちょっと、気になる程度には」
「気になる、って、どんな風に? もしかして、萎えるとか、そういう?」
「まぁ、そういうやつ」
 笑っててくれれば、多分そこまで気にならないけれど。でもこのあと何をするかわかっていたら、始終笑顔で居てくれというのも無理な注文だろうなと思う。
 ローションが優秀だろうと、やっぱりそう簡単に受け入れられるとは思えないし、ましてや初めてで感じるとも思えないから、そんな自分に対して、相手がどんな反応をするのかわからない。自信満々に、惨めにも寂しくもさせないだとか、感謝して励まして褒めてあげるねなどと言っていたって、それらがどこまで実行可能なのかもわからない。
 泣いたのがわかるその顔で、がっかりされたり難しい顔をされてしまったら、さすがにこちらの気持ちが挫けるかも知れない。泣かせた上に全く期待に応えられないとなると、落ち込みそうではある。逆に、張り切ったり頑張ってしまったりする可能性もなくはないけど、あまりに未知すぎてよくわからない。
 だから少しでも、事前に潰せそうな不安は潰しておきたかった。

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可愛いが好きで何が悪い33

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 気持ちの問題は大きいという部分に対して、そうだなと相槌を打てば、だから安心してねと返ってきて内心また少し首を傾げた。尻をいじって気持ち良くなれるところまでは行けなかった、という話だったのに、何を安心しろというのか。
「俺のためにお尻弄って広げて貰うけど、惨めだとか、寂しいとか、思わせないから。しんどいのはどうしたってあるかもしれないけど、気持ちいいに集中できるように手伝うし」
 いっぱい感謝するし励ますし褒めてあげるね、と続いた言葉に、頭の中の疑問符が増えていく。
「あ、もちろん、無理強いもしないから。ほんと、安心して欲しい」
「待て待て待て」
「どうかした?」
「どうかしたって、お前、え、ちょっと」
 混乱から言葉を探して、さして意味を持たない言葉ばかりをとりあえず連ねてしまえば、訝しんだ相手が身を離して顔を覗き込んでくる。
「動揺すごいね。珍しい」
 そんな変なこと言ってないよね? と首を傾げられてしまったが、相手に自覚はなくとも、こちらには充分衝撃的な内容だった。
「いやだって、お前……その、」
「うん、俺が?」
「あー……さっきの言い方だと、その、俺の尻穴弄って広げるの、お前も同席しようとしてないか?」
 若干しどろもどろになりながらも、受けた衝撃の内容をどうにか伝えれば、相手は目を瞠って驚いている。やっぱり無自覚か。
「えっ……ちょ、待って待って待って」
 しばらく呆然とした後、慌てたように待ってを繰り返す。
 交互に何をやっているんだか。と思ったら、少しばかり笑ってしまった。
「いやそこ、笑うとこじゃないから」
 そう文句をつけながらも、どこか安堵した様子を見せているのだから、多分笑いは必要だった。
「てかお前のお尻弄って広げるの、俺を同席させないつもりだった方が驚きなんだけど?」
「はぁ? なんでだよ。そんなとこ、お前に見せたいわけ無いだろ」
「いやいやいや。恋人がだよ、抱かれてくれるための準備するって時に、じゃあ待ってるから頑張ってね。楽しみにしてるよ、よろしくね。とか、言うと思うわけ? てか逆の立場だったらお前、そんなこと絶対しないでしょ」
 そんなこと絶対にしないは間違ってはいないが、だからって手伝ってやるのかと言えばそれも違う。
「俺が逆の立場なら、そこまでしなくていいって阻止して、結果、セックス自体が流れるかもな」
「ああー、そうだったぁ」
「じゃあまぁ、そういうことで。どれくらい掛かるかはわかんないけど、とりあえず、努力だけはちゃんとするから大人しく待っとけ」
 あれって通販で買ったのかと、布団に転がるディルドとバイブを指して聞きながら、頭の中で、自分もとりあえずは同じものを買うべきかと考える。しかし、相手から購入先を聞き出すことは出来なかった。
「そういうことで、じゃないから。認めないから」
「認めないってなんだよ」
「一人で勝手に慣らすとか絶対無しで」
「なんでだよ。お前が俺とエロいことしたくて切羽詰まってっから、恋人として協力もするし努力もするって言ってんのに、お前がそれを阻止してくんなよ」
「協力も努力もしてくれるなら、俺に慣らさせてよ。それだって、お前にしたいエロいことの一つだもん」
 言い切られて言葉に詰まった。というか若干引いた。
「そうだよ。俺がしたいの。お前が俺のために頑張ってくれるとこ、余すこと無く見てたいの。俺には慣らすところから全部セックスだから。突っ込めればいいとかじゃないから。ってわけで、俺にやらせて下さい」
 こちらが引いたことには気づいたらしいが、相手は言い訳も撤回もしないどころか、そう言葉を重ねながらまたビシッと正座したかと思うと深く頭を下げる。つまり土下座だ。え、マジか。
「セックス、突っ込んで気持ちよくなれればいいスタンスじゃないのかよ」
「お前は俺の初恋相手で、どうしても手に入れたかった恋人で、特別なんだって何度言わせればわかってくれるの!?」
 頭を下げた勢いとほぼ同じくらいの勢いで、ガバっと身を起こした相手が吠えた。
「ああ、うん。それは、ごめん」
 その勢いに負けて思わず謝ってしまえば、じゃあ良いよねと更に詰めてくる。これはもう、どうあがいても相手に引かせるのは無理だろう。
 一つ、大きく息を吐きだしてから。
「わかった」
 覚悟を決めて頷いた。

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可愛いが好きで何が悪い32

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 気が抜けて正座を崩せば、相手がズズッとにじり寄ってくる。
「キスしていい?」
「ああ」
 小さく頷いて、瞼を落としながらこちらからも顔を寄せていく。
 すぐに深いキスへと変わるのかと思ったら、何度か軽く触れ合った後で相手にゆるりと抱きしめられた。
「あのね、俺は確かに泣いてたし、原因にお前が全く関係ないわけじゃないけど、お前が想像してる理由とは、もしかしたら違うかも知れない」
 耳元でそっと囁くように告げられる声は、やっぱりどこか楽しげだ。
「違う?」
「だって俺、お前が俺を抱きたいよって言ってくれてたら、泣きながらお尻弄ったりしなかったもん」
「は? なんだそれ」
 意味がわからない。
 もしこちらから抱きたいと言っていたら、むしろ張り切って弄ってそうな気がするのに。抱きたいと言われていたら弄らないってのはどういうことだ。
「お尻上手に慣らせたら抱いて貰えるの確定してたら、悲しくなるようなこともない。って話」
「あ、ああ、そういう……」
 どうやら、張り切って弄るから泣いたりしない、という意味だったようだ。いやまぁ、張り切って、とまでは言ってないけど。
「俺がどんだけ頑張ったって、お前がその気にはならないかもってのが一番の不安だった。頭ん中では散々、バカなことすんの止めろって言われてたしね。意味ないことしてるとか、こんなことしても無駄だとか、そういうの考えながら、それでもほんのちょっとの希望に縋って、お尻いじって広げようとしてる自分が、惨めで、寂しくて、しんどいってだけだったんだよ」
「そっ、……か」
 さっき同じようなことを言いながら泣いていたのを思い出す。思い出して、なだめるみたいに背を撫でてしまう。
 今は泣いているわけじゃないからか、それとも先程を思い出してか、相手がくすぐったそうに背をよじって、ふふっと軽い笑いが漏れてくる。なので、背を撫でるのはやめて、こちらからも抱き返すだけにした。
 気持ち、キュッと強めに抱きしめてしまえば、応じるように相手の腕の力も少し強まる。
「ついでに言うなら、ローションは優秀」
「は?」
「惨めで寂しくてしんどいって泣いたけど、お尻の穴弄って広げてディルド突っ込むのが、痛いとか苦しいとかしんどいって理由では泣いてないんだよね」
「いやでもお前、一番細いのしか使ってなかったろ?」
 思わず顔を動かし、布団の上に転がったままのディルドを確認してしまう。ゴムを被って濡れ光っているのは、一番細いディルドだ。
 この細さで泣くほどの苦行。というわけではなかったが、ローションがあれば痛くないとか苦しくないとかは言い過ぎではとも思う。
 こちらが顔を動かした理由には気づいているようで、腕の中、相手はまた楽しそうに背を揺らしている。
「それ、今日はまだ、だよ」
「マジか……」
 てことは、近くに転がっている、もっとサイズの大きなバイブもディルドも、彼の中に入ったことがあるってことか。
「意外となんとかなる。というのは自分の体で実証済み」
「太い方も、ローション使えば痛くなくて苦しくないわけ? マジで?」
 信じられないんだけど。という気持ちを込めて聞いてしまえば、いやさすがに、と言葉を濁されてしまった。ほらみろ。
「お前のおちんちんなら苦しくても痛くても我慢できるのに。むしろきっと嬉しいのに。って思ってめっちゃ泣いた」
「そういう報告ヤメロ。俺が同じように思うかはわかんないんだから。てかお前、そこまで自分の開発すすんでて、俺を抱く側でいいのかよ?」
 抱いて欲しくてここまで頑張ったんだと主張されたら。抱いて貰えないのが辛くて泣いていたと言われたら。きっと……
「うん。俺が抱くほうが、多分、お互いに気持ちよくなれるし幸せになれると思う。お前を気持ちよくするための犠牲だったと思えば問題なし」
 そう断言されて、少しばかりホッとする。正直に言ってしまえば同意見だ。
 本気で抱かれたいと言われたら、きっと抱けないことはないけれど。でも彼に対して抱きたい欲求があるわけじゃない。抱きたい欲求がはっきりある側が、抱く側を担当したほうが絶対にいい。
「そういや、いつか抱くのオッケー貰えたとき役に立つかも、とかいうのも尻いじってた理由の一つだったか」
「そうそう」
「で、俺を気持ちよくするための犠牲ってことは、気持ちよくなれるとこまで行ったわけ?」
 惨めで寂しいと泣きながらも、体は気持ちよくイケたとか言うのだろうか。それはそれで恐ろしいような気もするのだが。
「そこまで行けたら、お前襲って乗るのも有り、くらいのことも思ってた」
 やはり思考が切羽詰まり過ぎだなぁと思ったけれど、その指摘はやめておいた。過去形だし、そこはもう、解決ってことでいいはずだ。
「つまり気持ちよくはなれてないと」
「惨めだ、寂しい、しんどい、がなければ、もうちょっと掴めてた可能性はある。気持ちいいに集中できるか、気持ちの問題って大きいよね」
 まぁそうかも知れない。惨めだと泣きながら気持ちよくイッてたと言われるよりは、素直に納得出来る。

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可愛いが好きで何が悪い31

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「正直に言えば、今なら、そこそこ出来そうな気がしてる」
「え、今!?」
「言ったろ。お前を相当好きなんだって、思い知ったって」
「それは、……素直に喜んでいい、の?」
 躊躇いがちな発言と疑惑の眼差しに苦笑を返す。素直に喜んで欲しいところかと言うと、かなり微妙だった。
 出来そうな気がすると言うのは、何かしら応えてやりたい気持ちが湧いている、という意味合いが強くて、実際に何が出来るのかと聞かれると正直困る。リアルなアレコレを想像したら、怖気づく気持ちだって当然ある。なんせ、積極的にどうこうなりたい側の彼ですら、泣きながらこなしていたような行為を自分がするって事なのだから。
「まぁ好きだからで出来ることと出来ないことがあるよな」
「ほらぁ」
 やっぱりねという顔をされてしまったが、だって仕方がないだろう。
「だって、お前が泣きながら尻弄ってたってのを見せつけられた直後だぞ。怯むに決まってるわ」
「そ、れは……泣かさないように、頑張る、し」
「そりゃどうも。けど結果的に俺が泣いたら、お前、どうすんの?」
「え? どうするって、慰める……?」
 落ち着くまでヨシヨシするし、どうしても続けるのが無理そうなら一度止めるのも有りらしい。無理強いは絶対しないから安心してと力説されたが、聞きたいのはそれじゃない。
「無理強いはしないって、つまり、俺が泣いても俺を抱きたい気持ちは特に変わらないってこと?」
「え、泣かれたくらいで変わるようなもの?」
「俺は変わる」
「え、マジ、で……」
 またしても嘘でしょと言わんばかりの驚きの顔をしている。
「さっきも言ったけど、俺は相手に無理させてまで抱きたいとは欠片も思えないんだって。お前が泣きながら尻の穴広げてるの知っても、じゃあ俺が突っ込むわとはならないどころか、俺に抱かれるためにそんなことしないでくれとしか思えない。そこまでしてやるような事じゃないだろって気持ちのが断然強いし、お前を抱く側に乗り気じゃないのはそれもデカいよ」
「嘘でしょ。無理させてまで抱きたくないって、そういう話なの!?」
 顔だけじゃなくて実際に言われてしまった。
「相手が自分に抱かれるために頑張ってくれたら、嬉しくないの? 俺は絶対嬉しいし、俺も頑張ろって張り切るくらいだけど」
「そりゃそこまでして求めてくれる気持ちは嬉しいと思うけど。でもそれとそのまま抱くかは別問題っていうか、無理しなくっていいからって止めると思う。もっと正直に言うと、相手に泣かれたら勃たない気がする。って言っても、だろうなって思うだけで、実際に泣かれて中断した経験なんてないけどな」
「に、認識が……セックスの認識が、違いすぎる……」
「ああ、うん。知ってた」
 ガクッと項垂れてしまった相手の頭に手を伸ばして、少々乱雑ではあるがヨシヨシと慰めるように撫でてやる。
「俺は自分が異常とは思ってないけど、多数派でないことはわかってるよ。でもまぁ、俺が抱かれる側で、俺が泣いてもお前が萎えないなら、問題なくやれるしいいだろ?」
 問題なくやれる、という部分に反応してか、相手が項垂れていた顔を上げた。
「それ、本当に問題ないって言える? そこまでしてやることじゃないだろって、思わないの?」
「思わないよ。そこまでしてもやりたいってお前が思ってるなら、恋人として、ちゃんと応じてやりたいって話だからな」
 泣いて尻穴弄られるより全然いいよと言えば、困ったように笑って、もしかして俺が泣いてたのそんなにショックだったのと聞かれてしまう。
「そりゃそうだろ。恋人が知らないとこで泣かされてるってだけでもそれなりにショックなのに、理由が自分とか情けないにもほどがあるわ」
「泣いて尻穴弄って、って、何度も言うからよっぽど衝撃的だったんだろうとは思ってたけど、気にしてたのそこかぁ」
「そこ、って?」
「男同士で体繋げようと思ったらどっちかのお尻に入れるしかないんだよね、ってのをリアルに突きつけられてショック受けてるのかと思ってたけど、俺が泣いてたのがショックだったのか、って」
「さすがにそこまで無知でも初心でもないんだが。というか、男同士で付き合って、いつかは自分が抱かれる側になりそうってのもわかってたら、アナルセックスのやり方くらいは調べるしな」
「ええ、凄い」
「何がだ」
「その気がないわけじゃないとか、俺とエロいことするのも想定してくれてる、ってのはさっき知ったけど、そこまでしてくれてたんだなぁって」
 嬉しそうにニコニコ笑われてしまうと、言葉に詰まってしまう。まぁ、喜んで貰えたなら良かったと思うしかない。

続きました→

 
 
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可愛いが好きで何が悪い30

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 言葉が足りないのはお互い様なのに、聞けばよかったと自分の非にして、こちらを責めるようなことはしない。そういうところにも、きっと、甘えている。
 そういう事実を、相手には知っておいて貰った方がいいのかも知れない。
 随分と緊張が緩んだからか、相手は正座を崩したというのに。今度はこちらが、思わず正座をしてしまう。居住まいを正すこちらに、相手は不思議そうな顔をした。
「この際だから言っておくと、お前が俺を好きなことに、俺は結構甘えてる」
「え? そうなの?」
「やっぱそんな自覚、ないよな」
「えと、どんな時に? ちょっと記憶にないんだけど」
 全く思い当たるフシがないと首をひねっているが、それはきっと、彼が想定する「甘えられる」とは違うせいなんだろう。
「多分、お前が想像した、甘えられるとは違うと思う」
「ええっ、どういうこと?」
「お前が俺を好きで、俺をそう簡単には離す気がないって知ってるから、とりあえず付き合うけどセックスは無しをお前に受け入れさせたまま放置できたり、そんなにエロいことしたいなら俺と話し合えよって言えるってこと。それが許されるって知ってて、甘えてんだよ、お前に」
「んん? よくわかんないんだけど、それって、甘えてるの? 俺に?」
「じゃなきゃ、こんな強気でお前相手に恋人やってないって」
「強気で、恋人……」
 今思い当たったような顔をしているから、今までこの力関係を意識せずにいたのだとはっきりわかる。気にならないのか、「初恋相手と恋人」という状況に浮かれて気づいてなかっただけか。多分、後者だ。
「お前はさ、自分が追いかけて手に入れた恋人って、多分、俺が初めてだろう?」
 彼の友人関係や過去の女性関係なんてたいして知りもしないけれど、でも顔の広さと要領の良さは知っている。関わる人の多さの割に、彼周りでの揉め事をあまり知らない。良好な人間関係が顔の良さだけで維持できるはずがないから、つまりはコミュ力が高いと言うか、人付き合いが上手いのだ。
 だから、手放したくなくて、嫌われるのを恐れて、その相手とうまくコミュニケーションが取れなくなるなんて経験、きっと少ない。
「俺から好きになって付き合ってもらった子は他にも居たけど、でもまぁ、追いかけてまで手に入れたって部分で言えば、そうだね。我ながらめちゃくちゃ頑張ってたと思うし。で、それが?」
「多分経験がないだろうから、知っておいて、ってだけ」
「知っておいて?」
「俺が強気でお前を振り回すのは俺が甘えてる部分が大きいんだって知っておけば、お前が不安に思うことも減るかと思って。今回ので、俺も言葉が足りてなかったって、反省したとこあるから。知ってて貰うだけで回避できることもあるかなと」
「ああ、うん。わかった。今言われたこと、忘れないように、する」
「あと、俺は俺で、俺の恋人を甘やかすことだってするし、大事にだってする。俺がお前に甘えすぎてお前をつらい目に合わせたり、しんどい思いをさせたりするのは、俺にとってはただの失態で、そんなの欠片も望んでない。だから、お前は俺に、甘えすぎって言ってもいい。ていうか、しんどくなる前に言えよ。ちょっと甘えすぎてない? くらいなら、笑って俺に指摘できるだろ?」
「あー……ああ、そう繋がって……」
 ふふっと笑って、またしても、かっこいいなぁ、などと漏らしている。
「おいこら、俺は真剣に言ってんだぞ」
「わかってるよ。俺も真剣に言ってる。俺の彼氏、マジ、ヒーロー」
 どこまでも優しくて強くて格好良いよと笑う。
「今までもいっぱい助けて貰ってたけど、恋人っていう特等席で大事にして貰えるの、ほんと、凄い」
「今更何言ってんだ」
「今更なんだけど、改めて噛み締めてんの。今日もさ、押しかけてきた最初っから、泣いてる恋人置いて帰れないとか、大丈夫だから助けてって言えよとか、も、ほんと、カッコ良すぎて惚れ直すどころじゃなかったもん」
「いやお前、ずるい連呼してただけだけど!?」
 別にずるくないだろと、先程は飲み込んだ言葉を吐いても、相手は意見を翻すことはなかった。
「いやいや、ズルいでしょ。だって、格好良くて優しいとこ、これでもかって見せられて、俺ばっかり惚れさせられてんだよ?」
 俺なんかみっともないとこばっか見せて、惚れ直して貰うどころじゃなかったじゃん。と続いた嘆きに、そうでもないけど、と思う。
「惚れ直したとは言わないけど、お前のこと、相当好きなんだなぁとは思ったぞ」
 縋られる腕の中で、彼への愛しさを感じたことを忘れてはいない。
「嘘でしょ!? どこにそんな要素が? てかいつ!?」
「お前が捨てないでって泣いて俺に縋ったとき?」
「ますますわからないんだけど!?」
 怒ってたし呆れきってたじゃんという指摘は、間違ってはいないけれど。
「怒って呆れてても、お前をみっともないとか、面倒くさいとか、ましてや別れたいなんてちっとも思わなかったんだから、そういうことだろ。まぁ、そんな風に思い知りたくはなかったけど」
「やっぱ全然喜べる話じゃないじゃん。てかさ、思ってたよりずっと、俺はお前にちゃんと恋人として想って貰えてるってのはわかったんだけど、俺が何したら覚悟が決まるとかって、あるの? あとやっぱ一番気になるのは、俺がお前を抱きたいって思ってるの、お前にとってはかなり負担? 無理させちゃう?」
 でも俺が抱かれる側やるのも乗り気じゃないんだよね、と続いて、そういやエロいことがしたいなら話し合え、の最中だったことを思い出す。すっかり脱線しきっていた。

続きました→

 
 
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