家の比較的近くに、一応観光場所として名を連ねる大きな橋がある。
観光地とは言っても、さして有名ではないその場所に、観光に来ている人なんてほとんどいない。地元民だって歩いてそこを渡ろうという人間はほとんど居ないし、それどころか時間帯によっては車通りでさえまばらな田舎だ。
土曜の夜、その橋の中央で。というのが待ち合わせの場所だった。
昔、とあるゲームの中で知り合ったその人と、直接会うのは初めてになる。
初めて彼と出会ったゲームはすでにサービスを終了しているが、別の似たようなゲームの中で再開してから、ぐっとその人との距離は縮んだと思う。ゲーム内の問題に限らず、リアルの相談にも色々と乗ってもらっていたから、こちらの状況はかなり彼に知られている。
その彼が、ネット越しに付き合ってみないかと持ちかけてきたのは、大学入試が終わって希望大学への合格を報告した時だった。付き合うというのはもちろん恋愛的な意味でのことだ。
自分の恋愛対象が同性だということは、もうずっと前に知られている。親友への恋心やどうしようもない自分の性癖への悩みを、彼に吐露し続けた時期があったからだ。彼自身、女性がダメということはないけれど、どちらかというと男性の方が好きだと言っていたからでもある。
リアルでの距離はあるものの、自分の身近で、同性に惹かれるという性癖を持つ人を彼以外知らない。狭い世界しか知らない子供にとって、当時の彼は唯一の救いだった。
けれど、その彼の恋愛対象に、自分が入るということは考えたこともなかった。彼は自分よりも一回り近く大人で、ずっと可愛がって貰ってはいるものの、それはやはり子供扱いでしかない。そして自分にとっても、彼は頼りになる兄のような存在だった。
もしも彼を恋愛対象にしていたら、あんなに自分を曝け出しての相談なんて、きっと出来なかっただろうと思う。
だから、おめでとうの後にもう言っても良いよねと前置いて、ずっと前から好きだったと言われた時は心底驚いた。驚き反応できずに居る自分に、大人になるのを待っていたとも、君の望みを叶えてあげるとも彼は続けた。
画面越しの言葉に、体の熱が上がっていくのを自覚する。
最後の言葉が決め手になって、直接会ったことのない彼の申し出を受け入れたのは、まだ1週間ほど前のことだ。嬉しいよと言った彼の行動は早かった。
とりあえずは観光地ということで、一応近くに建っているホテルに、さっそく宿をとったとのことだ。午前中に外せない用事があるそうで、到着が夜になってしまうことを謝られたが、遠方からわざわざ来てくれるというだけでもかなり驚いていて、到着時間など些細な問題でしかなかった。
泊まれるかという問いに大丈夫と即答すれば、画面の向こうで相手が笑う気配がした。少しは警戒しなさいと怒られたけれど、さすがにそれはちょっと理不尽だなと思う。
会ったことのない相手でも信頼しきっていたし、恋愛的な意味を置いても、ずっと彼に会ってみたいと思っていたのだ。
もう随分と長い付き合いになるけれど、子供だった自分には、遠方の都会で行われるオフ会やらに参加出来たことは一度もない。だからリアルの彼については人伝に聞くばかりだったけれど、そこからも彼の人としての魅力は伝わってきていた。
もちろん、恋人としてお付き合いを開始した相手と、一つ同じ部屋に泊まることの意味がわからないほど、子供なわけでもない。そう言ったら、まずは会うだけでも構わないんだよと返されてしまった。
そういうものなのかと納得する気持ちや、彼の気遣いをありがたく思う気持ちもある。けれどせっかく会えるのに、それだけでお終いだなんてと残念に思う気持ちも大きかった。
だから、恋人になろうってのに会っていきなりはどうかと思ってたけど、そのつもりがあるなら、と言って出された指示にも従う旨を返した。そう返すだけで、ドキドキが加速していく。
今も、人通りも車通りもなく静かな橋の上で、ずっとドキドキしっぱなしだった。
やがて橋の入口に人影が見えて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。地元民が散歩という可能性もないわけではないから、あまり不審な態度にならないようにしつつも、やはり緊張しつつその姿を目で追ってしまう。
小柄で童顔でとてもじゃないが歳相応には見えないとは聞いていたが、それが確かなら多分彼本人だろう。
「こんばんは」
近づいてきた男は、そう挨拶した後で、ハンドルネームを呼んで柔らかに笑って見せた。長いこと使っているハンドルネームだから、字面は馴染んでいるが、音で呼ばれるのは初めてに近く、それだけでなんだか照れくさい。
「ごめんね。思ったよりホテルから距離があって遅くなっちゃった」
「歩いて、来たんですね」
「この距離がわかってたら車でも良かったかな。でも、やっぱり君と歩いて戻りたいじゃない?」
ずっと待ってて寒くない? と言いながら手を取られて、ギュッと握られる。彼の手は驚くほど熱かったが、こちらの驚きに気付いた様子で、ホッカイロ握ってたんだよという種明かしが続いた。
「寒く、ない、です」
「本当に? 随分手が冷えてるけど、じゃあこれは緊張かな?」
「はい」
「初めましてだもんね。実際会ってみて、どう?」
「どう、……って?」
「俺にエッチなこと、されても平気?」
「そんなの……そっちこそ、俺相手に、そういうことしたいって、思えるんですか?」
「うん。想像以上に魅力的」
可愛いよと言いながら、頭に伸びてきた手がそっと髪を撫でていく。
「部活で鍛えた筋肉を見せてもらうのも、楽しみにして来たんだよ」
見せてくれるよねと言われて頷けば、嬉しそうに笑った後で、じゃあチャックおろしてと返されさすがに戸惑う。なぜなら、コートの下は裸でという指示に従って、チャックを下ろした中は何も着ていないからだ。
「こ、ここで?」
「そうだよ。ちゃんと言われたとおりに出来てるか、ここで見せて」
「でも、」
「露出の趣味はないんだっけ。でもイヤラシイ命令はされたいんだよね?」
「そ、です。けど……」
「うーん……まぁ、初めましてじゃハードル高いか。じゃあ後3分あげる。3分でチャック下ろせたら後でご褒美。無理だったらお仕置きね」
その言葉に体の熱が急速に上がっていき、その興奮を指摘されつつ、再度本当に可愛いという言葉と共に頭を撫でられた。
有坂レイさんは、「夜の橋」で登場人物が「髪を撫でる」、「ゲーム」という単語を使ったお話を考えて下さい。https://shindanmaker.com/28927
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