青天の霹靂

 父親同士が親友だとかで、互いの家は同県とはいえ端と端の遠さなのに、幼い頃は良く二家族揃って出かけたり、長期休暇中は相手の家に泊まったり、逆に泊まりに来たりと割合仲が良かった。けれど成長するにつれ、互いの溝は分かりやすく深く広がっていった。
 理由ははっきりしている。父親たちも学生時代の大半を捧げていたという、とある競技の才能が自分にはないからだ。
 部活のレギュラー程度なら努力だけでもどうにかなるが、その上となると難しい。競技自体は楽しいが、地域の選抜は当たり前でユースの県代表にも選ばれるような活躍をしている相手とは、はっきり言って既に生きている世界が違う。県代表になれば一緒にプレイできるよと、だからお前も選ばれなよと、何の躊躇いもなく口に出来る子供というのは残酷だ。
 多分それが決定打で、自分は彼をやんわりと避けるようになった。元々県の端と端で、中学に上がってからは部活優先だったから、プレイベートで会うのなんて年に一度か二度程度になっていたし、県大会などではお互い部の一員として参加しているのだから、顔を合わせたってそうそう親しく話込むこともしない。なので避けると言ってもあからさまに突き放したわけではなく、前より少しそっけない程度でしかなかったけれど。
 残念ながら、自分たちのように息子同士も競技を通じて親友に、などと思っていただろう父親たちの望みは叶うことなく、力量の差がありすぎて同じ道を進むことも、同じ景色を見ることも出来そうにない。
 そう悟って、大学に進学すると共に、真剣に競技に打ち込むのは止めた。競技そのものは好きだから、練習日が週に三回程度の社会人サークルに参加はしたが、大会などでそこそこの成績を収めている大学公認の部活は練習を見に行くことすらしなかった。
 納得済みの選択で、そこに未練なんてない。社会人サークルでも十分に楽しかったし、それなりに充実した大学生活を送っていた。
 しかしその生活は、翌年の春にひとつ下の彼が同じ大学に入学してきて一変した。
 最初の衝撃は、彼が進学する大学を知った父からの報告電話で、最初は絶対に嘘だと思った。うちの大学に進学する意味がまったくわからなかったからだ。
 確かに大学の部活もそれなりに強い。でも全国大会常連校という程ではないし、彼なら他からも色々スカウトが来ていたはずだ。
 次の衝撃は、ちゃっかり同じアパートの空き部屋に入居を決めて、近所になったから宜しくと挨拶に来たときだ。こちらが避けていたのはある程度感じていただろうに、なんのわだかまりもありませんという顔で笑っているのが若干不気味ではあったが、そこはお互い大人になったということで、こちらもなんとも思ってない風を装い宜しくと笑って返した。確かに知った顔が近所にいたらお互い心強いだろう。
 そして今現在、三つ目の衝撃に耐えている。大学の部活に初参加してきたという彼が、怒りの形相で訪れていた。
 大学で競技を続けていると聞いたから来たのに、なんで部活に入ってないんだというのが彼の怒りの理由らしい。
「続けてはいるよ。社会人サークルだけど」
「社会人サークル? それ本気で言ってんの?」
「本気も何もそれが事実だって」
「だからなんでっ!?」
「何でって、将来のこと考えたら学業疎かにしたくないし、それには体育会系のがっつり部活はキツすぎるよ」
「ねぇ、どこまで俺を裏切れば気が済むの?」
 キッと強い視線で睨まれて、さすがに一瞬たじろぐ。それでも競技の関係しないところでまで負けたくはない。
「裏切るってなんだよ」
 腹の底から吐き出す声は不機嫌丸出しだったが、相手は欠片も怯む様子がないから悔しい。
「いつか一緒にプレイしようねって約束したろ」
「馬鹿か。お前、それいつの話だよ。俺にはお前と違って県代表に選出されるような力ないって、さすがにもうわかってんだろ」
「わかってるよ。だから同じ大学入れば一緒にプレイできるって思って入学したのに、なんで部活入ってないんだよって話をしてんだろ」
「いやだから、大学の部活は俺にはハードすぎるって」
「今からでも入ってよ」
「お前、俺の話、聞いてた? というか一緒にプレイしようねなんて子供の約束、とっくに時効だろ」
「俺まだ諦めてないんだけど」
「しつっこいな。だいたいお前、俺に避けられてたの気づいてただろ。そこまで鈍くはないだろ? それで良くそんな事言いにこれるよな」
 避けてたと明言したら、強気の顔がクシャリと歪んだ。
「こんなに好きにさせておいて、どうしてそんな酷いことばっか言うんだよ」
「はぁああああ?」
 好きなのにーと、でかい図体をして駄々をこねる子供みたいにその場に泣き崩れた相手を明らかに持て余しながら、それでもなんとか会話を続けてみた結果、彼の言うところの好きは間違いなく恋愛感情の好きらしいと判明して、一瞬気が遠のきかける。しかもはっきりと仲の良かった小学生時代からという年期の入りようだ。
 全く、欠片も、知らなかった。気付いていなかった。
 あまりの展開に思わず天井を見上げながら、青天の霹靂ってこういうのを言うんだろうなと思った。

有坂レイへの3つの恋のお題:青天の霹靂/こんなに好きにさせておいて/いつまでも交わらない、ねじれの関係のように shindanmaker.com/125562

 
 
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叶う恋なんて一つもない

 叶う恋なんて一つもないと言って、泣きそうな顔で笑う幼馴染が、今現在想いを寄せているのは、我がクラスの担任教師で来春には結婚が決まっている。彼が泣きそうになっているのは、今朝教師の口から直接、その結婚の事実が語られたせいだ。
 叶う恋がないのではなく、恋を叶える気がないんだろう?
 なんてことを内心思ってしまうのは、毎度毎度好きになる相手が悪すぎるせいだ。そもそも恋愛対象が同性というだけで、恋人を見つけるハードルが高いというのに、女性の恋人持ちばかり好きになる。酷い時は妻子持ちの男に恋い焦がれて、苦しいと泣いていたことさえあるのだ。
 幼稚園からの付き合いで親同士の仲も良く、そこからさき小中高等学校ずっと同じだったせいで、あまり無碍にも出来ずに愚痴に付き合い続けてきたが、正直バカじゃないかと思っている。
 妻子持ちなんか問題外だし、女性の恋人が発覚した時点で恋愛対象から外せよと思うのに、どうしよう好きになったみたいと言い出すのは恋人発覚後が大半だ。要するに、最初からその恋は叶える気なんかなく始めているのだと、そろそろ自覚すればいいのに。
 なんか男が好きみたい。同性愛者とかホモとかゲイとかそういうやつかも。なんて言って、やっぱり泣きそうな顔で相談してきたのは中学に上がった頃で、お前にしかこんな話できないからなんて言葉に絆されていたのがいけない。いい加減、あまりに不毛な恋の話に飽き飽きしていた。
「だったらいい加減、叶う可能性がある恋をしろよ」
「えっ?」
 いつもなら一通り好きに喋らせて、そういう相手ってわかってて好きになったんだからそれで辛い思いをするのは仕方ないだろ、程度の慰めにもならないような言葉しか吐かないからか、相手は泣きそうになっていた目を驚きで見開いた。
「正直、お前の叶わない恋話にはうんざりしてる」
「え、でも、俺、話聞いてもらえるのお前くらいしか……」
「知ってる。だからずっと、お前がそれでいいなら仕方ないと思って話聞いてきたし、たとえ叶わない恋でも好きって気持ちがあると毎日が楽しいって言ってたから、苦しいって泣くのも含めて恋を楽しんでるのかと思ってヤメロとも言わずに居たけどさ。けど、そんな恋ばかり選んできたくせに、叶う恋がないって泣くくらいならもうヤメロよ。そんな恋をするのはやめて、叶う可能性がある恋をすればいい」
「だって好きって気持ちは、心のなかに自然と湧いてくるものだよ? 叶う可能性がある恋なんて選べないし、そもそも可能性があるかどうかなんてわからないんだけど」
「でもお前は、叶う可能性がない恋ばかり選んできただろ。なんで恋人持ちばっかり好きになるんだよ。恋人がいればお前には振り向かないってわかってるから、だから安心して恋が出来るってだけじゃないのか?」
 その指摘はまったくの想定外だったようで、やはりビックリしたように目を瞠った後、そんなこと考えたこともなかったと言った。
「じゃあまずは自覚するトコから頑張れば? でもって、彼女やら嫁やらが居ない相手を意識的に好きになってみろよ。それだって同性相手は無理って言われる可能性高いけど、でも恋人持ちや妻帯者よりは多少、恋が叶う可能性もあるだろ?」
「自覚、か……」
 呟くように告げて、相手は黙りこんでしまう。まぁ欠片も考えたことがなかったようだから、しばらく放っておけばいいかと、手近にあった雑誌を手に取りペラリと捲った。
「ね、あのさ」
 やがておずおずと声を掛けられて、目を落としていた紙面から顔をあげる。
「何?」
「それってさ、相手、お前でも良いの?」
「は?」
「そういや話聞いてもらうばっかりで、お前の恋話とか聞いたことないよね。お前、男もというか俺も、恋愛対象になる?」
「待て待て待て。そりゃ確かに、恋人居ないやつを意識的に好きになってみろとは言ったけど、そこでなんで俺を選ぶんだよ」
 まさか自分に火の粉が掛かって来るとは思っておらず、さすがに慌ててしまった。
「それはまぁ、お前なら好きになれそうかもって思ったから?」
「付き合い長いし、そりゃお互い嫌っちゃいないだろうけど、だからって安易にもほどがあるだろ」
「だってお前が言った通り、俺、多分、叶わない恋じゃないと安心して相手を好きになれないんだよ。でもお前なら、叶わないって確定してなくても、好きになれそうな気がする」
「お前自分が言ってることの意味、マジでわかってんの? その恋叶ったら、俺と恋人になるって意味だぞ?」
「わかってるよ。というか、叶わないからヤメロ、とは言わないんだね」
 可能性ありそうといたずらっぽく笑うから、もしかして揶揄われているんだろうか?
「叶わないって断言したら、お前、逆に安心しきって俺相手に辛い恋始めそうだろ。言えるわけ無い」
 自分相手に辛い恋を患って泣かれでもしたら、どう対応していいかわからないし、それこそうっかり応じてしまいかねない。でも彼と恋人になりたい気持ちがあるわけでもなかった。
 正直、今の今まで、まったくの他人事でしかなかった。
「というか、お前、俺からかってる?」
 いっそ揶揄っててくれた方がましだったが、すぐに揶揄ってないと否定されてしまう。
「からかってないよ。意識的に、お前を好きになってみよう、とは思い始めてるけど」
「気が早い。というか先生の結婚話に泣いてたくせに、切り替え早いな」
「うん。お前の話に驚いて、ちょっとどっか行った。辛いの吹っ飛んだから、感謝してるし、それもあってお前好きになってみたい気にもなってる」
「マジかよ」
「割と、本気」
「嫌っちゃいないが、お前を恋愛対象と思って見た事は一度もないぞ?」
「いいよ。だからさ、」
 好きになってみてもいいよね? と続いた言葉に、嫌だダメだとは言えなかった。

「書き出し同一でSSを書こう企画」第1回「叶う恋なんて一つもない」に参加。
https://twitter.com/yuu0127_touken/status/739075185576267776

 
 
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1話完結作品

1話だけで終わっている作品をただ並べただけのページです。
右下へ行くほど古い作品。

酔った勢いで兄に乗ってしまった話  大事な話は車の中で  大晦日の選択  捨て猫の世話する不良にギャップ萌え、なんだろうか  自棄になってても接触なんてするべきじゃなかった  お隣さんがインキュバス  ずっと子供でいたかった  ホラー鑑賞会  離婚済みとか聞いてない  初恋はきっと終わらない  好きって言っていいんだろ?  カレーパン交換  ツイッタ分(2020年-2)  ツイッタ分(2020年-1)  それはまるで洗脳  あの日の自分にもう一度  ツイッタ分(2019)  禁足地のケモノ  嘘つきとポーカーフェイス  カラダの相性  お隣さんが気になって  間違ってAV借りた  ツイッタ分(2018)  結婚したい相手はお前  ときめく呪い  昔と違うくすぐり合戦  雨が降ってる間だけ  兄が俺に抱かれたいのかも知れない  ただいまって言い続けたい  親友に彼女が出来た結果  週刊創作お題 新入生・再会  60分勝負 同居・灰・お仕置き  いくつの嘘を吐いたでしょう  ヘッダー用SS  出張に行くとゴムが減る  ゴムの数がオカシイ   チョコ味ローション買ったんだって  スライムに種付けされたかもしれない  昨夜の記録  合宿の夜  寝ている友人を襲ってしまった  なんと恋人(男)が妹に!?  卒業祝い  120分勝負 うっかり・君のそこが好き・紅  こんな関係はもう終わりにしないか?  そういえば一度も好きだと言っていない  バレンタインに彼氏がTENGAをくれるらしい  鐘の音に合わせて  青天の霹靂  初めて抱いた日から1年  叶う恋なんて一つもない  抱かれる覚悟は出来ていたのに  2回目こそは  墓には持ち込めなかった  呼ぶ名前  酒に酔った勢いで  思い出の玩具  兄の彼氏を奪うことになった  俺を好きだと言うくせに  夕方のカラオケで振られた君と  一卵性双子で相互オナニー  腹違いの兄に欲情しています  死にかけるとセックスがしたくなるらしい  草むらでキス/戸惑った表情/抱きしめる/自分からしようと思ったら奪われた  好きなひとの指 / 連続絶頂 / 癖になってしまいそう  淫魔に取り憑かれてずっと発情期  アナニーで突っ込んだものが抜けない  ハロウィンがしたかった  忘れられない夜 / 無抵抗 / それだけはやめて  引っ越しの決まったお隣さんが親友から恋人になった  優しい笑顔が好きだった  リバップル/向き不向き  戸惑った表情/拘束具/同意のキス  夕方の廃ビルで

 
 
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憧れを拗らせた後輩にキスを迫られたので2(終)

1話戻る→

 気持ち悪いですよねと続いた言葉に、そんな事ないとは返せなかった。目の前の相手に恋愛感情を抱かれていることが、気持ちが悪かったわけではない。むしろそう言われて、確実に心臓は喜びで跳ねたのだ。
 けれどそれを認めてしまうのは怖かった。相手は全くと言っていいほど知らない後輩で、しかも男なのに、この教室から投げかけられた視線だけで、あっさり告白が嬉しいレベルで意識しているなんて。
 なんと返せば良いのかわからないまま黙り込んでしまえば、相手はこちらの視線から逃れるように、立ったままのこちらを見上げるように上向けていた顔を少し下げた。
「すみません。もう、貴方を追いかけるのは止めます。だから、あの、気持ち悪いのは承知で、お願いします。最後に一度だけ、キス、して貰えませんか?」
 唐突な内容のお願いに、またしても反応ができない。頭が下がって俯いて、フッと小さな溜息を吐かれて、なぜか酷く動揺した。
「おかしな事言って、本当に、すみません。今の言葉も、俺のことも、どうか忘れて下さい」
 机の脇に掛かっていた鞄を手に立ち上がった相手は、やはり俯いたまま、帰るので失礼しますと言って歩き出す。脇を通り抜けようとする。
 とっさに腕を掴んで引き寄せて、その勢いのまま相手の顎を捉えて唇を重ねた。
 もちろん触れたのは一瞬で、すぐに顔を離したけれど、今度は相手が驚きの顔のまま硬直している。心臓が痛いほどに跳ねていて、その顔を見ていられない。なのに、触れた唇が熱くて、もう一度触れたい欲求が湧いていた。
 その欲求に抗えず、もう一度その唇を奪ってから、相手の体を抱きしめる。抱きしめてしまえば、相手の顔を見ずに済むから。などというのはやはり言い訳で、それも結局は自分自身の、相手に触れたい欲求なんだろう。
 しかし、咄嗟に動いてしまったものの、この後どうすれば良いのかわからない。抱き合うまま互いに動けず、口を開くことも出来ず、ただ闇雲に時間だけが過ぎていく。
「あの……」
 やがて、腕の中から小さな声が聞こえてきた。
「ご、ゴメン」
「あ、いえ……」
 思わず謝ってしまったが、結局また沈黙が降りてしまう。もちろん抱きしめる腕はそのままで、体もくっついたままだった。
「期待、しますよ?」
 どうしようどうしようとグルグル巡る思考の中、再度腕の中から小さな声が聞こえてくる。
「俺に期待されても、いいんですか?」
 それは多分、腕を離して開放しろという意味なんだろう。けれどここで離してしまったら、彼に諦められてしまう。追いかけるのを止められてしまう。
 なんで視線一つでここまで相手を意識して受け入れてしまうのかなんてわからないけれど、元々考えるということが苦手な筋肉脳なので、答えの出ない問題に悩むくらいなら、自分の感覚を信じて突き進んでしまえと思った。
「う、うん。……いい、よ」
 覚悟を決めて頷けば、彼の腕がそっと背中に回されるのがわかった。

有坂レイさんにオススメのキス題。シチュ:教室、表情:「無表情(or驚いた顔)」、ポイント:「抱き締める」、「相手にキスを迫られている姿」です。 shindanmaker.com/19329

 
 
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憧れを拗らせた後輩にキスを迫られたので1

 放課後のグラウンドから見上げるとある教室。ここ最近、同じ顔が毎日のようにグラウンドを見下ろしていた。教室の位置から考えて、相手は下級生らしい。
 誰を見ているんだろう。
 結構な頻度で目が合う気がするから、もしかして自分を見ているんだろうか?
 さすがに自意識過剰かとも思ったがどうにも気になる。しかも、こちらがあまりに気にするせいで、部活仲間にもあっさりバレてしまった。
 毎日のようにうちの部を見ている奴がいて気になると言ってごまかしたせいか、ちょっとお前勧誘してこいなどという話になり、翌日は部活に直行せずその教室を訪ねてみた。
 教室の扉をガラッと開けたら、中は既に彼一人で、振り向いた相手が驚きに目を瞠る。
「あれ?」
 声を上げたのは自分だ。グラウンドからの距離では気付かなかったが、知っている顔な気がした。しかしどこで会っていたのかは思い出せない。
「あー……あのさ、ちょっと、いいか」
 黙って見つめ合う空間に耐えられなくなったのも自分が先で、取り敢えず勧誘だけはしておくかと声をかけた。
 頷くのを待って、彼が座る窓際の席まで近づいていく。
「あのさ、うちの部、気になるならこんなとこからじゃなくて、もっと近くで見ないか? それでもし興味湧いたら、ちょっと時期外れたけど、今から入部でも俺たち歓迎するしさ」
 相手は少し困ったように軽く俯いて考えこんでしまう。
「あーいや、無理に、とは言わないけど」
「スミマセン……」
「や、謝らなくていいって」
 顔を上げた相手は申し訳無さそうに苦笑していた。
「あの俺、足、ダメなんですよね。怪我で、走れなくて……」
「あー…ああー、ゴメン。そっか、うん、本当ゴメン」
「謝らないで下さい。未練だってのはわかってて、でも、つい、見るの、止めれなくて」
 気にさせてすみませんとまた謝られて、いやいやいやこっちこそ意識しすぎてゴメンと、謝罪合戦を繰り広げたのち、おかしくなって二人一緒に笑ってしまった。
「あのさ、も一個気になる事あるんだけど、ついでに聞いていいかな」
 笑いの衝動が収まってからそう切り出せば、どうぞと落ち着いた声が返される。
「俺たち、どっかで、会ってない?」
「ああ、会ってますよ」
 あっさり肯定が返って驚いた。
「え、どこで?」
「小学生の頃、試合で。その頃は俺の足もまだ大丈夫だったから」
「あ、経験者?」
「だから未練なんですって」
 やっぱり相手は苦笑顔だ。
「あー……」
「それにしても、良く、気づきましたね」
「なんとなく? でもお前は気付いてて、俺を、見てた?」
「はい」
 またしてもあっさり肯定が返ってきたが、今度は驚くというよりもどこか安堵に近い気持ちが湧いた。
「あ、やっぱ俺を見てたんだ。しょっちゅう視線合う気がしたし、熱い視線にもしかして惚れられてる? とまで思ってさ、自意識過剰過ぎだろ俺、とか思ってたわ」
 笑って流しておしまいにするつもりが、思いの外真剣な相手の目とぶち当たってしまって、笑いかけて開いた口を思わず閉じてしまう。
「それ、自意識過剰でも何でもなく、事実ですよ、って言ったら、どうします?」
「えっ?」
「ちょっと憧れの人でもあったんで、俺が覚えてるのは当然なんですよね。というか、この学校受験したのも、半分以上はもう一度貴方に会いたかったからですし」
 憧れ拗らせてなんか恋愛感情っぽくなっちゃって、俺も困ってるんですよと苦笑する顔は、なぜかもう見慣れたものになってしまった。

続きました→

有坂レイさんにオススメのキス題。シチュ:教室、表情:「無表情(or驚いた顔)」、ポイント:「抱き締める」、「相手にキスを迫られている姿」です。 shindanmaker.com/19329

 
 
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酒に酔った勢いで

 酒にはあまり強くないが、酒を飲むのは好きだった。というよりも飲み会の雰囲気が好きだった。アルコールでちょっとふわっとした気分になって、くだらない話にもゲラゲラ笑って、素面じゃ言えないような話を聞く。
 どんな話をしたかなんて翌日には半分以上忘れてるけど、楽しかった~って気持ちと、断片的な会話の記憶が面白い。
 学生時代からずっとそんなで、社会人になってからも声がかかれば出かけるし、暇を持て余したら自分から声かけてでも飲みに行っていた。
 そう頻繁だと、さすがにメンバーはだんだんと固定されていく。たまに飛び入りで懐かしい顔や新しい顔もあるけれど、しょっちゅう顔を合わせているメンバーはだいたい五人位だった。もちろん五人揃わないことも多くて、その時々で都合がつく相手が顔を出すだけだ。
 付き合いが長いと酒での失敗なんかも色々知られているし、互いの許容量もだいたい把握できている。飲み過ぎそうな時は途中で止めてくれるか、それでも飲まずにいられないって時はゴメン後は宜しくって潰れるまで飲んだりもできる。だからこの五人の誰かと飲む時は凄く気楽で、気が抜けているという自覚もわりとある。
 そんなだから警戒心なんて欠片も持ってなかったし、きっと油断もしまくりだっただろう。
「だからってこれはねーんじゃねーかなぁ……」
 ムクリと体を起こしてみたものの、自身の肉体の惨状に頭を抱えたくなった。
 若干の二日酔いで痛む頭と、全く別の理由で痛む腰。というか尻。もっと言うなら尻の穴がヤバイ。
 小さなベッドの中、隣にはメンバーの中では比較的古く、学生時代から一緒になって飲んでいた男が、自分と同じく服を着ずに寝ている。
 しかも場所は良く知った自宅だ。多分ほぼ潰れた自分を連れ帰ってくれたのだろうが、まさか送り狼に変貌を遂げるとは。
「あー……いや違うな」
 引き止めたのは自分で、誘ったのも多分自分。……という気がする。
 昨夜は五人揃ってて、それどころか二人くらい初めましての顔もいた。友人の友人も基本ウェルカムなので全く構わないのだが、ちょっとだけタイミングが悪くて、自分は片思い相手に恋人発覚で少しばかり荒れていた。最初っから潰れたい気持ちで飲んでいた。
 初めましての片方がバイだとか言ってて、なんなら慰めようかと言われた記憶は朧げにある。それに笑って、お願いしまーすとか返した記憶もだ。
 なのになんでコイツなの。
 何度確認したって一緒なんだけど、もう一度隣で眠る男の顔を確かめてしまう。
 相当飲んだし、記憶はいつも以上に途切れ途切れだから、正直どういう流れでコイツに送られて帰ることになったかなんてわからない。後、慰めてくれるとか言ってた男が最終的にどうなったのかもさっぱり記憶に無い。いや別に知りたいわけじゃないけど。
 体の痛み的に、多分突っ込まれたんだろうなーと思うと、酒の失敗にしても今回のは相当だなと思う。あーあ、これでまた黒歴史増えちゃった。
 そして問題は自分よりもむしろ相手。いっそ初対面だった男のがまだマシだったかも知れない。自分が酔い潰れたせいでこんなことになって、あのメンバーがギクシャクしてしまったら残念過ぎる。あそこまで付き合いのいい気心知れた飲み友を、今更手放したくなんかないのだ。
「なかったことに出来ねぇかなぁ」
「忘れたほうがいい?」
 独り言に返事があるなんて思ってなくて、思わず体が跳ねてしまった。
「痛ててててて」
「大丈夫か? だから無理だって言ったのに」
 相手が慌てたように起き上がって、いたわるように腰をさすってくれる。うんこれ、相手は完全に記憶あるね。
「あー……やっぱ俺が誘った?」
「記憶あるの?」
「ない。でも多分そうかなって」
「荒れてた上におかしな男におかしな誘惑されて、色々混乱してたんだろ」
「おかしな男?」
 というのはやはり、バイ公言してたご新規さんだろうか。
「覚えてないなら忘れときな。後お前、突っ込まれたって思ってるかもしれないけど、入らなかったから安心していいよ」
「は? 体めっちゃ痛いんですけど。体っていうか、腰と尻の穴」
「腰はお前がベッドから落ちて打ち付けたの。尻穴は無理だっつってんのにお前が入れろって煩いからちょっと真似事はした。けどすぐ痛いって泣いて逃げて落下したからそこで終わり。でもまだ穴が痛むってなら、少し裂けたりしたのかも」
 ゴメンと言われて、どう考えても今の話にお前が謝る要素なかったよなと思いながらも、流れのまま頷いてしまった。
「で、酔った勢いだから忘れて、ってなら、忘れることにしてもいいんだけどさぁ」
 なんとなく含みのある言い方な気がして、けどなに、と続きを促す。だって凄く聞いて欲しそうだったから。
「俺のものになって。ってのは俺も割と本気で言ったから、そこだけ改めて言っとくわ」
「は?」
「俺がお前狙いなの、他の奴らも知ってるから今後も気にせず飲みにいけるぞ。良かったな」
「えっ?」
 唐突過ぎる告白についていけずに疑問符ばかり飛び回った。
 そんなこと言われたっけ? 飲み過ぎたら忘れるタイプってわかってて適当言ってない?
 焦るこちらに、相手は自嘲と愛しさとを混ぜたような、不思議な笑みを見せている。ドキッとしたのは、この顔を知ってると思ったからだった。
「てかお前、俺のものになって、なんて殊勝なこと言ってたか?」
 思わずこぼれた自分の言葉に、少しだけ連動した記憶がよみがえる。
 お前は俺のものなんだから、気安く他の男に慰められたりするのは許さない。
 そんなセリフと熱い視線を受けたのは店の中か外かこの部屋だったか思い出せないけれど、確かその台詞のあとで、今と同じような顔を見せられたと思う。
 体の熱が上がっていくのを感じる。これ絶対顔とかも赤くなってそう。
 だって酔ってたとはいえ自分からお前誘ったのって、お前のこと受け入れたい気持ちがあったからじゃないの?
「あ、あのさ」
 酔った勢いだから忘れよう、なんて言ったら駄目だ。それだけは確実にわかる。
 だから飛んでしまった分の記憶を彼の言葉で補完しながら、昨夜のことと今後の話をしなければと思った。

有坂レイへの今夜のお題は『朦朧とする意識 / 酒に酔った勢いで / 「俺のものだ」』です。
shindanmaker.com/464476

 
 
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