2つ上の兄との仲がこじれ始めたのは、自分が中学に入学した頃だったと思う。それまでは本当に仲が良く、というよりも大好きでたまらない自慢の兄だった。
確かに兄は自分より見た目も頭も良い。自分が勝てるのはスポーツ方面くらいだが、それだって僅差だし、世間一般で言えば充分文武両道の域だろう。
人当たりも要領も良いから、親や先生からの信頼も抜群だし、そんな兄を好きなる女子が大量に湧くのも不思議じゃない。
ただ、好きになった女の子もやっとお付き合いに至った彼女も、ことごとく兄に奪われてしまった。
好きになった子が兄を好きだった、というのはまだ仕方がないと諦められる範囲だ。しかし、恋人として付き合っていたはずの女の子に、お兄さんを好きになってしまったからと別れ話を切りだされたり、よくわからない理由で振られた後その子が兄と親しげにしていたり、彼女だったはずの女の子が自宅で兄と仲良くお茶していたり、もっと言えば現彼女や元彼女が兄の部屋でアンアン言っていたりする場合もあるのだからやってられない。
お前の彼女だって知らなかったという言い訳も聞き飽きたし、共働きで帰宅が遅い親からの絶大な信頼を得ていながら、自宅に女の子を連れ込んで致している奔放さも、その相手がコロコロと変わる不誠実さにもだんだんと呆れて、自分に対しても一応変わらず優しい兄だったけれど苦手意識ばかりが強くなる。
女の子から告白される場合は、狙いは兄の方とまで思うようになったし、女の子という存在が信じられなくもなり、彼女という存在を作らなくなって数年。
ある日自宅の玄関を開けたら、兄が男とキスをしていた。
さすがに驚きビビりまくる自分に、動揺や悪びれる様子を全く見せないまま、兄は今付き合ってる恋人だと言って相手の男を紹介した。わざわざ紹介なんてされなくたって、その男の名前や年齢くらいは自分も知っている。
その男は自分にとってはバイト先の先輩で、兄にとっては大学の同期なんだそうだ。
先輩に兄との繋がりがあることも、兄が男まで相手に出来ることも、まったく知らなかった。ついでに言えば、成り行き上だったにしろ、兄の恋人としてちゃんと紹介された人物は彼が初めてだ。
正直に言えば、それ以上関わる気なんてなかった。兄がどこの誰と付き合おうと知ったこっちゃない。
ただ先輩の方から近づいてくる。バイトのちょっとした空き時間や休憩中に話しかけてくる。
最初は恋人の弟とは仲良くしておこう的なものかと思っていた。兄という恋人が居ながら、兄より劣る自分にモーションを掛けてくる相手の存在なんて居るはずがない。
なのに、ある日意を決した様子で、先輩に好きだと告白されてしまった。しかも、兄と恋人になったのは、自分の兄だと知ったせいだという。
兄でいいと思っていたが、知られた時に罵倒したり拒絶反応を示さなかったのを見て、もしかして受け入れてもらえるのではと思ってしまったらしい。どうでも良かっただけとは、真剣な告白を受けた直後には言えなかった。
本当にどうでも良かっただけで、男同士での恋愛になんてまったく興味はなかったが、兄よりも自分を選んで貰ったという初めての経験に気持ちは大きく揺れた。散々兄に恋人を奪われてきたのだから、自分だって奪ってやればいいじゃないかという気持ちもある。
「お前、あいつと付き合うの?」
珍しく自室のドアを叩いた兄は、入ってくるなりそう聞いた。
「えっ?」
「お前に告白して返事待ちって聞いたんだけど」
「あー、うん。告白は、された」
「付き合うの?」
再度聞かれて、よほど気になるらしいと気付いた。もしかしなくても兄自身が彼に結構本気なのだろうか。
「もし俺がオッケーしたら、兄貴、どうするの?」
「断ってよ」
「えっ?」
「過去にお前の彼女とそういう仲になったことは確かにあるけど、お前の彼女とは知らなかったって言ったよね? でもお前は、俺がちゃんと恋人だって紹介した相手を、俺から奪うわけ?」
「でも、兄貴よりも俺を選んでくれたの、先輩だけだもん」
あ、これ、まるで奪ってやる宣言だ。と思った時には遅かった。
「あ、そう。なんだ。もう返事決まってるんだ」
ポケットから携帯を取り出した兄はどこかへ電話をかけ始める。相手が先輩だということはすぐに気付いた。
「弟もお前のこと、好きみたいだからもういいことにする。別れることに決めた。うん。引き止めない。うん。うん。いいよ。弟を、よろしく」
呆然と見つめてしまう中、兄がさっくりと電話を終える。
「聞いててわかってると思うけど、今、あいつとは別れたから。俺の恋人だからで返事躊躇ってたなら、これで心置きなく付き合えるだろ」
じゃあお幸せにと言い捨てて、兄は部屋を出て行った。
なるほどコロコロ恋人が変わるわけだと納得の展開の速さではあったが、どうすんだこれと焦る気持ちも強い。
兄にここまでされてしまったら、先輩に付き合えませんなんて言えそうにない。
女性不信な自分には、男の恋人がちょうどいいのかな。なんて苦し紛れに自分をごまかしながら、大きなため息を吐き出した。
覚悟を決めるしかない。明日、先輩に了承の返事を告げようと思った。
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