幼い頃から心のなかに隠し持っていた恋心を、生涯、相手に告げることはないと思っていた。墓にまで持ち込む気満々だった。ずっとただ想うだけで良いと思っていた。
同じ年に生まれた自分たちは、幼稚園で出会ってからずっと長いこと親友で、だからこそ、彼の選ぶ相手が自分にはならないこともわかっている。彼が興味を惹かれ、好意を寄せる女の子たちに、気持ちが荒れたこともあるけれど、それももうだいぶ遠い昔の話だ。
少しずつ大人になって、自由になるお金が増えて行動範囲が広がれば、だんだんと寂しさを埋める術だって色々と身に着けていく。
その日は特定のバーで相手を見つけて、そのままホテルに向かうつもりで店を出た。店を出た所で、名前を呼ばれて顔を向ければ、そこには見るからに怒っている幼なじみが、こちらを睨んで立っていた。
今夜のお相手となるはずだった相手は、あららと少し楽しげな声を発したけれど、この後始まる修羅場に巻き込まれるのはゴメンとばかりに、じゃあ頑張ってとあっさり回れ右して店に戻っていく。
面白おかしく酒の肴にされるだろう事はわかりきっていたが、もちろん引き止めることはしなかった。代わりに幼なじみに向かって歩き出す。
「こんな場所で揉められない。付いて来て」
隣を通り抜けるときにそう声をかければ、黙って後をついてくる。素直だ。
一瞬、このまま本来の予定地だったホテルにでも入ってやろうかとも思ったけれど、そんな自分の首を絞めるような真似が出来るわけもなく、結局足は駅へと向かった。こんなことになってしまったら、今日の所は帰るしかない。
「待てよ」
半歩ほど後ろをおとなしく付いて来ていたはずの相手が、唐突に声を上げただけでなく、手首を掴んで引き止めるから、仕方無く歩みを止めて振り向いた。
「何?」
「どこ、行く気だ」
「どこって、帰るんだよ」
「は? 家まで待てねぇよ」
「待つって何を?」
まぁさすがにこれは、わかっていてすっとぼけて見せただけだ。でも頭に血が登りっぱなしらしい相手は、そんなことには気付かない。
「お前、俺に言うことあるだろっ」
「特にはないけど」
しれっと言ってのければ傷ついた顔をする。そんな顔をするのはズルイなと思った。
「一緒にいた相手、お前の、何?」
「飲み屋で知り合って意気投合したから、河岸を変えて飲み直そうかーってだけの相手」
「本当に飲み直すだけなのかよ」
疑問符なんてつかない強い口調に、これはもう知られているんだなと諦めのため息を吐いた。
「せっかく隠そうとしてるんだから騙されなよ」
「なんで俺を騙そうなんてすんだ」
「あのさ、幼馴染がゲイだった上に、夜の相手探してそういう場所に出入りしてるって知って、どうしたいの? 知らないほうが良いでしょそんなの」
お前とは縁のない世界なんだからと苦笑したら、掴まれたままだった手首に鈍い痛みが走る。力を入れ過ぎだ。でも、相手は気づいてないようだったし、自分も痛いとは言わなかった。
「ああいう男が、お前の、好み?」
抱ける程度の好意は持てる相手で、でも好みからはけっこう遠い。なんて教えるわけがない。寂しさを紛らわせてくれる相手には、雰囲気や言葉遣いが優しくて、でも目の前の男にはまったく似ていない男を選んでいた。
だって別に、代わりを探していたわけじゃないから。本当にただ、一時的に慰めを欲していただけだから。
「そういう話、聞きたいもの?」
「俺はお前に、好きになった相手のこと、さんざん話して来ただろ」
「ああ、まぁ、そうだね。俺の相手は男ばっかりだから、聞かせたら悪いかと思ってた」
「悪くなんか、ない。知りたい」
「そっか、ありがとう」
「で、お前、あいつが好きなのか?」
「まぁ、抱こうとしてた程度には?」
自分で知りたいといったくせに、言えばやっぱりショックを受けた顔をする。しかも目の中にぶわっと盛り上がった涙が、ぼろっと零れ落ちてくるから、焦ったなんてもんじゃない。
「えっ、ちょっ、なんでお前が泣くんだよ」
「だって、俺に、ちっとも似てない」
「は?」
「ここに来るまで、お前とあいつが出てくるの見るまで、男好きなら俺でいいじゃん。って思ってた。でも、わかった。俺じゃダメだから、お前、こういうとこ来てたんだって」
もう邪魔しない、ゴメン。そう言いながら、掴まれていた手首が解放された。
「一人で帰れるから、店戻って。それと、お前のノロケ話もちゃんと聞けるようになるから。ちょっと時間掛かるかもしれないけど、そこは待ってて」
泣き顔をむりやり笑顔に変えて、じゃあまたねといつも通りの別れの挨拶を告げて歩き出そうとする相手の手首を、今度は自分が捕まえる。こんな事を言われて逃がすわけがない。
「ねぇ、俺は、お前を好きになっても良かったの?」
「だって好みじゃないんだろ?」
「バカか。好みドンピシャど真ん中がお前だっつ-の」
「嘘だ。さっきのあいつと、全く似てない」
「それには色々とこっちの事情があって。っていうか、俺の質問に答えて。俺は、お前を好きになっていいの?」
じっと相手を見つめて答えを待てば、おずおずと躊躇いながらも、「いいよ」という言葉が返された。
「じゃあ言うけど、小学五年の八月三日から、ずっとお前のことが好きでした」
「え、何その具体的な日付」
戸惑いはわかる。何年前の話だって言いたいのもわかる。でもこの気持ちの始まりは確かにそこで、忘れられないのだから仕方がない。
「俺がお前に恋してるって自覚した日。まぁ、忘れてんならそれでいいよ」
「ゴメン、思い出せない」
「いいってば。それより、墓まで持ってくつもりだった気持ち、お前が暴いたんだから責任取れよ」
「ど、どうやって……?」
「取り敢えずお前をホテルに連れ込みたい」
言ってみたら相手が硬直するのが、握った手首越しに伝わってきた。
「お、俺を、抱く気か?」
「え、抱いていいの?」
「や、いや、それはちょっとまだ気持ちの整理が……」
「抱いたり抱かれたりは正直どっちでもいいよ。でも、俺がお前を本気でずっと好きだったってのだけは、ちょっと今日中にしっかり思い知らせたいんだよね」
今すぐキスとかしたいけど、さすがにこんな公道でって嫌じゃない? と振ってみたら、相手はようやく自分たちが今どこにいるかを思い出したらしい。ぱああと赤く染まっていく頬を見ながら、行こうと言って手を引いた。
相手は黙ってついてくる。
さて、十年以上にも渡って積み重ねてきたこの想いを、どうやって相手に伝えてやろうか。
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■
HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁