さんざん指を突っ込み弄りまわしていた理由をなんだと思っているのか、いざ挿入しようとしたら、か細い声で「それだけはやめて」などと言いだした。
「は? 今更だろ」
鼻で笑って、拡げた穴の入口に性器を押し当てる。しかしそのまま一息に押し込めなかったのは、目の前の体が小さく震えていることに気づいてしまったからだった。
「お願いだから入れないで」
懇願する顔は半泣きではあるが、熱に浮かされたような色っぽさが強すぎて煽られる。だいたい、つい先程まで、こいつはケツ穴を弄られながら善がり泣いていたのだ。必死さのにじむ口調や小さく震える体から、本気で嫌がっているのかもと思わなくはなかったが、泣き顔なんて逆効果でしかない。
「そういう割にゃ、逃げようともしてねぇじゃねーか」
最初からほぼ無抵抗で好き勝手させたくせに、最後の最後でダメとはいったいどういうことなのか。
「逃げないよ。逃げたいわけじゃない。でも入れるのはダメだ」
「意味わかんねぇ。俺が好きなんだろ?」
ここ最近、教室内でずっと視線を感じていた。控えめで目立たない存在感の薄い男だったから、クラスメイトなのに名前すら知らなかった。なんで見てるのと話しかけたら、めちゃくちゃ驚いた顔をした後、嬉しそうに笑って好きだからだと言った。
君のことを好きでずっと見てた。話しかけてもらえて凄く嬉しい。
そう言って笑った顔がとても可愛くて、がぜん興味が湧いた。それから時々話をするようになり、先日の放課後、とうとう彼とキスをした。今まで男を性愛の対象にと考えたことはなかったけれど、彼とのキスに嫌悪感はまったく湧かなかった。頬を染めて嬉しそうにはにかむ顔が愛しいとさえ思った。
好きだ好きだと繰り返されるのに絆されたのか、やや中性的で整った顔が性別を曖昧にさせるのか、もともと好みの顔なのか。そのどれも、という気はしている。
先に進みたい気持ちと裏腹に、家が逆方向だからと一緒に帰ることすらままならなくて、人の消えた夕暮れの教室で押し倒してしまった先刻も、彼は歓迎する素振りで喜んでいたはずだった。だからまさか、ここまで来てダメと言われるとは思っていなかった。
「好きだよ。それ以外のことなら、何したっていい」
「なら咥えろよ。口でイかせてくれたら、突っ込むのは諦められるかもしんねーし」
「わかった」
体制を入れ替えたかと思うと、躊躇いなく口を寄せてくる。
「うっ……」
熱い舌に絡め取られて思わず呻いた。口内に含まれ、柔らかに食まれ吸われ、唇と舌とを使って扱かれれば、あっという間に射精感が押し寄せる。しかし同時に、こんなテクをどこで覚えてきたんだという疑問が湧いた。一つ疑問に思うと、何もかもが怪しく感じてくる。初心者同然の自分が弄ったくらいで、善がり泣くほど尻の穴が感じるのだってオカシイのではないだろうか。
初めてじゃないんだ。
そう思ったら、急に怒りのような悲しみのような、独占欲と嫉妬がぐちゃぐちゃに混ざり合って押し寄せてきて、股間に顔を埋めて丁寧に奉仕してくれている相手を突き飛ばしていた。
「ご、ゴメン、何か気にさわった、かな?」
それに答えずのしかかり、ダメだと懇願する声を無視して、欲望のままに突き上げる。
ダメだと繰り返すくせにやはり抵抗はほぼなくて、乱暴に揺さぶっているのにそれでも感じるのか、ダメだと吐き出す合間合間に甘い吐息を零している。それがまた悔しくて、そのまま中に放ってしまったが、その頃にはもう彼も諦めた様子でダメとは言わなくなっていた。
「ぁ……ぁあ……」
絶望の混じる吐息と共に、中に出されながら彼もまた極めていたが、さすがにこの状況で事後の甘さはカケラもない。吐き出して冷静になってしまえば、そこにあるのは気まずさだけだ。
「悪い。我慢できなくて……」
「うん。いいよ。でも今日はもう帰ってくれる?」
「いや、そういうわけには」
やるだけやって相手を置いて帰るなんてあまりにあんまりだと思ったが、一人で大丈夫だからと強く言われて、結局先に教室を後にした。
その日以降、彼はぱったりと姿を消した。それどころか、彼が居たという事実さえ綺麗さっぱり消え失せた。彼のことを覚えているのは自分一人だけで、だんだん自分の記憶にも自信がなくなっている。
もしかして自分が作り上げた空想上の友人だったのか、はたまた学校にありがちな怪談にでも巻き込まれていたのか。それでも、暗くなった教室で彼を抱いたあの熱も、善がる彼の零した熱い吐息も、まだ生々しく覚えている。
誰一人彼を覚えていなくても、自分は忘れないし、忘れたくないと思った。
もし、あの時彼の言葉を聞いて抱かずに居たら。もし、彼一人を残して帰ったりしなければ。彼は今もまだこの教室で自分を見つめてくれていたのだろうか?
そんな後悔を胸に、たった一度のあの夜を思いながら、頭のなかでは今日も彼を抱き続けている。
レイへの今夜のお題は『忘れられない夜 / 無抵抗 / それだけはやめて』です。
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